このすばShort   作:ねむ井

40 / 57
『祝福』6,10,11、『続・爆焔』、Web版、既読推奨。
 時系列は、魔王討伐後。



この背伸びしたい王女にストップを!

 ――その日、王城では魔王討伐を祝うパーティーが開かれていた。

 

 俺は魔王を倒した勇者として王様に謁見する事になっていたのだが、アイリスと仲良くしている事について突っこまれると困るので、謁見をミツルギ押しつけておいた。

 そのせいなのか、パーティーに参列する貴族達には、俺はただの荷物持ちだと思われているらしい。

 ……どうも俺は王都の貴族達と相性が悪い。

 俺以外の魔王討伐メンバーは、ミツルギパーティーの取り巻き二人でさえいろいろな人に取り囲まれ称えられている。

 アクアは入場を許されたアクシズ教団に次から次へと酒を貢がれ、上機嫌で芸を披露している。

 めぐみんが空の容器に料理を詰めながら、貴族に話しかけられ目を紅く輝かせているゆんゆんをチラチラと見ていて……。

 ダクネスは相変わらず、貴族に囲まれてお嬢様をやっていた。

 俺はと言えば、会場の隅にポツンと突っ立っている。

 なんだよ、俺は魔王を倒した勇者なんだぞ? もっとチヤホヤされてもいいんじゃないか?

 会場の隅から列席者の口元を見て、読唇術スキルで俺の悪口を言っている奴を見つけ、どうやって報復してやろうかと考えていると。

 

「――本日の主賓が、こんなところでどうなさったのですか?」

 

 

 

 純白のドレスに身を包んだアイリスが、嬉しそうに微笑みながら俺の横に立った。

 

「お兄様、このたびは魔王討伐おめでとうございます。そして、私との約束を果たしてくださいまして、ありがとうございます……!」

「ああ、お兄ちゃんはアイリスのために頑張ったぞ!」

 

 本当は結構な勢い任せだったが、アイリスは俺の言葉を信じてくれたようで、顔を赤くしてモジモジする。

 

「お兄様が魔王討伐を成された事ももちろん喜ばしいですが、私はそれより、こうして無事な姿を見られた事の方が嬉しいです。それで、その……、お兄様は、あの指輪を今もお持ちですか?」

「指輪? 指輪ってなんだ?」

 

 エルロードに行った時にプレゼントしたやつの事だろうか。

 でもあれは、俺がアイリスにあげたのだから、俺が持っているはずがない。

 他に指輪と言うと……。

 

 …………。

 

「義賊の方々が盗っていった指輪なのですけれど……」

 

 俺が冷や汗をダラダラと流していると、アイリスがそんな事を……。

 

「……!? い、いや、ちょっと何を言っているのか分からないな! そういえば、あのなんとかいう義賊に大切な指輪を盗まれたって話だったな! でも、盗まれた指輪の事なんか、俺が知るわけないだろ!」

「お兄様、嘘を感知する魔道具の前でも同じ事を言えますか?」

 

 うろたえつつも誤魔化そうとする俺に、アイリスがクスクスと笑いかける。

 

「……し、知ってたのか?」

「はい。私は人を見る目だけは自信があるんです」

 

 マジかよ。

 いや、アイリスが他の奴らに話すとも思えないし、これは王族のお墨付きを得たようなものだとも言えるはず。

 クレアにも知られているわけだし、逆に考えればもう怯える必要もないのでは……?

 

「そ、それでお兄様。指輪の事なのですが……」

「あ、ああ。指輪か。あの指輪は……、…………その、指輪はだな……」

 

 口篭もる俺に、アイリスが不思議そうに首を傾げる。

 盗んできた時にダクネスが大騒ぎしていたくらいだから、あの指輪はよほど大事なものなのだろうが……。

 

「……すまん。俺、魔王との戦いで木っ端微塵に砕け散ってさ。指輪も肌身離さず身に着けていたから、その時に一緒に砕けちまったと思う」

「木っ端微塵!? お、お兄様、大丈夫なのですか!?」

 

 驚愕したアイリスが、心配そうに俺の体に触れる。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫だぞ。いろいろあってちゃんと蘇生してもらったからな、それもエリス様に直々に」

「エリス様にお会いになったのですか? すごいです! お兄様の冒険のお話は、本当にすごい事ばかりです!」

 

 ……まあ、女神エリスにはアイリスも会っているのだが。

 

「指輪がなくなってしまったのは残念ですが、お兄様は約束を果たしてくださいました。ですからもうひとつの方の約束も大丈夫です!」

「おう、大丈夫だ……? えっ?」

 

 あれっ?

 マズい、すごくマズい。

 目を輝かせ最高に嬉しそうな笑顔を浮かべたアイリスが言う約束に、まったく心当たりがない。

 またゲームをしましょうという約束だろうか?

 確かに魔王を倒した今なら王城に入り浸っても怒られないだろうが、それだけでアイリスがこんなに嬉しそうな顔をするだろうか?

 でも他に何も思いつかない。

 俺が密かに焦っていると、微笑んでいたアイリスが不思議そうな表情になり。

 

「……お兄様、ベルゼルグの王族に伝わる決まりはご存じですよね?」

「あ、ああ、王族に伝わる決まりか。そ、それは、ほら、……」

 

 相手がめぐみんやダクネスだったら知らないと即答するのだが、アイリスの前だといい格好をしたくなってしまう。

 視線をさまよわせる俺の様子から、俺が知らない事を察したアイリスは。

 飛びきりの笑顔を浮かべながら。

 

「魔王を倒した勇者には、褒美として王女を妻にする権利が与えられるんですよ」

 

 えっ?

 

 …………えっ?

 

「今なんつった?」

「勇者サトウカズマ様、魔王を倒したあなたには、私を妻にする権利があります。……い、いいえ、そうではなくて……、その…………」

 

 アイリスが笑顔を引っこめ、決然とした表情を浮かべて。

 

「お兄様、私を妻にしてはいただけませんか?」

 

 

 *****

 

 

 ――それからいろいろとあったが、俺はアイリスと婚約する事になった。

 

 しかしアイリスは未成年であり、しかもこの国の王女。

 魔王を倒した勇者とはいえ、どこの馬の骨とも知れない冒険者と婚約させるのは良くないなどと誰かが言いだしたらしく……。

 アイリスが成人するまでの間、俺とアイリスの婚約は公表しない事に決まっている。

 ちなみにそんな事を最初に言いだしたのはアイリスの父親、つまり王様らしい。

 アイリスと結婚したければ勇者カズマとやらはわしを倒してみせろと言ったところ、アイリスにボコボコにされて許可を出す事になったという。

 娘可愛さに将来の婿候補をボコボコにしようとした父親が、可愛い自分の娘にボコボコにされたわけで……。

 ……ちょっとだけ気の毒だ。

 

 そんなアイリスが、このところ何をしているかと言うと。

 

「あっ、お兄様、また子供が生まれました! これで三人目ですよ! そろそろ男の子が生まれてくるかもしれませんから、ジャティスお兄様の子供と王位を争う事になりかねません。お兄様、私達の子には決して国を乱すような真似はしないようにと教えなくては!」

「お、おう……。そうか。でも俺の子供は王位なんか継ぎたがらないんじゃないかな」

「ですが、王族にはいろいろとしがらみがありますから。昔は臣下の甘言に乗せられ、兄弟で王位を争うような事もあったそうですよ。ベルゼルグ王家の者は搦め手に弱いところがあるので……」

 

 魔王が倒され平和になって、以前より自由に出歩けるようになると、アイリスはめぐみん盗賊団のアジトだとかいう屋敷に住んで、毎日のように俺達の屋敷に遊びに来るようになった。

 今は広間で、《ラブラブ半生ゲーム》とかいうイロモノっぽいボードゲームをやっているところだ。

 

「とりあえず子供が生まれたご祝儀として、三千エリス貰おうか」

 

 俺とアイリスはマスの指示に従い、他の参加者に三千エリスを要求する。

 この《ラブラブ半生ゲーム》は、ルーレットを回して出た目だけ馬車に乗った駒を動かし、止まったマスの指示に従いつつゴールを目指すという、すごろくのようなものだ。

 ラブラブと言うだけあって、プレイヤー同士やNPCとの恋愛、結婚に関する指示が多く。

 現実で婚約者となった俺とアイリスは、ゲームの中でも結婚し、同じ馬車に乗って進んでいた。

 

「お金を取られるのは構いませんが、そんなにポコポコ子供を産むのはどうかと思いますよ」

「ま、また子供か……。カズマは幸運のステータスが高いからな。このままだと、本当に王子や王女が増えすぎて、国が乱れる事に……」

 

 めぐみんとダクネスが口々に文句を言いながらも、俺達に金を手渡す中。

 金を守るように胸元に抱き寄せたアクアが。

 

「嫌よ! このお金を渡しちゃったら、私は今夜も馬小屋に泊まらないといけないのよ! 朝ごはんはきっとパンの耳よ! ねえ、これっておかしくないかしら? 私がこんなに苦労しているのに、どうしてご祝儀なんかあげないといけないの? カズマはアイリスと結婚したんだから、どうせお城で面白おかしく暮らしているんでしょう? 意地悪しないでほしいんですけど!」

 

 運が悪い事に定評のあるアクアは、就活パートで職にあぶれ、結婚も出来ずに馬小屋で寝起きしている。

 

「俺にそんな事言われても。ゲームのルールなんだから仕方ないだろ。バカな事言ってないでとっとと金を寄越せよ」

「いやよ! いやーっ! あんたには人の心ってもんがないの? このお金をあんたにあげちゃったら、ゼル帝のごはんも買えなくなるのよ。可愛いドラゴンの子供にひもじい思いをさせて良心が痛まないの? 鬼! あんたは鬼よ!」

「ゼル帝なら自力で地面をつついてミミズを掘り返すから大丈夫だよ」

「ドラゴンの子供がそんなので満腹になるわけないじゃない!」

 

 というか、そいつはもうそれ以上成長しないと思う。

 俺がバカな事を言うアクアから金を巻き上げる中、めぐみんがルーレットを回す。

 

「次は私の番ですね。……ええと、〈片想い相手だった異性が結婚。より仕事に精を出すようになる。臨時収入五万エリス〉」

 

 結婚イベントをスルーし、独り身で仕事の道を驀進するめぐみんが、微妙な顔でマスの文章を読み上げる。

 

「ほう……、…………。まあ、カズマと結婚できず傷心の私が、爆裂道を極めるべく仕事に精を出すというのは分かるのですが。こんなにお金を貰っても、仕送りするくらいしか使い道もありませんし、あまり嬉しくないですね」

「おいやめろ。俺の良心をチクチク攻撃してくるのはやめてください。……まあ、そこは金を稼いで勝敗を競うゲームなんだから仕方ないだろ。金を貰ってもやる気が起きないって言うんなら、金じゃなくて経験値だと思えばいいんじゃないか?」

「……やめておきます。私の大事な経験値をイチャコラしているだけのあなた達に渡していると思うと、爆裂魔法を撃ちこみたくなりそうです」

「お、お前って奴は……! ゲームで本気になりすぎだろ! 目が紅くなってるんだよ!」

「おおお、落ち着けめぐみん。爆裂散歩なら後で私が付き合ってやるから!」

 

 俺とともにめぐみんを宥めたダクネスが、次にルーレットを回すと。

 

「……ん。これは、結婚イベントというやつか?」

 

 結婚相手もルーレットで決めるのだが、ゲームに参加している異性が俺だけなので、結婚相手は俺かNPCの二択。

 めぐみんのように独り身コースへと進む可能性もあるが……。

 このゲームの結婚イベントは絶対だ。

 ダクネスがルーレットを回して俺が出ると、俺はアイリスと別れダクネスと結婚し、アイリスはめぐみんと同じ独り身コースへと移る事になる。

 

「よ、よし。回すぞ」

 

 緊張した表情のダクネスがルーレットを回し……。

 

