強気な先輩からパンツを召し上げる話   作:まさきたま(サンキューカッス)

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最近疲れが取れない。パンツに癒されたい。


お洒落な水玉・上部

 なぁ後輩、よく考えると髪の毛という言葉は、非常に卑猥だとは思わないかい?

 

 お前はいきなり何を言っているんだ、そんな顔をしているね。結構、実に結構。正常な反応だと思うよ、それは。だが、少し考えてみてほしい。

 

 「かみの毛」だぞ? 物事には、対になる表現が存在する。「かみの毛」とはすなわち、「上の」毛である事を示唆する。

 

 これの意味するところ、「上の毛」は「下の毛」、つまりは陰毛の存在を念頭に置いた単語だという事だ。そう思うと、なかなか下劣な単語に見えてこないかい?

 そう、私たちが日常的に、当たり前のように使っている単語にもこのような落とし穴が潜んでいる。

 

 どうだい、君は言葉の語源というモノを考えた事はあるかい? 単語というのは、昔の人が現代の人間にまで伝えたメッセージなのだ。それを鑑みると、非常に興味深い議論のテーマだと言える。

 

 さて、前置きが長くなってしまった。では、いよいよ今日の部活を始めようか後輩。今日のテーマは、「過去に学ぶ心理学」、これで行こうと思う。さぁ、今日も元気に議論していこうではないか。

 

 

 

 後輩、君は過去に生きた人を分析する意義は何だと思う? 過去の事を知ったところで、何も生み出さない。邪馬台国がどこにあったかを事実として突き止めたところで、一銭にもならない。ご当地は観光事業が盛り上がるだろうが、それだけだ。

 

 それはね、後輩。ただの欲望なんだよ。知りたいという探究心は、人間にとって三大欲求程とはいかないまでも当然の様に存在する生理的な欲望なんだ。だから人は過去を求める。その時代に何があったかを、正確に知りたがる。

 

 私もその欲求は当然にして持っている。その中でも特に、過去に生きた彼らの感情的な、心理的な面をより深く知りたいと感じている。

 

 そこで、言葉だよ。昔の人の価値感や、感情、欲望、そういったものを最も簡単に知りうることができるのは、言語であり、土地風土に伝わる伝説であり、そして歴史書であり。

 

 歴史書は専門の人に任せよう。伝説の分析も、高校生には少し荷が重いだろう。

 

 でも、今に伝わっている「言葉」を分析することくらいなら出来る。語源を調べるのではなく、自分で言葉の意味を考え、理解しようとするその思考過程こそが重要だと思うのさ。言葉が出来た時代に、多くの人たちに共感された「単語」こそが現代に伝わる言葉として成立しているのだから。

 

 例えば、「ありがとう」。これは、「有難い」、すなわち「有り得る事が難しい」が語源だ。「こんなに親切な事をしてもらえるのは非常に難しいことだ」という言葉が転じて謝意を示す単語となった。なんとも日本人らしい、謙虚で美徳に満ちた由来だと私は感じたね。

 

 さて、勘のいい君なら、もう今日の部活のテーマは理解できただろう? そう、今日のテーマは「単語の考察」さ。語源なんてものは調べたらキッチリと正確な情報が出て来るだろう。だけど、そこに意味を見いだす事が大事だと、私は思うのさ。

 

 例えば、さようなら。別れの挨拶であるこの言葉は、“左様で有るなら”をもじった単語だ。

 

 左様、とは即ち“その様”“そう言う事”の意味であり、現代語に訳すと「じゃ、そーゆーことで」となる。昔の人は堅苦しい言葉を使う印象かも知れないけれど、こんなにも軽い別れの挨拶が礼節を重んじる日本で最も広まっているのさ。日本人も案外、茶目っ気がある民族に思えてこないかい? 

 

 最も、語源には様々な説があり、さようならを“左様であるなら、此度の別れも仕方なし”とか言う暗い言葉が略されたなんて意見もあるけどね。ただ、私には農民であったり商人であったりがいちいちこんな暗い事を言ってたとは思えないな。皆もっと、気楽に構えていたと私は思っているよ。

 

 そう、語源を調べるだけでは無く、語源を知った君がどのような印象を受けるか。かつての日本人はどのような心情だったのか。それを推測していくことは、立派な心理研究なのさ。

 

 では早速、君が語源の気になる単語を幾つか挙げてみたまえ。

 

 ・・・ブレないな君は。今日部活に来てから最初の発言が、今日はどうしたら私から下着を貰えるのか、なんてね。まったく嘆かわしい。神聖な部活を、君のパンツ収穫癖と関連付けないで欲しいな。 

 

