偽伝・機動戦艦ナデシコ T・A(偽)となってしまった男の話 作:蒼猫ささら
屋台、演劇、射的や輪投げなど様々な出し物を……ミナトさん風に言うなら摘み食いしながら、アキトさんのブースがある格納庫へ到着。
エステバリスを完全に除ける訳にもいかないので、その一角を片付けてアキトさんは出し物を開いています。
なのですが……。
すっかり静まり返っていて客席の人々もまばらで、ブースの脇にある幾つかある筐体の前でゲームをプレイしている人か、それを見物している人しか見えません。
「お昼も近いし、午前の部が終わったのかしら?」
「そうですね。もう11時を回ってますし」
首を傾げるミナトさんに答える。
だとすると、今も大型のウィンドウが浮かびゲームの映像を流している壇上の裏……いわゆるバックヤード的なステージの後ろに運営を務めるアキトさん達は居る筈。
そう思い、ミナトさんと一緒に裏へと回る……と、
「ハッハッハッ、見たかお前ら! 俺の実力を!」
「リョーコぉ……貴女が出たら勝つのは当たり前じゃん、私達と同じパイロット組なんだから」
「だよなぁ。それでも盛り上がってはくれたけど、決勝の相手はもう諦めていたぞアレ」
快活に笑って胸を張るリョーコさんの前と、その前でゲキガンガーのコスプレ姿のうなだれるヒカルさんと、呆れているヤマダさんが見えて、
「………」
アキトさんは腕を組んで思い悩むようにしている。こちらはいつも通りの制服姿です。
その様子が気に入らないのかリョーコさんはご機嫌だった表情をムッと歪める。
「なんだよ、操作の遅延は受け入れてやったじゃねえか。それで同じ初心者なら対等だろ?」
「違うよリョーコちゃん」
ムッとするリョーコさんに腕を解いてアキトさんは宥めるように何やら説明を始める。
「たしかにエステバリスとは異なるし、IFSも使わないコントローラーだけど、それでも俺達にはロボット……機動兵器を扱う上での
プロスさんが言ってたけど、『アドバンス・チルドレン』って聞いたことあるかな? ベテランのゲームプレイヤーが現実の乗り物などにもプロ級に対応する事があるんだって――などとも言う。
そんなアキトさんの説明にヒカルさんとヤマダさんが揃って「うんうん」と頷きます。
「って事は、アタシはやらかしてしまったって事か!? 確かにエステを扱ってるイメージと感覚で操作とかはしてたけど……」
「そうだよリョーコ。私達としてはそれでも初心者には変わりないからルール的に止めようにも止められないし……」
「実際どうすべきか、すげぇ悩んだぞ。リョーコのプレイを応援する声もあるにはあったし……それでも何でパイロットが?ってシラッとした目もあった」
うう……釘を差しておくべきだった、と屈んで頭を抱えるヒカルさん。
ヤマダさんもエントリーの確認を見逃した、と呟いて額に手を当てて天を仰いでいます。
あの熱血アニメのコスプレをしている事も余計にそうですが、普段から元気が取り柄と言わんばかりの二人が哀愁を漂わせて項垂れる姿はなんとも珍しく感じます。
「――アキトさん」
「あ、ルリちゃん来たん……だ、ってどうしたのその格好!?」
アキトさん達から背後と死角だった為に気付かれず、声を掛けた事で私達の訪問が分かって振り返られたのですが――ふふっ、
「――問おう、貴方が私のマスターか」
キリッとした声でこちらにびっくり驚いたアキトさんへ告げる。
まあ、私はあのキャラより更に背が低いですし、アキトさんも立たれているので“運命構図”の再現とは成らないのですが、それでもちょっと満足です。
「え? あ、マスター……? って、ほんとどうしたのそれ?」
