「ちっくしょう……!」
舌打ちと共に毒を吐く。それで何が変わるわけでもないが、そうせずにいられない。
自分はこの地下世界『東京』でもそこそこに腕の立つサマナーだ。しかしそれも、仲魔が居ないのでは何の意味も無い。
「ちゃんと逃げ切ったんだろうな、あのバカ……」
先ほど逃がしてやったユイのことを思い出す。
総武会。
東京全土を牛耳る阿修羅会ほどではないが、そこそこの規模を持ったサマナー集団。
ユイはそこで最近スマホを与えられた新米サマナーだ。彼女のお守りが今回の俺の仕事だった。
俺は基本的に組織に属さないフリーのサマナーだったが、総武会のリーダー・シズカとは個人的に面識があり、妹のコマチを保護してもらっている事もあって総武会からの仕事は断り辛い。……まぁ、んなもん無くてもシズカには頭が上がらないが。
とにかくそれでユイに実戦経験を積ませつつ、仲魔を集めようとしてたのだ。まあ、俺も手持ちの仲魔が少なくなってたんでちょうど良いかと思ったんだが、一発目が軍勢ってどういう運してんだあのアマ。
軍勢というのは文字通りで、悪魔が無数に寄り集まった状態だ。当然単独の悪魔よりも強力で、何より厄介なのは会話が通用しないこと。
ったく、集団催眠か何なのかは知らんが、数が増えると途端に強気になりやがって。群れてる連中ってのはどいつもろくな者じゃない。これは人間も悪魔も一緒だな。
ともかくあいつらは、ぶつかったら戦うか逃げるかしかない。しかし先にも言ったように、連中は危険だ。とてもじゃないが、戦闘経験ゼロの素人を庇いながら相手に出来るものではない。
俺の仲魔をユイの護衛につけて俺は奴らの足止めをしてたんだが、正直しくった。
ただでさえ少なかった仲魔を分散させてしまった為、戦力が大幅低下。俺は手持ちの仲魔を全て失い、現在絶賛逃走中である。
「くそ、さっさとどっか行けよ……!」
物陰に身を潜めて様子を伺うが、連中が諦める様子は無い。相手は数が多いので見つからないように逃げるのも不可能だ。
「!」
連中の一体と目が合う。
「くそが!」
躊躇わずに飛び出し、銃弾をばらまきながらとにかく走る。
状況や地形を把握する余裕も無い。剣を振るい、引き金を引き、魔法を放ちながらとにかく敵の密度の薄い方向へ走り続けーー気が着けば、袋小路へと追い込まれていた。
「ここまでかよ……!」
既に魔力も弾薬も尽きている。
歯ぎしりして迫り来る悪魔の群れを睨み付ける。
と、突然奴らの士気が乱れた。
何があったのかは分からないが、自分が生き延びる機会は今しかない。俺は意を決して突撃した。
ただひたすらに剣を振るう。不思議な事に、ギリギリだがどうにか捌き切れた。
いくらか数は減ってきてはいたが、それでも絶望的な戦力差だったはずだ。やはり連中の後方で何かがあったらしい。
敵の密度が薄れ、向こうの通りが見えた。
そこに居たのは、時代がかった鎧を着た数人のサマナー。スマホではなく、籠手のような召喚器を使う戦士達。
最近、東京ではこんな噂が広がっていた。
『天上から天使が降りてきた』
伝説にのみ存在する、悪魔以上に危険な人類の天敵の出現は、阿修羅会が発信らしい。
しかし、天使による人類の虐殺は未だ起こらず、代わりに『東のミカド国のサムライ』を名乗るサマナーが東京のあちこちに出没するようになった。
彼らはおそらくそれだ。
実際に見たのは初めてだが、彼らは東京のサマナーとは大分性格が異なるらしい。
彼らが追い剥ぎ紛いの事をしているという話は聞いた事が無いし、噂では率先して人助けをしているとか。
普段の俺なら彼らを警戒するところだが、今の状況ではまさに地獄に垂れた蜘蛛の糸に見えてしまった。
だからだろうか。
「やっべーー!」
気を抜くべき時ではない時に気を抜いてしまった。
軍勢は、バラけてしまえばただの雑魚悪魔だ。しかし、雑魚とは言え悪魔は悪魔。油断して良い相手ではない。それは身に染みて知っていたはずなのにーー!
俺は自身に降り下ろされる悪魔の攻撃を、為す術無く見ている事しかできなかった。
その刃が俺の頭をかち割る直前、悪魔が一瞬にして凍りついた。
「平気?」
呆然とへたり込む俺に手を差し伸べたのは、黒髪の少女だった。
俺は周りを見回し悪魔が居ない事を確認すると、その手を取ることなく自分で立ち上がる。
「ああ。助かった、ありがとう」
少女は自分の手をにぎにぎして、怪訝な眼差しを俺に向ける。
「……さっきのが最後の悪魔かと思ったのだけど、まだゾンビが残っていたようね」
「どういう意味だコラ」
いや確かによく目が腐ってるとか言われるけど。街中でホントに通報されたこともあるけど。
少女はクスクスと笑って「冗談よ」と言ってきた。
……まぁ、助けられたわけだし、このくらいで怒るのも違うだろう。
「ヒッキー!平気!?」
突然逃がしたはずのユイが飛び出してきた。
「お前、どうした?」
「あのね、逃げてる時にたまたまこの人達に会って、ヒッキーのこと話したら助けてくれるって」
「……そうか」
こいつにも助けられちまったか。
「世話になったな」
「構わないわ。それより、あなた達のホームまで送ってあげましょうか?」
「……助けた見返りってことか?」
「ええ。この世界のことを教えてほしいの。釣り合わないかしら?」
「いや、その程度で済むなら安いくらいだ。むしろ無償の善意よりよっぽど信用出来る」
「それじゃ、総武会のホームまで案内するね、ゆきのん!」
「ゆきのん?」
「ゆきのんではなくユキノなのだけれど……」
これが俺と、雪の名を持つサムライの少女との出会いだった。
真・女神転生Ⅳとのクロス。
メガテンの名前は知っていても遊んだことはないという人の為に簡単に説明します。
主人公はとある田舎村から東のミカド国にやってきたお上りさん。年に一度、一定の年齢になった者が受ける事になっている『ガントレットの儀式』を受ける為にやって来ました。
この儀式でガントレットに選ばれた主人公は、サムライとして悪魔討伐の任務を賜ります。
その任務の中で悪魔の涌き出る遺跡を調査する事になったのですが、遺跡の奥に広がっていたのは、人間が未知の力『科学』によって悪魔と渡り合う世界『東京』でした。
とまあ、大体こんな感じ。モチロン大分はしょってますが。
これも普通ならヒッキーを主人公のポジに据えるか、主人公パーティーにぶちこむかするところなんでしょうけど、わざわざモブの一人にしちゃうあたり、我ながらひねてんなぁ。