妄想小説その2

クエスト『円舞獰乱』


1 / 1
後半が結構荒いと思いますが、よかったら読んでください。



不香の花は曇天の空を仰ぎ見る

 冷たい風が頬を撫で、太陽は場違いにその存在を主張する。少し離れた所では、何かを悲しむような色が窺える咆哮が、空気を震わせていた。

 だが、そんなことは全く気にならないほどに今、私の心臓は早鐘を打っていた。

 呼吸は小刻みでとても荒い。視界は狭まり、手足は尋常じゃないほどに震えている。喉は言葉が発せないほどに乾き、水分を求めている。

 そして、脳内では幾つもの最悪の可能性が、浮かび待ち構えている。死神が死者を冥界へ誘うように、その選択肢はどれを取ろうが暗闇へと続く。いくら光を探しても、トラウマがフラッシュバックして、暗黒にしか辿り着かない。それは光に当たることのない人生を歩んでいた私のせいなのか。私にはわからない。けれど、その問いに答えを与えてくれる存在もいない。

 

 目の前で仰向けに横たわる青年。彼の顔は紫色に染まり、苦悶の表情を浮かべている。

 

 ――私が、あの時……

 

 どんどんと溢れてくる後悔が、私の意識を塗り潰す。

 

 ――また、失うのか?

 

 彼の口からは、命が零れ落ちている。赤い液体がさらに私の想像を加速させる。

 

 ――あの時、油断しなければ……

 

 そう、あのときの私は……。この罪は背負うには重すぎる。あの子にも顔向けは出来ない。

 しかし、背負うしか道は無い。

 

 幾百の十字架に、また一つ十字架が増えただけだ。なんだ、簡単じゃないか。

 百が百一になっただけ。たった一つの重さが加わっただけ。

 

 けれど、そのたった一つが――

 

 

 

 ――何よりも重く感じた

 

 

 

 

 

 

 私は何時ものように狩りを終え、ナナシとオリーブとギルド集会場で夕食を摂っていた。私は、肉盛りマグマ丼とシナト風アップルトマトタルトを、ナナシはホロロースのマグマ煮込みを、オリーブは五穀豊穣ゼンマイおむすびを食べている。

 肉盛りマグマ丼の辛さを我慢しながら食べて、デザートのタルトに舌鼓を打つ。アップルトマトの甘味と酸味がマッチして非常に美味しいのだ。ナナシは汗を掻きながら美味しそうに食べている。あんな辛いのを美味しそうになんて考えられないな……。それを真似して食べる私も大概だろうけど。けど次、おこちゃまとか言ったらぶっ殺す。

 

「ひっ!」

 

「師匠、どうしたんですか?」

 

「い、いや、何か命の危険を感じてな……」

 

「は、はぁ」

 

 殺気が漏れていたみたいだ。オリーブは納得したのか食事を再開する。口いっぱいにおむすびをほお張り、顔をだらし無く緩ませる姿は客観的に見てもすごく可愛いと思う。現にナナシはデレデレしてる。私には出来ないなぁ、と溜め息を吐いていると、私達の座席に誰かが人波を割きながら歩いてきた。

 この人はギルドマネージャーであるお婆さんだ。ギルドじゃ結構上の立場にいて、よく座布団に座って本を読んでいる。そんなお婆さんが何やら厳粛な雰囲気を纏い、重苦しい空気の中ゆっくりとその口を開いた。

 

「お前さんらの腕を見込んで、頼みたい事があるのじゃが……。二頭の夫婦火竜。金色の甲殻のリオレイアと銀色の甲殻のリオレウスの獰猛個体が塔の秘境に住み着きおったのじゃ。もう既に何人もの熟練ハンターを討伐に向かわせたが、誰一人戻ってきておらん。このまま悪戯にハンターを送っても結果は変わらんだろう。そこで、お主らの評判を聞いてな。もしかしたら、と思ってな」

 

「き、希少種じゃないですか!? ってことは……」

 

 オリーブがおずおずと、続きを確信したように促す。それに頷いたギルドマネージャーは簡潔に依頼をまとめ、伝えてきた。

 

「わしからの依頼は、ナナシとフキョウ両名が塔の秘境に赴いて火竜どもを討伐すること、じゃ」

 

「……えっ?」

 

 オリーブは意外そうに声を漏らす。だが、それに構わず話は続けられる。

 

「もちろん報酬も出すが、これは本当に危険な依頼じゃ……。お前さんらが受ける理由は無いじゃろう。だからよく考えて受けるかを決めてくだされ。わしとしては、受けてくれると助かる」

 

 我らハンターの上に立つ人が、一介のハンターに過ぎない私達に頭を下げてきた。これが意味することは誰もがわかるだろう。けど、私達の答えは決まっている。ナナシにアイコンタクトをして、未だ頭を下げる彼女にその旨を伝える。

 

「受ける」

 

「俺も受けるぜ、婆さん」

 

「ほ、本当か……?」

 

「はい」

「もちろんだ」

 

「……助かる! 生きて帰ってくるのじゃぞ!」

 

 依頼成立にホッと息を吐き頭を上げるギルドマネージャー。彼女に私達は決然とした表情を向け、絶対に帰ってくると伝えると、そのままギルド本部へと帰っていった。おそらく依頼成立の報告をするのだろう。

 

 食事を再開し、依頼についてナナシと話し合っていると、唐突にオリーブが立ち上がった。

 

「わ、私もいきます! 師匠、フキョウさん、私も連れて行ってください!」

 

 彼女の表情は悲しみが色濃く浮かんでいた。まるで、子供が親に置いていかれるんじゃないかと不安がるように。正直そんな表情をされると心が揺さぶられるが、心を鬼にしなければいけない。

 オリーブを連れて行くわけにはいかないのだ。

 

「オリーブは連れて行けない」

「ああ、お前がいたところで足手まといだ」

 

「そんな……、で、でも! ボウガンで麻痺させたり、援護できます……」

 

 言葉尻がどんどんと小さくなっていく。そんな悲しそうな顔しないでよ、オリーブ。

 

「私、皆さんの力になりたくて……、いっぱいボウガン頑張って……。守られてばかりで、助けられてばかりだったから、少しでも力になりたくて……。それで、今回こそはって思って……」

 

 ぽつぽつと、海のように青い綺麗な瞳に涙を溜めながら、オリーブは語る。今まで感じていた無力感や守られるのに甘えていた自分を責めるように、そしてそんな自分を変えられるかもしれないチャンスを見つけたことに喜び否定され悲しみ。彼女の気持ちはわかる。背中を見るのではなく横に並び立ちたいという気持ち。それは尊くて綺麗で、とても眩しかった。

 けれど、気持ちは嬉しいけれど、それは認められない。

 もう大切な人を失いたくない。だから私が言うべきことは、

 

「オリーブ」

 

 名前を呼ぶと、悲しみと悔しさに顔を歪めたオリーブが重々しく顔を向ける。

 

「私には大切だと思える人が二人いる。オリーブとナナシだ。今回は下手したら死ぬかもしれない、だからオリーブには待っていて欲しいの。守りたい存在が、居心地のいい空間がここに待っているから私達は頑張れる、生きて帰ってくる。あなたがいるから、あなたが作り出す空気がとても心地いいから、また戻ってくるために頑張れるんだよ? だから泣かないで、信じて待ってて? あなたの情けない師匠は私が守るから」

 

 頭を優しく撫でてあげながら抱き締める。服が涙とかで汚れてしまうが気にしない。オリーブも大事な大事な人なのだ。

 ナナシは情けない発言に何か言いたげだったが口を噤んだようだ。

 

