偽伝・機動戦艦ナデシコ T・A(偽)となってしまった男の話 作:蒼猫 ささら
20分後、ナデシコは既に成層圏を突破し、それよりも遥か上空。高度200km。第四防衛ラインの範囲に到達。
前回のように地表からミサイルを撃ち込まれる事は無く、順調に核パルスエンジンの推力と重力制御の推進力で上昇を続けている。
「ほ……」
気付くと小さく溜息が零れていた。
自分のやった事が確かな形となったのを感じられ、改めて安堵を覚えたらしい。
「順調、順調ですな。無駄な交戦を避けられて、艦の損害は無く、経費も掛からない。……いや、結構な事です。先日の一件でどうなるかと思いましたが、連合軍の方々が物分かり良い人達で助かりますなぁ。……今の時代に地球人類同士で相争うなど、全くもって不経済、不利益にしかならない訳ですし」
プロスペクターさんはニコニコとした、何時ものいかにも商売人と言った笑顔でそんなことを言う。
ネルガル本社からどんな説明をされたかは分からないけど、連合軍との戦闘が回避できたという事よりも出費が避けられた事が嬉しい様子。
……実にこの人らしいです。思わず笑みが零れる。
「……ルリちゃん、笑った?」
「はい」
何時か聞いたセリフを言った操舵士のミナトさんに、嘗てのその時と違って素直に頷いた。
「やっぱり可愛いわね。ふふ……ルリちゃん、覚えておきなさい。笑顔は女の武器よ」
「はぁ……?」
可愛いと褒められるのは少し嬉しいのですけど、何の脈絡もなく……いえ、ミナトさんにとってはそうでないのかも知れないけど、唐突な言葉に私はどう答えて良いのか……?
「……ふふ、“ルリルリ”はいっつも無表情だから、お姉さんは心配だったんだぁ。でもそうやって笑えるようで安心したわ。ルリルリも女の子になれるんだって」
前回ではもっと後で言った私の愛称を口にしながら、ミナトさんは嬉しそうに笑う。……その大人な女性であるミナトさんの笑顔こそ武器なような気がする。
脈絡のない台詞だったけど、どうやらミナトさんは私の事を心配してくれていたようだ。
……それも考えてみれば当然だった。
こんな子供が地球ではマイナーで悪評もあるIFS処理が施されていて、こうして戦艦に乗せられているのだから。
ミナトさんのような優しい女性が気にしない訳がない。
「ありがとうございます」
「うんうん、やっぱ可愛いわ。良い笑顔ね」
気に掛けてくれた事にお礼を言うと、ミナトさんはうんうんと頷く、嬉しそうな顔で。
どうやら私はまた笑っていたらしい。
「そうですね。笑顔を見せてくれて私もちょっと安心しました」
反対側から声が聞こえた。メグミさんだ。
「初めて会った時、まったく笑ってくれなくて……ウサたんの着ぐるみを着て挨拶したのに」
初めて会った時の事を思い出しているのだろう。明るかった声が不満げな、寂しげな声になった。
「正直、この子、大丈夫かな? って、私けっこう心配だったんだ」
「それは……すみません」
メグミさんの言葉と声に、ちょっと罪悪感を覚えて彼女の方へ席を向けて頭を下げる。
「あ、ううん、いいよ。ルリちゃんがしっかり笑える子だって分かったから。おせっかいな考えだったみたいだし」
あはは……とメグミさんは困ったような笑顔をする。
「ですけど、気に掛けてくれてありがとうございます」
その笑顔にも優しさを感じて私はやはりお礼を言った。
やっぱりナデシコの人達だと思う。こんな私でも偏見や差別なく接してくれて優しくて……懐かしくも思う。
……正直な事を言うと、アキトさんが記録と言うように前回の事は実は夢だったんじゃないかという不安も少なからず私にはあった。
でもプロスさんに誘われて、またこの船に乗って、ミナトさんやメグミさんと会って――そしてアキトさんにも。
「……」
でも、それにしても、そんなに私は無表情だったのでしょうか?
