偽伝・機動戦艦ナデシコ T・A(偽)となってしまった男の話   作:蒼猫 ささら

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第十二話―――慰霊(後編)

 

 

 食堂の暖簾を潜って私達はテーブルの席に着き、アキトさんは厨房へ戻った。

 それにしても先程は少しびっくりした。私もアキトさんを驚かせてしまったけど、仕方ないと思う。

 あんな形相でリョーコさんはアキトさんに掴み掛ろうとしたのだから。咄嗟にあんな事をしてしまうのは本当に仕方ない。

 

 ただ………………驚かせたというよりも、怖がらせたという感じだったのは釈然としませんが。

 

 それはともかく、リョーコさん達は相変わらずなようで……正確には違って、この頃から余り変わっていない様子。

 ただそれでも未来と違う所もある訳で……久しぶりな感じで懐かしさを覚える――のですが、

 

「微妙にフラグが立っている気がします」

 

 私に促されて謝ったリョーコさんをアキトさんは勿論許した。優しい人だし、根に持つような話ではないからそれは当然なのだけど、

 

―――スバルさんが訓練を付けてくれようとしたのは俺の事を思っての事で、悪気はなかったんだしさ、ありがとう。

 

 そう言ったアキトさんにリョーコさんは微妙に照れた顔をしていた。お礼の言葉が出た事が意外で照れ臭かっただけな気もしなくもないけど、しかし、

 

「前回の事もありますし……やっぱり要注意ですね」

 

 むう……と顎に手を当てて小さく呟く。

 それに――厨房の方へ視線を向ける。アキトさんとサユリさんの距離が近い気がする。あの人は前回明確な行動はしなかったけど、アキトさんに好意を寄せていた事は確認できていた。

 まだ出会ったばかりだから、距離が近く感じるのは気の所為かも知れない。けどやっぱり油断はできない。

 しかし、警戒しようにも今の私ではとても不利。アキトさんは私が未来からの逆行者だと知っているからか、子ども扱いはしていないけれど、それでも大人や同年代の少女として見てくれている訳でもない。

 

「くっ……」

 

 少し悔しさを覚えて軽く唇を噛んだ。

 精神だけでなく、身体も飛べていれば……そうすれば――いえ、それではこの時代のアキトさんより年上になってしまう……それはそれで何か嫌ですし、自分がアキトさんより年上だなんて事は想像が付かない。しかし子供の身体では……――

 

「ルリちゃん、ルリちゃん」

「!? ――あ、はい!」

「どうしたの? 食べないの?」

「え?」

 

 テーブルの向かいに座るヒカルさんが言う。って……あれ? 目の前にチキンライスが? さっき注文してもう届いたの?

 

「なんだ、やっぱ病弱っ子なんじゃねえか。元気無さそうに俯いて、食欲無さそうにして。 ――よし、いらねえなら俺が……」

「……!」

「痛ててってて!!!」

 

 アキトさんが作った私のチキンライスに、不届きにも手を伸ばそうとした愚か者の手を掴んで捻る。そして力の方向を上へやり、

 

「い……ッ」

 

 手首から肩に掛かる負荷……持ち上げられるような痛みに堪らずヤマダさんが席から立ち上がる。それに合わせて私も立ち上がり、相手の重心をズラすようしてグッと前へヤマダさんの握った手を押してから離す。

 

「ッてて、おわぁ!?」

 

 ヒカルさんの左隣の席に着いていたヤマダさんは、椅子を巻き込んで後ろから倒れた。

 

「うわぁ、やるぅ!」

「見事ね」

「すっげーなぁ」

 

 倒れたヤマダさんの方を見ながら、心配よりも称賛の言葉がリョーコさん達から出る。

 

「やれやれ、俺もこんな感じだったのか?」

「リョーコの時は、もっとスゴかったけどね」

「ええ、まさに電光石火って感じだったわ。テンカワ君とリョーコの間に横から小さな影が割り込んだと思ったら――飛んでいたもの。こう撥ねる感じで」

「そうそう、前方にグルンと回転する感じに。で、気付いたらルリちゃんが居て、腕を取ってたんだよね。ほんとスゴかったぁ!」

 

 絶賛といえる言葉に恥ずかしくなる。

 それなりに懸命に学んだとは言え、所詮は業務の合間での事、身に着けられた技は広くとも浅くて……まだまだ未熟としか言いようがなく、しかも殆ど我流となっていて……“道”からはほど遠く正道とは言い難い。

 サブロウタさん曰く「艦長のは手段(道具)に成り下がっている」との事で、正直そういった賛辞を受けられないものだ。

 ……まあ、そもそも私は武術家ではないのだから当然ですが。

 

「今のもまるで、どこかの大統領のボディーガードを組み伏せた達人みたいな感じだったし」

「……ヒカルさん、それ以上は流石に恥ずかしいので……」

 

 その話……映像は私も知っている。サブロウタさんが尊敬する人物の一人で200年以上前の武道家だ。“柔ら”を学ぶ際に参考として見せられた。

 そんな達人と同様に語られるのは恥ずかしい所ではない。

 

「照れる事ないのに~」

「恥ずかしいものは恥ずかしいので……」

 

 ヒカルさんがウリウリッと言って指先で私の頬を突っつく。友情・親愛の表現なんだろうけど、半分以上はからかいと私の柔らかな頬の感触を楽しんでいるように思う。

 ヒカルさんらしいですが。

 

