アルティメット千早な僕が765プロのオーディションに落ちた件   作:やんや

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今回あとがきに本編の別のキャラ視点かつ三人称の記載があります。
本作の作風に対する説明として載せているものですが、ちょっとしたネタバレ的な要素も含まれるので、気にされる方はあとがきを読まないことをお勧めいたします。


アルティメットな初ライブその3

 少し前まで存在を確立していたソレらが、今は無残にも骸を晒している。

 下手人は僕ではないが、相手に引き金を引かせた時点で主犯と名乗って差し支えないだろう。

 実際に手を下した相手は、目の前で起きた惨事を受け入れられないのか、呆然とした顔で自らが終わりを与えたモノを見下ろしている。

 

「終わりね……」

 

 相手の心情なんて知ったことかと、殊更冷たく聞こえるように決着を告げる。誰がどう見ても終わっているのに、あえて言葉にすることで勝鬨を上げるように自らの勝利を宣言する。それが勝者の権利であり、義務であった。

 

「未だかつて、ジェ◯ガでここまで白熱したバトルが繰り広げられたことがあっただろうか……」

 

 本田が顔だけは神妙にしつつ状況を的確に茶化して来る。

 んもー、せっかく人がモノローグだけでも真面目にしようとしたのに、そんなこと言われたら台無しじゃないか。

 

「いやー、すごく盛り上がったね。私、ジェ〇ガをこんな真面目に観戦したことないから良い勉強になったよ。……で、途中のアレって何てワザ?」

「よくわかりませんが、気付いたら如月さんの手にブロックが握られていたやつですか?」

「ナントカグッドスピードとか言ってたような……? ルールはわかるけど、さすがに技までは知らないかな……」

「速さこそが文化の基本法則なんだって」

「みくにゃんの堅実かつブレない手管は安定してたよねー。お手本? があるならまさにその通りって感じ!」

「途中で崩れかけたのを逆側から取ることで逆に攻撃に繋いでいましたね」

「まさか、あそこで抜いた一本が後々の布石になるなんて」

「中盤で片側を集中して抜きつつ途中から逆方向に積み上げるのは絶妙なバランス感覚でした」

「二人ともプレイスタイルが両極だから見応えあったね」

「ちなみに、途中で如月さんが二人に増えたように見えましたけど、あれは……」

「それは……さすがに目の錯覚じゃ?」

「えっと、その、二人とも、凄かった」

 

 完全にギャラリーと化した本田と島村、あとみくにゃんと一緒にいた二人が好き勝手言っている。最初は両方の陣営に分かれて観戦していたのに、色々な角度から眺めている間にポジションが変わり、いつの間にか彼女達は集まっていた。そして謎の団結力を見せながら実況と解説をしていた。

 完全に見せ物扱いじゃん。

 期待していたものとは違うけれど、こうして勝負事に誘われる機会がなかった僕は年甲斐もなくハッスルしてしまった。それに引きずられたのか、みくにゃんも謎なテンションの高さを見せ、最終的には少年漫画の様な熱いバトルを演じてしまった。

 僕はこんなことをするために介入したわけじゃないんだけどなぁ……。結局、自分の力量もわからなかったし。

 でも、勝負自体は楽しかった。

 

「良い勝負だったわ」

 

 口を突いて出た言葉に嘘やお為ごかしはなかった。本当に楽しかったし、良い勝負だったと思う。

 ただ、次は普通に潰し合える勝負がしたい。

 今回みたいのは楽しいだけで得るものが無い。それは時間の無駄だ。

 

「ま、まだみくは諦めない……」

「これって、アイドルに関係あるのかな」

「がはっ」

 

 何の気なしに呟かれた島村の言葉がみくにゃんの胸を抉っていた。胸を押さえて倒れるみくにゃん。僕よりは胸があるのだから、多少抉れても問題無いだろうに。いや、妬んでないけども。

 

「しまむー……残酷なことを言っちゃダメだって……」

「え、私何か酷いこと言ってました!?」

 

 島村の無自覚な疑問がみくにゃんを傷付ける。倒れながら悶えているみくにゃんに合掌する。

 ナムナム。

 

「勝敗が付いたことだし、準備運動でもしておきましょうか」

「如月さん切り替え早いね。まあ、時間もないし、やっておこうかな。柔軟からでいい?」

「……そうね。本格的なアップはトレーナーが来てから始めましょう。やり方もよくわからないし」

 

 ついこの間まで素人だった僕達はアップのやり方も独学だった。学校の体育でやるような形ばかりの準備運動に齧った程度の専門知識を合わせた不格好で効果の薄いものだ。今後のことを考えて、その辺りのやり方もトレーナーと相談しておいた方がいいと思い、今は身体をほぐす程度に留める。

 僕の場合、準備運動は必要ないのだけれど、ポーズとしてやっておかないと周りが心配するから……。

 

「あの、良かったらお手伝いしようか? 準備運動ならこれまでたくさん習って来たから、少しなら教えられるよ」

 

 それまで蚊帳の外にいたみくにゃん一行の一人、ぽっちゃりさんが手伝いを申し出て来た。置物かガヤをするところしか見ていなかったので、そんな申し出をしてくるとは意外だ。それに一応みくにゃんサイドの人間だったのだし、みくにゃんと戦ったこちら側を手伝うのは大丈夫なのだろうか。

 

「それは有難いですけど……」

「あ、みくちゃんのことは気にしないで。さっきはあんな風に絡んだけど、みんなのことを嫌ってるってわけじゃないから」

「そうですか」

 

 そう言われてしまえば、ぽっちゃりさんの申し出を断る理由はなかった。みくにゃんがこちらを嫌っていない云々はともかく、先輩にあたるこの少女が手伝ってくれるのは非常に助かるので受け入れたいところだが、僕はともかく本田と島村の方がどう受け取るかだ。

 

「やった! 色々教えて貰えると助かるよー」

「ありがとうございます!」

 

 非常に乗り気だった。先程までの蟠りとかは一切感じられない。むしろ引っかかりを覚えているのは僕だけか。僕だけがおかしい世界線なのか。

 

「よろしくお願いいたします」

 

 慇懃になり過ぎない程度に頭を下げ、僕もぽっちゃりさんへ教えを乞う。僕だって二人が問題ないなら是非とも参加したいからね。

 

「そ、そんな畏まる必要なんてないよ」

「いえ、こういう事はしっかりするべきと思いますから」

 