「結婚相手は、え、NPC……?」

「さすがですねダクネス。カズマとアイリスが結婚したからといって、家を守るためとは言えどこの馬の骨とも知れない相手と結婚するとは」

「ねえねえ、これってあのいつの間にか行方不明になってた、熊みたいな豚みたいなおじさんの事じゃないかしら?」

 

 ダクネスの馬車に結婚相手のNPCを乗せながら、めぐみんとアクアが口々に言う。

 

「ちょっと待て! いくらなんでもあの男と結婚するのだけはあり得ない!」

「お前、俺がいなかったらマジで結婚するつもりだったくせに何言ってんの?」

「そ、それは……!」

 

 俺のツッコミにダクネスがしどろもどろになる中、めぐみんが。

 

「では、以前にお見合いをしたという貴族の人でしょう。あの悪徳貴族がいなくなってから、ダクネスの家の仕事を手伝っていたらしいですし、丁度良いんじゃないでしょうか」

「バルター様ですね。とても評判の良い方ですし、ララティーナとお似合いだと思います。私は人を見る目だけは自信があるんです」

「ちちち、ちがーっ! こ、これはゲームだから……! ゲームの話だから……!」

 

 三人から口々に言われ、顔を赤くしたダクネスが、なぜか俺の方をチラチラ見て言い訳をしていた。

 次の順番であるアクアが、ルーレットに手を掛けたまま固まる。

 

「……ねえカズマ。ルーレットを回す前から嫌な予感がするんですけど! 幸運のステータスだけは高いカズマが、私の代わりに回してくれてもいいのよ?」

「嫌に決まってるだろ。お前はさっさと破産すればいいよ」

「するわけないじゃない。いいわ、そこまで言うなら見せてあげようじゃないの! 主人公って言うのはね、最後の最後に覚醒するものなの。見てなさいよ幸運ニート! この賢くも麗しい女神アクア様が、勝利への最初の一歩を踏み出すところを……!」

「いいからさっさとルーレットを回せよ」

「……〈転ぶ。お金を落とす。十万マイナス〉、…………。ねえ、おかしいんですけど。なんか私のマスだけ雑じゃない?」

 

 駄々を捏ねるアクアから金を没収する。

 

「ふわーっ! もうお金がないんですけど!」

「次はアイリス様の番ですね」

 

 泣き喚くアクアを微笑ましそうに見守っていたアイリスに、ダクネスが言う。

 

「分かりました! ……ええと、〈ラブラブ新婚生活はもうホント最高潮! なんだかんだでベッドが壊れる。夫婦ともに六千エリスマイナス〉……? す、すいませんお兄様。私がルーレットを回したのに、お兄様まで巻きこんでしまいました」

 

 ルーレットを回したアイリスが、申し訳なさそうに言う。

 

「気にするなアイリス。さっきから結婚やら出産やらのご祝儀で、金はたくさんあるからな」

「そんなにたくさんあるんだったら、少しくらい私に分けてくれてもいいと思うんですけど! 返してよ! 私の十万エリスを返して!」

「うるせーよ! ゲームなんだから仕方ないだろ。というかお前、十万エリスも持ってなかったじゃないか。とうとう自分がいくら落としたのかも分からなくなったのか?」

 

 そいえばこいつは、ぶつかった冒険者に金を落としたと言って、落とした以上の金額を要求していた事があったな。

 と、アイリスが不思議そうに。

 

「あの、お兄様。どうして新婚生活が良い感じだとベッドが壊れるんですか?」

 

 無邪気なアイリスの質問に、俺達は目を逸らした。

 

 

 *****

 

 

 ――夕方。

 アイリスを迎えに来たクレアとともに、シルフィーナが訪ねてきた。

 

「ママー!」

「こ、こらっ、ママと呼ぶのはやめなさいと言っているだろう……」

 

 シルフィーナに抱き着かれたダクネスが、まんざらでもなさそうに言いながら、シルフィーナの髪を優しく撫でる。

 魔王の脅威を避けるためにアクセルの街に疎開してきたシルフィーナは、なんだかんだでこの街の空気が肌に合ったらしく、魔王が倒されてからもダスティネスの屋敷で暮らしている。

 孤児院の子供達とも仲良くしているそうで、最近はすっかり健康になった。

 そんなシルフィーナは、明日、ダクネスと街の近くにある湖へとピクニックに行く予定で、今晩はこの屋敷に泊まっていくのだという。

 ダクネスとシルフィーナに皆が微笑ましい目を向ける中、アイリスがおずおずと。

 

「あの、ララティーナ。今晩は私も泊まっていってはいけませんか?」

「それは……。アイリス様が望まれるのでしたら、私達が拒む事はあり得ませんが……」

 

 言いながら、ダクネスがチラっとクレアを見る。

 アイリスも上目遣いでクレアをジッと見て……。

 

「ク、クレア……?」

「いけません。いくら婚約しているとは言え、アイリス様が男性であるカズマ殿と同じ屋根の下でひと晩を過ごすというのは……」

 

 上目遣いのアイリスの懇願を、クレアが厳しい表情を作り断ろうとするも。

 

「どうしても駄目ですか?」

「ダ、ダメですよ。そんな可愛い顔をして上目遣いをしてみせても! 護衛としてアイリス様の心身をお守りするのが私の務め! 例えアイリス様に嫌われたとしても、……し、しても、アイリス様を守り抜いてみせます!」

 

 ちょっと揺らいだが格好良く言いきったクレアに、アイリスはさらに。

 

「……そうですね。私も自分の立場は理解しています。あちらのお屋敷なら、王国の騎士団や紅魔族の方々、アクシズ教のプリーストの皆さんもいて、護衛しやすいでしょう。こちらではクレアにずっと付きっきりで護衛してもらわないといけないし……」

「…………」

「お風呂も一緒、寝る時も一緒、……クレアにそんな迷惑を掛けるわけには行きませんね」

「わ、分かりました、アイリス様。どうしてもと言うのなら、今日くらいは泊まっていっても構いませんよ」

「本当ですか! ありがとうクレア!」

「ただし、この屋敷にいる間は常に私と一緒にいていただきます! もちろんお風呂も寝る時も一緒です!」

 

 えっ、何コレ。

 あっさりとクレアを篭絡したアイリスが、クレアに見えないように笑顔でピースサインを送ってくる。

 出会った頃は素直でわがままも言えないような箱入り娘だったのに、成長したなあ……。

 

「……なあカズマ。この国の王女にまでお前の悪影響が及んでいるのは、さすがにどうかと思うのだが」

「や、やめろよ。なんでもかんでも俺のせいにするのはやめろって言ってるだろ。お城に引き篭ってたからいろいろと我慢するような性格になっちまっただけで、アイリスは元々ああいう性格だったのかもしれないじゃないか」

 

 真顔で耳打ちしてきたダクネスに、俺が言い訳していると。

 

「お兄様、今晩はよろしくお願いします!」

 

 満面の笑みを浮かべたアイリスを前に、ダクネスは何も言わなくなった。

 

 

 *****

 

 

 その夜。

 食事当番だったアクアが、アイリスも泊まっていくなら食事当番の仕事をするべきじゃないかしらなどと言いだして当番を押しつけようとし、嬉しそうに分かりましたと言うアイリスをクレアが慌てて止めて。

 その三人に加え、アイリスを心配したダクネスと、そんなダクネスを手伝いたがったシルフィーナまでが調理に参加し。

 作り手が五人もいたせいで大量に出来た料理を、皆で苦労して食べきった。

 すっかり満腹になった俺が、ベッドに寝転がり、心地良い眠気に誘われつつダラダラと本を読んでいると――

 

「……!?」

 

 なんだ? 今、部屋のすぐ外で敵感知に反応があったような……。

 屋敷の中だし気のせいだろうが……。

 いや、ちょっと待て。

 ホラーとかだと、こういうのを放置しておいて事件が発生するんじゃないか?

 でも何かあったと思って見に行くと死ぬパターンもあるな。

 畜生、眠くて考えがまとまらない。

 

「お兄様、まだ起きていますか?」

 

 と、遠慮がちなノックの音とともに、ドアの外からアイリスが声を掛けてきた。

 

「……。お、おう。起きてるぞー」

「は、入ってもいいですか……?」

 

 少しだけ開いたドアから顔を出したアイリスが、恥ずかしそうに訊いてくる。

 

「構わんよ。こんな時間にどうしたんだ? お兄ちゃんに会いたくなったのか?」

「もう、お兄様! 私達は婚約したのですから、いい加減に妹扱いはやめてください!」

「そんな事言われても。アイリスだってお兄様って呼んでるじゃないか」

「そ、それはそうですけど……!」

 

 俺の言葉に、アイリスが拗ねたように頬を膨らませる。

 

「まったく! お兄様はまったく! この部屋に来るまで緊張していたのに、すっかり気が抜けてしまいました」

 

 文句を言いながらも楽しそうに、アイリスはドアを閉め俺の部屋の中へと入ってくる。

 

「緊張って……、今さら緊張するような事もないだろ?」

 

 首を傾げながら言う俺に、アイリスが恥ずかしそうに微笑みながら。

 

「そ、その……。今日は、夜這いをしに来ました……!」

 

 俺の眠気が吹っ飛んだ。

 

 

 

「アアア、アイリス!? お前今なんつった?」

 

 ベッドの上で飛びあがり手にしていた本を放りだした俺のもとに、アイリスがクスクスと笑いながら近寄ってくる。

 

「夜這いをしに来たと言いました。私達は婚約しているのですから、夜這いくらいしてもおかしくないと思います」

「いや駄目だろ。というか、夜這いだとかそんなのどこで覚えてきたんだよ? アイリスにはまだそういうのは早いと思う!」

「ララティーナがお兄様に夜這いしようとしていたと、めぐみんさんが言っていたので……」

 

 俺の事をアイリスに悪影響を与えただのなんだのと言っていたが、ダクネスの方がアイリスの情操教育に悪い影響を及ぼしているじゃないか。

 

「それに、私はもう子供ではありません! もう少ししたら十四歳になるんですよ。十四歳と言ったら結婚できる年齢なんです。そうしたら、お兄様との婚約を正式に発表してもいいとお父様も言っていました。子供扱いするのはやめてください!」

「そ、それはそうだけど! 待ってくれ! そりゃアイリスがそろそろ十四歳になるってのは知ってるが、今はまだ十三なんだろ? だったら、こういうのはもう少し待った方がいいんじゃないか? 十四歳になってからでも遅くないと思う!」

「嫌です! お兄様は、ちょっと押されれば私の事なんか忘れてコロッと流されてしまうではないですか! 私はお兄様がうっかり流されないような、そんな既成事実が欲しいのです!」

 

 き、既成事実……。

 可愛い妹の口からそんな言葉が出てくるとは。

 これは成長なのか?

 というか、確かにまったく反論できないが、俺ってアイリスの中でもそんな評価なのか。

 

「お兄様とは以前にも夜這いをした事がありましたが、婚約者同士だと思うと少し恥ずかしいですね。それに、あの時は私も何をしているのか分かっていなかったですし……」

 

 アイリスが恥ずかしそうに、そんな事を……。

 

 ……え?

 

 …………えっ?

 

 何それ記憶にない。

 例の記憶を消去するポーションのせいで、俺はそんな大事な記憶を失っているのだろうか?

 落ち着け佐藤和真。

 あの時の記憶はアクアの魔法で取り戻したはずだ。

 それに俺はロリコンではない。

 アイリスの事をそういう目で見た事はない。

 今ではアイリスは俺の婚約者って事になっているし、将来的にはそういった関係にもなるのかもしれないが、今の俺にとってアイリスは妹という感じだ。

 記憶を失っているとしても、おかしな事はしていないはず……!

