犬娘とオオカミ少年   作:酢酸の大群

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小さな影

 学園長からキャップ帽を拝借した俺は、なんだか久々な気がする晴天の下、大きく背伸びをした。くぐもった声が喉から漏れる。いつもと服装が違うからだろうか。何処か新鮮な環境に置かれた様な気分だ。悪くない。紺色のキャップの鍔から垣間見える日差しが、自棄に眩しかった。横を歩くタカミチも眩しいのか、時折顔を顰めている。

 それにしても、この学園は本当に大丈夫なのだろうか。既にタカミチに対決を挑む学生が十人に及ぼうとしているのだが。更に言えば、それを触れるまでもなく薙ぎ倒す鬼神が俺の隣に立っているわけなのだが。一体どんな裏ワザを使っているのか、彼はポケットに手を突っ込んだまま人間を吹き飛ばすのだ。まるで死人が出そうな勢いで人間が吹き飛んでいく様を隣で見ていると、なんだかいろいろな感覚が麻痺しそうだった。例えば、俺のデコピンで人が吹き飛んで校舎のお洒落な彫刻の一部にでも出来るんじゃないか、とか。出来る筈もない想像が多く分泌されていくのだ。その多量な想像も、落ちた溜息に混じって発散されていくだけなのだが。

「どうかしたのかい?」

 俺の溜息を聴きとったのか、彼は唐突にそう訊いた。俺は首を横に振りながら言う。

「別に。ただ、随分と物騒じゃないかとね。ここまで治安が悪かったのかい、麻帆良は」

 聞いていた話では、もっと平和な場所だと思っていたが。広域生徒指導員という肩書きを持つ彼の前に現れるのは、どれも世紀末を生き抜いた様な性格をした大学生ばかり。ここで会ったが百年目と言わんばかりに腕を振り上げる奴ばかりだ。勿論、ここ麻帆良の規模は把握しているつもりだし、今迄の大学生たちなんて、全体の生徒の内の千分の一にもならないと言うことは解っているのだが……。正直、全体の生徒を目の当たりにしたことがない俺にとって、十人という数はとても多いのだ。一学年二クラスで済んでしまう小さな学校に通っていたことも相俟っているのだろう。

「今日は特別だよ。仮にも生徒だから、大怪我なんてさせられないし。かと言って、怪我が軽すぎるとすぐに挑戦しに来るし、丁度いい感じに怪我してくれても、治ったら即座に僕の目の前に現れるんだ。大方の生徒は僕に戦闘を挑むようなことをしないんだけど、この通り、少しだけ残ってるんだよ。僕に勝とうとする生徒が」

 そのタバコ煙に隠れた眼からは、確かな疲労が浮かんでいた。立場というものは、彼を縛る枷になり、挑戦者を生む母体にもなっているらしかった。同情するだけなら出来る。俺は、静かにタカミチの背中を擦った。背中といっても、身長差のせいで腰になってしまうのだが。

「すまない、ありがとう」

 流石、踏んできた場数は伊達じゃないのだろう。彼はすぐに立ち直り、少し折れかかった背中を伸ばした。

 それにしても、本当に広い所だ。ヨーロッパの町並みを思わせる建築物が芸術的に立ち並ぶ場所は、文化遺産に登録されてもおかしくはないのではないだろうか。明治に造られた学園であることから、歴史も十分に詰まっている。ただまぁ、観光スポットになってしまうのは難点だな。まぁ、そういう観点から見れば、文化遺産に登録なんて夢のまた夢であることは明らかなのだが。

 というか、俺は何を真剣に検討しているのだろうか。

 そんなことを思った刹那。

「ひゃんっ?」

 服の中を、何かが過ぎった様な気がした。まるで指で弾いた鈴の様に音を上げた。その音は、確かに俺の喉から奏でられたものだった。素っ頓狂な演奏である。

「どうかしたのかい?」

 俺の突然の異常に、彼が俺を見た。小さな罪悪感を小さな手に乗せて、ぺたぺたと体中を探る。しかし、まるで何も無い。本来はあるべき物すら無いのだから、笑えない。

「…………何か――。いや、気のせいの様だ」

「……そう、か」

 なにか得心いかない様な顔だったが、無理矢理に押し込めたようだ。得心いかないのは俺も同じで、確かに服の中を何かが一瞬だけ通ったのだ。風なわけがない。それは、確かに質量を持っていたのだから。

