婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
「塾長!もう無理です!
ワシはもう、虎丸にメシを持っていくのは御免こうむります!」
お昼に塾長室で、塾長と一緒にお弁当を食べていたら(今日はフタを開けた途端に玉子焼きを一つ奪われたので文句を言ったら、自分のお弁当からだし巻き玉子を一つくれた。すごく繊細で上品な味だったが、どうやら塾長はだし巻きより甘い玉子焼きの方が好きみたいだ)、何故かボロボロの鉄カブト教官が突然ノックもなしに入って来て半泣きで訴えて来た。
「…虎丸?」
「虎丸龍次。
入塾式の日に鬼ヒゲに屁をぶっかけて、懲罰房に入っておる一号生だ。
そこで1日2回の食事時間以外は、常に200キロの重石を支えておる。」
一号生という事は、剣たちと同学年か。
…というか、200キロ!?
「もう、なにかここでひとつ聞くたびに思う事ですけど、塾生の親とかに訴訟起こされても文句言えないレベルの虐待ですよね…。」
かつて自分が生き残る為に、罪のない同年代の子供を、何人も手にかけた女が言う事じゃないけれど。
「フフフ、わしが男塾塾長江田島平八である。」
「判ってるとは思いますけど褒めてませんからね。
それよりも鉄カブト教官。
その虎丸が、なにか…できるような状況ではないですよね?話を聞く限り。」
200キロを持ち上げながら攻撃できたらそれはもう人間業じゃない。
「重石を支えている間は、そりゃ何にもできませんけどね。
1回2時間の休憩時間の間に食事、排泄、睡眠まで済ませなきゃいかんので、その間は重石を浮かせてやらねばならんのです。
ヤツはその、重石を浮かせた瞬間にいちいち抵抗してきやがり、その度に食事を届ける係が負傷させられるというわけで、ほとほと手を焼いておるのですよ。」
…いや、直前まで200キロ支え続けて、浮かせた瞬間抵抗できるって、どんだけ元気なんだその子。
「ふむ…光。」
「…はい?」
何故だろう、嫌な予感しかしない。
「貴様には今日から、その虎丸の食事係も兼任してもらう。」
それはひょっとして殺せという事だろうか。
いや、今日『から』という事は、それ以降も続けるという事だろうから、それはないか。
…先の問いを言葉にしなくてよかった。
また呆れられるところだった。
「塾長!それは無茶です!
ワシらですらこのザマだというのに、光どのが無事でいられる訳が…!」
もし実際に襲いかかられたら、実際にはその塾生の方が危険だと思うが。
肉体の耐久力に自信のない私は、その場合確実に命を奪う行動に出るだろうから。
一撃で仕留めないと、反撃されれば逆に命取りになる。
その事を私は、あの孤戮闘の中で嫌という程思い知り、もはや本能的とも言えるレベルで理解している。
「ただし、虎丸のところに行く時は必ず、これから用意するものを身につけて行くが良い。
それが貴様を守ってくれようて。」
「はあ…?」
塾長はそう言うと、机の上の電話の受話器を取り、どこかに電話をかけ始めた。
下がっていろと手で示され、私はまだ食べかけのお弁当箱を片手に、鉄カブト教官とともに塾長室から退室する。
ふと気がついたら、まだ残っていた筈の私の玉子焼きがすべて無くなっていた。
おのれ、あのハゲどうしてくれよう。
・・・
「…塾長。どういうつもりなのですか?」
という私の問いは、先ほどの玉子焼きの件ではなく、待機していた自室に突然やって来てまず私に抱きついてきた幸さんが、届けてくれたものを見たからである。
「フフフ、わしが男塾塾長江田島平八である!」
「仰るとは思っていましたが、当然なんの説明にもなっていませんから。」
