偽伝・機動戦艦ナデシコ T・A(偽)となってしまった男の話 作:蒼猫ささら
次の投稿は、火星編の終わりまでの予定。
火星近海に陣取っていた敵を撃退したナデシコは、後退する敵残存部隊に合わせるかのように来た航路を一旦戻る。
「ふぅー」
狭いコックピットから出て愛機の近くにあった小さなコンテナに腰を落ち着ける。座るのに高さが丁度良かったからだ。
「お疲れさん」
「あ、ありがとうございます。ウリバタケさん」
班長なのに、すっかり俺付き整備機長にも成りつつあるウリバタケさんから差し出されたペットボトルを受け取る。中身はスポーツ飲料だ。
空調の効いたコックピットと体温調節機能のあるパイロットスーツだとはいえ、やはり戦闘の緊張や高揚感のせいで汗というものは出てしまう。
だから、ありがたく受け取った。
「ウリバタケさんもお疲れ様です。ナガマキもアップデートしたエステバリスも凄く良かったです。お陰で無事に戻って来れました」
実際、ヤンマへ斬り掛かった時にバッタ3機に背後を取られた瞬間ヒヤッとした。エステがアップデートして無かったら被弾していたかも知れない。反応が以前よりかなり良くなっていた。アサルトピットの調整が進んでいるのもあるだろう。
ナガマキも、アレがあるお陰で対艦戦闘がとても楽になっている。
「そう言って貰えると整備冥利に尽きるな。だがそう何処か謙遜があるのはよくねえなぁ。無傷で帰って来れたのは自分の腕前もあるんだ。俺達への感謝を忘れないのは良いが、お前さんの悪い癖だぜ。もっと自信を持て」
背中を叩かれる。結構力が入っててパイロットスーツ越しなのに割とバシッ!とした感覚が身体に響く。
「はは……でもやっぱりまだまだですから。機体の整備、お願いします」
「おう、任せとけ。お前さんはこんな所じゃなく、待機室でしっかり身体を休めておけよ」
ウリバタケさんの過大な評価に苦笑しながら頭を下げて整備をお願いする。言わなくても仕事だからやってくれるとは言え、こういった礼儀は大事だ。
そんな俺にウリバタケさんもやや苦笑気味に応じて俺の機体の方へ向かう。それを見届けて落ち着けたばかりの腰を上げる。
先に待機室へ向かったガイが、おーい、と遠く声を掛けているのが見えた。
それに手を振って応えながら歩き、格納庫を見渡す。
運搬車両が行き交う中、俺とガイの機体に取り付く整備班もいれば、無人機と化したエステバリスやエステ用の各種装備のチェックをする整備員もいる。
スバル嬢を始めとした三人娘と彼女たちの愛機が見えないのは、今も外で警戒のシフトに入っているからだ。
此処で見ない無人エステ達と一緒に甲板に張り付いている。
戦闘を終えてそれでも忙しない格納庫。その中で特に慌ただしいのは、
「あれが
それに目が留まる。
エアロックの近くに置かれ、俺やガイのエステ以上に整備員が集まり念入りにチェックが行われている機体。
予備の砲戦フレームを組み上げて、肩部にあったミサイルランチャーは外されて代わりに外部バッテリーが……他にも胸部装甲も無く、太い脚部も合わせて幾つものバッテリーが取り付けられている。
更にセンサーっぽいものが機体各所の部分部分に見える。
全体がバッテリーばかりになった分、内部の冷却系もかなり弄られてそうだ。
「まさか、あの反乱騒ぎがこんな伏線になるなんて……」
思わず口から零れる。
あの騒動でルリちゃんが使った装備――遺跡由来の技術の一つ、空間に映像を投影するスーパーウィンドウ。それを応用した次世代の光学迷彩。
同じく遺跡由来のスキャン方式のカメラや従来のレーダー、赤外線の隠蔽も可能とするステルス技術。
だが、映像を投影するだけにその本来の使い方もまた応用できる。
つまり――
◇
「ダミーを射出。相転移エンジン及び核パルスエンジン全て停止。ソーラーセイルを展開し全艦サブ電力へ移行しました」
「うん、ウィンドウ迷彩の展開も宜しくね」
「はい」
エンジンが停止すると同時に身体がフワッとした感覚に包まれる。
重力制御が切れて漆黒の宇宙に浮かぶナデシコの艦内が無重力になったから。
それでも艦内のシステムは完全には停止しない。補助用のエルメタル・バッテリーとコンデンサー。更に今しがた展開したソーラーセイルから太陽光と太陽風に乗るエネルギーを拾っている為。
そしてナデシコは姿を消す。
