個性:心を読む程度の能力   作:波土よるり

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え、もう12月ってマ?
何それ怖い……

[前回のあらすじ]
ピンチに陥った緑谷たちの前に現れたのは……

そう! 我らがさとりん!!




No.13 ヒーローは遅れてやってくる

「私の友人に傷をつけようだなんて、許しませんよ?」

 

 自分の友人達を背に、さとりはヴィラン達を(にら)みつける。

 

 黒ヒョウのヴィランから聞いた情報によると、広場に脳無、すなわちオールマイトを殺す存在がいる。

 雪崩エリアを後にし、直ぐに広場に向かった。

 

 そして広場が見えてくると、蛙吹に向けて男が個性を使おうとしていた。

 

「はぁー……

 また邪魔が入ったよ…… おい、お前。俺の個性が発動しなかったのもお前のせいか?」

 

「ええ、そうですよ。そもそも、個性を使う云々(うんぬん)の前に、そんな汚い手で女の子に触ろうだなんて、非常識にも程があるのでは?」

 

 蛙吹に向けて個性を使おうとしていた男に、さとりはイレイザーヘッドの個性を使った。

 

 朝のマスコミ騒動で、多くの雄英生の心の中からトラウマを読み取ったが、その中にイレイザーヘッド、つまりは相澤に関するトラウマもあった。

 相澤は見込みなしと判断すれば、入学初日でも退学処分にしようとする男だ。少なくない雄英生が相澤に対して恐怖心を抱いている。

 

「おいおい、黒霧ィ…… イレイザーヘッド以外にも個性消せる奴がいるなんて聞いてねぇぞ」

 

「すみません、死柄木弔… 生徒の情報はほとんど入手出来ていませんでしたので……」

 

 手だらけの男、死柄木は(いら)立ちからか、ポリポリと首元を()きながら黒霧を責める。

 

 さとりが推測していた通り、ヴィランたちには生徒の情報はほとんど伝わっていなかったらしい。今から始まるであろう戦いでも、そのアドバンテージを生かしていきたい。

 

「こ、古明地さん……」

 

 状況が分からず混乱してる様子の緑谷がオドオドして話しかける。

 

「緑谷君、峰田君と蛙吹さんと一緒に、負傷している相澤先生を連れて入り口の方まで逃げてください」

「え…! で、でも、それじゃあ古明地さんは……?!」

 

「私は応援が来るまで、あのヴィラン達と一緒に遊んで時間稼ぎしますよ。さあ、早くここから離れてください」

「そんな…! ぼ、僕も一緒に…!」

 

 さとりが逃げるよう伝えるが、緑谷は断る。

 彼はオールマイトのように正義感が強いから、この返答はなんとなく予想できていた。

 

 とても素晴らしい正義感だ。

 ――だからこそ、今はそれが邪魔だ。

 

 さとりは「すみません」と心の中で(つぶや)いた後、怒気を込めて言葉を放つ。

 

「理解できませんか?

 あなたがいても邪魔なだけなんですよ。先ほどあなたは、蛙吹さんを守れましたか? ヴィランに有効打を与えられましたか? 何一つできず、木偶(でく)の坊でしかなかった。そうでしょう?」

 

「……ッ そ、それは」

 

「その正義感は立派ですが、あなたにはオールマイトのように()せるだけの力がありません。状況をよく見て、最善の行動をして下さい」

 

 彼も自分の力ではヴィランに敵わないことは理解できているのだろう。

 

 (くちびる)を噛み、悔しくてたまらないという表情をしている。

 

「古明地ちゃん、本当に一人で戦うつもりなの? そんなの友達として承諾できるわけないわ」

「そ、そうだぜ古明地…… あんなヤバイやつら相手に無理だって…!」

 

 蛙吹や峰田もさとり一人を置いてはいけないようだ。

 

「まったく、私が見返りも求めずに助けるというレアな機会なのに、しょうがない人たちです……

 いいでしょう、応援が来るまで時間稼ぎが出来ることを証明してあげます。満足したらさっさと相澤先生連れて逃げてくださいよ」

 

 さとりはやれやれ、というふうに苦笑いをする。

 

 ヒーローを目指す子にはどうしてこう、(まぶ)しい人が多いのだろう?

