「貴方は……ああ、磯波さん。どうしたの? そんな走って」
磯波の姿を見て、始めに言葉を発したのは大鷹だった。
「今から哨戒ですよね。ご一緒させてもらって良いですか?」
「は、はあ……」
唐突なことなので、大鷹に限らず、共にいた士官も少し困惑していた。防備戦隊の哨戒任務は半分訓練のようなものであるし、駆逐艦艦娘が1人増えたところで特に支障があるわけでない。東京湾は頻繁に船舶の往来がある場所だから、個別に出るより、まとまって出た方が海上交通センターに報告する手間も減る。が、しかし、事前に定まった任務でもある。編成を崩しても良いものか?
「私はかまいません。実戦では、いつも同じ編成というわけにもいきませんし」
「大先輩の磯波さんですし、もち、いいですよね?」
「賛成、賛成!」
鴻型水雷艇の隼、雉、夕雲型駆逐艦の藤波が賛同し、
「まあ、みんなが言うなら」
と大鷹もOKし、彼女らの上司でもある士官も了承した。
コンテナ船、客船、タンカー、進路警戒船、LNG運搬船、軍艦、RORO船、タグボート。東京湾の船の往来は1日500隻以上と頻繁で、その種類も多種多様だ。
なにしろ、港だけで横須賀港、横浜港、川崎港、東京港、千葉港、木更津港の6つ。さらに日本の屋台骨である京浜工業地帯と京葉工業地域もある。人、資源、食べ物、商品、その他いろいろなものが出入りしている。
「これじゃあ、湾外に出るまで全力運転はできないな」
磯波は行き交う船々を見て、ぽつりと呟いた。それを聞いた雉は
「当然です。湾内ですから」
と微笑する。雉にとってはこれが当たり前で、磯波の言葉がおかしく、感じられたのだ。深海棲艦戦争の初期の東京湾は壊滅状態だったことを雉は知らない。
今では再興して、東京の慌ただしい人混みと同じにように、同じ名前を冠する東京湾も慌ただしい。艦娘もその慌ただしさに巻き込まれる。例外は敵襲時くらいのもので、それ以外は海上交通安全法の下、東京湾海上交通センターの指示を受けて、東京湾から浦賀水道、太平洋と出て、太平洋から浦賀水道、東京湾と帰ってこなければならない。煩わしいことかもしれないが、船舶が安全に航行するためのルールだ。
『艦娘「大鷹」以下4名の浦賀水道航路への侵入を許可します』
「了解。浦賀水道航路へ侵入します」
センターからの通信に大鷹が答え、赤い右舷浮標で区切られた水域に入った。そして密集隊形で、12ノットに速力を維持する。この12ノットという速度も規定されたものだ。
「あ、堡塁の人達が手を振ってますよ」
隼が指を差す。指を差した方向には東京湾海堡のひとつ、第三海堡があった。空に向けられている高射砲やミサイル発射器のそばで、十数人の兵隊が手を振っているのが見える。双子島の砲台は妖精が操作していたが、第三海堡の高射砲などを操作しているのは人間だ。磯波や藤波、大鷹も隼に続いて手を振り返す。
磯波達の前を進む青い貨物船の船員も負けじと思ったのか、手を振ってくる。それにも磯波達は手を振り返す。後ろの小型RORO船や他の海堡からも手を振ってくる。それにも手を振り返す。そして、磯波はこう思うのだった。
「政治家かアイドルみたい」
政治家のように演説はしないし、アイドルのように歌は歌わないけれど、不特定多数に手を振られて、振り返すというのは、まさにそれだ。
「プラス、ヒーロー。深海棲艦からみんなを守る正義のヒーローだよ」
藤波が胸を叩いて、付け足す。それに磯波は思わず吹き出してしまう。
「アイドルでヒーローって、日曜の朝にやっているアニメみたいだなぁ」
「もう那珂ちゃんがいるじゃない。アイドルの艦娘は」
「そういえば、そうだった」
「きっと忘れられてて悲しんでるよ、那珂ちゃん」
笑いながら、磯波達は東京湾を南下していく。
「は、はくしょん!」
一方、その頃、フィリピンのパナイ島沖でPT小鬼の掃討任務に向かっていた那珂はくしゃみをした。
「那珂ちゃん、風邪ひいたの?」
後ろに付いていた皐月が尋ねる。PT小鬼は小さいが強力な魚雷を持つ厄介な敵だ。調子が悪いなら、後退した方が良い。