 教えを受けられるなら多少の違和感程度は飲み込もう。頭だって何だって下げられる。それで僕のアイドルとしての実力が上がるのならば何だってする。できないことと言えば、枕営業と悪魔に魂を売ることくらいだ。

 

「如月さんて、とても真面目なんだね」

 

 いや、不真面目代表みたいな奴だよ僕は。

 学校では授業は上の空、イベント事は欠席、最後は中学中退? だからね。真面目だなんて間違っても名乗れない。

 

「すごくしっかりしていて……大人の人に見えるかな」

 

 そして誰だ君は。いや、みくにゃんと一緒にいた二人組の片割れの子か……。気付けばいつの間にか近くにツインテールの少女が当たり前のように立っていた。

 突然会話に加わって来られると困る。そういう瞬間的な応対は苦手なんだから。反射的に失礼なことを言ったらどうするのかと。申し訳なくなるじゃないか。

 見た感じ大人しそうだし、上目遣いでこちらを覗き込む姿は見た者の庇護欲を刺激する。あざとさを感じないので天然モノっぽい。頭のツインテールも可愛さを引き立たせている。島村とは違ったタイプの正統派アイドルって印象だ。どうしてこんな子がみくにゃんと一緒に居たのかちょっと不思議である。

 

「ありがとうございます。……あまり真面目と言われたことがなかったので新鮮です」

「そうなの? みくちゃんに言ったことだって、会社のこととかしっかり考えてて偉いなって思ったんだよ」

「なるほど」

 

 偉いとわざわざ褒めるほどのことだろうか。普通に考えて、みくにゃんの発言はプロダクション所属のアイドルとして間違っていると思ったから指摘しただけだし。

 まあ、それを言っても仕方がないことだ。それに、今もこちらの話を聞き耳しているみくにゃんに追い討ちをかけるほど僕は残酷ではないので、ここはぽっちゃりさんの言葉を受け入れよう。

 

 

 

 組分けの結果、みくにゃんと本田。ツインテと島村。そして、ぽっちゃりさんと僕がペアになって準備運動をすることになった。

 ツインテと島村は相性が良さそうだから良いとして、本田とみくにゃんのペアは大丈夫だろうか。先程のやり取りを思い返し本田のことが心配になった僕は横目で二人を観察していた。

 

「じゃあ、みくにゃん、よろしくー!」

「うん、任せて! 先輩らしくちゃんと教えるにゃ!」

 

 ……これなら大丈夫そうかな?

 他人の悪意には敏感でも好意というものを感じ取れない僕は、二人の間に流れる空気が良好なのか判断が付かない。少なくとも悪感情をお互いが抱いていないことはわかるので心配する必要はないのかな。

 

「二人が心配?」

 

 ぽっちゃりさんが僕と同じく本田達を見ながら訊いて来る。

 

「ええ、少しだけ。私が割って入ったのは二人にとって良い事だったのか……もしも、余計なお世話だったら、と思うと気になってしまって」

「あの時は、ああするのが正解だったと思うよ。未央ちゃんの様子も少しおかしかったし。うん、あそこで如月さんが割って入らなかったら決定的に拗れていたかも」

 

 そうか。余計なことをしたと後悔していたので、ぽっちゃりさんの言葉を聞いて安心する。

 

「如月さんって友達想いなんだね。最初の印象だと、他人を拒絶するタイプなのかなって思ったから少し意外かなって」

「いえ、友達ではないですよ?」

 

 ぽっちゃりさんの発言を食い気味に否定する。

 

「え?」

「本田さんと島村さんは同じプロジェクトの仲間ですが、別に友達でもなんでもありません」

 

 危うく聞き流すところだった。知らないところで僕と友達などと思われていたら二人に迷惑がかかる。誤解はすぐに解かないと後で酷いことになると僕は知っていたので素早く否定した。

 

「え……でも、あんなに仲良しに見えるのに?」

「仲が良いかどうかなんて、他人から見てもよくわからないものですよ。仲が悪くないからといって、仲良しとは限りませんから。少し会話した程度で仲良しだなんて……ましてや、友達などと思われるのは困ります」

 

 中学生時代のことだ。とあるクラスメイトが、僕と友達だと勘違いされたことで仲良しグループからハブられるということがあった。

 当時の僕はクラスメイトを個人として認識していなかったので、友達というのは正真正銘勘違いだったのだけど、それを証明する人間もまた存在しなかった。孤立していたからこそ、それが証明できないという矛盾。今の僕とは違い、他者への気遣いができなかった僕は我関せずでろくなフォローも入れずにいた。

 その結果、そのクラスメイトは冤罪でハブられ続けることになった。

 他人に興味がなく、誰と誰が仲が良いかなんてどうでも良いと考えていた僕にはクラスメイトの一人が僕と同じくぼっちになったとしか思わなかった。

 だから、その相手から、教室で、クラスメイトの前で、ゴミを投げつけられた時も最初は理由がわからなかった。

 仲良くはなかったが、仲が悪くもない相手だ。恨みを買うことをした記憶もない。だと言うに、唐突にゴミを投げられる理由。

 それを僕は、ゴミを投げ付けて来た本人が「これで友達じゃないって証明できたよね!?」と必死に叫んでいる姿を見ることでようやく理解した。

 単純な話だった。

 僕と友達ではないことを証明するためにゴミを投げ付けただけだ。友達にそんなことはしない。だったらやれば友達ではない。そんな論理。

 とてもわかりやすい証明の仕方だった。

 しかし、そのクラスメイトが元のグループに戻ることはなかった。一度弾かれた者はもう戻れないのだ。

 確かにその子は僕と友達であることを否定できはした。しかし、同時に他人にゴミを平気で投げ付けられる人間であることも証明してしまった。そんな人間をグループに入れるメリットはグループメンバーにはなかった。

 彼女にそれだけの価値はなかった。

 それだけの話だ。

 

 その時の教訓から、僕はお互いが友達だと確認し合った相手としか友達と思わないようにし、また、他人からも思われないように努めることにしている。どうでも良い相手ならそれで周りから何を言われようがあまり気にしないが、本田と島村のことはそこそこ大切に思っている。何より仲間だから、大切にしたい。

 そんな二人が僕と友達と思われて周りからの評価を落とすことになったら申し訳が立たない。せっかく良好な関係を仲間と築けているのだから、それをわざわざ壊す必要はないんだ。

 

「彼女達は友達ではありませんし、友達だと思ったこともありません。発言には気を付けて下さい」

 

