それは愛にも似た、   作:pezo

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第二章 調査兵団 二

 

 

「したがって、巨人の重量はその見た目に反して異常に軽く、その中身は他のどの生物とも異なる構造でできていると考えるべきである。これは、巨人が死んだ後、跡形もなく蒸発することと無関係でないと私は考えている」

 

 

「巨人の重量に関しては私も同意見です。そもそも、3メートル級ならまだしも、15メートル級の生き物が二足歩行をすることは物理的に不可能なはず。その証拠は別に検証を行なう必要はありますが……。そう考えると、巨人発生の起源は、生物進化の特異的な現れとして考えるよりも……。うん、リヴァイ、記録つけれてる?今、大事なところだから」

 

 

 

「できてない。無理だ」

 

 

 

「それで、シグリはどう考える?私はやはり巨人は人間としてではなく、昆虫のようなものだと考えた方がいいのではと思うんだけど。ほ乳類として考えるにはあまりに無理がある。昆虫の類いなら、」

 

 

「いやいや、待って下さいハンジ。それだと不可思議な点が多すぎる。まず、この100年近く、あの大量の巨人たちはほとんど食事をしていないということになる。壁以降の歴史文献を見る限り、人類が壁外へと出たのは本当に限られた数です。それならば、人類が壁の内側に閉じこもっていれば、自然に巨人は食料が得られずに勝手に数を減らしていくはず。しかし実際はそうではない。これはどう考えるべきです?生物として生きている限り、食料を摂取しないと生き延びることはできない。しかし実際には巨人は生き延び続けている」

 

 

低く起伏に富んだ女の声と、高いながらに透き通った女の声が、そうした言葉の応酬を始めてから、数時間にも及んでいる。

 

夜の帳はすっかり落ち、常ならば就寝時間もとうに過ぎた頃合いだった。夕食もそこそこにシグリの自室で行なわれた「討論会」は、未だその熱を下げない。

 

 

シグリに頼まれて書記を務めていたリヴァイは、もうその仕事を放棄してしまっている。まず、彼女たちは喋るスピードが速すぎる。内容も難解で、リヴァイには意味が分からない部分も多数あった。にもかかわらず、彼女たちは書記に対する配慮は一切持つことなく、バカみたいに議論を続けている。

 

時たまシグリがリヴァイに尋ねてくるものだから、最初は必死にそのつとめを果たそうとしていたが、リヴァイの答えを二人は聞いていないと気付いてから、ばかばかしくなってリヴァイは仕事を放棄した。

 

ただ、無為に過ぎる時間が勿体なく、ところどころリヴァイの中で興味がひかれた部分だけ、メモを取ることは怠っていなかったのは、彼の生真面目さが現れていると言えよう。

 

 

しかし、そろそろ潮時だ。

 

 

「なあ、もう就寝時間が過ぎてる。今日は終わりにしないか」

 

 

「シグリ!では、この仮説は!」

 

 

「いやいや、ハンジ!私はこう仮説している。つまり、巨人は「兵器」であると」

 

 

リヴァイの声は二人に届かない。短い黒髪の女が、メガネの女だけ見つめて、立ち上がって言った。対するハンジも、その黒髪の女の言葉に、ようやくその口をつぐんだ。

 

 

 

否、言葉を失った。

 

 

 

「そ、そんな。では、巨人は、人為的に作られた、ということになるぞ」

 

「そうです。その仮説の通りにいくと、壁の外には人間がいる可能性も出てくると思っています」

 

 

ついにハンジは口を開け放したまま、黙してしまった。そんな馬鹿な、という心情が、そのまま顔に出ていた。

 

 

ようやく止まった時間に、リヴァイはため息をついた。しかし、その仮説はなかなか面白いとも人ごとのように思い、まっすぐな視線を持つ黒目に問うてみた。

 

 

「……シグリ。その仮説の証拠は」

 

「ない。推測の域を出ません」

 

 

即答。ようやくその黒目は、リヴァイの方を見た。しかし、そのまっすぐな視線は迷いがない。まるで、その仮説に確信を置いているかのような。

 

 

「えぇぇえ……。ちょっと待ってくれ。壁外に人間が?ああ……、ちょっと整理しなきゃ、」

 

「メガネ。もう潮時だ。今日はここまでだ」

 

 

「ハンジ、壁外の人間については、」

 

 

 

再開されようとする議論の火ぶたに、ついにリヴァイの堪忍袋の緒が切れた。

 

 

 

