闇夜に浮かび上がるのは、冷たい美貌の女幽霊。
百物語の百話目が語られる時、彼女は現れる。

黎明の光が雲を破り始める頃、そこには男の幽霊が。
百話語が終わりを迎えた時、彼は現れる。


百物語をしている時、行灯の色は当然青色なんだ。
青い紙が貼り付けられているからね。
では百物語が終わった時、行灯は何色をしているのか。
青い紙が貼ってあるのだから、中の灯火が消えても青色だって?
いいや、最後の灯火が消えてしまえば、そこは漆黒の闇。
そう、色なんて判別できない。黒一色なんだ。

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晦冥に 行灯一対、青と黒。

 

 山奥のように深い静寂の中、砂利を踏みしめる音と私の吐息が、乾燥した空気に伝わる。

 月輪を求めて寒空を見上げるが、今宵は新月。

 月明かりは一筋も差さず、夜の帳に閉じ込められているようだった。

 

 寒さと怖さに震えながら、何故友人の家へと夜道を歩いているのか。

 恐ろしいことに、肝試しとして百物語を行うこととなったからだ。

 勿論最初は断った。しかし主催の友人が、自分を怖がらせた者には銭を出す、というではないか。

 貧しい私にその話を断ることはできなかった。

 嗚呼、我が愚かさたるや。

 

 

 嘆いている間に到着したようだ。

 その一般的な家屋へ近づき戸を叩くと、戸の向こうで足音が聞こえ、手に提灯を持った友人が出てきた。

 どうやら私で最後らしい。

 彼は少し訝しんだ顔で私を中へ案内する。

 

 部屋へ通されたが、やはり既に招集された者は粗方集まっていて、数人の話し声も聞こえる。

 待たせて申し訳ないと思いながらも、近くの空いた席に座った。

 私が席に着いたことで空席は無くなり、行われていた雑談も徐々に聞こえなくなっていった。

 無灯による暗闇と沈黙に包まれた広間に、低く貫禄が感じられる声が響く。

 

「ではこれより、百物語を執行う。

 第一話を語るのは、この俺が務めさせてもらおう」

 

 この屋敷の主人である友人、吉次だ。

 私たちと同じく青い衣を纏った彼は丸太のように太い腕を組み重々しく口を開いた。

 

 

「あれは草木も眠る丑三つ時。

 ふと目が覚めたんだ。

 明日も仕事だ、ともう一度目を閉じたが……どこからか足音が聞こえてくる。

 次第に大きくなってくるそれは、どうやら人間のモノではない。

 なぜわかったのかって? 窓から見えたからだよ。

 

 ──ギョロッとした一ツ目の、大きな化け蛙の顔がな」

 

 

 何人かの野太い悲鳴が窓を揺らす。

 男子たるもの、情けない。

 私は思いっきり太腿を抓り、今適当に考えた呪文を唱えていた。

 

 無灯だが暗闇に慣れた目で吉次を見ると、満足気な顔で席を立つところだった。

 百物語の方式に従い、隣の部屋を手探りで通り、奥の部屋へ行くのだろう。

 そして準備しておいた百個の行灯の内一つから、灯心を一本引き抜いて火を消し、自分の顔を文机上の鏡で確認した後、この部屋へ戻ってくるのだ。

 吉次の怪談で皆怖がりながらも、一人が語り部屋を出て、一人が語り前の者が部屋へ戻ってくる。それが繰り返される。

 私も数少ない手札を切り、その後同様の手順をこなした。

 当初は怖がっていた私だが、これがなかなか面白い。

 即興で手札を創るほど真剣に取り組んでいた。

 

 恙無く百物語は進み、先ほど九十八話を語った者が部屋を出ていった。

 つまり次が最終話である。

 百物語は百話目を語り終え、灯心がすべて引き抜かれて真の闇が訪れたとき、なんらかの本物の怪異が現れるとされる。

 だがこれはひとつの娯楽なのだ。現れては困る。

 故に百話目は語ってはならず、九十九話で止めて朝を待つのだ。

 