 

「お、お兄様、一緒のベッドに入ってもいいですか……?」

 

 おれのベッドの傍らに立ったアイリスが、おずおずと言ってくる。

 マズい。

 何がマズいって、すごくマズい。

 以前アイリスにわがままを言ってもいいと言ったくせに、今さら断るとアイリスが悲しむ。

 それに、アイリスに本気でお願いされたら、断れる気がしない。

 

「ままま、待ってくれアイリス! 心の準備が……!」

「えいっ!」

「!?」

 

 可愛らしい掛け声とともに、アイリスが俺のベッドに飛びこんでくる。

 頭から毛布を被ったアイリスが、もぞもぞと動いて俺のすぐ近くから顔を出した。

 

「……! こ、これが夜這いというものなのですね。私ったら、なんてはしたない……! お兄様、眠ってしまうまででいいですから、私とお話してくださいますか……?」

 

 真っ赤になった顔の下半分を布団に埋めながら、アイリスがそんな事を言う。

 ヤバい。

 何がヤバいって、すごくヤバい。

 めぐみんとも何度も一緒に寝た事があるし、アイリスとだって同じような事をしたはずなのに、どうしてこんなにドキドキするんだ?

 おおお、落ち着け佐藤和真。

 俺にとってアイリスは妹みたいな存在だ。

 一緒のベッドで寝ているからと言って、ドキドキするはずがない。

 

「は、話をするくらい構わないけど……。えっ? 話? なんの話をするんだ?」

「冒険の話が聞きたいです! お兄様は魔王を倒したんですよね? その時の話を聞かせてください!」

 

 …………?

 

「ええと、冒険の話くらいいくらでもしてやるけど、アイリスは夜這いをしに来たって言ってなかったか? そんな話でいいのか?」

「はい! お兄様の冒険のお話は全部楽しいです!」

 

 あれっ?

 

 なんか俺が思ってるのと違う。

 いや、この場合はそれで助かったと言うところなのかもしれないが……。

 

 ……ふぅむ?

 

「そういえば、クレアはどうしてるんだ? 俺のところに夜這いに行くなんて言ったら、あいつは絶対止めたはずだろ」

「……? いえ、クレアはお兄様のところへ行くのなら安全だろうと、快く送りだしてくれましたよ。この部屋に来るまで、きちんと私の護衛をしてくれていました」

 

 そういや、アイリスが夜這いに来たとか言いだすから忘れていたが、部屋のすぐ外に敵感知の反応があるな。

 クレアは今も廊下に立って、アイリスの護衛をしているらしい。

 それが外から来る危険を警戒しているのか、俺がおかしな事をしようとしたらぶった斬るためなのかは分からないが……。

 アイリスに夜這いをさせようとするとは、あいつは一体何を考えているのか。

 考えこむ俺に、アイリスが不安そうに。

 

「あの、ひょっとして私は何か夜這いの作法を間違っていたでしょうか?」

「そんなわけないだろ、アイリスは何も間違ってなんかいないさ。それで、魔王を倒した時の話だったな? きっかけはこの街が魔王の幹部に支配されかけた事でな……」

 

 

 *****

 

 

 ――翌朝。

 夜通しアイリスと話していた俺は、アイリスを起こさないよう静かにベッドから降りる。

 アイリスは、夜這いと言う初めての体験に興奮してか、空が薄っすらと明るくなるまで眠らなかった。

 俺もいい加減に眠いが、もうひとり話をしないといけない奴がいる。

 俺がこっそりと部屋を出ると、すぐ傍の壁に寄りかかり眠るクレアの姿が……。

 アイリスの事が心配で、ひと晩中ここにいたらしい。

 

「おい起きろ、おいって」

 

 寝ているクレアの頬を軽く叩くと、クレアがゆっくりと目を開けて。

 

「ひいっ! カ、カズマ殿!?  ままま、待ってください! 事情を聞いていただきたい!」

「しっ! バカ! ここで大きな声を出すとアイリスが起きるだろ。……ちょっとこっちに来い。べ、別に何もしないから!」

 

 最近のクレアは、初めて出会った頃が嘘のように俺に怯え、避けるようになっている。

 アイリスとの婚約に反対し、俺に決闘を申しこんできたクレアを、バインドで縛って泣くまでスティールを唱え続けたら軽くトラウマになったらしい。

 俺へのトラウマのせいか、俺が促すとクレアは言われるままについてくる。

 まだ朝早く誰もいない台所で二人分のコーヒーを淹れ。

 

「それで、事情とやらを聞かせてもらおうか。もちろん俺だって鬼じゃないが、俺を納得させられなかった時は分かってるな? 純粋なアイリスをけしかけやがって。そういうのはめぐみんかダクネスだけで十分なんだよ」

「分かっています。あんな事は私だって不本意です。まったく! 私がどんな気持ちでアイリス様を送りだしたと……」

 

 言っているうちに昨夜の事を思いだしたのか、クレアがすごい目で俺を睨む。

 

「な、なんだよ。お前がアイリスに、俺のところに行ってもいいって言ったんだろ? それなのにそんな目で見るのはやめろよ」

「……、このところアイリス様は、いろいろな方に恋人同士とはどういう事をするのかと聞いて回っているようで……」

 

 ――クレアが語ったところによると、こういう事だ。

 最近のアイリスは、俺と婚約した事で大人の淑女としていろいろな事を学ぼうとしている。

 そして昨夜、めぐみんからちょっぴり大人な言葉を仕入れてきたアイリスが、夜這いってなんですかとクレアに訊いたという。

 めぐみんからダクネスが俺に夜這いをしようとしたと聞いても、純粋なアイリスには夜這いがなんなのか分からなかったのだろう。

 

「以前のアイリス様であれば、私が本当に話せないとお伝えしたら諦めてくれたのです。それが、カズマ殿と婚約した事で早く大人になりたいとお考えのようで……。アイリス様に本気でお願いされては、私には断りきれませんでした」

「いや、断りきれませんでしたじゃないだろ。そこは護衛として教育係として、アイリスが道を間違えないようにきちんと拒んでおけよ」

「ではあなたには出来るのですか! あのアイリス様に上目遣いで可愛らしくお願いされても断れると!? アイリス様のお願いを断るとはどういうつもりだ! そこへ直れぶった斬ってやる!」

 

 コイツ面倒くせえ!

 

「……スティール」

「!?」

 

 俺がボソッと呟くと、激昂していたクレアが一瞬で静かになる。

 

「アイリスが道を踏み外さないように間違った知識を教えたってのは分かったよ。でも、俺のためってのはどういう事だ? ……パンツは盗んでないから安心しろよ」

 

 というか、呟いただけでスキルも使っていないのにビビりすぎだろう。

 さすがにここまでトラウマになっていると、俺も悪い事をしたような気になってくる。

 泣きそうな顔で下着の有無を確認していたクレアは。

 

「アイリス様はカズマ殿と婚約者らしい事をしたがっておいでです。ですが、まだ幼いアイリス様とそのような事に及ぶのは、カズマ殿としても不本意なはず」

「そりゃまあ。俺はロリコンじゃないし、俺にとってアイリスは妹みたいなものだからな。将来的には分からないが、今すぐどうこうって気にはならないよ」

「その言葉を聞けて安心しました。もしもカズマ殿がアイリス様を今すぐどうこうするようなら、シンフォニア家の全力を注いででも、例え負けると分かっていてもあなたと戦う事になっていたでしょう」

「お、おう……。そんな事はないから安心してくれ」

「ですが、もしもアイリス様が正しい知識を持ち、カズマ殿にお願いしたら、カズマ殿はそんなアイリス様のお願いを断る事ができますか? 昨夜、アイリス様が本当に夜這いに来ていたとしたら、きちんと断れていましたか?」

 

 …………。

 

「あ、当たり前だろ! 俺を見縊るのも大概にしろよ! いくら俺が流されやすい性格だからって、妹に迫られて受け入れるようなロリコンじゃないぞ!」

「……ほう? 昨夜、私は失礼ながらあなたの部屋の前で聞き耳を立てていました。夜這いに来たと言ったアイリス様を、追い返すでもなくベッドにまで入れたのはどういうわけですか? あの時はまだ、私がアイリス様に間違った知識を教えていたとは分かっていなかったはずですよね? 詳しく説明していただきたい」

 

 初めて出会った時のような、いや、それ以上の冷たい表情でクレアが俺を問い詰める。

 

「よ、よし分かった! 俺だってアイリスに悲しい顔をさせるのは嫌だしな! 俺のためにも嘘を吐いてくれてありがとう! ちょっと悪いような気もするけど、アイリスが十四歳になって婚約を正式に発表できるようになるまでの間は、アイリスには間違った知識を教えて満足していてもらおう!」

 

 即答できなかった俺は、クレアから視線を逸らしつつ話を強引に進める。

 そんな俺に疑わしそうな目を向けながらクレアが、

 

「……くれぐれもアイリス様を傷つける事のないようにお願いします。万一の場合は、例え全裸に剥かれようともあなたをぶった斬ります」

 

 固い決意を感じさせる口調で宣言した。

 

 

 *****

 

 

 今日はピクニックに出掛けるというダクネスが、朝からシルフィーナとともに朝食と弁当を作っていた。

 七人でテーブルを囲むと、ただでさえ騒々しい食卓がいつもより賑やかになる。

 シルフィーナが切ったという、歪な形の野菜を口に入れながら、ダクネスがドヤ顔で。

 

「どうだカズマ。今日の料理は久しぶりに腕によりを掛けて作ったものだ。このところ、いろいろと忙しくて料理当番を代わってもらったりもしたが、その間に屋敷でメイドに付き合ってもらい練習していてな。もう私の料理は普通だなどと言うまい」

「ママの料理はとっても美味しいです!」

 

 ダクネスが作った料理を美味しそうに頬張るシルフィーナを見て、俺は頬を緩めながらダクネスに答える。

 

「小さな子が美味しそうに食べてるところを見ていたら、どんな普通な料理でも美味しいに決まってるだろ」

「そ、そうか! やっと私の料理を……ッ!? おい、それは私の料理が普通だと言っているだろう!」

 

 いきり立つダクネスに、アクアが野菜スティックをポリポリとかじりながら。

 

「しーっ! ダクネスったら、食事の時くらいもっとお淑やかにできないのかしら? 今日はアイリスもいるんだから、礼儀作法をきちんと守るべきだと思うの」

 

 ……よく分からないが、またおかしな遊びを始めたのだろう。

 おそらくお姫様ごっこかなんかだと思うが、野菜スティックを上品に口に運ぶ様子は、見た目だけならどこかのお姫様だと言われても信じてしまいそうだ。

 そんなアクアの隣では、本物のお姫様が嬉しそうにツナマヨご飯を頬張っているのだが。

 

「ア、アイリス様、そのようなものを口に入れては……!」

 

 ツナマヨご飯を食べて幸せそうにしているアイリスを、クレアがためらいつつも止めようとしている。

 アイリスが間違っていたら嫌われてでも止めると言った事を実践しているらしいが……。

 

「どうしてですか? こんなに美味しいのに」

「それは……。いえ、なんでもありません。食事の邪魔をしてしまい申し訳ありません」

 

 不思議そうに訊くアイリスに、何も言えなくなっていた。

 こいつ駄目だ。

 

 と、ダクネスの隣で大人しく食事をしていたシルフィーナが、アイリスに話しかける。

 

「あの、アイリス様」

「シルフィーナ、私の事はお姉ちゃんと呼んでくれていいんですよ」

「は、はい! アイリスお姉ちゃん……!」

 

 アイリスのお姉ちゃんムーブに、シルフィーナが素直に応じる。

 お姉さんができて嬉しそうなシルフィーナを見てダクネスが微笑ましい表情になり、お姉さんぶるアイリスの可愛さにクレアがだらしない表情になる中。

 シルフィーナが瞳を輝かせながら。

 

「今日はアイリスお姉ちゃんも一緒にピクニックに行ってくれますか?」

「すいません、シルフィーナ。今日は行くところがあるんです」

「……そうですか」

 

 アイリスの答えに、シルフィーナがしょんぼりする。

 と、口いっぱいに食べ物を詰めこんでいためぐみんが、口の中のものを飲みこみ。

 

「……んぐ! 珍しいですね。こうしたイベントが大好きなあなたが断るなんて。なんなら、ゆんゆんも誘いましょうか? あの子なら他に用事があっても喜んでついてきますよ」

 

