これは「敵襲などにすぐさま対応可能なように」ということもありますが、一番の目的は「艦娘の管理」です。
艦娘の服制
艦娘の服制は正装、第1種礼装、第2種礼装、第3種礼装、通常礼装、第1種軍装、第2種軍装、第3種軍装、第4種軍装、第1種作業服、第2種作業服、その他の11種である。
艦娘は階級的には士官のため、これらの被服は自弁となる。さらに以下の被服の他にも、普段着や外出着、下着、日用品、身の回りの物一式を揃えるため、莫大な金額になる。しかし、艦娘は最初、お金を持っていないため、軍装手当で不足する金額は借金をして補う。艦娘は基本的に高給与のため、無駄に散財をしなければ、借金返済に苦労することはない。
・第3種軍装
陸戦用被服。略帽、略衣、略裳、剣帯、短剣、黒革製の短靴、白色のブラウスが基本セット。戦闘時には戦闘帽を被る。ネクタイは正式な場では着用する。略帽ではなく、軍帽を着用することも許されている。戦闘時は戦闘帽、弾帯、戦闘靴を着用し、小銃を装備する。
略衣:青褐色迷彩の開襟平襟式背広服型のジャケット。
飛行機での八丈島橫須賀間はたったの一時間。磯波と浦波はすぐに橫須賀海軍航空基地に降り立った。
連絡機のタラップを降りた磯波は飛行場に吹く秋風に、少し身を震わせる。
「そうか、10月だもんね」
本土からすれば、八丈島や双子島は南の島。本土の10月では夏は過ぎ去り、冬の気配を感じてくるものだ。空を見れば、いわし雲が浮かんでいる。
基地にも戦場のピリリとした緊張感は漂っていない。ようやく、本土に帰ってきたのだ。
磯波と浦波は橫須賀鎮守府司令長官の後野有作大将に双子島の件を報告した。
双子島特別根拠地隊は珍しく警備府や艦隊の所属ではなく、鎮守府の所属だったため、指揮系統をたどれば、後野大将が磯波達の直属の上官になる。
報告を聞いた後野大将は「ふーむ」を軽く唸り、ぼんやりとした締まりのない顔でこう言った。
「じゃあ、どうしようか?」
「と……言いますと?」
磯波が要領を得ず、聞き返す。
「うん、根拠地隊が壊滅した以上、2人は実質的にはどこの無所属状態でしょ」
「はい、そうです」
「どこか、希望する部隊とか勤務地がある? あるなら配慮するし、どこか良い場所に推してあげても良いけれど」
「は、はあ」
磯波は思わず間の抜けた返事をしてしまう。磯波自身は、海軍は双子島に対してすぐに作戦か何か、行動を起こすと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。のんきに考えすぎではないか、と磯波は思わず不安になる。
「あ、でも、前線部隊は難しいね。浦波ちゃんの方は足がそれの状態じゃ、しばらく海に出れないし、動力艤装も喪失。前線じゃ、どこの部隊もある程度まとまった数で欲しいから、ちょっとね」
「はい、そうですね」
浦波は自身の右足を見て言った。包帯にくるまれ、松葉杖をついている状況では戦闘など無理だ。
「双子島への攻撃は……」
「あそこは、そもそも空軍基地だからね。空軍ですら、事態は把握し切れていないようだし、横鎮に揚陸部隊はいない。現段階では何もしようがないよ」
続いて後野大将は目を細めて、言う。
「仇を取りたかった?」
「仇……ですか?」
磯波は自問する。防空壕に逃げず、艤装の用意をしてくれた整備兵達? 浦波をコンクリート片から守った整備兵? 指令を出してから、瓦礫の下敷きになった田中中佐? 無残な肉塊になった七六式攻撃艇の搭乗員達? 自分達のために死んでいった人達のため?
なんで、自分はそんなに戦い急いでいる?
