雲雀恭雅 6歳(小学校入学直後)
小学校に上がった恭弥が先ず行ったのは風紀委員会の設立だった。本来委員会は5、6年で加入が義務付けられるものであり、更に言えば設立は生徒個人が出来るものではないが、恭弥には関係の無い話だ。校内の秩序を保つ役目を持つそれは案外簡単に受け入れられた。何故かといえば、単に当校が代々不良を輩出する屈指の問題校であった為だ。
幼稚園で従えた数人の部下(尚、群れ嫌いの恭弥はそれを認めていないが)と共に暴力を以て改革を実施。僅か2年でそれを成し遂げる。その功績を認めざるを得なくなった並盛小学校は委員会の発足を宣言した。
「……なんてね、」
「?何か言ったかい、恭雅」
「何でもないよ」
窓のサッシに腰掛けて春の風に当たる。校内に咲き誇る桜の香りが鼻先で綻んだ。
「入学式、出ないんだね」
「当然じゃないか。僕は群れが大嫌いなんだから」
好き好んで痒い思いはしたくない。前世からこれだけは駄目なのだ。
視界の端を色素の薄い髪が流されて揺らぐ。
「同感だね」
こういう場に出ないから雲雀恭弥は知らない人は知らない頂点って事になるんだけどね。まあ気にする程の事じゃない。
……現在風紀副委員長の草壁哲也が代わりに風紀委員会の権威を入学式の場で示している所だ。
「それで?」
「……ああ、その事かい」
言葉少なげに、更には視線を交わせる事無く。
僕は恭弥に1枚の書類を差し出した。
「……何これ、"生徒会執行委員会"、だって?」
「その通りだよ」
委員会設立許可証。校長や教育委員会を相手に条件を提示し、拒否すれば肉体的にも社会的にも完膚無きまでに咬み殺すと脅し取ったそれ。前例があるのだから許可は簡単に通った。
「僕は風紀には入らない」
「……、どうして?」
「君と戦う為さ。決まってるだろ」
恭弥は僕も風紀に入ると思っていた────言葉を変えれば、そう望んでいたようだけど。僕はそれを無視してそう決めた。
「動物は争うから進化するのさ。野性を忘れる勿れ。僕らは此処で止まるべきじゃない。安寧とした天下なんてつまらないだろう?」
「……切磋琢磨って事?」
「弱肉強食って事」
怠慢は咬み殺す。お互いに、ね。
にたりと微笑んで恭弥に目を向ければ、恭弥も僕と同じ笑みを浮かべていた。
「知っての通り、PTAやら教育委員会やらからの恭弥の印象は良くない。暴力で恐怖政治を行うのだから、結果が確固となるまでは仕方の無い事だ。結果が出るまで?そんなの待つ必要はない。奴等は飢えて狩りの出来なくなったハイエナのように、食い残しを啄もうとするハゲタカのように、君の隙を窺っている。その牙は矮小で爪は非力。捕食者には逆立ちしたって敵わないことを知っている。故に常に対抗策を欲しているのだ」
「風紀委員会に対する抑止力……つまりそれが生徒会か」
「条件を提示したら飛び付いてきてね。まあ、小学生のやる事だ、風紀委員会がやり過ぎるのを
「……ふん、弱い草食動物らしい考えだね」
だけど分権は良い考えだ。
風紀委員会が草食動物に安寧と暴虐を齎す。その分集まった一部の恐怖や憎悪等の悪感情を僕が表立って草食動物の味方をする事で解消する。
そうして得た信頼やそれに伴う利権を裏で風紀委員会優遇に回す。風紀委員会は生徒会執行部と連携して上から金を搾り取って渡す。
最も、彼と敵対する事が本命の理由なのだけどね。
「まだ机上の空論の状態だけど。僕に任せなよ、これで利益が出なければ大人しく風紀に入るさ」
「……それならいいけど」
僕を只の小学生と見誤った自らの見る目の無さを悔いるがいい、哀れで惰弱な大人達よ。
……2度と正義感に駆られた恭弥よりは若干温厚な弟、なんて演じないが。背中がゾワゾワする。
この盟約を知らない人間は後にこう話す。
風紀と生徒会は争うもの、雲雀兄弟は仲が悪い、と。
風紀委員会と生徒会執行委員会の正式な任命式は恙無く行われた。小学校の上層部は勿論の事、並盛町内各小学校・中学校校長一同、並盛警察、並盛中央病院院長、並盛町長、果てには雲雀兄弟らと個人の付き合いがあるヤクザの総元締までもが出席し、想定よりも盛大且つ荘厳に、粛々と進められた。多くの意味合いを含む視線を一身に受ける雲雀兄弟は、片やむっすりとした仏頂面で、片や軋んだような裂けた笑みを浮べながらそれらを柳に風と受け流す。
「これでお互い敵対が決定した訳だけど」
「……ふ、怖いのかい」
「言ってくれるね。……逆さ、嬉しいんだ」
「嬉しい、ねえ……言ってごらん、どうしてだい?」
つい、と恭弥はその言葉に恭雅を見遣った。解ってる癖に、と。恭弥は薄く微笑んだ。
「戦う僕達を止める者は誰もいなくなる」
恭雅は目を閉じて薄ら笑う。
「……ふふ、やはり君は僕と同一だ」
腕に腕章を身に付け、己が武器を向け合った。
「秩序を」
赤地に金の風紀の文字。
「正義を」
黒地に銀の生徒会の文字。
此処に風紀委員会と生徒会執行委員会の発足が相成ったのである。
同時に、並盛に恐怖が君臨する事が確定した日となった。
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