先の反乱騒動で使ったウィンドウ迷彩を艦の周囲へ展開できるように、整備班と研究班が総出でナデシコのセンサー類に追加で装備したお陰です。
ナデシコのステルス性能もただでさえ最新鋭な上にこの時代にはまだ存在しない次世代の光学迷彩。
動力を完全に落とした今。この船を探知できる存在は、もはやこの世界に居ないと言っても過言ではないしょう。
これに追加して、
「射出したダミーユニット、ウィンドウを展開して擬態を開始」
先程、カタパルトから射出した砲戦フレームをベースにした『ダミー・エステバリス』がウィンドウを展開。自機を中心に全長300m近くあるナデシコの立体映像が前方に投影される。
しかも相転移エンジンに及ばないまでも、積み込んだバッテリーを使用して強力な
「わお、まるでナデシコがもう一隻あるみたいね」
ミナトさんが、ふふっと楽しそうに笑う。
「これでナデシコは安全に火星に近寄れる訳ね」
「はい、こちらを捕捉できなくなった以上、敵は間違いなくアレが本艦だと誤認します。更に先の戦闘で負った損害もあって敵はナデシコに迂闊に手を出せない筈」
「触って噛みつかれて大怪我するのが怖い、そしてそんな怖いオオカミさん暗いは森の中へ〜♪ ……なんて、ね」
ミナトさんが私の答えに歌うようにそんな例えをします。
まあ、そう言うようにナデシコに擬態したダミー・エステは、第一次火星会戦で出来上がったデブリ帯という森の中へと進んでいる。そうしてデブリ帯の中で動力が切れて
これでダミーという名前の通り、囮として上手く役目を果たしてくれるでしょう。時間を大きく稼げます。
敵は、何も無いデブリ帯へ戦力を集中させて火星が手薄になり、こちらが火星で活動しても探知から移動までの時間も掛かる。
この出来上がった優位を上手く活かしたい所です……。
◇
メインの動力を落とした白亜の戦艦は、ソーラセイルを用いた航行で火星赤道上にある衛星軌道……地表から6000km離れたフォボスと同じ高度へ入り、そこから更にゆっくりと高度を下げながら地上の偵察を行う。
「……さすがだね、ルリちゃん」
艦長席にてナデシコのカメラとセンサーが捉える火星の映像を確認しながらミスマル・ユリカは呟く。
傍にいる副長のアオイ・ジュンの耳にすら入らない小さな声で。
火星近海での戦闘から此処まで……否、それ以前の準備段階からほぼ全てがオペレーターである銀の少女の発案であり、草案だった。
詰めこそ会議の場でユリカ以下、ブリッジクルーならびパイロット達で討議して作戦を決定した……だが、それでも、
(私……と、ジュンくん。それにフクベ提督だけだったら、ここまでの作戦は立てられなかった)
きっと、敵を撃退した勢いのまま火星に何の策も講じずに降下していただろう。
その場合でもナデシコの力であれば、何とかなるとユリカは思っている。しかし、無理を避けて慎重に動き、消耗を避けた行動をとっている現在の状況の方が明らかに理にかなっている。
(そう、何とかなる……では駄目なんだ)
現場の状況に対応する戦術ともっと先を見据えた戦略の違いを……士官教育で学んだ事の重要性を改めて認識する。
少女の作戦案と実行を伴った今になってそれを強く実感した。
どこか自分は甘く考えていたらしい事に、ただ眼の前の戦場をどうにか出来れば良い、と。
勿論、軍大学を首席で卒業したユリカは戦略の重要性を理解している。だが、偏りすぎていた……それを自覚させられた。
艦長という席に座りながら、一介の士官としての立場に甘えていたと言える。
尤も実際の所、彼女は本来であればまだ新任の少尉でしかなく、経験を積んでこれからというものなのだから仕方がない。
しかし、一方で現実として民間船ながら最新鋭の戦艦の艦長を任されており、200名以上のクルーの命を預かる立場でもある。
一介の士官という立場に甘んじる事は許されなかった。
「…………」
気づくと視線が火星の地表を映すウィンドウから、オペレーター席にある銀色の髪へ向いていた。
拳もギュッと握りしめている。
その理由は明白で、彼女自身よく分かっていた。
(ルリちゃん、私はこの子に……)
負けている、あの彼が少女へ向ける感情だけでなく。自信があった軍人として、艦長としての資質でも。
強い劣等感。悔しさがユリカの中に渦巻く。
(この子に、勝てるの?)
