それは愛にも似た、   作:pezo

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第十三章 シガンシナ陥落 二

彼らが壁の上で数人の駐屯兵を保護しているエーミールの班に合流したのは、それからほんの数分後であった。

 

 

 

「クシェル副官。もう生存者は……絶望的です。我々も、刃もガスも少なくなっています」

 

 

 

エーミールが言う。まさに、目の前で繰り広げられているのは地獄絵図である。撤退を申請する部下であったが、保護された数人の駐屯兵が、まだ負傷した仲間が街の中央で孤立していることを伝えた。

 

 

「皆、ガスの残量は?」

 

 

 

問えば、半数の者が残り半分以下。残りの半数の者はほとんど残っていないと言うことだった。

 

 

クシェルは自分のガスの残量を確認して、

 

 

「ガスが残っている者は私と負傷兵の救援に向かう。それ以外の者はマリア内地へ向かい、護送用の馬車と馬を確保しろ。あちらでは既にエルヴィン団長たちが到着しているはずだ」

 

 

 

「しかし、このままでは、我々も……」

 

 

 

絶望に打ちひしがれる部下たちは、彼女の指示に従おうとしない。

 

 

血まみれのブロンド。食いちぎられた手首のカケラ。

 

 

クシェルもまた、恐怖と怒りとに苛まれて足を動かすことができないでいた。

 

 

ーー怖いのか。

 

 

ああ、怖い。即座に思った。怖い。憎い。

 

憎い。憎い。

 

 

どうして。どうして、私たちは奴らに奪われ続けるのか。

 

 

どうして。

 

 

噛み締めた奥歯から血の味がにじむ。地獄の底で似つかわしくない、穏やかな風が彼女の首をなぜた。

 

 

 

その爽やかな風に振り返れば、壁外の世界が橙色に染まっているのが見えた。

 

 

夕焼けが荘厳なまでに美しい。地平の向こうから、何体もの巨人がこちらにむかっているのが見えた。

 

 

巨人の姿すらちっぽけに見えるほど、外の世界は広く、美しく輝いていた。

 

 

ーーいつか、あの地平線の向こうに広がる景色を見に行こう。

 

 

男の声が、耳の奥で聞こえた気がした。

 

 

そうだ。あれは、イワンが初めての壁外調査前に震える私に、かけてくれた言葉だった。

 

 

地獄ばかりの壁外の向こうに広がる未知の世界。

 

 

それを夢見たのは、自由の翼を冠した者たちだった。

 

 

 

そうだ。自由の翼だ。

 

 

 

「総員!立ち上がれ!!今、我々調査兵団が立ち向かわなければ助かる命も助からない!」

 

 

 

「く、クシェル副官?」

 

 

 

「今こそ我々の命を使うべき時だ!命を賭して住民を守る任務を全うしている駐屯兵を見捨てるな!!」

 

 

 

エーミールたちがはっと表情を変えた。

 

 

 

「今こそだ!!心臓を捧げよ!!」

 

 

 

クシェルの敬礼に、エーミールたちが続く。それを確認して、クシェルは壁から飛び降りた。ガスは半分。まだ飛べる。

 

 

 

落ちるスピードを利用して、街の上を移動していく。街の中央、巨人が集まりつつある場所が、おそらくそうだ。

 

 

 

「前方三体!それぞれに二人つけ!私は右の15メートルをやる!」

 

 

 

広場にいる巨人は三体。目視できるそれを削げば。

 

 

彼女の指示は的確だった。

 

 

 

おまけに広場の周囲にあった塔のおかげで、戦い慣れた彼らにとって、獲物に気を取られた巨人の討伐はさほど難しいものではなかった。

 

 

しかし、これ以上の戦闘は避けなければ。最後の刃が折れたのを見ながら、クシェルは思った。

 

 

広場に降り立てば、そこには十数名の負傷兵が固まっていた。調査兵団5名の姿に、生きる希望を失っていた彼らに喜色が浮かんだ。

 

 

「飛べる者はいない、か。一人ずつ抱えていくしかない。ひとまずは壁の上へ避難させよう。一人は護衛のためにここに残る」

 

 

「副官。俺が残ります」

 

 

言ったのはエーミールだった。勇敢な彼の申し出に、彼女は微笑んだ。

 

 

「いや、私が残る」

 

 

「しかし、ここは危険です」

 

 

「怪我人を抱えて飛ぶのも危険だ。下手をすれば良い餌になる。彼らを抱えて飛ぶには私は力不足だ」

 

 

 

屈強な体つきの負傷兵を見て彼女は言った。負傷兵は男ばかりで、確かに女で細身のクシェルが抱えるには、少々荷が重い。

 