「アタシはルリが恥ずかしがる気持ちは分かるけどな。まあ、あれだろ。未熟だって、まだまだなのに……それを褒められてもなぁ。……俺も家の事で居合やってるから何となくその気持ちが分かるぜ」

 

 リョーコさんが言う、うんうんと頷きながらしみじみと。流石に武道を嗜むだけに中々的確な意見。

 

「でもその年でそれだけの事が出来るのだから、大したことに変わりはないわ。機会があれば私に教えて欲しいものね」

 

 イズミさんはシリアスモードでこれまた真剣に私を見る。かなり興味を持たれた模様。未来で武術の達人になっていることを思うと分かる気がする。

 するとリョーコさんもヒカルさんも興味津々に私も私も、俺も俺もと話し掛けてくる。

 ……少し勘弁して欲しいです。

 

「だぁはっ!! 俺を無視してんじゃねぇ! ……そこの病弱っ子! 油断したぜ! さては――」

「――皆さんお話も良いですけど、折角の暖かい料理が冷めてしまいます。食べましょう」

「って、おい! 無視すんな!」

 

 チキンライス美味しいです。アキトさん、記録があるお蔭か前回のこの頃よりも腕を上げていますね。パイロットとしての技量だけでなくてちょっと安心してしまいます。これならテンカワ風チキンライス並びオムライスも火星までの航海の間に完成を見られるでしょう。実に楽しみです。

 ラーメンの方も前回のように協力して……いえ、少し反則ですが例のレシピを教えるというのもアリですね。もしかしたら記録にあるのかも知れませんが……。

 

「おい!」

「喧しいです。食事中ですよ」

 

 失礼にも指を突き付けてくるので、今度はその指から捻ってやった。

 

「おわぁぁ!?」

 

 また椅子を巻き込んで倒れるヤマダさん。

 

「ヤマダ~、確かに喧しいぞ」

「ヤマダさん、落ち着いてもう食べよう」

「ヤマダ、埃が舞うわ」

 

 倒れるヤマダさんに三人が言う。

 

「ダイゴウジ……ガイだ」

 

 倒れて指の痛みに悶えながらも真の名前だとか、魂の名前だとかいうのをあくまで主張するヤマダさん。

 ちなみに食堂に入る前、自己紹介にやはりそう名乗ったので親切に訂正してあげた。

 アキトさんは、どうしてかヤマダさんをガイと呼ぶので、あの場にはそれが出来るのは私しかいなかったからだ。

 もしヤマダさんがヤマダさんだとあの場で知られず、リョーコさん達が勘違いしていたら、後からアキトさんは嘘吐き扱いされていたかも知れない。

 偶然とはいえ、あの場に居合わせられて良かったです。

 

「ご馳走様でした」

 

 食材とそれを作った農家さんや糧となった命、そして調理してくれたアキトさんに感謝を。手を合わせてお辞儀する。

 

「わっ、空っぽ。大盛りで結構な量だったのに、ルリちゃん食べるんだねぇ」

 

 ヒカルさんがこれまた恥ずかしい事を言う。厨房にはアキトさんも居るのに。頬が熱くなる。

 

「私、ナデシコのオペレーターですから」

 

 言い訳する訳ではないが、右手を上げて意識を集中……見えないスイッチを押すように手の甲に淡く輝くタトゥーを浮かび上がらせる。

 

「ああ、そうだったな。IFS持ちはカロリーが人より必要だかんな」

「……ダイエットに結構いいよね」

「食べないダイエットは良くないわよ」

 

 納得するリョーコさんだが、ヒカルさんとイズミさんは妙なやり取りをする。

 ……ダイエット、カロリー消費。……私が同年代より発育が悪く、未来でも小柄で華奢だったのはそれが原因なのでしょうか? やはり……。

 情操教育も悪かったですし、そういった子は発育に影響が出ると言いますし……その上でIFS強化体質。

 

「――……ホウメイさん! おかわり!」

「え? まだ食べるの!?」

 

 驚くヒカルさん。ええ、食べますとも。未来を変えてより良い体形(しょうらい)を手に入れる為にも!

 ただでさえ、子供の身体で不利なんですから! 成長期にある今を少しでも有効に使えば半年、一年でそこそこの結果は出る筈! 地道ですが努力は実るものです!

 

 

 

 

「テンカワ、ルリ坊からおかわりが来てる。今度もアンタのご指名だよ」

「はい、分かりました」

 

 ホウメイさんに頷いて調理に取り掛かる。

 にしても……やっぱりチキンライスが好きなんだな、ルリちゃん。

 んー? 折角だし次はオムライスにしてみるか、勝手するのは拙いような気がするけど、喜んでくれそうな気がするし、あ……でも二杯目だしきつくなるか? 朝食だし……なら今度にしよう。

 

「しかし、ルリ坊も仲良くやれているようで良かったよ。あんたが来てからかねぇ」

「?」

 

 その声に振り返るとホウメイさんは、ルリちゃんとガイとリョーコ嬢達の方を微笑ましく見ている。

 

「余所見は禁止だ。まあ、調理しながらで良いから聞いてくれ」

 

 注意されて、俺は慌ててフライパンに視線を戻す。

 

「……あの子と会ったのは二週間前、物資の搬入やら船の最終調整やら、そしてクルーの講習や教習やらと、ナデシコの出港準備期間だったんだが……ルリ坊は率直に言って、いっつも無表情で笑わない子だったんだ。人付き合いもあんまり進んでしようとしないし、まあ……まともな環境で育っていないってのは、一目見て分かってはいたから無理もないと……そう思ってはいたけどね」