幸さんが届けてくれたのは、3着の和服とそれに合わせる帯以下装身具一式。
その中の1着に見覚えがある。
私が首相暗殺の際に選んだ衣装で、割とモダンな配色の柄が特徴的な現代ブランド着物。
あの仕事が成功していたら二度と身につける事はなかった筈の、それどころか恐らくは焼却処分される予定だった筈のものだ。
そうでなければこんな派手なものを身につけて殺しに行きはしない。
正直私の好みじゃないし、私は「御前」の邸では普通に和装で過ごしていたが、その時普段着として身につけていた紬の方が、よっぽど値段的な価値も高かったろう。
他の2着は、こちらは私好みの古典的で落ち着いた小紋とシンプルな紬、どちらも単衣仕立て。
少なくともここで生活するには、どれも必要のない服だ。
それを敢えて持って来させたという事は。
「先ほどの話の流れからすると、女の扮装で虎丸とかいう塾生の前に行けと?」
屈強な男でも歯が立たない元気過ぎる男の子相手に、か弱い女に何ができると思っているのか。
塾長はこれが私の身を守ってくれると、自信たっぷりに仰っていたが、こんなものより私自身の指の方がよほど、自身を守る役には立ちそうなのだが。
「貴様にとっては、男を演じるよりよほど容易い事であろうが。
初めて会った時の、貴様の化けっぷりには驚いたものだぞ。
化粧を落とすまでは完全に、大人の女と思い込んでおったからな。」
「あの時は髪も結えるだけの長さがありましたし、何より化粧道具がないと。」
言いながら、短くなった自分の髪の毛先に触れる。
最近ようやく首筋の涼しさに慣れてきたところだ。
「そう仰ると思って、持ってきておりますわ。
白粉と紅と、あと、
さあ、お部屋に戻って支度しましょう。
お手伝いしますわ。」
勢いで塾長室に駆け込んだ私の後からのんびりついてきていた幸さんが、私の腕を取って引き寄せる。
この光景、はたから見れば男子学生と中年美女(幸さんは基本ふくよかではあるが顔立ちは相当な美人だ)の年の差カップル…には見えないか。
どう見ても入学式の親子連れだ。
『光、途中で何か食べていく?』
『家に帰って、母さんの料理の方がいいな。』
…ってなんだこの連想!!どっから出てきた!!?
突然電波的に脳裏に浮かんだ異世界の光景に戸惑っていたら、
「うむ、だが虎丸相手なら、あの時よりももう少し、若い女という設定にした方が良かろうな。
十代の男が憧れる二十代前半の大人の女。
どうだ、できるか?」
…もう完全にやると決まった流れになっていた。
仕方ない。肚をきめるとしよう。
「10歳以下の幼女が好みとか言うのでなければ大抵の女性像は演じられますね。
そもそも、男の閨に入るまでがお仕事でしたから、その男の気にいる女を、演じられねば話にはなりません。」
「判っておるとは思うがそこまではせんでもいいわい。
ともかく頼んだぞ。」
☆☆☆
「虎丸龍次、重石を上げます。」
懲罰房の外から扉を開け、重石を上げるレバーを動かす。と、
「おお、待っとったわい!……………!?」
恐らくは入った瞬間に蹴りでも食らわせようとしていたのであろう、伸ばしっぱなしの蓬髪に無精髭の男が、私を見てぽかんとした顔で立ちすくんだ。
「…申し訳ありませんが、そこに立っていられると運び込めないので、少し下がっていただけますか?」
そう声をかけて、にっこり微笑みながら、男根寮の食堂から借りてきたカートを押す。
「あ、ああ、済まねえ。…あ、あんた、誰だ?」
「その質問にお答えする指示は受けておりませんわ。
それよりも、どうぞ、温かいうちに。
この時間内に、一通りの用を済ませなければならないのでしょう?」
私が言うと、男ははっとしたような顔で叫ぶ。
「そ、そうじゃ!