そんな疑問もまた生まれていた。
決して譲れないと抱いていた想いを揺さぶるように……。
◇
火星の衛星軌道、高度凡そ400kmで私達ナデシコは周回軌道に入り二時間掛けて3回半、グルリと回って火星の地上の偵察を行った。
その後、招集が掛かりアキトさん達パイロット全員を含んだブリッジクルーと各部署の責任者が艦橋へ集まっています。
今回、ブリーフィングルームでないのは、もし敵の襲撃があった時の対応の早さを考えての事。
そうして、ブリッジの床……大型ディスプレイに映された火星の映像と全体図を見ながら討議に入ろうとした所……。
「……妙だな」
ポツリとゴートさんが呟く。独り言にしては大きめな声。彼の視線は外部の状況を映すカメラとセンサーを示すウィンドウに向けられている。
「如何がされましたゴートさん?」
「いや、大した事ではないのかも知れませんが……」
プロスさんが尋ねると、ゴートさんは軽く首を振りながら答えます。
「……デブリ帯へ集まった木星蜥蜴ですが、てっきり私はグラビティブラストやレーザーなどでデブリを薙ぎ払いながら
「――ふむ、なるほど。そう考えますと確かにおかしいですね、蜥蜴どもの動きは」
ゴートさんの言わん事を理解したのでしょう、プロスさんが同意する。
彼等の言う通り、ダミー・エステの陽動に引っかかった敵はデブリ帯に戦力を集めて展開している。
その戦力はかなりのもので大型のチューリップが1、中型のチューリップが2、パッシブでの解析になりますが艦船数に至っては50〜60以上。
これを確認した時は、さすがの艦長と副長やプロスさん、ゴートさんも顔を引き攣らせていました。
まだこれ程の戦力が!? と言いたげに。
パイロット組では、威勢の良いリョーコさんとヤマダさんを含めて皆顔を青くしていたくらい。アキトさんは私同様、幾分予想していたのですが、それでも苦い表情を隠せずにいました。
尤も予想という部分では、艦長達の考えとは違って火星圏にこれだけの戦力が残存していたというよりは、チューリップを通したジャンプ・ゲートを用いた増援が入りますが。
恐らく最終的には100隻前後まで膨れ上がるでしょう。……口には出してませんが。
まあ、それはともかく。
ゴートさんの言いたいことは、何故一気にナデシコを押し潰そうとしないのか? という事。
事実、アレだけの戦力であればナデシコをデブリ帯ごと薙ぎ払うなり、炙り出すなり自由です。
うーん……この際、予想という形である程度の答えを言っておきますか。敵の戦力の過大さもあって皆さん気掛かりのようですし――少し考えてそう結論する。
「恐らくですが、敵はナデシコを墜とすつもりが無いんだと思います」
「む、ホシノ。それはどういう意味だ?」
「あ、そうか。もしかして鹵獲って事?」
私の言葉にゴートさんが更なる疑問をぶつけますが、アキトさんがフォローするように口を出してくれた。
それに私は乗る。
「はい、アキトさん。理由までは分かりませんが、あれだけの戦力であればナデシコを圧殺するのは容易の筈です。しかしそれをしないとなれば、ナデシコを墜としたくない事情が敵にあると考えるべきです」
「…………」
「……ふむ」
私の答えにゴートさんが考え込むように黙り。
プロスさんは、極冠に在るものを知っている故に
何しろ、『木星蜥蜴』と呼ばれる
それがどれほどの疑念と推測が付くのか、その心の内が読めない以上は分かりませんが……。
「ナデシコを捕まえるって……なに、私達宇宙人に狙われてるって事?」
「え、じゃあキャトられて解剖とか?」
「おいおい、勘弁してくれ」
「キョアック星人だってそこまでしねえぞ。いや、まて洗脳して俺達を地球の手先にしようっていうんじゃ!?」
ブリッジがざわつきます。
ただ撃沈して戦死するのとは違う恐怖を皆さん覚えているようです。
まあ、そんな心配はいらないのですが、戦後の草壁中将の陰謀はともかく、木連の軍人さんは基本、
「あー、コホン。皆さん、敵の意図はどうであれ、私達は私達のやるべきこと考えましょう!」
プロスさんがブリッジのざわつきと不安を払拭する為か、普段よりやや声量の大きい言葉で諌めに掛かります。
それに皆、声を一斉に止める。一応ゴートさんの疑問も解消されたので揃って首肯もする。
「それでは改めて状況を確認します」
「敵は先程、挙がったようにダミーに引っ掛かって、デブリ帯へ戦力集結してナデシコの捜索を行っている。その分、火星そのものは手薄なってこの高々度からの偵察で見る限り、地上に在る戦力は非常にまばらだ」
艦長がブリッジにいる皆の意識を集めると、隣りに立つアオイさんが説明を始めます。