 さて、ここは昔吟遊詩人から聞いたあの話で、締めるとしよう。

 最後を飾る私に視線が集まる。

 

 

「あれは、蒸し暑い夏のことだ。

 ある男が滝壺のそばで休んでいると、突然無数の糸が脚に絡みついてきた。

 男は驚きながらも、その糸を近くの木に巻き付ける。

 瞬間、木はメキメキと滝の中に引きずり込まれていった。

 恐ろしく思った男は慌てて里へ逃げ帰り、人々へ伝え聞かせたんだ。

 滝の中には女郎蜘蛛がいる、と。

 

 それ以来里の人々は女郎蜘蛛を恐れて、その滝へ近づかなかった。

 だがある日、他所の土地から来た木こりが、事情を知らずに木を刈っていたところ、誤って愛用の斧を滝壺に落としてしまったんだ。

 木こりが斧を取り戻すために滝壺へ潜ろうとすると、とても美しい女が滝の中から現れた。

 そしてその女は、『ここで見たことを絶対に誰にも話してはいけません』と言って斧を渡してくれた。

 

 木こりは以来言いつけを守りながらも、胸に何かがつかえたような日々を送っていた。

 だがある時に宴の席で、酒の勢いもあり一部始終を話してしまったんだ。

 話し終えた木こりはまるで見えない糸に引かれるかのように外へ出て行き、翌日には

 

 ──滝の滝壺に死体となって浮かんでいたという」

 

 

 ……少し長すぎただろうか。

 語り終えた私はしかし、辺りが静かすぎることに気づいた。

 何か反応が欲しかったところではあるが、仕方なく席を立ち、行灯から灯心を引き抜きに部屋を出る。

 

 行灯の部屋に入ってまた、気がついたことがある。

 既に九十九本目の灯心が抜かれていたのだ。

 不審に思い確認してみたところ、どうやら最初から行灯の数自体が、九十九個しかなかったようだ。

 一応新たに行灯を一つ用意し、火を灯しておくが、大丈夫だろうか。

 行灯が百個になったところで、九十九本目の灯心を引き抜いた。

 先ほど足した百個目の行灯がまだ残って──いない。

 部屋は完全に闇に包まれていた。

 真の闇が、訪れていた。

 

 これは、拙いのではないか。

 武器も持たない今、怪異が現れてはなす術なく喰われるだろう。

 

 ふと、鏡で自分の顔を確認する。

 

 

 普段通り、特徴のない自分の顔が写っている。

 

 

 だが、どこか違和感がある。

 

 

 そうだ、背後に、女の顔が────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭はぼんやりとしているが意識はある。

 床に寝転んでいるような、宙に浮いているような、不思議な感覚だ。

 瞼を開けると、どこか期待している表情の美女がこちらを覗き込んでいた。

 

「おや、目が覚めたかい?」

 

 冷たい美貌の彼女だが、それと対照的にこちらを気遣う声色は暖かい。

 

「……ここ、は」

 

「ここはあたいの舟さ。

 懐かしい話をしているやつがいたんでね、魂だけ引っ張って来たのさ」

 

 あたいの舟、とは。

 もしやと思い体を起こしてみると、広がっているのは青一色だった。

 何処までも続く水平線。空には見覚えのある新月。

 私は友人の家にいたはずだが……

 

「魂を引っ張ってきた……?」

 

 わからないことだらけだが、この質問ではっきりするだろう。

 彼女の舟が進むこの海は、現世なのか──常世なのか。

 幸い彼女は話好きなようで、こちらが口を開く度に柔らかい笑みで相槌を打ってくれる。

 

「……知りたいかい?」

 

 怪しく艶やかに口角を上げる彼女。

 それで大体は察せられた。

 やはり、私は死んでしまったらしい。

 

「ああ、安心しなよ。

 あたいを楽しませてくれたら、すぐに元の体へ返してやるさ」

 