昔と比べると随分表情が豊かになったと思っていたのだけど……アキトさんの前でもそんなだったらショックです。もし可愛げのない子供と思われていたら……。
――……笑う練習とかした方が良いのかも知れない。
「あと10分でビッグバリアが解除されるな」
ゴートさんの声、何時ものむっつりとした顔でブリッジ正面に大きく映るウィンドウを見ている。ナデシコの大凡の現在位置や高度と時刻が示されている。
「何事もなければいいが……」
あまり感情を感じさせない口調。けど不安や警戒というものが滲み出ている。
ゴートさんは元正規の軍人さんで、ナデシコの中では“私”を除いたら唯一のまともな実戦経験者。……いえ、もしかするとプロスさんもそうかも知れない。あの人は謎が多過ぎて過去に軍人であったりしてもおかしくはない気がする。
そう、気になって調べたのに全然分からないんだもの。
……なんでそんな人が会社勤めなんて出来ているのか? それも世界有数の大企業の。謎すぎます。
「ゴート君は心配性ですねぇ」
「ミスター」
「まあ、しかし気持ちは分かります。何事もない……と油断した状況が最も危険な時だと、商売も同じです。これで安心と思っていた次の瞬間には目も当てられない状況になっている事も多々ありますからねぇ。ええ……」
例のにこやかな笑顔を浮かべながらもむぅと難しげに唸るプロスさん。
それには同意できる。私もそういった経験はある。
ナデシコBに乗ってしばらくして関わった事件。そして火星の後継者事件のあと、一年程してから起きた残党との戦い。あの時、“彼女”が艦長候補として居てくれなければ、どうなっていた事か。
「………」
ふとユリカさんを見る。初代ナデシコの艦長であるこの人を。
ユリカさんはジッと状況を示す正面のウィンドウを見ている。その顔、目を見ても何を考えているかは分からない。
少なくともアキトさんの事ではなさそうだ。そうであればもっと分かりやすい様子を見せている筈。
隣の副長も……って、そういえば前回は居なかったのに今回は居ますね。ミスマル提督の所へ行かなかったから当然と言えば当然だけど。とにかく、ユリカさんと同じくウィンドウを見つめて真面目な表情だ。ゴートさんとプロスさんの話も気掛かりのようだけど。
……自らを罪深く思い、死に場所を求める老兵。けど、それでも尊敬に値する人だと私は思っている。
第一次火星会戦こそ無様に敗退したけど、その後の“第二次火星会戦”では見事な指揮をとり、火星から脱出を試みた人々を救って地球まで逃げ延びた。
十分、英雄に値する功績であり、提督はまさに勇将だと思う。けど、やっぱり……ユートピアコロニーを壊滅させた事が提督の心を重く蝕んでいるのだろう。
……記録を持ったアキトさんは提督の事をどう思っているのだろうか?
心配だった。両親が亡くなった真相を知っていてもネルガルに恨みを見せていないから大丈夫だと思いたい。
だけど、本当にそうなのだろうか? 言わないだけでその心の内には……復讐心が隠されていないだろうか?
……行ってしまったあの人の事を――“黒い王子様”の事を思い出してしまう。
だから心配で、不安で、とても怖い。あの人のように私の前から――
「ヤマダ、テンカワ、配置に就いているな?」
『ダイゴウジガイだ!!』『はい!』
ハッとする。ゴートさんが呼んだ彼の名前と、聞こえた声に。
「直に高度400kmに達する。ヤマダは知っているだろうが、そこは第三防衛ライン。有人宇宙ステーションから発進する宇宙戦闘部隊……宇宙攻撃機『デルフィニウム』の展開域だ」
『ダイゴウジ……ガイィ……!』
ヤマダさんの主張を無視してゴートさんは話す。
「デルフィニウムの機動性は科学燃料による大型ロケット頼りだ。各部姿勢制御のアポジモーターも同様だ。故に重量は大きく運動性は高くない。エステバリス……空戦フレームの機動性・運動性を活かせば、どれだけ数が居ようと敵ではない、フィールドもあるしな――しかしだからといって油断していい訳ではない。特にテンカワは今の内にエステのスペックもそうだが、デルフィニウムのスペックデータも頭に叩き込んでおけ……先ほども言ったが万が一という事がある。交戦という可能性は
あくまで万が一という風な慎重な声色だ。けど、それが却って戦闘が起きるのを確信しているようにも聞こえる。
「万が一、交戦となった場合はヤマダがフォワード、テンカワがバックスだ。ヤマダ、ナデシコへもそうだが、テンカワにも可能な限り目が向かわないようにしろ。正規パイロットの役目を果たせ。テンカワ、戦う事となったら今度は空戦だ、それに重力も弱い、サセボの時とはかなり勝手が違う、注意しろ」
『ダイゴウジガイィだ!! ……了解、任せろ!』『了解です』
ヤマダさんは抗議しながらも頷き、アキトさんは素直に応じる。
前回と状況は違っている。だから戦闘は無いと思いたい。打った手が功を奏したと。
そう、軍と話が付いた以上は戦闘は起こりようがない筈……だけど、落ち着かない。胸がザワザワしてしまう。
やっぱりアキトさんがパイロットになったからだろうか?