「ふふ、可愛くてカッコイイわよねアキトくん。似合ってるでしょ」
「え、はい、勿論似合ってると思いますけど……」
戸惑いが抜けないアキトさんへミナトさんがクスクス笑いながら茶化します。
「わぁ……ルリルリ。それもしかしてウリバタケさんが作った奴?」
「はい、此処に来る途中、ウリバタケさんと
と、言うように
どうも私があの作品群のファンだとウリバタケさんも聞き及んだらしく、わざわざアパレルクルーと一緒になってこのお祭りに合わせて用意してくれました。
ちなみに生活班所属の衣料担当の方達は、化粧を含んだ一部医薬品の扱いと散髪・整髪も仕事に含んでいて、
「ふむふむ、甲冑は……もしかしてエステちゃんにも使われてるルナニウム? それを磨き上げてマットメッキ仕上げ……生地は化学繊維は避けて綿と絹の二つを使い分けてるね。聖緑の瞳はコンタクトで、金砂の髪はナノマシン整髪料で再現かぁ……全部高くて贅沢なのを使ってる。服の仕立てと髪の編み込みもまさにプロの仕事な訳だし、ルリルリのビジュアルもあって……うーん、これは完璧過ぎるぅ!」
オタク趣味もあってじっくり観察するヒカルさん。目をキラキラさせて感嘆の声が漏れています。
そこに横からヤマダさんが割り込んできます。
「だったら俺達も負けていないぞヒカル! エステのパイロットスーツの素材を使って新調したんだ。お陰でアキトもより
謎に張り合おうとして来て鬱陶しいです。
せっかく少し良い気分だったのに……ジトッとした視線を暑苦しい男へ向ける。
「何だ、やろうってのか? 何時までもやられてばかりの俺じゃねーぞ。いい加減、お前が普通じゃないってのはあの反乱騒ぎで良く分かったからな」
こんな幼い少女に向かってファイティングポーズを取る成人近い男性。
……相手にするのも馬鹿馬鹿しいですね。今回は喧嘩を売られた訳ではありませんし。
「それでどうされたんですアキトさん。何かリョーコさんとトラブルでも?」
プイッと視線を逸らしてアキトさんへ先程の事を問いかける。「おい、無視かよ」との声も聞こえる気がしますが放って置く。
「……えっと、」
アキトさんは困った様子で私とヤマダさんの方へ交互に視線を向けつつ、頬を掻く仕草をして私の問いかけに答えた。
聞いた話を纏めると。
アキトさんはロボットで対戦をするゲーム大会を開いていて、午前の部は未プレイの初心者にアドバイスを含んだチュートリアルと海超えの序盤終わりの(全武器・パーツ解放、難易度緩和済みで)ステージまでを経験して貰った後、その初心者勢によるトーナメントを行ったのですが、そこにパイロットであるリョーコさんがエントリーして紛れ込んでしまった。
そして圧倒的実力を示して当然のようにリョーコさんは初心者トーナメントの優勝を勝ち取った。
「IFSでの神経強化もあるからコントローラー操作にその分の遅延を挟んだんだけどね。それでも……」
「……す、すまねえ」
アキトさんの説明の後、改めてやらかした事を突き付けられた為にリョーコさんは申し訳なさそうに頭を下げる。
それにアキトさんは首を振る。
「いや、リョーコちゃんは知らなかったし仕方ないよ。それにもう過ぎた事はどうしようもないし……素直におめでとう、とも言い難いけど……うん、まあ、流石だよ良いプレイだった。今度対戦しよう」
「お、おう。ゲームじゃそっちがベテランだかんな。そん時は腕前を見せて貰うぜ」
ニコリと笑うアキトさんに照れた様子を見せるリョーコさん。
やはりフラグが立ってしまっているようです。ついこの間まではそうでもなかったのに。
切っ掛けが良く分かりません。アキトさんもそこは不思議がっていますが、前回ともども理由が見えないです。
