「双子島との連絡はまだ取れんのか?」
中部航空方面軍の司令官である細井伸幸中将は不安になっていた。腕時計を見る。20時53分。双子島第12飛行師団から「動力不安定により、基地機能を停止する」という報告があったのが、10時47分。すでに10時間がたつというのに、双子島からは何の音沙汰もない。それどころか、こちらの呼び出しにも応えないのだ。
「海軍特別根拠地隊にも呼び出しは続けていますが、無線もダイレクトラインも応答ありません」
部下は相も変わらずに、そう答える。
「百里から出た偵察機がもうすぐ双子島に到着しますから、何かしら分かるかもしれません」
そう言うのは副司令官の河石耕児少将だ。
「それはそうだが、よりによって双子島だ。状況を一刻も早く知りたい。航空写真だろうと衛星写真だろうとな」
細井中将は舌打ちをした。空軍は今現在、衛星を保有していない。持っているのは海軍と情報部のみだ。
「双子島との通信が途絶している」という事態はすでにCOC(航空総隊作戦指揮所)どころか、空軍参謀総長まで伝わっている。しかし、参謀総長はこのことを大事にはしたくないらしい。色々と手を回して、ようやく完成した基地である。事を荒立てて、運用中止や大きな責任問題に発展したら、今後、空軍が艦娘技術に関わる機会がなくなってしまうかもしれない。空軍内部で片を付けられるようなら、そうするつもりなのだ。
「やはり上は深海棲艦の奇襲ではなく、『暴走』だと考えているのでしょうか」
河石少将はインカムのマイクを押さえて、小声で細井中将に言う。
「馬鹿。そういうことを言うな」
細井中将はそう窘めるも、自身もやはり事態の原因は『触媒の暴走』だと考えていた。
仮に双子島が深海棲艦の奇襲によって地上の通信施設や司令部建屋が破壊されたとしても、地下に予備施設がある。空襲の合間にアンテナを組み立てて、衛星通信だって可能なはずだ。それを許さぬほど、連続砲撃ができる大部隊ならば偵察衛星で事前に見つかっているはずだし、双子島からも哨戒機が出ているはずで、その哨戒網を簡単に抜けられるとは思えない。それに双子島は砲台と射堡で海上要塞にも等しい。それなりの規模の深海棲艦ならば返り討ちにすることができるくらいだ。
双子島が深海棲艦に制圧されることは、そうそう、あり得ることではないのだ。
「フドウ04。双子島を撮影可能距離に入れます」
「こちら、フドウ04。双子島が光学センサの撮影可能距離に入った。撮影を開始する」
闇夜の高度7000mを飛行する六三式戦闘偵察機「飛天」は両翼の吊り下げた偵察ポッドを起動させる。
「飛天」自体は純粋な要撃戦闘機の五四式戦闘機を偵察用途に改修したものだが、運用のし易さと戦闘機譲りの高速性により高い評価を受けている。双子島の偵察にもうってつけである。
パイロットはまず、双子島をカラー撮影をしてみるが、今は夜間である。モニターは真っ黒で、双子島の姿は目をこらしてようやく分かるくらいだ。
「可視光領域での撮影は困難。双子島上空をパスしてレーダー撮影を行った後、赤外線撮影を行う」
フドウ04は機首の合成開口レーダーを作動させて、比較的低速で双子島上空を通過する。合成開口レーダーは移動中に何度も電波の送受信を行い、受信電波をドップラー効果を考慮した上で合成するレーダーのことである。普通のレーダーよりも分解能力を高められ、雲や霧を無視して撮影できる便利な撮影方法だ。先ほど可視光領域で撮影したものと違い、モニターには島がきちんと分かる形で写っている。島の周りに深海棲艦はいないようだ。