「あ、アキト! アキト!」
アキトさんの姿がウィンドウに映った為に、神妙な様子だったユリカさんがはしゃぎ始める。
その変わりようにユリカさんらしいと思いながらも、呆れた感情も出て来てしまう。…苦笑も。
「パイロットになったんだよね」
『あ、ああ』
「コックで頑張る姿もかっこ良かったけど、パイロットの姿もかっこ良くて似合ってるよ!」
『そ、そうか?』
「うん! アキトは私の王子様だもん! 何をしててもかっこ良いし……パイロットになって私を守ってくれるんだもの! えへへ、ユリカ嬉しいなぁ!」
頬を紅潮させてアキトさんに向けてそう言うユリカさん。――だけど、
「艦長、悪いが作戦中だ。余り長話は……テンカワにはまだエステのレクチャーがある。時間が惜しい」
「あ、はい。了解です。じゃあアキト! 頑張ってね! パイロットの事も応援してるから! ユリカも艦長として頑張るから!」
その信じ切った言葉。アキトさんがパイロットをする事に何の疑いも持たない言葉に――
「――」
「ル、ルリルリ……?」
「……なんですか?」
「ど、どうしたの?」
「何がですか?」
「えっと……」
ミナトさんに話しかけられるけど何が言いたいのか分からない。できれば今は放って置いて欲しい。
「すみません、用がないのでしたら話しかけないでくれませんか? ゴートさんも言ったように今は作戦中ですし」
「え、ええ……そうね」
「?」
ミナトさんは口を閉じると正面に向き直った。本当に何の用だったんだろう? 何時も言いたいことをハッキリというミナトさんらしくない。
……ふと、左の方を見るとメグミさんが何故かよそよそしい気がする。コンソールを意味もなく操作している。…確認作業とも思えない。
「……」
いえ、そんなことはどうでも良い。
ユリカさん、貴女はアキトさんが――、……!
『有人宇宙ステーションから分離する反応を確認。こちらに接近中。デルフィニウムと確認しました』
思考に埋もれる直前、IFSを通じてリンクしているナデシコのレーダーに動きを感知。同時にオモイカネからの
宇宙ステーション……第三防衛ラインに動き!? ……それ以外は?
『確認できません。動きがあるのは第三防衛ラインの中でも、その宇宙ステーションだけです』
私も他のレーダーに動きがない事は分かっていたが、一応問いかけるとオモイカネも同様の意見を返す。
そのやり取りは一瞬だ。神経を通じて脳と身体の末端が信号をやり取りをするのと変わらないぐらいに。
「方位3-1-5、凡そ10時の方向、仰角40、距離150㎞の有人宇宙ステーションからデルフィニウムの分離を確認。数は9、本艦に接近中です。接触まで……」
私は直ぐにブリッジの皆に伝える。
「デルフィニウムの発進!? そんな話は聞いていないが…?」
「ふむ……」
「間違いないのかい、ルリちゃん!?」
「はい、デルフィニウム9機、一個中隊分が接近中です」
ゴートさんが訝しそうに、プロスペクターさんが考え込むように、アオイさんが少し驚いた風に尋ねてきたので、私は肯定する。
それを聞いて、アオイさんはどうして? と困惑した表情をするが、正面ウィンドウを見て考え込むような様子も見せる。そこには軍大学を次席で出た秀才の一端が垣間見えた。状況を把握し打つ手を探ろうとしている。
「接近中のデルフィニウム隊から通信! これより本艦の護衛及び先導を行う……との事です」
「護衛? 先導? やはりそのような話は……」
「ふむう、確かに木星蜥蜴の襲撃がないとは言い切れませんが……」
メグミさんの緊張した声にゴートさんとプロスペクターさんが応える。
「全艦に通達! 第一戦闘配置!」
「ユリカっ!?」
「エステバリスは出撃準備! ただし後部ハッチへ移動させて下さい」
ユリカさん……艦長の決断は素早かった。
「ジュン君、万が一だよ」
「! ……そうだね、分かった! 全艦戦闘配置! エステバリスの出撃準備を!」
