「深海棲艦だ!」
小隊長含め、正面に相対していた佐田分隊の隊員が発砲する。
小銃と機関短銃のマズルフラッシュが暗闇を照らし、轟音が木霊する。無数の弾丸が少女に向かって飛翔したが、少女の体の十数cm手前でストップ。大小の弾丸は運動エネルギーを失うと、重力に引かれて、床に落ち、鈍い音を立てた。
少女は防御の障壁を展開したのだ。蒼く光る目や灰色の肌といった容姿に加えて、障壁もならば、深海棲艦なのは間違いない。
「後退しろ!」
分隊長の佐田軍曹がハンドサインと声で命令する。小銃の弾丸は対人用のフルメタル・ジャケット弾ではない。至近距離なら10mm鋼板も貫通する徹甲弾である。それが効かないとなれば、分隊員が持つ武器のほとんどが意味がない。
「佐田分隊、深海棲艦と遭遇、戦闘中!」
佐田軍曹ともう一人の隊員、大川伍長を殿に分隊は後退する。深海棲艦の少女は微かな笑みを浮かべている。佐田軍曹は果敢にも少女に向かって、小銃を撃つのだが、それはこけおどしにもなっていない。
その証拠に少女は佐田軍曹達の後退速度に合わせて、前進してくる。
「ローディング!」
佐田軍曹の小銃の弾が切れた。共に殿に付いていた大川伍長が佐田軍曹の代わりに前に出て、発砲する。
大川伍長の得物はセミオート式ショットガン。近距離では小銃以上の制圧力を見せる武器で、「男は黙ってショットガン」という格言があるくらいだ。そして、装填されている弾は貫通力に優れたフレシェット弾(ダーツ状の弾)である。
撃ち出されたフレシェット弾はその鋭い先端を少女の障壁に突き立てたが、それまでだ。貫通はできない。
「くそっ、くそっ」
大川伍長はショットガンを連射するが、弾は防がれ、無残にも床に落ちていく。
深海棲艦の少女は床に落ちたフレシェット弾の1つを右手で拾い上げ、ダーツを投げるときのようにフレシェット弾を構えた。笑みを消し、真剣な眼差しになる。
そして、大川伍長に向けて、投げた。
「ごっ――」
投擲されたフレシェット弾は簡単に大川伍長のアラミド繊維強化プラスチックヘルメットと頭蓋骨を貫き、脳髄を破壊した。大川伍長は糸が切れたように倒れる。
「ちくしょう!」
佐田軍曹は悪態をつき、再び小銃を撃とうとした寸前、後ろから「伏せろ!」という声。
言うとおり、伏せる。そしてポコンッという間が抜けた音が後ろからいくつかしたと思ったら、風切り音が真上を通り、少女に爆発が起こった。
爆発による煙で咳き込みながらも、これを機に佐田軍曹は急いで後退し、曲がり角で待機していた他の隊員と合流した。
爆発の正体はグレネードランチャーの成形炸薬弾である。小銃にグレネードランチャーを付けている兵が放ったのだ。
「ご無事ですか?」
「大川がやられた」
佐田軍曹がまだ咳き込みながらも、さっきまでいた通路を伺う。煙で何も見えない。追ってこないあたり、死んだのだろうか? 佐田軍曹は他の分隊員の方に向き返り、小隊長について尋ねた。姿が見当たらない。
「小隊長は他分隊と通信ができないため、一度地上に出て直接向かう、と。分隊は後退せよ、とのことです」
「通信が?」
佐田軍曹は胸に付けてある無線機を見る。特に壊れている様子はないが、ヘッドホンからはノイズばかりだ。分隊員の声は拾えるようだが、他の声はノイズにかき消されて、聞き取ることができない。
これではどうしようもない。佐田軍曹は決断する。
「地上まで後退する」
「私が地上まで後退させると思う?」
深海棲艦の少女が、さっき戦っていた曲がり角から、ひょこっと顔を出し、喋った。それも流暢な日本語で。佐田軍曹達はぎょっとする。
「この島から逃がさないよ。誰も」
そう言って、少女はすさまじい速度で左手を出し、佐田軍曹の首をつかんだ。そして、その華奢な手にあるとは思えない握力で、縊り殺す。あまりに握力が強すぎて、頭と体が千切れて落ちる。
そして開いている右手で、撒くような動きをした。
次の瞬間、他の分隊員は全員冷たく、凍っていた。
他の小林分隊と木村分隊は何をしていたか?
