幻想狂縁起~紅~ 《完結》+α   作:触手の朔良

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「ハッピーエンド版は無いんですか?」という感想を頂いたのでどうにか捻り出しました。
後付、ツギハギ、ご都合が含まれます。
それらの要素が苦手な方は、回れ右をおすすめします。

それでもよろしければ、見てやって下さい。咲夜と権兵衛と、紅魔館の住人たちの物語を。


Extra
蛇足も過ぎればハッピーエンド


 ――おや?

 ふと、奇妙な感覚を覚え、パチュリーは珍しく本から視線を外した。彼女はじぃっと暗がりの向こう、図書館の入り口に目を向けた。

 どうにも、大気中の魔力の流れがおかしい。まるで堰を築かれたような、そんな感覚。

「小悪魔――」

 様子を見てきて。と頼もうとして、アレが逃げ出した事を思い出した。

「……面倒ね」

 パチュリーは本を閉じると、気怠そうに立ち上がった。彼女は身長よりも裾の長いローブを引きずり、ゆったりと歩を進める。

 そうして扉の前にまでやって来て、開けた先の空間を目にして、直ぐには言葉が出てこなかった。

「……参ったわね」

 本来であれば、扉の向こうは紅魔館へと至る廊下が続いている筈だった。

 だが、今パチュリーの目の前に広がるのは、一切の光が存在しない、完璧なる闇だ。

 膝を折り、試しに床の在ったであろう場所へ手を這わせてみると、するりと目測を通り抜け危うく転落しそうになってしまう。彼女の眼下には永遠の闇、ただの奈落があった。

 そうして目の前の暗黒空間に目をやる。

 魔力の流れがしっちゃかめっちゃか、まるで安定する様子が無かった。いや、安定していないのは魔力ではない。空間それ自体が絶え間なく座標を変えているのだ。さしずめ無限の闇が織り成す迷路だ。

 万一にでも、この暗闇に身を投げ出したら最期。次元の歪みに迷い込み、二度と戻って来れそうも無いなと、パチュリーの背中を冷たい汗が流れた。

 この恐るべき事実から推測するに、どうやら空間の接続を切られたようだ。

 あのメイドめ。男と駆け落ちしたばかりでは飽き足らず、やってくれる……!

 ふつふつと、パチュリーの胸中に怒りにも似た感情が沸き立つ。彼女の顔が、色濃く不快を形作るのは本当に珍しい。

 かと思えば一つ嘆息して、興味を失くした様に身を翻した。

 何故なら、七曜の魔女たる識者は自分に現状を打破する術が無い事を瞬時に察したからだ。

 矛先を向ける事の出来ない怒りなど不毛なだけだと、一瞬の間にパチュリーは判断したのだ。

 もう一つ嘆息し、パチュリーは日常へと戻る。

 数多の本に囲まれつつ、誰も居なくなった図書館で、魔女は読書に耽るのだった。

 

 

 夢を見ている。幸福な夢を。……有り得ない、幸福な夢を。

 何と残酷なのだろうか。二度と叶わない(げんじつ)を無慈悲に、冷酷に、突きつけるが所業である。

 矢張り残酷なのだろう。今一度瞬きの間なれど、幸福に浸かる身に別離を味合わせるのだから。

 なればこそ、これこそが、最悪の悪夢なのかもしれない。

 そんな下らぬ哲学に、男の思考は一部とも割かれていなかった。

 何故なら、夢だと気付いていないから。まだ、夢だと解っていなから。今はまだ、目の前にある幸せを噛みしめるだけの場面(シーン)に過ぎない。 

「ねぇっ! 見て見てお兄様っ!」

 そう、フランが誇らしげに掲げたのは、彼女の顔よりも長い立派な大根だった。

 吸血鬼の妹は麦わら帽子を被り、整った顔を泥で汚しながらも満面の笑みを浮かべている。

 その笑顔の前では太陽すら霞んでしまうに違いなかった。

「わっわっ! もー妹様っ。あんまり激しく動かないで下さいよぉ」

 フランが元気いっぱいに俺の元へと大根を見せびらかしにくるもんだから、日除け役の美鈴は大層慌てた。日傘の影から出てしまいそうなフランに、大慌てで追従する。その危なっかしさと言ったら、見ているこっちが冷や汗ものだが、意外にも美鈴は一度たりとも下手を打っていなかった。

 気を使う、って云うのは、もしかするとそういう事も含まれているのだろうか?

 落ち着き無く動き回るフランを、思えば見事にフォローしている。

 二人はお揃いの――以前フランが腹を抱えて笑った――白いシャツとスキニーパンツという服装である。

 並んで膝を折り、美鈴は優しく丁寧に、フランに野菜の収穫の仕方を指南している。それに耳を傾けるフランも、昔の癇癪持ちは何処へやら、素直に従っている。

 そんな二人をちょと離れた場所で見守る権兵衛は――見た目も性格も、全然違うのだが――、やっぱり姉妹みたいだなぁ、と思ってしまうのだった。

 こんな感想を抱いては、本物の姉に失礼かと、館のテラスに目を向ける。そこには優雅に紅茶を嗜むレミリアの姿があった。

 どうやら男の視線に気付いたようで、柔らかな微笑みを返してきた。

 彼女の傍らには親友の姿も在った。一時たりとも本から目を離さず、手探りで紅茶を求める腕が宙を彷徨っている。それもその筈。パチュリーの指先が紅茶に届きそうになると、ススッと、小悪魔がソーサーの位置を変えているからだ。それ故にパチュリーの手は何時迄も空を切り、紅茶に辿り着く事は無かった。

「お兄様お兄様っ!」

 またフランが、彩り豊かな野菜を腕一杯に抱えて、目の前にまでやってきていた。

 彼女の目は何かを期待した色を秘めており、権兵衛はその願いに応えてやった。

 くしゃり。ちょっと乱暴なぐらいに、麦わら帽子ごしにフランの頭を撫でてやる。するとフランは嬉しそうに、気持ち良さそうに目を細め、猫の様だと、権兵衛は思った。

 本当に。本当に様々な野菜がある。

 キュウリにトマトに、大根と。玉ねぎインゲンさつまいも。ナスにアスパラ、ブロッコリー。おや? こんなに沢山の野菜があっただろうか……?

 ――ちょっとした違和感。

 ふと、特に理由も分からずにレミリアを見上げた。

 二人の視線が絡み合い、レミリアはちょっと照れ臭そうに手を上げた。

 まだ、そこに居た。居てくれた――。

 ただそれだけの事実に、男はとてつもなく安堵した。

 ――そしてまた違和感。

 例えるなら、ピースの欠けたパズル。そこに在るべき物が無く、何とも収まりが悪いような気持ち悪さを覚える。何だろうか……?

「お兄様……?」

 きゅうっと裾を引かれる感覚に目を向ければ、心配そうな表情のフランがこちらを覗き込んでいた。

 美鈴も、何処か寂しげな笑顔を浮かべている。

 何だろう、なんだろう? 違和感。既に無視できぬ程の大きな違和感が権兵衛の脳内を占め、彼の思考はその正体を探る事に囚われてしまう。

 何が無い? 何が何がなにがなにが!? 誰が、居ない――!?