「鼻水とか出てないし。誰かが私の事噂してるのよ。きっと。だって艦隊のアイドルだもんね」
何を言われようが、めげずに頑張る。それが那珂ちゃんである。
磯波達が笑い合い、那珂がくしゃみをしてから数時間後。
空軍の中部航空方面軍司令部は大騒ぎだった。双子島に派遣した烈日部隊と連絡が取れなくなったことに加え、首都圏への針路を取る航空編隊を確認したからだ。
「青ヶ島の南上空に不明機編隊だと!?」
司令官の細井中将は驚きの声で、副司令官の河石少将の報告を迎えた。
「はい、百里のAEW(早期警戒機)が捉えました。編隊規模はおよそ500機です」
「双子島からの敵ということは……いや、あり得ない。このタイミングで深海棲艦の攻撃……しかも、監視艇の哨戒網を突破してきたか。腹立つな」
双子島基地は今日13日の未明、攻撃隊によって航空施設を破壊している。普及には時間がかかるはずで、こんなすぐに飛行機を送り込めはしない。となれば、深海棲艦だ。
「八丈島の海軍もそれは確認しているのか? 青ヶ島なら八丈島のレーダーサイトの方が先に捉えるだろう」
「それが……八丈島の海軍航空隊基地とは連絡が取れていません。無線、有線ともに応答しないんです」
「なに?」
無線通信はともかく、海底ケーブルによる有線通信まで通じないとなると、八丈島の海軍基地自体が空襲を受けたと考えるのが、妥当である。
「直ちにスクランブルを出せ。入間の高射部隊にも発令。直ちに迎撃態勢に入れ。陸軍と海軍にも通報しろ。あと八丈島には陸軍部隊もいたはずだ。そちらに連絡を取ってみてくれ」
「了解」
敵は監視網をくぐり抜けて、伊豆諸島より東から侵入してきた深海棲艦。双子島からではない。
細井中将は先ほど、そう断定したものの、「双子島から」という不安は拭い切れてはいなかった。
滑走路を破壊したとはいえ、双子島は特殊な基地。航空基地機能をものの半日で回復することはあり得ない話ではない。烈日部隊とも連絡は付かない。
細井中将は机の電話を取り、偵察機部隊に連絡する。
「双子島に偵察機を飛ばしてくれ」
スクランブルで発進した百里基地の五四式戦闘機――コールサイン「プロスター07」、「プロスター11」の2機のパイロットは自らの目を疑った。
『ボギー(所属不明航空機)を視認。多数の航空機……従来の深海棲艦航空機ではない。形状は普通の航空機。少なくとも双発機以上で大型。数は数百ではなく、百数十程度。繰り返す――』
百数十機の航空機が巨大な編隊を組んで、飛行していたのだ。しかも、今まで見たことのある深海棲艦航空機ではない。
深海棲艦航空機は大きく分けて烏賊型、玉型、鷹型の三種類。烏賊型が最初期からいるもので、玉型が2015年あたりから出現したタイプ、鷹型がつい最近出現したタイプであり、それぞれ名前通りの形をしている。
しかし、プロスター07、プロスター11の目の前にいる敵機はその三種のどれでもない。形状だけを言えば、深海棲艦航空機というよりも、ダグラスDC-4のような旅客機に近い普通の大型飛行機だ。ただ、その大きさ自体は全幅数十mというわけではなく、艦娘用航空機のように極めて小さい。
プロスター隊は速度を落として、並走しながら、ボギーの機体を観察する。
ドジョウのような太い胴体に生えた大きな主翼に大きな垂直尾翼。エンジンは4基で左右の翼に2基ずつ。それらの情報をAWACSに報告していく。
『海軍の艦娘用航空機の可能性あり』
プロスター隊はAWACSに海軍への照会を求めた。日本海軍はすでに一式陸攻や銀河といった艦娘用の大型航空機の開発に成功し、運用を行っている。目の前のボギーもそのような海軍の新型機かもしれない。飛行計画の提出為しに、こんな大群で東京に飛来させるというのはあり得ない話だし、撃墜されても文句は言えないが、もし正体が海軍機で、撃墜してしまったら大問題だ。
嫌な気がする。
プロスター07のパイロットは背筋がぞわぞわしていた。あの航空機には底知れぬ悪意のような、憎悪のようなものを感じた。
その腹に収まっているものは何だ?