「それでも不安だったら――」

 

 そう言い、短刀を取り出して自分の髪を一本切る。そしてその髪をオリーブの小指に巻きつける。

 

「私の一族に伝わる約束のしかた。これでオリーブも私の指に髪の毛を巻いてくれれば、私達は繋がる。絶対に戻ってくるから、巻いてくれる?」

 

「……はい!」

 

「ほら、ナナシも」

 

「ああ」

 

 

 その後は、みんなで髪の毛を結び合い誓い合った。オリーブはやっぱりついて行きたそうだったが、ちゃんと待っていてくれそうだ。

 彼女のためにも、一刻も早く狩らないと。いつまでも心配させるわけにはいかない。

 

 ナナシと明日の朝出発することを決め、今日はそのまま各々帰ることにした。

 

「私待ってますから。絶対に帰ってきてくださいね、師匠、フキョウさん! 帰ったらお祝いにいっぱい騒ぎましょう!!」

 

 彼女は満面の笑みで私達を送り出した。

 女の私でも見惚れてしまったオリーブの笑顔を守るためにも、絶対に勝たなければならない。

 そう決意し、地を強く踏みながら家へと歩いていく。

 

 ――待っていろ蜥蜴共、塔に巣食ったこと絶対に後悔させてやる

 

 

 

 

 

 

 明朝。一人の男と一人の少女が、装備を収納している箱を探っていた。箱の底が見えるまで、中に入っていた装備達を外に取り出す。そして底板を外し、大事にと言うよりかは封印されていたというべきであろう、異様な雰囲気を発している装備を取り出す。

 

 ――『黒炎王リオレウス』と『燼滅刃ディノバルド』の装備だ。

 

 これらを作るときは、二人ともとても苦労していた。まず討伐難易度が桁違いだ。一頭だけでベテランハンターを相手に一歩も引けをとらないほどの戦闘力。たった一度の攻撃で村が壊滅するほどの破壊力。これらを兼ね備えたモンスター達は、畏敬の念をこめて『二つ名』が付けられる。

 黒炎王と燼滅刃もその例に漏れない。しかもだ、『二つ名』を賜ったモンスターの中でも破壊力と殲滅力を含め、こいつらは危険度がとても高い。

 

 二人はそれぞれ、少女は黒炎王を、男は燼滅刃を依頼され何とか狩ることに成功した。一瞬の油断で生死が決まってしまう緊張感の中、やっと討伐が叶った二人は、これからどんな装備が作られるのか柄にもなく期待していた。

 そして二人は鍛冶師の下へ戦利品の素材を持ち寄り、装備作成を依頼する。しかし、装備作成はかなり難航した。素材が思ったように加工できないのだ。まるで素材が生きているみたいに反応して、加工作業を悉く邪魔をする。それ故に装備作りは一向に進まなかった。

 しかし、ある日のこと。鍛冶師が天啓を得た(実際は夢で見た)と言い、モンスターの心臓を繋ぎとして用いだしたのだ。すると今までの苦労が噓のように、みるみるうちに装備は形作られ完成していった。

 そして、二人は完成した装備を受け取り、自宅にて試着をした。すると、なんともいえない圧迫感を感じ、気味が悪くなってそれっきり装備箱の奥底に眠らせたのだ。

 

 

 そして今日、二人は再びこれを手にする。

 ゆっくりと精神を落ち着かせながら、袖を通していく。やがて、頭以外の装備を装着し終えた二人は一度唾を飲む。そして頭装備を手に持ち装着した。

 しかし、何時かの日の圧迫感は感じない。それは何故か――装備を留める紐を完全に結んでいないのだ。前回の失敗を参考にして、今回の策を思いついた。

 実は二人は、とあることを確信していた。

 この紐を結んだとき、何か莫大な力を得る事が出来る、と。そしてそれには途轍もないリスクがある、と。

 

 故に二人は滅多なことではこの紐に手を付けない。だが今回の依頼は、リスクを支払ってでも力を得なければならない場面がある可能性があると。

 

 そして装備を着終えた二人は、武器を取り出す。

 

 ――『金狼牙刀【伏雷】』 二つ名、『金雷公』ジンオウガの太刀

 

 こちらもまた、二つ名の武器。慢心など一切なく、全力で全身全霊で狩る気概だ。

 リオレイア希少種とリオレウス希少種は雷に弱い。その弱点を突くためだ。

 

 太刀を背に携え、二人は集合場所へと歩を進める。

 

 

 

 明朝の弱い日差しの中、とある場所に人だかりが出来ている。

 飛行船の前で並び立つ二人の背中には、絶対に帰ってくるというやる気が見えた。見送りの人達は皆その姿を見て、安心と期待を二人に寄せる。

 男を師と仰ぐ少女は、未だ家で寝ているのだが……。

 

「ちゃんと遺書は書いた? ナナシ」

 

「書かねぇよ……、ばかか。まぁ、俺が危ないときは守ってくれよな? 頼りにしてるぜ!」

 

「それ普通逆……。かっこわる」

 

「うるせぇ!」

 

 いつもの軽口で、お互いを鼓舞する。二人の表情は一片の不安も浮かんでいない。

 もう二人には負けることなど頭にない。なぜなら――

 

「勝つぞ、フキョウ」

 

「わかりきったこと言わないで」

 

「まぁ、言葉にしたほうが言い事だってあんだよ。気持ちを一つにするって意味でもな。――俺達の帰りを待ってる可愛い弟子がいるんだ、勝つしかねえよな?」

 

「そうだね。あの子のためにも早く狩って祝宴しなきゃ」

 

「頼りにしてるぞ、フキョウ」

 

「二人で勝つよ、ナナシ」

 

 言葉が少ないのは信頼の証。互いの拳をぶつけ合った。

 決意を新たに、二人は飛行船に乗り込んだ。

 

 一人の少女の顔に影が差さないようにするために。

 最愛の男を守るために。

 最愛の少女を守るために。

 

 

 

 陽の光が金色と銀色の火竜で反射し照らされた塔の秘境、そこに二人の銀閃が加わることになる。

 

 

 

 夫婦である二頭と未だ想いを伝えられない少女、想いに気付かない鈍感な男が織り成す、銀光煌めく比翼連理の戦いが今、始まろうしていている――

 

 

 

 

 

 

 二時間ほど飛行船に乗り、ようやっと目的地に着いた。二時間だ、今火竜を野放しにすると最悪私達の村にやってくる。それはなんとしてでも阻止しなければならない。

 崖下を覗くと金銀のモンスターがくつろいでいるのが見える。それに加えて血臭がむわっと香ってきた。塔にはいたるところに血痕と骨が散らばっている。唾を飲む。覚悟を決めなければ。

 

「さて、どうするか?」

 

「一体ずつ倒そう。慎重に崖を降りて、降りたと同時にけむり玉を焚く。そして塔の左のほうでリオレイアのほうから狩る。私が先導するから、絶対にばれないようにして」

 

「ああ、気をつける。まあ、お前に関しちゃばれる心配はしてねえぞ?」

 

「ありがとう。じゃあ準備して……行こう」

 

「了解だ」

 

 ナナシは私の特性を知っている。それゆえの信頼だろうか、それともパートナーとしての信頼だろうか。おそらく両方だろう。こんな私の特性を受け入れてくれている彼に感謝しつつこれから始まる狩りに意識を向ける。