 遂には耐え難い頭痛を覚え、彼は座り込む。考えれば考えるほどに痛みは増してゆくのに、考えを止める事が出来ない。

 何時の間にか、風景が変わっていた。いや、現在進行系で変わっていた。

 ガラガラと、音を立てながら世界が崩れる。

 空がヒビ割れ、その欠片がはらりはらりと落ちてくる。地面が裂け、其処の見えぬ暗闇が大口を開けた。

 世界が、壊れてゆく。

 その恐怖に押し潰されそうになった瞬間、視界の端、差し伸べられた手が映った。

 痛む頭を抑えながら、その手の主が誰なのか、顔を上げて確認する。

 そこには己の愛した■■■■■がいた。その顔面は黒いクレヨンでのたくった様に雑に潰されており、顔から情報を読み取る事は一切出来なかった。

 ――権兵衛さん。

 己の名を発したのは、目の前の顔の無い少女ではない。

 視界の端に更に一つ、手が差し伸べられている。赤い、血に塗れた手を差し出す十六夜咲夜があった。

 そうして権兵衛は悟る。この世界が夢である事を。■■の正体を。

 男の指先からするりと抜け落ち、二度と手に入れられない夢なのだと、否応もなく理解させた。

 瞳から零れた涙が、頬の上を撫で、落ちた。止まるどころか止め()もなく溢れ、喉からは嗚咽が漏れる。

 慙愧の無念だけが、男の胸にあった。贅沢な悩みであろう? 通常の人間であれば、ただ一度切りの人生、やり直す事など出来やしないのに。彼はそれが出来た、出来てしまった故に甘えが在ったのだと、断じざるを得ない。全力で生きて来なかったのだと、言わざるを得ない。

 それ故に後悔は大きい。何故、あの時ああしなかったのか、こうしてしまったのか――。尽きぬ後悔は、己の無力さへの怒りの裏返し。どうしようもなく、権兵衛は自分に対して憤っていた。

 だがそれは、当然の様にやり直せぬのだから、然程意味のある行為とは呼べないだろう。

 彼は選択しなければならないのだ。そうしてやっぱり、後悔はするのだろう。どうしてアッチを選ばなかっただろうと。

 それでいいのだ。そうでしか人は前に進めないのだから。

 夢の中なのだとは、もう、理解している。

 だけど彼は今一度選択しなければならない。己の意思で。

 彼はその――どちらの?――手を取ろうとした寸で、急速に意識が覚醒していった。

「――衛さん! 権兵衛さんっ!?」

「っ! ……はぁッ」

 瞼を開けると、心配そうな表情の咲夜がこちらを覗き込んでいた。だが、驚きはない。

 酷く、夢見が悪かった。

 寝汗に塗れた自分の身体は酷く不快で、起こしてくれた事には感謝しかない。

 咲夜の口から「よかったぁ……」と心底安心した声が漏れる。

「権兵衛さんったら、ずっと(うな)されていたのよ? 声を掛けても起きないし、心配、したんですよ?」

 咲夜は目元に浮かんだ涙を拭い、本当に心配を掛けてしまったのだなぁと胸が痛んだ。

 夢が――酷い悪夢の様でもあったし、とても大切な夢でもあった気がする。

 矢張りと云うか、思い出そうとしても内容の一ミリも記憶に残っていなかった。

 だから権兵衛は、今目の前にある少女を安心させようと、少女の銀髪を優しく撫で、力なく微笑んだ。

 まやかしの幸福は終わりを告げ、権兵衛は愛する、愛すべき彼女と二人だけの世界に帰還を果たしたのだった。

 

 

 あれから、どれだけの時間が経ったのだろう。

 外界から隔離されようが私は、本に囲まれて本を読んで、魔法の研究が出来れば己の欲求は全て満たされるものだと思っていた。それは私の思い違いで、案外と普通の精神を持っていたらしい。

 活字の世界を楽しんでいる状態にも関わらず、ギギィと、僅かに鳴った扉の開閉音に気が付くくらいには、意識が散見していたようだ。

 有り得ない音を耳にした私は、慌てて顔を上げた。読んでいた本を投げ捨てて走り出すくらいには、気が逸っていたらしい。己が喘息体質も鑑みずに動いたせいで、短い距離にも関わらず、ぜぇはぁひぃひぃと荒い呼吸を繰り返す。

 直ぐに扉が目に入る。

 ――開いている。

 聞き間違いなどでは無かったのだ。その現実を前にして私が抱いた感情は、まず喜びだった。

 もしかしたら扉を開けた人物が、如何なる不届き者かも解らないのに、どうやら私は、他人と出会える。その可能性だけで大分心躍っていたようだ。全く……、何が動かない大図書館だ。

 そうして書架の谷を抜けて開けたホール。扉の直ぐ横、壁にもたれる人物を目にして思わず心臓が止まるかと思った。

「……め、美鈴!?」

「あ、あはははは……。パチュリー様、お久しぶりです……」

 その姿は記憶の中の彼女と掛け離れていた。

 頬は痩け目は落ち窪み、酷く憔悴した様子だった。健康的だった四肢は痩せ細り、その身を隠す酷く汚れがボロボロの布切れが以前の中華服だとは、パチュリーの観察眼を以てしても見抜けなかった。

 懐旧の念の喜びも、直ぐに心配に塗り潰された。

「ちょ、ちょっと! 大丈夫なけほっけほっ!」

「いやぁ、まずはパチュリー様が落ち着かれた方がよろしいかと」

 駆け寄り介抱しようとするパチュリーだったが、急な運動と急な展開が祟ったか、激しく咳き込んだ。逆に背中をトントンされる始末。

「けほっ、あ、ありがと。……聞きたいことは幾つかあるけど、一つ、いいかしら?」

「なんでしょう?」

 美鈴はパチュリーの症状が落ち着くまでトントンを続けた。相変わらず、お人好しな妖怪である。

 おかげでパチュリーも早くに呼吸を整える事が出来た。そして切り出す。

「どうやってここに――?」

 聞きたい事は、幾つもある。だがパチュリーの探究心はまず、扉向こうの無明の空間を美鈴がどうやって越えてきたのかが非常に気になって仕方なかった。

 図書館の主であるパチュリーですら、現在ヴワル魔法図書館が世界の何処と繋がっているのか解っていない。

 もしかすると暗黒の空間を越えた先は深い海の底かもしれない。或いは未踏の密林の奥地かもしれない。はたまた地球上ですら、無いのかもしれないのだ。

 それをどうして、美鈴は探し当てて辿り着いたと云うのだ。

 その謎を、是非本人の口から聞きたかったのだ。

 美鈴はちょっと恥ずかしそうに頬を掻き、語った。

「いやいやいや! そんな大層な話じゃありませんよっ。 だってパチュリー様の『気』を辿って来ただけなんですから!」

「――え? それだけかしら?」

「ん~? まぁ、ちょっとは大変でしたけど。えへへ……」 

 そう、美鈴は照れながらも事も無げに云うのだった。

 彼女の姿を見ればここまでの道のりが、決して容易いものでは無かった事は、容易に察せられる。

 パチュリーは呆れた。己の為した偉業に気付かぬ眼の前の妖怪に。

 同時に敬意を覚えざるを得なかった。努力を苦とも思わず、困難を屁ともしない、紅美鈴という妖怪に。

 だけどそんな気持ちがバレてみろ。この、ちょっと頼りなさげな大いに頼りになる少女が、どれだけ有頂天になるというだろうか。故にパチュリーもまた、感情を押し殺し「そう……」と興味無さげに相槌を打つに留めた。

