モブリットの補佐を得て、13メートル級の巨人を討伐したときには、ハンジの周囲には目視できる巨人はいなくなっていた。
辺り一体では、夜陰に紛れて調査兵たちが忙しなく飛び回るガス噴射の音が聞こえる。
十数体ほど最初に確認した大型の巨人は、あらかた処理し終えたようであった。
なまくらになった刃を取り替えて、夜のシガンシナの街並みに目を凝らす。細かな霧のような雨を降らせる雲の切れ間から、薄く青い空が見える。まるで昼間のように煌々と照る満月に照らされれば、夜の藍色は壁や家の影の中にうずくまるばかりである。影の外は、夜だというのにやけに鮮明に色づいていた。
「……今夜はやけに明るいな……」
ハンジは首をひねった。以前、夜通し実施された壁外調査の際は、日が沈んでから動く巨人には遭遇しなかったため、夜は動かないものだと推測していたが、違うのだろうか。
しかし、何はともあれ巨人が今まさに動いている。ならば、不自然でも明るければその分戦いやすくなる。
ただ、雲が流れて満月を隠せば、夜は深い暗闇を連れてくる。霧のような雨とはいえ、壁沿いの松明の炎は不安定に揺れている。晴れればこの夜ならば明かりも必要ないが、このまま雨足が強くなれば、状況が一気に悪化するのは目に見えていた。
「ハンジ班長、北東の方角にまだ戦っている者がいます!」
「援護に向かうぞ!!」
叫んだのは、最近すっかり彼女の腹心となりつつあるモブリット・バーナーである。視力の悪いハンジにはその姿は確認できなかったが、迷わず彼の言葉の示す方向へアンカーを放ち飛んだ。
「しっかし、団長が不在の時になんてザマだ!」
ちなみに言うならば、彼女の直属の上官であるエルヴィン・スミス分隊長もまた、団長と共に外出していた。この門扉近くのレストランで、シガンシナ区長と会合のはずだった。
ハンジはその二人の姿を確認してはいないが、調査兵団の本部へ報告へ来た駐屯兵が言うには、彼らは門扉近くの住民の避難のために奔走しているらしい。
だが、危機意識の低い駐屯兵たちは未だに統制された動きができていないらしく、門扉解放の鐘の音以降、街全体への避難指示はまだできていないようだった。
壁内への巨人の群の侵入という100年ぶりの状況にもかかわらず、シガンシナの街全体が静まり返っているのは、駐屯兵による情報の伝達がうまくいっていないことの証左である。
同時に、調査兵たちの緊急時の働きぶりも影響している。まさか壁内に巨人が出るとは想定しておらず、調査兵とはいえ、戦闘態勢を解いていた。しかし、反応の早い兵士たちが小規模の班を構成して迅速に巨人に対応できたことで、侵入は門扉付近で食い止められているようだった。
もちろんそれは、目視しやすい大型の巨人に限るが。
ハンジとモブリットが民家の屋根をこえて一筋奥の道に降り立ったそこには、3メートル級の巨人がゆらりと獲物を求めて歩いていた。
「リヴァイ!!」
その巨人と対する地べたの人間を見つけ、ハンジは叫んだ。それは、ハンジやミケたち第一陣としていち早く到着した兵士より少し遅れて合流した男だった。
合流するやいなや、その人間離れした動きで、数体屠るのを先ほど見たばかりである。
しかし、そんな彼の様子がおかしく、ハンジとモブリットは一瞬緩ませた気が自然と引き締まった。
巨人が近づいているにもかかわらず、彼は地面に刃を取り落としたまま、動こうとしないのである。
「まさか、昨日の怪我か!?」
軸足である左足首を捻挫したのはまだ昨日のことだ。軽い捻挫で、当の本人は一見、いつもと変わらないていで歩いていたものだから、ハンジもすっかり彼の怪我のことなど失念してしまっていた。
「リヴァイ!」
ハンジが彼の名を叫んだのと、その黒い影が青い夜空から降って来たのとはほとんど同時だった。
一歩踏み込んで刃を抜いたときには、リヴァイを捕食しようと蠢いていた巨人はゆっくりと傾き、蒸気を上げながら倒れていた。
「え?!ウソ?……君、」
巨人の蒸気の中に立ち上がった黒い影に、ハンジとモブリットは思わず言葉を失った。
「遅ぇぞ、シグリ」
「……助けてやったのに、あいさつだねリヴァイ」
不機嫌そうな顔を隠しもせず、男を見下ろしたのは、早朝に自由の翼を下ろしたはずの元副官であった。ハンジの呼ぶ声に振り向いた小さな顔に、ほんの少しの化粧がのせられている。
青い夜の中、雲間から差し込む白い月光に、女たちを照らす。
「ハンジ!この街道沿いには巨人はいなかった!光線弾を!」
いち早く反応したモブリットが、懐から出した光線弾を右手に、高らかにその光を明るい夜の空に向けて放った。
チリリと火の玉が焼ける音と共に、4人の頭上に、閃光がきらめき、昼間のような明るさを連れて来る。
モブリットの合図に呼応するように、壁沿いから、数発、同じような光の弾が上がった。
雲が流れ、異様な明るさをもつ月と青空を隠して、シガンシナの街に夜の闇が帰って来る。その藍の闇に、仲間たちの合図がきらめく。
「シグリ」
ハンジが救援に来た女性の名を呼ぶ。
彼女は応えず、視線だけハンジに寄越して、少し困ったように笑った。