 装備と持ち物の最終確認を済ませ、ナナシに顔を向ける。強い意志を孕んだ瞳でこちらを見つめてくる。示し合わせたわけでもないのに、二人コクリと頷いたことに嬉しく思いながら、ゆっくりと崖下へ降りていく。

 

 

 一歩一歩しっかりと踏みしめ、崖を降りていく。こういうときのコツは下を見ないことだ、とナナシは言っていた。けれど下を見ないと状況は分からない。それに私は高い所は平気だ。

 半分ほど下った所で一度観察をするために停止する。リオレウスは右のほうで眠っているようだった。王者の余裕か、その姿は腹立たしくもあり滑稽でもある。お前が惰眠を貪っている間に相方は殺しておいてやる。リオレイアのほうはおそらく私達より前に挑んだハンター達の肉を、ちぎり決められた場所にはこぶを繰り返していた。あそこは餌場なのだろうか? 以外に知性が有ることに驚いた。

 とりあえず、このまま降りても大丈夫そうだと判断し、崖降りを再開する。

 

 数十分かけてようやく塔に降り立った。そして慌てることなくすぐにけむり玉を焚く。

 ナナシはけむりが焚かれたのを見て、待機していた所から降りているようだった。

 

 私は彼が到着するまでに、塔の左方向へと移動し落とし穴を仕掛けておく。使えるものは何でも使う。失敗は許されないのだ。

 そして、彼の到着と同時にリオレイア希少種へそこらへんに転がっていた石ころを投げつけて、私達を認識させようとする。

 

「油断せず行くぞ」

 

「うん」

 

 軽く言葉を交わし気を引き締める。

 リオレイアのほうは周囲を睥睨し私達を発見する。

 目の前に対峙して、モンスターの放つ威圧感がありありとわかる。

 どっしりと地を踏みしめる強靭な脚、どんな硬い物も抉り取りそうな鋭い爪、大空を抱え込むかのような逞しい翼、爛々と輝く獰猛な双眸、全てを噛み砕く牙、その全てが均等に互いを高めあい陸の女王を威風堂々と体現している。これは遠めに見えるリオレウスも同じだ。どちらも王足りうる素質があってこそ、この地に住み着いているのだ。 

 

 頂点の荘厳さを感じていると、リオレイアは大気を震わせるほどの咆哮をする。体がビリビリとする。武者震いだ。きっと今の私は好戦的な笑みを浮かべているだろう。

 耳を劈く咆哮を終えたリオレイアはそのまま突っ込むようにこちらに走ってきた。その足音は陸の女王と言うだけあって力強い。幸いその甲殻が陽光を反射して目くらましになることは、けむりのおかげで無いので安心である。

 そんなことを考えている間も、リオレイアはこちらに近づいてきており、もうすぐ激突するといった瞬間――眼前のモンスターが視界から消えた。まぁ、落とし穴に落ちただけなんだけど。

 最初にして最大の、こいつを狩ることに関しては最後と言っていいほどの隙を晒している今、それを逃さないように私達は接近し弱点である背中の棘のある部分を斬る。痛みと身動きが出来ない苦しみからもがくリオレイア。落とし穴からいち早く脱出するべく、顔を翼を出鱈目に振り回す。それに当たらないように気をつけながら、ただひたすらに背中に斬撃を与える。横に、縦に、斜めに。薙ぎ払い、斬り上げ、振り下ろし、突く。

 私とナナシによる容赦の無い連撃でリオレイアの背中はかなりの傷を負ったと見える。だが、さすがは希少種と言うだけあって、その硬さは折り紙つきだ。どれも致命傷はおろか深くは至っていない。ただ、出血が派手なだけだ。

 

 罠の効果も限界を向かえ、リオレイアが今にも脱出せんとしていた。

 

「一度距離をとるぞ!」

 

 ナナシの言葉に従い素早く離れる。基本はヒット&アウェイ戦法だ。深追いをすれば、確実に死が待っている。今頃死神は私達の到着を今か今かと待ち望んで、その手に持った鎌を持て余していることだろう。だが、私達は死など選択肢に微塵も無い。だから死神はそのまま待ち呆けて死ねばいい。

 

 リオレイアは落とし穴から飛び立ち、塔の地面に着地した。そして、私達のいる方向へと顔を向ける。

 未だその姿は余裕に満ちており、きっとだが私達は敵ではなく、獲物と認識されたぐらいだろう。今までは餌と認識されていたのかもしれないな。

 獲物と認識された私達は、リオレイアの動きに注意するので精一杯だ。手に持った太刀を強く握り動きを待つ。

 静寂を破ったのはリオレイア。再び突進を繰り出してくる。だが今回罠はない。私は右へ、ナナシは左へと回避行動をとり、すれ違いざまに足を一閃。全然ダメージになってなさそうだ。

 特に気にした様子も無く、再びリオレイアは突進してきた。余裕を持って回避したが、フェイントで尻尾回転を繰り出してきた。危うく吹き飛ばされる所だったが、姿勢を低くすることで何とか回避できた。

 

「ナナシ! 頭はげてない?」

 

「はげてねぇよ! ふさふさだわ!」

 

 軽口を叩きながらも集中は解かない。リオレイアは痺れを切らしたようで、苛立っている様子だ。

 きっと窮鼠猫を噛むの気分だろう。獲物だってただ食われるだけじゃない。食われることを甘受してしまえばそれはもう餌だ。私達獲物はただで食われる気はないぞ。

 私達はそれからも攻撃を回避しながらチクチクとリオレイアに攻撃を加える。合間合間にけむり玉を焚きながら、金の巨躯を切り刻む。

 

 何度目かの突進の際、私はリオレイアの股下に滑り込んだ。そして、柔らかい腹部を縦に切り裂き深い裂傷を負わせる。ナナシは右足に突きをくらわしたようで、それを纏めて味わったリオレイアは腹部から夥しい血を飛び出させながら転倒した。

 

「畳み掛けるぞ! フキョウ!」

 

「うん、わかった!」

 

 久しぶりに出来た大きな隙に、私達はこれで決めると言わんばかりに肉薄する。

 太刀を両手でしっかりと持ち、横薙ぎに首、脚、翼、尻尾と払う。斬った所からは血が飛び出し、塔の地を赤く染めていく。

 そんなことはお構い無しに、脚と翼を重点的に斬っていく。移動手段を潰せば大きなアドバンテージが手に入るからだ。故に関節や筋を狙っているのだが、いかんせんこいつは希少種だ。通常個体は見慣れているから、私の瞳術を用いれば的確につく事が出来る。しかし、希少種はその名の通り個体の絶対数が少ないから、お得意の観察眼があまり役に立たないのだ。

 結果、手当たり次第に太刀を振るう。柔らかい所も積極的に斬る。

 

「――ッ! 離れろ!」

 

「チッ……、これで決めたかった。私達を侮っているうちに」

 

「過ぎたことはしかたねぇ、腹括るぞ。こっからは狩りじゃない、単純な命の奪い合い――己の生存を賭けた戦いだ」

 

 ナナシの言うとおり、ここからは殺し合いになるだろう。もうリオレイアは私達を獲物として見ない。明確な敵として、全力を持って叩き潰しに来る。現に、リオレイアの双眸は敵意と殺意に染まっている。

 転倒から起き上がったリオレイアは、その首を大きく回し火球ブレスの体勢に入る。奴の口からは炎が燻ぶり、その熱さは尋常じゃないだろう。

 

「ッ! もう避ける体勢に入って! 紙一重の回避じゃ死ぬ!」

 

「ああ!」

 