 そんなパチュリーの反応に、美鈴はがっかりした。

 そうしてやっぱり、自分がどれだけ苦労をしてきたのかを語り始めた。

「えっと、それなりには大変でしたよ? 大ナマズとの戦いなんかは、本当に紙一重だったんですよ?」

「ふふっ。えぇ、そうね。その話はまた今度にしましょう?」

「そんなぁ」

 美鈴は目に見えて肩を落とした。そんな彼女がおかしくておかしくて、パチュリーは久々に心の底から笑う事が出来た。

「えぇ、貴女の武勇伝はまた後で聞くとして、美鈴? 本当に、貴女は何しに来たのかしら?」

 美鈴の図書館にまで至る物語は、聞けば冒険があったろう。きっと、一冊の本に纏められるぐらいには色々な事があったのだろう。それを聞きたい気持ちもあるけれど、楽しみは後に。

 今は、本題へと移ろう。

 パチュリーの真剣な様子を察したのだろう。美鈴もまた、背筋を伸ばした。

「えぇ。是非パチュリー様のお力をお借りしたくて」

 そこまでの、美鈴の台詞はおおよそパチュリーの予想通りだったので。

「実は――」

「いいわよ」

「え?」

 だから、パチュリーは美鈴が語るよりも早く承諾した。この厄介事を嫌う魔女がその様な事をするなんて、美鈴は驚きに目を丸くした。

「あ、あの~……。まだ何も話していないんですけどぉ……」

「レミィを助けたい。フランを助けたい。咲夜を助けたい。権兵衛を助けたい。……大方、そんな所でしょ?」

 己が心内をものの見事に当てられて、美鈴は驚愕した。

「……顔に出やすいのよ。貴女は」

「えぇ~?」

 驚愕の表情のまま、美鈴は自分の顔に手を這わした。ペタリペタリと。心の中を読まれないようにか、頬を摘んだり引っ張ったりしている。……馬鹿ね、嘘に決まっているじゃない。

 パチュリーが何故、美鈴の心内を寸分違わずに言い当てられたのか。

 ――そんなの、彼女とて、全く同じ気持ちだからに他ならないからだ。

 美鈴は嬉しそうだ。何せパチュリーの説得は骨が折れるだろうと、常々考えていたからだ。

「それにしても、パチュリー様がこんなにも協力して下さるなんて、思いませんでしたよ。何か理由でもあるのですか?」

「……あら? 協力、しなくても私は良いのだけど?」

「あわわわ! べ、別に深い意味があったわけではなくてですねっ!」 

「……冗談よ」

 相変わらず口が滑る、素直過ぎる門番に対しパチュリーは己が心内を晒した。

「……たかが人間の小娘一人に出し抜かれたままじゃ、魔女の沽券に関わるからよ」

 はへぇーと美鈴は何の疑問も持たずに納得した。本当に、素直な娘だ。

 そして、もう一つ理由があるのだが、それは己が心の中に伏せておく。墓の中にまで持っていくつもりだ。

 だって困ったことがあったら頼れと言ったのに、頼らなかった(バカ)の為だなんて。

 ――言える訳、無いじゃないか。

 

 

 二人はパチュリーがいつも読書に耽る場所へと話の場を移した。

 そこにはテーブルと椅子があり、最低限話をするぐらいには場が整っている。

「ふぅー……。それじゃぁ、まずはお互いの知る情報を交換しましょうか」

 こういう時には、一杯の紅茶と茶請けと相場が決まっているが、生憎そのような嗜好品はとうに尽きている。

 喉を潤す楽しみも、舌を喜ばせる愉しみも無い。となれば後は大人しく聞くしか無いので、パチュリーはお気に入りのソファーに身を沈めた。美鈴は丁度、対面に座る形となった。

「……悪いけど、先に貴女の方から話してくれない」

「わかりました」

 美鈴はとつと語りだした。

「……あれから、咲夜さんと権兵衛さんの姿を見る事はありませんでした。後で知った事なんですけど、博麗の巫女に外界への送還を頼んでみたいでして、どうやら外の世界への逃亡を図っていたみたいなんです」

「ふぅ、用意周到な事ね。……みたい、と言うのは?」

「はい。霊夢が言うには、二人共現れなかったそうです。彼女自身は既にお金を受け取っているせいか、さして興味は無さそうでしたが……」

「ふむ……」

 では、二人は未だ幻想郷にいる? 巫女への依頼はブラフ?

 ――有り得ない、と魔女は己の推測をバッサリと切った。

 外の世界に行かれたら、人ではない私達には打てる手はほとんど無くなってしまう。それに比べて幻想郷で身を潜めるのは、余りにもリスクが大きい。

 ならば彼女らは何処へ消えた……?

 今はまだ、それを考える段階ではない。パチュリーは推理を頭の隅に追いやり、話の先を促す。

「……レミィと妹様は?」

「それは――」

 美鈴は口ごもる。それだけでパチュリーは全てを察した。

「いいえ、辛い事を話させてごめんなさい。……ありがとう」

「いえ、そんな……」

 全てを語りきった後の美鈴の表情は、非常に悔しそうに歪んでいた。おそらく、自分の不甲斐なさに慙愧の念に囚われているのだろう。血が滲むほど下唇を噛んでいるのがいい証拠だ。

 そんな彼女の姿も、最早パチュリーの目には映らない。知者は思索に没頭する。

 思考の為の材料を掻き集め、考えうる全ての状況を想定する。

 隔離された図書館。安定しない空間。姿を消した二人。外界への送還、その未遂。

 ――十六夜咲夜の能力。

 真逆――。全てのピースを掻き集め、魔女は一つの考えへ辿り着く。真実に、辿り着いた。

 ならば、それならば。逸る気持ちを抑えつつ、パチュリーは美鈴に尋ねる。

「……ねぇ美鈴? もう一度確認したいのだけど、どうやって来たの?」

「えぇと、だからですね。パチュリー様の『気』だけを追ってきたんです」

「……それって、戻る事も出来る?」

「え、えぇ。おそらくですが、問題無いかと」

 それは暗に戻れと言っている事を示しており、美鈴はちょっと嫌そうに顔を歪めた。

 一つの関門は突破した。後の大きな問題は、一つ。

「……それともう一つ。咲夜と権兵衛の『気』は感じる?」

「それなんですが、権兵衛さんの『気』は、……感じないです。でも咲夜さんのは感じ取れるような感じ取れないような……」

 美鈴は自信なさげに応える。……ハッキリして欲しい。それ如何では、折角見えた光明も閉ざされてしまうのだから。

「感じるの? 感じないの?」

「えと、感じるは感じます。ただ凄く曖昧でして、試しに『気』の後を辿ってみたんですが、いっつも紅魔館の周辺で途切れてしまうんですよねぇ……?」

 パチュリー様の元へ辿り着けたのに? 美鈴は首を傾げた。

 えぇい。まだるっこしいっ!

「分かるのねッ!?」

「は、ハイぃ! 分かります!」

 ――一手。必要な最後の一手が、手に入った。誰あろう美鈴が、もたらしてくれたのだ。

 ……矢張りか、矢張りそうなのだ! なら、ならば後は打破してやるだけだ!