「そうなんですか?」

 

 ホウメイさんの話を聞いて、俺はフライパンを振るいながらも首を傾げる。

 ルリちゃんは一年前、火星が侵攻された日にボソンジャンプで飛んできた筈。未来のあの子なら表情はそれなりに豊かな方だと思うのだが……。

 

「でもさ、テンカワが来た翌々日。寝不足で辛そうなアンタを心配しているルリ坊の顔を見て私はかなり驚いた。この子はこんな顔を出来たのか? って、しかも私が休んで良いってテンカワに言った後にホッとして嬉しそうにするんだ。さらにビックリさ」

「……もしかしてあの時、休みの許しをくれたのって」

「まあ、そういう事さ」

 

 ふーむ、なるほど。だからホウメイさんあの時にルリちゃんに感謝しろって言った訳か。

 あの時もルリちゃんに免じてというのは分かっていたけど、改めてホウメイさんのその意図が分かったように思える。

 

「事情は分かんないけど、ルリ坊はアンタを信頼してるんだね」

「ええ、まあ……」

 

 頬を掻く。何というか複雑である。言うまでもなくルリちゃんが信頼しているのは“アキト”だからだ。

 

「……やっぱ事情があるって事か。その顔を見れば判るよ。詮索する積もりはないけどね。でもさ……あの子の信頼には確り応えてやりなよ。ルリ坊がああやって嬉しそうにしたり、怒ったりしたり、クルーと触れ合おうとするのは、きっとテンカワが居るからなんだろうしね」

 

 ホウメイさんは何も聞かないと言う。けど、その言葉は中々に重いものだ。しかし、

 

「ええ、それは勿論です。俺もルリちゃんの事が大切ですから」

 

 迷うことなく自然とハッキリとそう答えていた。

 

 

 ただ気にはなる。俺が来るまで表情が乏しかったという事が。

 そんな事は無いとも思うのだが……――いや、未来から一人放り出されたようなものだから不安があったとも考えられるか。

 だから俺が同じ未来の“彼”だと期待したのかも知れない。……結局、それには応えられなかったけど、“記録”を持っているという事で多少は不安を和らげられたのか……? 似たような境遇で共に頑張ろうと言った事も。

 だとしたら偽物だとか、憑依者だとか言わなかったのは正解だったな。

 今更ながらに自分の選択を褒めたい。卑怯で臆病な選択でもあったけど、それがルリちゃんの為にもなったなら少しは嬉しくはある。

 

 けど、同時にそれを裏切る事になった時が来ることが余計に怖くなった。

 

 

 と、チキンライスが出来た。

 

 何にしろ、その時が訪れるまではあの子には笑っていて貰いたい。こんなささやかな料理でも美味しく食べて幸せを感じて貰えれば……だが、その後は――

 

 

 

 

「メグちゃんは今日お休みするって」

 

 朝食を終えてブリッジに顔を出すと、ミナトさんは挨拶の後にそう言った。艦長以下、他のクルーの姿はない。サツキミドリ側と会議なり調整なりがあるのだと思う。

 

「そうですか、やっぱり……」

「ええ、昨日の戦闘の事が堪えたみたいね。人……沢山死んだもの」

「……メグミさんは、通信士ですしね」

 

 サツキミドリから救援を求める声と共に切迫した状況をしつこいくらいに聞いていた筈。もしかすると戦闘機パイロット達の通信も拾っていたかも知れない。

 メグミさんやミナトさんや私も含め、ナデシコクルーの大半が住まう日本は基本戦場とは程遠い地域だ。戦場となっているのは大陸の戦線。

 ビッグバリアの完成以後、チューリップが落ちていない事からも何とか多くのチューリップ並びにそこから出る無人兵器をユーラシア大陸の各戦線に押し込められている(他にも北米のカナダやアフリカ大陸中央部などにも少なくないチューリップがある)

 それでもサセボの時のように、沖縄や北九州などに戦線を抜けて少なくない数の無人兵器が押し寄せる事はあるけど。

 

 しかし、そう多くない事から戦時でありながら、戦いというものは日本に住まう私達には対岸の火事。身近とは言い難い出来事だった。

 けれど、今回の戦闘でそれを感じてしまった。TVやネットの向こうにあった戦争が間近に迫ったのを。

 

「ミナトさんは平気なんですか?」

「……そうね。緊張はしたけど、怖くはなかったかな? 私は操舵士でナデシコがサツキミドリに到着する前に戦闘が終わったからかしらね。だから実感が乏しいだけかも知れないけど。ルリルリは?」

「……私はこれといって何も?」

 

 ミナトさんに答えると、不思議そうな顔をされた。そんな事は無いでしょ? と言いたげだ。

 私も不思議な顔を返す。正直に言ったとでも答えるように。前回ナデシコに乗って何度も戦闘は経験しているし、未来では軍人だったのだ。

 

「でもルリルリは不安そうじゃなかった? 緊張しているかも? って言っていたし……」

 

 言われて思い出す。確かに心配されて緊張していると答えていた。でもあれは……どう言うべきか言葉に詰まった。

 

「……」

「……そこで黙っちゃうんだ。でもさっきの何も? っていうのもホントっぽいわね」

 

 そう言うとミナトさんは私を顔を見詰めるようで、視線を上向かせて宙を見るような……何かを考え込んでいる様子。

 

「ふーん、そっか」

 