工作機械が立ち並ぶ工廠区画で「小人」と戦っていた。
「木村分隊は分隊長を始め、多数が戦死しました」
先行していた木村分隊は待ち伏せていた機関銃の猛撃を食らい、分隊員の大半が骸を晒していた。生き残っているのは3人だけ。しかも1人は虫の息である。
「とにかく後退しなければならんが、地上にも佐田分隊にも通信は繋がらんし……」
小林分隊は木村分隊とは別ルートで司令・管制区域に進んでいたので、攻撃は受けなかった。しかし、木村分隊が敵の攻撃を受けているため、援護に向かったら、木村分隊はほぼ壊滅状態。木村分隊を攻撃していた「小人」を側撃して撃破し、木村分隊の生き残りと合流するも、敵の援軍が来て、ミイラ取りがミイラ。そんな状況だった。
ただ、工作機械の土台部分は鋳鉄や鉄筋コンクリート製なのは幸いだった。対弾能力は十分にある。機関銃弾が何十発撃ち込まれようと、表面を少し削る程度だ。
「敵は一体何者なんだ。あんな奴、陸上深海棲艦の類別の中にあったか? くそっ」
小林曹長が悪態をつく。隠れている旋盤の影から少し顔を出して、敵方を見ると、「小人」達が距離を縮めようとしていたので、小銃を一連射して阻止する。「小人」はフライス盤の影に隠れる。反撃として、機関銃の一連射が返ってくる。
「小人」は白雪姫のおとぎ話に出てくるような感じだ。老人風ではないが、頭と目がでかくて、体が小さい。そんな奴らが機関銃やら手榴弾でこっちを攻撃してくるのだ。
「ファンタジーなら、可愛くて、空飛ぶ妖精の方が良かったぜ。しかし、サーチライトがうざったいな」
「小人」達は小さいながらも強力な光と投射するサーチライトを持っていた。それで、小林分隊が隠れている工作機械周辺を照らしているので、うかつに顔を覗かせることもできない。これが完全な暗闇ならば、まだやりようがあるのだが。天井も高さがないから、擲弾の曲射撃ちもできない。弾薬もそんなに多くない。じり貧だ。
小林曹長は無線を送信モードにして、分隊員に作戦を話す。
「敵の方を向いて右側の方に、ありったけの手榴弾を投げて、敵の気を逸らす。そのとき、サーチライトを破壊して後退……どうだ?」
あまりに安直な作戦だが、「小人」達が迂回して包囲されてしまうよりかはマシだ。
『サーチライトを破壊するのと後退の援護をするのは誰です?』
「出島と天堂、できるか?」
『天堂了解、やってみます』
『出島了解』
「1、2、3の3で投げろ。1……2――」
ズドドドドドド。カウントダウンの途中、自動小銃や軽機関銃よりももっと重い音が響き渡り、床を通じて、その威力を感じる。
「何が起こった!?」
小林曹長は事態の把握に努める。無線で返ってきたのは「隣の旋盤に隠れていた分隊員が隠れていた旋盤ごと撃ち抜かれて、跡形もない」というものだった。
工作機械の土台というものは工作機械の切削加工や研削加工時の振動を抑えるため、重く頑丈にできている。12.7mm弾でもそう簡単に抜けるものではない。それを抜いたということはもっと大きな大砲が投入されたことになる。急がなければならない。
「もう一度カウントダウンを――」
コツン。小林曹長の頭に何かが当たった。当たった方を向く。
「え?」
小林曹長に当たったものは艦娘用の九六式25mm高射機銃の銃先だった。
小林曹長は南方戦線での作戦に参加した時に、艦娘を近くで見たことがあった。うら若いどころか、子供の女の子におもちゃみたいな大砲と煙突やマストの付いた箱――「艤装」というらしいが、それを背負わせている……できの悪いSFか、変態の妄想のような感じ。印象深かったから、覚えている。