 パチュリーの肩が小さく震える。最初は見間違いかと思ったが、その揺れは次第に大きくなり、遂に彼女は大笑いをするまでに至った。

「ア――ハハハハハハハハハハっ!!」

「パ、パチュリー、様……?」

 何たることか。現状の絶望の余り、ついに魔女ですら頭がおかしくなってしまったのだ。

 そんな美鈴が愕然とするのに反して、パチュリーは目元に涙を浮かべるぐらいに笑い、ひとしきり大笑いして小さくガッツポーズをした。

「――美鈴!!」

「は、はいっ」

 急な呼び掛けに、思わず背筋を伸ばす。

 その、魔女の瞳は爛々とやる気の炎をに満ち溢れ、敗北者の目では、決してなかった。

 パチュリーは机の上の本を全て思っくそに払いのけると、ペンと紙を取り出しガシガシと物凄い勢いで走らせ始めた。

「これを集めて来なさい!」

 その紙に書かれたのは、到底彼女らしからぬヘタっクソな字だった。美鈴は差し出された紙に目一杯顔を近付けて、蚯蚓(ミミズ)ののたくった様な字を解読する。

「コウモリの目玉、ネズミの糞。マンドラゴラにチュパカブラの牙――」

 その、一体何個書いてあるのか数えるのも馬鹿らしくなるくらい、羅列された文字群を読み上げる。全く纏まりの無い物々に、美鈴は眉を顰めた。

「……何ですかコレ?」

 その言葉を待っていたのよ、と言わんばかりにパチュリーは唇を歪める。

 

 

 

 

「それはね、美鈴。――――寂しがりな悪魔の姉妹を召喚するのに必要なものよ」

 

 

 

 

 そうしてパチュリーは勝ち誇った笑みを浮かべた。

 その言葉の意味に美鈴も気付く。喜んだ顔も一瞬、直ぐにその表情は曇ってしまった。

「パチュリー様……。お嬢様も、妹様も、もう――」

「そう、そうね美鈴。だから私は反魂ではなく召喚の儀を行うのよ」

「ど、どういう事でしょう……?」

 パチュリーの言葉を、美鈴にはさっぱり理解出来なかった。

 魔女の腕が空を彷徨う。なんだろう、と見守っていると、どうやら無意識に紅茶を求めていたらしい。本人もようやくその事に気付き、ちょっと頬を染めては仕切り直しとばかりに一つ咳払った。

「こほん。いいかしら美鈴。私達の世界には、もうレミィも妹様もいないかもしれない。……残念だけどね。なら生きている世界から、喚び出せばいいのよ」

 姉妹の名前を口にしたほんの一瞬だけ、パチュリーの顔が陰った。平然そうにしている様に見えても、傷ついていない筈がなかった。

 その事を嬉しく思うと同時に、やっぱりパチュリーの台詞は難解で。

 美鈴が頭にクエスチョンマークを浮かべたのを解ったのだろう。パチュリーは気にせず進めた。

「並行世界って知ってる?」

「あ、いえ。聞いたことがあるような、無いような……すいません」

「……まぁいいわ。要は私達の生きている世界とは別に、似て非なる世界があると理解してくれればいいわ。例えば、そうね。美鈴が男性だったり、同性愛者な世界もあるかもしれないわね」

 何故、そこで出す例がそんな例なのか、美鈴は複雑な心境だった。

 ていうか同性愛て。風評甚だしい。私はきちんと、好きな男性がいるんですからねっ!?

 そう、否定したい気持ちがあり、つい疑いが口から吐いて出る。

「えぇと、本当にあるんですかね?」

「そう、ね。常に理論は提唱されているけど、立証されてはいない。机上の空論の域を出ないものだったけど、咲夜がその存在を実証してくれたわ」

「咲夜さんが?」

 どうしてそこで、彼女の名前が出て来るのだろうか。美鈴は首を傾げる。

 手持ち無沙汰なパチュリーは、膝上の本の表紙を撫でた。皮の装丁が、ざらりとした感触を返す。

「美鈴。貴女は言ったわね。咲夜の『気』を感じると。それは当然ね。何故なら咲夜はまだ幻想郷にいるんだから」

「え? えっ!?」

 魔女の言う事が信じられず、美鈴はつい椅子から立ち上がる。

 正直過ぎる反応に、魔女は気を良くして、解説にも熱が入る。

「ふぅー……落ち着きなさいな。貴女はきっと、くまなく探したんでしょうけど、見つからなかった。それもその筈よね。だって幻想郷は幻想郷でも、過去の幻想郷だもの」

 パチュリーは立ち上がった美鈴を制し、再度腰を下ろさせる。

「咲夜は時間を遡った。……()()()()()()の。()()()()()()のではないわ。この二つの違いは大きいわ。もし、後者であれば世界まるごと過去へと戻り、今の私達は存在してないでしょうね。だからあの娘の能力で時を戻すと、おそらく自分にしか作用しないのだと推測出来るわ」

 現在の幻想郷から咲夜が姿を消した。おかげで紅魔館と繋がっていた図書館が、乖離してしまったのだと説明もつく。

「咲夜が過去へ戻ったにも関わらず、私達は存在している。そして過去に戻った咲夜は、未来を変えようと動くでしょね。そうなると――いいえ、咲夜が戻った時点で世界が二つ以上存在する事になるわ。お分かり?」

「はぇー」

 美鈴は感心した。全く理解が追いついていなかったが感心した。

 そんな様子は端から見るパチュリーも察していたが、最早美鈴に理解は期待していなかった。

「おそらく二回――いえ最低でも三回以上は時を遡っているわね、あの娘。……コホン。そこで私達は、別世界のレミィと妹様を召喚するの」

 解らない。解らないが、最後の部分だけは分かった。

 だから、美鈴はつい尋ねてしまう。お人好しの彼女だからこそ、尋ねてしまう。

「あのぉー、別の世界があって、そこではお嬢様も妹様も生きている事は分かりました」

 そこまで分かってくれたのなら、説明した甲斐があったものだ。

 パチュリーは腕を組み、うんうんと満足気に頷いている。だから、美鈴の不安そうな様子には気付かなかった。

「その、勝手に喚び出しちゃっていいんでしょうか?」

 ……何を言っているのだ、この子は。

 過ぎたるは及ばざるが如し。美鈴の優しさはパチュリーの考える計画には邪魔なものだった。

「ふぅー……。美鈴? 咲夜はもう、自分の都合でしか動いていないわ。なら私達も、そんなものを鑑みる余裕なんて無いの」

「で、でもですねっ!」

 尚も美鈴は食い下がる。

 しつこい。私達の目的の為には、レミィとフランの存在は必要不可欠なのだ。

 冷酷と呼ばれようと、パチュリーは美鈴の思いやりを切って捨てよう。そう考えての直後だった。

 美鈴の次なる言葉に、魔女の心は大いに揺さぶられてしまう。

「わ、私だったら嫌ですっ。ある日突然、お嬢様と妹様がいなくなってしまうなんて! パチュリー様はどうなんですか!?」

「美鈴、貴女……」

 全く理論的ではない主張。理屈を抜いた感情論。

 問われてパチュリーも、つい夢想してしまう。

 何不自由なく、紅魔館で過ごす日々。何の前触れも無く、親友とその妹が消えてしまう。

 ……これでは、あの女(咲夜)のしている事と何ら変わらないではないか。

 目的、その達成の為に視野が狭くなっていたようだ。ふぅと、パチュリーは大きく息を吐いた。

 だが、レミィとフランは必要だ。彼女らを助ける為ではなく、咲夜の能力を打ち破る為にも絶対に必要だった。

 ならばどうする? 魔女は少しの間黙りこくって考えて、ゆっくりと口を開いた。

「……美鈴。並行世界は、それこそ無数にあるわ。中には私達と逆の立場――レミィとフランだけが存在する世界もあるでしょうね。その世界の二人を喚び出せれば――誰も悲しまないで済むと思うの」