 気を遣っているのかゆんゆんの予定も訊かず巻きこもうとするめぐみんに、アイリスが満面の笑みで答える。

 

「いえ、私は今日はお兄様とデートに行くんです!」

「……!?」

 

 そう。夜這いに来たアイリスとの話し合いで、今日は一日、アイリスとデートする事に決まっている。

 ニコニコしているアイリスに、イラっとした表情を浮かべためぐみんが。

 

「……ほう! 私もまともにデートなんか行った事がないのに、後からしゃしゃり出てきたあなたがこの男とデートをすると?」

「なんですか? 私達は婚約しているのですから、デートくらい行っても良いと思います!」

 

 おっと、ギスギスしてきましたね。

 俺の事を好きすぎて争う二人に、俺がちょっと動揺しつつもニマニマしていると。

 

「ちょ……! カズマ殿、気持ち悪い顔をしていないで、お二人を止めてください!」

 

 慌てた様子のクレアがそんな事を……。

 

「お前今気持ち悪い顔って言ったか?」

「い、言ってません」

「まあ、大丈夫だよ。あの二人は俺の事を好きすぎるだけで、本当は仲が良いからな」

 

 ひとしきりアイリスに文句を言っためぐみんは。

 

「というか、あなたはデートがどういうものか分かっているのですか? 男女が一緒に出掛ければデートだという認識は甘いですよ」

「大丈夫です。最終的に夜の街にしけこめばいいんですよね?」

「駄目に決まっているでしょう! そんな話、誰から聞いたのですか?」

 

 アイリスの爆弾発言に、ダクネスがシルフィーナの耳を塞ぎ、アイリスとシルフィーナ以外の全員が俺に白い目を向ける。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。お前らなんでそんな目で俺を見るんだよ! 俺は何も言ってないだろ! アイリスもおかしな事を言うのはやめてくれ。デートには行くけど、夜の街にはしけこまないよ」

「ええっ!? そ、そんな……! デートで多少失敗しても、最後に夜の街にしけこんでしまえば大丈夫だと……!」

「……そんな事、誰に言われたんだよ?」

「そ、その……。セシリーお姉さんが……」

 

 俺達の反応から、名前を出すと迷惑が掛かると察したらしく、アイリスが言いにくそうにセシリーの名を挙げる。

 

「もうあいつは追いだしたらいいんじゃないかな」

「だ、駄目です駄目です! セシリーお姉さんはめぐみん盗賊団の大切な相談役なんです! アジトにいてくれなくては困ります!」

 

 アイリスが必死に言うので追及するのはやめておくが、どうしてアクシズ教徒は厄介事しか引き起こさないのだろうか。

 俺がアクアにジト目を向けると、アクアは牛乳のスープを豪快に飲み干して、口の周りを白く汚していた。

 ……誰もツッコまないので、お姫様ごっこに飽きたらしい。

 

「あの、お兄様。夜の街にしけこむというのは、具体的にはどんな事をするのですか? そんなにはしたない事なのですか?」

「い、いやほら、そういうのはアイリスにはまだ早いだろ。なんていうか、もっと健全なお付き合いってやつをした方がいいと思う」

 

 と、俺の言葉に、アイリスがムッとした様子で頬を膨らませ。

 

「子供扱いしないでください。大丈夫です! 少しくらいはしたない事でも、私は気にしませんから!」

 

 そうだった。

 今のアイリスに、子供だからまだ早いとか、もっと大人になってからとか言うのは禁句だ。

 それに、このままはぐらかし続けると、クレアに教えてくださいと迫り、クレアが教えてしまうだろう。

 というか、ぶっちゃけ俺も押されたらうっかり教えてしまいそうな気がしている。

 いや、落ち着け佐藤和真。

 まだ慌てるような時間じゃない。

 昨夜、クレアがアイリスに教えた嘘は今も有効なのだから……。

 

「そ、そうか。そうだな、アイリスはもう少しで十四歳だし、こっちの世界ではもう大人みたいなもんだよな。ほら、俺って異世界から来たから、その辺の常識がまだ上手く飲みこめてなくてさ。……それで、夜の街にしけこむって話だったな。簡単に言っちまうと、昨夜やってた夜這いと一緒だよ」

 

「「「!!!!????」」」

 

 アクアとめぐみん、ダクネスの三人が、なぜか俺にギョッとした目を向けてきて……。

 

 ……あっ。

 

 あいつらはアイリスが夜這いについて勘違いしている事なんか知らないわけで、いきなりそんな事を言われたら驚くのは当たり前だ。

 しかも、アイリスを騙しているなんて話を本人の前でするわけには行かないから、お前らは誤解しているとも言えない。

 

「おいカズマ。どういう事だ? 事と次第によってはお前の首が飛ぶと思え。今度ばかりは私も庇わんからな」

 

 シルフィーナの耳を塞いだまま、冷たい詰問口調のダクネスが。

 

「あなたは私が十三歳の時、ロリキャラ扱いしていたのではなかったのですか? おい、どういう事か詳しく教えてもらおうじゃないか!」

 

 瞳を紅く輝かせテーブルをバンバン叩きながらめぐみんが。

 

「……昨夜はお楽しみでしたね?」

 

 ジト目でこんな時までネタに走るアクアが、口々にそんな事を言ってくる。

 

「ちちち、ちがーっ! おい待ってくれ! 俺はロリコンじゃない! これには事情があるんだよ!」

「それで、昨夜はヤったんですか? ヤってないんですか? その事情とやらを訊かせてくださいよ。こめっこやアイリスに慕われて嬉しそうにしていたのは、やっぱりロリコンだったからなんですか?」

 

 違うのに、本当は違うのに説明できない……!

 

 あかん。

 えっ、何コレ詰んだ。

 

 俺が焦っていると、クレアが慌てたように。

 

「カ、カズマ殿! 皆さんには私から説明しておきますので、少し早いですがアイリス様とお出掛けになってはいかがでしょうか!」

「お、おう……。そうだな。じゃあアイリス、行こうか」

「えっ? あ、あの、出来れば着替えをしたいのですけれど……」

「よし分かった。待ち合わせだ。デートだから待ち合わせをしよう! 俺は広場で待ってるから着替えて来てくれ! それと……」

 

 俺はアイリスに持ってきてほしいものを告げ、クレアにその場を任せて逃げるように屋敷を後にした。

 

 

 

 ――しばらくして。

 広場で合流した俺とアイリスは、街の通りを歩いていた。

 

「あの、お兄様。今日はデートに行くのですよね? どうしてこんなものを持ってくるように言われたのでしょうか?」

 

 ふんわりとしたスカートのドレスに長手袋といった、お嬢様風の格好のアイリスは、その姿には似合わないものを手にしている。

 それは王家に伝わる宝剣だという、なんとかカリバー。

 俺がアイリスに持ってくるよう頼んだものだ。

 

「いいかアイリス。めぐみんも言っていたが、男と女が一緒に出掛けたらデートだと思ったら大間違いだ。そんなんでデートって言うんだったら、俺とめぐみんが爆裂散歩に行くのもデートって事になっちまうだろ。あんなもんただの荷物持ちみたいなもので、デートっぽい雰囲気もなんもないからな」

「お兄様、めぐみんさんを荷物扱いするのはさすがにやめてあげてください」

「というわけで、今日は冒険に行きます」

「……? ええと、今冒険に行くと言いましたか?」

 

 俺の宣言に、アイリスが首を傾げる。

 

「ああ、言った。俺は冒険者で、冒険者にとって出掛けるってのは街の外に出る事だ。街の外に出るなら当然クエストを請けるよな? つまり、冒険者にとってデートって言うと、一緒にクエストを請ける事なんだよ!」

「そ、そうなんですか? 勉強になります!」

 

 あっさり信じられると、これはこれで罪悪感があるが……。

 

「そうそう。だから、夜の街にしけこむとかそういうのは、言ってみれば初心者向けだな。俺は魔王を倒した勇者だし、アイリスはドラゴンスレイヤーなんだから、上級者向けのデートをしてもいいと思う。それにほら、一緒に危ない目に遭うとドキドキして相手の事を好きになるって言うだろ? 吊り橋効果ってやつだ。だから恋人同士で冒険に行くのはそんなにおかしい事じゃないはずだ」

「上級者向け……!」

 

 俺の真っ赤な嘘を信じたアイリスが、ワクワクした様子で呟く。

 子供扱いを嫌がるアイリスにとって、上級者向けというのは心をくすぐる言葉らしい。

 ……この純粋な子を騙していると思うと、クズマだのゲスマだのと呼ばれるのも仕方がない気がしてくる。

 い、いや、これはアイリスのためでもあるはずだ。

 

 ――俺がちょっと気まずくなる中、冒険者ギルドに辿り着く。

 

「たのもー」

 

 俺達が冒険者ギルドに入ると、ギルドに併設されている酒場には大勢の冒険者がいた。

 このところ、魔王軍の襲撃から街を守り抜いた冒険者達は、多額の報酬を手に入れて働かなくなっているらしい。

 そんな冒険者達が、俺を見て一斉にざわめきだす。

 俺は魔王を倒した勇者なわけだし、俺に憧れる新米冒険者達が、俺を見て興奮してしまうのは仕方ない。

 

「ロリコンが来たぞーっ!」

「付き合ってるみたいな感じだった頭のおかしい幼女を振って、別の幼女と婚約した人だ!」

「ロリマさん、ちーっす」

 

 ぶっ殺!

 

「うるせーっ! 俺はロリコンじゃないって言ってるだろ! アイリスを連れてきたからってロリコン呼ばわりはやめろよ!」

 

 俺の言葉に、冒険者達は意外な事を言われたというように。

 

「えっ、俺はカズマさんがついに自分がロリコンだと認めたって聞いたぞ」

「俺も俺も」

 

 口々にそんなバカな事を言う。

 

「そんなわけないだろ。俺はロリコンじゃないし、俺を甘やかしてくれる胸の大きいお姉さんが好きだ。誰がそんなバカな事を言いだしたんだよ?」

「アクアさんが言ってたよ」

 

 冒険者が指さしたのは、ギルドに併設された酒場の奥。

 そこではアクアが、奢ってもらったらしい酒を飲んで酔っ払い、楽しそうに俺の暴露話をしていた。

 ……いや、あいつは何をやってんの?

 俺が出掛ける時には屋敷にいたはずなのに、どうして俺達より早く冒険者ギルドに来ているのか。

 広場でアイリスを待っている間に追い抜かれたのか?

 いや、そんな事より……。

 

「そうなのよ! カズマさんったら、とうとう正体を現したのよ! 純真なアイリスをたぶらかして、ついに昨夜、夜這いを……!」

「ほーん? そうか、ついにカズマもやる事やっちまったわけか。まあ、俺は前々からあいつはそうなんじゃないかと思っていたが……」

「ロリコンね。私の曇りなき眼で見たところ、あの男は幼女に興奮する変態に違いないわ」

「そういや、あいつが付き合ってたのもあの頭のおかしいロリっ子だったしなあ」

 

 アクアの話に熱心に頷いているのは、チンピラ冒険者のダスト。

 その二人を中心にして輪になっていた冒険者達が、俺とアイリスのために道を開ける。

 

「おっと、来たわねロリニート! 言っておきますけど、私は何も嘘は言っていないわ。なんなら、あの嘘を吐くとチンチン鳴る魔道具を持ってきてちょうだい。何度だって言ってあげるわ、この男はロリコンだって!」

「お前ふざけんなよ! 余計な事ばかりしやがって! クレアに事情を聞いたんじゃないのかよ!」

「事情? 事情ってなーに? 事情があったからって、やった事がなかった事になるわけないでしょう。私はただ真実を広めなきゃと思って、ひと足先にギルドに来たのよ」

 

 こいつは本当に余計な事しかしない。

 アイリスに嘘を吐いている今、こいつに本当の事を話すわけには行かない。

 それにめぐみんやダクネスならともかく、アクアが秘密を守れるとは思えない。

 アイリスに実は俺が教えているのは当たり障りのない嘘だとバラされでもしたら、いくらアイリスでも怒るだろうし、それなら本当の夜這いというものを教えてくださいなどと言いだすだろう。

 しかしこのままロリコン扱いされるのは……!