 既に逃げられたということか。いや、生き物だと断定するには早計な気がするが、ただの物体が偶然にも服に入って瞬く間にすり抜けるように脱出する、なんてことがあり得ようか。学習能力や知能のある生物の行動に違いない。

 しかし、服の中に入ってから即座に脱出するという曲芸を学習する生物なんて、はたしてこの世に存在するのだろうか。

 いるのだとすれば、それは一体――?

 そもそも、服の中に入る意味とは。いや、偶然にも服の中に入ってしまって偶然にも素早く出て行くことが出来たという可能性も考えられなくもない。……まぁ、野良犬に噛まれたとでも思っておこう。服の中にするりと入り込めるくらいに小さな生物が、人間並みの思考力を持っているなんて、有り得ないのだから。ありえないのだから……、ありえ……。あれえ? 小型犬なのに人間並みの思考が出来る存在が、こんな所に存在しているよ?

「……もしかして、僕が下着を忘れた事、まだ怒ってるのかい?」

 どうやら、眉間に皺が寄っていたらしい。考え事のし過ぎはいけないな。俺はこの体の所有者であるが故に、大切に使わなくてはいけないのだ。顔に皺を増やすなんて、我が妹を侮辱するに等しい行為だ。

「怒っている訳じゃない。それに、もう慣れた」

 気遣ったつもりで言ったのだが、どうやら逆効果だった様だ。彼の表情には小さな影が差していた。

「……行こうか。それと、これから買う服は僕の方で管理しておく。出かけたい時は、僕に連絡を回してくれ」

 彼はそれだけ言うと、足早に歩み出した。

 外出時は連絡、か。監視をされている様でいい気分ではない。とは言え、確かに俺専用の収納スペースがある訳でもないのだから、仕方がないのだが。出掛かった溜息を、強引に飲み込んだ。これ以上彼に気負わせる訳にはいかなかった。忘れてはいけない。俺は少なからずとも、保護されている上に支援を受けている身なのだと。我儘は禁物、贅沢は天敵だ。

 まぁ、毎朝毎晩ちづ姉の手作りごはんを食べている時点で、“贅沢は味方”になりつつあるのだが。

 そんなどうでもいいことを考えているから、周囲に注意が向かないのかもしれない。

「――タカミチ!」

 少年なのか少女なのか、良く分からない声がした。

 勿論、それは今更になって聞き覚えも無いなんて言える様な声ではなかった。それは言ってしまえば、一匹の鶴が、助けてくれたおじいさんの顔を忘れてしまうようなこと。つまり、忘れてしまっては元も子もなく、物語も成立しないということだ。

「ネギ君?」

「やっぱりタカミチだった。あれ、そっちの子は……」

 彼は、教員のはず。こんなところで何をしているのか。良く眼を凝らしてみれば、頬に一筋の跡が残っていた。何があったのかとは、最早問うまい。吸血鬼との対峙の、その結末を、俺は悟った。

「この前は助けてくれてありがとう」

 まるで表彰状を読み上げるが如く、無機質な声で俺は言った。

「ああ、やっぱりあの時の。こちらこそ、護りきれなくてすみませんでした……」

 まるで死に別れた犬に会ったような顔をしてくれる。呆れるように、俺は返した。

「別に君の責任を問うつもりはないよ。だからそんな顔はしないでくれ」

 しかしこの少年、難儀な性格をお持ちのようで。

 沈んだ顔は元に戻ることもない。いや、むしろ、これが元に戻っている状態なのかもしれない。昨日のことを思い出したのだろう。

 しかし、吸血鬼というのは存外に穏やかな生物なのかもしれない。俺の挑発を最後まで聴いた事、目の前の少年が病院送りにも冥土送りにもされていないこと。それらを考慮すると、どうしてもあの淡白な少女が凶暴だとは考えづらいのだ。では一体、なにがそんなに恐れられているというのか。