 

「刃を少しわけてくれ。最後の刃が折れたんだ」

 

 

「!!もちろんです!」

 

 

特に重症の兵士を先に抱えて、クシェルを置いて部下達が飛んでいく。

 

 

高台で見張りをすべきか、とクシェルがその場を離れようとしたとき、残存の負傷兵たちが礼を言った。

 

 

 

「ありがとう。あんたら調査兵が、あんなに強いと思わなかった。見捨てないでくれてありがとう」

 

 

 

クシェルは表情を変えず、少し思案するように黙り込んだ。幸運なことにまだ巨人は集まってきてはいない。しかし、数体同時に来れば、クシェル一人では決して対応できないことは明白だった。

 

 

「礼は助かってから言うべきだ。私もあんたたちを絶対に見捨てないとは言い切れない」

 

 

 

言い置いて、辺りを監視するために建物の上へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

エルヴィンができる限りの補給を終えて本隊を引き連れたときには、かなり多数の巨人がマリア内地とシガンシナの境界の門扉付近に群がっていた。

 

 

水路における住民の避難は一通り済んだらしい。桟橋には、船は一隻も残っていなかった。

 

 

しかし、陸にはまだ大勢のシガンシナの住民が取り残されている。

 

 

馬車などを使って陸路における避難を推し進めている駐屯兵を守るように、数名の自由の翼が飛翔するのが見えた。

 

 

 

「あれ何だ!?強い!!」

 

 

 

逃げ惑う住民と、駐屯兵が一人の調査兵の姿に釘付けになっている。

 

 

住民たちに群がろうとする巨人数体を、たった一人の男が、凄まじい速さで倒していく。

 

 

 

「なんだあれ、人間か?」

 

 

「人間だ……!あれは英雄だ!人類最強だ!!」

 

 

 

絶望のなか、その男の舞う姿が、人々に希望をもたらす。その様子を、エルヴィンは目の前で見た。

 

 

 

「おい、あれ!!門扉からも調査兵団が来るぞ!!」

 

 

 

駐屯兵の声に、エルヴィンは行軍を止める。

 

 

 

巨人の網を掻い潜って、馬車をひく馬の行軍がエルヴィンたちに向かって猛進していた。

 

 

その先頭を、黒髪の女が、兵団旗を掲げて走っている。

 

 

よくよく見れば、それはクシェル率いる先遣隊と、数人の駐屯兵だった。馬車の上には負傷している駐屯兵と、数人の民間人が乗っていた。

 

 

 

「自由の翼だ!!」

 

 

 

誰かが、叫んだその声は確かに希望に縋ろうとする色に満ちていた。

 

 

そんな声で調査兵が呼ばれるのを、エルヴィンは生まれて初めて耳にした。常に罵倒を浴びていた調査兵が、今まさにその力を求められている。

 

 

希望を体現したかのような動きで、休む暇なく次々に、英雄たる男は巨人を屠っていく。

 

 

その間を、まるで戦の女神のように、自由の翼を高らかにあげて兵士たちを鼓舞しながら行軍する女がいる。

 

 

 

エルヴィンは、その様に身体の血が高揚にざわめくのをはっきりと感じた。

 

 

 

ーー心臓を捧げよ。

 

 

 

その言葉が、彼らの口から聞こえた気がした。

 

 

 

 

「ミケ!先遣隊の援護に回れ!他の者は私に続け!避難は駐屯兵に任せ、我々は巨人の気を引く!!」

 

 

 

囮として、巨人たちの前に躍り出た調査兵団に、駐屯兵団の兵士たちは一様に声を上げた。

 

 

 

「調査兵団の働きを無駄にするな!住民の避難を急げ!!」

 

 

 

 

 

 

シガンシナ陥落。

 

 

それは、人類の敗北を決定づけた日のことを言う。この日を境に、人類はその活動領域をウォールローゼまで後退させた。

 

 

 

調査兵団はその日、住民の避難のために最前線に出たものの、壁外調査から戻ったばかりの、最も設備に乏しい状況下であったため、活動できたのはほんの僅かな時間に過ぎなかった。

 

 

 

皮肉にも、この日を境に、調査兵団への住民からの期待は一気に高まり、エルヴィン団長の果敢なる働きも評価された。

 

 

そしてこの日、一人で何体もの巨人を屠った兵士と、シガンシナに取り残された負傷兵と民間人を救った兵団旗を掲げた女性兵士の姿が、人類の間で英雄として伝説化された。

 

 

その伝説の下で、女兵士の身内が死んだことや、彼女が数人の負傷兵を見捨てたことは、兵団内の記録のみにとどまり、住民の間に知られることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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