「双子島が本当に『暴走』ならば、そのうちに辞令がくるから安心しなよ。特に希望がないようだから、とりあえず、うちの防備戦隊に配属ということでいいかな」
磯波はうつむくように首を縦に振った。
報告が終わると、浦波は即刻海軍病院へ、磯波は被服や給料関係のことで、主計科を尋ねなければならなかった。
預金通帳を始め、判子や各種軍服といった身の回りのものは、すべて双子島。ほぼ着の身着のままで逃げ出したので、様々なものを再発行したり、作り直さなければならない。
幸いにも、個人証明となるIDカードは肌身離さず持ち歩いていたおかげで、通帳はすぐに再発行でき、第三種軍装と第四種軍装は既製のものがあった。ただ、第四種軍装は従来の青いセーラー服から、黒いセーラーに変わっていたが。
必要なことをこなし、磯波は艦娘用宿舎の、自分にあてがわれた部屋に入った。
部屋は相部屋で、ベット、机、箪笥が一通り揃っており、窓も大きく、風通しは良さそうだ。すでに入居者がいるらしく、片方の机には教本や資料、筆記用具、カレンダーがあった。
そういうものに混じって、船の模型があった。喫水線より上のみの模型で、磯波は手に取って見てみる。
模型自体は珍しいことではない。手先が器用な艦娘は自身が艦だったころの姿をフルスクラッチして飾っていることもままある。しかし、この模型は駆逐艦や巡洋艦といった戦闘艦ではない。商船なのだ。
舷側は乾舷の半分の高さまで黒色、それから上は白色で塗装されており、両舷の前後に日章旗が描かれている。甲板は木張りで、クレーンとハッチがあるあたり、貨物船のようだが、舷側いっぱいに窓があることから、貨客船なのだろう。海面は船が切り裂いた白波が再現してある。
丁寧な塗装と作り込み。思い入れの強さが伝わってくる。台に付けられた金色のプレートには「NITTA MARU」とアルファベットの黒文字で書かれている。
「にった……まる」
にったまる。新田丸。やはり貨客船なのだ。
「誰?」
聞き取りやすい、凛とした声。声の方に振り向く。
白の七分丈の和服に濃藍の袴の着た少女が立っていた。黒く長い髪は黄色のリボンで1つにくくっている。
「本日、横鎮防備戦隊に着任しました駆逐艦娘の磯波です」
磯波は模型を机において、敬礼する。
「ああ」
少女は磯波の話は聞いていたのか、すぐに納得したようだ。
「
「え、新田丸じゃ……」
少女は少し表情を曇らせた。そして、チラリと机の上の模型に目線を走らせる。
「……今は、冲鷹。冲鷹なの」
冲鷹は「今は」をやけに強調して言った。そこには少し諦観的な、寂しい雰囲気が混じっているように磯波は感じた。
「ごめん」
磯波は少し気まずくなり、謝る。しかし、冲鷹自身は特に気にする様子もなく、袴と和服の第四種軍装を脱ぎ、磯波が今着ているのと同じ、冬服の第一種軍装を箪笥から取り出す。
「前はどこにいたの?」
冲鷹は着替えながら、磯波に尋ねる。
「双子島の特別根拠地隊に」
「双子島……ああ、小笠原の北の」
磯波は双子島と言うのはまずかったかな、と思ったのだが、冲鷹は双子島の一件について特に何も知らないようで「その前は?」と続けて聞く。磯波は少し安心して、ベットのマットレスに腰掛けてから、話し始める。
「その前はソロモン戦線に長くいたけど、部隊整理で後方に下げられて双子島に」
「1人で?」
「いや、妹の浦波と一緒。ああ、でも浦波は艦娘学校を卒業したばっかりで、他部隊の連携に慣れる意味合いもあって、私と一緒に双子島に」
「浦波? 貴方があの子の姉なんだ」
冲鷹は驚いた様子で言う。聞くと、艦娘学校で、冲鷹の一期下の後輩が浦波だったそうだ。空母艦娘と駆逐艦艦娘で艦種は違うが、訓練などで一緒だったらしい。
「磯波姉さんと一緒の部隊になるんだ、ってよく言ってた。姉妹仲が良いって、ちょっと羨ましいな」
冲鷹は自嘲気味に笑う。着替え終わった冲鷹は自分の机の椅子に腰掛け、「新田丸」の模型を手にとり、ぼんやりと眺める。
「冲鷹に姉妹はいるの?」
「いるよ。この部屋の隣に2人。大鷹と雲鷹」
冲鷹は親指で後ろの壁を指さす――が、浦波の時とは違い、その2人に対して、特に何も話さない。
「さて、そろそろお昼だし、食堂に行こう」
話を打ち切るように、手にしていた模型を置き、冲鷹は椅子から立ち上がった。腕時計を見てみると、確かに程よい時間である。部屋を出る冲鷹に磯波も付いていく。
冲鷹は隣の部屋の戸を叩いて、姉妹を昼食に誘うことはしなかった。
廊下を歩きながら、冲鷹の背中を見つめる。
姉妹仲が悪いことは簡単に察せられたが、なぜ悪いのかはわからない。磯波は仲裁できたらな、とぼんやり考えていた。