「ネギ君と君は知り合いなのかい?」

 タカミチが、素っ頓狂な表情で訊いた。どうやら、想定外だったらしい。知り合いというよりは、ただの顔見知りと言った方が語弊もないのだが。

「まさか。名前も知らない仲――」

「うん、知り合いだよ。そうですよね、ダックスフンドのココアさん」

 …………。

 まぁ、そうですよね。

「……そうだね、俺達は知り合いだ。スプリンフィールド少年」

「ネギでいいですよ。僕も名前で呼びますから」

 いや、俺には名前しか……。そうだ。そう言えば、俺には名前が必要だったか。あの人はタカミチが決めろと言っていたが――。そうだな、これでは、平等じゃない。

「――じゃあ、俺も。本名は尾上だ。名前は……」

 ――名前は。

 言うべきなのか、言うべきではないのか。何故か、俺はそんなことを迷っていた。これは、一つの独占欲だ。彼女の名前を、俺の所有物にしたい。だが、そんなことが許されるのか。

 否。

 許される訳がない。この名前は、あいつのもので、俺のじゃあない。だが、俺の名前は、疾うの昔に忘れてしまった。思い出せるかも怪しい。矢張り、明確に覚えている彼女の名前を口にするのが、最優の選択なのかもしれない。だが、それは許されない。それは、彼女に対する冒涜だ。この体を手に入れたのは不可抗力だが、しかし、名前は俺が決めるのだ。俺が、決めるんだ。じゃあ、一体どうすればいい。何を選択すればいい。何を、手に入れれば良いというのだ。取捨選択。捨てたくない。だけど、だけど。

「――名前は、ない」

「え?」

「……ほら、一応、今はココアって名付けられたし。本当は、苗字も村上にすべきなんだろうけど、少しでも自分の名残が欲しくてさ」

 澄ました顔で、俺はそんな戯言を嘯いていた。無意識というよりは、意識的に考えた言い訳が、知らず知らずのうちに口を衝いていたと言ったほうが、正しいかもしれない。

「そうです、か。では、尾上さんと」

「ああ、それで構わない」

 と、その時だった。俺の耳と鼻が、なにか大多数のモノを捉えた。其れは足音であり、其れは入り混じった匂いだった。香水とシャンプーと、ほんの少しの悪意の香りが、一つの集合体と成って、此方に押し寄せている。

「っ――?」

 思わず、体が萎縮した。正体が分からない其れが、俺の体を振動させた。流動的なまでに掴めない、その複数のナニカ。それは、まるで雪崩のように押し寄せていった。

「もが!?」

 その津波に流される少年が一人。地鳴りを轟かせ、その複数人は何処かへと消えていった。

 それは一瞬の所業だった。神業と言っても過言ではない程度の、刹那の行動だった。その手際の良さに、尻尾が股に挟まった。というか、今のは俗に言う、誘拐なのでは?

「…………タカミチ?」

「あ、ああ。うん。気にしないでくれ。あれは、ネギ君の生徒だから」

 ネギ少年の?

 いや、なにか。ネギ少年は彼女たちに隠密機動のなんたるかを教えているとでも言うのだろうか。そして彼はその教え子に連れ去られたと。意味分かんね。

「…………まぁ、害が無いならそれでいいけど」

 俺の言葉が届いているのかいないのか。彼は露骨に溜息を吐き、後ろ髪を乱暴に掻いた。

「……はぁ。授業を抜け出してまで、ネギ君を…………。仕方がない。今回だけは大目に見よう」

 彼はそう言うと、俺の頭に手を置いた。まるで子供扱いするように、そのごつごつとした岩のような手で、ぐりぐりと撫でる。一体なにをしているのか、という意味を込めて、俺はタカミチを見上げた。

