偽伝・機動戦艦ナデシコ T・A(偽)となってしまった男の話   作:蒼猫 ささら

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第三話―――邂逅

 ナデシコ艦内……格納庫に戻り、指示されるままにエステを専用のガントリーに固定してコックピットから降り立った。

 

「ご苦労さん、ブリッジでも言ったが良くやったな兄ちゃん」

 

 背中をバシッと叩かれて振り返ると、作業用のジャケットを羽織ったメガネをかけた男性がいた。

 

「えっと……貴方は」

「ウリバタケセイヤだ。ナデシコでチーフメカニックとして雇われている。よろしくなテンカワ」

 

 一応尋ねると予想はしていた通りの名前が返ってきた。けど、

 

「どうして俺の名前を?」

「艦長が呼んでたからな」

 

 ああ、そういえばそうかと納得した。

 

「幼馴染の恋人らしいじゃねえか。性格はちょっと……いや、かなりアレっぽいが、あんな美人さんを捕まえられるなんて羨ましい限りだぜ」

「あ、いや、艦長とはそういうのじゃないんですよ」

「ん?」

「艦長とはただの幼馴染というか、十年前……幼い頃に火星で別れたきりで、今日……いや、昨日まで彼女の事を忘れていたくらいなんですから」

 

 知識としては一年前から知ってはいたのだが、原作のアキトの事を思う限り、そんな感じだったのでそう答えた。

 

「そうなのか? それじゃあ殆ど赤の他人か」

「はい、……艦長はあんな感じの女性みたいですから、色々と勘違いしているんじゃないかと」

「んー、そうだな。思い込みが激しそうな感じではあったな」

 

 怪訝そうにしていたウリバタケさんは納得したように頷く。

 

「しかし、何にしろ好意を寄せられている事には違いないみたいだし、羨ましい事にも違いないよなぁ」

「はは……」

 

 苦笑するしかない。ウリバタケさんの若干妬ましそうな視線もそうだが、その好意とやらは自分ではない“テンカワアキト”に向けられたものなのだ。

 いや、この時点のユリカ嬢にしても“王子様”という自分の思い描く理想に向けているのかも知れないが。

 

「テンカワ」

 

 苦笑しつつ取り留めのない事を考えていると、またもや背後から声を掛けられた。

 振り向くと着込むスーツの上からでも屈強な肉体を持っている事が分かる、2m超の大柄な男性がこちらへ歩いて来るのが見えた。

 

「ナデシコで戦闘指揮を預かっているゴート・ホーリーだ。話があるがいいか?」

「……俺はエステの修理と整備にかかるわ。それじゃあなテンカワ」

 

 ゴートさんが言うと、自分には関係のない話と判断したのか、ウリバタケさんはエステの方へと離れていった。俺はゴートさんと向き合う。話の内容は見当が付いていた。

 

「先程の戦闘の件だが」

「はい、無断でエステに乗った事ですね」

「ああ」

 

 俺の言葉にゴートさんは頷いた。

 

「本来ならば厳罰に処す所だが、今回の件については緊急的な側面があったからな。特にこれといって罰することはしない。不問だ。我々は軍ではないしな」

「……」

「しかし社としての規約はあるし、周囲の目もある。だからこうして注意しに来た訳だ」

「はい、申し訳ありません」

「……素直だな。うむ、分かっているなら良い。だがもし今後もパイロットをやるというなら歓迎する。コックよりは給料は良いぞ、危険手当も付く」

「それは……」

「まあ、無理にとは言わん。命には代えられない物だしな。……ただ中々に良い働きだった。良くやってくれた」

「……ありがとうございます」

「やる気があるならミスター・プロスペクターか、俺に言ってくれ。以上だ。ではな」

 

 用件を終えたゴートさんは立ち去った。

 にしてもパイロットか。こうしてナデシコに乗艦できたけど…今後もやっぱり続ける事になるのだろうか? 原作の彼のように。

 原作の展開通りなら、少なくとも宇宙に出るまではエステに乗る必要はある。けど、

 