「そ、そうですね。それなら……」

 自分の意を汲んでくれた魔女の優しさに、美鈴はほっと胸を撫で下ろした。

 対してパチュリーの表情は晴れない。

 美鈴に説明した通り、並行世界はそれこそ無限に近い数存在するだろう。

 だが、果たして、そんな都合の良い世界が存在するのだろうか? 私とレミリアの付き合いは、長い。幻想郷に来る以前からの仲だ。私達の関係は複雑に絡み合い、語る上では切り離せぬ縁があるだろう。

 ……こればっかりは、私達の手には負えない問題である。運否天賦など尤も嫌いな類だったが。

 不安が、パチュリーの心に影を落とす。 

 いや――やるのだ。やらねばならぬのだ。

 私が、私達が親友を――家族を救うのだ。

 そう、決意を胸に秘め、パチュリーは相方へと目を向ける。

 痩せ細った身体は記憶のものから遥か遠く、されどその表情は昔の面影が宿っていた。

「――忙しくなるわ美鈴」

「はい、パチュリー様!」

 やる気満々な相方を確認してパチュリーはニヤリと、彼女らしからぬ、されど魔女らしい笑みを浮かべた。

「やるわよ。運命を、ブチ壊してやるわ」

 

 

 あれから、どれだけの時間が経ったのだろう?

 彼はテラスで何をするでもなく、呆っと眼下の庭に視線を落としていた。

 手入れの行き届いた庭園は完成された美を孕んでいるものの、されど何の――虫一匹ですら見えない――変化も見られずに退屈極まりなかった。

 だので彼は徐々に徐々に視線を上げる。青空に至るまで途中、視界に入った真白な地平を、どのような感情で見れば良いのか分からず、目を瞑り、視界が上がりきってから瞼を開いた。。

 今日も天気は憎たらしい程に快晴で雲一つ無いが、権兵衛の心もその通り、という訳にはいかなかった。

 そんな愛しの男の心情を察したのだろう、傍らに常に控えていた咲夜がそっと男の手を握った。

 彼女は心配そうな表情を向けてくるも、そんな顔をさせてしまった自分が情けなく、何でもないよと笑って返した。

「ッ――」

 咲夜の不安を取り除く為の行為だったのに、心内を察せられ余計に心労を掛けてしまったようだ。

 握られた手が、更に強く握り締められた。

 あぁ――情けない。好いた女に上手に嘘を吐いて、安心させてやる事も出来ないなんて。

 愛し合っている筈なのに、二人の間に会話が少ない。

 その沈黙が苦痛と云う訳でも無いが、さりとて心地いいとも言い切れ無かった。

 ――まるで現状そのものではないか。

 知らず、権兵衛は自嘲の笑みを浮かべていた。

 そんな彼の横顔を見る咲夜は、どうしようもなくやるせない気持ちに囚われた。

 既に初夜は捧げた。それも一度だけではなく、数え切れぬ程まぐわった。心も身体も、通じた筈なのに。

(なのに、何故……?)

 どうして? どうして?

 ……貴方は、心の底から笑わなくなってしまった。

 私にはソレが哀しい。

 私にはソレが口惜しい。

 私にはソレが腹立たしい。

 彼を本当に笑顔を灯せる事の出来ない己の無力さ不甲斐なさ。ひたすらにソレを呪う。

 ……認めたくない事だが、彼の心には未だ紅魔館の住人が残っているようだ。

 (さくや)の役目はソレらを払拭する事。(さくや)で満たす事。そうすれば彼はまた、幸せを取り戻せる筈だ。

 ならばどうする? ……決まっている。今以上に、彼に尽くすのだ。この身を捧げるのだ。それに幸福を覚える事はあれど、苦痛など一切感じない。

 私は、十六夜咲夜は――貴方のメイドなのですから。

 権兵衛の背後へと回り、そっと首へ腕を回す。私の気持ちが伝わるように、貴方の痛みを取り除けるように、身を寄せる。

 回した腕に、男の手が添えられるのを感じた。

 そんなちょっとした彼の気遣いに咲夜の心は喜びに跳ねるも、彼に気を遣わせてしまった。メイドとしては落第である。

 どうすれば、どうすればいいのだろう?

 愛する男の匂いを、体温を楽しむ傍らで咲夜は考える。だが、ちっとも妙案は浮かばず、もうちょっとだけ彼の感触を楽しもうと回した腕に力を込めた。

 焦る事はない。時間は、限り無い程にあるのだから。

 ――そんな折であった。

 ガタッ! 突如、勢い良く権兵衛は立ち上がった。

 どうしましたか? 咲夜がそう尋ねるより早く、権兵衛はテラスを出ていってしまった。

「一体何が……!?」

 咲夜は、権兵衛が向けていたであろう視線と同じ方向を視る。

 何も、何も変わらない、変わっていない。完璧で不変の世界があった。

 その世界、白い地平に、僅かな亀裂が奔っていた。

「え――?」

 最初見間違いかしら? と目を擦り再び視線を向ける。

 ピキキ――。

 亀裂が、その大きさを増していた。

「っ! 何が起こってるの……!?」

 間違いない。彼はコレを見たのだ。だがどうして、何処に行ったのだ!?

 咲夜が懐へ腕を伸ばすのと同時、テラスの下に愛しの男の姿を確認した。その足は、当然の様に亀裂の元へと向かっていた。

 そう理解した瞬間、咲夜は直ぐに時を止め男の元へと向かった。

「――権兵衛さんっ!」

 権兵衛の腕を取ったところで、能力を解除する。突然の事に、彼はたたらを踏んだ。

「危険です! お戻りになって下さい!」

「っ! 咲夜! 何を言ってるんだよ!? アレは――!」

 一組の男女が激しく揉め合う。こんなに感情をぶつけ合うなんて、この世界に来てから始めての事ではないか。

 権兵衛は亀裂の正体が何だか勘付いている様だったが、咲夜はひたすら嫌な予感がした。

 その予感に彼を晒したくなくて、彼の身を案じて、館へ戻るよう進言する。何時もなら、それで終わっていた。

 彼は困ったように微笑みながら、私の言葉を受け入れてくれたろう。だからこんな、こんなにも抵抗をされるのは予想外だった。

 亀裂は今もその広がりを増している。その度に空間は悲鳴を上げ、聞いたこともない様な金切り音が耳をつんざく。

 一際大きく、亀裂が奔った。亀裂の向こうから、大量の空気が吹き込む。

「っ! お下がりください!」

 メイドはナイフを構え、権兵衛を庇うように眼前へと躍り出る。

 吹き荒ぶ暴風の只中、咲夜は一瞬たりとも亀裂から目を離さない。

 理解を超える現象を前に、ナイフを握る手も無意識の内に力が入る。

 そうして遂に――バリンと――亀裂は砕け、空間に大きな穴が開いた。

 

 

 

 

「――お兄様っ!!」

 