『こちら、ワイバーン。海軍から返答があった。ボギーの所属、行動目的は海軍も認知していない。また報告された特徴に近似する機体も保有していない』
つまり、海軍の部隊ではない、謎の部隊ということだ。それが東京方面への針路で北上中。
『ボギーをバンデットと認定する。武器の使用を許可する。バンデットを撃墜せよ』
バンデット。明らかに敵であると確認された航空機のこと。AWACSはボギーを自分達に攻撃せんとす敵機編隊だと断定し、撃墜命令を出した。
実際、その判断は正しい。バンデットの正体はかつて大日本帝国陸軍が計画した超大型爆撃機キ91であり、爆弾倉には8tもの対地爆弾が詰まっていたからだ。
『了解。バンデットを攻撃する』
プロスター07、11は敵機編隊の中央付近にいるキ91をロックオン――しようとした時、上空からプロスター07、11へ光の線が降り注いできた。
ロックオンどころではない。急旋回を行い、攻撃から逃れる。が、しかし、
『プロスター11、被弾した! 機体制御不能!』
プロスター11は被弾。機体の右翼が折れ、錐揉み状態になってしまっていた。右翼が折れてしまっては戦闘どころではない。
『脱出する!』
プロスター11のパイロットは射出座席のレバーを引き、ベイルアウトした。
プロスター07、11を攻撃したのはキ91の護衛に就いていたキ83だった。20mm、30mmという大口径機銃をそれぞれ2門ずつ搭載した双発戦闘機である。重装甲な攻撃機だったとしても、20mm、30mmという大威力弾を食らえば、大被害は免れない。
一方、プロスター07は急旋回で高度は落としてしまったものの、無事だった。
プロスター07は失った位置エネルギー分、得た速度エネルギーで増速し、エンジン出力も上げながら、敵機を警戒し、緩い旋回運動を行う。
『今の攻撃はバンデットからではない。別に護衛の敵機がいる!』
しかし、AWACSはキ91以外の敵機を認識していなかった。キ83は双発機と言えども、キ91と比べれば機体は小さく、編隊も組んでいないのならば、レーダーにはほぼ映らない。これは艦娘用航空機や深海棲艦航空機の大きな強みである。ドップラーレーダーでなら捕捉できないことはないが、レーダー照射外の死角から接近されたら気づきようがない。
プロスター07はキ91の編隊から距離を取る。キ83の武装はミサイルではなく、機銃。ならば、距離と取ってしまえば、攻撃はできない。先ほどはキ91を視認できるレベルで接近し、速度を落として並走してしまったからこそ、攻撃されたのだ。
『プロスター07、バンデットを撃墜せよ! 繰り返す、バンデットを撃墜せよ!』
AWACSが急かす。小松と厚木からスクランブル機が上がっているとはいえ、プロスター07が攻撃し損なったら、距離的に後の航空攻撃回数は2回。それらも失敗したら、本土上空で高射砲と地対空ミサイルによる迎撃をしなければならないのだ。AWACS側だって、焦る。
プロスター07はAWACSの焦り声の分、冷静になるよう努め、そして、バンデットをロックオン。
『フォックス!(発射)』
翼下に搭載する空対空ミサイルを発射した。このミサイルは深海棲艦航空機迎撃に特化したミサイルで、極めて大型のミサイルだった。
4発のミサイルは自身のシーカーでキ91の編隊を捉え、直進。敵機の大きさが小さい分、命中こそしないが、近接信管により、破片調整弾頭が起爆する。
4つの火球が編隊の中で渦巻いた。強烈な爆風、爆圧と飛び散る破片。それらはキ91を吹き飛ばし、切り刻む。しばらくすると爆煙の下から、炎上しながら落下したり、バラバラになったキ91が飛び出してきた。
まだ十数機のキ91は飛行していたが、その程度ならば、小松からの増援で十分に処理できる。
しかし、双子島からの攻撃がそれだけではないことを彼らはまだ知らない。
東京湾には明治に建設された3つの人工島があります。それが東京湾海堡で、砲台が備えられていました。三浦半島と房総半島の沿岸砲台を突破し、浦賀水上を北上する敵艦艇を海上から砲撃するために建設されたんですね。
といっても、第三海堡が完成した2年後に関東大震災があり、第二、第三海堡が復旧不可能なレベルで損傷してしまい、第一海堡だけ運用するようになったんです。現在では第二海堡に灯台が建設され、第三海堡は海没し、暗礁になった為、撤去されました。
作中で登場した第三海堡はこれらの海堡を復旧したものです。ミサイルやレーダーが発達しても、やっぱり位置取りというものは大事ですからね。
今からすれば、無駄で邪魔な建築にも感じますが、日露戦争では露ウラジオ艦隊が東京沖に現れたこともあるので、やはり備えというものは大事ですね。