 ブレスが放たれる前に大きく横に回避する。その瞬間先程まで私達がいた所を、寸分の狂いも無く大岩ほどの大きさの火球が通り過ぎていった。

 

「っ……」

 

 思わず息を呑む。圧倒的な、全てを焼き尽くす熱量だった。殺意の篭った攻撃だった。

 戦いで掻いた汗はその熱にあてられて速攻で蒸発した。――これが直撃したらどうなるのか……。きっと、皮膚は溶け脂肪がドロリと垂れて見るも無惨な死体を晒すことになるだろう。ここにきてモンスターの危険性が突きつけられる。

 

 噛み付き攻撃をくらえば、私達など豆腐のように容易く食い千切られるだろう。 

 突進をくらえば、そのまま吹き飛ばされ内臓がぐちゃぐちゃになるだろう。

 尻尾振り回しをくらっても、同じ道を歩むことになるだろう。

 サマーソルトをくらえば、即死を免れても毒で死ぬことになるだろう。

 火球をくらえば、走馬灯を見る間もなく骸骨と化すだろう。

 

 全てが、全てが私達を容易く死に追いやる攻撃だ。危険だ。絶対に避けなければならない。

 それなら――

 

「あのブレスは危険。私が口内を斬ってくるから、ナナシはあいつの意識を逸らして」

 

「……わかった。死ぬなよ」

 

「当たり前」

 

 本当に出来るのか? と心配を孕んだ視線を振り払い、自分をけむりに同化させ意識を私以外に向けさせようとする。私の種族の特性として高い隠密性がある。忌まわしき性質だが、有効活用できる場面では使わなければ損だ。

 リオレイアを見ると、既に私を捉えておらずナナシに注意を向けている。その隙にゆっくりと近寄り、リオレイアの顔正面と平行に一気に走り抜けて――横一閃。奴の舌に切り傷を負わせる。これで奴は火球を打ちづらくなったはずだ。

 

 

 そこからは死闘と呼ぶにふさわしい戦いが繰り広げられた。ブレスの頻度もかなり抑えられた。両者一進一退の攻防で、削り削られのループ。一歩も引かず、お互いが死力を尽くして相手の命を奪わんとする。

 だが、こっちは一撃くらえば死に一直線。極限の緊張感の中、体を酷使し最適の行動でリオレイアを追い詰める。

 

 そして――その均衡が破られる瞬間が訪れた。

 お互いが万全の状態だったら結果は違っただろう。だが、これが現実だ。

 リオレイアに幾多の傷を負わせていたのが勝因だろう。血液は止まることなく流れ続け、それでも傷は増えまた新しい箇所から血を流す。こっちはスタミナが少し減ったぐらいでたいした傷は負っていなかった。

 

 故にリオレイアは崩れた。

 こちらに向かって走ってこようとした際、足の傷が原因か自らの血で滑ったのかは定かではないが、前につんのめるように倒れた。

 リオレイアの表情は死期を悟っているように思えた。ちらりとリオレウスの方向へ目をやり、グォオンと寂しげな声を出す。

 だが、容赦などするつもりは無い。ナナシと共に近寄って、私は首に、ナナシは胸に太刀を突き刺す。

 その直後、断末魔の叫びを上げ、リオレイアは重力に逆らえずゆっくりとその体を地に伏せようとしていた。

 私は、死んだと判断して陸の女王に背を向け、太刀に付いた血糊をふき取ろうとする。

 次のリオレウスに備え丁寧に拭いていると――

 

「――フキョウ!!」

 

 ナナシの追い詰められたような叫び声と同時、私は右半身に強い衝撃を受けた。

 

「……え?」

 

 衝撃を与えたのが何か確かめるため、その方向を見た私の目に入ってきた光景は、全く理解できないものだった。

 

「ぐあぁっ――!!」

 

 その光景とは――死んだと思っていたリオレイアが、ナナシにサマーソルトをしていた、というものだった。

 

 訳が分からない。

 

 直撃は尻尾とナナシの体の間に太刀を滑り込ませ防いだようだが、衝撃を殺しきれず5メートルほど地面をバウンドしながら吹き飛んでいった。リオレイアは命を限界まで引き絞った最後の、相打ち覚悟の攻撃だったようで着地と同時に今度こそ息絶えたようだ。

 でも、何故?

 

 あの時死んでいなかったのか? 

 死んだふりで油断させるため?

 私は、また誰かに庇われたのか?

 また、大事な人を失うのか?

 私は、どうすればいいの……?

 

「ご、ふっ……」

 

 思考がどんどん暗く深いところに入っていっている中、聞こえた一つの音。それは私を現実に引き戻すのに充分すぎる音だった。

 

「ナナシ……!!」

 

 太刀を放り投げ、仰向けに倒れているナナシの元へ走る。

 すぐに到着し、横になったナナシの左横に急いで座る。

 ナナシの顔は苦悶の表情を浮かべていて、首からどんどんと紫色に染まっていっている。腕のほうを見ると、リオレイアの毒棘が刺さっており、つまりナナシは今内臓が揺れ、毒に犯された状態だという事が分かる。

 

「早く抜かないと……!」

 

 慌てながら、傷口を広げないように棘を抜き取る。これはまずい状況だ。幸い解毒薬は手持ちにあるが、ナナシが飲めるかどうか……。

 とにかく、一刻も早く解毒薬を飲ませないと!

 

「ナナシ、解毒薬飲め、る……? ナナシ……?」

 

 確認のため振り向くと、ナナシは目を瞑り眠っているように見えた。その顔は先程のものからは想像がつかないもの。とても安らかな、寝顔のような。

 呼吸もか細く、一息で消えてしまいそうな火のようで。現世とを繋ぐ糸が、ゆっくりと、けれど確実に解かれていく錯覚が見える。――命が、魂が零れていく。

 

「あ……うあぁ……うぅ……ぁ……」

 

 ろくに声が、出ない。

 目の前の状況に、頭が思考を放棄する。

 

「……ナナシ? ナナシ、ナナシ!」

 

 ただ体を揺らし、名前を呼ぶことしかできない。そんな自分に腹が立つ。

 それでも、どんなに名前を呼ぼうとも、最愛の人は反応してくれない。まるで石にでも話しかけているようだ。

 けれど、揺らすのを、名前を呼ぶのをやめることはしなかった。否、出来なかった。

 怒り、悲しみ、無力感、絶望。--そしてわずかに、この光景が噓であるようにと願う、希望。これらが体を支配する。

 

 

 ――なんで、なんで起きてくれないの? まだ、あなたの復讐だって済んでないじゃない。

 

 そんなことを思ったところで現状は変わらない。相変わらず無反応。

 

 ――私が、私が油断したから? 私のせいでナナシが、死ぬ?

 

 ここに問いに答えを与える存在など、いない。独りだ。

 

 ――いつもみたいに、腐った目を見せてはくれないの?

 

 彼の目は個性的で、一般的にはいいものではなかったが、私は好きだった。

 

 ――息を吐くように出るセクハラも、もう聞けないの?

 

 彼のセクハラはとても腹が立つものだった。けれど、それでもそんな会話をしながら形成される空気が、私は愛おしいと思っていた。

 

 ――初めて好きに、愛すべき存在が出来たのに、失うの? 

 

 初めて出会った時から、妙に惹かれていた。私はこの人と子供を作って結婚したいと思ったりもした。

 

 一緒にいて心地いい、大好きな人――

 

 

 ――そんなナナシが、死ぬ……?

 

 

 嫌、だ……嫌だ、嫌だ嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ……いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ――そんなの嫌だ、認められない!! 認めたくない!!