 何かを思い付いたのか、ミナトさんはニヤリと言った感じで笑う。何か楽しげな玩具を見つけた子供のような表情だ。

 私は少し嫌な予感を覚え――

 

「確かあのパイロットの男の子……アキト君だっけ?」

「……!」

「ふふふ、当たりみたいね。やっぱりそうなんだ。へー」

 

 アキトさんの名前が出た為、覚えた予感に警戒する事も出来ず、思わず肩をビクリと震わせてしまった。

 そんな私を見てミナトさんは本当に楽しそうだ。

 

「女の子になれるって言ったけど、もうとっくに女の子だったんだ」

 

 嬉しそうに笑う。

 私はそんなミナトさんの顔が見られず、俯くしかない。アキトさんへの想いを隠す積もりは無かったけれど、こう人に知られるのが恥ずかしいなんて……。

 頬が熱い。アキトさんに言われたプロポーズめいた言葉を思い返した時のように。

 

「うわぁ……真っ赤か。首や手まで……って、ちょっ! 大丈夫、ルリルリ……!?」

 

 楽しそう、嬉しそうだったミナトさんの声が心配したものになる。頭が少しふらふらする。

 

「水! 水! ミネラルウォーター持って来ていて良かったわ。ルリルリ、これ飲んで、落ち着いて!」

「は、はい」

 

 火照ったような暑さに意識を捉われた私は、言われるまま冷たいペットボトルを受け取って口を付ける。

 口に入って広がり、喉を通って感じる冷たさが心地良い。

 

「ぷは」

「ふう……落ち着いたみたいね。お風呂でもないのにのぼせかけるなんて……」

 

 初心なのね……という呟きが聞こえた。また頬に熱が灯り、その熱を追い出す為に私は深呼吸する。

 

「余りからかうような事を言うのはダメみたいね。……じゃあ、ちょっと真面目な話をすると、あの時、不安そうだったのはそういう事なのね」

 

 ミナトさんはそう言う通り、真面目な様子で話し掛けてくる。

 

「戦いに出るアキト君が心配だったんだ」

「……はい」

「そっかぁ、色々と気になる事はあるけど、それはまた今度プライベートで時間がある時にするとして、そうよねぇ……好きな人が危ない目に遭うんだものね」

 

 考え深げに納得した風なミナトさん。

 私が昨日の戦闘で不安そうだった様子と、先程何も? と答えた事に合点がいったのだと思う。

 変に複雑な事だけど、戦闘に恐れはあるけど、戦闘その物には別段これとって恐怖は無いという感じなのだ。

 

「でも、これからはその心配もないんじゃない? ヤマダ君以外の正規のパイロットっていう人達も合流したみたいだし、アキト君は本業はコックでパイロットはサブだっていうし」

 

 楽観的な明るい口調でミナトさんは言う。考え無しでそう言ったようにも聞こえるけど、向ける優しげな視線を見るに私を安心させようと思っての事なのが分かる。

 けど……私は首を横に振る。

 

「……それは……」

「違うの?」

 

 問うミナトさんに今度はコクリと静かに頷く。

 

「サブパイロットなのは間違いないですけど、戦力は多い方が良いですし、これからもアキトさんが戦闘に出るのは変わりないと思います」

「なら、ミスター・ゴートか、艦長に言って……」

「それでも無理です。艦長は分かりませんが、貴重なパイロットを手放す事はゴートさんは受け容れ難いでしょうし……何より」

 

 ミナトさんから視線を落とす。

 

「何よりアキトさんがそれを望みません。あの人は戦ってしまうから……」

 

 そう、アキトさんは未来を変える為にもパイロットを続けなくてならない。そしてあの人は戦わずジッとしている事が出来ない。戦う事でナデシコを、もしくは今回のように見知らぬ誰かを守り、助けられるなら……って。

 

「頑張るとも言いました。だから私は信じたいんです」

 

 そんなアキトさんの意思を変える事はできない。変えようとして、例え受け入れられたとしてもそれでもきっと戦ってしまう。

 だから私は信じるしかない。頑張って未来を変えようとする意志を。その優しい在り方を。

 それに私自身、そんなアキトさんの意思を無理に変えようとしたり、捻じ曲げたりはしたくはない。

 

「……」

 

 私は顔を上げる。落としていた視線を真っ直ぐミナトさんに向けた。

 アキトさんが戦いに出るのは不安で確かに怖い。正直今も戦って欲しくないと思っている。けど……それでも、私はあの人の意思を尊重したい、優しさを否定したくない――そう告げるように、ミナトさんを見返した。

 

「ルリルリ……」

 

 ミナトさんから心配げな声が零れた。けど……、

 

「……そっか、そんなにアキト君の事が好きなんだ。想っているのね」

 

 優しく私を見つめて笑顔でそう言った。母性に満ちた本当に慈愛に溢れた顔だ。私が知るミナトさんの表情の中でも一番好きな顔。

 もう長い事見ていない気がして、とても強い懐かしさを覚えた。いえ、実際に長く見ていない、前の世界でミナトさんと最後にあったのは何時だっただろう……? ユキナさんとはよく顔を合わせていたのに。

 

「なら、どうこう言うのは野暮ね。馬に蹴られたくないし」

 

 優しい笑顔の中、クスリとした笑いも見せる。

 

「応援するわね、ルリルリ」

 

 

 

 

「……それで私の事はいいですけど、メグミさんが……」

 