おれは便所に行きたかったんじゃ!」
…黙って行け。
そう言いたくなるのを堪えて、私は配膳に取り掛かる。
「はい、行ってらっしゃい。
あの…言うまでもない事ですが、ちゃんと手を洗ってから戻ってくださいませね。」
「わ、わかっとるわい!」
・・・
「…うまい!ここに来てから、こんな美味いもん初めて食ったぜ!」
…と言われると気恥ずかしいくらい、内容的に大した物はないのだが。
とりあえず焼いた目刺しと、塾長にも好評の(思い出したらまた腹が立ってきた)甘い玉子焼きに、きゅうりとわかめの酢の物。
具がネギのみの味噌汁とご飯だけは、せめて多めに用意したくらい。
「お口に合ったようで良かった。
急に言われて、あり合わせのものでしか用意できなかったもので。」
私は外に買い物に行けないので、食材は注文して配達してもらうしかない。
突然の事でとりあえず寮長に頼んで食材を分けてもらおうとしたら、あそこの食料庫にろくな食材がなくて暫し固まった。
今更だけど育ち盛りの一号生の子たち、毎日何を食べて日々の修行をこなしてるんだろう。
ちょっと心配になってきた。
「…これ、あんたが作ってくれたのか。
教官どもに頼まれたのか?
おれのメシ持って行けって?」
「最終的には塾長からの依頼ですわ。
彼らが、あなたのことを凶暴な獣のように言っていたので、来るまではとても不安だったのですけれど、会ってみたら思っていたよりもずっと、紳士的な方なので助かりました。」
とりあえず予防線を張っておく。
人は無意識に、他人の信頼には応えたくなる生き物だ。
まあ実際に、私の持ってきた食事は大人しく食べてくれて、教官が言っていたようなトラブルを起こす兆しすら見せなかった事に、若干拍子抜けした訳だが。
「ちぇ…考えやがったな。
教官ども相手ならいくら暴れてもなんとも思わねえが、こんな……華奢で綺麗なお姉さんに、手を上げるわけにもいかねえだろうが。」
今ひょっとして、小さいって言いそうになっただろ。
しかしなるほど、そういう事か。
私もどうやらここの塾生たちの影響か、若干脳筋な考え方に偏っていたらしい。
力で敵わないなら心を攻めればいい。
なんの事はない、私のいつものやり口ではないか。
それに塾長はいつかの、幸さんの過去の話を聞いていた時、話の流れの中で『女に手を上げる男などいっそ死んだ方がいい』と仰っていた。
恐らくはここでも塾生たちに、同じような教育をしているのだろう。
もし万が一、この子が私に危害を加えたなら、もはや救いようのないものとして、私に殺されてもやむなしと考えたのだろう。
「私としてもそう願います。
万が一あなたに脱走でもされたら、私では止めようがありません。
そうなればかくなる上は、死んでお詫びするしか…。」
「し、心配すんな!
あんたの迷惑になる事はしねえよ!」
私が大げさに怯えて見せると、虎丸は私を安心させようと言葉をかけてきてくれる。
「ありがとうございます、虎丸。」
こんな茶番に付き合ってくれて、本当に。
「ごちそうさん。ホント、美味かった。」
さっきも思った事だが、この子も今朝まで、どんなご飯食べさせられてきたんだろう?