火星の全体図にポツポツと赤い点が浮かぶ。
「これは好ましい事だけど。次のこれ、これもまた好ましいと報告と言っていいのかも知れないが――」
床にある火星の地上を映す偵察図のある箇所が拡大される。
ネルガルの施設があるオリュンポス山。そこから南東100kmに位置する地点、そこから東へ遠く6000kmは離れたかつて平原であった今は巨大湖となった地名から取られたコロニーの跡。
そう、ユートピアコロニー。
アキトさんの故郷です。
それがディスプレイに映った。同時に私はあの人を一瞥する。センサーから目を離せない為、オペレーター席から離れられないのがもどかしい。
でも、大丈夫。アキトさんはまだ落ち着いています。少し呼吸が乱れてはいますが、この場面が来ることをある程度は予想されていたのでしょう、焦りは出ていません。
少なくとも表立っては。
「このユートピアコロニーの跡地に生存者らしき痕跡が見つかった」
アオイさんが続ける言葉に応じるようにコロニーを映す画像に赤外線を始めとしたパッシブセンサーで解析した情報が表示される。
動く人影らしき物や真新しい人の移動痕跡、生活に伴う熱などの反応。これにブリッジが再びざわつきを見せる。
「ほんと!?」
「生きている人、いたんだぁ」
「やったぜ! これでこそ地球から来た甲斐があったっていうものだ!」
口々に言い、笑顔を見せ合うクルー達。しかし、
「待って欲しい。確かに喜ばしい事なのは確かだ。でも……」
「うん、私にとっても生まれ故郷だし、これは嬉しい報告。だけど……」
喜び湧くクルーを抑えてアオイさん、そして艦長が――顔をアキトさんの方へ向けて気に掛けながら言う。
「……多いの、生きている人達」
ポツリと呟くような艦長の声。
その声にブリッジの皆が、あっ!という表情をする。
そう、このナデシコは戦艦であって戦う船。沢山の人々を運ぶクルーズ船等ではないし、輸送船や貨物船でもない。
先だってプロスさんが言われたように……。
「それでユ……艦長、多いってどれだけなんだ?」
アキトさんが尋ねます。その顔は一見落ち着いていて平然そうですが、声は少し硬い。
「…………少なく見積もっても500人は下らないと思う。これはパッシブでの解析だから実際はもっと多い筈。オモイカネの予測では最大2000人近くは居るって」
二千……!?と誰かが叫んだ。
その叫びにまたもざわつくブリッジ。そこにアオイさんが報告を追加する。
「加えて生き残りがいるのはユートピアコロニーだけで無いのも分かっている。生存者らしき反応が他のコロニー跡地にも幾つかあるんだ。代表的なのは南にあるヘラスコロニー、ユートピアコロニーに次ぐ火星でも大きなコロニーだ。オリュンポス山から凡そ9000kmほど離れている。そちらも1000人はいるんじゃないかって予測だ」
ブリッジに重い沈黙が漂う。
恐らく彼等クルーの中では、救出という単語は消えかかっている事でしょう。
それはアキトさんにしても同様に思います。現実的では無いのですから。
火星のテラフォーミングが始まってから百年以上、そこから入植が行われて半世紀。
初期にて二百万人の規模で行われた移民。
テラフォーミングの継続と開拓の為にも更なる流入と多産が推奨されて代を重ね、アキトさんのようにそこを故郷として生まれた人々も在り、その人口は総じて1500万人に届いていた。
火星が侵略を受けたとしても生き残りが多く在るのは当然と言える。
むしろユートピアコロニーだけで2000は少ない方。
木連の無人機達の最初期の目標設定が杜撰であった為に生存者はこうも少なくなってしまった。
いえ、開戦よりも前、“地球が先に手を出した一件”を思えば……そうも
頭を振った。
考えても仕方がない事です。それよりも今は……。
◇
会議が終わって休憩に入る。
警戒は甲板上にいる無人エステバリスが行っていてパイロット組も全員が休みだ。
他クルー達も半舷休息となって交代で休みとなる。
幸いにも敵に発見された様子もない。だからこそのシフト態勢なのだが。
「それにしても……」
やはり気に掛かるのは火星の状況。
俺は一人、ガイとの相部屋に戻って考え込む。
俺が火星出身である事はパイロット組も含めて殆どのクルーが知っている。だからなのかガイの奴も気を使ってか一人にしてくれた。
「…………多かったんだな」
火星の生き残りの人達。
火星最大のユートピアコロニーだけで300万人は居たのだ。幾ら無人兵器の攻撃が激しくても、当然それだけの人が生きていてもおかしくない。
「その事は嬉しいんだけどさ」
だけど、クソッ!