 向けられる優しい眼差しに暖かさを覚えながらも、照れもあって話題を変える為に改めてメグミさんの事を言う。

 口実にして申し訳なさはあるも、実際心配だ。

 

「そうね、彼女も心配よね」

「はい」

 

 今回はどうなるのか? サツキミドリは前回のような壊滅の憂き目は避けられたけど、メグミさんの受けたショックは変わりない……いえ、もしかすると前回以上に堪えているかも知れない。一瞬で壊滅しなかった分、長く続いた戦闘の中で多くの通信(こえ)を聞いたのだ。

 

「……降りちゃうかも知れないわね」

 

 それもあり得ると思う。サツキミドリは無事で、戦闘待機中に行われた昨日の艦長達とコロニー側の話し合いで住人の退避に関する話も出ていた。

 多くが地球へと向かうらしい。宇宙軍第二艦隊もそれを支援・警護すると言っていた。それにメグミさんが付いていく可能性はある。

 

「……心配です」

 

 ポツリと言う。メグミさん自身もそうだけど、彼女がいなくなったナデシコがどうなるのかが。

 確かにメグミさんは通信士として卓越したスキルを持っている訳ではない。けど、人気声優だけあってその声は良く通っていて聞いていて中々心地が良い。業務の合間に掛かる放送で彼女の声を聞いて疲れを和らげたり、やる気を出そうとするクルーもいるだろう。

 これから経験を積んで戦闘でも落ち着く事が出来れば、そのよく通る落ち着いた声によって戦闘中でも各部署の艦内クルー達は冷静に行動でき、士気を保つ事が出来る筈。混乱が起きた場合でも助かる事が多々ある筈だ。

 私も艦長だったからそういったことの重要性は分かる。私自身、艦内全体に放送を掛けてそういった役割を担う事は一度やニ度ではなかった。

 だから出来ればメグミさんには残って欲しいと思う。ただ性格のことを思うと酷であるようにも思うから無理は言えない。

 けど、今回はどうなるか分からないけど、前回では白鳥さんが捕虜になった際、彼が脱出できたのは彼女のお蔭な部分もある。それを考えると――

 

「――……降りて欲しくないです」

「ええ、折角仲良くなってきたんだもの。でもやっぱり難しいのかもね」

 

 ミナトさんの声は複雑そうなものだった。メグミさんへの心配があり、私と同じく彼女の事を思うと降りた方が彼女の為なのでは? と考えているようだった。等量に出来れば一緒にナデシコで仲良くやっていきたいという思いもある感じだ。

 

「……」

 

 やっぱりそうするしかないのでしょうか?

 メグミさんの今の居場所は……コンソールにコネクトして――展望室。前回と同じらしい。私も覗いていた訳じゃないから人伝……というかメグミさん自身から聞いた事だけど、前回はそこでアキトさんと話をして元気を取り戻したと言っていた。

 けど……アキトさんに連絡を取るか迷う。

 

「………………」

 

それが切っ掛けでキスしたとかも言っていましたし……いえ、前回と同じになるとは限りません。

 母性タイプ(ミナトさん曰く)なメグミさんは、今のアキトさんに惹かれる可能性は低い筈。記録で未来の事を知ったからか、アキトさんは前回に比べて意思が定まって強くなっているんですから。

 ……悩んだり苦しんだり、弱い所も相変わらずありますけど。けど、けど……、

 

「……信じていますから、アキトさん」

 

 ミナトさんに聞こえないように小さく呟いてからメールを送った。

 

 

 

 

 ルリちゃんからメールが来た。

 メグミ嬢が仕事を休んでいるとの事、昨日の戦闘でショックを受けているらしいとの事、艦を降りてしまうかも知れない事、話をして欲しいとの事だった。

 

「うーん」

「どうしましたテンカワさん?」

「ッ!?」

 

 話しかけられて慌ててウィンドウを消す。手が空いた時だったとはいえ、仕事中にコミュニケを弄るのは褒められた事ではない。ルリちゃんからという事でつい開いてしまったが。

 

「いや、何でもないよ」

 

 声を掛けてきたサユリさんに頬を掻きながら答える。

 

「……コミュニケ弄ってましたよね」

「う……見てた?」

「はい、見ました。まあ、これもマナー違反ですけどね」

 

 見ましたと生真面目な声で言いながらもクスクスと笑うサユリさん。俺の焦った顔が面白いらしい。あと他人のコミュニケを覗くような事をしたのを誤魔化しているっぽい。

 

「誰かからのメールのようでしたけど」

「あ、うん」

 

 視線を調理台に戻して作業を再開して言うサユリさんに、俺も作業に戻って答える。

 

「艦長からですか?」

「いや、ルリちゃんから」

 

 作業に意識を持って行った所為か、つい誰からか言ってしまった。……隠す事ではないのかも知れないけど、人には言えない協力者関係という事もあってやや迂闊さを覚えた。

 

「……仲良いみたいですね。さっきホウメイさんもそんな事言ってましたけど」

「まあ、ね」

 

 先程の話を聞かれていたらしいが……何だろう? 探るような声色だ。

 何か変な疑いを持たれているのか? まさかルリちゃんと仲が良い事でタイーホな案件を疑われているとか? やはりこの時代でもちょっと子供に道を尋ねたりしただけで、110番される程に世間の目は厳しいのだろうか?