 

「緑谷君、先ほどの個性はどの程度の力で使いましたか?」

 

「え、そうだな…… 腕が無事だから1割も使ってないと思う」

 

「なるほど、1割でもあなたの個性なら、普通は致命傷でしょうね。だとすると、打撃はあまり効きそうにありませんね……

 まあ、オールマイトを殺すのならそのくらいの耐性は当然ですが」

 

 さとりは思案する。

 当初はオールマイトの個性を想起してヴィランを食い止める、あわよくば倒すことを考えていた。しかし、1割も出してないとはいえ、脳無に『ワン・フォー・オール』が全くと言っていいほど効いていなかった。

 

 衝撃を無効化するような個性を持っているのかもしれない。

 それならば、打撃系の個性を使うのは良くない。もっとも、情報収集も兼ねてどの程度耐えられるのかは一度見ておきたい。

 

「そうですね…… 一度オールマイトの個性を使って、どの程度の打撃なら多少なりとも効くか試してみましょうか」

 

「え、あ、その…! オールマイトの個性は…… えっと…」

 

「反動が強いのでしょう?

 心配ありません。ちょっと反則技を使いますが」

 

 彼はオールマイトの秘密がさとりにバレていることを知らない。

 この事件が終わったら、折を見て一度話しておこう。

 

 言い当てられて驚いて戸惑っている緑谷を見て、さとりは思わず笑みをこぼす。

 

 やはりイジリ甲斐のある子だ。

 

 

「死柄木弔、本当にまだ残るのですか?」

 

「はぁー…… まだ何にもオールマイトに痛手与えられてないだろ。生徒の一人くらい殺さないと、俺の気が収まらない…

 何もせずにゲームオーバーはありえねぇ…」

 

 どうやらヴィランはまだやる気のようだ。

 緑谷たちを助ける際に“生徒の一人が逃げ出した”という情報が読み取れたため、もしかしたらこのまま帰ってくれるかもなどと一縷(いちる)の望みを持っていたが、やはりそうは上手くいかないらしい。

 

「どうやら、そちらもお話は終わったようですね。私的には帰ってくれるとありがたいのですが」

 

「あぁ? お前を殺したら帰ってやるよ。……脳無、あいつを殺せ」

 

「うーん、残念です。じゃあ、頑張らないとですね。

 

 ――想起『電光石火』」

 

 事前に読み取った個性を発動すると、さとりは目にも止まらぬ速さで脳無に肉薄(にくはく)する。

 その姿はまさに“電光石火”

 

 しかし、その速さでも脳無はしっかりとさとりを捉えているようで、目と目が合った。

 流石は、対平和の象徴だ。

 

「――想起『身体強化』

 ――想起『オールマイトの個性』!!」

 

 脳無の懐に入り、個性を想起して拳をふり抜く。

 拳は脳無の胴を正確に捉え、衝撃で爆風のように強い風が起きた。

 

 オールマイトの個性である『ワン・フォー・オール』は強力な個性である反面、反動が強い。

 そのため、『身体強化』の個性で身体を補強する必要がある。

 

 もっとも、それでも『ワン・フォー・オール』を100%出すことは叶わないが。

 

 加えて、同時に個性を想起するのも負担が大きい。

 一日にそう何度も同時に想起するなんてことは難しい。

 

「結構な力で殴ったはずなんですけどね…… ちょっとくらい驚いても良いでしょうに…」

 

 およそ8割程度の『ワン・フォー・オール』で殴ったが、脳無は全く意に介していない。

 まるで効いていない。

 

 同時想起までして、どの程度の打撃なら効くか情報を得たかったが、まるで話にならない。

 

「…!!」

 

 さとりが冷や汗を流していると、脳無がギョロリとさとりを見下ろした。

 

 危険を読んだ(・・・)さとりはすぐさま『電光石火』を使ってその場から距離をとる。

 

 刹那(せつな)、さとりのいた場所に丸太のように太い脳無の腕が振り下ろされる。

 間一髪で避けることが出来たが、地面には轟音とともに小さなクレーターが出来ていた。

 

「クク… 脳無は凄いだろう?」

「ええ、本当に…… まあ、今のは触れる(・・・)ことが出来れば別にいいんですけどね」

 

「あぁ? 触れるだ?」

 

「――想起『十拳剣(とつかのつるぎ)』」

 

 さとりが個性を想起すると、さとりの目の前に握りこぶし10個分ほどの剣が現れた。

 

 神々(こうごう)しくもあり、(あや)しくもあるその剣は、自分の主人を待つかのように宙に浮いている。

 その剣を手に取り逆手に持ち替え、そして地面に勢いよく突き立てた。

 

 突き立てたのとほぼ同時、脳無がおよそ同じ人間とは思えないような叫びをあげる。

 

「おいおい、チートかよ…」

 

 脳無は地面から突き出してきた剣に全身を貫かれ、血を滝のように流す。

 地面から突き出す剣は、その数10本。

 

 さとりの目論見(もくろみ)通り、脳無は身動きが取れないでいる。

 

「ハァ… ハァ… 打撃じゃなくて、斬撃、なら、効くみたい、ですね」

 

「……脳無、さっさと殺せ」

 

 脳無は何本もの剣で貫かれているのに、死柄木はまるで意に介さない様子で指示を出す。

 状況が理解できていないのだろうか?