「名前を覚えているなら、先に言ってほしかったな、尾上さん?」

「……言うタイミングが無かったんだ」

「それで、名前はなんて言うんだい?」

「……言いたくない」

「そうかい。まぁ、無理強いはしないよ。ニックネームだけでも考えておいてくれ。僕が考えるより、君自身で決めた方が良いだろう?」

 一体何が良いのか。俺には分からなかったが、それが彼なりの気遣いなのだということには気づけた。とは言え、自分自身にニックネームを付けるというのは、なんだか気恥ずかしいものだ……。

 では、矢張り深く考えず、妹の名前を、少しもじるというのはどうだろうか。此れはなかなかにいい案ではないか? 少なくとも、ダックスフンドを訳してアナグマ犬なんてニックネームを付けるよりは、断然に良案であると言えよう。だが、しかし……。

 

 

 ***

 

 

「タカミチ。君はワンピースマニアなのかい?」

 俺がそんな疑問を抱いたのは、ニックネームについての思考を停止させるには十分すぎる時間が経ってからだった。どうしたってこの体に中学生の服は合わないということで、小等部付近にある衣服専門店へと出向いた訳なのだが、どういうわけか、ワンピースしか置いていない。一体どうなっている、品揃え。

「僕に言うなよ……。ここはあくまでも教育機関だからね。お洒落には気を使わないのさ。シンプルなワンピースが多いのはそういうことだ。だから、お洒落がしたい生徒は東京にまで出向くことが多いかな。

 それより、さっさと選んでしまおう。午後までには帰ったほうが良いと思うからね」

 それには同意できる。午後まででなくとも、できうる限りの余裕を持って帰宅したい。スリリングな体験にも程度というものが存在するのだ。返ってきた十秒後に部屋のドアが開くときの冷や汗の量は半端じゃない。兎に角、さっさと選んでさっさと買って、さっさと帰ってしまうのが最善の行動だと言うことだ。

「悩んでる時間が勿体ない。どうせワンピースなんだし、適当に選ぼう」

「……なんていうか、本当、君って男の子だよね」

 苦笑しているタカミチを尻目に、俺はサンダルを鳴らす。アニメキャラクターの笑顔が、妙に憎たらしい其れは、当然、拝借した物である。キャップと同様、と言えば早いだろう。

 陽気に挨拶してくる店員を軽く無視しながら、眼に入ったワンピースを手に取る。毎日出かける様な忙しない生活を、俺は送っていない。更に、管理するのは俺本人ではなくタカミチなのだ。少ない方が良いに越したことはない。三着程手に取ると、俺はすぐにその場を離れた。次に向かう先は、当然ながら下着の置いてあるコーナーだ。男としては気恥ずかしい様な気もするが、どうせ体は女なのだ。この際そんな気恥ずかしさはアハトアハトでぶっ放してもらうことにしよう。小等部に近い場所だからということもあるのか、俺の足元で笑んでいるキャラクターの顔が、大量生産されていた。流石にここまで子供染みたものを穿くだけの勇気は持っていない。ならば、と。その横に並んでいる純白の其れを見る。

 やはり、白パンだろ。

 見る側ではないし、誰かに見せる予定も何も有りはしないのだが、ここは俺の性癖という名の本能に従うことにしよう。黒くて派手なものは俺の好みではないし、ましてやこの教育機関に存在する衣服店にそんなものが置いてあるわけもない。故に論外。ちょっと可愛げがあるので、アニメキャラクターのアップリケが施されたもの。だが、微笑ましさこそあれど、そこには真なる探究心は生まれない。女の姿になっても、俺は正しく男なのだ。スカートの中身とは正しく未開の洞窟(ダンジョン)であり、其処を目指す物は皆探検者である。例え其れが俺の下半身に広がっていたとしても、俺は探検者で在り続ける。そう決めたのだ。妹のスカートの中身を、初めて見てしまったあの日から。

「……尾上君、鼻血」

「態々苗字で呼ばなくてもいいよ、って、え、うそ、ちょ、拭いて」

 興奮すると鼻血が出る、という光景はアニメや漫画の中だけだと言われるが、実際はそうでもないらしい。

 ポケットティッシュを懐から取り出すと、タカミチは腰を低くしながら俺の鼻を拭った。なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「じゃあなんて呼べばいいんだい?」