次に赤外線画像撮影。これは撮影対象が発している赤外線だけを撮影する方法である。通常のカメラは赤外線を除外し、可視光領域の光だけを透過するフィルターを付けているが、赤外線カメラはその逆である。
今度は3000mほどまで高度を落とし、撮影する。高度が高すぎるとカメラに入る赤外線のエネルギー密度が低くなり、明瞭な写真が撮影できない。
高度を落とし、ゆっくりと旋回。機首を再び双子島に向けて、双子島との距離が10kmほどになったときだった。
闇夜の中に火花が散るような閃光がいくつも燦めいた。さらに花火めいた光の束が渦巻く。
「こちら、フドウ04。対空砲による攻撃を受けている。撮影は続行する」
フドウ04は撮影を中止しない決断を取った。巡航状態だったエンジンパワーを戦闘出力にまで上昇させる。
深海棲艦に攻撃されたときは変に回避行動を取るよりも、速度を上げて、敵の射程距離外へ待避するのが一番良い。深海棲艦はレシプロ機程度の速度にしか対応できない測距儀しか持ち合わせていない。速度を上げれば、深海棲艦は的確な対空砲撃できなくなる。
双子島との距離が3000mを切ってからは、いっそう対空砲火が激しくなった。高射砲だけではなく、機銃も発射され始めたのだ。
闇夜だから、見えるのは曳光弾のみ。見える光の数倍の弾丸がフドウ04に向かって放たれていることになる。
当たらなければどうと言うことはない。とはいうものの、フドウ04のパイロットにとって、今夜のような対空砲火は初めてだった。
深海棲艦に夜間偵察をするときは、深海棲艦が対空射撃をしても、なかば滅茶苦茶な射撃で射線が自機に向かってくる、ということはほとんどなかった。
しかし、今夜はどうだろう。射線も信管調定も正確で、砲弾の衝撃波がコックピットにも伝わってくる。こんなこと、一度もなかったのに。
フドウ04はアフターバーナーを点火する。グンと加速。燃料を激しく食うが、撃墜されるよりかはマシである。
フドウ04の六三式戦闘偵察機「飛天」はただ双子島に向かって、直進。数発の機銃弾を食らいながらも、撮影を行いながら、双子島を通過。全速力で双子島の対空砲火から離脱した。
フドウ04が撮影した写真データは、すぐに中部SOCやCOCなどに送信され、印刷される。
その印刷された写真を見て、細井中将は最近、シミと皺が目立ってきた顔の表情を曇らせた。
「深海棲艦ならば、飛行場施設は徹底的に叩くはずです。明らかに妙です、これは」
河石少将が滑走路の拡大写真を机に置いて、言う。
フドウ04が撮影したレーダー写真、赤外線写真は共に双子島の様子がはっきり明瞭に映し出されていた。ラーメン構造のみが残った司令部棟や炎上した宿舎、折れた管制塔。大破着底した輸送船に打ち崩れた港湾施設。対して、飛行機格納庫や発電機の掩体壕、滑走路は綺麗なものである。写っている限りでは長大なアスファルト舗装の滑走路には爆弾穴ひとつ見えない。
「飛行場設備だけが破壊されていないならば、双子島の航空機運用能力は喪失していないと考えるべきだろう」
「……島の兵員は全滅した、と見るべきでしょうか?」
「わからん。地下に待避して、生き延びている可能性も十分ある」
いくら島の砲台だろうと、数十メートルにもなる岩盤を撃ち抜くのは容易ではないし、俯角が足りず、狙えないはずだ。
「しかし、双子島は明確な脅威となりました」
そう言うのは作戦参謀の田島中佐。ずれた眼鏡を左手で直しながら、右手で自身の手前にあった写真を机の中央へと押し出す。
平時は草木を使った擬装によって隠蔽されている高射砲陣地が、写真では盛んに火を噴いている。拡大写真のため、少しぼやけているが、無数の発砲炎が確認できる。