困惑していたアオイさんに艦長は振り向いて告げると、彼は頷いて命令を復唱した。アオイさんとて不穏なものを感じていたのだろう。切り替えは早かった。
「りょ、了解! 全艦第一戦闘配置! エステバリスは出撃準備! 後部ハッチへ移動して下さい!」
「メインエンジン出力70%、サブは100%へ、ミサイル、レーザー、主砲、全てオールグリーン! 何時でも撃てるわ」
メグミさんは戸惑いながら命令を実行し、ミナトさんも真剣に機関部と火器管制をチェックする。
「デルフィニウムには先導と護衛は不要と伝えて下さい」
「は、はい。……もしもし聞こえますか? こちらは機動戦艦ナデシコ――」
更なる命令にメグミさんは慣れず戸惑いが抜けないながらも、声優に相応しい確りとした口調で艦長の言葉をデルフィニウム中隊へと伝える。
「艦長、命令を受けているという事で応じられないと言っています……どうしますか?」
「分かりました。これ以上の通信は必要ありません。――ナデシコ、速力最大! デルフィニウム部隊が進路を塞ぐ前にその脇を通過します」
「了解! ナデシコ最大船速! 進路そのまま前進! 上昇!」
「りょ~か~い! 一気に駆け抜けるわよぉ!」
メグミさんを通じて得たデルフィニウムの返答に、艦長が指示を出してアオイさんとミナトさんが応じた。
これにさらにナデシコが応えて船体が加速する。これに凡そ10時方向から真っ直ぐ接近していたデルフィニウム中隊は対応できず、ゴートさんの言う所の高くない運動性の所為で方向転換が鈍く、こちらの急な加速に驚いたというのもあるのだろうが、一気に上昇するナデシコの進路先へ割り込む事が出来ず、横から抜かれるように白亜の艦を見過ごす事になった――が、
「デルフィニウム中隊、上昇追走してきます」
横を通り過ぎて十数秒…方向をようやくナデシコの方へ向けたデルフィニウムは、その大型ロケットの推力を活かして上昇してきた。
重いといってもナデシコよりは流石にずっと軽い。機体の重量とロケットの推力比もあってグングン距離を縮めてくる。
それを私は報告し、
「ふむ……やはりこれは」
「うむ……」
プロスペクターさんとゴートさんが頷き合う。
「フィールド最大出力!」
「了解! ディストーションフィールド最大出力!」
艦長と副長の指示が飛ぶ、私も了解と答え、今の相転移エンジンの出力で出来る限り強固なフィールドを張る。それに僅かに遅れて、
「デルフィニウムからミサイルの発射を確認。着弾まで……」
「やはり撃って来たか!」
私の報告にゴートさんが応えるように短く叫ぶ。直後に衝撃! ナデシコのフィールドにデルフィニウムのミサイルが当たった。メグミさんの悲鳴が聞こえた。
「……これ以降、追走するデルフィニウムを敵と認識します!」
「……」
「ジュン君!」
「……あ、ああ、了解! これよりデルフィニウムを敵と認定!」
フィールド越しに揺れるナデシコ……ブリッジで艦長が宣言し、唖然として戸惑いを見せていたアオイさんも艦長の目を見て遅れて追認。
それに頷く艦長。
「エステバリス出撃! 追撃してくるデルフィニウムへ対応して下さい! ただしナデシコの防衛に専念。こちらから余り距離を離さないように!」
「了解! エステバリス出撃! ナデシコの防衛を最優先! 艦から余り離れるなよ!」
ゴートさんがエステバリスへ……アキトさん達へ指示を出す。戦況を示す正面ウィンドウの脇に小さくパイロット二人のウィンドウが投影される。
「アキト、頑張って、気を付けてね!」
『ああ』
ウィンドウ越しに艦長の言葉に頷くアキトさん。緊張が見える顔……だけど、一瞬私と視線が合って、
『……』
無言で笑顔を見せた。大丈夫だと言うように。
「……アキトさん」
小さく呟く。その時には既に後部のハッチから2機の空戦フレームが飛び出していた。
◇