「……」

 

 思わず右手にあるタトゥーを見た。さっきまでの戦いを思い出す。周囲を囲む無数のバッタやジョロ、自分に向かって伸びる火線、弧を描いて迫るミサイル。それら無機質の意思なき物の筈なのに殺意があったように思えて……微かに手が震えた。ゲームでは感じられなかった感覚だった。

 今回は上手く生き延びられたけど、次はこうはいかないかも知れない。

 

「怖いよな」

 

 ナデシコに乗る覚悟はあった積りだったが――いや、今更だ。此処にきて引き返す事は出来ない。元よりそれ以外の道はないのだ。バッドエンドを避ける為には。

 ……まあ、代わりにデッドエンドになってしまうかも知れないが、そこは覚悟を持って何とか乗り越えるしかない。

 

「ふう」

 

 憂鬱な未来と行き先に溜息が零れた。

 

 

 

 

 結局プロスさんは格納庫を再度訪れることなく、代わりに生活班所属の女性の案内を受けて、自分に割り当てられた部屋へと赴いた。

 

「案内、ありがとうございました」

「いえいえ、それじゃあね、テンカワさん」

 

 案内してくれた女性クルーにお礼を言い、ヤマダジロウというネームプレートが張られたドア――やっぱり彼と同室らしい――を渡されたIDカードを使って開ける。

 

「……誰もいないか」

 

 ドアを潜って部屋を見渡す。ヤマダジロウ……ダイゴウジガイという愛すべき馬鹿の姿は無い。

 足の骨折が原因なのか、医務室にでもいるのか? さっきの戦闘ではブリッジにいたようだが……待機するように言われて、まだそこにいるのか?

 

「まあ、いいや」

 

 とりあえず荷物を置いて、ついでにアイツの宝物というゲキガン超合金も適当にそこらに置く。

 戦闘で掻いた汗をシャワーで流して着替えたい所なのだが。

 制服とコミュニケも支給されたし、ホウメイさんの所へ顔を出すようにさっきの娘にも言われている。このまま汗臭い身体で食堂や厨房に赴くのは拙い。

 しかしこの後、確かユリカ嬢が来るんだったよなこの部屋に。マスターキーでロックされたドアの鍵を開けて。

 

「うーん……気を付ければ大丈夫か」

 

 少し悩んだがシャワーを浴びる事にする。分かっていれば自分の裸を見られるなどという誰も得しない出来事は回避できると思い。

 

 

 しかし予想に反してインターホンは鳴らず、ドアをノックされるような事もなかった。

 急いでささっとシャワーを済ませた身としては首を捻りたくなる所だが、一応ユリカ嬢の襲撃に備えて着替えを急ぐ。

 原作の彼のように迂闊に洗面所から出ずに制服へと着替え、着替え終えるとまるでタイミングを計ったかのように丁度インターホンが鳴った。

 やっぱり来たかと思い、

 

「はーい、今開けますよっと」

 

 ロックを解除してドアを開けて――

 

「――え?」

「どうも」

 

 予想だにしない人物がいた所為で唖然してしまった。

 銀の髪を大きく揺らして頭を下げる幼い少女。

 

「少しお話良いですか?」

 

 そう、琥珀色の瞳を向けるのは、

 

「ルリちゃん……?」

 

 ホシノルリ、ナデシコの唯一にして無二のオペレーターだった。

 

 

 

 

 薄暗かった部屋に明かりを灯して彼女を……ルリちゃんを招き入れた。

 正直緊張している。戦闘の時とは違う。何となく覚える予感の所為もある。だが、それ以上に彼女がホシノルリであるという事が俺に緊張を強いていた。

 何しろあの“ルリルリ”なのだ。往年のナデシコファンであり、数ある漫画・アニメなどの中でも、未だに好きなキャラとして個人的にはトップに入っているという思い入れの強い娘だ。その子と現実(リアル)で二人っきりでいるという状況。緊張せずにいられる訳がない。

 正直、そんな自分をキモイと思わなくもない。11歳の女の子相手に変に意識しているという事なのだから。

 