 友達になりたいとは思っている。

 しかし、この言葉は胸の内にしまった。表に出して得があるわけでもない。むしろ知られることで迷惑に思われる可能性が高い。

 だから、ぽっちゃりさんには不用意なことを言わないように注意した。他人から荒らされたらたまったものではない。

 

「あ、えっ、えっと……ご、ごめんね」

「いえ、気を付けていただければ、それ以上は何も言いません。私の方こそ先に言っておくべきでした、申し訳ありません」

 

 ぽっちゃりさんは僕の謝罪に何か言うことはせず、悲しそうに俯くだけだった。

 失敗したなぁ。今度からは相手に誤解される前に友達ではない宣言をしておいた方が良さそうだ。

 そうすれば相手が誤解をしたことを悔いる必要もなくなる。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言うしね。違うか。

 

 お互い言葉少なげに準備運動を始める。自分から言い出すだけはあり、ぽっちゃりさんの教え方は解りやすかった。各動きがどういう効果があるのか一つ一つ丁寧に、それでいて端的な言葉で教えてくれた。少し脂肪燃焼効果に言及し過ぎな点を除けばとても満足できる内容だ。それまで力づくでやっていた前屈などの柔軟を意味のあるやり方に矯正していく。

 関節が固い時は砕くのではなく解すのが正解、と。

 

 程よく身体が温まって来たところでプロデューサーが顔を出しに来てくれた。

 ついこの間会ったばかりだというのに、何だか懐かしい顔に思えるのは不思議な感じがする。出逢ってから数ヶ月経っているとはいえ、過ごした時間は他人から抜け出した程度でしかないのに、なぜかとても長い時間、一緒に居た気がしてしまう。

 

「皆さん、おはようございます」

 

 いつもの重低音ボイスで発せられる挨拶を聞くと、仕事をしているという感覚が強くなる。この声を目覚ましにすれば起きた瞬間から仕事モードになるんじゃないか?

 今度お願いして声を録音させて貰おうかな。

 

「おはようございます」

 

 一旦ストレッチを止めてた僕達はプロデューサーの近くに集まった。その際、こちらも挨拶をするのは忘れない。

 

「本日、如月さん、本田さん、島村さんの三名は初めてダンスを合わせることになります。トレーナーはベテランの方なのでよく話を聞いてください」

 

 プロデューサーから改めて今日の予定が語られる。内容は事前に聞いていたものと同じなので特に注目すべき点はない。トレーナーがベテランということくらいか。

 

「はい! プロデューサー、今日のトレーナーって誰が担当?」

 

 本田も気になるのか質問を投げ掛けている。

 

「本日の担当は、先日にお二人にレッスンを付けていただいた青木さんです。今回、皆さんはバックダンサーとしてダンス中心のレッスンとなりますので、同じ方が教えます」

「なるほど、あのベテランって感じの人だね。確かに厳しかったけど、ダンス教えるの上手だったもんね」

「これまで養成所で習って来たものより格段にレベルが上で驚きましたけど、その分力になっているって実感できました」

 

 二人からの評価も高いので、そのトレーナーの人は信用できるのだろう。僕と二人にダンスの力量差がどれだけあるか知らないので何とも言えないが、同じくダンス初心者にもためになるレッスンをしてくれるらしい。誰かにダンスを教わるのは慣れていないので上手く立ち回れるように気を付けよう。

 

「前川さん、三村さん、緒方さんの三名は、スケジュールの問題で一緒にレッスンを受けることはできませんが、許可は得ていますのでここで見学をしていただいても問題ありません」

「わぁ! ありがとうございます! やったね、みくちゃん、智絵里ちゃん」

「う、うん。……あの、プロデューサー、ありがとうございます」

「Pチャン、ありがとうにゃ! みく達、たくさん勉強しておくね」

 

 気を利かせたプロデューサーがみくにゃん達に見学の許可を取って来てくれていた。この特別許可のおかげでみくにゃんの溜飲も下がったのか機嫌が良い。……さすがプロデューサー、アイドルをよく見ている。

 と言うか、薄らとそんな気がしていたのだけれど、この三人てもしかしてシンデレラプロジェクトのメンバーだったりするのだろうか?

 もしそうだった場合、僕はかなり失礼なことを言っていたことになる。一緒に写真撮った相手にはじめましてとか言ってるぞ。

 ……。

 まあ、いいか。写真に一緒に写ったくらいで顔馴染み扱いできるなら、クラスの集合写真で一緒に写ったクラスメイトも顔馴染みってことになるわけだし。そうはならなかったのだから、同様にみくにゃん達もまだ顔馴染みではないことになる。うん。証明終了。

 

「ところで、如月さん」

 

 自分の他人への興味の薄さに慄いていると、プロデューサーが話の矛先を僕へと向けて来た。

 なんだろう、僕も特別に何かあるの?

 

「昼食は食べましたか?」

「……ぷぇー」

 

 知らず気の抜けた声が口から漏れていた。

 お昼ご飯は食べていない。まさかその事を追及されるとは思っていなかった。

 そもそもお昼はプロデューサーと食べるつもりだったわけだし。そのプロデューサーが予定をキャンセルするのなら、僕も昼食をキャンセルしても特別おかしな話にはならないだろう。

 

「ちなみに、昼食をご一緒できないからと言って、貴女が昼食を食べなくていいということにはなりませんので」

 

 無作法を気にしなくて良ければ口笛でも吹きたい気分だった。

 完全に思考バレてるね、これ。

 

「……いえ。今回は私が予定をキャンセルしたことが原因とも言えるので大目に見ましょう」

 

 ホッ……。さすがプロデューサー。話がわかっていらっしゃる。そうだよね、僕だって好きで昼食を抜いたわけではないんですよ?

 

「それで、朝食は食べましたか?」

「ファー……」

 

 気を抜いた瞬間に返す刀で真っ二つにされた気分だ。

 食べたか食べていないかと問われたら、食べてないよ。と言うか、朝って食べないものじゃないの?