エステバリスの操縦技術を認めている事が取っ掛かりでは、あるのかも知れませんが……それでも腑に落ちない。
一方、アキトさんの顔を見ると、やらかした!という色が薄っすら見えます。皆さんの手前、ハッキリと表情に出てませんが。
どうしてこうなるんだ?という雰囲気も感じます。
私も客観的に見ると、そうおかしな返事や対応をした訳ではないように思えます。普通に気遣っただけで。
ただ、アキトさん。大事なことですが好意を寄せる異性からは何気ない言葉や優しさでも
私もそこは例外ではありませんし……――だからこそ、自分だけにその優しさを向けて欲しい、と。独占したいと考えてしまう訳ですけど。
「アキトくん、お昼の出前を持ってきたよ。せっかくだから一緒に……ってあら?」
独占したいと思う人がまた一人、此処に来られましたね。
声の方に視線を向けると、いつもの生活班の制服を着た黒髪ポニーテールの女性……サユリさんが会場の表の方から姿を見せてます。
◇
ルリちゃんのコスプレにはビックリした。
あの作品郡のファンとは聞いたと言え、進んでそういった格好をするのは予想外だ。
相当入れ込んでる証拠なのかな? 本人曰くカルチャー・ショックだったとの事だけど。
『アニメ・マンガというとゲキガンガーやナチュラル・ライチのイメージばかりあって……いえ、偏見だというのは分かっていましたし、様々なジャンルがあるのも知ってはいました。けど
で、とある時にヒカル嬢が暇潰しにこんなのはどう?と勧められたのが
最初はイラストを見て、落ち着いた感じな物ではあるも、いつもの
『こんな緻密に練られた壮大な世界観と物語があったなんて……』
オタ文化に関しては、ゲキガンガーくらいしか知らなかったルリちゃんにとっては、まさに天啓を受けたかのような衝撃であり、のめり込むには十分な感動を覚えたのだという。
ちなみに推しは弓兵、剣士、主人公、冬の娘……の順だとの事。
弓兵と主人公は、どこかアキトさんっぽいからが理由で、剣士の彼女は何かこう
冬の娘は、どこか他人事でない生まれだからとか。
さて、そういった理由から自ら進んで金髪美少女の剣士に扮した我らが電子の妖精様であるが、今はご機嫌斜めな様子。
最近、ナデシコ食堂で並び始めた“あのレシピ”から再現したラーメンを出前に持ってきたのがサユリ嬢であった事も多分にあると思うが、
「はぁー、それなりに自信があったのに一回戦で敗退なんて……」
そう、俺の
いつの間にこの舞台裏に居たのか? 出前のラーメンをテーブルに配膳し終えて席に着こうとした瞬間にササッと俺の隣に現れたのだ。
みんな唖然としてたし、ほんといつの間に……。
そして、
「私もアキトくんのゲーム大会に出たかったな。だけど、屋台を出している人達のサポートが結構大変で……今、こうして何とか時間取れたけど」
眼の前の相対する席には、サユリ嬢が着いていた。
一応、これを避けるために端の席に俺は座って隣には来てくれたルリちゃんに空けて、眼の前にはガイを座らせるつもりで動いていたのだが……メグミ嬢は良く分からない瞬間移動するし、ガイはガイで良く考えずにサユリ嬢に席を譲るし――いや、ワザとかアイツ? グヌヌってるルリちゃんにしてやったみたいな顔してるし。
もしかしてメグミ嬢の手引きも?
そういえばガイだけ驚いていなかったような? それに俺とメグミ嬢の座る席の背後……その仕切の向こうは、ガイとヒカル嬢が別に用意したブースでヒカル嬢が過去に描いた同人誌及びゲキガングッズのお披露目会場だ。
その会場の隙間から此処へスルッと入ったのかメグミ嬢は?