 あ、ちょっとトラウマが……。俺は何も悪くないのに……。

 

「え? テ、テンカワさん、何泣きそうになっているんです……!?」

「な、なんでもないよ。ちょっと玉葱が……」

「……それニンジンですよ」

 

 少し目尻から汗が出てしまい、サユリさんは焦ったような戸惑ったような顔をする。

 

「まあ、とにかく、何でもないよ」

「そ、そうですか」

「ほら! そこ! くっちゃべってんじゃない!! 口より手を動かしな!」

 

 ホウメイさんに叱られてしまった。慌ててサユリさんと口を揃えて「はい!」と答える。

 うーん、忙しい所為でホウメイさんの目が厳しいし、今はメグミ嬢の所へ行くのは難しい。俺も気にはなるけど……どうしたものか?

 

 

 

 一時間後の10時半ごろ、一応休憩が出た。

 

「ホウメイさんちょっと出てきます」

 

 調理で付いた手の汚れを落とし、そう言ってから俺は厨房を出て展望室へ向かった。

 どうもまだそこに居るらしい。ルリちゃんが気を使ってくれたのか、それともオモイカネの判断なのか、食堂を出た直後、メグミ嬢の場所をウィンドウが浮かんで教えてくれたのだ。

 

「ありがとう」

『どういたしまして』

 

 展望室の前、先導するように俺の前を浮かんでいたウィンドウにお礼を言うと、そんな文字が表示された。

 どうやらオモイカネだったようだ。ルリちゃんの意図を汲んで自主的に動いたらしい。

 展望室のドアを潜ると、見えたのは夏の黄昏時と思われる光景だ。暗くなくやや陽が強く高めの夕焼け。

 その中を、赤い陽に照らされた芝生の上に腰を下ろしている小柄な背中に向かって歩を進める。

 

「あ……」

 

 芝生を踏む音でこちらに気付いたらしい、メグミ嬢が顔を振り向かせる。如何にもといった感じの落ち込んだ表情だ。

 目元が赤く目尻に涙の跡が見えるが、気付かない振りをした。泣いていたのか等と誰かに言われたくはないだろう。

 

「……テンカワさん」

「おはようメグミさん」

 

 レイナードさんと呼ぶべきかと思ったが、しっくり来なかったので失礼かと思ったが名前で呼んだ。

 

「おはようございます」

 

 挨拶が返る。名前でも問題ないらしく気にした様子はない。

 

「どうしたの? 展望室で。お仕事は?」

 

 休んでいるのは知っていたがそう尋ねた。

 

「テンカワさんは?」

「今は休憩。メグミさんも?」

「あ、いえ……」

 

 顔を沈ませて正面を向いて、抱えた膝と腕の上に置く。

 

「隣良いかな?」

「……はい」

 

 返事に間があった。しかし断らない所を見ると拒絶はされていないようだ。一人にはなったが、誰かに心境を聞いて貰いたいとも思っているのかも知れない。

 

「何かあったの?」

 

 なので先ず率直に尋ねてみる。

 

「………………」

 

 返事はなし……か。

 しかし、やはり拒絶した雰囲気は無いように思う。もう少し待ってみるか。

 

 

 

 

 

 

「テンカワさん、怖くありませんでした?」

 

 五分ほど経ってからだろうか、メグミ嬢が口を開いた。

 

「戦って、戦場に居て、人が死んで……もしかするとテンカワさんだって……」

 

 泣きそうな声だ。いや、ホントに泣いているのかも知れない。膝の上で組んだ腕に隠れて顔は見えないが。

 とりあえず唐突な言葉だったが、言いたい事は見当が付くので答える。

 

「そりゃ怖かったさ」

 

 正直に言う。強がっても意味はないし、そんな言葉をメグミ嬢が求めている訳でもないと思い。

 

「……戦場に見える光が近づくにつれて、バクバクと心臓が鳴って緊張した。うん、怖かったよ」

「……」

「でも、逃げようなんて思わなかった。あの光の中で多くの人が同じ恐怖を抱いて戦っていて、そして助けを求めていると思ったから」

「……」

「俺が少しでも巧くエステを使えて、少しでも上手く戦えば、それだけ人を多く助けられるって思ったから、だから逃げようだなんて思わなかったし、戦えた」

 

 あの時の気持ちを思い出しながら答えた。少しかっこつけていないか、クサくないかとも思ったが、それが正直な思いだ。

 

「強いんですね。私だったらそんな風には思えません。きっと泣き喚いて逃げ出していたと思う」

 

 膝の上で俯いたままメグミ嬢は言う。羨ましそうに。

 俺は首を振る。俯いた彼女には見えないだろうが、その気配は伝わっただろう。

 

「……そんな事は無いと思う。俺も強くなんてないよ。確かに泣き喚いたり、逃げ出したりはしなかったけど、そう思えたのは臆病だからだとも思うし」

「……臆病、ですか?」

 

 不審げながらもキョトンした意外そうな声、首を動かしてメグミ嬢はこちらに視線をちらりと向ける。

 

「ああ、戦わない事が、助けに行けない事が、見捨てるのが怖かったからだとも思うんだ。そんなのは情けない、弱虫だって。戦えるのに、その手段があるのに何もせず、逃げ出すのは卑怯者だって言われたくないからね」

 

 これも本音だ。戦うのは怖いけど、何もしないままの方が怖い。出来る事があるのにそれをしなかった所為で後悔する事が怖い。

 もし、あの時、戦わずに多くの人が死んだ事を知ったら俺は自分を許せなかっただろう。誰かに卑怯者と呼ばれる以前に自分で自分の事を怒っていた。

 けど、

 