 

「その様子では食べていないようですね」

「……ヒ」

「もちろん、昨夜に夕食は食べましたよね?」

「……ァー」

「昨日の昼食は何をお食べになりましたか?」

「……ィー」

「昨日の朝食は?」

「……ゥー」

 

 どの質問にも答えられない。

 食べた物を思い出せないわけではなく、食べていないから言い出せないのだ。

 その事をプロデューサーは察しているのか、質問する毎に彼の顔の圧が増している気がする。

 少し気になったのは、アイドルのみんなの顔色が変わっていることだ。ドン引きと言うのだろうか、「信じられない」といった様子でこちらを見ている。これはプロデューサーの圧が強すぎて引いてしまっているってやつか。慣れていないと彼の顔って怖く見えるからね。仕方ないね。

 

「……最後に何か物を口にしたのはいつですか?」

 

 こ、怖くて答えられない……。

 もはや食事内容ではなく、物を口に入れたのがいつかまでレベルを落としていることがプロデューサーの本気さがわかって怖い。

 えっと、最後に物を口に入れたのは……。

 

「み……三日くらい前……です?」

 

 そのくらい前に水を飲んだ気がする!

 セーフ!

 

「アウトです」

 

 なんで!?

 人間は三日くらいなら水を飲まなくても生きていけると言われている。だから、三日前に水を飲んだ僕は人間の常識に照らし合わせたらセーフじゃないの?

 

「如月さん……、食べなくても大丈夫ということと食べなくても問題がないことは別問題です。貴女のそれは、死なないから大丈夫という考えであって、何も問題がないことにはならないのです。わかりますか?」

「お、ふ……」

 

 なんとなく言っていることはわかった。

 納得はできないが。

 

「納得されていない、という顔をされていますね」

「いえ、そんなことは……」

 

 だから、なんで分かるんだよ。僕の鉄面皮に隠された内心を的確に読み取ってくるのだけど、この有能プロデューサー。

 これであと少しだけでも愛想の良い表情ができたのなら、近付きやすい印象を持たれるのに……。って他人のことを言ってる余裕はないか。

 

「如月さん」

「ハイ」

「とりあえず、何か食べてください。何でも構いません。とにかく、栄養になる食べ物を摂取することを目標にしましょう」

「が、頑張ります」

 

 僕に新たな目標が生まれた。なんてやりがいのある目標なのだろうか!

 目標は高ければ高いほど燃えるとは言うけれど……、うん、ちょっと心が折れそうな高さだ。でも、頑張るよ。

 

「頑張らないといけないんだ……」

 

 一連のやり取りを見ていたぽっちゃりさんが慄いている。

 別に体格から推し量ったわけではないけれど……食べることが好きそうな彼女からすると、頑張らなければ物が食べられないという僕の発言は異質に映っただろう。

 

「……」

 

 プロデューサーが僕の顔をじっと見下ろしている。僕が本当に食事をするか顔から読み取ろうとしているのだろうか。真意を読み取られるほどの揺らぎは無いはずなのだが。

 さすがにそれだけで僕を読み切るのはプロデューサーとて不可能なようで、何かを指摘してくる気配はない。しかし、僕の方も下手なことを言って嘘を指摘されることを恐れて何も言えずにいる。

 しばし見つめ合いが続いた。

 

「はい、プロデューサー! その如月さんにご飯食べさせる役目、この未央ちゃんに任せて!」

 

 唐突に、プロデューサーと僕の前に躍り出た本田がそんなことを言って来た。

 何だ、その飼育委員みたいな役目は。僕はペットではないぞ。

 

「本田さんが、ですか……?」

「そうそう! これから一緒に居る機会が増えるわけだし? 三食全部は無理でも、ご飯を一緒に食べるようにすれば如月さんもご飯を食べるでしょ?」

「なるほど……」

 

 僕そっちのけで二人の中で話が纏まっていく……。僕の意見は? 意思は? 問答無用過ぎない?

 

「では、ステージまでの期間中、本田さんには積極的に如月さんを食事に誘っていただくということで」

「はーい! 任せてっ。この辺りのイイお店とか調べてあるから。如月さんも楽しみにしててね」

「ウッス……」

 

 一分もかからずに本田による僕の食事監修が決まってしまった。それでいいのか、本田未央。僕に拘う暇なんてあるのか、本田未央。島村とかの仲の良い相手との時間を削ってまで僕に関わる意味はないだろうに。これはお人好しというレベルじゃない。お節介体質と呼ぶべき癖なんじゃなかろうか?

 

「本来ならば、この後いらっしゃるトレーナーとの顔合わせを予定していたのですが……予定を変更して、如月さんには昼食を取っていただこうかと」

「それは困ります」

 

 プロデューサーが言い切る前に待ったを掛ける。

 危ない。もう少し止めるのが遅れていたら食堂送りにされているところだった。これから合同レッスンだというのに、食べるためだけにレッスンから抜けるなんてあり得ない。それが本田達を待たせるのか、僕抜きで始まるのかはわからないけれど、初めての合同レッスンで予定が狂うのは嫌だ。

 

「ですが、今の貴女にレッスンを……しかも、ダンスレッスンを受けさせるわけにはいきません」

「問題ありません」

「それを判断するのは私です」

 

 ふぇー、いつにも増して強固に止めて来るよー……!

 いつもなら何だかんだ言って折れてくれるのに、今日に限ってまるで退く気がない。

 ど、どうしよう? このまま僕だけレッスンを受けられないとか無いよね? それで二人から出遅れて、実力に隔たりが生じたら困る……!

 

「あ、あのっ」

 

 どうプロデューサーを説得しようかと頭を悩ませていると、今度はぽっちゃりさんが会話に入って来た。

 何の用だろう。この話し合いに関係する話だよね? 違うならちょっと後にして欲しいかなー。

 

「あの。私、みんながライブに出るって聞いて、お祝いにお菓子を焼いて来たんです。もしよければ、とりあえずそれを食べて貰えたら……お腹の足しになるんじゃないでしょうか?」

 

 そう言って差し出されたぽっちゃりさんの手には小ぶりの箱が載せられていた。

 ロゴも何も描かれていない白い箱は、市販のお菓子とは違う雰囲気を出している。

 

「お菓子、ですか……?」

「はい。甘いだけじゃなくて、お腹も膨れるマカロンです。あ、もちろん、後でちゃんとしたご飯を食べた方がいいと思いますけど……どうですか?」

 

 遠慮がちに言いながら、ぽっちゃりさんがお菓子の箱を開ける。

 中には焼き菓子か納められていた。料理関連のスキルが死んでいる僕でも一目でわかるくらいのクオリティの高さだ。これはかなりデキる人の料理!