「ふう……」

 

 ルリちゃんに気付かれないように息を強く吐いて気を落ち着ける。

 変な意識の所為で浮つきそうな感情を振り払う。予感が当たっていれば迂闊な態度は取れないし、極めて厄介で真面目な話の筈。

 

「えっと……ルリちゃん」

「はい」

 

 畳の上、俺は座布団。ルリちゃんはクッションに座って互いに向き合う。

 改めてその特徴的な蒼い光沢持つ銀の髪と金色の瞳と、幼いながらも整った白磁の肌を持った容貌を見る。

 見惚れ、思わず息をのみ、唾を呑み込みそうになった。

 幼いと、子供だと分かってはいるが、それでも可愛く奇麗に思うし、この子がやはりあのホシノルリだと思うとどうしても緊張が強まり、動悸と共におかしな感情が擡げて来そうになる。

 落ち着け、落ち着け自分……と必死に己に言い聞かせる。俺はオタではあっても三次元での趣味や好みはノーマルなのだとも。

 

「お、俺に話って何かな?」

 

 緊張の所為で少し上ずっているように自分の声が聞こえた。変に思われただろうかと不安になる。

 

「………………」

 

 だが、これといって何も思わなかったのか、ルリちゃんは黙って俺を見つめるばかりだ。

 ただ少し沈黙が痛い。やはり変だっただろうか?

 

「……………………貴方は、アキト、さんですよね?」

 

 一分か、二分か、長く感じた沈黙を破って意を決したようにルリちゃんは言った。

 その躊躇ったような声色と不安そうに揺れる瞳を見て気付く。この子も緊張しているのだと。

 そう思った途端、不思議と自分の緊張が和らいだ。いや、この子を不安にさせたくないと無理にでも抑えたのだと思う。

 けど、ふと過った考えから、

 

「ごめんルリちゃん。多分俺は、君の知っているテンカワアキトじゃない」

 

 彼女を不安にさせてしまう言葉を口にした。その似せた台詞から声色と口調をあの時の彼のものを真似て。

 

「!!」

 

 ルリちゃんの眼が大きく見開かれる。

 

「ア、アキ、トさ……ん」

「別にカッコつけている訳じゃないんだ。……色々と話すべき事はあると思うんだけど、その前にルリちゃん一つ聞いて良いかな?」

「は、はい」

「君はボソンジャンプしてきたのか?」

「! じゃ、じゃあやっぱり……」

 

 ルリちゃんが驚きに目を見開いたまま胸の前で手を組む。何か胸の内から溢れそうになるものを抑えるかのように。

 その反応と言葉から予感が当たっていた事を確信する。

 

「アキトさんも……」

「いや、違うんだ」

「え?」

「火星からジャンプしたのは確かなんだろうけど、君と違って未来から来たんじゃない」

「ど、どういう事ですか?」

「……そうだな、なんて言えば……話せば良いのか?」

 

 考えはあったが、ふいに浮かんだものである事から言葉に迷い、思わず頬を掻いてしまう。

 

 

 

 

「俺にあるのは記録のようなものなんだ」

 

 目の前にいるこの人はそう言った。

 

「記録、ですか?」

「うん、そのようなもの。俺はイネスさんじゃないから上手い説明はできないんだけど、これから先の出来事を映像のようなもので見たという覚えがあるんだ」

 

 それは余りにも不可解な言いようだ。けど私は理解しようと考えて……尋ねる。

 

「それは未来を見たという事ですか?」

「そんな感じだと思う。火星からボソンジャンプしたあと、俺の頭の中にはこれから起きる出来事が知識や記録のような形であった。さっきも言ったけど映像作品を見たみたいに」

 

 真面目に。だけど困ったような表情でアキトさんは言う。

 

「だから最初はルリちゃんも似たような感じなのかと思ったんだけど……ゴメン」

 

 アキトさんは頭を下げる、本当にすまなさそうにして。

 