「偵察機のSIF(敵味方識別装置)は双子島からの質問信号に正常な応答信号を返しました。しかし、これらの高射陣地は写真のように偵察機に向けて発砲しています」
SIFが正常である以上、誤射という可能性は低い。六三式戦闘偵察機「飛天」はステルスではないため、レーダーに映る。それに何度かの偵察アプローチを行ってからの攻撃だ。
双子島から質問信号が送られて、返答したうえでの攻撃……とすれば、明確な意図を持った攻撃と言って差し支えない。
「もし『暴走』ならば、防衛網に穴が生じる所ではありません。すぐに双子島を――」
「田島君」
細井中将が田島中佐の言葉を遮った。
「言いたいことは分かる。おそらく……いや、確実に双子島のことは政治的問題にまで発展する。空軍内部では収まらないだろう。今から、参謀総長に連絡する。勝手に先走るんじゃないぞ。命令の発令まで待て」
細井中将は田島中佐の不安げな目を見た。双子島基地化が決定したとき、田島中佐は「飼い犬に手を噛まれるかもしれない」とにわかに反対していた。
「……準備はさせておきます」
「頼んだ」
夜の海で北に向かって進む磯波は下弦の月に照らされた島の影を見た。
島の外形は二つの山が並んだような……まるで双子島だ。磯波は「双子島に戻ってきてしまったのだろうか」と不安と恐怖がせり上がって来たが、その島の近くにもうひとつ、小島があった。磯波は安堵の息をつく。双子島の近くにあんな小島はない。
山が2つ並んでいて、そばに小島がある島。
「八丈島かな……? うん、きっとそうだ」
その確信の言葉を磯波は半ば、自分に信じ込ませるかのように、言う。
八丈島のくびれ部分にある飛行場には海軍航空隊がいるし、防衛部隊の陸軍も駐留していたはずである。それに島民の人数も多いから、医者だって当然いるはずだ。
磯波は抱きかかえている浦波を思う。双子島を逃げ出した時は気絶していたが、砲台の射程距離外まで逃れた後に無事目覚めた。しかし、今は眠っている。砲弾片か何かで、左足から出血していたのと、航行中ずっと磯波にしがみついていたからか、疲れてしまったのだろう。
島まであと2kmほどの距離になった頃、八丈島の沿岸で光が生まれた。
その光は数秒ほど上昇ながら、曲線を描き、一点に留まる――ように見えたが、島の影と見比べると、光は同位置に留まり続けていない。むしろ、こっちに近づいてくるように見える。また島の沿岸から光。さっきと同じような軌跡を描く。
磯波は何の気もなしに、光を眺めていた。綺麗とまで思ったほどだ。八丈島が見えて、安心していたのかもしれない。だから、「ごごごごご」といった低い音を微かに聞いても、判断ができなかった。
光の正体が対戦車ミサイルのロケットモーター炎と気づくのは、下手くそ誘導のミサイルが海面に着弾して爆ぜた後だった。
爆風と破片。夜の海に舞い上がる無数の火。艦娘の防御力場がなければ、磯波と浦波はズタボロの死体になり、海の藻屑と化したであろう。
「――ミサイル!? IFF(敵味方識別装置)は!? あっ!」
磯波はすっかり忘れていた。双子島を脱出するときに、アンテナマストを砲弾にもぎ取られていたことを。IFFの質問信号に対して応答信号を送ることができなければ、深海棲艦と誤認されても致し方ない。が、磯波にとって、致し方ないと諦められるわけがない。
次のミサイルが迫ってきた。
磯波はミサイルの誘導方式を思い出す。陸軍が主に使っている対戦車ミサイルは基本的に、着弾まで誘導し続けるタイプの有線誘導ミサイルだったはず。打ちっ放しのタイプも配備していたと思うが、そこまで考えが回らない。
先ほどはミサイルの誘導手が下手くそだからこそ、手前の海面に着弾したが、今度も同じなわけがない。