 

 

 気付いたら、ナナシの顔がぼやけて見づらくなっていた。泣いて、いるのだろうか。

 自覚してしまうと、さっきまで水滴として流れていたものが、ダムが決壊したかのように止め処なく溢れてくる。頬を伝う水滴が酷く冷たく感じる。体から熱が、どんどん奪われていく。水滴はぼろぼろと流れ落ちる。

 最愛の人の最悪の状況に絶望して、そんな目の前の彼の姿を見ないように、これ以上現実を突きつけられないように精神の防衛として涙は溢れ出しているのかもしれない。既に視界は殆ど見えない、何もわからない。彼の顔が見えなくなる。彼が、消えていく。

 

「……ひっぐ、うぅ……ナナシぃ…………死んじゃやだよぉ……私を、独りにしないでぇ……」

 

 横たわる彼の体に縋り付くように抱きつき、泣きじゃくる。頭を振り乱し、泣き叫ぶ。冷え切った体を温めるため。大好きな彼のぬくもりを求めて。強く、激しく、貪るように縋る。それでも涙は止まらず、体は冷えたままだ。

 

「ナナシぃ……! いやだぁ……いやだよぉ……!!」

 

 彼の顔を見ながらなおも泣き続ける。

 こうしていると、どうしようもない願望が次々と湧いてくる。

 

 また、彼に頭を撫でられたい。

 また、彼とキスをしたい。 

 また、彼から名前を呼ばれたい。

 また、彼の名前を呼びたい。

 

 また、『一緒に』話したい。

 また、『一緒に』笑い合いたい。

 また、『一緒に』狩りに行きたい。

 また、『一緒に』、『一緒に』、『いっしょ、に――い、っしょ……

 

 

「くうっ……あっ……ふ……っわぁぁぁ……うわぁぁん……ナナシ死なないでぇ……ああぁぁああぁ……っいつか……! 好きだって……! 言わせてよぉ! 聞かないままどこか行かないでぇ……! ……っ……うあぁぁ……」

 

 ぽたぽた、ぽたぽたと彼の顔に私の涙が落ちていく。それは頬や目、口に着地して顔の形に沿って流れていく。

 だが、そんなことは気にも止まらず、慟哭が止まない。もはや自分が何をしゃべっているのかすら分からないくらいに泣き叫んでいる。

 彼に好きだと言いたかった。結ばれるかは定かではないし、鈍感なこの男は何度アピールしても気付かなかったが、とにかく思いを伝えたかった。憧れだった、恋人と言う関係。そうなったらどんな空気が形成されるのか気になっていた。一緒の家に住んで、ご飯を食べて、同じベッドで寝て、たまにオリーブを交えて団欒して。

 

 こんなにも、好きになってたんだ、惹かれていたんだ……でも――ナナシは

 

「ううぅぅぅっ……! 起きてよぉ……いやだぁ……っぁ……うわあぁぁあぁ……」

 

 いい加減涙が止まって欲しい。けど願っても止まる気配はないし、むしろ増している。戦場で場違いなまでに号泣している私を見たら彼は何を思うんだろうか。俺のために泣いているのか、と鈍感でも気付いてくれるだろうか。

 

「ご、ごふっ……」

 

「!? ナナシ!?」

 

「フ、キョウ……大丈夫だ……」

 

 突然、悲痛の涙で冷え切った頬が心地いい熱に包まれる。それはまるで、ポカポカとした木漏れ日の中で聖母に抱き締められているような安心感。

 ナナシは震える手を動かして、私の両頬を優しく包むように、涙を拭いながら撫でてくれた。そして、一頻り撫でた後に、いきなりペチンと頬を挟むように叩かれた。

 

「い、いたっ!?」

 

「へへ。お前が泣くのはじめて見たな……。なんだよ、泣いても綺麗じゃねぇか……」

 

 ぎこちなくニッと笑うナナシ。

 そういえば私は……今まで泣いた事があっただろうか? 産まれた時は泣いただろうけど、村の惨劇でもそれ以降でも一度も泣くことはなかった。哀惜の年はあっても。姉が死んでも、信用できると思った人に忘れ去られ裏切られても。

 

 ――それほどナナシが大切だったのかな?

 

 自覚するとポっと顔が熱くなった気がする。恥ずかしい。

 

「フキョウ」

 

 名前を呼ばれナナシのほうを見る。彼の目は腐りが形を潜め、慈愛に満ちた目をしていた。

 彼は私を見つめ、頬に手を触れながらその口を開く。

 

「約束したじゃねぇか。二人で勝つぞ、って。それに、お前を独りになんてしねぇよ。詳しいことは何もわかんねぇが、お前が人との接触を怖がってるのは知ってる。だってそうだもんな、俺かオリーブと話すときしか笑顔見せねぇし、他の人だと無意識か段々距離をとって俺に近づいてくるし。――だから、俺はお前を独りにしない。嫌がろうがうざがろうが構わず一緒にいてやる。だから安心しろ、俺はお前を残して死なない。わかったか?」

 

「……うん」

 

 とても報われた気分になった。不安が一瞬で吹き飛んだ。涙も止まってきた。こんなにも彼は私のことを見ていたなんて。

 やっぱり私はナナシが大好きだ。大大大好きだ。ずっと一緒にいたい。

 

「……あー、すまんフキョウ。ちょい毒が辛い。解毒薬飲ませてくれね? 俺動くのも辛い状態だから。てか、さっき一気にしゃべったので、もう……限界」

 

 見ると本当に辛そうだった。息もぜぇぜぇ言っている。

 解毒薬どうやって飲まそうか……。ぶっかける? 普通に注ぐ?

 

 ――いや、こうしよう

 

「じゃあ飲ませるから、目を瞑ってて」

 

「ん? あ、あぁ」

 

 返事を聞いて、ナナシの顔を確認するとしっかり目を瞑ってくれている。「なんで目を瞑るんだ? 顔にぶっかけるのか、相変わらず扱いが雑だなぁ」とかブツブツ言っているけど気にせず、右手に持った解毒薬を一気に自分の口に含む。そして、

 

「ん、んむっ……ちゅぅ……」

 

「んん!?」

 

 そのまま一気に唇を重ねる。驚き暴れようとするナナシを鎮めながら、口唇と口唇を合わせていると、次第に自分の唇と彼の唇のどっちの熱なのか分からなくなってきた。しまった、気持ちよくてついやりすぎた。

 反省しないとな、と思い、気を取り直して未だ状況に追いついていないナナシの唇を強引に舌で押し開く。

 

「ん!? んん――!!」

 

 口内に舌を捻じ込み、彼の舌と絡める。ざらざらとした感触を楽しみ、キスの幸福感に浸りそうになる自分を叱咤し、さらに舌を絡め合わせる。そして、ナナシの舌を誘導して、液体が通れそうな道を確保したことを確認したところで、口に含んでいた解毒薬をゆっくりと流し込んでいく。

 流し込むたびにナナシの喉がごくごくと動くのを確認して一安心。しっかり飲ませることに成功したようだ。

 ナナシの顔は徐々に血の通った色に戻っていき、このまま少し安静にしておけば大丈夫だろうと判断する。

 

「おま……なにしてくれちゃってんの?」

 

 困惑した様子で聞いてくる。

 

「なにが?」

 

「いや、お前が俺に口移しで――」

 

「それ以上は言っちゃだめ。わかった?」

 

「舌を絡ま――」

 

「言っちゃだめ」

 

「激し――」

 