「やってくれましたねヤマダさん。……後で覚えておいて下さい」
「はっはっはっ、何のことかなぁホシノくん。俺にはちっとも分かんねえなぁ」
おう、どうやら当たりらしい。
ルリちゃんの凄まじい怒気がガイの方に向けられ、ガイは全力で恍けている……実にイイ笑顔だ。
なお、ヤマダ呼びに関してはガイは気にはしているが、今や訂正しようとはしない。結局、本名の方がクルー達に定着した為、いちいち訂正に叫んでいては切りが無いのだ。
魂の名で呼んでいるのは、俺とヒカル嬢と……一応、副長のジュンだけである。
先の反乱騒ぎ以降、時折俺達、野郎ども三人で一緒に連るんでいる事があったりする。ウリバタケさんもたまに混じって。
原作でアキトと余り会話する場面が無かったジュンであるが、実際話してみると意外にも気が合う。
ガイのようにオタク文化には明るくはないのだが、同年代の男性同士として通じる部分があるのだ。
俺はパイロットをやる以上、ジュンの持つ軍学の知識や指揮官からの知見は興味あったし、ジュンはジュンでパイロット視点からの意見を欲していたし、俺の料理の話にも存外に興味を持ってくれた。
他にも車やバイク、ゲームなど男性が興味を持ちそうな話題にも幾分か……。
最近では、ゲキガンガーではないがロボット物やFS物のアニメに興味を持ったらしい。
そういった事もあり、お陰でユリカ嬢への誤解も解けた。
幼馴染とはいえ、再会するまで彼女の事は殆ど忘れていたくらいだとか、一方的に王子様だと想いを寄せられているとか……その辺を話して。
勿論、俺としても複雑な思いはあると正直に答えたが、それでもジュンは納得してくれて蟠りを解消した様子だ。
原作では第三話と早々に区切りを得ていた部分をようやく回収した、といった所だ。
『悪かったテンカワ、どうも君のことを色々と誤解していたようだ。すまない』
そのように頭を下げて謝罪すらしてくれた。こういう所が“良い人過ぎる”と言われる由縁なのだろう。彼自身、悪い所がまったく無いというのに。
ちなみに「色々と誤解」の部分は、ユリカ嬢の事だけなく、ルリちゃんやメグミ嬢やサユリ嬢、最近ではフラグが何故か見えてきたスバル嬢の事も含んでいて、どこぞの道楽会長のようにスケコマシだと思われていたらしい。
人の良いジュンにそのように見られていたのは、地味にショックだった。
ガイはガイでそれを聞いた時、
『日本一の大学へ入ろうとして三浪するヤロウみたいな声と性格していてのモテモテっぷりだからなぁコイツ……。せめて二股、三股して刺されるヤロウだったら、ざまぁって溜飲も下がるのにな』
などと冗談めかしながら不穏な事を言ってくれるし……前者はともかく後者のソレ、どう考えなくても「中に誰も、いませんよ」の作品のクズ野郎の事だよな。
何となくだが、ガイはそれを意識して言ったような気がしてならない。
だとしたら名誉毀損ものだ。あんな奴と一緒にされるなんて――……って、一瞬、怖い想像が浮かんでしまった。
――金鋸を持った銀髪金眼の少女の姿が、しかも鮮血に濡れて……。
いやいやいや、慌てて首を横に振る。
絶対にそんな未来は無いからな! 急に高まった動悸を抑える。くそっ……“
そもそもアレは、俺というよりもアイツの方が
「ど、どうしたんですかテンカワさん?」
「はっ!……あ、いや…」
突然、首を強く振った事で不審に思われてしまった。
声を掛けてきた隣のメグミ嬢だけでなく、皆が俺に視線を向けている。
「……ちょっと考え事に耽ってしまっただけ」
「じゃあ、お話聞いてなかったんですか?」
「……うん、ゴメン」
正直に答えるとメグミ嬢はむくれた顔をする。正面のサユリ嬢もムスッとした様子だ。
俺は二人から突き刺さる視線に頬を掻いて誤魔化すしかなかった。
◇
メグミとサユリ、二人の年頃の乙女は気になる異性の反応に内心で溜息を吐くしかなかった。
今だけでなく
『ゴメンね、その日はガイと遊ぶ約束があって……』
『あー、これからシミュレーターで自主練しようかと……』
『ガイとジュンを交えて机上演習で討論する予定があって……』
などなど理由を付けて断られている。