助けることなんて出来ない。確かに
それでも何とかしたい。地球へ行けば少なくとも火星にいるよりは安全なんだ。だけど――
「フクベ提督の事……連合が見捨てたって事実を無しにしても――」
分かってしまう。
ボソンジャンプで地球にたった一人放り出された自分がこの
「……ああ、そうか。俺も火星に戻り……ううん、帰りたかったんだ」
今になってハッキリ自覚した。
平和で安全な
それだけこの故郷が大切だった。ただアイちゃんや一緒に避難した人達を守れなかった事への未練だけじゃなかった。
歯を食いしばる。胸の内にある痛みが破裂しそうだ。
耐えられそうにないッ!
「くそっ……くそくそっ…………ちくしょう!!」
叫ぶ! 拳を握って部屋の床に、畳に叩き付けながら叫んだ! 重力制御を切っているせいで身体が反動で浮かぶ。
どうにもならない現実や自分の中にあった本当の感情で心がグチャグチャでどうにかなりそうだ。
もし何も知らないままで、
「ぐぅぅぅ……駄目だ! 落ち着け俺! 決めただろう! 約束しただろう! あの子と一緒に頑張って未来を変えるって! それを忘れるな! 一番大事にしろ! それが俺の役割だろ!!」
言い聞かせる、初志を忘れるなと。自分の荒ぶる感情に。
この先を知っている自分にはやるべき事があると。
そうすれば、火星の人達だって地球に行けなくとも生き残れる。
「守るんだ……」
未来とあの子を……!
悔しさと憤りで零れた涙を拭って立ち上がる。無重力なのに目元だけでなく、頬に張り付いてやがる……顔、洗わないとな。いや、シャワーのほうが良い。その方が頭がスッキリする。
少し前、ルリちゃんに尋ねてみた事がある。
今のナデシコの戦力でネルガルの
答えは――
「――無理ですね」
との回答だった。
「確かにナデシコは強力な戦艦ですが、前回のように多勢が相手ではどうしても限界があります。前回のことを踏まえて行動したとしても極冠にある凡そ4kmにもなる深さを持つ分厚い氷の下に存在する遺跡を発掘するのは不可能です。鉱山の方にある穴は隠蔽のために潰され塞がれていますし、再び悠長に掘っている時間がありません。回収の作業にも時間が……」
「なら、グラビティブラストで吹き飛ばすのは? それなら時間の短縮が出来そうだけど」
「……それで氷自体は吹き飛ばせますが、その場合も休眠状態にあった遺跡が
「ああ、なるほど。そうなるとディストーションフィールドが今度は氷に代わって阻むのか……」
「はい、八層に分かれていて実際は二十を越えるフィールド層。それもナデシコなどよりずっと強力な古代からある完全オリジナルの時空歪曲場。あれを越えるのは現状、“ナガマキ”があっても困難です。……イネスさんとアイちゃんの導きがないと」
より詳しく聞けば、そのような説明があった。
どうもあの時、原作最終話の状況は遺跡のフィールド出力が弱まっていたらしく、そのお陰でフィールドランサーで突破が出来たのだとか。
言われてみれば納得だ。相転移砲すら容易に弾く程のものが現代の劣る技術で突破できる訳が無い。
ルリちゃんがイネスさんから聞いた話だと、本来であればナデシコ……というか、俺を迎え入れる筈だったものが、周囲で戦闘が起こっていた為に完全にフィールドが解除されなかったのだという。
そのせいで間に合わなくてアイちゃんと再会が叶わなかった訳なのだが――……イネスさんはもう覚えていないものの、アイちゃんとの再会と例のプレートの引き渡しよりも重要な理由が
その伝言が何かあったらしい。古代文明から。
「また謎だな」
熱い湯から、冷たい水に切り替えてシャワーを浴びて考える。無重力化でも流れる水が気流を使った仕組みで排水口へ落ちて行くのを俯き見ながら思う。
それを知る必要があるかも知れないとルリちゃんは言った。今回ならばそれが叶う可能性がある。
アイちゃんと再会して伝言の内容を知る。
それも俺の……アキトの役目なのかも知れないと思った。
◇
胸が痛かった……。
見るべきではありませんでした。やっぱりこれからはプライベート回線を覗くのは止めましょう。オモイカネにも言いつけないと……。
本当に必要な時以外は……。
「ルリルリ、泣いているの?」
「え?」
「だって」
隣りにいるミナトさんが指す。薄暗い非常灯に反射して小さな雫が一つ、無重力の中に浮かんでいる。
それを見て、目元が滲んでいるのに気付く。
「いえ、少し欠伸が出ただけです」
首を振って誤魔化した。