 

「栄養価が高そうですね……」

 

 そこは美味しそうと言ってあげて。

 いや、もしかしたら、これをあわよくば食べようとしているぽっちゃりさんへの牽制ということもあるか? 暗にカロリーが高い物を食べるなと彼女に釘を刺したという可能性もある。

 確かに、アイドルの天敵みたいなお菓子ではある。甘い上にボリュームまであるのだから。いったい一つで何キロカロリーあるんだ……。

 

「では、こちらを如月さんに食べていただくということで。幾つか頂いてもよろしいですか?」

「あっ……は、はい! どうぞっ、たくさん食べさせてあげてください!」

 

 あ、なんか僕がそれを食べる流れになっている。プロデューサーが乗り気だし、ぽっちゃりさんも僕が食べるとわかった瞬間、物凄いテンションを上げているし。食べるしかない感じじゃん。

 突然重い物を食べるのは辛いのだけど……。いつかのスイーツフェスタでの地獄を思い出して、胃がギュッと縮こまる錯覚を覚える。

 そんな僕を余所に、プロデューサーは箱からお菓子を一つ手に取り出した。

 まずはプロデューサーが味見をするのかな? 毒味するようなものでもないはずだけど。

 そう思って見ていると、彼は自然な動作でそのお菓子をボクがの顔の前へと持って来たのだった。

 

「どうぞ」

「……」

 

 いや……どうぞ、じゃないが?

 てっきりプロデューサー自ら味見するのかと思っていたら、まさかのアーンである。この間の昼食アゲイン。強制的に物を食べさせる最強の技。その凶悪さたるや、周りの子達が「えー……」という顔でドン引きするレベルである。

 

「えーと?」

 

 しばらくお菓子とプロデューサーの顔を見比べる。

 お菓子。手作りとは思えないほど綺麗に焼けて美味しそうに見える。

 プロデューサー。カタギとは思えないほど眼光鋭くこちらを見てる。

 躊躇は一瞬だった。

 

「……あむ」

「あ、食べるんだ」

 

 根負けした僕は諦めてお菓子を食べた。それを見た誰かが余計なことを言っているが無視する。反応したら負けだ。

 お菓子自体の感想としては、すっかり感覚も戻り、身体の不調も治ったので普通に美味しく感じる。甘さ控えめで胃もたれしない。サクサクした外身としっとりとした中身が一つのお菓子にちゃんと同居している。

 一口サイズで食べやすいのも助かる。これが大きいサイズだったら僕の小さい口では食べられなかったところだ。

 

「ど、どうかな? あんまり甘くない方がいいかなって思って、普通よりも甘さ控えめで作ってみたんだけど」

「とても……美味しいです……」

 

 恐る恐るという態度で味の感想を求めて来たぽっちゃりさんに味の感想を伝える。

 

「あ……本当? よかったー……!」

 

 何をそんなに安心しているのか、ぽっちゃりさんは溜息交じりに安堵の表情を浮かべている。僕に美味しいと言われた程度で、そんな顔するぽっちゃりさんの意図がわからない。まあ、他人の心情なんて僕が推し量れる物でもないか。気にしたところで意味もないし、益もない。仮に察したところで、それが本当に相手の本心かなんてわからない。違った時のリスクを考えるならば、最初から慮る必要すらない。だから、僕は彼女の安堵の意味を考えることを止めた。

 ……さて、お菓子も食べたことだし、トレーナーが来るまでアップの続きでもするかな。新しい技術を取り入れたら試したくなるのが僕なのである。

 

「どうぞ」

 

 だがしかし、顔をプロデューサーへと戻すと、お菓子が目の前に差し出されていた。

 あれ、時間巻き戻ったりした? 今と同じ光景を直前に見た気するのだけれど……。

 

「……はむ」

「当たり前のように」

 

 試しにもう一度食べる。当然、味の方は同じだった。

 

「どうぞ」

 

 予想通り、またもお菓子が目の前に差し出された。

 泣きの一回でもう一度だけ食べてみる。

 

「どうぞ」

 

 三度、差し出されるお菓子──。

 む、無限スイーツだとオォォ!?

 食べても食べても追加されるお菓子を目にした僕の背に冷や汗が流れる。これは、いつまでも終わらない流れ?

 

「あの、プロデューサー、もう十分いただきましたが」

「栄養価と量を考えれば、これだけでは足りないと判断しました」

 

 いや、だからって多く食べれば良いってもんでもないでしょ。お菓子だよ。パンが無ければお菓子を食べればいいじゃないは嘘なんだよ。

 

「あの」

「美味しいから大丈夫だよ」

 

 ぽっちゃりからのフォローがフォローになっていない。美味しいから何が大丈夫なのか。仮にそれで大丈夫なのは飽きが来にくいってことだけで、僕の食べる量が減ることにはならないよね。むしろ追い討ちだよね。

 

「それでも、これ以上は……」

 

 満腹ですアピールをプロデューサーにしてみるも、彼の手にはすでに新たなお菓子が摘まれている。

 

「どうぞ」

「びゃー」

 

 強要されるお菓子の摂取。続くお菓子の輸送。終わらないお菓子地獄。

 でも、あと一つ食べれば箱の中身も空になる。終わる──。

 

「はい、プロデューサーさん。新しい箱です」

「ありがとうございます、三村さん」

「ひゃー」

 

 箱からお菓子が無くなるというところで、「プロデューサー新しい箱よ!」と言わんばかりに、ぽっちゃりがいつの間にか持って来ていた新たなお菓子の箱をプロデューサーへと手渡している。

 箱一つ分食べ終えれば終わると思っていたのに……。

 お、おのれぽっちゃりィィ。

 

「わ、私だけいただくのも悪いですから……」

「大丈夫! みんなの分もちゃんとあるよ」

 

 せめてもの抵抗として、僕が独り占めするのを遠慮するように言うと、ぽっちゃりがレッスンルーム備え付けの椅子の上に置いてある箱の山を指し示した。

 そんな、嘘でしょ? 倒したと思ったら復活した上に残機百倍菓子パンマンだなんて……。あの箱すべてを食べさせる気はないだろうけど、続く箱の中身だけでも僕をバイバイキーンするには申し分ない量を備えている。あの量を用意する努力と根性があるならダイエットくらいできるだろ、三村ァ!