「ルリちゃんの態度を見て分かった。ルリちゃんは自分とは違うって」

「……」

「君は事故か、実験か何かで俺が見た未来からボソンジャンプを、それも精神だけが飛んだような状態なんだって――だから」

 

 ゴメンと彼は謝る。

 その謝罪の意味は良く分かった。私の抱いた期待に応えられない事。未来で家族だった大切な“あの人”でなかった事。そして……多分、私達を置いて行った自分ではない自分の事をあの人に代わって謝っているのだ。

 

「……アキトさん」

 

 やっぱり、優しい人だと思った。どこまでも、この世界でも。涙が零れそうになる。あの人でないという悲しい言葉に。もう見られなくなったその優しい姿に。

 首を振る。油断すると零れそうになる涙と優しさに甘えそうになる自分を振り払う為に。頭を下げる彼を宥める為に。

 

「謝らないで下さいアキトさん。私が……その、勝手に期待して、勘違いしただけですから。貴方の責任ではありません。……未来での事も」

「……ルリちゃん」

「でも、あの……知識や記録があるって事は、未来から来たって事じゃないんですか?」

 

 アキトさんの話と謝罪に納得した思いがあるのに、未練がましく尋ねてしまう。

 

「いや、違うと思う。ルリちゃんはどうかは知らないけど、俺には未来からジャンプした記憶なんてないんだ。事故にあったような覚えもない。それに映像作品って言ったように未来の事は映画のフィルムのような……まるで他人から見たようなもので全然実感がないんだ。自分の事なのかも知れないけど、他人事にしか感じられない……いや、うん、色々と思う所はあるけど」

「そうですか」

 

 そう告げるアキトさんは、言葉の中にもある通り、何処かさっぱりとした他人事を言う感じはある。

 先程の謝罪も心からの物だっていうのは感じられたけど……確かにあの人の、“黒い王子様”の雰囲気は無い。

 

「ゴメン、本当に」

「あ、いえ!」

 

 つい視線を落としてしまった所為か、アキトさんはまた頭を下げた……下げさせてしまった。

 

「お気になさらないで下さい」

 

 慌てて首を振る。大丈夫だとも、貴方が悪い訳ではないとも言うように。

 これ以上アキトさんに頭を下げさせたくはなかった。これは私の身勝手な期待であって、あの人でない彼には負うべき事などないのだから。

 だからこれは、私が何とか折り合いをつけるべき事だ。

 

「……うん」

 

 アキトさんは頷いてくれたけど納得していない様子だ。けどこれ以上は何を言っても不毛でしかない気がするから私は何も言わなかった。

 アキトさんはアキトさんで思う所があるのだろうし。

 

 

 一分ほど何とも言えない沈黙が漂った後、アキトさんが言う。

 

「それでルリちゃん、君はどうしてこの時代に、それと何時から……」

 

 その問い掛けに私は少し考えてから答える。

 

「……ジャンプ実験でした。ボソンジャンプ用の新型ナノマシン。イネスさん主導でネルガルが開発したその試験でした」

 

 そう切り出して私は話した。

 余り愉快な事ではないけど、火星の後継者が行った人体実験は事実として多くの貴重なデータを残し成果を上げていた。

 それら数あるデータと成果物の中にA級ジャンパーをA級ジャンパー足らしめる特有のナノマシン。あの火星の遺跡……ボソンジャンプのブラックボックスとリンク可能なナノマシンの研究・解析データもあった。

 イネスさんはアキトさん……あの時代のアキトさんの身体の治療の一環としてそのデータを参考に特殊なナノマシンの研究を行った。

 アキトさんの五感を奪い、過剰活動状態にあるナノマシンを制御する為だ。

 その過程……いえ、産物の一つとして新型ナノマシンが生まれた。理論上、ジャンパー適正のない人間すら遺伝子操作の必要なく、A級ジャンパーにする事が可能とされるナノマシン。

 非公式な実験では、遺伝子操作によってジャンプに耐えられる身体を持ったB級ジャンパーが、遺跡へのイメージングを成功させて単独で目標地点へ無事に飛べたらしい。

 イネスさんも立ち会ったそうだ。

 