「……番号でも、なんでも」

 無地の下着を三枚ほど手に取り、俺はレジへと向かう。

 タカミチが何かを言いかけたようだったが、何処か諦めたように俺の横へと並んだ。レジで領収書に学園長の名前を書く彼の姿から、疲労感が垣間見えた。俺のせいだろうか。彼もまた苦労人か。俺に振り回され学園長に振り回され――他にも様々な人間に振り回されたことだろう。一度振り回されると、初対面の人間にまで振り回される様になるのだから、不思議なものだ。まぁ、精一杯振り回してやろうではないか。店を出て、顎に指を宛がう。犬になってから、アイスとか食べてないなぁ。生前もあまり食べれなかったし、少しくらいは……。

 

 

 ***

 

 

 舌が焼けるように冷たい。久しぶりの感覚だった。甘みが口いっぱいに広がり、溶けていき、染み渡る。歯茎を、頬肉を、凍らせるようだった。

 ベンチに腰掛け、俺は一言だけ呟いた。

(んま)い」

「そりゃ、良かった」

 犬のように舌を使い、ソフトクリームを舐め食べる。あまりがっついて食べると、コーンだけが残ってしまい、なんだか味気ない。ゆっくり、舌を器用に使って食べることで、その味気なさを補う。つまり、コーンの奥の奥まで、ソフトクリームを流し込むということだ。あまりゆっくり食べ過ぎると、ソフトクリームが溶けてしまうので、結構難しい。

「なんだか、娘を持った気分だ」

「俺は父親を持った気分だよ」

 お相子だ。

 俺の横でブラックコーヒーを飲むタカミチが、小さな溜息を吐いた。苦い匂いが、俺の鼻にまで纏わりつく。

「はぁ――はぁ――」

 

 

「――ん?」

 

 

 タカミチが、唸るような声を上げた。見れば、何かを目で追っている。俺もそれに倣い、目線の方向へと見遣った。

 春の風に乗って、紅葉の様な橙色が靡いていた。

 リンッ、と。

 鈴の音がした。

「あ、た、高畑先生!」

 活発そうな、活気のある瞳。白い肌を伝う汗に、髪の毛が張り付いている。

「どうしたんだい、明日菜君。授業は?」

「そ、それが、ネギが、誰かに連れ去られちゃったみたいで……その、えっと」

「…………」

「…………」

 先程のあれですね、分かります。

「それと、もう授業は終わってますよ、先生」

「えっ、もうそんな時間かい?」

 まぁ、俺がいろいろ連れ回したからな。不思議ではない。ちなみに三人は部活動があるので、更に当分は帰ってこない。確か、演劇部と天文部と華道部だったか。あやかだけは他に二つほど受け持ちしていたと思うが。聴いた話でしかないため、他にも何か受け持っている可能性も否めない。演劇は、文化祭に向けて、題材の決定や舞台の創作などで、最近はいろいろと忙しいらしい。演劇ともなれば、セリフの記憶や稽古もしなくてはいけないのだろう。大変だ。天文部や華道部は既に出し物も決定しているらしく、其処まで忙しくないらしい。寝てしまった夏美を二人と一匹で甲斐甲斐しく世話をするのが、最近の常々だ。布団をかけてあげたりとか。まぁ、その布団に一緒に入って寝てしまうことも屡々。

「ところで、あの、先生。その子は、えっと……」

 ――ああ、そう言えばこの子、吸血鬼に襲われた時にもいたなぁ。もしかして、俺のことを覚えているのだろうか。それで、そんな気まずそうな顔で俺とタカミチを交互に見ているのか。

「こ、ここ……、この子は、高畑先生の……こ、恋人…………?」

 どういうことだ、こら。というか気まずそうにしてた理由はそれか。あぁ?