 いいさ、今日はパンツの予備をちゃんと持ってきているからね。君が我が下着を望むなら条件を出そう、私に議論で勝ってみたまえ。逆に、私が言い負かせば君の家にある私の下着は全て没収だ。

 

 枚数に差があって割に合わない? 馬鹿を良いたまえ、君が下着を欲したから私が勝負を受けてあげたんだ。嫌なら良いんだよ、私は。

 

 確かに今さらパンツを1枚多く取られた程度で私は気にしないが、タダで差し上げる義理もない。君が「私から奪ったパンツを全て返す事」を賭けるなら乗ってあげよう、と言う訳だ。

 

 うん、交渉成立だ。君は実に欲望に素直だね、反吐が出るよ。では、議論の内容は私が決めるとしよう。どうしたものかな・・・。

 

 ん? 何だ、議論の内容を君が決めて良いなんて誰が言った? ふふ、私は確かに君に先ほど話を振ったけれど君の選んだ議題で勝負するなんて言ってないからね。君の話も聞いてあげるけど、賭けの議題は私が決めるさ。

 

 よし、「馬鹿」、これにしよう。実に君にふさわしい言葉だが、何故馬と鹿の組み合わせが間抜けの代名詞になったと思う? 他にももっと間抜けそうな動物は沢山いるだろうにね。猿だとか。

 

 因みに、調べても無駄さ。まだこの言葉の語源に決定的なものは無いからね。さて、私の意見としては馬と鹿に共通する「大型で、一見すると人に危害を加え無い動物の組み合わせ」という事実を根拠にこう考えよう。

 

 そもそも、室町時代以前までは馬鹿者を「狼藉を働くもの」と言う意味で使っており、それが転じて愚か者を揶揄することになったのだと思う。馬であり、鹿でありと言った動物は普段は従順だが、時として人に反逆する。人間を振り落としたり、蹴飛ばしたりね。それを狼藉と取ったのだろう。

 

 やがて、時代は流れ、士農工商などの身分が明確化されていくにつれ目上の者に逆らう事を愚かととらえるようになった。馬鹿者は「狼藉を働く、愚かな者」へと意味を変化させたのさ。

 

 そして人を侮蔑する単語は、爆発的に広がりやすい。最近でも、ニートだとか、KYだとか人を揶揄する単語は一瞬で社会に浸透していっただろう? 本来の意味であった狼藉者の意味は薄れ、愚か者の意味での使用がどんどん広まり、今に伝わると、私はそう考える。

 

 どうだい、案外いいところを突いているのではないかと思うよ、この考察は。さて、私のこの鉄壁な推論を突き崩せるかな? 君の意見は、どうだい────?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「胸が、スースーするぞ後輩・・・。」

 

 空が茜色に染まる時刻。男子は一人、今日新たに入手した獲物を鞄に入れたまま満足げに歩いていた。

 

「・・・私の馬鹿。鹿は人間の家畜になんかなっていないのに狼藉も何もないだろう・・・。」

 

 室町時代以前。確かに馬は、人の家畜となり農業や戦の道具として用いられていた。だが、馬と対を成す家畜は牛である。鹿はむしろ、神の使いとして崇められていた存在。そこらの農民なんぞより上位の存在と言えるのに、人間に逆らって狼藉などと言われる筈がないのだ。

 

「その、パンツは替えがあると言っただろう。なのに何でワザワザ上を持っていくのだ君は・・・。」

 

 あっさりと先輩の論破に成功した男子は、今日の報酬である「下着」をしっかり貰い受けた。無駄に頭の回る彼は、替えを用意していると聞いた時点で、早々に彼女の履いているパンツが手持ちにあるセール品だと当たりを付けられたのだ。

 

 そして彼は即座に、まだ持ってない上の部位(ブラジャー)を貰い受けるという英断を下した。ダブりを貰ってもあまり嬉しくないのは、コレクターとしての宿命。彼の選択は完璧で、完全だった。何せ、夏場である今、彼女の上の部位(ブラジャー)を貰い受けた事による恩恵は、部活の後に帰り道を共にする彼にとって絶大なのだ。

 

「確かに今日君が欲したのはパンツではなく、下着と言っていた。下着の語源は下に着るもの、即ちソレ(ブラ)を含んでいるが・・・。」

 

 たゆん。

 

 歩くたび、女生徒の胸は振動を服にダイレクトに伝える。恥ずかし気に胸へと手を当てる彼女のカッターシャツからは、色の濃い円形が透けていた。

 

 顔を赤らめ帰宅する女生徒と、鼻息交じりに機嫌よく帰宅する男子の組み合わせ。この光景はもはや、この学園の日常へとなりつつあるのだった。




本日の戦利品
水玉模様のブラジャー。パンツとセットで飾ると背徳感が増す逸品。

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