そういえば富樫が火傷をした時に食事を持って行った時も、『肉じゃがに、肉が入ってる…。』と、当たり前の事を呟いてしばらく固まって、なんだか目が潤んでいたので嫌いだったのかと思ったのだが、その後あっという間に完食していたのを見て安心したものだった。
…ひょっとしてそういう事だったのだろうか。
なんだか不憫になってきた。
「お粗末様です。少し眠るでしょう?」
空の食器を片付けながら何げなく問うと、虎丸は小さく頷いてから、ひとつため息を吐いた。
「あぁ…でもなんか、眠っちまうのが勿体ねえ。
ここは懲罰房だってのに、綺麗で優しいお姉さんに給仕してもらえるなんて、夢みてえな時間だったぜ。ありがとな。」
言いながら虎丸が、その場にごろりと横になる。
「明日からは、あなたの食事の時間には原則、私が参ります。
よろしくお願いしますね、虎丸。」
私がそう言うと、今横になった虎丸が、再びガバッと跳ね起きた。
「ほんとか!?じゃ、じゃあ名前教えてくれよ!」
うむ、実にあっさり懐いてくれたらしい。
虎というよりは仔猫、いや犬だなこれは。
ぶんぶん振る尻尾が見えるようだ。
私は動物はあまり好きではないが。
今のこの子なら、技を使うまでもなく、毒でも盛ればあっさり殺せるだろう。
…発想が未だにそっち寄りになってしまうのは、確かに自分でも物騒な性だと思う。
鎖が届くいっぱいまで寄ってきて目をキラキラさせて私を見る虎丸に、4年前に別れたきりの『おとうと』の姿が、一瞬重なった。
“光姉さん”
長い睫毛に縁取られた、泣きそうに潤んだ目。
撫でると指に巻きついてきた、癖の強い髪。
そういえば、別れた時はまだ子供だったから、今の今までその感覚でいたけれど、よく考えれば『おとうと』は目の前にいる男と、年齢的にそう変わらない筈だ。
しかもあの時点で既に身長は追い越されていたし、「御前」があの年齢にしては割と大柄な体格である事を考えると、あの子も今は相当大きくなっている事だろう。
私は手を伸ばすと、伸び放題に伸びている虎丸の髪をそっと撫でた。
それは汗と埃でごわついて、決して触り心地は良くなかったけれど、何か懐かしい気持ちを呼び起こした。
あの時期は、何の感情も抱かずに接していると、自分自身で思っていたけれど、私は自分が思っていたよりもずっと、あの子の存在に慰められていたのかもしれない。
きょとんと、丸い目を見開いてこちらを見つめる虎丸に、私は微笑みかけながら、言った。
「その質問にお答えする指示は受けておりませんの。
では、私はこれで。
重石を動かす際に、また声をおかけします。」
・・・
「フフフ、その様子だと首尾は上々のようだな。
…貴様からみて、あの者の印象はどうだ?」
彼の使った食器を洗っていたら、その私の背中に、塾長の声がかけられた。
「拍子抜けするくらい、普通にいい子でしたけど?
非力な女を演じて接しているとはいえ、警戒心がなさ過ぎて心配になるくらいで。
でも、話をした感じからすれば、決して馬鹿ではありませんね。
もっとも本当に賢ければ、そもそも懲罰房に入るような真似はしないんでしょうけれど。」
自分でそう言った瞬間、ひとを小馬鹿にしたように微笑む剣の無駄に端正な顔が、何故か頭に浮かんだ。
うん、少なくとも奴なら、教官をキレさせるギリギリ手前で遊びはしても、あんな場所に入らなければならなくなるほど決定的な事態にはならない筈だ。
☆☆☆
そうして1日2回、虎丸の食事を運び始めて、何日か経過した頃。
「いただきます。今日も美味そうだ。」
「ええ、それについては保証いたしま……!?」
ガコン、と天井の方から音が聞こえ、それに金属が軋むような、ミシミシという音が続いた。
「なんの音だ?」
「あなたも聞こえましたか?
そういえば先ほどレバーを動かした時、いつもと比べて妙な感触が……!?」
「危ねえっ!!!!」
話している間に、上げていた筈の天井が落下して、私と虎丸は押し潰され……なかった。
「…虎丸!?」
「お、おれは平気だ!いつも支えてるからよ!
でもあんたは早く逃げろ!!」
見ると虎丸が、確かにいつもしている体制で、落ちてきた天井の重石を支えている。
が、様子がおかしい。
落下速度が加わったせいで体勢が崩れたのかとも思ったが、どうやらいつも以上の負荷が、その肩にのしかかって来ている。
「わかりました!」
逃げろと言った彼の言葉に、私は従う。
「え?ちょっと…!?」
「何があったか、原因を特定して然るべく対処します!