「いい加減にしろ!てめえらの頭が良く回ることはわかったが、だからといって限りがないわけじゃないだろう。その証拠にさっきから同じようなことばかりぐるぐる回っていやがる。ねずみでもクソしたくなりゃ、休むだろうが」

 

 

ちりり、とランプの火が揺らめいた。リヴァイの言葉に沈黙が落ちた後、

 

 

「「……?え、どういう意味?」」

 

 

二人の明晰な頭脳が首を傾げた。

 

 

ぶつり、と何かが頭のなかで切れる音がしたのは、決してリヴァイの気のせいではない。

 

 

「あ、眠いのかな、リヴァイ。ごめんよ。もう戻っていいよ!」

 

 

シグリがそうかそうか、と笑った。

 

 

「何ほざいてやがる、どこに戻れと?」

 

「そうだよ、シグリ。リヴァイはまだ今日の朝熱が下がったばかりなんだ。あと二、三日、様子見でシグリの部屋での待機命令が下りてたじゃないか。リヴァイ、私たちのことは気にせず、どうぞ寝てていいよ!」

 

「え?リヴァイ、まだ待機命令解除されてないの?今日、訓練出てなかった?」

 

 

だめだよ~とのんびりとした女の間延びした声がふたつ、部屋に響いた。

 

 

病み上がりの新兵をこきつかい、彼への気遣いを失していたのは、紛れもなく彼女たちに非がある。だから、リヴァイがそれから行なったことについては、決して彼だけに非があったとは言えない。おそらく。

 

 

 

 

翌朝、エルヴィン分隊長に報告された事の顛末だけ述べよう。

 

 

 

その夜、リヴァイは再三たる制止の声を聞かなかった女性上官二名に暴行を加えた。ひとりはエルヴィン分隊のハンジ・ゾエ班長。もう一名はエルヴィン分隊長の副官シグリ・アーレントだった。

 

 

目撃者は深夜、風呂場に立ち寄った女性兵士と男性兵士二名である。彼らが夜中に風呂場に向った理由はさておき、女性用の風呂場の前で、小柄な男性兵士リヴァイが小脇にシグリを、肩にハンジを抱えて突っ立っていた。

 

 

「この汚物等を洗っておいてくれ」

 

 

気を失った二名を女性兵士の前で下ろして、リヴァイは手をハンカチでふきながらその場を立ち去ったという。

 

 

女性兵士と男性兵士二名は、状況が飲み込めないまま、気を失った二名の上官をひとまず医務室へ運び、夜が明けるのを待ってすぐにエルヴィン分隊長へ報告した、ということだ。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

朝一で報告を受けたエルヴィン分隊長は、呆れたように黙して、ため息をついたという。同じく朝一の報告に分隊長の執務室を先に訪れていたミケ班長が、「あいつら、最近風呂に入っていなかったな。ハンジは異臭がしてた」と思いだしたように述べたから、ますますエルヴィン分隊長は大きなため息をついたという。

 

 

「…………シグリとハンジには、午前中の休暇を与えると伝えてくれ。清潔にして、仮眠をとった後、午後に面会に来るように、と。リヴァイは……シグリの部屋だろうか。見つけたらここへ来るように伝えてくれ」

 

 

「はっ。……独房ではなくて良いのですか?」

 

 

「……ミケは、どう思う?」

 

 

報告にきた女性兵士が、暴行を加えた犯人の処遇について問えば、エルヴィンはそれには答えずにミケに問い返した。鼻のきくその班長は肩をすくめて短く。

 

 

「リヴァイに同情する」

 

 

 

と言った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

新兵が女性兵士二名を暴行した、という由々しきニュースは、あっという間に兵団内に広がった。その懲罰として、暴行を加えた新兵には、五日間の待機命令が下され、上官二名には三日間の兵舎出入り禁止令が下された。

 

 

さらに詳しく言うならば、新兵は病気のための個室での三日間の待機命令が二日延長されただけの処罰で、上官二名には強制的な休暇の取得という処罰であった。ただし、無給かつ兵舎への出入り禁止、ということだった。上官二名とも、故郷へ帰れるほどの休暇ではないということだったから、兵舎への出入り禁止というのは、つまり外で宿をとれ、ということを指す。

 

 

処罰内容もさることながら、明らかに加害者より被害者の方が重い異例の処罰であった。

 

 

ただ、その加害者がリヴァイであり、被害者がシグリとハンジ。そして、その事件の勃発が、二名の討論会の最中であった、ということから、兵団内の全ての兵士は、「ああ、」と得心したという。