 楽しませるとは。

 今から私は解体でもされるのだろうか。

 薄々感づいてはいたが、彼女は人間ではあるまい。

 意識が完全に覚醒して、頭も働いてきた頃。彼女の姿を改めて見る。

 

 これほどの美人は他にいないだろう。或いはどこにもいないかもしれない。

 彼女が都を歩いていたら一目惚れして告白し、翌日悲しみに身を投げていただろう。

 鮮やかな青の髪飾りが彩るのは、蒼みがかった銀の長髪。

 私を映す瞳は蒼く、端麗な唇は薄いが柔らかそうだ。

 そして着物は全体的に青を基調としている。

 私が見たことのある、重く厚い着付けとは違い随分身軽で、華奢な肩と滑らかな鎖骨が艶めかしい。

 腰から伸びる長い足の、色白い肌が眩しく美しい──

 

「おい、あんた」

 

「……はっ」

 

 不躾に凝視していたため、彼女が訝しんでいる。

 あの足は魔の力を放っているようで、私の視線を釘付けにする作用があるのだ。

 

「なにか、怪談を語っておくれよ」

 

「か、怪談? それはまた、どうして」

 

「あたいは怪談が大好きなのさ。聞くも語るも、等しくね。

 毎夜毎夜、あたいと同じような怪談好きを探しては、ここに招いて怪談を語り合うのさ。

 行灯一つだけを、灯してね」

 

 確かに彼女の隣には、行灯が青い光を淡く放っている。

 しかし何故だか、その行灯は彼女に似ているような気がする。

 否、同じだという気さえしてくる。

 我ながらとち狂っているのか。

 

「……相わかった。

 未熟な身ながら、貴女を楽しませることに尽くすとしよう」

 

 了承を伝えると、彼女は聞く姿勢をとった。

 その佇まいは気品に満ち、青い牡丹が静かに風で揺れているかのようだった。

 

 

「あるお盆の十三夜。浪人新三郎の家に、何者かが訪ねてきたんだ。

 新三郎が出てみると、来訪者はかつて一目惚れしたお露という女だった。

 その手には牡丹燈籠が提げられている。

 新三郎はたいそう驚いた。

 何故かって? お露は既に死んでいるはずだからだ。

 でも再び会うことができた。二人は久しぶりの再会を喜び、睦み合う。

 だがそれを覗く者がいた。下男の半蔵だ。

 蛍が飛び交う蚊帳の中をよく見れば、新三郎が抱いていたのは

 

 ──骸骨だったんだ」

 

 身じろぎした彼女の着物が少し肌蹴て、その白い肌に視線が引き寄せられる。

 しかしこの怪談はまだまだ続く。

 集中せねば。

 

 

──

 

 

「伴蔵の様子がどうもおかしい。蚊帳の中で誰かと話しているようだ。

 女房のお峰は蚊帳を取っ払うが、そこにいたのは伴蔵一人。彼は大量に汗をかいていた──」

 

 時折ピクッと体を震わせる彼女に惹かれてしまう。

 

「さて、土手を行くのは伴蔵とお峰の夫婦。

 悪い噂が広まる前に逃げようと、例の金無垢の尊像を掘り出しに来たんだ。

 お峰に見張りをさせて、伴蔵は尊像を掘り出しにかかる、と思いきやなんと半蔵は隠し持った脇差で、お峰の横腹を突いたんだ──」

 

 しかしそれも、熱が入ると徐々に気にならなくなる。

 

「また何かの拍子に秘密を喚かれてはたまらないと、口封じの殺害だ。

 そして帰ろうとすると、川の中から骨の手が伸びてきて、伴蔵を引きずり込んだ。

 ──後には、蛍が飛び交うだけ……」

 

 

 