必ず助けますから、あなたはもう少し耐えていてください!」
「お、おう……!」
まずは私はこの場を離れるのだ。
私が死んだら、彼を助けられない。
・・・
「塾長!」
大急ぎで塾長室に飛び込むと、椅子に腰かけた塾長を、何故か教官がたが取り囲んで何かしている光景が目に飛び込んで来た。
「ぬおっ!?」
「お、おなご!?何故ここに…?」
「光!?貴様、その姿でここまで来たのか?
途中、誰にも会わなんだろうな!?」
「そんな事より虎丸が!
懲罰房の重石の鎖が切れて!
まだご飯も食べてないのに!」
先ほど部屋の外から確認したところ、天井の重石を吊っている鎖が、途中で切れて重石の上に、蛇のようにとぐろを巻いていた。
当然、レバーでの操作は効かず、どう動かしても軽い感触で動かした方向に動くだけで、重石はピクリとも動かない。
「ひ、光どのか?」
「な、なに──!?」
私を男だと信じている教官がたが騒つくが、それを制するように塾長が立ち上がる。
「落ち着け。鎖が切れたと?
それで、虎丸は生きておるのか?」
「今、これまでの要領で全力で支えてます。
でも鎖で200キロに調節していた今までの状態と違って、重石そのものの重さ全てがかかってるんです!
このままでは耐えきれなくなって圧死してしまいます!
お願いです!虎丸を助けてください!!」
「あいわかった。
貴様は戻って、奴の気力が尽きぬよう力づけてやるのだ。
皆、聞いたな?必ず助けるぞ!」
「虎丸!応援を呼びました!
もう少しですから耐えてください!」
塾長に言われた通り、私は虎丸の側に戻り、彼に向かって声をかける。
「くくっ…ち、ちきしょう。
て、手が…痺れてきやがっ、た…!」
まずい。どうやら体力の限界が近いようだ。
「…一瞬、チクっとした痛みがあるかもしれません。
驚かないでくださいね。」
「え?…!」
氣の針を研ぎ澄まし、虎丸の四肢に撃ち込む。
少なくとも彼が懲罰房から出て、「謎の女」が姿を消した後、「江田島光」と初対面するまでは、技は使いたくなかったのだが、今はそんな事は言っていられない。
「これでほんの僅かですが筋力が増強します。
理論上はもっと上げることも可能ですが、これ以上の処置を行なえば、1時間ほどで反動が来て通常以下に力が低下しますから、上の処置が間に合わなければこのままぺしゃんこです。
リスクを考えたらこれが限界でした。
足りない分は気力でなんとかしてください。」
「ぐぐ…仕方ねえ、な。
まずは、とにかく、あんたは逃げろ。」
また、さっきと同じ事を。だが。
「いいえ。私はここに居ます。」
「なっ!?」
「レバーを操作した際、その感触に違和感を覚えたのに、それを見過ごしたのは私のミスです。
それであなたが死ぬなら、私も一緒に死にます。
…私を死なせたくないのなら、根性で耐え切ってください。」
助けを呼び、技を使ってしまった以上、私にできる事はもうない。
1人で死なせない事、私の命の責任を負わせて、彼の尽きかけた気力を奮い起させる以上の事は、もう。
「…ったく。しおらしくて、か弱い女性だと思ってたら、とんでもねえ女だな、あんた。」
そうだった。
この緊急事態のせいで、演技するのを忘れていた。
「そんな女が、虎の檻にのこのこ入ってくるわけがないでしょう。
まだまだ青いですね。
これに懲りたら、もっと女を見る目を養いなさい。」
演じ続けられなかった悔しさを隠し、とりあえず開き直ってみる。
「くそ、騙された。
これが終わったら、覚えてろよ…!」
だが、彼の方にも若干余裕が出てきたようだ。
少なくともこんな、憎まれ口が叩ける程度には。
「はいはい。わかりましたから重石に集中してください。
今はあなただけが頼りなんですからね。
終わったら何でもひとつ、希望を聞いてあげますから。
私だって死にたくはないんですよ、虎丸。」
「…勝手な事、言いやがって。でも、約束したぜ?