一方で二人っきりでなく、他のクルーと一緒であれば約束は取り付けられたりする。それを利用する事も考えたが、しかしそれで不意を打てたとしても一度だけで終わり二度はない。警戒されて今後はそういった約束も取り付けるのは難しくなるだろう。
だからその方法は現状では試みていない。
(うーん……)
(これは……)
明らかに避けられているよね……と二人は同時に胸中で呟いた。
自分たちの想いに気付いた上で。
そこまで分かれば、諦めるのも選択肢に浮かびそうな物なのだが二人にはそのつもりはまだない。
逆説的に言えば、彼女達を意識しているとも取れるし、明確に嫌っている訳でもないのが分かるからだ。
そう、何だかんだで彼は彼女達を遠巻きにはしないし、魅力的な部分があればその事を褒めてくれるから。
メグミは、元声優だけにその声は勿論、その仕事の話に興味を持って貰えて素直に凄いと称賛と尊敬を持たれて。
サユリは、実家の事から幼い頃から培った調理技術と栄養学の知識にやはり称賛と憧れを持った言葉を向けられている。
ただ残念なことに女性の魅力な部分には触れてはくれないが。
だから彼女達の目下の悩みは、如何にして彼にそこへ踏み込んで貰えるか……である。
そして――
「アキトくん、ルリルリったらお化け屋敷でも全然怖がらないのよ。脅かしに来るオバケに扮したクルーやびっくりな仕掛けにも眉一つ動かさないんだから」
「はぁ……それはその時にもお話しましたが、オカルトが実在するかしないかは別として、あの場にいるのは化けたクルーか、機械などを使った仕掛けだと分かりきっていますから」
「と、こんな感じなのよ。作り物なんだから逆にどうして怖いのですか?とまで言うし――……アキトくんと一緒に行ったらきっと反応も違うのでしょうけど」
「ちょっ……ミナトさん、それは!?」
お姉さんとして振る舞う女性にからかわれるように言われて、無表情だった顔を一転させて慌てふためき、頬を赤く染める幼くも美しい少女。
正直に言おう。最大の難敵と思われるその少女のそんな姿は可愛いと二人は素直に思った。
加えて言えば、今は凛々しい騎士の
二人が好意を寄せる彼もそんな少女を見てニコニコと笑顔を向けている。
普通に笑顔を見せているだけに一見思えるが、メグミとサユリにはそうは思えなかった。自分達に向けない感情が確かにそこにはあるのだ。
女の勘……或いは、恋する故に来る直感。
そういう物が彼女達の脳裏で囁いていた。
それが堪らなく悔しくなる。彼女と自分達の何が違うのか? どうしてこの子だけ……? と。
昨今、一部クルーが言うような
そんな不謹慎で不道徳的なものであれば、少女の姉を自認するミナトが許さないであろうから。
ミナトもまた自分達同様に直感的にそれを悟っている筈なのだ。
だから――
「アキトくんと一緒だったら怖いのを理由にして、ね」
「ッ――――」
如何にも大人の女性という風にイタズラっぽくウインクして告げられる言葉にカーッとその白い肌をより赤く染める少女。
そうやって少女の想いを
「「……」」
それを歯痒く思う。
つまりそう、ミナトは彼を信用できる男性として少女の恋を後押しし、応援しているのだ。
愛しの彼もまたそれに応えるかのように、やはり笑顔で「じゃあ、時間があったら行ってみようか?」などと言っている。
(いいなぁルリちゃん)
(……ずるいよ、これは)
彼に想いを寄せる二人の乙女は、深く溜息を吐くしかなかった。
なお彼に想いを寄せるもう一人。
アキトがフラグが立ち掛かってると言うパイロットの少女は、アキトが考案したとされるラーメンに舌鼓を打ち。今は花より団子とばかりに食欲の方へ夢中となっていた。
いや、彼のラーメンという事で少しばかり花への意識もあったかも知れないが……同僚パイロットであるヒカルは、ラーメンを啜る仲間へただ肩を竦めるだけであった。
「なんだかなぁ」
メグミ、サユリ、ルリ、アキトへ視線を移しながら。
◇
此処でもう一人忘れてはならないのが彼女……彼の幼馴染であり、ナデシコの艦長であるミスマル・ユリカ。
アキトへ想いを寄せる女性の筆頭とも言える筈の彼女であるが、ホシノ・ルリを含めて他の女性が彼に会う為に行動を取っているのに――