体の部分こそ、ヒト型の黒い何かだが、背負っているものはまさに艦娘の艤装ではないか。
小林曹長はとっさに「艦娘らしきもの」の機銃を持つ腕を引っ張り、左に倒れ込ませた。そしてサイドアームの拳銃を抜き、「艦娘らしきもの」の黒い頭部のこめかみに突きつけ、発砲。しかし、穴が開くだけで、「艦娘らしきもの」の動きは止まらない。
「艦娘らしきもの」は倒れたまま、右腕が振り上げる。右手はナイフのように変形。小林曹長の胸――肋骨の合間を縫って、心臓を突き刺した。
「ぐッ!」
「小人」といい、この「艦娘らしきもの」といい、何なんだこいつらは。
心臓が止まり、意識が薄れる中、小林曹長は2つの手榴弾のピンを抜き、自分と「艦娘らしきもの」の間に落とした。レバーが飛び、信管が作動、爆発する。
破片をもろに浴びた小林曹長は即死、「艦娘らしきもの」も無力化される。しかし、「小人」達は健在だ。「艦娘らしきもの」による混乱に乗じて、突撃。小林分隊と木村分隊の生き残り全員を撃ち殺し、制圧した。
小隊長が地上に続く階段を上り、外に出て見たものは複数の爆弾穴と散らばる国田分隊の骸。空を見上げれば、武装ヘリが飛び交う光の線から逃れるように、急激な戦闘機動を行っていた。
あっけに取られて、突っ立っていると、ヘリのエンジンとは違う、くぐもったレシプロエンジン音が聞こえた。
音の方を向くと、双発機がこっちに機首を向けて、突っ込んできていた。
撃たれる! 小隊長は反射的に近くにあった爆弾穴に転がり込む。放たれた機銃弾は小隊長には当たらず、地面を穿ち、炸裂。20mm程度の弾とは比べものにならないくらいの爆発で、大きく土煙を起こす。小隊長は間一髪で助かった。
「航空攻撃!? なんてこった!」
地下も地上も無事な状態ではない。滑走路は破壊しているのに、どういうことなのだろうか? 複数の双発機が空を舞っている。
空で爆発。武装ヘリが相対していた双発機の機銃弾をもろに食らい、燃料タンクが爆発したのだ。ヘリは機首とテール部分で折れ、ローターはクルクル空回りしながら、炎を上げて落ちていく。
空を舞い、死を撒いている双発機の名前はキ102乙。1400馬力エンジン2基を翼に、胴体に57mm機関砲と20mm機関砲という強力な武装を搭載した襲撃機だ。
護衛の武装ヘリを失った輸送ヘリはキ102乙のなすがままに57mm砲弾を撃ち込まれ、爆発四散する。
ヘリは6機全機撃墜された。
小隊長は爆弾穴の中から、1人、キ102乙が我が物顔で舞う空を見上げる。
一体どうすれば良い? ヘリを失った烈日部隊はただの軽武装の歩兵にすぎない。孤立無援状態でこの島の深海棲艦と戦って勝てるか?
「あなた達の負け」
愛嬌のある、艶やかな声がした。小隊長はゆっくりと声の方に振り返る。
深海棲艦の少女が爆弾穴の中の小隊長を見下ろしていた。右手には烈日部隊が使っている拳銃を持ち、小隊長に銃口を向けている。
地下の暗闇ではよく分からなかったが、太陽光の下に出た少女はなかなかに整った顔立ちをしていた。黒っぽくみえたフリルの服も、実際には明るい青をしている。しかし、灰色の肌は不健康そうで、あんまり気持ちがそそらない。小隊長はこんなに間近で深海棲艦の顔など見たことがなかったので、少し驚いた。そしてなぜか、つい、笑ってしまう。
「あなた達の負けよ」
少女が再び言った。
「そうかい!」
返事。小隊長は小銃を構え、引き金を引く前に、少女に額を撃ち抜かれた。
頭に風穴が開いた死体は後頭部から汚く脳髄を撒き散らして、仰向けに倒れた。
少女が笑う。その声は決して下卑た笑い声ではなく、物事を純粋に楽しんだかのような、淀みのない綺麗な笑い声だった。