その言葉、忘れんなよぉぉ!!」
虎丸の丸くて大きな目に闘志が浮かぶ。
それは守るべきものの為に、戦う男の瞳だった。
・・・
「よしっ!直ったぞぉー!!」
「上げろ!!」
ガコン。
重い音とともに、重石の天井が上がってゆく。
同時に、虎丸が尻餅をついた。
「っ……はぁっ、はあっ………。」
「お疲れ様でした、虎丸。
よく頑張りましたね。」
「ああ…やったぜ……!」
まだ整わない息の中、私に向かって笑って見せる。
「ありがとうございます。本当に。
私の事も、助けてくれて……。」
半分は本気で言いながら、私は彼の首に腕を回すと、その左の頬に唇を当てた。
「………!!?」
虎丸が明らかに硬直する。可愛いものだ。
「…不快でした?」
至近距離から顔を覗き込んで、問う。
「ンなわけねえだろ……っ?」
次の瞬間、私の指先から首筋に撃ち込まれた氣により、虎丸は昏倒し、私の膝に倒れこんだ。
「光どの───っ!!」
「大丈夫、私は無事です。
教官がたも、お疲れ様でした。」
「お、お疲れ様でした!」
「と、虎丸?こ、これは…まさか」
「大丈夫。気力が尽きたんでしょう。
じきに目を覚ますとは思いますが、しばらくは動ける状態には戻らない筈です。」
まあ、私がやったんだけど。
こうしておかないとこの教官たち、虎丸が元気と見れば鎖が直ったのだからと、すぐにでも懲罰を再開しかねない。
「虎丸の懲罰は、少なくとも今夜一晩は休止としてください。
明日の昼くらいに、私が身体の調子を見て判断し、然るべき後に再開する事にします。
申し訳ありませんが、布団をひと組、お貸しいただけますか?」
いつもは眠る時も、ここの硬い床にごろ寝しているのだ。
せめて今くらいは、柔らかい布団の上で寝かせてやりたい。
・・・
「……ん?」
「おはようございます、虎丸。
気分はいかがですか?」
「…最悪だぜ。
女に気絶させられたんだからな。」
「申し訳ありません。
あなたを少なくとも一晩は、ゆっくり休ませてあげたかったので。
でも、身体の調子は悪くないでしょう?」
「そうだな。
あんたの顔を見た途端に腹は減ってきたけど。」
「それ完全に条件反射ですね。
ただ、一時的に身体機能を低下させて、その分を筋肉の修復に費やしている最中なので、多分今は固形物を、内臓が受け付けないかと思います。
お粥を用意してますので、今はそれで我慢してください。
夜の食事の頃には完全に戻っている筈です。」
「…なあ。約束、覚えてるか?
なんでもひとつ、いう事きいてくれんだよな?」
「…そうでしたね。私に可能な事でしたら。」
「………。」
「………虎丸?」
「…い、いや。やっぱりいいや。気にすんな。
…うん、そうじゃ!唐揚げじゃ!唐揚げが食いたい!」
「…?わかりました。
それでしたら夕方の食事には、充分間に合うと思います。
はい、とりあえず今はお粥を食べて、それからもう少し眠ってください。」
☆☆☆
という事で、大量の唐揚げを揚げている最中に、背中から塾長の声が掛かった。
「光、ご苦労であった。
フフフ、わしが男塾塾長、江田島平八である。」
「つまみ食いはやめてください、塾長。
…私は何もしておりません。
虎丸が、頑張ったんです。」
虎丸って弟キャラな気がする。実は結構歳の離れたお姉さんとか居そう。