 

「みんなもよかったら食べて?」

「わー、凄い美味しそう!」

「綺麗に焼けてます。これが手作り……」

 

 頼みの綱の本田と島村も、お菓子の誘惑を前に早々に懐柔されてしまった。

 この拷問は誰にも止めることができない。

 おごご。これ以上は入らないでぶー。

 これ以上は口からお菓子が逆流する。アイドルが嘔吐するのだけは……。アイドル的に嘔吐は駄目だと思うので死ぬ気で我慢する。しかし、それもいつまで続くかわからない。

 使うか? チートを……。こんな馬鹿みたいな事態に使うには過ぎた能力だぞ……。こういうのって、もっと危機的状況で使うものじゃないの? バトル漫画で言えば、最終回で主人公が大ピンチになるシーンまでとっておくやつでしょ。

 

「どうぞ」

「……」

「まだまだあるからね?」

「……」

「どうぞ」

「……」

「次の箱を持ってきますね」

「……」

 

 死ぬが?

 その昔、大福を死ぬまで食わせるという処刑方法があったらしいが、まさに今がそれ。

 確信する。今がその大ピンチの状況だった!

 くっ、背に腹は代えられないか……。アイドルというか、人としての尊厳を守るために、僕はチートを解放することを決めた。

 使うぞォ! 偽ダーティディーズ──。

 そんな、僕史上最もアホな理由でチートを使おうとしたところで、意外な所から僕のピンチを救う者が現れた。

 

「何やってんの?」

 

 扉の方、プロデューサーの身体で見えないので姿は見えないが、部屋に入って来た誰かが声を掛けて来たことでお菓子を輸送するプロデューサーの手が止まった。

 誰だかわからないけどナイスゥ。おかげでプロデューサーの手が止まった。終わらないと思っていた拷問が止まったことで、僕のテンションが上がる。

 

「あ、城ヶ崎さん」

 

 三村の口から出た相手の名前を聞いてテンションが急降下した。

 念のため、頭を傾けてプロデューサーの陰から顔を出すと、入口に立つ城ヶ崎姉の姿が目に入る。

 

「……楽しそうなことしてるじゃん」

 

 僕達のやり取りを見ていたらしい城ヶ崎が愉快そうに声を掛けて来る。

 

「城ヶ崎さんにしては珍しく時間に余裕がありませんでしたね」

 

 プロデューサーもプロデューサーで何事も無かったかのような態度で城ヶ崎に応対している。彼の中では今のやり取りは無かったことになっているらしい。

 

「ちょっと撮影が押しちゃってさ。ま、そっちも取り込み中だったみたいだし、問題ないでしょ?」

「……そう言えば、青木さんがまだ来ていらっしゃいませんね。時間には正確な方だと記憶していたのですが……」

「なんか妹さんのお見舞いで少し遅くなるって言ってたけど? 連絡済みだって聞いてたから私がまず指導するって話になってるはずだけど……聞いてなかった?」

「……」

 

 表面上、城ヶ崎の態度は普通に見えた。内心は知らないが。少なくともこの間見せた敵意を表に出すようなことはしていない。短い付き合いの中、あれだけ僕の心情を察したプロデューサーに気付かせないというのは流石と言える。アイドルであり女優でもあるのだろう、城ヶ崎という少女は。

 言葉はプロデューサーに向けてのものだったが、ちらちらと僕の方に向けて来るあたり意識されているのだろう。彼女の中の僕の立ち位置が読めないので何とも言えないが、あまり居心地の良いものではない。しかし、今の僕が彼女に何か言うのも違う気がする。それができるほど僕の立場は強くなく、また、彼女の方に隙が無かった。

 何かを言う意味が無い。

 何かを問う理由が無い。

 彼女の中の何かを引き出さない限り、僕は城ヶ崎を敵として見ることすらできない。

 定まらない立ち位置に居られることの厄介さ。これまで敵と味方と背景としかカテゴライズして来なかった人間に対し、城ヶ崎がどれに当て嵌まるのか決めかねている。

 即断即決。敵と見做したらすぐに処理をする。……それが出来ていた頃の僕はもう居ない。それを弱くなったと言うのは独善が過ぎるか。いや、孤独が過ぎると言えよう。

 どちらにせよ、相手の思惑を測れない現状で城ヶ崎に何かすることはない。少なくとも、このライブが終わるまでは大人しくしておこう……。

 

「大丈夫? 最近疲れてるんじゃない? ……目の下に薄らとだけどクマがあるけど」

「いえ、ご心配には及びません。少々仕事が立て込んでいただけですので」

「うっ。……それって、アタシが持って来た仕事も入ってるんだよね? ゴメン、ただでさえ疲れているのに、余計なことしちゃったかな……」

「いえ、それ自体は大した量ではありません。大体のことはそちらのスタッフが取り纏めていらっしゃるので」

「……なら、それ以外の仕事が大変なんだ?」

「いえ、まあ、確かに大変ではありますが、それがプロデューサーの仕事なので」

「それにしては他のプロデューサーよりも大変そうに見えるけど……?」

「お恥ずかしい話ですが、私用で仕事を滞らせてしまいまして。これはそのツケのようなものです」

「ふーん。私用かぁー……」

 

 一見和やかに見える会話なのに、不思議と居心地の悪さを感じるのは何でだろう。どちらも互いに悪感情なんて持っていないのはわかる。だと言うのに、この空気の淀んでいる中で呼吸するような苦しさは何が理由なんだ……?

 

「アンタ達、自分のプロデューサーにあんまり負担かけるんじゃないわよ。自分でできることは自分でやるのもアイドルの仕事だからね?」

 

 プロデューサーとの会話の間に、こちらへと声を掛けてくる城ヶ崎。一見、冗談めかして後輩へと発破を掛けているように見えるが、こちらを見る目は微妙に笑っていない。

 しかし、それに気付いた人間は僕以外に居ないらしい。城ヶ崎の対面に立つプロデューサーはもちろんのこと、声を掛けられた側のアイドル達も軽く受け止めているようだった。本田に至っては「はーい!」などと無邪気に返事までしてしまっている。

 一瞬とはいえ彼女の中身を垣間見た僕からすれば、城ヶ崎が冗談で言っているわけではないのがわかる。いや、それを見越した上で城ヶ崎は言葉を選んだ可能性もあるのか? その場合、今の言葉は僕だけに言っていたということになる。うーん、プロデューサーの疲労の原因に自覚がある分、何も言い返せない……。

 

「今日はアタシがレッスンを見ることになってるから。トレーナーが指導するのはある程度揃ってからね」

「あ、あの城ヶ崎美嘉に直接指導して貰えるなんて……!」

 

