雲雀恭弥 6歳位(幼稚園卒業間際)
雲雀恭雅は2歳違いの僕の弟だ。
同じ顔、同じ声。身長は少し小さいけど最近はもうほぼ僕と同じと言っていい。
……生まれた時から何かを憎んでいた僕の弟。
髪と目の色は違うけど、まるで双子みたいだとよく言われる。
「君と比較されるのは嫌なんだ」
弟だからと草食動物に嘗められるのは嫌なんだって。言いたい事は分かったけど何故なのかは理解出来ない。
「子供だね。素直で馬鹿が付く程正直だ」
「……僕、君より年上なんだけど」
「精神的な話さ、」
兄と弟、どちらが弱いかなんて分かりきった事だよね。
草食動物の浅知恵はたかが知れてる。
僕はそう言われて押し黙る。体格の差、というのは時に無常だ。もし恭雅が僕より小さかったなら姑息な草食動物はきっと恭雅を人質に取ろうとするだろう。例え恭雅が強くても、僕よりも弱い筈だと見下される。
「それに見下ろされるのは好きじゃないんだ。物理的な意味でね」
「……」
……、それが最もたる理由なんだね。
僕らが双子みたいだって言われるのにはまだ理由がある。以心伝心というか、阿吽の呼吸というか。何も言わなくてもどんな気分か分かるし、分かりづらい言い方でも真意を察せる。果ては目を合わせるだけで考えを共有出来るのだ。僕らはそれが当然の事だから良く分からないけど、普通は無いらしい。
きっとそれは、恭雅が僕だからだ。もしくは僕が恭雅だからなのだ。
「こっちだよ、恭弥」
群れの前や父さんの前ではつまらなさそうな恭雅は、本当はよく笑う。今みたいに悪戯げに笑い、見下ろすように笑い、獣のように笑う。静かに降り積もる雪の様でいて、風のように気紛れで、雲のように孤高。母さんにも見せるけど、僕の方がよく目にしている筈だ。それに彼が僕にだけ見せてくれる顔もある。
「恭弥」
「……恭雅」
彼だってきっと無意識だろう。いつもは浮世離れと言っていい位に周囲に興味を持たない恭雅が、薄らとだけどこちらが恥ずかしくなる位に柔らかく微笑むのだ。
「腕試しだよ。負けても死にはしない。力が手に入るなら腕1本すら安いものだろう?」
……それはつまり腕を切り落とされる位の危機になってから漸く手を出すって事?
首を竦めた恭雅はとある路地裏への道を姿を隠しながら窺った。人の少ない通りだ、多少騒がしくしても目撃者はいないだろう。
「うん、居るね」
「何が……?」
「……ふふ、今日の君の遊び相手」
僕を見下ろすように笑った恭雅は僕に武器を構えるように言った。
「僕も君もまだまだ体が出来てない。大人と比べて、体格もだけど知覚能力が圧倒的に欠如している」
分かるよね、と言われて頷く。……大学生の屑共を咬み殺そうとして危うくやられる所だった事を思い出して顔を歪めた。恭雅はそれを悟って、自分でカバー出来たなら今はそれでいいんじゃないかいとくすくす笑った。
「それらを覆すのは実戦経験と推測と勘。今日はちゃんと、相手が何処を見て何をしようとしているのか観察して戦うんだよ」
父さんに言われた通りにね、最後に恭雅は無機質にそう吐き捨てた。
「──────やあ君達、僕達の並盛で何をこそこそしているんだい?」
馬鹿にしたようなおどけた声音に黒いスーツの男達は胡乱げに僕らを見遣った。
「……子供がこんな所で遊ぶんじゃない、大人を揶揄うなよ」
「日本語が分からないのかい君達は?僕らは並盛の管理者だって言ってるんだけど?……まあそれならそれでいいけどね……僕はコレを警察に渡すだけだから」
ゴミでも放るように無造作にバラ撒いた紙束に目を向けた男達は途端に目の色を変えた。
「ガキ……これを何処で!」
「さあね、聞き出してみたらどうだい?……ああ、その紙屑のバックアップは今此処にこの僕が持ってるから、殺す気で来なよ?アメリカンマフィア犯罪シンジケート、アガルスマンファミリー諸君」
“チンピラに武器を売り渡すの、やめてくれないかな”。
USBを懐に仕舞った恭雅は僕に前に出るように言った。……3対の拳銃が恭雅と僕を狙う。
「銃口を見れば何処を狙われてるか分かるだろ?」
それすら分かれば避ける事は容易い。静かに恭雅は口にした。
「……ん、」
恭雅にそう言われたら何故か、やれる気がしてならない。
「将来は殺気を感じたら反射で撃ち落とせるようにさせるけどね……さ、行こうか」
にやりと恭雅は笑う。僕もきっと、同じような悪どい顔をしてるんだろう。
僕らは己が武器を構え、男達に特攻した。
「ふうん……いいの持ってるじゃない。貰っておくよ」
そう言って幾つかナイフと銃を背負い鞄に入れた恭雅は警察に連絡して路地裏を後にする。
「どうだった?初めての対銃器戦は」
「結構、どうにかなるものなんだね」
跳弾でもなければ基本、弾丸は真っ直ぐ進む。銃爪と目線、それと体術に警戒する程度で鎮圧は簡単なものだった。
「アレは下っ端も下っ端だったから。本当の暗殺者や戦闘家だったらこうはいかない」
「分かってるよ」
「……だけど、合格点だよ。喜ぶといい」
ふと恭雅を見るとあの笑みを浮かべていた。
「今尚未熟だけど、君はやはり僕の隣に立つに相応しい」
「……狡い」
「何がだい?」
「こんな時ばかり僕を兄だと呼ぶのは、狡い」
「……、可笑しな子だね。些事ばかりに気を取られる」
君は君だろう?それでいいじゃない。
くすくすと笑って踵を返した恭雅の横に並んで家路に着く。
「好きに生きるといい。自由に、孤高に。それが僕らに相応しい」
「……」
「励みなよ、“恭弥兄さん”?」
「……、やっぱりさっきの無かった事にしてよ」
君に兄と言われるのは気持ちが悪い。
「僕らは対等で、君は僕で、僕は君だ。……それで充分」
「!……、……そうかい」
生まれて初めて僕らが同一であると口にすれば、恭雅は何処か驚いた様な顔をした後に、ふと不敵に微笑んだのだった。
まだ、彼について分からない事はあるけど、それはそれでいいんじゃないかな。僕だって何でもかんでも恭雅に話している訳では無いし。
自由に、気紛れに。何があろうとも僕らは歩いて行くだけなんだから。