「だめ」

 

 有無を言わさない態度を貫いていると、ようやく諦めてくれた。あれは嬉しさが暴走しちゃっただけであって、うぅ……、ぶり返さないで欲しい。

 

「まぁ、取り敢えず少し安静にしてて。解毒したとはいえダメージは残ってるんだから」

 

 そう言って、ナナシの頭を持ち上げ自分の腿に乗せる。所謂膝枕だ。髪がチクチクしてこそばゆい。

 

「お、サンキュー。お前の腿気持ちいいなぁ」

 

「そ。言っとくけど、手で撫で回したりしたら殺すから」

 

「うっ……しませんよそんなこと?」

 

 心なしか片言に聞こえる言い方をして、彼は手を引っ込める。バレバレだよセクハラ親父。

 

 少しの間膝枕をしていると、ナナシは突然あっと声を上げ私に問うてきた。

 

「そういえばリオレウス希少種はどうしたんだ? もう殺しちゃった?」

 

「……はぁ、殺せるわけないでしょ。奥さんが死んだ時点で起きてたよ。それで悲しんでるような声出してた」

 

「え? 俺ら大丈夫なの? 二人仲良く死んじゃったの? ここは天国なの? なんで俺ら見つかってないんだよ……」

 

「ふふ。なんか無意識に限界まで気配薄くしてたみたいで、未だにあいつは私達に気付いてないよ」

 

 そう、あの時私は全てに絶望して外界からの接触を完全に遮断していた。それは、気配を極限まで薄くして、誰にも気付かれない空間を創造するに至った。結果、リオレウスは私達に気付く事が出来ず、ただ妻の亡骸を見て悲しみながら下手人を探すことしかできなかったのである。

 

「お前、すげえな……」

 

 ほんと、危なかった。下手したら死んでたんだから、ナナシは私にもっと感謝するべきだ。

 

「……帰ったら」

 

「ん?」

 

「帰ったら、頭、撫でて」

 

 言いながら、ぷいと顔をそっぽに向ける。恥ずかしい。けど、ご褒美として要求するくらい、いいよね?

 

「ああ、いいぜ」

 

 しょうがねぇな、といった表情をしながら確かに了承してくれた。

 

 

 

 

 十分ほど膝枕をすると、ナナシはもう大丈夫だといって立ち上がった。その際、少し残念だと思ったのは内緒だ。

 彼は手を上に伸ばし体を捻ったり曲げたりして、調子を確認する。その後一つ頷き、私のほうへ体ごと顔を向けてきた。

 

「やっぱちょっとだるいな。パパッと終わらして、パパッと帰ろう」

 

「うん。でも、リオレウスはリオレイアなんかよりも獰猛で危険。相当無理しないと勝てないかもしれない。だから――」

 

「あぁ、今の俺達じゃ結構きつい戦いになるだろうな。勝てなきゃ俺達は死ぬ。だったら――」

 

 

『この装備の禁忌に触れようじゃないか』

 

 

 二人向かい合って、装備に付いている緩く結ばれた紐に手を伸ばす。掴むと、顔を上げナナシの目を真っ直ぐに見る。

 

「呑まれんなよ」

 

「そっちこそ」

 

 一気に紐の両端を引っ張った――

 

 

 

 

 装備を完全に装着した途端、私の体を猛烈な圧迫感が襲った。熱い。まるで炎に包まれているかのような熱さ。

 その熱は私の体を、精神を蝕まんとし、今にも乗っ取られそうだ。

 私を乗っ取ろうとするナニカは、語りかけてくる。

 明け渡せと、喰らいつかせろと。どこまでも慇懃無礼にありながら傍若無人に。

 だが、私はそんな気さらさら無い。一度私に討伐された王なんかに、私は負けない。

 強大な力と王の証たる気高き誇りは私がへし折ってみせた。黒に近い深みを増した赤色の外殻を持つ大きな体躯に傷をつけ、雄大な黒き翼を折り、強靭な尻尾を叩き斬られたお前は私に従うしかないのだ。

 

 ……いや、違うな。

 

 これは協力じゃない。一方的な使役だ。私が勝ち取った魂だ。抗うまでも無い。私はお前の魂なんかに呑まれない。

 だから、黙ってその力を差し出せよ――

 

 

 

 

 ――黒炎王

 

 

 

 

 ――遠い、遠い記憶。

 

 

 人ではないナニカの視界を俺は見ていた。

 足音と思しき金属音が聞こえるたびに、視線は大きく揺れる。上下左右様々に。

 映る景色は木々や草が生い茂る自然豊かなもの。そこに慣れ親しんだ様々な小型モンスターたちが、個々に懸命に生きている。

 突然、森がざわめき小動物たちは逃げ惑う。なにか途轍もない脅威が近づいてくるのを勘付いたように。

 視線は少し怯えのようなものが浮かんでいる気がした。おずおずと視線を向けた先には、斬竜ディノバルドが数頭そこにいた。

 ディノバルドたちはこちらに近づいてきて、嗜虐的に口を開く。視線の高さが、足音が似ていることから自分が同種族だということが分かる。発せられる声が何を意味しているのかは判別つかないが、この記憶の主が異端だと虐げられていることはわかった。

 虐げは口だけでは終わらず、ディノバルドたちはその牙や尻尾を使って痛めつけてくる。だが、こちらからは何もしない。記憶の主からは諦念が滲み出ていた。抗った所でさらに酷くなるだけ。ならば、この状況で満足しろと。そう言い聞かせられている気がした。

 視界の端にちらと見えた尻尾、それは他の斬竜とは違うものだった。これが理由で、爪弾きにされ貶され拒絶され蔑まれ、虐げられる。

 それは仕方の無いことで、どうしようもない故にされるがままでいるしかない。

 

 凄絶な扱いは長きにわたって続き、記憶は諦念の矛先を自分の今の状況ではなく、自分の命に変える。

 もういっそ死にたいという思いが俺に流れ込んでくる。それは酷く不快な感情だった。

 だが、行動に移せずまた少しの月日が流れ、記憶はある光景を目にすることになる。

 

 それは、何の変哲も無い、ただの反抗だった。

 

 いつものように餌を取るべく、他の同種と被らないひっそりとした狩場で獲物を探していた。見つけたのは二頭の小動物。片や大きく方や小さい。おそらく子と親の関係だろうか。

 親子など関係なく、記憶は見つけた獲物へと近づいていく。子は親の背中に隠れ、親は既に死を察して身を投げ出しているように見えた。だがそんなことはお構い無しに、記憶は親の首を一咬みにし絶命させる。そのまま流れで親の肉を齧り、咀嚼し嚥下、を繰り返す。数分も持たずに親はその体を骨へと変貌させた。

 記憶は次の獲物――子に視線を向ける。存外、美味しかったので上機嫌に、舌なめずりをしながら近寄っていく。子は生まれたての子鹿のように四肢をぷるぷると震わせながら、記憶を見ている。だが、記憶はその視線の意味に全く気付かず、一飲みに子を喰らおうと口を開く。

 その時だった、子が記憶の顎に噛み付いてきたのは。

 ちょっとした刺激。痛みは殆ど無く、蚊に刺されたという程度だっただろう。

 だが、記憶は驚いた。視線の意味に気付いた。子の視線は反抗を示し輝いている。食われてやるかと、純粋なまでの生存本能。今まで記憶と対峙した獲物たちは、すぐさま諦めその身を差し出してきた。けれど、子はその身に小さな勇気を宿し、勝ち目なんて無い相手に勇猛果敢に抗ったのだ。

