とはいえ、その裏にはヤンの意図が見え隠れ……かも。
この世界線における”ヤンの私兵”と言えば、今のところは元帥府の未来の綺羅星提督よりもヴェンリー家、あるいはヴェンリー財閥のお抱え戦力となるだろう。
中でもいの一番に数えられるのは、最大戦力保有枠である”ヴェンリー警備保障”だ。
ヴェンリー警備保障だけでも保有艦艇総数は、帝国正規1個艦隊に匹敵するとも、いやその倍とも言われている。
最新の調査ではとりあえず”
他にも船舶を運用する部門(その最右翼が老舗のヴェンリー通商)があるので、艦艇船舶の保有総数は計り知れない。
その数、家ではなく財閥と言う体裁をとってこそいるが、おそらくブラウンシュバイク家やリッテンハイム家を凌ぎ帝国貴族随一の船持ちだろう。
いや、一つの家ないし企業体が持つ艦船/船舶保有数なら銀河最大かもしれない。
そして、その保有艦艇には中々に面白い特徴がある。
何度か出てきているが、多くの鹵獲などで入手した同盟艦艇が存在しているのだ。
多分にヤンの趣味が入ってるような気がしないでもないが……それはさておき、同じ軍艦なら同盟艦と帝国艦の明確な違いは何かと問われれば、まず第一に出てくるのは大気圏/重力圏への離発着機能の有無だろう。
帝国軍は内乱の鎮圧や国威発揚のために比較的惑星へ軍艦を下ろす機会が多いので、これはもう標準装備と言っていいくらいたいていの軍艦はその機能を持つ。
逆に市民軍が本質の同盟軍は、「市民に危害が及ばない宇宙空間で帝国艦艇を撃滅する」ことを旨(あるいは建前)としているため、この手の機能は装備されておらず宇宙空間の戦闘に特化させた設計思想で建造されている。
上記のような理由があり、ヘルマン・フォン・リューネブルクと彼が率いる
”第023話:ヤキンとボアズ”にも少しだけ装甲強襲揚陸艦の名が出てきたが、いい機会なのでヴェンリー警備保障御自慢の”装甲強襲揚陸艦”について少し掘り下げてみたい。
帝国軍には元々、強襲揚陸艦と分類される100mに満たず自前のワープ航法機関も持たない小型揚陸艇と、それを16隻運搬するドイツ第三帝国の”
だが、
『せっかく陸上兵器じゃ太刀打ちできないだろう重装甲/高火力を兼ね備え、オマケに惑星揚陸機能が搭載されてる高性能艦がごまんとあるのに、使わないのはもったいないよね?』
鶴の一声でヴェンリー船舶技研で開発が始まったのが、従来の軍艦を改装した”装甲強襲揚陸艦”シリーズだ。
どうもヤンは常々この”兵員輸送に
ヤンは実は艦隊戦だけではなく、いずれ度々起こるだろう”様々な惑星(拠点)揚陸戦”にも非常に注視していた。
彼が想定する状況で欲したのは、
”大規模な兵員と陸戦用重武装や補給物資を余裕を持って運べる十分なペイロードを持ち、揚陸した場所でそのまま前線基地として使える堅牢さと指揮通信統制能力、地上部隊に十分な火力支援を行えるだけの火力に撤収が決定すれば速やかに兵員を収容し安全圏まで離脱できる機動力を兼ね備えたオール・イン・ワン、あるいはスタンディング・アローン性が高い船”
という従来の揚陸艦に求められるそれとは別格の性能である。
つまりところ、宇宙空間を行き来できる陸軍基地……というか頑強な城砦だ。
「撤収命令が出るまで粘り強く戦い抜く」ことを旨とした砦と前世の記憶と兼ね合せて考えれば、ヤンが「どんな戦場を想定しているのか?」が朧気ながら見えてくる気がする。
少なくとも、「
そのような要求性能から、白羽の矢が立てられたのが標準戦艦と巡航艦だった。
駆逐艦も候補にあがったらしいが、改装しても小ぶりな船だけありペイロードの確保が難しくコストに見合わないために候補から外されたようだ。むしろ主武装のレールガンで衛星軌道上あたりからの支援砲撃の方が効果が高いとされた。
標準戦艦は言うまでもなく大柄な図体で容積に余裕があり、艦首正面に6門並んだ主砲のうち下4門を降ろすことにより更に巨大な収容スペースを確保。
そのスペースに完全編成の1個機甲旅団規模の揚陸兵とその装備、各種補給資材に司令部機能までひっくるめて詰め込み、主砲の撤去で余力が生まれた出力を有効利用するべく、攻守を含む各種装備を積み込んでいる。
一例を挙げるなら、原型の標準戦艦では基本正面にしか展開できなかった
ガンダムSEEDに出てきた”アルテミスの傘”をイメージするとわかりやすいだろうか?