 

「何度だって言うが俺はロリコンじゃない。嘘だと思うなら……」

「……? なーに? 嘘だと思うなら私に何しようって言うの? 言っとくけど、私に賄賂は通じないわよ。でも、お酒の代金なら貰ってあげてもいいわ」

 

 俺がすっとエリス硬貨を差しだすと、アクアは警戒しながらも手を出してくる。

 俺はそんなアクアの手を硬貨ごと握ると。

 

「あああああ!? ちょっとあんた何すんのよ! ドレインタッチしようとしたでしょう!? アンデッドのスキルを私に使うなんて何考えてるんですかー? まあ女神である私が本気で抵抗すれば、そんなの効かないんですけど!」

「……『テレポート』」

 

 ドレインタッチへの抵抗に気を取られていたアクアは、俺がこっそり詠唱していたテレポートによって一瞬で遠方に飛ばされた。

 

「……!? お、おい、あのプリーストをどこに飛ばしたんだ? そりゃお前さんがロリコン呼ばわりされるのを嫌がってるのは知ってるが、まさか危険な場所には飛ばしてないよな?」

 

 次は自分の番だとでも思っているのか、焦りまくるダストに、俺はポツリと。

 

「アルカンレティアだ」

「えっ」

「アクアはアルカンレティアに飛ばした。あいつなら、あそこにいれば死にはしないだろ。心配だって言うならダストも飛ばしてやってもいいぞ」

「じょ、冗談じゃねえ……! 悪かった! 俺が悪かったから許してくれ!」

 

 そう。行き先はアルカンレティア。

 アクアは向こうで信者達にチヤホヤされるだろうから、当分の間は帰ってこないだろう。

 

「い、いつもアクアさんを言い負かして泣かせていたカズマさんが、実力行使に出た……!?」

「マジかよ! どうせまた話を大きくしてるだけだと思ってたのに……!」

 

 俺の行動に、冒険者達が騒ぎだす。

 

『俺は前から怪しいと思ってた』

『俺もだ! やっぱりロリマさんはロリマさんだったんだ!』

『しっ! 滅多な事を言うな、聞かれたらどんな嫌がらせをされるか分からないんだぞ!』

 

 小声で話している奴らも、読唇術スキルと盗聴スキルで何を言っているのかが分かる。

 こ、こいつら……!

 

「……アイリス。悪いけど少しだけ待っていてもらえるか? 俺はこれから、負けるわけには行かない戦いをしないといけなくなっちまった」

「お、お兄様……。分かりました! 私にも何かお手伝いできる事はありませんか?」

「おっ、そうか? じゃあちょっと一筆書いてもらえるか。おーい、誰か警察署まで行って、嘘を吐くとチンチン鳴る魔道具を借りてきてくれよ。俺がロリコンじゃないって事を証明してやるよ!」

 

 

 

 ――嘘を吐くとチンチン鳴る魔道具を使い、俺がロリコンかどうかで金を賭けた後。

 クエストを請けるでもなく酒場でダラダラしているだけで、退屈を持て余していた冒険者達に、退屈しのぎだと言って魔道具を使った賭け事を提案し。

 混乱の状態異常を掛ける魔法まで使って冒険者達を煽りまくり。

 冒険者達から魔王軍撃退の報酬を巻き上げて、ロリコン扱いされた報復を果たした俺は。

 

「サトウさん、いい加減にしてください! ここは冒険者ギルドであって、賭場ではないんですよ?」

 

 受付のお姉さんにガチめな感じで怒られていた。

 

「まあ待ってくださいよお姉さん。このところ、魔王軍撃退の報酬を得た冒険者達が、クエストを請けてくれなくて困るって言ってたじゃないですか。あいつらも金がなくなったからには嫌でも働かないといけなくなるだろうし、お姉さんも助かるんじゃないですか?」

「そ、それは確かにそうなんですが……」

 

 俺の言葉に納得しかけたお姉さんが口篭もり。

 

「サトウさんは、ギルドの事を考えて、こんなバカな事をしてくださったんですか? もしそうなら、お礼を言わなければいけないところだとは思うのですが」

 

 絶対違うだろうという確信を込められたお姉さんの質問に、俺は深く頷いて。

 

「よしアイリス、今から俺と街の外へ出て、そこら辺にいるモンスターを片っ端からぶっ殺してこようぜ。金がなくなって仕事もなくなったあいつらが路頭に迷うところを見ながら、俺達だけ酒場で豪遊するんだ」

「はい、お兄様!」

「サトウさん、本当にいい加減にしてください! イリス様も、サトウさんの言う事をなんでもかんでも聞かないでください!」

 

 ロリコン扱いされた俺のささやかな復讐を、受付のお姉さんが半泣きになって止めてきた。

 

 

 *****

 

 

 ――このところ、アクセルの街では新米冒険者が増えているらしい。

 

 魔王を倒した俺に憧れての事だそうだが、どうしてそういう情報が俺に入ってこないんですかとお姉さんを問い詰めたところ、カズマさんと会うと新米冒険者が幻滅するかもしれないからですと言われた。

 解せぬ。

 とにかく、冒険者が増えた事でゴブリンやコボルトといった美味しいモンスターの数が減ったせいで、そいつらを餌にしていたワイバーンが、この辺りを通る行商人を襲うようになったという。

 

『岩山に巣を作っているワイバーンの討伐』。

 

 それが、俺達が請けたクエストだ。

 いつもならゴブリンやコボルトを狙うところだが、今日はアイリスがいる。

 アイリスに雑魚モンスターとしか戦わない情けない兄だと思われたくないし、最強キャラであるアイリスと一緒なら、この街の近くにいるモンスターくらい楽勝だろう。

 

 

 

 ワイバーンが巣を作っているのは、街から離れた岩山だった。

 潜伏スキルを使い、岩山に隠れながら山道を登った俺達は、ワイバーンの巣が見えたところで足を止める。

 標高の高いこの場所では、乾いた砂が強風で舞い上がる。

 右手で聖剣を持ち、左手で俺の手を握るアイリスが、ワイバーンの巣を見つめながら、

 

「お兄様の潜伏スキルはすごいですね。ここまで全然モンスターに見つかりませんでした」

 

 感心したように、そんな事を言う。

 

「何言ってんだ。アイリスの剣の方がすごかっただろ。ここまで見つけたモンスターは、全部一撃だったじゃないか」

 

 そう。ここに来るまでに俺達が見つけたモンスター達は、潜伏スキルの効果で俺達に気付く事もなく、アイリスの必殺技みたいなやつで一撃だった。

 なんというか、簡単すぎるクソゲーみたいだ。

 もう全部アイリスひとりでいいんじゃないかな。

 い、いや、アイリスも俺の潜伏スキルを褒めてくれているし、今だって俺がいなければ巣の周りを飛ぶワイバーンの群れに気付かれているはずだ。

 ……アイリスなら気付かれたとしてもまとめて返り討ちにできそうだが。

 

「よし、アイリス。あの上を飛んでる奴が巣に戻ったら、やっちまえ!」

「分かりました! ……『セイクリッド・ライトニングブレア』!」

 

 アイリスが叫ぶと同時。

 アイリスの指先から一条の紫電が迸り、ワイバーンの巣の真ん中で光の爆発を巻き起こした――!

 

 

 

 アイリスのスキルの余波で、砂埃が巻き起こり、岩肌がパラパラと崩れる。

 

「お、おお……。さすがは俺の妹だ。ワイバーンの巣が跡形もないな。めぐみんの爆裂魔法より、威力が低いし……」

「……!? め、めぐみんさんの爆裂魔法は一発しか撃てませんが、私はまだ戦えますよ!」

 

 あまりの破壊力にちょっと引いている俺の言葉に、アイリスが食い気味に反論する。

 めぐみんの爆裂魔法より威力が低くて使い勝手が良いと言いたかったのだが……。

 この話題は続けない方が良いような気がする。

 

「……敵感知に反応があるな。生き残りがいるみたいだから、巣の方を見に行こう」

「わ、分かりました」

 

 ワイバーンの巣だった場所には、砕けた岩が転がっていて。

 俺が警戒しながらも、敵感知スキルに反応がある場所を探ると……。

 

「あっ、子供……」

 

 聖剣を構えていたアイリスが、構えを解きポツリと呟く。

 そこにいたのは、まだ幼いワイバーン。

 俺達が親を殺した事を察しているのか、警戒するように唸り声を上げている。

 

 ――そんなワイバーンの子供に、俺はナイフでサクッととどめを刺した。

 

「ああっ! お兄様!?」

 

 えっ。

 

 子供とは言えモンスターだし、別に非難されるような事では……。

 いやまあ、俺だって見た目が可愛いと思わないわけではないが。

 俺は、ドン引きするあまり、つないでいた俺の手まで離してしまったアイリスに。

 

「い、いいかアイリス。俺達はギルドから依頼を請けてここに来てるんだ。相手が可愛いからとか無害かもしれないからと言って、一時の感情に流されて討伐しないのは無責任だろ? 今は子供だけど、成長したらこいつも人間を襲うかもしれないんだぞ」

「……そうですね。お兄様が正しいです。私はこの国の王女として、そして冒険者として、この辺りを通る行商人の方々の事を考えなくてはいけませんでした。すいません、お兄様に嫌な役目を任せてしまって……」

 

 アイリスが泣きそうになりながらも気丈に頷く。

 

 俺が、アイリスに幻滅されず丸めこんだ事に内心ホッとする中。

 初めての冒険デートは、しんみりした感じで終わった。

 

 

 *****

 

 

 すっかり日が暮れた頃、俺達は屋敷に帰ってきた。

 

「戻ったぞー」

「ただいま戻りました」

 

 俺達が声を掛けながら広間に入ると、爆裂魔法を撃ってだるいのか、ソファーに寝そべっていためぐみんが。

 

「お帰りなさい。二人ともずいぶん汚れていますね。今日はデートに行くという話でしたが、どこまで行ってきたんですか?」

 

 苦笑しながら、そんな事を言ってくる。

 

「お帰り。アイリス様も、お帰りなさいませ。夕飯の準備ができていますよ。シルフィーナも作るのを手伝ってくれたので、後で褒めてやってくださいね」

 

 わざわざ出迎えに来たダクネスも……。

 

「……アイリス様、お召し物が汚れていますよ。食事の前に入浴なさった方が良いでしょう。おいカズマ、お前はアイリス様をどこまで連れていったんだ?」

 

 ――確かに、風に巻き上げられたり爆風に飛ばされたりした砂埃を浴びて、俺達の髪や服は汚れている。

 

「どこまでって、街の外の岩山だけど」

「岩山!? なぜそんなところに! あそこは最近、ワイバーンが巣を作ったと聞いている。そんな危険なところにアイリス様を連れていったのか? 今日はデートに行くという話ではなかったのか?」

「おう、アイリスと冒険デートに行ってきたんだ。アイリスがすごかったんだぞ」

「はい! とっても楽しかったです!」

 

 楽しそうなアイリスを見て、文句を言うのを諦めたダクネスは。

 

「……まあいい。話は後で聞かせてもらうぞ。食事の前に、お前もその汚れをなんとかしてくれ。アクアにピュリフィケーションでも掛けてもらうといい。そういえば、アクアがどこに行ったか知らないか?」

「アクアなら今頃アルカンレティアに行ってるよ」

「!?」

 

 と、俺達がそんなやりとりをしていると、アイリスが恥ずかしそうに俯きながら。

 

「あ、あの、お兄様、私と一緒に……お、おお、…………お風呂に! 一緒にお風呂に入りませんか!」

「……!?」

 

 突然のアイリスの言葉に、驚いた俺が何も言えないでいると。

 

「アイリス様! 嫁入り前の王族が何を言っているのですか! いけませんよ!」

「ですが、ララティーナも嫁入り前なのに、以前お兄様と一緒にお風呂に入った事があるのですよね?」

「そ、それは……!」

 

 声を上げたダクネスが、アイリスの反論に一瞬で黙らされる。

 

「いやアイリス、それはさすがにほら、いろいろとマズいだろ? こんな事がお前の父ちゃんにバレたら俺は処刑されると思う。だって俺の可愛い妹がどこの馬の骨とも知れない冒険者と一緒に風呂に入ったりしたら、俺なら処刑するもん」

「大丈夫です! お父様は私が説得します! それに、私達はその……もうそういった事をしているわけですから、一緒にお風呂に入るくらいは今さらだと思います!」

「「…………」」

 

 そうだった!