 

 

 

 ――意味が解らなかった。

 目の前の光景が理解をとうに越えていて、権兵衛も咲夜も呆然としてしまった。

 罅割れた穴から影が飛び出す。その数は四つ。

 ――大切な人たちだった。求めても止まなかった人物なれど、もう二度と、会えないと諦めていた人たちだった。紅魔館の面々が、そこにいた。

 一番に飛び出してきたのは、美しい宝石の翅を持ったフランドール=スカーレットだった。

 二番目に出てきたのは、妹に栄えある一番を取られ悔しげな顔をしたレミリア=スカーレットだった。

 その吸血鬼姉妹を心配そうに追いかけて来たの、紅美鈴が姿を見せた。

 そして最後に、気怠そうな雰囲気を纏いつつパチュリー=ノーレッジが歩み出てきた。

 そうしてフランが、権兵衛の姿を確認して喜色満面に叫んだ。お兄様、と。

 瞬間、権兵衛の金縛りは解ける。一直線に四人の元へ向かう姿は矢の様であった。感情という名の弦は限界まで引き絞られて、止まることはない。

 遅れて咲夜の時が動き出した。そして慌てて時を止めよう、と懐中時計の針を止めようとする。

 ――パキ。

 だが、針の動きは止まれども、時が止まる事は無かった。

 咲夜が時を止める寸前、小さな音を響かせて懐中時計の盤面が割れたのだ。見ればフランが、こちらに拳を突き出していた。

 針の穴を通すような精密精緻な能力の使用に、有り得ない、という感想が咲夜の脳裏に浮かんだ。

 彼女の記憶にあるフランは、仕える主人の妹である一方、正に破壊の権化とも呼ぶべき存在であった。

 ――『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。その名の通り、どんなものでも破壊出来るが、とても制御の効くような能力ではなかった筈だ。それがどうだ。私に傷一つつける事なく、ただ時計だけを見事に破壊せしめるとは。

 そんな事、能力を完全に制御下においたフランには朝飯前だった。

 

 

 計画はこうだ。

 まずは咲夜の『気』を美鈴が探る。

 未来と違って過去とは、読んで字のごとく過ぎ去った時。伸ばした糸を手繰る様に、故に美鈴は過去の咲夜の『気』を感じ取る事が出来たのだ。

 だが遡った過去から、どのような未来に変じたのかは判断できない。

 故にレミリアに『運命』を操ってもらう必要があった。

 おそらく時の牢獄に閉じこもっているだろう咲夜ら。その因果に干渉し、綻びを作る為に運命操作が必要だったのだ。作戦の成功率を少しでも高める、という意味合いもあった。

 そうして見つけ綻んだ咲夜の世界をフランが『破壊』する。

 時空という概念を破壊出来る様になるまでは、大分骨が折れた様だった。だが「孤独に比べたらへっちゃらよ!」と吸血鬼の妹にとっては苦でも何ともなかったらしい。

 ――自分で言うのも何だけど、完璧な計画ね。

 ……私? 私は、レミィとフランを喚び出すっていう大事な役目があるから。

 

 

「っ! ――皆!」

 男の目から涙が溢れる。

 仕様のない奴め、と云った風に四人の中から一歩、レミリアが進み出た。

 傷心の権兵衛を慰める役目は、私以外にいない。腕を組み尊大な態度で、その表情は自信に満ち溢れているものの、隠しきれぬ喜びに口角がヒクついていた。

 そうして二人の距離がゼロになろうという瞬間、レミリアの横を一つの影が躍り出た。

「お兄様~~っ!」

 権兵衛がレミリアと接触するより一瞬早く、フランは彼に飛び付いた。慌てて権兵衛は受け止めるも、フランの勢いを殺すには至らず、押し倒される形となった。

 感動の再会を台無しにしてくれた妹の、悪魔の如き所業にレミリアは愕然とした。

「フ、フラン~~っ!?」

「ねぇお兄様っ! 似合ってる!? どう、似合ってるかしら!?」

 久々に敬愛すべき兄を前にしたフランにとって、姉の憤怒など何処吹く風。馬乗りの状態で嬉しそうに、服を見せびらかす。

 言われてからようやく、権兵衛もフランとレミリアの纏っている衣服に意識がいった。

 ひらひらのカチューシャ。紺色のワンピース。フリルの沢山あしらわれた、汚れ一つ無い真っ白なエプロンドレス。

 メイド、メイド服である。何処からどう見ても一部の隙きのない、紛うことなきメイド服であった。

 え、なんで?

 全く予想していない状況に、権兵衛の思考が混乱で満たされた。

「はな、離れなさいよ! ちょっとフランっ!?」

「イヤッ! イヤよお姉様! こういうのって、早い者勝ちなんだから!」

 妹を引き離そうとする姉もまた、メイド服に身を包んでいた。

 わーわーぎゃぎゃー。吸血鬼の姉妹は己の上で騒いでいる。

 困った権兵衛は視線を、残りの保護者へ向ける。美鈴は頬を掻きつつ苦笑を浮かべている。でも何処か嬉しそうだった。パチュリーも余りの騒がしさに呆れている様だが、やっぱり嬉しそうだった。

「はいはい。お嬢様も妹様も、一旦落ち着きましょうね。権兵衛さんが困っちゃってますから」

 美鈴が吸血鬼を優しく諭す。姉妹の反応は対照的だった。素直に身を引くフランと、不承不承と云った風なレミリア。全く、これではどちらが姉か解らないではないか。

 ようやく解放された権兵衛に、一人の女性が近付いてきた。

「全く。ここまで拗れるぐらいだったら、さっさと頼って欲しかったわ。……満点には遠いけど、及第点、といったところかしらね」

「あ痛っ」

 コツンと。分厚い本の表紙で叩かれた。

 パチュリーの言葉は、相変わらず遠回しで、権兵衛は今一つ理解出来なかった。

「……あぁ、あの格好? 別に、正式な使い魔になら相応の服装があるでしょ。……それだけよ」

 権兵衛の視線が、レミリアとフランの姿に吸い寄せられている意味を察したのだろう。先んじてパチュリーが説明をした。だがそれは些か不足しており、どうして、という過程の部分がすっかり抜け落ちていた。

 パチュリーは言った、及第点と。

 それが何を示すのか、折角の権兵衛の手柄である。語らぬ訳にもいくまいて。

 つつがなく――そんな一言で片付けられてしまったら、集めた張本人たる美鈴からは一家言あるだろうが閑話――召喚に必要な材料も揃い、いざ召喚という時に立ちはだかったのが、美鈴が指摘した問題だった。

 召喚する側される側。双方の合意が無ければ成功率は限りなく低くなる。

 元々、並行世界からの召喚である。元からして難度が高いのに、無理矢理喚び出そうとしたら低い成功率がどれだけ零に近づくか。

 ……とりあえず、やってみるしかないか。

 どれだけ失敗を重ねようとも、試行を繰り返していけば、いつかは成功するだろう。何、時間ばかしは腐るほどある。

 そう、割り切ってパチュリーは一度目の召喚に及んだ。そして呆気なく成功した。

 驚きのあまりパチュリーが喘息の発作を起こしてしまうぐらいである。

 更に驚くのは、喚び出された吸血鬼の姉妹の、仲の良さだ。

 聞けば二人は大変な殺し合いをしたらしい。そして散々自分たちの本音をぶつけ合ったそうな。

 その代わり、掛け替えのない親友と大事な従者。大切な人間を失ってしまった。

 それから姉妹は寄り添うように生きてきた。周囲の者が寿命を迎えて、広い館に二人だけになってしまっても、お互いの孤独を埋めるように生きてきた。

 そう、気付かせてくれた人間の、その名前を聞いた瞬間、パチュリーはおかしくて笑いを我慢する事が出来なかった。だって名無しを名前に名乗るなんて、やっぱりあの男は変だ。

