回帰する浮雲
雲雀恭雅 2歳
漸く体が動くようになり、思う通りとは言えないものの立って歩いて走れるようになった。とはいえ何をするでもない。縁側から庭を眺めては父親による兄への戦闘訓練を眺める。
「やぁっ!」
体躯に合わせて誂えられた鈍色の光を放つトンファーが孤を描いて父親の下腹部に迫る。身長差により打点が低くなるのは致し方のない事だ。
それを器用に指1本で受け流して軌道を操作した父親はくるりと兄の進行方向を反転させ背中を軽く押した。
「上半身だけで振るうのは間違っているが、かと言って猪突猛進に向かってくればいいという話でもないぞ」
「っ、」
舌を打った兄は歯を噛み締めて上体を低めた。
獣の片鱗。
「……いいね。来なよ」
「かみころす……ッ」
予てからじゃれあいはあった。母は穏やかな人だが父は言うなれば獣性を持った人間だ。己の身は己で守れと言われトンファーを投げ渡された前世は記憶に強く残る。兄は自分から父に強請っていたが。
矯正されながらも真っ直ぐに柔軟にトンファーを操り始めた兄に心做しか嬉しそうに口角を上げた父は転じて手刀を振り下ろした。
それを見届けると僕は踵を返す。
「何処へ行く?」
「寝るんだよ」
片腕に気絶した兄を抱えて僕を見下ろす父の色は、今世の僕と同じく紫を薄く帯びた青をしている。
僕は父とよく似ている。外国の血が混じっているらしいアッシュブロンドの髪。かといって欧米の血ではなく血統的にチャイニーズとは聞いているが。
振り下ろされた鉄扇を其方を見る事なく首を傾けて避けて欠伸を零す。
「生憎と
「ワォ。随分と吠えるじゃないか」
暫し
「
「いや、」
「何も無かったよ」
母は僕達と違って善性なのだ。程々にするようにと小言を父に零す彼女は普通とは言い難い位には少しズレているが。
「ああ、分かっているよ
「……」
……馬に蹴られたくはないからね。
1回り大きな兄の身体を半ば引き摺りながら自室の布団に寝かせ、少しの運動に疲れた体をその隣に転がした。
────強くならねばならない。強く在らねばならない。弱者で甘んじるなど許せる筈がない。
僕の名を奪い弄ぶアイツを、例え八つ裂きにしても未だ足りない。今度は僕がソレを踏み躙る。蹂躙し辱め、この恥辱と屈辱を骨髄にまで醜く烙印してやるのだ。
狂気を飼い慣らし憎悪で
「……はあ、」
……が、憎悪は一介の人間には手に余る。要は酷く疲れる。癪であるが奴の言う通り自分は未だ人間の域を出ない。剣呑に細めた眼光を忽ち緩めて脱力した。
自身が晴らすべき雪辱は日々から心に刻み込まねば忘却してしまうものだ。かの復讐者を見習うべきか……否、あれは只の生きた死体でしかない。あの妄執と執念は自分が倣うべき物とは違う。
臥薪嘗胆。奴も奴と位階を同じくする者共も等しく破却し地の底に叩き落とすその時まで。
「……、恭雅?」
「ああ、起きたんだ」
ふとその場の気配が揺らぎ兄が体を起こした。
「ぼくはまた……、」
悔しそうに歯を食いしばる兄に何を言うでもなく。イライラしている兄はトンファーを握り締めて襖に手を掛けた。
「憂さ晴らし?」
「うん。よるごはんにはかえる」
「そう。いってらっしゃい」
またこの町に蔓延るチンピラ共が駆逐されていくのだろう。父は僕達を試しているのか君臨すれども統治せずをこの町で貫いている。故に"表向きは"雲雀家は古くからある名家の一つに過ぎない。
「……ふぁ、」
僕はそれらを改めて回帰しながら、日干しされていた布団に顔を埋めたのだった。