「データを送ってくれてありがとう」
『いえ、礼には及びませんわ。その代わり地球へ戻られた時にそちらの船にお邪魔させて頂きます』
ただ一人、私室たる艦長室にて秘匿回線で連絡を入れていた。
このナデシコ祭で賑わう艦内では、他のクルー……特にあのオペレーターの少女の目を気にせずにすむ。
また以前は、あの反乱騒ぎに乗じて行っている。
オモイカネを経由しない、プロスペクターなどナデシコ内でも限られた権限を持つ人間しかアクセスできない独立した回線と通信システムを使用してはいるが可能な限り警戒はすべきだから。
それを通して今回で二度目……遠く離れた地球へ光速を超えたやり取りをしていた。
ネルガル傘下の中でも大手であるその企業には、ナデシコが搭載する最新鋭の通信装置を受信出来る設備を有しているから。
「……ふう、分かった。まさか貴女がアキトと知り合いだったなんて」
『生まれこそ地球圏……正確には月ですが。わたくしも火星で過ごしていた時期がありまして。ほんの二年ほどですがあの方には随分とお世話になりました』
ウィンドウ越しで見るその女性と顔と声はどこか艶を帯びていた。
ただ懐かしさだけを含んだものでない感情が込められたモノ。
ユリカもまた同じモノを抱いているから分かってしまう。
「またライバルだね、これで」
『ふふ……そうですわね。ナデシコが地球から離れている今。当分の間、リードは許しますが負けるつもりはありません。だから無事に帰ってらっしゃい、ユリカさん』
「うん、蜥蜴になんて負けないから待ってて、必ずアキトと一緒に帰って来るから」
互いに認め合う会話。
連合軍大学で成績を競い合い、本来であれば彼女か自分が首席、次席として成績表に名前を並べて卒業する筈であった。
それが……。
「……ところで
『ニュースはそちらにも送られていると思いますが、ナデシコが地球圏から離れて凡そ一ヶ月……相変わらず戦局は硬直していますが、極東方面軍にエステバリスの配備が始まりました』
「極東……特に日本はネルガルの御膝元だもんね」
『ええ、同時にヨコスカは
「なら、お父様自ら前線に出陣するんだ」
『そうなるでしょう、コウイチロウおじさまであれば』
ユリカは、身内への心配半分、武勲への期待半分の色合いが混じった顔をする。
「それで貴女は?」
『欧州のパリにいます。
約一年前、火星とほぼ時を同じくして侵攻され陥落した月。
その時に画面の向こうにいる
結果、ユリカとジュンへと首席ないし次席の座を譲る事になった。
それをライバルとして友人として惜しむ思いがユリカにはあったが――今はその事にホッとしている自分がいるのに気付いてしまう。
何故なら首席の座が彼女へ持っていかれていたら、ネルガルのスカウトとナデシコの艦長の席もきっと……。
そんな事を思い、考えてしまう自分に嫌悪感を抱く。
そのせいで彼女は父を失っているし、あれほど熱心に歩んだ軍士官の道も捨てざるを得なかったのだから。
勿論、それを表情には出してはいないし、口にもしない。言えば侮辱と受け取るだろうから。
『――と、そろそろ時間ですわ。わたくしは仕事に戻ります』
「……うん、頑張ってね」
『ユリカさんも……。繰り返しますが無事の帰還と、武運長久を祈っております』
「ありがとう、それじゃあね、また」
『はい、それでは……また』
ウィンドウが消える。
ユリカは視線をふいに上げる。
「また……か」
その言葉に、ほんの少しだけ不安を覚えたのだ。
地球からは随分と遠く離れて、火星までの行程も半ばを過ぎた。
果たして無事に帰れるのか? そんな事を思ってしまった。
艦長として掛かるプレッシャーのせいだろう。指揮官として背負う物の重さ。幼い頃から父から教わり、軍大学でも学び、頭では理解していた気になっていたそれを実感する。
「アキト……」
呟く。大切な彼の名前を。
そして思い浮かべる彼の顔を。
その彼もまた、この船のクルーである。大勢の仲間と共に彼の命も預かり、背負っている。
だから、だから、
「……アキト」
だから――名を呼んでも縋ることはできない。
艦長として背負う者にこの重荷を押しやる訳にはいかないのだから。
