艦娘という存在   作:ベトナム帽子

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03_脱出

 唐突に鳴り響く空襲警報のサイレン。これは海軍にとって、あまり慌てる必要性がないものだった。

 空襲警報は敵が来るからこそ、発される警報である。双子島に接近する深海棲艦の種類は海洋型、飛行型の2種で、両方とも航空機で対処が可能な深海棲艦である。正直に言って、双子島において深海棲艦に対処するのは主に空軍であり、海軍は補助でしかない。むしろ海軍が主となるような状況は「双子島の数km近くまで深海棲艦が接近している」というもので、あってはならない事態だ。

 海軍は、爆発音が聞こえても、警報が鳴り響いても悠長だった。しかし、違和感は感じる。

 警報が鳴ったら、敵の情報も放送されるはずなのに、それがない。その違和感。

 その違和感が感じ取れれば、これが異常事態であることは容易に気がつくことができるのに、正常性バイアスにより、海軍の面々は事態を「いつも通り」と認識していた。歴戦の磯波ですら。

 そして、その認識はすぐに破壊されることになる。

 待機室にいた磯波達は駆け足でブリーフィングルームに向かう。その途中で磯波達は37mm機関砲弾に襲われた。

 合板や断熱材、石膏ボードなど37mm弾の前では紙切れ同然。不幸にも磯波の前を走っていた七六式高速攻撃艇の搭乗員達に直撃、炸裂して、見るも無惨な姿へと変化した。小柄な磯波と浦波は幸いにも前を走っていた人が弾片に対する盾となり、負傷しなかった。砲弾が炸裂し、人がバラバラに、血と肉の欠片になる過程を見ずに済んだ。しかし、盾となった人はうつむけに倒れ込み、磯波と浦波はその凄惨な遺体は見てしまう。

 磯波は唇を噛む。浦波は呆然として立ち尽くす。

 磯波はしゃがんで、自分達の盾になってくれた人を、うつむいた状態から仰向けの状態にする。もしかしたら、生きているかもしれない。しかし、仰向けにしたとき、その希望は捨て去った。顔は半分ほど崩れ、喉や体が弾片でぱっくりと割れて、血がとめどなく流れている。口に手を持っていくが、すでに息はない。磯波は一層、唇を強く噛んだ。

「浦波、格納庫に行こう」

 磯波の声に、浦波は反応を示さない。磯波が振り返ると、浦波はまだ血の海となった廊下を、ただ呆然と見ていた。

 一面に飛び散った血痕、撒き散らされた臓物、変な方向に折れ曲がったり、千切れたり、骨が飛び出している四肢、割れて中身が流れ出る頭蓋。たった数分前までは談笑していた彼らが。

「行くよ、浦波」

 磯波は立ち上がり、浦波の腕を掴んで、格納庫に向かった。

 格納庫にたどり着く間にも、着弾のたびに轟音がし、建物が揺れる。埃が巻き立つ。悲鳴が、うめき声が聞こえる。無数の死体、血痕、弾痕……。

 磯波にとっては見慣れた光景。だが、慣れるものではない。

 格納庫にたどり着いても、同じような光景が広がっている。

「2人の艤装は無事です! 早く装着してください!」

 頭から血が流れている整備兵――岩倉上等兵が磯波と浦波の艤装を指さして叫ぶ。すでに格納庫は屋根が半分ほど崩れ落ちており、七六式攻撃艇は瓦礫の下に埋まっていた。し

かし、2人の艤装には大きなダメージはなさそうだ。磯波は安堵の息をつくが、浦波は艤装よりも岩倉上等兵の頭の傷を心配した。

「貴方の頭の傷は大丈夫なんですか!?」

「自分はどうでも良いです! とにかく、艤装の装着を急いで下さい」

 磯波にも急かされた浦波はに「ごめんなさい」と謝って、自分の艤装に向かう。2人の艤装がまだ無事だったのは不幸中の幸いである。艦娘は艤装を付けて起動させれば直撃弾はともかく、弾片程度では傷ひとつ負うことはない。