 俺達人間からしたら、それは当たり前のことだっただろう。けど、記憶は今までに抗う意思を見せる獲物に出会うことは無かった。加えて、記憶自身も抗うという選択肢は最初から弾かれていた。

 そして、記憶は抗うという選択肢を拾うに至る。自分の生き方を改めることを決意する。

 記憶は閉ざされた闇の中に光明を与えてくれた子に敬意を払い、一撃にその命を奪った。そこに怒りなどは無く、純粋な感謝が多分に含まれていた。

 

 これからの生に新たな道筋を見つけた記憶は食事を終え、反抗のために立ち上がる。

 

 そこはいつもの森林。いつもの草木が風に弄ばれる音。いつもの小鳥の囀り。いつもの斬竜たち。

 

 ――ありふれたいつもの光景に、異端な存在が立ち上がる。変わり映えの無いいつもがこれから壊れる予感が、記憶の生み出す足音が如実に表していた。

 

 ディノバルドたちは記憶を見つけ、顔を醜悪に歪めながら口汚く罵ってくる。

 けれど、記憶はただ黙って聞いているだけ。

 それを、恐怖で萎縮していると見たディノバルドたちは、より一層嗜虐心を掻き立てられいつもの暴行を加えようとする。

 

 それが間違いだったんだろう。

 

 次の瞬間、一頭の斬竜の頭がトマトのように弾けた。それをなしたのは、言うまでも無く記憶の尻尾だった。

 記憶は気付いたのだ。他の者と違う尻尾、大きさが二周りほど大きいそれは反逆の光を掴むためのものだと。虐げられる原因となった忌々しいものではなく、誇るべき理不尽を薙ぎ払う剣だと。

 

 記憶は尻尾を口で研ぎ、研がれたそれは圧倒的な熱と爆発性の粉塵を纏わせる。尾の刃は膨大な熱に加えて爆破性質をも宿した恐るべき凶器へと変貌する。赤黒く変色した尾に渦巻く黒煙と粉塵を纏わせたその姿は、まさに燼滅の刃を携えし存在。

 そこから始まるのはただの殺戮だった。反抗心を見せなかった姿は大きく変貌し、ただ目の前に立ちはだかる障害を破滅に追い込むモンスター。

 ディノバルドたちは為す術も無く殺される。糧とするわけでもなく、ただ無意味に命を散らす。

 自慢の尻尾を爆破され、獲物を屠る牙もへし折られ、満身創痍になっても止まない蹂躙。

 やがて、森林は斬竜諸共焦土と化した。骨すらも残らなかったその地に立つのは記憶一頭。

 それでもまだ、記憶の破壊衝動は収まるどころか増していくばかりだった。

 

 

 

 ――斬滅せよ

 

 目の前に飛び出してきた大型モンスターを、一撃で絶命させる。

 

 ――灰燼と化せ

 

 進行方向にあった村。長閑な雰囲気を醸し出す村は、一瞬で更地になる。子も親も家を、何もかもが跡形も無く消し飛ばされる。

 

 ――梟雄の限りを尽くせ

 

 泣き叫ぶ人間も、抗う弱き狩人も力で捻じ伏せる。残忍に慈悲も無く、ただ目の前の存在を壊していく。

 

 ――燼滅せよ

 

 獄炎を振り撒き一切を爆破焼尽する。記憶が通った道には何も残らない。屍すらも灰となる。

 

 

  

 見せられるのは凄惨な光景。胸の内に燻ぶるは、残虐な破壊衝動。これが、燼滅刃の魂か。

 既に俺の精神はぼろぼろだった。無邪気な笑顔が消え去る光景を、団欒の温かい生活が塵となる光景を見せられて、限界になっていた。

 だが、俺はこんな魂に乗っ取られるほど柔じゃない。破壊衝動なんてクソ食らえだ!

 捻じ伏せる。屈服させる。服従させる。隷属させる。そう心の中で念じ続ける。

 

「その力、今だけでも差し出せよ! 燼滅刃! 俺は、愛する存在を守るために必要なんだ。だから! 寄越せよ、……てめぇの魂寄越しやがれ!!」

 

 自分でも何を叫んでるのか分からなかった。だが、疑うまでも無い本心だということだけは分かる。

 胸を掴み魂の掌握に全神経を集中させる。俺の気持ちは破壊なんかとは対極、守るために力を求める。だから……俺のために泣いてくれた少女のためにも、滅多に見せない笑顔を守るためにも、明け渡せ――!!

 その時、脳になにかが響いた。

 

《……汝のそれはただの蛮勇だ。だが、今のお前は心を強く保っている。故に今は(・・)諦めよう。……ふっ、我の魂を一度身に宿したということは、これからずっと膨れ上がる破壊衝動に駆られることになる。努々忘れぬようにな、――■■》

 

「あぁ、望むところだ。てめぇになんか負けねぇよ。なんせこちとら毎日、おっかない少女に殺されかけてんだからな」

 

 最後に俺の名前を呟いて、記憶の世界は崩壊し現世へと戻ってきた。記憶の主は俺の言葉に素っ頓狂な顔をしてただろうなと、予想して笑みがこぼれる。

 フキョウを見ると、既に余裕の表情でこちらを見ていた。俺はあいつに向けて親指を立てて笑う。あいつは呆れたような笑みを見せ、親指立てを返してくれた。

 

 これから始まる最終決戦。絶対に二人で帰ってみせる。そのためには、あの銀色の蜥蜴野郎を倒さねぇとな!

 

「やるぞ、フキョウ!」

 

「うん!」

 

 そう言うと、示し合わせたわけでもなく、徐に太刀を鞘から抜く。

 そして、二人太刀を掲げ、俺とフキョウの丁度中心でぶつけ合う。

 

 ギリィィィン!

 

 太刀と太刀が擦れあう音が鳴り響き、リオレイアの死を嘆いていたリオレウスはやっと俺達に気付く。俺達はリオレウスの方を見据える。

 開戦の狼煙が鳴った今、俺達とリオレウスは弾けるように飛び出した――

 

 

 

 

 魂の力が私を包み込んでいた。さっきまでの疲れなど吹き飛んで、今の体調は万全以上だ。

 身を焦がさんとしていた熱は力へと変化し、身体能力が格段に上がっている感覚があった。おそらくナナシも同じだろう。

 正面、リオレウスは最初から殺意丸出しで、仇を取らんと突っ込んでくる。その速度は尋常じゃない。

 ふと自分の武器を確認すると、少し刃毀れしていた。これでは心許ない。

 

「ナナシ! 太刀は研いであるの!?」

 

「あぁ! 片手間に研いでおいた! お前はどうすんだ!?」

 

「なんとかする!」

 

 決心し、奴の突進に合わせて助走を早くする。姿勢を低くし、脚に力を込め、インパクトの瞬間に背面跳びの要領でリオレウスの上空へと飛翔する。その際に背中に太刀を滑り込ませ、途轍もない硬さを誇る奴の甲殻で私の太刀を研いだ。そしてそのまま、跳躍の勢いに任せて地面に着地する。

 

「……お前、おかしいだろ」

 

「そんなことない。ほら、集中して」

 

 ナナシの言を適当にあしらって、リオレウスの方を向く。

 奴はブレスを放とうとしている。しかし、あれはただの火球じゃなさそうだ。

 私とナナシは左右に分かれて回避行動に移る。リオレウスのブレスは地面に着弾し、塔の大地を爆散させながら一定の範囲を焼き払った。

 爆炎ブレス。リオレイア希少種なんか否にならないほどに凶悪なブレスだ。気をつけなきゃ。

 