弾頭は戦艦クラスの厚みがある鋼板だろうと余裕で貫徹する成形炸薬弾頭。命中すれば、死は免れない。どうにかして避けなければならない。破片ならば防げるのだから。
磯波は機関を最大出力にして、さらに背部艤装の発煙装置から白煙を発生させた。
煙突の脇に設置された管から真っ白な煙が噴き出し、盛大に広がっていく。
この煙は四塩化チタンを空気と反応させて発生させたものだが、チャフなど含まない純粋な煙のため、ミサイルへの対処法としては適切とは言えない。なぜなら、ミサイル発射器の誘導装置には赤外線センサがついているからだ。煙幕を焚こうが、ミサイル射手には磯波の姿ははっきりと見えている。
磯波は頭を高速回転させるが、事態の解決方法が思いつかない。アンテナマスト喪失のため、IFFどころか、通信自体が不可能。自身が深海棲艦でないということを攻撃してくる陸軍部隊に伝える方法はないのだ。
ミサイルの誘導が難しいくらいに島に接近したとしても、死角をカバーするミサイル手は当然のことながら存在するであろうし、対物ライフルや重機関銃、車両の機銃の射程に入ることを考えれば、極めて危険だ。
磯波はとにかく逃げ回る他なかった。
八丈島東山の西、大阪トンネル付近には八丈島支隊の第三中隊の監視台が設置されていた。小さな監視台であるが、太い鉄筋とプレストレスコンクリートで造られており、重砲弾の至近弾にも十分に耐えられる。草木を使った艤装もしっかり成されており、等目で位置をつかむのは難しい。
その監視台の中から、中隊長の川上大尉は赤外線暗視装置を付けた双眼鏡で逃げ回る磯波の姿を見ていた。
「二発目も避けられたな。まったく」
川上大尉はため息をついた。さすがに二発も外すと自分の中隊が情けなくなってくる。
「四九式ももったいないし、近くに誘引してから狙撃砲と重機関銃の掃射でやらせるべきかと思うのだが、どうだろうか。田村中尉」
「ヒト型は基本的に高等種です。狙撃砲のAPDSでも力場を抜けるかは難しいかと。敵はおそらく偵察です。こっちの陣地位置まで知らせる必要はありません」
果敢なことを言う川上大尉を押さえるのは隊長補の田村中尉だ。
「そうだな。しかし、偵察にしては妙に思えるが」
川上大尉は双眼鏡を覗いたまま呟く。
偵察ならば、敵の反撃があった時点でスタコラサッサと逃げれば良いのに、望遠鏡御時に見える敵は変に留まって、うろうろしている。威力偵察なら、適当でも良いから攻撃して反撃を見るものなのに、敵は攻撃もしない。明らかに妙である。はぐれ深海棲艦でも逃げるものだろうに……ましてや高等種のヒト型がこうである。
「ん……?」
川上大尉は顔をしかめる。今、敵の背中が見えたのだが、その背中の複数箇所が真っ黒だったのである。赤外線暗視装置を装着して見ているため、風景は白黒に見えるのだが、深海棲艦でもあんな真っ黒な部位があり得るだろうか。
「中尉、IB(敵味方識別板)って艦娘に配備されていたか?」
「ええ、確か昨年の7月ごろから配備が始まっています」
川上大尉の顔が一気に青ざめた。
「攻撃中止! すぐに各部隊へ知らせろ! 今攻撃しているのは艦娘だ!」
ポケモンの「ふたごじま」は八丈島がモデルなのだと、書いていて初めて知りました。
八丈島には天然の洞窟はないようですが、旧日本陸軍の地下陣地があるようです。
狙撃砲というのは特火点潰しのプトー砲(M1916 37mm歩兵砲)のことではなく、口径25mmの対物ライフルです。対装甲砲弾のAPDS(装弾筒付き徹甲弾)に限らず、HEI(焼夷榴弾)やHEIAP(複合弾)も使えます。1門当たり3人で運用し、歩兵中隊には狙撃砲4門装備した一個狙撃砲小隊がいます。
次話は6日13時投稿予定。