「私はナデシコBの艦長になった際、二度目の遺伝子操作を受けてB級ジャンパーの適性を持ちました。加えてIFS……ナノマシン強化体質です。より強くイメージングが可能だと、その際のナノマシンの働きもより精細に分かると見られました」

「……だから実験に」

「勘違いしないで下さい。自分から志願した事ですから」

 

 顔を顰めるアキトさんに誤解を与えないように言う。そう、志願したのだ。強要された訳ではない。

 だけど、

 

「何のために」

「あ、そ……それは……」

 

 アキトさんはジッと探るように私を見る。

 口籠ってしまう。それでも、

 

「それはその研究と実験が科学の発展と人類への貢献と――」

「――、……そんな嘘は似合わないよ、ルリちゃん」

「う」

 

 それでも何とか言葉を出したけれど、やっぱり無理があったらしい。これならまだ強要された、軍の命令だったと言った方が良かったかも知れない。

 

「俺の為だろ。未来の」

「はい、すみません」

 

 アキトさんは溜息を吐く。シュンとしてしまう。また余計な負い目を持たせてしまった。

 

「いや、謝る必要はないよ。それだけ未来の俺を想ってくれたって事なんだし」

 

 笑顔を見せる。私が気にしないようにとの事なんだろうけど、頬を掻いて困った様子は隠せていない。誤魔化すときなんかに出るその癖で直ぐに分かってしまう。

 その仕草を見ると少し嬉しさを覚えるが、

 

「実験の結果、私は気が付いたらこの時代の、ナデシコに乗る前の研究所に居ました。一年前の事です。実験は失敗だったという事ですね」

 

 ともかくそう結論を話した。

 それを聞いたアキトさんは難し気な表情だ。

 

「一年前、それってもしかして……」

「はい、2195年11月1日。木星蜥蜴……いえ、木連が火星に侵攻した日、そして史上初の単独ボソンジャンプが行われた日です」

「……その日が起点という事なの、か?」

 

 アキトさんは考え込むようにポツリと言う。起点……なるほどと思った。

 今回の事だけじゃない。前回にしてもあの日が全ての“始まり”だったのだと思える。アキトさんを中心にした私達にとって運命という歯車が動いた……或いは狂った時の。

 当のアキトさん本人がどう感じたかは分からないけど、私はそう思えた。……勘みたいなものだけど。

 

「ルリちゃん」

「はい……って、えっ!?」

 

 アキトさんは何故か突然頭を下げて……土下座をした。

 

「ア、アキトさん!? どうしたんです、突然!? いえ、私がジャンプ実験で過去に飛んだのは別にアキトさんだけの責任という訳ではなくて……! えっと……」

 

 やっぱり負い目が大きいのかと慌てる私。だけど違った。アキトさんは畳に頭を付けたまま、強く私に言った。

 

「どうか力を貸して欲しい!!」

 

と。

 

「ルリちゃん、俺はあの未来に実感はないし、現実感も持っていない。君がどんな思いで過ごしたのかも分からない。けど、だけど、あんな未来はゴメンだ! 楽しかった事も、思い出もルリちゃんにはあるんだと思う。それでも……それでも、おれは、俺は、あの未来を変えたい! だから力を貸して欲しい!」

 

 土下座をして強く、必死にそうアキトさんは言った。

 

「勝手な言い分だとは分かっているけど、俺一人じゃ変えられる自信がない。だからどうか……! どうか! 俺に出来る事なら何でもするから! お願いだ!」

「アキトさん……」

 

 未来を変える。それは……言うまでもない事だった。

 

「頭を上げてください」

「……」

 

 言うがアキトさんは畳に頭を付けたままだ。

 私は仕方なさげに息を吐く。

 

「アキトさん、それは私も同じです。未来を変えたい。より良い将来を手にしたい。それはきっと誰だって同じですよ。だから――」

 

 そう、私はずっとそれを考え続けてきた。もう一度この時代をやり直せるのなら……と。

 なら、

 