「……けど、助けに行ったけど、助けられなかった人も多くいた。目の前でバッタの銃撃で、ミサイルで、或いは体当たりで、……辛かったし、苦しかった」

「それでも、テンカワさんは戦ったんですよね」

「うん、悔しかったから、これ以上死なせるもんかって怒りをぶつけるようにね。いや、実際怒っていた。敵にも、自分にも」

 

 そう、結局は後悔も怒りも残った。多くの人を助けられた筈なのに。目の前で消えた命に。その命を助けられなかった自分に。

 

「それで結構悩んだ。今のメグミさんのように。死んだ人の事に、助けられなかった自分に」

「……でも、今は平気そうですね」

「うん、ガイが…ヤマダのことなんだけど、アイツが言ったんだ。だからってウジウジ悩んでもしょうがないってね。それで落ち込んだ所でどうしようもないってね。そんなんじゃあナデシコは守れないって」

「……」

「それにこうも言っていた。悩んでいても死んだ人間は帰って来ない。なら自分たちに出来るのはその人間の意思を継いでやるだけだって。……まあ、アイツは考え無しで言ったんだろうけど、俺も誰かを守る為に戦った人の意志に報いるのは正しいって思った」

「……意志」

「そう、意志。あそこで戦った人達は助けを求めていたけど、それは何の為だったのかな? 死にたくない、怖いってだけだったのかな? 違うと思う。あの時、助けられたパイロットの一人がさ。機体に酷いダメージを負っていたのに、まだ戦闘が続いて危ないのに、他の仲間の所に、コロニーを守る為にも自分を放って戦いに行け! って言ったんだ」

 

 

 あのパイロットはどうなったんだろうか? ふとそんなことが過る――が、言葉を続ける。

 

「サツキミドリで戦った人達は誰かを守ろうとした、仲間やコロニーに住む人々を、なら俺もそれを見習おうと思った。俺も誰かの為に、何かを守る為に戦おうって。それが死んでいった彼等に報いる事になると思って――――……カッコつけすぎだなこれは」

 

 メグミ嬢が何時の間にか顔を上げてこっちをジッと見ている事に気付き、恥ずかしい事を言っていたように思えた。

 いや、実際、カッコ付け過ぎだ。本心からの言葉とは言え、素面で言う事じゃない。頭を抱えて悶えそうになる自分がいる。

 ……これが若さか。などとそんな言葉も過る。この身体の肉体年齢に引っ張られているのだと、その所為にしたかった。

 ……さらに思えば、ルリちゃんにもあの時、パイロットになった時にカッコ付けていたような気が――ルリちゃんは笑顔だったけど、本当はどう思っていたんだろうか? 聞きたいけど、聞けない……!

 

『厨ニ病全開ですねアキトさん』

『黒歴史確定ですねアキトさん』

 

 などと冷静にか、良い笑顔でルリちゃんに言われたら立ち直れない。……つーか自分の首を掻っ切りたくなる。

 

「テンカワさん」

「ん?」

 

 内心でぬおお……! と頭を抱えているとメグミ嬢に名前を呼ばれた。

 

「私にも出来る事はあると思いますか? その亡くなった人達の為に」

 

 先程までの泣きそうな声に比べたら実に芯が通った声だった。あんなカッコ付けた言葉で立ち直ったのかな? と思いつつ少し考える。

 

「あると思うよ。メグミさんにも出来る事が、だってそれが生きているって事だから」

 

 そう言っていた。――おう……またこんな台詞を。思ったままの言葉……本心だけど、これはほんとに若さに引っ張られているのかも知れない。

 ……まあ、変に思われないのであれば、深く考えずにいよう。

 

「そう、ですね。……私達は生きているんですもんね。――分かりました。私も過ぎたことを悩んでばかりいないで、今を、そしてこれから出来る事を考えてみます。テンカワさん、ありがとうございました」

 

 スクッと立ち上がって夏の斜陽の光にも負けない、十代半ばの少女らしい明るく輝かしい笑顔を見せ、メグミ嬢は俺に頭を下げて展望室を出て行った。軽やかな足取りで。

 

「――立ち直ったみたいだな」

 

 その事にはホッとするが、釈然としない思いもあった。励まそうという意図は勿論あったが、ただ俺は言いたい事を言っただけなような気もするからだ。

 それが本当にメグミ嬢の為になったのか、今一つ分からない。

 

「……分からないけど、良いのかなこれで?」

 

 一人首を傾げた。

 

 

 

 

「優しい人なんだ」

 

 彼女……機動戦艦ナデシコの通信士であるメグミ・レイナードは自分の部屋に戻るなり、そう呟いた。

 そう言葉を向けた対象は先程展望室で話をしたテンカワ・アキトだ。

 

「自分の事を臆病だと言っていたけど……」

 

 それも事実なのだろうか、違うともメグミは思う。

 本当に臆病であれば、戦わずに逃げ出している筈だ。なのに戦って多くの人を助けようとしたのは強く勇敢で、優しいからだと思う。

 

「凄いな、テンカワさん。私とそんな歳は違わないのに……」

 

 そんな凄い彼を見習いたいと思った。自分も彼が見習いたいと思った戦闘機のパイロットのように。

 

「うん、悩んだって苦しいだけだもの。それに悩むくらいならその人達の為に何かをしてあげるべきだよね」

 

 部屋にあった化粧棚。その鏡に映る自分の顔を見て気合を入れる。と同時に目元が赤く、目尻に涙の跡が見えた。

 