ミナトさんはそれに「そう…」と短く呟くだけで何も尋ねて来ない。気を使われたようです。
「…………」
火星、地球から一番近い惑星、地球圏外で初めて手にした人類の新天地、アキトさんの故郷。
故郷……――私には無いもの。
強いて言えば、このナデシコがそうだった。
でもそれは、結局は仮住まいで、心に残った思い出の
だから、私には故郷は無くてもアキトさんのその気持ちは分かる……分かる筈です。
だからそう、この時代に戻ってまたナデシコに乗った時、私は帰って来たという想いを抱いた。
アキトさんにとっては、火星がそうなのでしょうか? 大切で忘れ得ぬ日々がある場所。
少し悲しくて、寂しくなった。
私はそれを知らない。あの人と過ごした日々の中、それを知ろうとしなかった。
あの人に惹かれて、あの人が大好きだったのに……あの人の過去はどうなのか? そんな事も考えずに興味すら持たなかった。
あの記憶麻雀でも知れたのは、火星からジャンプする少し前とユリカさんを乗せて自転車で駆けた草原の記憶だけ。
「……アキトさん」
小さく小さく呟く。誰にも聞こえない声で。
私に、貴方のその思い出を下さい。貴方を知って今度こそは――……。
――その為に私は、私……は■■■さんに応じて■■に■んだのだから……。
一旦思考を振り払って、切り替える。
アキトさんが火星の人達を助けたいと思う中でこれを伝えるのは、正直気が進まないですし辛いですね。
気を取り直して考える。
案としては、全ては無理でも希望者を募るとの意見が艦長達の間で出てはいた。
しかし、それをやっては我も我もと言い出す人が出て来て、想定する許容範囲を越える可能性があります。
前回、生き残った人々はナデシコに乗るつもりは無いとのイネスさんのお言葉でしたが、本当にそうであるかは分からない。あくまで彼女の言葉であったのみ
本当は火星を離れたい、ナデシコに賭けたいと考える人もいるかも知れない。特に若い世代であればその傾向は高いでしょう。
こちらが希望者を募って申し出ては、それが切っ掛けで生存者達の間で意見が別れ、分断や仲間割れ、暴動が起きかねない。
その騒動にこちらが巻き込まれる可能性だってある。最悪、暴徒と化した彼等に銃を向けざるを得ない事も……。
それに工作員が紛れ込んでいる可能性も。
時代錯誤な編笠を被った男達を思い出す。
この時代では国内での引き締め目的の暗闘が主で対外的なノウハウが無く、木連の諜報機関は地球各国で派手の事はしては居ないとの記録が未来ではありましたが、それでも遺跡の情報欲しさに避難民の中に紛れ込んでネルガルの元関係者と接触して情報収集している事は十分にあり得る。
尤も戦争終盤まで極冠を引き当てていない事から見て、成果は得られなかったようですが……或いは、火星では活動をしていないのか。
しかし、警戒するに越した事はなく。避難民の救助はやはり避けるべき。
本当これをアキトさんに伝えるのは気が重たいですが、それでも伝えない訳にはいきません。
もう小一時間もすれば、休憩も終わって再度ブリーフィング。
火星降下となるフェーズ3の作戦説明と共にその辺りの話もされるでしょう。そして救助断念の結論が伝えられます。
イネスさんとの接触……ユートピアコロニーへ向かうのは勿論、確定事項ですが。
――アキトさん、ゴメンさない。でも分かって下さい。
◇
シャワーを浴びて何とか気分を落ち着かせた後、再びブリーフィングが行われた。
覚悟していた事だけど、やっぱり生存者の救助は断念された。
オマケにルリちゃんからは、諜報員が潜んでいる可能性もコッソリ伝えられた……あり得なくもない話だ。
ただ確認のためのユートピアコロニーの偵察と生存者との接触は決定された。
『アキト、お前大丈夫か?』
「ガイ……ああ、大丈夫だ。心配かけて悪い。だけど、生き残りの人達の数を聞いた時にさ。こうはなるって気はしてたんだ」
『そっか。俺も残念に思うけど、艦長達の説明を聞いたら……くそっ! 正義のヒーローが聞いて呆れるぜ!』
コックピットに座り、通信越しで会話し、俺の心配をしつつ自分自身にも憤るガイ。
ガイもまた、どうしようもない現実に悔しさがあるようだ。ゲキガンガーのようには行かないと。
勿論、ゲキガンガーという作品の中でもどうしようもない展開はある。アクアマリンとの悲恋や敵方であるアカラ王子との友情と和解の気配……それを破られての決裂。
それでも無辜の人々を救うのがゲキガンガーである。