世の中、やはりそう簡単に事が運ぶ訳ではないらしい。
……いや、ルリちゃんの打った手は十分上手くいったと思う。他の防衛ラインは動いていないのだ。
何となくだがデルフィニウムだけが動いた理由は察しが付く。全体が無理なら小規模でも動かそうという事なのだろう。
スキャンダルに混乱し、そこにネルガルの工作が加わり、主流派の劇的な交代が行われる中で足掻く連中が居るという事だ。
先導だとか、護衛だとかは真っ赤な……とはいかないまでも、正式な命令ではないのだろう。
『おっしゃ! 行くぜアキト! レッツゴー! ゲキガンガー!』
「おいおい、ゲキガンガーじゃないだろ」
『ノリの悪い事、言ってんじゃねえ! 熱くなれよお前も!』
ガイの奴は元気だ。軍の教育を受けた正規のパイロットで、躊躇いがないから当然なんだろうけど……こいつの場合は自分が戦闘で死ぬだなんて思ってないんだろうな。
……そう思う。だから恐怖がないのだと。
『と、来たな! キョアック星人ども! このダイゴウジガイ様が相手になってやるぜ! 喰らえ! ゲキガァンビィィームッ!!』
迫るミサイルにラピッドライフルを撃つガイ機。それは面白いように次々とミサイルに当たりナデシコのフィールドを削る事も艦自体を揺らすこともない。
俺もそれに続いてまずはナデシコを討たんとするミサイルを排除する。これはバッタを相手にするよりもずっと楽だが、
「……!」
ミサイルが止み、デルフィニウムが上昇し接近してくる。
見るにまだミサイルは残っているようだが、距離が空いたままではこっちに迎撃されると判断したのだろう。
しかも、
「くっ!」
デルフィニウムから火線が伸びた。銃撃だ。
スペックデータを確認した時に見た。原作と違ってミサイル以外の飛び道具をこいつらは持っている。
アーム……エステと同様、手が付いた腕を持っているのだから当然と言えるかも知れない。
某可変戦闘機が持つガンポッドのようなものを腕に保持してこちらに向けてくる。
『当たるかよ! うらぁぁー! お返しだッ!』
ガイが叫ぶ、前へと突撃しながら上下左右に動きながら火線を避け、デルフィニウムにライフルを向けて発砲。
デルフィニウムも回避機動を取るが、大型ロケットを抱える図体の大きさが仇となって避け切れずに被弾。
一機のデルフィニウムが本体に直撃、更にもう一機がロケット部に火花が咲いて派手に誘爆。
前者は脱出ポッドが射出されて機体は制御不能に陥って落下。後者も誘爆するロケット部の切り離しが上手くいかなかったらしく、本体部分も火球に包まれてこれまた脱出ポッドが作動した。
『はっはっはっ! 見たかダイゴウジガイ様の強さを! 怖いなら逃げても良いぜ!』
そんなことを言いながらライフルを持たない左手の人差し指を立てて、くいくいっと手招きしてデルフィニウムの奴らを挑発する。動きを止めて敢えてフィールドで銃撃を受けながら如何にも子馬鹿にしたように。
調子に乗り過ぎだろ、と思った――が、直後、挑発を受けた残りのデルフィニウムの火線が全て集中して、
『今だぜアキト! 奴らの横ががら空きだぁ!』
「! ……分かった!」
そういう事か! ガイが敵を引き付けた事を理解してバックスとしての役割を果たす。
敵の目が逸れた事を理解して敵編隊の側面へ回る。ガイはこれに合わせて更に動く、踊るように回避機動を行いながら、銃撃を派手に撒き散らし敵の目を引き続け、
「取った!」
こちらに無防備な姿を晒すデルフィニウム達をロックオン! トリガーを……入れようとして躊躇った。
人間が乗った兵器を撃つ、寸前になってその事が脳裏に過って……一機のデルフィニウムがこちらにセンサーを向け―――
「―――ッ!? うぉおおおお!!」
バッタとジョロ、それには感じなかった不快な気配……殺意! 多分そんなものだと思う。それを感じた瞬間に叫んでトリガーを入れていた。
◇
ナデシコに戻った。
脱力してシートへ凭れ掛かった。