「貴方の力を貸して下さい。私も一人で出来る事なんてしれてますから。未来を変える為に一緒に頑張りましょう、アキトさん」

 

 なら、次こそは――と。

 告げる私にアキトさんは頭を上げて笑顔を見せてくれた。

 

「ルリちゃん、ありがとう。うん、一緒に頑張ろう」

「はい」

 

 差し出される手。昨日に続いて二度目の握手。

 その手を取った。この暖かな手の温もりを二度と……そう、二度とそれを失いたくなかった。手放したくないから。

 

 例え“あの人”でないのだとしても……私は――

 

 

 

 

 小さな手を握ってホッとする。“黒い王子様”でない事に納得してくれた上で、俺が“未来知識を持った過去のテンカワアキト”であると認識してくれた事に、そして彼女の協力を取り付けられたことに。

 騙しているようで……いや、実際騙しているのだろうけど、全部が全部偽りではない積りだ。

 この子の知る大切な彼でない事への申し訳のなさ。“アキト”としての謝罪。実験に身を捧げた事への憤り。より良い未来に変えたいという願い。共に協力して挑むという思い。

 どれも本気だった。

 しかし、だからこそ怖くもある。この子が俺がテンカワアキトの“偽物”だって知ったら。

 

 ――いや、それを考えるのは止そう、少なくとも今は。彼女にバレるまでは。

 

 それを考えたら動けなくなりそうだから。

 

「アキトさん、どうかしましたか?」

「あ、いや、ちょっとホッとしてさ。ルリちゃんに断られたらどうしようかと不安だったし」

 

 怪訝な表情を浮かべるルリちゃんに本音を織り交ぜて答える。

 

「断られると思っていたんですか?」

「うん、まあ……はは……」

 

 む……とした顔を見せるルリちゃんに笑って誤魔化す。

 

「まあ、良いです。……それで早速なんですけど」

「うん」

「この後の事ですが、既に手は打ってあります」

「え?」

 

 拗ねた表情を引っ込めてルリちゃんが言った事に一瞬理解が及ばなかったが、

 

「副提督の乗っ取りの事?」

 

 時系列を思い出して言うと、ルリちゃんは頷いた。

 

「はい。プロスペクターさんとゴートさんに話しておきました。今現在、オモイカネのサポートの下で保安部が取り押さえに掛かっている筈です」

「そっか、さすがはルリちゃん」

「……どこかの誰かさんは当てにしていなかったようですけどね」

「うぐ」

 

 返す言葉もありません。

 そう言って項垂れるとルリちゃんはくすくすと笑った。

 

「ふふ、冗談ですよ。これから頑張って行きましょう。私はブリッジに戻りますね。あまり長いこと留守には出来ませんし」

「ああ、また後で、ルリちゃん」

「はい、また後で伺います」

 

 ルリちゃんは立ち上がって部屋から出ていく。その小さな背を見送って……

 

「……って行けね。俺も行かないと」

 

 で、厨房に赴いてホウメイさんとホウメイガールズ達に挨拶した後で、ユリカ嬢が姿を見せなかったことを思い出したのだが、

 

『私達の目的は火星です!』

『第三艦隊提督、ミスマルである! ナデシコ及び搭乗員には降伏を勧告する!』

『私はミスマルユリカ、ナデシコの艦長です!』

『周辺海域にエネルギー反応、チューリップです』

『グラビティブラスト発射!』

『チューリップを撃破』

『離脱します。このまま振り切ってしまいましょう』

 

 マッシュルーム頭の副提督が拘束された事もあってトントン拍子に状況は進んでしまう。

 ユリカ嬢が父親にテンカワ夫妻の死亡の事実を伝えに行かなかったが、良かったのだろうか? 俺からその話を聞かなかった所為もあるんだろうけど。

 

「ルリちゃんに相談してみるか」

 

 そう大した問題ではないような気もするが、聡明な彼女の意見も一応聞いておくべきだろう。

 

 




皆さん、ルリちゃんは好きですか? 私は今も大好きです。

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