だからこそ、その不安を振り払って見上げた視線を戻す。
それに不安は多くはない。勝算はあるのだ。
銀の髪を持つ少女が出した作戦草案。これにユリカは驚きと同時に大いに納得している。
火星侵入までは確実に上手くいくだろう。離脱に関しては現地の状況しだいにはなるが……。
「それにしても何者なんだろうね、あの子」
ネルガルの研究所で被検体として高度な教育を受けたというが、それだけではない――それは確信である。
先の騒動での体術は別として、彼女の見せる思考には
教育とか軍属とかのそれではない。軍人として従軍した者が持つ独特の気配。
「それも多くの実戦を知った……」
軍大学で見た教官達。この船に同乗しているゴート・ホーリー。
彼等と似た匂いを覚えるのだ。あの幼い少女から。
「……ゴートさんも気付いている筈」
だけど、彼はそれに触れようとはしない。実直な元軍人である事に加え、ネルガルの忠実なる社員だから。
自分には知る必要がない、と原則的に判断しているのだろう。組織の歯車として。
ついでに言うと、ジュンも気掛かりではある様子だが、常識的な彼らしく常識的にあり得ない、と銀の少女の従軍可能性を否定している。
だが、ユリカはそこで思考を止める訳にはいかなかった。何故なら――
「――アキト」
また彼の名を呟く。
しかし、今度は縋る気持ちからではない。
「貴方は知っているの?」
そう、ホシノ・ルリが何者なのか? それを知っているから彼は、あの子に……。
だからユリカは、思考停止をせずに探っている。
彼に止められた事もそうだ。
彼女の幼い頃の記憶が確かなら彼の両親は、
そこにきっと接点がある、彼とあの少女との――そのようにユリカは推理した。否……してしまった。
そして、先の通信者から送られた資料。
ネルガル傘下とはいえ、大手の大企業の令嬢……今や代表代行となった彼女が調査した情報。
「……うん、思った通り、おじさんとおばさんはネルガル勤め、だった」
送られたデータを手早く紙へ落として、元データは完全にキャッシュも残さずに消去した。
紙に写った内容に目を通して確証を得る。
「でも、そんな事って!?……どうして? お父様は知っているのやっぱり……」
愕然とする。
彼は言った両親は、ずっと昔に亡くなったと。しかしそれがよりよって――
「――私達が火星から旅立った日だなんて」
資料によれば……いや、思えばユリカも記憶にあったし、軍事史にも短く書かれていた。
アキトの両親、テンカワ夫妻が亡くなったとされるその日。火星独立派による大規模なテロが起こったと。
更に言えば、
「こんなの明らかにおかしい……」
連合軍の撤収があったというのに、連合からの
鬼の居ぬ間に……とのする報道資料もあるが、直ぐにトンボ返りできる位置でもある。
テロによる攻撃は綿密で計画的なのに、そこだけが杜撰と言っていい。
いや、そもそもその計画的な内容が苛烈であるに反して早期収束を前提とした部分がある……そのように軍大学首席のユリカには見受けられた。
であれば、先程まで通信していた彼女も気付いた筈。
「軍と、ネルガルの共謀……?」
気づくとそんな言葉が漏れていた。
軍縮と火星からの影響力低下を嫌った軍部と、それを察知したネルガルは利用して……。
これはただの勘である。資料もそこまでは流石に把握していない。
しかし、ミスマル・ユリカは優れた頭脳を持ち、非常に鋭い勘を持った人物である。
「……なら、アキトの両親……おじさんとおばさんは、殺され、た? 暗殺……?」
誰に? 軍とネルガルだ。それしか考えようがない。
それも多くの人間を巻き込んで。
無論、
だが、彼は警告していた。今にして思えばそれは迂闊とも言えるだろう。その言葉さえなければ……。
『……事故という事にしてくれないか?』
『ユリカ、そのことは誰にも言うな……絶対に。調べる事も禁止だ』
そう告げられた言葉がある意味、証拠となっていた。
ただ想い人と銀の少女の関係性を知りたいと思って行動した事が、ミスマル・ユリカに……そして地球にいる一人の女性を巨大な陰謀の渦へ飛び込ませようとしていた。