 アイリスの中では、俺とアイリスはすでにそういった事をした事になっている。

 事情を知っているクレアが取り成してくれているはずだから、そのせいで処刑される事はないはずだが……。

 クレアから事情を聞いたダクネスが、俺の方をチラチラ見てどうにかしろと目で語ってくるが、どうにかしろと言われても俺も困る。

 

「そ、そういえばクレアは? あいつの意見も聞くべきだと思う!」

「そそ、そうだな! しかしクレア殿は、アイリス様の着替えを取りに行くと言って、出掛けているところで……」

 

 あいつ、使えねえ!

 と、俺とダクネスが何も言えなくなりオロオロしていると、それまで黙って成り行きを見守っていためぐみんが。

 

「お風呂くらい一緒に入ったらいいと思いますよ」

 

 ポツリとそんな事を……。

 

「いや、お前は何を言ってんの? この状況でアイリスをそそのかすような事を言うのはやめろよ。お前も事情は聞いてるんだろ? ダクネスは見てのとおり頼りにならないし、たまには紅魔族の知能の高さってやつを見せてくれよ」

 

 バカな事を言いだしためぐみんに、俺はコソッと耳打ちする。

 めぐみんが俺に冷たい目を向けながら。

 

「ロリコンではないカズマにとって、十三歳は子供でありレディー扱いする年齢ではないのでしょう? 歳の差が三つしか違わない私を子供扱いして一緒にお風呂に入ったのですから、五つも離れているアイリスとももちろん一緒に入れるはずです」

「お、お前、あの時の事をまだ根に持ってたのかよ! 分かったよ、謝るよ。だからこんな時に過ぎた事を蒸し返すのはやめろよ」

 

 焦って早口になる俺に、めぐみんが苦笑して。

 

「まあ、あの時の事を思い返すと今でも少しイラっとしますが……。別に恨み言を言いたいわけではありませんよ。言葉通りの意味です。子供と一緒にお風呂に入るだけなのですから、何も気にする事はないのでは?」

 

 い、言われてみれば……?

 確かに、俺としては十三歳の子供と一緒に風呂に入るくらい大した事ではないのだが。

 …………、ない……のだが…………。

 

 ……あれぇー?

 

 なんだろう、アイリスと一緒に風呂に入ると思うと、すごくドキドキしてくる。

 いや、なんだコレ。

 なんで俺は妹と一緒に風呂に入るってだけでこんなに緊張しているんだ?

 俺はロリコンではない。

 以前、めぐみんと一緒に入る時にも言ったが、子供と一緒に風呂に入るからと言って、いちいち大騒ぎする事はない。

 そう、ただ妹と一緒に風呂に入るだけで……

 

 ……いや、ちょっと待ってほしい。

 

 妹だぞ? 妹と一緒に風呂に入るんだぞ?

 緊張しないはずがないじゃないか。

 

「お、お兄様? どうかしましたか? 悩み事が解決したようなスッキリした表情をしていますよ?」

「なんでもないよ。それより、夕飯が冷めるからさっさと風呂に入っちまおうぜ」

「あの、あまり乗り気になられると、それはそれで恥ずかしいのですが……」

 

 

 

「ふう……」

「すす、すいませんお兄様。恥ずかしいのでもう少し離れていただけませんか!」

 

 俺が湯船に肩までつかって手足を伸ばしていると、アイリスがそんな事を言いながら俺から離れていく。

 ……俺を意識するあまり恥ずかしくなったらしいが、アイリスに離れてくださいと言われると地味に傷つく。

 ションボリしている俺に、アイリスが慌てて。

 

「す、すいません! 私の方から一緒に入りたいと言いだしたのに……! で、でも、なんと言いますか、お兄様がこんなに気を緩めるとは思わなくて……」

 

 アイリスとしては、俺もアイリスと同じくらい緊張し、お互いに恥ずかしくて相手の方を見られず、それでもチラチラと見ているうちに視線が合って……というような感じを期待していたらしい。

 デリカシーがない事に定評のある俺に、そんな事を言われても。

 人を見る目には自信があると言っていたアイリスだが、こういった恋愛的な事については経験がないせいか予想がつかないのかもしれない。

 と、恥ずかしそうに両手で目を隠し、その指の間からチラチラと俺を見ていたアイリスが。

 

「お兄様は魔王との戦いで木っ端微塵になったと聞きました。体はもう大丈夫なのですか?」

「ああ、もうなんともないぞ。なんたって、アクアじゃなくてエリス様に治してもらったんだからな」

「フフッ……。そんな事を言うと、アクア様に叱られますよ」

「まあ、あいつもプリーストとしての腕だけは信用できるけどな」

 

 アクアに対する俺の評価を、クスクスと笑って聞いていたアイリスが、俺の言葉に表情を曇らせる。

 

「私も、お兄様に信用してほしいです」

「……? ええと、俺はアイリスが嘘吐いてるなんて思ってないぞ?」

 

 シリアスな感じのアイリスの言葉に、俺は首を傾げる。

 というか、嘘を吐いているのはこちらなので、ちょっと気まずい。

 

「そうではなく……。妹としてではなくて、皆さんのように対等な仲間として扱ってほしいのです。お兄様に妹だと言っていただけるのは嬉しいですが、このままだといつまでもお兄様に甘えて、頼っているばかりになりそうで……。今日のクエストだって、お兄様の潜伏スキルに守られていましたし、それにモンスターの子供にとどめを刺すという嫌な役目をお兄様に任せてしまって……!」

 

 ……ちょっと何を言っているのか分からないですね。

 今日のクエストでは、アイリスに頼りきっていたのは俺の方だと思う。

 

「そんな事気にしなくていいさ。俺達は冒険者だって言ったじゃないか。冒険者パーティーって言うのは、それぞれが得意な事を分担するものなんだぞ。俺はモンスターに攻撃できるほど強くないから、アイリスのフォローとかいろいろやってたんだ。その代わりに、アイリスはモンスターを倒してくれただろ? アイリスは自分が大した事をしていないみたいに言ってるけど、それってアレだぞ? 俺の魔法弱すぎかなとか言いながら超強い魔法を使う、勘違い系の主人公みたいだぞ? そういうのは嫌われるからやめといた方がいいと思う」

「……勘違い系? ええと、お兄様が何を言っているのかは分かりませんが、私を慰めてくれようとしている事は分かります」

 

 落ちこんでいたアイリスが、首を傾げながらも笑みを浮かべる。

 

「そうだなあ、俺がアイリスを対等に扱ってないって言うんなら、それはアイリスが俺の可愛い妹だからだな」

「また妹扱い! あの、ですからそれをやめていただきたいと……」

「そんな事言われても。婚約者になったって言っても、その前にアイリスは俺にとって妹なんだよ。でも、妹だから婚約者じゃないって事もないから安心してくれ」

 

 俺が笑いながらアイリスの頭を撫でると、アイリスは不満そうに口を尖らせながらも微笑んでいて……。

 こういう時、空気を読まずに余計な事を言うアクアは、今頃はアルカンレティアにいる。

 ナデポとニコポが成功した達成感に、俺が少しだけ気を良くした、そんな時。

 

「アイリス様! ご無事ですか! その男に何かおかしな事をされていませんか! アイリス様、返事をしてくださいアイリス様ーッ!!」

 

 帰ってきて事情を聞いたらしいクレアが、脱衣所の外から叫ぶ声が聞こえた。

 

 

 *****

 

 

 夕食の後。

 アイリスが今夜もこの屋敷に泊まると言いだし、最終的にクレアが折れ。

 

 そして今、なぜか皆が俺の部屋に集まっている。

 

「今日は夜通し遊ぶとしましょうか! いろいろとゲームも持ってきたので、飽きる事はありませんよ!」

 

 テンションの高いめぐみんが、持ってきた物を広げながら言う。

 ボードゲームやカードゲームから、紅魔の里から持ちだした携帯ゲーム機まで、この屋敷にある遊び道具を集めていた。

 

「今日は珍しくクエストに出て疲れてるんだよ。寝かせてくれよ」

 

 すでに寝る準備を済ませてベッドに入っていたのに叩き起こされた俺が、あくびを噛み殺しながらそんな事を言うと。

 

「あなたがアイリスに夜這いを掛けられないように集まっているんですよ! アイリスが夜這いをする隙がないくらい遊び倒してやりますから、覚悟してください!」

 

 めぐみんがすごい剣幕で、俺にだけ聞こえる小声で言う。

 ……その気遣いは助かるが、そんな事よりも今夜は眠りたいのだが。

 いくら俺が徹夜に強い体質だと言っても、昨夜もロクに寝られていないのでさすがに眠い。

 そんな俺の内心をスルーし、浮き浮きした様子のめぐみんが。

 

「さあアイリス! ボードゲームで勝負と行きましょう!」

 

 こいつ遊びに来ただけだろ。

 ボードに駒を並べ始めるめぐみんに、アイリスがキッパリと。

 

「すいません、めぐみんさん。今夜はお兄様と子作りをしたいので、二人きりにしていただけませんか?」

「「「!?」」」

 

 部屋の中にいた、アイリスとシルフィーナ以外の全員が驚愕の表情を浮かべる。

 ダクネスがシルフィーナの耳を押さえるが、まだ幼く子作りの意味も分かっていないシルフィーナは、不思議そうに首を傾げている。

 

「アアア、アイリス様! 嫁入り前の王族がなんという事を! いけません! 絶対に許しませんからね!」

「……? クレアは昨夜、私にお兄様のところに夜這いに行くのを許してくれたではないですか。どうして今さら子作りをしてはいけないなんて言うの?」

 

 立ち上がり声を上げるクレアに、アイリスが不思議そうに訊く。

 

「そ、それは……!」

 

 クレアがアイリスの質問に答えられず口篭もる中。

 ダクネスが、シルフィーナに自分で耳を塞ぐように言い、アイリスの前で膝を折って目線を合わせると。

 

「お待ちくださいアイリス様。王族が子を作るという意味を理解した上でおっしゃっているのですか? あなたとカズマの子は、王位を継承する権利を持つのですよ。ジャティス王子が結婚もしていない今、もしも男児が生まれたらいかがなさいます?」

 

 子供に言い聞かせるような穏やかな口調で、そんな事を言う。

 そんなダクネスに、アイリスは泣きそうな表情になって。

 

「だって! だって! めぐみんさんもララティーナもズルいです! めぐみんさんはお兄様の部屋を夜に訪ねたそうですし、ララティーナはキスをしたと聞きました! 私だってお兄様の婚約者なのですから、そういった事をしてくれてもいいはずです!」

 

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらも、珍しくわがままを言う。

 

「お、落ち着けアイリス。お前は今、結構大変な事を口走っていると思う!」

 

 アイリスを説得しようとする俺に、ダクネスとめぐみんも口々に。

 

「そ、そうですアイリス様。考え直してください。いくらアイリス様とこの男が婚約していると言っても、アイリス様はまだ十三歳ではないですか。そういった事を経験されるには早すぎます! ほら、めぐみんからも何か言ってくれ!」

「そうですよ。私だって十三歳の時にはロリキャラ扱いされていたんですよ。あなただけ特別扱いはどうかと思います」

「めぐみんはやっぱり黙っていてくれ、話がややこしくなる!」

 

 どうしよう。

 俺を取り合って美少女達が争ってくれるシチュエーションは嬉しいのだが、アイリスがすごく凄い事を要求してきている今はそんな事を言っていられない。

 めぐみんは空気を読んで、もっと別の時にごねてほしい。

 思いとどまらせようとする俺達に、アイリスは。

 

「ですが、そうやって何もしないままでいたら、お兄様は知らない女性にふらふらついていってしまうかもしれないではないですか。私はお兄様との間に、お兄様がふらふらしなくなるような既成事実が欲しいのです!」

 

 感情が昂ったせいか目に涙まで浮かべているアイリスの言葉に、めぐみんがへっと笑った。

 

「ふらふらしていたその男を横からかっさらっていった王女様は言う事が違いますね」

 

 そんなめぐみんの皮肉にもアイリスは怯む事なく。

 

「ですから、めぐみんさんのようにならないためにも、私はお兄様をしっかり捕まえておきたいんです」

「……!? 下っ端のくせに言う事だけは一人前ですね! いいでしょう、私が淑女のなんたるかを教えてあげようじゃないか!」

「なんですか! やるんですか! 王族は強いんです! そ、それに、あの時はめぐみんさんが一番大人だったからと団長になりましたが、私も大人の階段を上ったわけですから、今なら私が団長になってもいいはずです! いつまでも下っ端扱いされていると思ったら大間違いですよ! 下剋上です!」

「上等です! 掛かってくるがいいですよ! 勝負はボードゲームでいいですね? 私が勝ったら、今日のところは諦めて自分の部屋へ逃げ帰る事です!」

「私が勝ったら、私をお兄様と二人きりにしてくださいね!」

 

 二人はゲームの盤に駒を並べながら睨み合い――!