 どうやらトレーナーの代わりに城ヶ崎が指導を担当するらしい。プロデューサーがそれを知らなかったというのは不思議ではあるが、そういうこともあるのだろうと納得しておく。

 それにしても、トレーナーの前にアイドルの城ヶ崎が指導するってどうなんだろ? 僕個人としては、城ヶ崎と合わせるのは最終調整の段階で良い気がするんだよね。まずは僕達バックダンサー組の三人で合わせて、細かな修正をトレーナーに見て貰い、最後調整するっていうのが効率的な気がするのだが。まあ、そのトレーナー本人が居ないのだから城ヶ崎が見るのは仕方がないことか……。本田も感極まったという顔で喜んでいるようだし、とりあえずレッスンを受けるだけなら害もないし問題無いか。

 案外、今日の時点で動きを合わせられるかも知れないからね。そうしたら、余裕を持ってライブに臨める。余った時間を微調整に当てられれば、それだけクオリティが高いステージになるだろう。

 見せて恥ずかしくないデキならば、優と春香をライブに誘ってみようかな。チケットって優先的に買えたりするのか、後でプロデューサーに訊いてみよう。

 

 この時の僕は、合同レッスンがどういう物なのか……いや、自分にとって何を意味するのか考えが及んでいなかった。

 自分の能力を過信していたと言っていい。何だったらチートを使えばどうとでもなるとさえ考えていた。

 しかし、僕の自信と期待は裏切られることになる。

 

 

 僕は思っている以上に自分の能力に依存していたらしい。




前川みくは錆白兵だった。


次回、ようやく千早の弱点が露呈します。誰かと合わせることの難しさを知って挫折を味わいます。
どう壁を乗り越えるのか。
まあ、この手の問題で今の千早が人間的に成長することはありませんので、別方向で進化するしかないですね。技術的な問題に直面する度に人間らしさを捨てて行く……。
千早から人間らしい成長の機会を奪った武Pの罪は重い。武Pもそれを自覚しているので色々気にかけています。それがまた他者(特にちひろ)の誤解を生み胃を痛めつける。


中学時代の千早は、普通なら人間不信になるレベルで不遇な扱いを受けていましたが、千早本人が相手を人間と思っていないので気にしていませんでした。いじめレベルの行為、たとえば直接的な暴力などはされていませんので気にしなかった感じです。仮にしていたら、その人間はナイナイされていました。物を隠されても気にしないタイプなので気にしません。ただし、優がプレゼントした物を盗んでいたら匂いを辿られた上に敵として扱われていました。この時代の千早に敵と認識されるのは、スカイツリーの天辺から紐なしバンジーする方が生存率が高く、また、死に方としてもマシというレベルの自殺行為です。こちらを人間と思わないため容赦が皆無の化物が殺意ではなく害虫駆除の感覚で処理しに来るわけですから。千早から物を盗む場合は毎回ロシアンルーレット状態です。その恐怖を味わうことなく卒業できたクラスメイト達は幸運でしたね。

よくリアルのアイドル企画でもある、母校に挨拶がてらミニライブを学校で開催というのはありますが、そんな仕事が来た時に千早が参加するのかは不明。
少なくとも恩師登場なんてシーンは撮れないし、当時のクラスメイトと思い出を振り返るなんてものもできません。仮にクラスメイトが来たとしても、そこで悪意なくクラスメイトの所業を語って場を凍らせて全面カットがオチでしょうね。
クラスメイトの言動を気にしていないだけで、やったこと自体は全部把握している上に日付まで覚えています。ただ個として認識していないので誰がやったのかなどは気にしていません。



あまり意味がない設定。
ゲーム等ではセリフの中で表記される「☆」などは本作では書いていません。これが三人称視点で書くならともかく千早視点なので音声に則した文章となっています。
亜美真美の矢印とか佐藤の☆とかもないです。千早には聞こえていないので。
その他、三人称なら描かれる部分も千早主観だと描かれていなかったりと、叙述的な欠損が意図的に含まれているシーンもあります。
また、世界を千早視点で描いているので他キャラと認識の齟齬があります。今回の城ヶ崎のシーンもそれに当たります。本田達からすると今回城ヶ崎の態度はアニメと差がありません。頼れる先輩の姿で見えています。しかし、千早の視点だと終始不穏な態度に見えています。これは城ヶ崎の心中がどうかは別問題です。千早と本田達で見えているものが違うため、読み手(千早)と他キャラで受け取り方が違うということになります。
これまでもそういうシーンはありました。これからもそういうシーンがあります。それがどこのシーンかは今後別キャラ視点があればわかることでしょう。

千早が持っている情報は他のキャラと比べると少ないです。逆に千早の方が多く情報を持っていることもあります。
プロデューサーの印象も千早とその他で微妙に違います。千早自身の印象も違います。それが一人称と三人称の違いですね。

試しに今回のシーンの一部を別視点かつ三人称にするとこうなります。


※以下ネタバレ要素ありのため気になる方はここまで




「では、こちらを如月さんに食べていただくということで。幾つか頂いてもよろしいですか?」
「あっ……は、はい! どうぞっ、たくさん食べさせてあげてください!」

プロデューサーの確認に快く返事を返しながら、三村かな子は内心喜びを感じていた。
あの時の少女──千早が今目の前に居り、自分が焼いたお菓子を食べる。それは彼女にとって、とても喜ばしいことだからだ。

初めて彼女と出会った時のことは今でも鮮明に覚えている。あの時の衝撃を言葉にするならば、御伽噺に出てくる空想上のお菓子が実際に目の前に現れた……そんな奇跡を目の当たりにした気持ちであった。
それ程までに、とても──普段綺麗な人間を見慣れている自分であっても──美しいと思える容姿をした少女が一人、店内で立ち尽くす姿は印象的であった。
線の細い姿と粉砂糖の様な白い肌は病人にも見えるほどに儚げだったが、そこに病人特有の弱々しさは感じられない。体幹が非常に優れているらしく、微かな揺れも無く真っ直ぐと立っている姿から虚弱な印象は受けない。
すらりとした手足と、真っ直ぐ伸ばされた背筋。最高級の絹糸が如き艶やか髪は染められたにしては驚く程自然な青色をしていた。そして、それらの要素を些事と切って捨ててしまいたく程に整った顔。ともすれば現実には存在しないのではないかと疑うくらい非現実的な容姿をしていた。
その姿は周囲から浮いており、周りの人間も少女の美しさに引いているのか物理的に距離を置いてしまっている。中には少女の美しさに見惚れ、お菓子そっちのけで眺めている者も居たが、だいたいの人間は少女の容姿に引いていた。
それを見たかな子は、綺麗過ぎて怖いという感覚があることを初めて実感したのだった。
そんな色々な意味で浮きまくっている少女は、スイーツ食べ放題のお店にありながらお菓子を取りに行くこともせず、ただお菓子の並べられた棚を眺めているだけだった。
不思議に思ったかな子が少女をよく見ると、その顔色が悪いことがわかった。多くの者がその容姿に圧倒されて少女の顔色の悪さを見過ごす中、かな子が少女の不調に気付けたのは一般人よりも美しい物に耐性があった。それだけである。
その時は親切心から思わず声を掛けたが、残念なながらすぐに逃げられてしまった。