ガイとしては、憧れのヒーローのようにそれを成し遂げられると思っていたんだろうが……そう、甘くはなかった。
サツキミドリでもそれを味わった。少なくない人達の命が散った。その事を再び痛感して思い出しているのかも知れない。
「落ち込んでいても仕方ない。出来ることをやるしか無いよ俺達は。以前にガイはそう言っていただろう」
『……そうだな。ハァ……カッコよくは行かないもんだな、世の中はまったく』
溜息を吐いてガイは首肯する。苦い表情のままで。
◇
表情こそ苦いものであったがヤマダ・ジロウこと、自称その真名はダイゴウジ・ガイは、内心でホッと安堵の息を吐いていた。
(空元気なんだろうが……)
それでも相方であり、仲間であり、友人……いや、今や親友である男が余り気落ちしていないのは、素直に喜ばしかった。
(だが、今回はいつも以上に気をつけねえとな)
ナデシコで一緒に訓練するようになってから腕前をメキメキと上達させて自分に付いてこれるようになった頼れる相棒。
操縦の癖も互いに理解して呼吸も合ってきた。
しかし、今回はそうは行かないかも知れない。相方は落ち着いてはいるが覇気というか、意思というか……雰囲気がやはり良くない。
(動きに精彩を欠いて下手を打つ事はなくもねえ)
その時のフォローを手早くしないとアキトは落ちかねない。
無辜の人々を救えないのはゲキガンガーを愛するガイにとっても確かに辛いことだ。だけど、それ以上に大切な仲間を、友を守れないのでは、それこそ憧れのヒーローに顔向けできない。
だからいざという時は、アキトの盾にも、その背中を守る壁にもなるつもりだ。例え死んだとしても。
それに躊躇いは無い。
別にカッコよく死にたい訳でも、ジョーのようになりたい訳でもない……いや、少しはそんな思考も脳裏に掠めるが、それはガイ自身の覚悟であり、ヒーローになる為では無い。
彼だって普段の言動こそアレだが、現実とアニメの区別は付いているし、それくらいの分別がある大人だ。
その正しさと夢の為に……子供の頃の自分に恥じる真似はしたくないからこそ、
(仲間と、大切に思ったモノだけは絶対に守る!)
現実は厳しく、届く手に限りはあるのだとしても、届く範囲にある親友やナデシコの仲間は必ず守り通す。
憧れのゲキガンガーのように!
と、まるでフラグのようであるが、彼が死ぬことはないのであしからず……。
◇
ナデシコは衛星軌道の周回に入っている手頃なデブリをキャッチする。
と言ってもこれはレーダーやセンサーで捕捉したという意味ではない。
『おっし、上手く行った……か?』
『うん、大丈夫。相対速度を上手く合わせていたからね』
『それじゃ運びましょう』
三人娘が言う。
さすがの操縦と連携だ。某機動戦士で言う所のAMBACやソーラセイルでの推進でナデシコよりもやや大きいリアトリス級戦艦の残骸……原型を何とか保ったデブリを囲んで捕まえている。
俺とガイはその護衛だ。とは言うものの、こちらもやはりソーラセイルであり、ライフルを持ちながらもその推進と慣性で機体を制御しているのだが……。
通信範囲も限定して、時には某91で見たような発射式ケーブルを使っている。原作劇場版でもあった奴だ。
ほんの少し推力を吹かして大型デブリがゆっくりと移動を始め、ナデシコの
そして脚部からナイフを抜いて残骸に予め貰っていた指示データ通りに切れ目を入れていく。およそ十分ほど時間を掛けてそれも終わる。何とか予定時間をオーバーせずに済んでホッと息を吐く。
火星の自転と周回軌道の位置関係の都合上、作業に時間制限があったのだ。オーバーしたらまた時間を待つことに成る。
『お疲れ様です』
ユリカ嬢から通信が入った。
こちらの作業完了を確認したからだろう。
『それではフェーズ3の最後です。エステバリスα分隊は今から切り離すヒナギクへ。β分隊はナデシコの甲板に。それを確認しだい火星への降下を行ないます』
『『『『「了解」』』』』
通信に応答し、皆が了解すると指示通りに俺達は動く。
ガイと俺はブリッジと居住区があるナデシコの上部甲板へ。
スバル嬢達は、切り離されたヒナギクへうつ伏せに捕まるように張り付く。
『降下開始までカウント20秒前……19、18、17、――5、4、3、2、1、……降下!』
メグミ嬢が数字を読み上げて――程なくして俺達は火星へと降り立つ、リアトリスの残骸の影に隠れるようにして。
降下の際、ナノマシン層と大気の摩擦と断熱圧縮でさすがに熱と航跡が発生する為、それをデブリの落下に見えるよう誤魔化して。