 

 

 

「――これで私の勝ちですね!」

 

 白熱した戦いはめぐみんの勝利で終わった。

 見ているだけでも緊張していたらしく、勝負が終わると俺を含めた全員が、ほお……と小さくため息を吐く。

 アイリスが泣きそうな表情になりながら。

 

「……負けてしまいました」

「い、いえ、アイリス様も見事なお手前でした!」

「ありがとうございます、クレア。でも勝負には勝たなくては意味がないのです。めぐみんさんの言った通り、今日は部屋に戻る事にしますね」

 

 クレアの慰めにも寂しそうに答えたアイリスが、おやすみなさいと挨拶をして俺の部屋から出ていく。

 そんなアイリスとともにクレアも出ていき……。

 

「これで今夜はカズマの安全は守られたわけですね。私に感謝して安眠してください」

「お、おう……。俺がアイリスと子作りしないようにしてくれたのか? 助かったよ。でも、アイリスには子作りについても当たり障りのない感じに伝えてあるし、別にそこまで気にしなくても大丈夫だったんだが……」

 

 ボードゲームを片付けながらのめぐみんの言葉に、アイリスの悲しげな後ろ姿を思いだし俺がそんな事を言うと。

 めぐみんが目を紅く輝かせて。

 

「何が大丈夫ですか! 正直言って、私は皆してアイリスに嘘を吐いて誤魔化しているというこの状況が気に食わないんですよ! カズマの判断なので従いますが、子供扱いしているくせにアイリスに一番負担を掛けているのはどうなんですか? 本当の事を話したらあの子はきっと泣きますよ。そもそもあなた達がアイリスにお願いされると断れないとかバカな事を言っていないで、きちんと断ったらいい話じゃないですか」

 

 なんという正論。

 

「そ、そりゃそうだけどさ。俺が優柔不断で流されやすいのはめぐみんも知ってるだろ? 俺はアイリスに押されたら流される自信がある」

「ロリコンじゃないと言っていたくせに、堂々とバカな事を宣言しないでください。まあ、私は別にあなたがロリコンでも構いませんよ。そんなどうでもいい事で悩んでいないで、さっさと乳繰り合えばいいじゃないですか。というか、どうして私がアイリスのためにあなたを説得しないといけないんですか? あなた達の関係については、私はもっとごねてもいいと思いますよ!」

「す、すいません……!」

 

 それを言われると何も言えなくなる。

 ……俺がアイリスと婚約すると言いだした時、めぐみんは十分にごねたと思うが。

 それでも、場外乱闘上等だっためぐみんが最後には身を引いたのは、めぐみんにとってもアイリスが大切な妹分だからだろう。

 いろいろとあったが、今の俺とアイリスの状況をめぐみんも心配しているらしい。

 ダクネスが、眠そうに目をこするシルフィーナを撫でながら。

 

「私の立場としては、今すぐにアイリス様とどうこうというのは止めなければならないと思うのだが……。もしもの時は、一緒に王に謝るくらいの事はしてやろう」

 

 苦笑気味に、そんな事を言う。

 

「や、やめろよ。二人して俺をけしかけるような事を言うのはやめてくれ。俺はロリコンじゃないって言ってるだろ!」

「ちょっと何を言っているのか分かりませんね。本当にロリコンではないのなら、アイリスに迫られたところで反応しないから無理だと言えばいいではないですか」

 

 めぐみんが俺に白い目を向けながら、そんな事を……。

 …………。

 

「お前はなんにも分かってない! 男の生理現象を分かってない! 言っとくけど、状況によってはちょむすけに踏まれただけでも反応するからな!」

「そそ、それは私には分からない事もあるでしょうが……! あの、例え話でもうちのちょむすけに踏まれるとか言うのはやめてくれませんか?」

 

 めぐみんが顔を赤らめ俺から視線を逸らす。

 ダクネスが、めぐみんと同じく視線をさまよわせながら。

 

「と、とにかく、私もめぐみんも、お前とアイリス様の事を心配しているんだ。クレア殿もそうだし、多分アクアもそうだろう。だからお前は、お前の思うようにすればいい。お前が何かしでかしても、私達ができる限りフォローしてやる」

「どうして私がフォローをしないといけないのかは分かりませんが、まあ私にとってもあの子は大切な妹分ですからね。アイリスの事、ちゃんと考えてあげてくださいよ」

 

 口々にそんな事を言って、めぐみんと、シルフィーナを連れたダクネスが俺の部屋を出ていく。

 ひとり残された俺は、明かりを消してベッドにもぐりこむと……。

 

 

 *****

 

 

 翌日。

 昼近くまで寝てスッキリした俺が広間に下りていくと、寛いでいためぐみんとダクネスが窺うように俺の方を見た。

 シルフィーナがいないのは、孤児院に遊びに行っているからか。

 

「おはようございます」

「おはよう、カズマ。……いい面構えになったな。悩みが吹っ切れたような顔をしているぞ」

 

 ダクネスが嬉しそうにそんな事を言ってくる。

 

 ……?

 

「悩みってなんだ? 俺に悩みなんて……? あっ、アイリスとの事か!」

「「!?」」

 

 俺がポツリと呟くと、二人が驚愕に目を見開く。

 

「ちょっと待ってくださいよ! 寝たんですか? あの後、特に悩む事もなく寝たんですか? 眠れずに朝まで悶々として決意するとか、そういったイベントではなかったんですか?」

「お、おお、お前という男は……! 昨日はアイリス様のために真面目に悩んでいるようだったのに……」

「いや違う、待ってくれ! 昨夜はクエストに行ったりして疲れていたし、一昨日だってちゃんと眠れてなかったんだから仕方ないだろ! 俺は何も悪くないぞ!」

 

 昨夜はアイリスの事を考えようと思いながらベッドにもぐりこんだのだが、すぐに抗いがたい睡魔が襲ってきて意識を失った。

 

「最低です! あなたは最低ですよ!」

「分かっているのか? 私達ならともかく、アイリス様の事だぞ!」

「うるせーっ! 寝ちまったもんは仕方ないだろ! 俺と同じ状況だったら、誰だって寝てたと思う!」

「この男、開き直りました!」

「お前ってヤツは! お前ってヤツは!」

 

 俺が二人から責められていた、そんな時。

 

「サトウカズマああああああ!」

 

 二階からそんな叫び声が聞こえ、直後に猛烈な勢いで何者かが階段を駆け下りてくる。

 現れたのは、長剣を手にしたクレア。

 

「クレア殿!? どういうおつもりか!」

 

 激昂した様子で剣を抜いたクレアに、ダクネスが俺の前に立ち両手を広げる。

 ダクネスの硬さを知っているクレアが、悔しそうに俺を睨みながら。

 

「どういうつもりか訊きたいのはこちらの方です! 話が違うではないですかカズマ殿! あなたはロリコンではないから、アイリス様とそういった事はしないと言っていたはずです! 私はこれでもあなたを信じていたんですよ! 人としてはともかく、アイリス様を思う気持ちだけは信じられると思っていたのに、どうしてあんな……! あんな……! あ、赤ん坊を作るなど……!」

 

 クレアの言葉に、めぐみんとダクネスが、今度は何をやらかしたんだという白い目を俺に向ける。

 

「いや、ちょっと待ってくれよ。あんたが何を言っているのかさっぱり分からん。昨夜の話なら、俺はあの後すぐに寝たぞ?」

「それならアイリス様のあのお腹をどう説明するつもりですか!」

「アイリスのお腹がなんだって?」

 

 クレアの剣幕に俺達が困惑していた、そんな時。

 アイリスが慌てた様子で階段を下りてきて……。

 

「ま、待ってクレア。私の話を聞いて……!」

 

 そんなアイリスは、少し膨らんだお腹を両手で押さえていて。

 

「……ア、アイリス? お前それどうしたんだ……?」

「こ、これはその……」

 

 アイリスが気まずそうに手を動かすと、お腹の膨らみも動き、やがて服の裾から何かが転がり落ちる。

 それは両手で抱えられるくらいの大きな卵。

 

「何それ」

「ほう。王族は卵生だったんですか?」

「そんなわけないだろう。……アイリス様、その卵はどうなさったんですか?」

 

 ――聞けばこういう話らしい。

 クレアが目覚めてみると、アイリスが挙動不審で、何かを隠すようにお腹を押さえていた。

 それを見咎めたクレアがアイリスのお腹をよく見ると、まるで妊娠しているかのように膨らんでいて。

 しかもアイリスが、赤ちゃんが……などと呟いたために、このところ俺とアイリスの事でいろいろと悩んでいたクレアは、勘違いして俺をぶった斬ろうとした。

 

「お前、バカなの? アイリスが妊娠したとしても、昨日今日でいきなり腹が膨らむわけないじゃん」

「す、すいませんカズマ殿! どうかお許しを!」

 

 勘違いで俺を殺そうとしたクレアが平謝りする中。

 アイリスが持っていた卵を、テーブルの上にハンカチを敷いて、その上に乗せ。

 

「それで、これはなんの卵なんですか?」

 

 興味深そうに卵を見つめながらのめぐみんの質問に、アイリスが俺の方をチラチラ見て言いにくそうにしながらも。

 

「……ワイバーンの卵です」

 

 ワイバーンって言うと、昨日クエストで討伐したアレか。

 俺がワイバーンの子供にとどめを刺し、冒険者としての心得みたいなものを語ったからか、卵を持って帰ってきた事を俺に知られると、叱られると思って隠していたらしい。

 

「ワイバーンって、ドラゴンみたいなもんなんだろ? ドラゴンスレイヤーのペットにはぴったりなんじゃないか」

 

 俺が笑いかけながらアイリスの頭を撫でると、ションボリしていたアイリスが笑顔を浮かべて……。

 と、そんなアイリスが不思議そうに首を傾げ。

 

「あの、お兄様。さっきクレアが、話が違うとか、私とそういった事はしないと言ったとか言っていましたけど……」

 

 

 

「――すいませんでした」

 

 俺達は広間の床に正座し、アイリスに頭を下げていた。

 土下座である。

 俺とクレアだけでなく、知っていたのに黙っていためぐみんとダクネスも一緒に土下座している。

 

「……顔を上げてください」

 

 そんな俺達に、アイリスは厳粛な口調で言う。

 俺が顔を上げると、泣いても怒ってもいない、強張った表情のアイリスが。

 

「そうですか、私のために嘘を……。ララティーナやめぐみんさんも、知っていたのに黙っていたんですね?」

「ア、アイリス様! めぐみんは黙っているのは嫌だと言って、カズマに抗議を……!」

「いえ、ダクネス。私も黙っていた事に変わりはありませんから、庇ってくれなくてもいいですよ」

 