 長い間同じ体勢で語っていたため、腰が痛くなっているだろうと思ったが、そういえば私は現在魂だけの身体だった。

 それもそうだ。幽霊が腰痛になるわけあるまい。

 この身体も悪くない。痛みや病にもかからないだろうしこのままでも……と傾きそうになっていたが、彼女の反応がない。

 怪談を語った後、何の反応もないのはこれで二度目だ。

 もしや楽しませることができなかったのか。

 

「……どうだった?」

 

 尋ねてみるも、彼女は黙したまま。

 これは、二話目を語るか。

 

「二話目」

「な、なかなか面白いじゃないか。

 あたいともあろう者が少し、少しだけ怖がってしまったよ」

 

 私の言を遮って、彼女が声を張り上げた。

 怖くはなかったらしいが、その声は震えていた。

 はて、どうかしたのやら。

 

「それは語り手として、冥利に尽きるよ。

 さて、次は貴女の怪談が聞きたいな。

 語り合いと行こうじゃないか」

 

 彼女は人間ではない。

 そのような者と深く関わってはいけない。

 理解しているはずなのに。

 もっと彼女と、語り合いたい。そう思ってしまった。

 

「ん、あたいの話が聞きたいだって?

 本当にいいのかい? それ相応の覚悟はあるんだろうね?

 そんなにあたいが語る怪談を聞きたいなら、朝日を見る覚悟でいてもらわなくちゃ」

 

 本当に怪談を聞くのも、語るのも好きなのだろう。

 彼女は魅力的だが、怪談の話をしている時はより一層美しく、可愛らしくなる。

 

 と、そうだ。

 彼女は真剣に私の怪談を聞いてくれた。

 ならばこちらも姿勢を正し、覚悟を決めなければなるまい。

 

「まだ誰にも話していない怪談はあったかね……

 ……こほん」

 

 咳払いをし、着付けを直し、語る準備を整える彼女。

 このまま最後まで聞いていると、もう二度と現世には戻れないかもしれない。

 だがそれでも、彼女と語り合っていたかった。

 

 

「ある村の庄屋では息子の婚礼が決まり父親である庄屋様はとても喜んだ。そんなある時、その庄屋の家に旅をしている盲目の美しい女が──」

 

 

 きっとこれは、私の生涯最初で最期の──一目惚れというやつなのだ。

 

 

 

 

 

 

 静かな海。もう語り合う男女の声は聞こえない。

 そんな海を行く、一隻の舟。

 舟の上には、戻らなければならない刻限はとうに過ぎ、それでも女と語り明かした男の姿と、愛しい者を見るように男を眺める、女の姿。

 海は次第に狭まり、川へと変化しつつある。

 

「……ふふっ」

 

 女は何事かを決心し、眠る男へ触れる。

 

「最後まであたいの話を聞いてくれたのは、あんたが初めてなんだ。

 ありがとうね……。

 でももうお終いだ。あんたは今から閻魔の所に行くのさ。

 ……あたいはあんたのこと、結構好きだったよ」

 

 寂しげに終わりを告げる。

 これは種族の違う男女が語り合うことを許された、一時の逢瀬だったのだ。

 この舟は三途の川を渡っている。

 そして体から長い間離れ過ぎた魂は、閻魔によって裁かれる。

 

 

「…………、て」

 

 女が男から手を離す。

 その時、動かないはずの男の腕が、女の細腕を掴んだ。

 

「ま、て……!

 私は……、もっと貴女と……、語り合いたいんだ‼︎」

 

「……‼︎

 もう、二度と離すものか。ずっとあたいの側にいな‼︎」

 

 女は消えゆく魂へ自らの妖気を、全身全霊をかけて注ぎ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後に記された書によると、二人は(つがい)の妖怪。

 

「おうい昼行燈!」

 

「黒行燈だ」

 

「次はあの怪談を聞かせておくれよ」

 

「またか? これで何度目……ああわかった! 話そう!

 今話すから腰布をひらひらさせるな!

 見えてしまうだろう!」

 

「……み、見たいかい?」

 

「えっ…………お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 


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