有害な宇宙線を遮断し、大気を生成するきらめくナノマシンの層を抜けてナデシコは赤茶けた大地に迫る。
宇宙でも見た時は青みが強かった火星も、こうして降りるとやはり赤い星なのだと感じる。
見上げると昼間である為、空の青さは不思議と地球と変わらないがオーロラが見える。宇宙から降り注ぐ放射線やプラズマ風を常にナノマシンが遮断し働いている為だ。
美しく見えるが実際は強大な磁気嵐も同然で宇宙線やプラズマ風が強まる時期には、地上にも影響が出る程の電磁障害が発生したり、場合によっては電子レンジで加熱されるような高温……気温が生じる事がある。そこから更に気象に影響が出て台風や竜巻といった嵐が発生する事もある。
ナノマシンの更新と改善でいずれはその辺りも解決されるという話だったが……今となってはそれも――。
「……」
火星の風景に思いを馳せると共にそんな知識がつらつらと出てくる。
それがどういう意味なのかは今更だ。今は余り考える必要はないだろう。
『現在高度10km。制動の為、一時重力制御を掛けます。各員掛かる慣性に注意を。カウント10、9、8……』
メグミ嬢からの通信。甲板に立っているので接触通信だ。
指示を聞いてエステバリスの踏ん張りを強める。宇宙に無かった大気からの風もある。十分に注意をする。
艦内のクルー達も今頃は、各所に設置された緊急用のベルトやワイヤーなどで身体を固定してる筈だ。資材やコンテナなども当然事前に対策済み。
……そういえば、原作ではその辺りを忘れてえらい事になっていたな。
描写はギャグっぽくなっていたが本当に大丈夫だったのだろうか?
そんな疑問が過った。
重力制御でのブレーキが掛かると同時にリアトリスの残骸が入れていた切れ目から真っ二つに割れる。またヒナギクも切り離されて割れて別方向へ落ちて行く残骸の片方を追い掛けるように落下軌道を取る。
ナデシコもしばらくはもう一つの残骸の後を追っていたが、高度5km付近でまた少し制動を掛けて残骸から完全に離れた。
恐らくヒナギクも同様で、向こうはオリュンポス山へ。こちらはユートピアコロニー跡の近くへ降りる。
この分け方は、オリュンポス山には直接ナデシコの巨体を降ろす設備がないからだ。山岳だけに傾斜も大きく地形も悪い。
一応、シャトルと航空機の発着場は在るらしいが……少し手狭の上、木星の無人兵器の爆撃でも受けたのか穴だらけになっていてシャトルと航空機の他、施設の残骸も散らばっていてナデシコを降ろすのは不安だとの事。
エステバリスで
敵に発見される危険性は減らしたい。
そしていよいよ着陸。
大気圏突入の誤魔化しも兼ねたリアトリス級の残骸はというと――
『おおっ!?』
ガイの唸る声が聞こえた。思わずといった感じだ。
「結構、大きく爆発したな」
ガイの唸り声に答えるように呟く。
遠く彼方、ナデシコの上部甲板からそれを見た。距離は凡そ60km先。モニターに映るデータ表示がそれを示していた。
火星の半径が地球よりも小さい為に地平線距離も短く、データ表示の数字で確認した以上に近いように爆発を感じる。
此処からでも見えるユートピアコロニー跡は、それ以上に近いけど……。
エステバリスのカメラを通してチューリップが突き刺さったクレーターと、その周囲にある廃墟が目に映る……。
落ち着け、鼓動が嫌でも高まるのを自覚する。それを必死に抑える。
深呼吸して、落ち着いてエステバリスを先ずはナデシコの後部デッキへ移動させて艦内に戻らないと……ふぅー、息を吐く。
これから故郷に帰る。
きっと短い滞在になる。それでも……。
「帰れるんだ、ユートピアコロニーに――」
生存者がどれほどかは、原作でも分かりづらい部分があったので100年以上前からテラフォーミングが行われているとの事から、火星の人口を含めてこれぐらいはいるだろうとあって妄想して盛った感じです。
年月的にはもっといてもおかしくないようにも思えますが。
そして反乱騒ぎでのまた微妙な伏線。ダミーエステ。
こっちはSFらしさを欲してのギミックと火星攻略の戦術というか、小細工を求めて考えました。
長らく放置していた八年前からあったアイディアです。
極冠遺跡の回収ですが、確実に可能な方法が実はアリ。
ルリちゃんは敢えて黙っていたりします。回収するには時期尚早なので。
今度の展開次第では使うこともあるかも知れません。
にしても書くのは楽しいですがやっぱり大変。改めてそう思います。
これを面白く楽しく読んで頂けたら幸いです。