白き獣は牙を研ぐ   作:マスター冬雪(ぬんぬん)※休止中

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その答辯は不敵

 奇縁があったものだ、彼はそう独白した。

 

 

黒獣は牙を研ぐ

 

 

 彼は名を持たない。新たな人生と引き換えに奪われた。それ即ち己という概念を根本から根刮ぎ失ったのと同義であり、過分なく生まれ変わったという事。当初は混乱し、錯乱し、新たに名付けられた名を拒んでその宿命に抗ったが……晩年では受け入れ染まり生を終える。

 

『そんなものでこの我が終わらせるものか』

 

 灰色の世界に呼び戻された彼は目を眇めてその存在を無機質に眺めた。その瞳には沈んだ憤懣が黒くその一端を宿らせる。

 

『くかか。そうだ憎め怨め。お前はその生で我の想像以上には強くなった……が、"それ"ではまだまだ足りぬのよ。お前には更にその位階を上げてもらわねば……少なくとも我の足元程度にはな。我らの敵は我と同等のモノ故容易に死なれては興が削がれるというものだ、』

 

「……ねえ。さっきからぐだぐだと御託が過ぎるんじゃないかい」

 

 存在は常人の目には黒い球状の光の玉のように映るが、魂の位階を数段繰上げた彼の目には悍ましい程の力を宿すヒトガタのナニカが見えていた。

 常人は膨大で圧倒的な埒外の力を脳が否定する。麻痺すると言っていい。故に認識出来ず、されど未知の存在を無理に認識しようとして曖昧なそれに見えてしまうのだ。

 

 ぎょろりとその影、否闇のような存在の目が彼を睨む。

 彼は悠々と腕を組み、正面からそれを睨め付けた。

 

「君には第二の生を与えてくれた恩があるからね。例え代償として名を奪われたとしても文句は言わないさ。故に君が"敵"と称した存在の排除には手を貸してあげよう……だけど忘れない事だ。僕の"敵"には君も含まれているという事をね」

『……くかか。そうこなくてはな』

 

 彼の昏い目には鋭利な眼光が宿る。未だ正しく目の前の存在の力を計れていない今、それでも諦めぬ不屈の精神は何者も怖れない。

 獰猛、且つ泰然自若とした獣の目で。

 

『ならば往くがいい。更なる力を得て魂の位階を上げよ。お前は未だ人間の域を出ない。時間は幾らでもある。精精足掻け、そして我を愉しませてみせよ──────』

 

 その牙が我らの喉笛を嚙み切る事を証明せよ。

 

 

 彼は獣のように口角を吊り上げてみせた。

 

 

 

 

 

 

 目を開ければ薄茶の天井が朧気に映った。

 赤子の視力は誕生当初僅か0.01、もしくは0.02。色が見えれば良しという程の物でしかない。聴力は音というものを感知するのが精精。思考しようにも赤子の脳では直ぐに眠りを必要とする。

 この数ヶ月で漸く人の顔がぼんやりと分かるようになった。思考も数十分程度ならば続けて行う事が出来る。聴力も発達し僅かながら周りを窺えるようになったのだ。

 この世界は大凡現代地球と同一の物だ。耳にした言語は日本語であり、今横たわっているそれは日本式の敷布団。頭を動かせば畳と木造建築が目に出来る。

 目に入る全ての物に既視感が無ければ最善だったのだが。

 

「あら起きたのね」

 

 襖が静かに開かれ着物姿の女が部屋に入る。

 その陰に隠れる小さな人影。

 母とその子供……所謂兄だ。

 

「おはよう、恭雅。……ほら、お兄ちゃんも」

 

 そう言われ前に押し出された"兄"。

 

「ぁ……おはよう、きょうが」

「よく出来たわ恭弥」

 

 ……嗚呼、まさか前世の自分(雲雀恭弥)を客観視する羽目になるとは。

 既知とは厄介だ。自立出来ない今、記憶にある知識を何処でどうやって得たのか、保護者に対する露呈を危惧しなければならない。

 羞恥等を感じている暇はないのだ。目的に多少の不利益は付き物であるし、何より奴の思い通りに反応するのは癪だ。

 奴は必ず僕が、殺す。

 額に触れた感触に目を向ければ(雲雀恭弥)が僕を撫でていた。

 

「ぼくの……おとうと、」

 

 ぼくがまもってあげるからね。

僕の柔い、小さな手を握って兄は微笑んだ。

僕とは思えない、穏やかで至極優しい笑みだった。

 

 僕の、兄。……兄か。何も知らない純粋無垢な魂。

 

(傍に置いてあげるよ、未だ未熟な牙の小動物。君のその羽が生え揃った時、改めて僕の隣に立つ事を認めよう)

 

 出来るだろう?だって君は(雲雀恭弥)なんだから。

 僕はそうして、眠りに落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

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