 突進を避け、ブレスを警戒しながら数合衝突したが、お互い消耗は少ない。まだまだだ。

 リオレウスは突然翼をはためかせ、上空へと飛び立った。白銀の日輪とはよく言ったもので、けむり玉を焚いてない今、煌めく陽光は私達にとって不利になる要因だ。

 どうしようかと考えている時も、容赦などするはずも無く攻撃を仕掛けてくる。遥か上空を飛び回り、火球ブレスを乱れ撃つ。私達は縦横無尽に塔の大地を走り回り、リオレウスの攻撃を避けていく。

 だが、このままじゃ埒が明かない。遠くを走るナナシにアイコンタクト。ナナシもこちらを見ていたようで、私の意を理解してある場所に走り出した。

 既に私達に会話は必要の無いものとなっていた。極限の集中、目的は同じ、私達の関係、これらを組み合わせた解はただ一つ。言葉を介さなくても私達は通じ合える。謂わば阿吽の呼吸だ。

 私は懐から閃光玉を取り出し、リオレウスの眼前のあたりに放り投げる。次の瞬間、辺りを光が飲み込み、強烈な閃光を浴びたリオレウスは目をやられ地に墜ちる。私は当然目を瞑っていたので被害なしだ。

 リオレウスが墜ちた場所はナナシが待機していた場所。さっきのアイコンタクトのおかげだ。

 ナナシは無防備に隙を晒しているリオレウスに、苛烈な斬撃を与える。私は少し距離が遠いので、鞘に太刀を仕舞い腰に携え全速力で駆ける。そして、スピードに乗った勢いと尋常じゃない膂力を以って思い切り太刀を振り抜く。居合いの要領で右翼をへし折った。

 その後、起き上がろうとしたリオレウスから距離をとり、再びアイコンタクト。段差のほうへと奴を誘導する。

 段差付近でリオレウスの攻撃をいなし、ちくちくと傷を負わせる。突進、尻尾回転、爆炎噛み付き、ブレス。どれもこれも驚異的な威力だが、身体能力が上がった今の私達にとって避けるのは容易なことだった。翼を折ったおかげで厄介な上空からの攻撃も無い。

 

 それからの戦いは、圧倒的だった。段差付近でひたすら回避し攻撃を負わせるを繰り返す。一方的にリオレウスは傷を負い、血が噴出している。満身創痍だ。尻尾もナナシの手によって切断されている。

 そしてとどめを刺すチャンスが訪れた。さっきからずっと待っていた、狙っていた機会。

 今の状況は私とナナシが段差の上にいて、リオレウスは段差の下。ちょっとした段差だが十分な高さだ。

 リオレウスは段差から見下している私達の元へ突っ込んでくる。翼を大きく広げ、顔は決死果敢で空の王者としての矜持が見て取れた。

 だが、こいつは気付いていない。私達に誘われていることに。

 私は先程の助走よりも少し抑えて、奴のもとへ走り出す。そして、段差ギリギリで跳躍。危うくリオレウスを飛び越す所で、太刀を遠慮容赦一切無く背中に突き刺す。跳躍の慣性で引っ張られるのを踏ん張って耐え、なんとかリオレウスの背中に着地する。そして、腰から剥ぎ取り用のナイフを取り出し、夥しい血を撒き散らしながら滅多刺しにする。当然、リオレウスは痛みに暴れるわけで、振り落とされないように時に踏ん張り時に刺し、やがてリオレウスは最大の隙を見せる。ダウンだ。

 好機。これで決める! と私とナナシで目線を交錯。太刀を納刀。リオレウスを睨みながらぐっと腰を落とす。

 十分な助走とこれ以上ないというタイミング。スピードと体重、そして私達のフルパワーを乗せた太刀の一撃が――

 

「《桜花気刃斬》!!」

「《桜花気刃斬》!!」

 

 ――意気軒昂な叫びと共に放たれた。

 クロスにリオレウスの顔に斬撃を浴びせ、私達は流れで再び納刀する。

 遅れて浴びせられる斬撃を重ねて味わったリオレウスは、断末魔をあげる暇もなく、瞬く間に絶命した。敵討ち叶わず、無念を胸に溜めながら。

 リオレウス希少種の絶命の地鳴りは、どこか悲しさと嬉しさを孕んでいるように聞こえた。尚も陽光を反射する二頭の火竜に敬意を表し礼をして、塔の入り口まで私達は歩き出した。

 

 

 

 

 それから飛行船が来るまでの間、私達の間で交わされた会話はとても少なかった。ナナシが「やったな」といい、私が「うん」と返事をする。たったそれだけ。

 飛行船の中でもそれは同じで、会話はない。けれど、その沈黙がとても心地いいものだと感じていた。

 強敵を二人の力で討ち倒し、村へと帰還している。もう少しこの温かい余韻に浸っていたいと思いながらも、早くあの子の笑顔を見たいと幸せな矛盾を抱く私達はおかしくないだろう。

 

「お前さんら! もうすぐ着くぞ! 英雄の凱旋だぁ!!」

 

 船首の言葉で帰ってきたという実感が湧いた。

 

 それから数分経って、村の入り口より少し離れた所で私達は下ろしてもらった。

 降り立った所には誰もいない。けど、飛行船を見た村人達が、あの子がすぐにやってくるだろう。

 それまで待っている必要もないので、私達は村への道を歩き進む。

 

 一歩踏み出すごとに地面と靴の音が響き、ナナシの足音とのずれが妙なリズムを生み出した。

 何故だかそれが、お互いに意図的な行動のように思えてむずがゆくなる。

 

 歩を合わせることから始めよう。

 

 もどかしくいじらしい、そんな思いもあって私は歩みを合わせる。自然距離が近づいた気がした。

 

 そんなことを考えていると、前方から喧騒が聞こえてくる。そしてその中にあの子の特徴的な髪が見えた。

 

「ふふ」

 

「ははっ」

 

 私とナナシは穏やかに笑い合い、拳をぶつけ合う。

 胸に湧いてくるのは達成感と私達の居場所へ戻ってきた安心感。とても温かい。

 

 人混みを掻き分け、オリーブが私達の元へ駆け寄ってくる。目を泣き腫らしながら、それでも満面の笑みで私に抱きついてきた。

 

「フキョウさん! 師匠! 戻ってきてよかった! ……ひっぐ、信じてました! お守りを見ながら、ずっと待ってました! よかったぁ……ほんとによかったぁ。帰ってきてくれて、無事でいてくれてよかったぁ……。フキョウさぁぁん……心配しましたよぉ……よかったですぅ……」

 

 そう言ってえへへと泣き笑うオリーブはとても嬉しそうだ。私達の指に巻きつけられた髪を見て、幸せそうに破顔する。そんな彼女を、私はしょうがないなと思いながらわしゃわしゃと撫でてあげた。撫でられて私の頬に頬を擦り付けてくるオリーブはとても愛らしい。

 

「帰ってきたなぁ」

 

 空を仰ぎながら呟くと、オリーブは私からパッと離れ手を後ろに回して、ひまわりのような笑顔でこう言った。

 

「おかえりなさい! フキョウさん! あ、あと師匠も!」

 

「うん、ただいま。オリーブ」

 

「お、おうただいま。……てかさっきから俺の扱い雑すぎじゃねぇ!?」

 

 ナナシの嘆きは雲一つない空へと飛んでいき、一陣の風と共に空しく流されていった。

 

 

 

 

 

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。