『おお、やったなアキト!』
「あ、ああ……」
『どうだ! 俺様の実力! 俺様の頭脳プレー! ガイ様に掛かればあんな連中屁でもないぜ!』
「……ああ、流石だよ。正規のパイロットなだけある」
『はっはっは、そうだろ! そうだろ! しかし俺様が凄いのは正規パイロットだからって訳じゃねえ! 俺様が地球を守る
「……そうだな」
今度こそ調子に乗るガイ。だけど、突っ込む気力も諫める気力もない。
とにかく……どっと疲れた。
戦闘は損害なく、そして圧倒的な勝利で終わった。
ゴートさんの言う通りデルフィニウムはそれほど脅威ではなかった。
当然か……この戦争で連合軍が苦戦を強いられている事からも分かるように、バッタにも苦戦している機体だ。それら無人兵器を上回る性能を持つエステとの性能差は如何ほどか。
原作で包囲されたガイが無傷だったのも分かる。分かるが……。
「……」
どうだったのか? それでも確認する余裕はなかった。戦闘の中で墜ちたデルフィニウムから脱出ポッドは本当に射出されたのか?
ガイが最初にやった奴は、半ば傍観した位置だったから確認できた。けど、
『アキト! やったね! 今ナデシコも防衛ラインを抜けたよ!』
「ああ」
ユリカ嬢が言う。
それは分かっていた。状況を示すウィンドウがコックピットに浮かんでいるから。
それを見るに結局動いたのはやはり第三防衛ラインのデルフィニウム……それもナデシコの進路上にあった部隊だけだった。
『これもアキトのお蔭だね! さすがは私の王子様! 凄かったよ! かっこ良かった!』
「……ああ」
『……アキト?』
『艦長、アキトさんは疲れています。少し休ませて上げて下さい』
『あ、ゴメン、アキト……そうだよね。ユリカ気付いてあげられなくて』
『……いいですから艦長、仕事に戻って下さい。まだ防衛ラインを抜けたばかりです。軍が追撃してくる可能性も、木星蜥蜴が襲撃してくる可能性もあります』
『う、うん……それじゃあ、また後でね、アキト』
「……」
『アキトさん、お疲れ様でした』
ルリちゃんの労いの言葉でブリッジからの通信が切れた。
気遣いなのだろう、ルリちゃんの。……正直ありがたかった。今はユリカ嬢の元気の良さを相手にする気力は本当にない。
「……俺は」
脳裏に先程の戦闘の事が過る。
まだ殺したとは決まっていない。でも、それでも、
「殺し合い……か」
例えデルフィニウムのパイロットが死んでいないのだとしても、人間と殺し合ったという事実は変わらない。
あの時、デルフィニウムのセンサー……カメラを、目を向けられた瞬間――覚えた不快感……感じた殺意に恐怖して叫んでトリガーを引いたあの瞬間、
「俺は――」
――そう、これで人が死ぬかも知れないと分かって、それでも、ただ死にたくないと、殺されたくないと思って……撃った。
「――殺そうとした」
明確に、自分の意思で。
「う……」
気持ち悪い。吐き気がして、胃からせり上がるものに堪えられず――ぐっ……それでも堪えた。俺はパイロットになると決めて、頑張ると決めたから。
あの子に……一緒に頑張ろうと誓ったルリちゃんに。
だから堪えた。胸と腹からくる不快な気持ち悪い感覚に。
それに負けたら誓いをもう二度と守れない気がして、二度と頑張れないような気がしたから。
だから――堪えた。
次はサツキミドリでの話かと思われたかもしれませんが、実はまだ突破してませんでした。
戦闘回という事からか最後は暗くなってしまいました。戦闘シーンそのものはあっさりしてますけど。
今回は展開もそうですが地味にオリジナル部分が加わってます。フクベ提督の所とか。
で、今回戦闘が起きた背景ですが、後々明らかにしたいと思います。ナデシコが火星に行った後ぐらいでしょうか?
ゆっくりしていきやがれ様、黄金拍車様、244様、クオーレっと様、teemo様、誤字報告などありがとうございます。