「やだ、もしかしてテンカワさんに見られちゃった……!?」

 

 気合いを入れたのも束の間、その事実に気付いてメグミは恥ずかしくなる。赤く泣き腫らした目元、やや充血した目、みっともない涙の跡……正直余り見られたものではない。いや、実際はそれほど気にするほどではないのだろうが、若い少女とも言える歳にある彼女にとっては大問題だ。

 ましてや同年代の異性にそんな顔を見られた。そのショックはメグミのような年頃の娘には決して小さくない。

 

「うう……恥ずかしい……」

 

 両手で顔を覆ってしまう。だが、

 

「うん、ウジウジしても仕方ないもんね!」

 

 先程の彼の言葉を思い出して気合を入れ直す。

 

「変だって思われたなら、次はそう思われないように確りとした自分を見せればいいんだし!」

 

 グッと拳を握って、よし! と鏡に向かって更なる気合い注入の為に己に活を入れる。

 

「先ずは――」

 

 そうして彼女は自分の出来る事を考えて――

 

 

 

「歌、ですか?」

「はい! 亡くなった人達を厳かに送りたいっていうのも分かるんですけど、少しでも明るく笑って見送ってあげたいんです! 私達は貴方達のお蔭でこうして生きていられる。これからも大丈夫だから心配しないでって、亡くなった人達も笑顔で安心して逝けるように! 感謝と想いを乗せて! そして残された遺族の方達にも元気を出して欲しいんです! ただ悲しむだけじゃなくて、前を向いて彼等が戦った意味に報いて欲しいんです! だから――」

「――だから、悲しみを乗り越えて笑って見送りたいと」

「はい!」

 

 メグミはブリッジに出て、そう思いの丈をぶつけた。それが自分に出来る事だと思ったから。

 

「ふむう……」

 

 プロスペクターは唸り、他のブリッジクルーやウィンドウに映るサツキミドリ2号の責任者達も考え込んでいる。

 悲しみを抱える遺族や同僚や仲間、その彼等、彼女等にメグミの主張が受け入れられるのか? とそれを考える。

 彼女の主張も分かる。しかし厳かに送る事こそ定番である。だが悲しみを払拭して乗り越えようという思いも分からないでもない。いや、しかし、それでも――と。

 

「やりましょう」

 

 ナデシコ艦長ミスマル・ユリカが言った。

 

「メグミさんの意見に賛成です。今回の戦闘で本艦の中にもふさぎ込んでいる方も居られます。そんな雰囲気を払拭する為にも、戦った彼等に報いる為にもそれが一番だと思います。それに――メグミさんの言葉を聞けばきっと遺族の方々も分かってくれると思います。それも亡くなった人達への悼み方なんだって」

 

 この言葉が後押しとなった。

 

「ふむ、ではやりましょう」

 

 プロスペクターがやや大仰に頷き、サツキミドリ2号の責任者も追従した。

 

『ええ! 遺族の方々にはその旨を伝えます。同僚や仲間へも。……メグミさんとおっしゃいましたか』

「は、はい」

『ありがとうございます。そうまで戦ってくれた彼等の事を思ってくださって』

「い、いえ……そ、そんな、ただ私は何も出来なかったのが嫌で、だから今になって出来る事が何なのかって……でも、その、歌う事しか思いつかなかったのが……ちょっと……」

『いえ、十分です。貴女の想いは伝わりました。見知らぬ彼等のためにああまで一生懸命に意見して下さったのです。サツキミドリ2号の一同を代表して感謝致します。メグミさん』

 

 思ってもいない感謝の言葉にメグミはワタワタと慌てた様子で身振り手振りで言葉を紡ぎ、ウィンドウに映るコロニーの責任者たる壮年の男性は、少し微笑ましそうにしながらも丁寧に頭を下げた。

 恰幅も良く上品そうな男性に、そんな対応をされた経験の無いメグミはこれにさらに恐縮してしまった――が、

 

 

「では、僭越ながらナデシコ通信士メグミ・レイナードが、命を賭して戦ってくれた彼等が安らかに旅立てるように、そして皆さんがそんな彼等を大丈夫だと笑って見送れるように、心を込めて歌わせて頂きます」

 

 その日、ナデシコクルーとコロニーの住民の大勢が耳を傾ける中、彼女は見事大役を果たす。

 

 人気声優であった事に恥じない素晴らしい歌唱力を披露して。

 

 厳かさを壊さないバラード調の、されど今を生きる人と今世を旅立つ御霊を明るくさせ、笑顔で導くであろう歌がコロニーとその周辺域に音と電波で流れた。

 

 

 

 




 ルリちゃんがガイに当たりがキツイのは、アキトとオモイカネをゲキガンガーオタク(悪の道)へ招きかねないからです。
 あと、前回早々亡くなった為、余り思い入れがないからでもあります。ついで病弱っ子呼ばわりも地味に根に持ってます。

 アキトの優しさに関する印象は、本人は自分の為に未来を変えるという認識が強い為に無自覚であり、傍から見るルリちゃん(ユリカさんもかな?)だけが気付いているところがあります。メグミさんとの会話にも一端が見られるように本人に言えば強く否定するでしょうが。

 あと念のため、本作はハーレムにする気はありません。フラグが立っているような気もしますが…多分気のせいです。気のせいです。大事な事なので二度言います(汗


 244様、リドリー様、誤字報告等ありがとうございます。助かってます。

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