その趨勢がどうようになるかは、まだ分からず……。
また気掛かりな情報があった。
テンカワ・アキトには地球への渡航歴が皆無である、と。
そのような記載がされていた。
第一艦隊が救出した火星避難民の中にも姿が無いとも。
だけど彼は地球に居て、今はこうして
◇
ゲーム大会は午後の部に入り、ステージ攻略のタイムアタックレースを挟んだ後にゲームクリア経験者達によるベテラン勢トーナメントが行われました。
そこに予想外な人物が参加し、そして優勝を持って行った。
「凄い凄い! これはお見事です。とても70を超えたと思えないテクニックと操作でした! ナデシコ最強のレイブンの座は……フクベ・ジン提督! 貴方です! 優勝おめでとうございます!!」
ヒカルさんがステージ上で隣に立つ老人の手を取って大きく歓声を上げます。
「皆さん、提督に盛大な拍手を! これにてACアマチュア大会! ナデシコカップは全てのプログラムを終えました。参加して下さった方、応援に来てくれた方々、ありがとうございました!」
ヒカルさんの声に応えてブースにいる皆さんも歓声を上げて周囲の音という音がそれに掻き消され、また満たされる。
こうして予想外な結果をもたらしてアキトさんのお祭りでの出し物は終えた訳ですが……。
「テンカワくん、すまないな。こんな老人が出しゃばり、華を持って行くような真似をして……」
「いえ、そんな事はありません。ほんとお世辞抜きで素晴らしいプレイでした!」
閉幕し、ステージ裏に回ったアキトさんの所へ提督は訪れました。
その手には、優勝トロフィー代りのセイヤさん謹製の金色に輝くロボットのフィギュアがあります。
元は既製品の物ではあるも、8日掛けて何重にも塗装し製作したものだとか。
その筋でもモデラーとして有名人であるらしく、今回の物はマニアの間で仮に売り出せば、20万円以上の値の付くとも聞いています。
「……昔取った何とやらでね。こう見えてもこのゲームのシリーズはずっとやり込んでいてな。対人は久しぶりであったが、こうして若い者に遅れを取らないのであれば私の腕前もまだまだ捨てた物ではないな」
手にしたフィギュアを嬉しそうに見ながら提督が言う……のですが、
「君も結構な腕前だと聞く。参加者達が話していたぞ、何でもアマノ君共々ワールドランキング10位内にいるとか。それにプロスくんの話ではアドバンス・チルドレンというではないか」
「あ、はい。どうもそういうものらしいですね」
「ふむ、私の部屋にも実はこのゲーム一式の機材が揃っておるのだが、後で来て貰えないかのう」
――腕前を見せに、この老人に少し付き合ってくれ。
そう、アキトさんを私室へ誘いました。
笑顔なのにその眼に深い、とても深い悲しみの色を抱えて……。
それにアキトさんは、
「はい、分かりました。伺います」
神妙に頷き、返事をします。
私はそれを傍で見つめ……何も言わなかった。
いえ、言えませんでした。
火星までもう後少し。
アキトさんと提督に因縁が近づいている。
ですから、二人にはお互いに語るべき事がある。前回は提督に強い怒りを見せていたアキトさん。
でも今回はそんな様子はなく、それはきっと
「――火星」
その星に対しては、私も複雑な思いがある。だから不安があった、様々な……。
次回からようやく火星編。
ユリカさんの通信相手ですが、分かる人には分かるでしょうが、そっちと本格的にクロスする事はありませんので大丈夫です。
この世界にも彼女は居てもおかしくはないというカタチで出しています。
また地球でユリカさんが信用して頼れる相手として考えた時に真っ先に彼女が浮かんでしまったのもあります。
なおただふざけて反乱騒ぎを起こした訳でもなかったりもしました。
ちなみにルリちゃんは、ガイへしっかり報復しています。
ウィンドウ技術を使った見えない模造剣で一撃、ウィンドウを解除すると同時に仕込んだ圧縮空気で吹き飛ばし、起き上がろうとした所をビームが出そうなエフェクトを持った上段斬りで留めを刺しています。
ステージ上にいる所を狙った3連コンボなのでサプライズ演出だと思って観客は大賑わい。突然登場したロリ騎士王にも絶賛の嵐だった様子。