正直に言えば、千早に対する第一印象は良いものではなかった。
先程は親切心だなどと偽ったが、実際はお菓子好きを自任する自分が彼女の態度が許容できなかっただけである。あんな美味しそうなお菓子を前にして、幸せそうな顔ではなく、辛そうな顔をすることがもったいないと感じたのだ。
だから、何としてでも千早にはお菓子を食べて欲しい。そして、食べた後に幸せになって欲しい。そんなどこかズレた好意(プライド)を持っていた彼女にとって、これは好機以外の何物でもなかった。
しかし、一つ懸念点があった。それは、自分達シンデレラプロジェクトのメンバーを取り纏めるプロデューサーの存在だった。
公然の秘密であるが、彼はたった一人のためにプロジェクト始動を遅らせた事実がある。その件でCPのアシスタントプロデューサーとして彼の近くに居る千川ちひろが前に愚痴っていた。
346プロで行われたシンデレラプロジェクトの第一次選考にかな子が受かり、晴れてアイドルになってから数か月が経過している。その間、プロデューサーは基礎レッスンを自分達に言い渡すのみで一行にプロジェクトを進めることはしなかった。その理由が一人の少女のスカウトに拘っていたからと聞かされた時は、さすがの彼女も少なからず不信感を抱いたものである。
それが補充要員の未央、卯月、千早の三名の内の誰かなのだとすれば、彼女達に突っかかったみくの気持ちも十分理解できるものであった。みくだけではなく、その他の子達もみく程ではないが不満は持っていただろう。
かな子もそれは同じ思いであった。しかし、その相手が、仮に千早であったのだとしたら……。不思議と、それは納得のいく話だと思った。
初めて346プロへとやって来て、宣材写真の撮影のためにスタジオへと現れた千早を見た瞬間、かな子はプロデューサーの拘りを仕方がないことだと納得した。それまであった不満が、不信が、ストンと音を立てて心の内に収まった気がしたのだ。
だから、かな子は納得し千早への不満を飲み込んだ。プロデューサーの態度も理解した。
そして、現状を理解した。

──プロデューサーにとって、自分達よりも千早の方が価値がある。

自分達と千早、どちらを取るか。もしプロデューサーが選択を迫られたら、彼は間違いなく千早を取るだろう。それを一目見て納得させられてしまうくらいに、如月千早という少女は鮮烈だった。
聞いた話によると、千早の食事や個人レッスンにもプロデューサー自ら口を出し、あれこれと世話を焼いているらしい。その過干渉とも言うべき世話の焼き様は、それだけ彼が千早に入れ込んでいる証左と言えた。
だから、きっと、自分達からの干渉も制限されると思っていた。嫉妬で千早に何かをするというような人間はメンバーの中には居ないと思っているが、今回のみくのように三人纏めて絡むバーサーカーが自分が知るだけでも幾人か居る。その人間が下手なことをした場合どうなるのか……。最悪の事態もあり得る。
しかし、蓋を開けてみれば、こうして自分達の干渉にプロデューサーが何か苦言を呈することはせず、むしろ見学とはいえ参加を許したのは予想外だった。
てっきりお菓子を食べさせることにも否定的な態度をとられると思っていたので、自分の手に乗せられた箱からプロデューサーがマカロンを一つ摘み上げる光景は、かな子にとって意外だった。

(それも当然なのかな?)

プロデューサーと千早の会話から彼女の食生活を垣間見ることができた。信じられないことに、千早はこの三日間食事を取っていないらしい。かな子にとって拷問にも等しい苦行を千早は行っている。しかも、プロデューサーの口ぶりとして、それが慢性的に行われているのが窺える。
彼が是が非でも千早に食事をさせようとした理由がわかった。
だが、かな子にとって理由はどうでもよかった。今は千早がお菓子を食べてくれることが嬉しかった。

「はい、プロデューサーさん。新しい箱です」

だから、かな子は喜んでお菓子を提供するのだった。千早に食べる喜びを少しでも知ってくれるように、と。何度でも。
ちなみに千早本人は「おのれ三村ァ」と内心で気炎を吐いているのだが、かな子本人は善意でやっているので気付くことはない。



こんな感じになります。
短いシーンでも三人称(かな子)視点では千早とプロデューサーの印象ががらりと変わりますね。千早は得体の知れない謎キャラだし、武Pは千早至上主義に見えます。実際はネガティブアッパーヘッド少女と目が離せないやばい担当アイドルを心配するプロデューサーなのですが。
かな子はスイーツフェスタの件では千早が自分の好意を拒絶したことよりも、千早がお菓子を前に辛そうな顔をしていたことを気にしていました。彼女の価値観を否定するような千早の態度、というかそういう状況に千早が陥っている状況にこそ怒りを覚えたという感じです。今回千早が自分が焼いたお菓子を食べたことで千早への不信感はほとんど払拭されています。あとは武Pの”お気に入りアイドル”という勘違いを正せれば裏だけでなく表でも味方になってくれます。

三人称で書くと千早への好感度が秒でバレる。
かな子視点だから三人称で書けました。これがプロデューサーや未央だったらネタバレしかなくなります。
そのため今回描写の欠損について説明する上で、この先千早と敵対する理由が無いかな子視点を記載しました。
三村かな子は千早に良い意味でも悪い意味でもネガティブな感情を持たないキャラなので、例として挙げるのに適しています。アニメ一期の時間軸では希少キャラです。

千早はかな子ルートに行くのが一番イージーモードです。仮に何かの奇跡が起きてかな子ルートに進んだ場合、346プロの人間関係が全部解決するくらいイージーです。
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