 そんな世界があった事を、パチュリーが彼に話す時は来るのだろうか。

 兎も角今は、話す気は無かった。吸血鬼らに、右往左往させられている、情けない姿を晒している間は。

「ま、貴男の頑張り次第かしらね……」

「どうしたんだよパチュリー?」

「……何でもないわ」

 誰にも聞こえぬよう呟いたつもりだったが、男は意外に耳聡かった。

 まぁ、多少は労ってやってもいいかな? パチュリーが気紛れに、そんな気持ちを込めて優しく微笑んでやると、権兵衛はちょっと気味の悪いものを見た風にたじろいだ。

 ……きっと、男の頑張りが語られる事は、金輪際訪れないだろう。

 未だに姉妹の騒ぎは続いている。権兵衛の右腕と左腕。それぞれを取って大岡裁きになるんじゃ無いかと、美鈴はオロオロとしている。

「いでででで!」

「ちょっと! 権兵衛が痛がってるでしょ! 離しなさいよフラン!」

「そう、そうね! お姉様が離してくれれば、円満解決ね!」

 腕が、肩が悲鳴を上げる。

 夢かどうかを確かめる方法に、よく頬を(つね)ればいい、なんて言われているだろう?

 ――実感が、権兵衛の胸に湧き上がった。

 そうして権兵衛は震える声で、口を開いた。

「おかえり、みんな」

 上手く、笑顔は作れただろうか?

 権兵衛に見せた四人の顔を見れば、そんな心配、余計も余計だったのだろう。

 

 

 そんな和気藹々とした光景を、咲夜は何処か遠い出来事の様に見詰めていた。

 権兵衛が押し倒された瞬間、本当なら直ぐにでも助けに行かなければいけないのに、彼女の足は地面に縫い付けられてしまった様に一歩も動かなかった。

 だが権兵衛が笑顔を見せた瞬間、咲夜の胸中で様々な感情が嵐となって渦巻き、彼女はナイフを片手に四人、いや五人の元へ駆けた。

 ――ついぞさせる事の出来なかった、心の底からの笑顔を。

「っぅ! ううああぁぁぁぁぁぁぁ――――!!」

 無謀な特攻である。時を操る、その最大の武器を奪われたただの人間が立ち向かうには、相手は余りにも強大だった。

 だけど咲夜には自分の感情も行動も、制御が効かなかった。

 愛する(ひと)が奪われてしまう恐怖と、離れてしまった哀しみと、怒りと嫉妬。全てが()い交ぜとなって咲夜を掻き乱す。その結果、完璧で瀟洒からは掛け離れた暴挙であった。

 許さないゆるさないゆるさない――! ……何を許さないのだろうか。誰を許さないのだろうか。

 どうしてどうしてどうして――!? ……そこから先は浮かばない。ただ、尽きぬ疑問が咲夜の胸中で渦巻いていた。

 迫る凶刃を前にしても、一人として慌てる者はいなかった。実力の差は、それ程にあった。

 ただ、吸血鬼の姉妹が男を庇うように前に出る。美鈴も、どんなフォローにでも回れるように男の背に回った。魔女は魔導書を開き、体内で魔力を練り始める。

 一人の少女が、圧倒的な暴力の前に捻じ伏せられる。そんな未来が待ち構えていた。

「ちょ、ちょっと権兵衛!?」

「お兄様っ!?」

 慌てふためく吸血鬼。

 折角庇っているというのに、何せその庇護の対象が、ふらりと前に出て来てしまったのだから。まるで散歩に行くような足取りで。逆に少女らを守るかのように。

「あ、危ないですよ!?」

「何やってるのよ馬鹿っ!」

 必死な声が聞こえている筈だ。聞こえない筈がない。

 だけど男は歩みを止めない。もう一度姉妹が男を庇うべく、メイドの前に立ち塞がろうとして、彼はそれを制した。

「大丈夫だから」

 落ち着いた声だった。信頼に満ちた声だった。

 まさか権兵衛は咲夜は自分を傷つけない、そんな妄信を抱いているのだろうか? 平時であれば兎も角、錯乱している彼女は何をしでかすか解らない。

 だからこそ、少女らは再び男を守るべく動こうとする。

 ――男は頭を振った。

 その決意を秘めた目をして、少女らも身を引いた。だが、警戒は緩めない。特にフランは、直ぐにでも『きゅっ』と出来るように身構えている。

「っ! どいて下さい!!」

 咲夜の前に愛しい男が立ちはだかる。しかし彼に退く気配は見えない。

 ――だったら! 私が!

 最早二人の距離は、互いに手を伸ばせば届く程の距離となった。

 咲夜はナイフを振り被る。

 ――すぐに私も後を追いますから。

「うわああぁぁぁぁぁぁぁ――――!」

 吠えて、振り下ろす。

 彼は美鈴の様な武術の達人ではない。咲夜の練達されたナイフ術の欠片も無い、感情任せの一撃であろうとも、捌く様な技術は無い。

 彼は人間である。吸血鬼の様な身体能力も無く、その身に刃を突き立てられれば容易く絶命するような脆弱な生き物だ。

 少女らは一斉に動いた。美鈴とレミリアが飛び出した。フランの掌が握られようとした。パチュリーの眼前に魔法陣が描かれた。

 だが、それよりも早く、ふらりと一歩前に歩み出て、権兵衛は凶刃に身を晒した。美鈴の様に華麗に防ぐことは出来まい。吸血鬼の様に見切ることも出来まい。

 だから彼は――。

「え――?」

「いっ、つぅ……! ……あー、やっぱりいったいなぁコレ」

 ――その白刃をおもっくそ握り締めた。

 指が切り落とされなかったのは奇跡に近い。刃は深々と男の肉にめり込み、丁度掌と腕の骨に止められる形となった。

 鮮血が、ナイフの縁を這い咲夜の指先に落ちる。

 ようやく、己の仕出かした事の大きさに、少女の顔はみるみる血の気が引いてゆく。

 こんなの、あの吸血鬼の我儘と変わらないじゃないか――!