ただ、これにも欠点はあり、全周囲展開すると一点集中展開に比べ単位面積あたりのエネルギー密度が薄くなり、”敵艦の攻撃”を受け止めるには不十分な防御力になってしまう。
一方、巡航艦は元々動体中央部がモジュラー構造になっており、その部分を丸々入れ替えることが出来る。
故に基本的には”揚陸艦用モジュール”を開発し、装着するだけの”お手軽ポン付け改造”だけで十分な初期性能を持たせることが出来た。
そのため、戦艦ベースのそれより開発が早く、以前にミッターマイヤー救出に向かったのも、実はこのタイプの先行型だ。
もっともその後も開発が続けられ、現行型は戦艦同様に主砲のオミットやそれに伴う地上用装備の追加など最適化も当然のように行われていた。
艦隊戦用の軍艦を揚陸艦に改装とはなんとも贅沢に聞こえるかもしれないが、実はこれらはあまりコストはかかっていない。
実は素材となっているのは、
元をただせば中古艦、それも
標準戦艦も巡航艦も製造が開始されてから既に半世紀は経とうかというベストセラーというよりロングセラーで、未だ初期ロットのモデルが生き残っているとすれば既に耐用年数を過ぎて前線では使い物にならない旧式老朽艦だろうし、また比較的新しい艦でも損傷度が一定以上であれば回収されても応急処置だけして捨て置かれるというのは割りとよくある話だ。
ヴェンリー財閥は傘下のヴェンリー造船で帝国正規艦を新造や修理、メンテやアップデートなどを請け負うだけでなく、不要艦の回収や保管も請け負っている(この帝国企業にあるまじき豊富なオプションサービスもヴェンリーがシェアを伸ばしている一因だろう)ため、それこそ開発素材は掃いて捨てるほどあった。
言い方を変えればそれらを有効利用したのが”装甲強襲揚陸艦”シリーズであり、ヤンの前世の末期を考えれば、この勿体無い精神も理解できなくもない。
☆☆☆
実戦テスト用に3隻建造された標準戦艦ベースの揚陸艦のうちの1隻、”レパント”のアドミラルシートにおいて、ヘルマン・フォン・リューネブルクはかすかに、だが満足げに微笑んでいた。
「隊長、随分と御満悦ですね?」
そう声をかけてきたのはローゼン・リッター時代からの部下で、自分に付き合って帝国に亡命し今では副官を勤める青年だった。
「そう見えるか?」
「ええ。とても」
「なに……」
リューネブルクは微笑を笑みに変え、
「まさか陸戦一本槍の俺が、提督席に座る日が来るとはな……そう思ったら可笑しさを感じてただけだ」
そう、現在ゼッフル粒子で巻き起こされた爆炎を貫き、雲を割り悠々とカストロプ居城を目指し降下する戦艦ベースの”レパント”を中心とした5隻の装甲強襲揚陸艦部隊の最高責任者、小規模な艦隊……いや戦隊を率いる提督は、紛れもなくリューネブルクであった。
「閣下の粋な計らいですね?」
「まったくだな」
自分の人生はそこそこ程度には上手くいっている。
リューネブルクはそう考えていた。
どこで自分の事を聞きつけたのかは知らないが、亡命してすぐに声をかけられたときは正直、かなり驚いた。
だが、物は試しと口説かれてみれば……
(なるほど、確かに同盟では味わえなかったろう満たされた日々なのは間違いないな)
地位も金も名誉も自分が欲するもの、望んだものより多くのものが手に入った自覚はある。
だからそれらはもう満ち足りてる。
まあ、
(ならば今望むのは……)
「できれば心躍るような戦いだな」
だが、リューネブルクはこの直後、思いもよらない出会いを経験をすることになるのだった。
俺、カストロプ篇が終わったら”金髪さんがいる”の方も更新するんだ……(挨拶
嘘です。ただし、もしかしたらその前に更新するかもしれませんが(えっ?
ちなみに”レパント”以外のほか2隻の戦艦ベース揚陸艦の名は、”サラミス”に”アクティウム”。
いずれもガレー船時代の有名な海戦で、間違いなくヤンの趣味でしょう(^^
追記:第053話の改定後の前書きにも記しましたが、リューネブルクは現在、独身になりました(笑