「明日菜君、僕が十歳の女の子に手を出すような男に見えるかい?」

「いえ、そうですよね! ところで、ネギのこと見ませんでした? 午前中の内に学校を抜け出しちゃったみたいで、その後、集団に連れ去られるネギを見たって話を聞いて……」

 誰からその話を聴いたのか。知り合いからなのか、他人からなのか。ネギ少年は、年齢と容姿が見事に一致した少年である。中等部の近くを彷徨いていれば、嫌でも目立つ。誰とも知らない人間がその現場を目撃すれば、これは事件だと誰彼構わず喋り倒すこと間違いなしだ。

「あー。それなら心配ないよ。連れ去ったのは君のクラスメイトだ」

 タカミチがそう言うと、目の前の少女は露骨に胸を撫で下ろした。“なぁんだ”と、まるで拍子抜けしたように、溜息を吐く。

「何処に行ったのかはわかりませんか?」

「すまないけど、そこまでは……」

 安堵から落胆へと表情が変わる。愚直な性分なのか、とてもわかり易い娘だった。熟、自分が無表情な人間で良かったと思える。自分の考えてることや、その時の感情が相手に伝わってしまうとか、冗談でも笑えない。

 無表情は無表情でそれなりの苦労はあるのだが、少なくとも俺は好き好んで無表情なので、正直苦労なんて苦労じゃない。むしろ然るべき代償と考えても良いだろう。そう、俺は得るべくして得た苦労を満喫しているに過ぎない。

「そう、ですか。それじゃあ私、探してきますね。あいつ、なんか無茶しそうで怖いし……」

「ああ、ネギ君のこと、よろしく頼むよ。彼はまだまだ無邪気だからね」

「はい! 任せてください!」

 元気な返事を残し、彼女はどことも知らない方向へと駆け出していった。

 随分と、ネギ少年を随分と慕っているようだ。心酔とは違うな。陶酔なんかでもない。甲斐甲斐しいというか、なんというか。まるで姉のような言動だった。まぁ、教員が弟のように扱われているというのは、どうかと思うが。

 いや、既に何度も繰り返した問答だ。そして、何度も回答を出して来たではないか。

 さて、どうしよう。アイスもそろそろ食べ終わる。ここまでのんびりとした日も、随分と久々だ。外出しない日は日頃できない事を済ませる為に時間を費やすし、暇だからと外出すれば、誰と遭遇するか何と遭遇するかもわからない状況を一人で歩いていたのだから。タカミチという、俺の正体を知っている人間がそばにいるだけで、ここまで安心できてしまうものなのか。人間は随分とシンプルに出来ているものだ。

「……帰ろうか。もう十分、満喫できただろう?」

 彼はそう言うと、空になったのだろうスチール缶を、ゴミ箱へと投げ入れた。立ち上がり、ポケットに手を入れる。その一連の動作を見てから、俺は腰を持ち上げた。

「……そうだね。今日はありがとう、タカミチ」

 どんな表情でこんなことを言っているのか。自分にはよく分からなかった。ただ、タカミチが笑ってくれたから、自分も笑顔なんだと、そう思えた。そのタカミチの顔に、あいつの顔が重なっていることも気付かぬまま、俺はタカミチと十センチだけの距離を取りながら歩き出した。

 

 

 

 




 投稿する二十分前です。
 最近カラオケにいって「えーくじっとらーいと」なんて歌うのが趣味で、友達にドン引かれてます。

 二十分前に書き上げただけあって、最早怪文書です。タカミチが、生前の心を許していた知り合いと似ているため、まだ二度三度しか顔を合わせていないのに心をひらいてしまっている主人公――みたいなのを書こうとしたんですけどねぇ。

 ダメでした\(^o^)/

 オリジナルを書こうとしているのですが、一週間一話のペースに更に別作品を執筆できる余暇もなく……。

 あまり後書きを書いていて、予約時間が過ぎていたのでは元も子もないので、ここらへんで。

 まぁ、これまでどおり、大して重要な内容じゃないですね。こういうどうでもいい内容を省けばどれだけ短くなることやら。

 そうそう、原作との相違点ですが、感想で「把握しきれない」乃至「矛盾が起きてる」という指摘を貰えれば試行錯誤して設定を作りますので、よろしくお願いします。誤字脱字タイピングミスも同じく。

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