 

 ……いや、違う。死柄木は状況を理解したうえで指示を出している。

 

 途端、脳無は思わず耳を(ふさ)ぎたくなるような奇声を上げ、力任せに剣を一本、また一本と折り、剣の堅牢から脱出する。

 

 そして剣の堅牢から脱出したかと思うと、脳無の傷がみるみると塞がっていった。

 

「チートはそっちじゃないですか……」

 

「これは『超再生』だ。ちなみに『ショック吸収』もあるぞ?

 ……脳無、殺せ」

 

 死柄木の指示を受け、脳無がさとりに恐ろしいほどの速さで肉薄する。

 

 『電光石火』を使いその場から離れようとするが、先ほど使った『十拳剣』の反動のせいで少しの間、身体が思うように動かない。

 

 容赦なく、脳無が腕をふり抜く。

 

 さとりが先ほど使った『ワン・フォー・オール』にも引けを取らない力。

 轟音や砂煙とともにさとりは壁に激突した。

 

「古明地さん!!!」

「古明地ちゃん!!」

 

 行く末を見ていた緑谷達が悲痛な叫びをあげ、駆け寄る。

 

 砂煙が晴れた先にいたのは、血を流し、左腕がひしゃげ、右の横腹が(えぐ)れているさとりだった。

 

「――っ! 古明地さん!」

 

「あぁ…… 緑谷君…

 ゴホッゴホッ 大口叩いといて、みっともない姿見せちゃいましたね…」

 

 さとりはぐったりと、力なく言葉を(つむ)ぐ。

 

「僕が…! 僕が無理にでも引き留めていれば……!!」

 

「こらこら…… 勝手に自分のせいにしないでくださいよ…? 私は大丈夫ですから」

 

 

 すると、さとりの抉れた横腹から見える肉がぐらぐらと動き始めた。

 ひしゃげた左腕も、まるで逆再生のように動き出し、気が付けば元通りの状態に。

 

 それは脳無が先ほど見せた『超再生』のようだった。

 

「え…… なんで…?」

 

「想起『不死の力』って感じですかね。

 “応援が来るまで時間稼ぎ(・・・・)”出来そうでしょう? さあ、相澤先生連れて早くお逃げなさいな」

 

 さとりは少しフラつきながら立ち上がる。

 緑谷達に逃げるように促すが、再びヴィランに立ち向かおうとするさとりを必死に引き留めようと、この場を離れない。

 

 確かに、ただのクラスメイトだといっても、知り合いを見捨てるなどはヒーローにはできないのかもしれない。

 

「応援はまだ来そうにないですね…… まあ、仕方ないです」

 

「おいおいおい。脳無みたいに超再生もできるのかよ。

 チート…… というより、化け物だな。お前は脳無と一緒で化け物だ」

 

「そうかもしれませんね。

 でも、化け物だって正義の味方に(あこが)れるんですよ…!!」

 

 さとりは再び脳無に向かって走り出す。

 

 打撃は効かず、斬撃は効くが、さとりが今持っている斬撃系統の個性は『十拳剣』だけ。使う前から何となくは分かっていたが、『十拳剣』は体力の消耗が激しすぎる。

 遠距離から攻撃できて、なお()つ脳無に有効そうな個性も持っていない。

 

 そこでさとりは「炎」を使うことにした。

 拳に炎を纏い、脳無に触れて焼く。単純明快だが脳無に接近戦を挑むのはリスクが高い。

 

「――想起『炎の拳』」

 

 脳無の攻撃を(かわ)しつつ、脳無の腕や頭をつかみ、最大火力で燃やす。

 

 どうやら「炎」も脳無にちゃんと効くようで、脳無の動きを何度か止めることが出来た。

 しかし、直ぐに『超再生』で回復されてしまう。

 

 『超再生』をイレイザーヘッドの個性を想起して防ぐ手段も考えられたが、イレイザーヘッドの個性は持続性に乏しいものであるし、何度も使うと効果時間がそれに比例して少なくなる。

 

 加えて、イレイザーヘッドの個性を使えない理由はもう一つあった。

 

「はぁー……

 なんであんなガキ一人殺せないんだよ…… 黒霧、お前も個性使ってアイツ殺せ」

 