 咲夜の心が絶望に覆われる。瞳の奥には大きな後悔が揺れるのが見え、咲夜は膝から崩れ落ちた。

 だが、権兵衛は少女の細い腰に腕を回し、折れるのを許してはくれなかった。

 そうして男は――咲夜の唇を奪った。

「っ――!?」

 少女の目が驚愕に見開かれる。

 啄む(フレンチ)キスではない。舌と舌を絡め合わせる深い、男女の情交だった。

 突然の出来事ではあったが、嫌な気はしない。嫌な筈が、ない。

 咲夜の手からするりとナイフが抜け落ちる。そして男は自由になった血に塗れた手で、女の頭を抱え己の側へと押し付ける。より強くより深く、繋がりを求めて。

 レミリアの顔が、不満そうに土饅頭になった。

 フランは無邪気に喜んでは拍手なんてしている。

 美鈴は「ひゃー!」と声を上げ顔を覆っているも、指の隙間からバッチリと覗き見ていた。

 パチュリーは二人の様子を興味深そうにしげしげと眺めている。

 そんな、少女たちの姿も今は映らない。今はひたすらに互いの事しか目に入らなかった。

 一心、貪る事に夢中になる余り呼吸をも忘れ、息苦しさを覚えどちらともなく離れる。唾液が架け橋となり二人の唇の間に名残惜しげに糸を引いた。

「咲夜。聞いて欲しい事があるんだ」

「……はい」

 既に咲夜の瞳に狂気は無い。己が身体を男に預け、ただ陶酔した表情で愛する男をじっと見上げる。

「俺は咲夜が好きだ。世界で一番愛している」

「わ、私も! 私だって愛しています!」

 今更こんな、当たり前の事を確認する為に、権兵衛はわざわざ危険を犯したのだろうか?

 いいや、そんな事。咲夜は権兵衛の事を深く愛しているし、理解している自負もあった。だから、彼の瞳が戸惑いに揺れて、何か言いたいのだと察する事は出来たが、その内容までは読めなかった。

「あー、咲夜にも多分、話した事が無いと思うんだけど、その、聞いてくれるか?」

「はい……。はい、何でしょう」

「どうして俺が、前の世界での出来事を覚えているか」

 彼は語る。始めて、己の能力について語る。

 疑問ではあった。だが些細でもあった。最早咲夜にとってそのような因果関係は、興味の惹かれるものではなかった。ただ彼が覚えていてくれて、彼が居る。それだけで咲夜は満足だったのだから。

 だけど、彼が話したいというのなら、自分は止めはしない。ただ静かに耳を傾けてやるだけだ。

「俺はさ、咲夜。どうやら『死んでやり直す程度の能力』の持ち主らしいんだよ」

「――」

 咲夜は答えない。衝撃ではあった。だが、同時に納得もした。

 そうしてやっぱり、彼がどんな能力の持ち主だろうと自分の気持は揺るぎないものだと、一層深く理解した。

 だからこそ、彼の言葉の続きには、ショックが隠しきれなかった。

「その、何度も世界をやり直したよ。色んな世界を生きてきたよ。その中にはさ、咲夜も知っての通りレミィに殺された世界もあるし、フランに殺された世界もある。……美鈴やパチュリーと恋仲になった世界もある」

「ちょっと待ちなさい。今聞き捨てならない事を言わなかったかしら?」

「えっえっ? もしかして、私にもチャンスがあるんですっ!?」

「……ちょっと。今いいところなんだから黙ってなさいっ」

 狼狽える親友と元門番に、レミリアは厳しい視線を向けた。今やパチュリーの使い魔なれど、その威圧感は流石の一言であった。ピシャリと、二人の無駄口を止めた。

「もう一度言うぞ咲夜! それでも俺は、()()で一番咲夜が好きなんだ!」

「あぁ―――――っ!!」

 今度こそ。今度こそ二人の心は何一つすれ違う事無く通じ合ったのだ。

「私も! 私も世界で一番貴方を愛しています! 愛し続けます!」

 二人は抱きしめ合い、唇を重ねた。先のものよりは浅く、交わった時間も短いが、心はより深く繋がり合っていた。

「めでたしめでたし、ですね」

「そう、ね。ふぅー……。やっぱり動くのは疲れるわ。久しぶりに咲夜の紅茶でも――ってレミィ?」

 ようやく肩の荷が下りたと、精神的な年長者二人がほっと一息吐いた所であった。

 盛大なラブシーンを前にして面白くないレミリアは、不満顔から一転、ニヤリと笑った。 

「それで、権兵衛。一番は咲夜だとして、二番目は誰になるんだ? ん~?」

「えぇ~……?」

 今この状況で、それを聞くのか? 権兵衛は神の非情さを呪った。そうして自分は、神様よりも悪魔の方が好きな事に気付き、神に頼るのを止めた。

 自分の名が呼ばれる事を信じて疑わないレミリア。

 純粋な瞳を向けてくるフラン。

 もしかしたら、と期待で落ち着きの無い美鈴。

 興味無さそうな素振りで、されど聞き耳を立てているパチュリー。

 これは――皆大好きさ! なんていう、耳に良い言葉で誤魔化す事は出来無さそうだな……。

 そうして権兵衛は一呼吸置き、二番目の少女の名を紡いだ。

 呼ばれた少女は勝ち誇り、あぶれた少女らは大層不服そうである。

 当然の様に始まる弾幕ごっこ。

 激しい弾幕が飛び交った。耳を塞ぎたくなるような罵声が飛び交った。だが、殺意は一欠片も存在していなかった。

 こんな騒々しさは二人きりじゃきっと無かったろう。こんな幸福は二人だけじゃきっと無かったろう。

 権兵衛は思う。皆を幸せにしたいと願う気持ちは、そりゃぁ立派な事だ。しかしたかが人間には過ぎた願いで、精々人一人幸福にするのが精一杯だ。

 だけど、皆が皆、同じ幸せを願うのならば、困難な願いなれども案外すんなり叶うのかもしれない。

 一人、騒ぎに混ざらず自分の横で佇む愛しの少女に声を掛ける。

「咲夜。俺は今、幸せだよ」

 そう言って、彼は心から笑った。幸せを噛み締めその笑顔は一片も曇りも無く、咲夜が求めて止まなかったものだ。

「咲夜はどうだ?」

 彼は尋ねる。ちょっと不安そうな声音を滲ませて。

 私――私は彼がいれば幸せだと思っていた。

 どうやら訂正しなければなるまい。私は、幸せそうな彼がいなければ幸せにはなれないのだと。

 ……正直に言えば、私以外の女が彼に近付くのに不満はある。ちょっとだけ、少しだけ、それなりに、結構。

 だけど、私の大事な彼の笑みの前では、私の我儘は小事も小事。

 だから私は、十六夜咲夜は完璧で少女な笑顔を作って誇らしげに告げる事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

「はい――私も幸せですよ、権兵衛さん!」

 

 

 

 




こんにちは触手です。
大分前の作品でしたので、今更話を追加するのに、彼女らの性格や口調、設定なんかを思い出しつつ書き書きするのは中々に大変で、面白かったです。
ハッピーエンドは、難しいですね……。
書いていた当初は、最後はホラー的な後味の悪さを残してエンディング。というコンセプトがありました。それが達成出来たかは分かりませんが……。
一方でハッピーエンドを求める声が上がるのも分かります。
フィクションですからね。物語の中でぐらいは、ご都合で幸せな終わりがあったっていいじゃない! という事で要望もあり書き上げたのですが……。
後付のオンパレードですので、矢張りお見苦しい部分も多々あったでしょうが、それはそれ。紅魔館の皆の幸せの為に目をつぶってください!オナシャス!


後は、そうですね。本編では一々語らなかった部分が幾つかあるのですが。気付く人は気付いていると思います。
名は体を現す、というのがそこそこ重要な位置づけにあったり、変な人間は能力を持っている→権兵衛は皆に変だ変だと言われている、とか。
小ネタ、と言うにも烏滸がましいですが、そういうのが幾つかありました。

今度こそ、これにて幻想狂縁起~紅~を終わりにしたいと思います。
長々お付き合い頂きありがとうございました。
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