 

 

「皆がお前に同情している。まあ、彼女たちはああでもしない限り止まらないからな。やり方は肯定できないが、私も今回の件はお前に同情するよ」

 

 

少し笑いながら、その男は言った。隣を歩くその金髪の男に、リヴァイはふん、と鼻をならした。

 

 

「あいつらはいつもああなのか?シグリも……仕事が終わってからはずっと机にかじりついてやがる。俺が寝込んでいた数日間ずっとだ。休むのは寝ているときだけだ」

 

 

言ったリヴァイに、エルヴィンは帽子を少しずらして、その小柄な男をちらりと見下ろした。黒いジャケットに黒のスラックスを着て、いつものようにシャツとスカーフできっちりと身を固めた男は、まるでどこぞの高貴な貴族のような出で立ちである。まず元地下街のゴロツキとは思えない。知れば知るほど、不思議な男だ、とエルヴィンは思った。彼もまた、茶色のプライベートのスーツに身を包んでいた。

 

 

「彼女たちも仕事が多いからな。研究はプライベートの時間を削って行なっているんだろう。他の兵士たちが飲みに行ったり、故郷に帰ったり、女と遊んだりする時間、彼女たちは実験を行ない、文献を読みあさり、人類の未来に貢献しようともがいている」

 

 

その仕事ぶりには頭が上がらない。エルヴィンは本心でそう言って、少し笑った。彼からすれば、年下で自分に絶対的な信頼を預けてついてきてくれている彼女たちは、さしづめ可愛い妹のようにも思えることがあった。

 

 

「それでも、シグリはまだ余裕がある方だ。娯楽も「視野を広げるため」と楽しもうとするし、睡眠も食事も身体に支障が出ない限りでとっている。彼女はもともと身体が強い方ではないからな。身心の自己管理は他の兵士に比べても出来ている方だな。それに対して、身体も丈夫なハンジの方が無理をしがちだ。ずぼらな性格もあって、衣食住のほとんどを忘れることもある。まあ、そこが可愛らしいところなのかもしれないが」

 

 

「……どっちもただの変態じゃねぇか」

 

 

「まあ、そうとも言うな」

 

 

くつくつと笑うエルヴィンに対し、リヴァイは無表情で黙々と歩を進めるばかりである。まだ警戒心は強いが、その無表情が決して機嫌が悪いからというわけではないとエルヴィンは最近ようやく気付いた。彼のことは、今現在、彼と訓練を同じくする時間が長いミケやナナバがよく理解しているかもしれない。

 

 

――しかし、シグリやハンジもそのうち彼を理解するようになるだろうな。

 

 

面会に来た彼女たちの顔を思い出す。それぞれ、まるで面白いおもちゃを見つけたような表情で、リヴァイに対する感想を述べていた。二人とも、強制的に気絶させられた暴行の件については特に怒っておらず、それどころかそのあまりに極端な方法をとったリヴァイの行動理念に多大なる関心を持っていた。特にハンジは、彼の卓越した戦闘技術と肉体、そして「言語力の乏しさ」なるものにも興味を持っていたから、謹慎から戻ればしばらくは、リヴァイにつきまといそうな気がする。

 

 

「調査兵団はくせ者ぞろいだろう」

 

 

言えば、薄氷の瞳が細められて、「そうだな」と言った。どうやら悪くは思っていないらしい。思いの外、くせ者ぞろいのなかで彼は馴染みつつあるのかもしれない、と思って少し安堵する。

 

シグリやナナバの言では、彼はまだ人との接触への「拒絶」を示すものの、いずれそれも解消されていくだろう。彼がひとりであろうとしても、この兵団のくせ者たちは、きっとそれを許さない。無遠慮に、暖かく、彼を、彼が独り立つ戦場から連れ出すだろうとエルヴィンは確信している。

 

 

――もちろん、連れ出したその場所は、さらなる地獄の戦場だろうが。

 

 

 

「さて、着いたぞ。この店だ」

 

 

シガンシナ区の歓楽街の路地の奥。幾重にも細い路地を曲がったところに、こじんまりとしたその店はあった。

 

 

「ここに、お前に会わせたい女性がいる。これからお前にしてもらう仕事の話はそれからだ」

 

 

ドアを開ける前に振り返れば、薄氷の瞳がしっかりとエルヴィンを見つめて、

 

 

「……了解だ」

 

 

 

少しばかりの逡巡の後、従順に頷いた。

 

 

 

 

 

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