「空軍から何か連絡は?」

 磯波はしゃがんで、脚部艤装を装着しながら、岩倉上等兵に尋ねる。

「いえ、ありません。内線も通じません。艦娘の磯波、浦波は艤装を装着し、外洋へと待避せよ、とのことです」

「それは誰の命令?」

「海警科の田中中佐です」

「中佐は今どこに?」

「すでに戦死されました。瓦礫の下敷きに」

 くそっ。磯波は小さく悪態をつく。脚部艤装を付け終わり、次は動力部でもある背部艤装だ。

「外電起動はしません! APU(補助動力装置)を使います!」

 磯波は給電ゲーブルを艤装に繋ごうとする整備兵を制止する。APUは燃費が悪いが、本体動力の起動までの時間は外部動力を使うよりも短くて済む。

 磯波は背部艤装のベルトに腕を通し、台の前に置かれた椅子に腰を下ろす。APUを起動させ、艤装内のタービンをAPUの排気ガスで暖機しながら回していく。

「シャッターを開けろ!」

「足が、足がない! 誰か!」

「2人の鉄帽を持ってこい!」

 磯波は流れる時間が長く感じた。爆発の振動、発砲音、悲鳴、怒号。いつ砲弾が飛び込んでくるかも分からない。自分も挽肉になってしまうかもしれない。磯波の中で不安がふくれあがっていく。

 早く起動しろと、磯波は焦るが、起動途中でエネルギーを急に分配すれば、動力は不安定になって一層時間が掛かるかもしれない。じっと堪える。

「今ここにいる最高階級は?」

 かなり若い士官が返事をした。階級章は細黄色線一本に桜ひとつ。少尉だ。確か名前は宮浦。ついこの間着任したばっかりの士官だった。

「出力上昇、もう大丈夫です!」

 出力計を見ていた整備員が声と共に合図し、磯波は椅子から立ち上がって、宮浦少尉に指示を下す。

「宮浦少尉! 浦波の艤装起動が完了したら、皆をすぐに防空壕に――」

 そのときだった。壁が壊れ、爆風と大小様々なコンクリートの破片が襲ってきた。APUの音か熱でも感じ取ったのか、砲台が20.3cm砲を放ってきたのだ。格納庫は60kg爆弾の直撃に耐えられる設計になっていたが、さすがに大威力砲の直射は考慮に入っていない。20.3cm砲弾は格納庫の鉄筋コンクリート壁にめり込み、内部で炸裂。爆圧と衝撃波によって壁裏側のコンクリートが剥離飛散したのだ。それを防ぐためのケブラー内張材だが、20.3cm砲弾の爆発はあまりにも強すぎた。

 コンクリートの破片と爆風、弾片が磯波達のみならず整備兵達も襲う。磯波はすでに艤装の起動が終わっており、力場の展開によって自身を防護することができた。しかし、整備兵やまだ艤装の起動できていない浦波はそうはいかない。

 一瞬で血の海と化した。

 あまりの様相に磯波は吐き気さえ覚えた。本当に一瞬のことで、あまりにも無残で惨い死に方だ。

「浦波は……?」

 自分の妹の浦波。まだこの世界に生まれ変わって半年も経っていないのに、こんなところで死んでしまったのだろうか。

 磯波は浦波の方に向き返る。

 浦波は背部艤装を背負った状態で血の海に倒れていた。しかし、浦波の体は他の遺体と違って、あまりにも綺麗だ。

 もしかしたら。そう思って、磯波は倒れる浦波に駆け寄った。口に手を持っていく。

 息をしていた。脈もある。

「い……きて……くださ……い」

 浦波の側に倒れていた整備員が血の海の中でかすれた声でうわごとのように言っていた。その整備員の背中には大量のコンクリート片が突き刺さっている。彼が身を挺して、浦波を守ったのだ。

 磯波は浦波のベコベコになって破損した背部艤装を脱がし、浦波の体を抱え上げる。浦波は気絶したままだが、安易に起こしてはならない。頭を打っているかもしれない。すぐに医者に診せなければならないが、今の双子島の状態では不可能だ。

 生きてくさだい。

 磯波は中途半端に開かれたシャッターから格納庫の外へ出る。外に出ると、爆音や悲鳴が格納庫の中で聞いたよりも、ずっと鮮明に聞こえた。大庄丸も幾多もの砲弾を撃ち込まれ、炎上している。

 私達以外、この島からは生きて出ていくことはないのかもしれない。艦娘の自分ならば、他に一人でも助けられるかもしれない。そんな引け目を磯波は感じる。

 しかし、生きなければならない。生き抜かなければならない。

 今、この島にいては死しかない。無数の命で繋がれた命を繋がなければならない。

 磯波は浦波を抱えたまま、埠頭で思いっきり助走を付け、海面へジャンプする。大きな水しぶきを上げて着水。

 出力は最大。最大戦速。

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