 ダクネスがめぐみんをフォローしようとし、めぐみんが穏やかに首を振る中。

 俺達が顔を上げたのに、ひとり床に額を押しつけているクレアが。

 

「今回の事、責任はすべて私にあります! 申し訳ありませんでした! 主を騙るなど、謝って許される事ではありませんが……。かくなる上は、いかなる処罰も謹んでお受けします!」

 

 自分から言いだしたくせに、アイリスに嘘を吐くのをずっと気にしていたらしいクレアが、半泣きになりながらそんな事を言う。

 俺にはピンと来ないが、貴族の世界で王族を騙すというのは重罪なのかもしれない。

 アイリスがクレアに厳罰を課すとは思えないが……。

 

「え、えっと、ちょっと待ってくれないか? その、アイリスを騙したってのはこいつも悪いかもしれないが、アイリスのためになると思ってやったんだし、あんまり重い罰は許してやってくれよ。それに、俺が協力しなかったら騙す事もできなかったし、どっちかって言うと俺の方が罪が重いんじゃないか?」

「……どんな重い罰でも、クレアの代わりにお兄様が受けると言うのですか?」

 

 何それ怖い。

 今日のアイリスはいつもの妹キャラではなくて、偉い人っぽい近寄りがたい空気を纏っている。

 これが王族のオーラってやつだろうか。

 

「王族を騙す事は、場合によっては反逆罪に問われる事もあります。ましてや、次期国王に関わるかもしれない子供の事ですから……」

「わ、分かったよ! 俺のできる範囲でならこいつの罰も肩代わりするから、できるだけ軽い罰則にしてください!」

 

 俺のその言葉に、アイリスが王族っぽい空気をあっさり掻き消し、恥ずかしそうにモジモジしながら。

 

「では、お兄様は今度こそ私と、こ、ここ……、子作りをしてください! そうしたら今日までの事は全部許します!」

「ア、アイリス様!? それは……!」

 

 クレアが思わず顔を上げるも、今のアイリスを止める事はできず。

 

「い、いや、それはさすがに……」

 

 そういった事をしないために嘘を吐いてきたのに、アイリスに許してもらうためとは言えそういった事をしてしまっては意味がない。

 口篭もる俺に、アイリスは。

 

「じゃあ許してあげません!」

 

 頬を膨らませプイっと顔を逸らす。

 確かに、嘘を吐いてアイリスを傷つけたのは事実だから、本当なら何でもしてやりたいとは思うのだが……。

 どうしたもんかと隣にいるクレアを見ると、クレアはこんな状況だと言うのに、アイリスの可愛らしい仕草に恍惚とした表情をしていた。

 コイツ駄目だ。

 

 ――と、そんな時。

 

「ただまー!」

「イリスちゃんがこっちにいると聞いて!」

 

 バーンと玄関のドアが開かれ現れたのは、空気を読まない事に定評のあるアクシズ教徒達。

 

「……あっ」

 

 …………あっ?

 

 現れたアクアとセシリーを見て、怒っているはずのアイリスがなぜか驚いたように呟いたのを、俺の盗聴スキルは聞き逃さなかった。

 

「ねえカズマ、私に何か言う事があるんじゃないかしら? いきなり人をテレポートで飛ばすって何考えてるんですかー? まあ私は寛大だから、ひと言謝ったらそれで許してあげるわ。ほら、ごめんなさいを言いなさいな! そして私の寛大さにありがとうを言いなさい!」

「アクア様をテレポートで飛ばすなんて! いくらアクア様と仲の良いサトウさんでも、今日と言う今日は許さないわ! 私とアクア様を引き離すなんて悪魔の所業! 鼻からところてんスライムを食べさせてあげるから覚悟しなさい!」

「うるせーっ! 今ちょっと真面目な話をしてるんだからお前らはどっか行ってろよ!」

 

 アイリスに土下座する俺達を見たセシリーが、すぐに何か納得した表情を浮かべ。

 

「ははーん? さすがはサトウさん。なかなか高度なプレイをしているわね。お姉さんも混ぜてちょうだい!」

 

 一体何を納得したのか、そんなバカな事を口走る。

 

「プレイじゃねーよ! お前、アイリスにこれ以上余計な事を教えるのはやめろよ!」

「幼女の足元にひれ伏すだなんて、そんな羨ましい事をあなた達にだけ楽しませるわけには行かないわ! ぜひ私も一緒に……!」

「おいやめろ。お前の存在はアイリスの情操教育に悪いんだよ!」

 

 アイリスに跪こうとするセシリーを、俺が羽交い絞めにして止める中。

 

「アクア。最近、アイリスと何か変わった事をしませんでしたか? 私達に黙っている事はありませんか?」

 

 俺と同じくアイリスの態度を不思議に思ったらしく、めぐみんがアイリスにそんな事を聞いていた。

 めぐみんの質問に、アクアは。

 

「変わった事って言われても。ピンクミュルミュル貝について語り合ったり、ネロイドを倒すのを手伝ってもらったり、それくらいね。後は、ちょむすけが火を吹く猫だって教えてあげたら、空飛ぶ犬がいるって嘘も信じてくれたわ」

 

 人の事は言えないが、こいつは一国の王女に何をやっているのか。

 

「他には、こないだアイリスに子作りってどうやるんですかって訊かれたから教えてあげたわね。そういえば、クレアがいろいろ言ってたみたいだけど、子作りの事は私がとっくに教えておいたから心配しなくても大丈夫よ」

「いや、お前は何をやってんの? 本当に何をやってるんだよ?」

 

 俺達が苦労したのはなんだったんだよ。

 いや、というか……

 

 見ると、アイリスはいたずらがバレた子供のような表情で苦笑していた。

 

 ……まさか。

 

 出会った頃は純粋だったはずの俺の可愛い妹は。

 俺が教えた事をなんでもかんでもスポンジのように吸収し、それらを見事に使いこなしているこの国の王女様は。

 どうやら俺の狡すっからいところまで学んでしまったらしい俺の婚約者は。

 片目を瞑り、唇から少しだけ舌を出して。

 

「てへぺろ!」

 

 

 *****

 

 

 ――その日、王城ではアイリス王女の誕生日パーティーが開かれていた。

 

 十四歳になったアイリスは、パーティーの席で俺との婚約を正式に発表し、列席した貴族達も表向きはにこやかに祝福していた。

 俺はアイリスの隣で、貴族達の俺への陰口を読唇術スキルと盗聴スキルで拾い集め……。

 アイリスに祝いの言葉を告げに来たそいつらに、でもあんたらはさっき俺の事を勇者パーティーの荷物持ちだとかミツルギの功績をスティールしただとか言ってましたよねなどと言ったところ、ダクネスとクレアに摘まみだされた。

 ……どうも俺は王都の貴族達と相性が悪い。

 俺以外の奴らは、相変わらず魔王を討伐した事を褒め称えられ、感謝されている。

 ゆんゆんは貴族に話しかけられるたびに焦りからか目を真っ赤にしていて。

 ミツルギは誰彼構わず爽やかな笑顔を振り撒き、取り巻き二人はそんなミツルギを凝視している。

 なんだろう、すごくデジャヴを……。

 デジャヴを……?

 いや、前にも似たような事があった気がしたが、気のせいだな。

 アクアの正体がいい加減に知れ渡ったらしく、貴族達も遠巻きにしていて、アクアの周りに集まっているのはアクシズ教徒ばかりだ。

 豪華料理をマイペースに食べまくるめぐみんも、俺とアイリスの婚約騒動で王都中に頭がおかしい事が知れ渡り、貴族達にヒソヒソと噂されている。

 ダクネスは、俺とアイリスの婚約に関して、クレアとともに王都の貴族達を説得して回ったそうで、二人して疲れきったサラリーマンのような雰囲気を醸しだしながら酒を酌み交わしている。

 アイリスの友達枠で呼ばれたクリスは、なぜかレインと談笑していて、何かの拍子に銀髪盗賊団の話題が出た途端に挙動不審になった。

 ……魔王討伐から一年も経っていないのに、あいつらもずいぶんと化けの皮が剥がれたもんだなあ。

 俺が会場の隅で、俺の悪口を言っている連中だけでなく、仲間達への悪口にも目と耳を光らされていると。

 

「――お兄様、またこんなところにいたんですか」

 

 

 

 今日のアイリスは大人びたドレスを着ていて、いつもと雰囲気が違う。

 ……背中が開きすぎている気がして兄としては心配なんですが、これはどうなんだろうか。

 すごく似合ってるけど。

 

「お、お兄様! あまりジロジロ見られると恥ずかしいです……!」

 

 恥ずかしそうにはにかむ表情はいつもと変わらなくて、そんなアイリスの様子に少しだけ安心する。

 

「前にも言ったけど、誕生日おめでとう」

 

 王女の誕生パーティーが王城で盛大に行われるのは分かっていたので、内輪の祝いは早めに終わらせている。

 俺の祝いの言葉に、アイリスは満面の笑みで。

 

「はい! これでもう、まだ子供だなんて言わせません!」

「そ、それについては謝っただろ! というか、アイリスだって俺達に騙されたフリをしてたんだから、お互い様だと思う!」

 

 ――あれから。

 俺が子作りを断ったり、クレアが邪魔したりするのを予想し、俺達が断れない状況を作ろうと企んでいたアイリスは。

 計画が失敗してからも、俺の部屋へと夜這いに来たり、子作りをしましょうと言ったりしていたのだが……。

 ただ添い寝するだけの時には何もなかったのに、なぜか本気でそういった空気になると、いつも誰かしらが邪魔をしに来て。

 ……なんだかんだで、今日まで何もなかった。

 やはり俺は何者かに呪われているに違いないと思うのだが、今回ばかりはその呪いに助けられたと思う。

 というか、こんな事ならクレアがアイリスに嘘を吐く必要なんかなかったんじゃないか?

 

「その事はもういいです。私ももう怒っていませんから、お兄様も許してください。それで、その……」

 

 口篭もるアイリスに、ここは兄としてリードすべきと考えた俺は。

 

「おう、子作りか? まあ、この世界では十四歳は結婚してもいい年齢なんだろうが、俺にとってはアイリスはまだ妹みたいなもんだな。できればもうちょっと育ってからの方が……」

「違います! そうではなくて……!」

 

 顔を赤くしたアイリスが、何か言いにくそうにモジモジと指先を擦り合わせ。

 

「お兄様。……いいえ」

 

 ためらいながらも、何かを決意したような表情で。

 

「……カズマ様」

 

 いつものお兄様という呼び方ではなく、ポツリと俺の名を……。

 …………。

 

「アイリスがグレた!」

「ちちち、違います! 今のは……!」

 

 最愛の妹から兄と呼ばれなくなり動揺する俺に、アイリスが慌てたように。

 

「わ、私達は正式に婚約したのですから、もう兄と妹としてではなく……。お、お慕いする相手として名前を呼びたいのです。……駄目ですか?」

 

 恥ずかしそうに顔を赤くしながら、上目遣いでそんな事を言ってくる。

 

「お、おう……」

 

 そんな風に言われると、こっちまで恥ずかしくなってくる。

 夜這いだの子作りだのと結構恥ずかしい言葉を平然と口にしていたくせに、今さらこんな事でそこまで恥ずかしがらなくてもいいと思うのだが。

 

「ですから、お兄様も私の事を妹扱いしないでくださいね?」

「……ア、アイリス? なんか距離が近くないか?」

 

 悪戯っぽく微笑みながら、アイリスが俺の頬を両手で挟み、背伸びを――!

 




・《ラブラブ半生ゲーム》の元ネタは、著:葵せきな『ゲーマーズ!』3巻。

・各キャラルート
『この素晴らしい人生に祝福を!』(アクア)
『この輝かしい爆裂道に回り道を!』(めぐみん)
『この純情乙女に初めての夜を!』(ダクネス)
『この騒々しいデートに宣言を!』(ゆんゆん)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。