「実は先ほどから何回か個性を使おうと試みているのですが、使おうとすると的確に個性を消してきます。どうやっているのかは分かりませんが、こちらが個性を使うタイミングを把握しているようです。

 もっとも、脳無の『超再生』に対して使っていないのを考えると、ずっと個性を消せるというほど万能でもないようですが」

 

 さとりは黒霧の思考を読んで、個性を使えないよう、その都度消していた。

 

 読んでいる中で分かったが、どうやら黒霧の個性『ワープゲート』は、ゲートの中に物体が半端に留まった状態でゲートを閉じようとすると、物体を動けないよう固定したり、力を入れれば引きちぎることもできるらしい。

 

 その性質を利用して、オールマイトを脳無で拘束して、『ワープゲート』で引きちぎる算段だったようだ。

 

 そんな恐ろしい個性を無視することはできず、イレイザーヘッドの個性はそちらに割いていた。

 

「――ッ」

 

 脳無の攻撃を躱しては個性で攻撃する。

 そして、また躱しては個性で攻撃する。

 

 しかし、脳無の能力の方がさとりのそれよりも遥か上なのだ。

 さとりはついに脳無の攻撃を躱せず、鋭い攻撃を受ける。

 

 思わず目を(そむ)けたくなるような状態になるが想起によって『不死の力』が発動して、再び立ち上がり、脳無へ立ち向かう。

 

 何度も

 何度も

 

 緑谷たちは涙を流し、もうやめてくれと叫ぶがさとりは止まらない。

 

「おいおい、動きが鈍ってきたんじゃないか…?」

 

「ハァ、ハァ…… 個性ってのは、身体機能、の一部ですからね… 化け物でも、疲れるってもんですよ…… ハァ… もっとも、そちらの化け物は疲れてないみたいですけどね」

 

 時間にして10分にも満たない間だったが、脳無との攻防はさとりの体力を大きく削った。

 

 もう何度目になるだろうか。

 壁に吹き飛ばされて、血を流し、右腕はあらぬ方向へ曲がっている。

 

 『不死の力』による再生が始まるが、明らかに回復が遅くなっている。個性は身体機能の一部であり、際限なく使えるものではない。

 

 もうそろそろ限界だ。

 

「脳無、やれ」

 

 死柄木の指示で脳無がさとりに向かって近づき、拳を振り上げる。

 

 ああ、もうここまでだろう。

 やれるだけの事はやった。施設の皆(家族)以外の人―― クラスメイトを命を張って助けたのだ。きっと私の成長ぶりをオールマイトも褒めてくれるだろう。

 

 

 脳無は振り上げたこぶしを振り下ろし、さとりは思わず目をつぶる。

 

 

 

 刹那、轟音が鳴り響き、辺りは砂煙に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、さとりの意識はまだあった。

 

 どういうことだろうか。

 自分は死んだのではないのか。

 

 

 そして、遠い昔の、汗臭いけれど優しくて(なつ)かしい温もりを感じた。

 

 

「古明地少女。

 ――もう大丈夫、私が来た」

 

 もう死んだと思ったが、お節介で優しいこの人は、まだ自分を生かしてくれるらしい。

 

「オール、マイト…… 遅いですよ、全く……

 お詫びに、今度はサインだけじゃ、なくて、ツーショットの写真、とか、もっとすごいもの要求しますからね… 覚悟しといて、くださいよ?」

 

「お詫びは必ずしよう。だから、もう安心しなさい」

 

 さとりは力なく笑い、冗談めかして言うが、オールマイトはいつものような笑顔ではない。その顔の奥にはヴィランに対する怒りが見て取れる。

 

「オールマイト、聞いて、下さい。

 あの、脳ミソむき出しの、ヴィランは、オールマイトの、攻撃を、ほとんど(ある)いは、完全に無効にします。あと、脳ミソむき出しの、ヴィランが、オールマイトを拘束して、黒い、モヤモヤのヴィランが、動けなくなった、オール、マイトを、『ワープゲート』という、個性で引きちぎ、って、殺すつもりです」

 

「ああ、分かった」

 

 さとりは途切れそうな意識の中、なんとかオールマイトに情報を伝えようと、端的に、そして必死に話す。

 

 ちゃんと伝えられた。

 本当はもっと詳細に伝えたいけれど、もう、無理そうだ。

 

「死なないで下さいよ… オールマイト……」

 

「ああ、大丈夫だ。古明地少女にお詫びしなくちゃいけないからな」

 

 

 オールマイトの言葉を聞いて、さとりは満足げに笑って意識を手放した。

 


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