このすばShort   作:ねむ井

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 前話『この嵐の夕べにおしゃべりを!』既読推奨。
 時系列は、魔王討伐後。


この騒々しいデートに宣言を!

 魔王を討伐し、その後に起こったいろいろな事も片付いたある日の事。

 昼過ぎに起きだした俺が広間に降りていくと、遊びに来ていたゆんゆんが。

 

「お、おはようございます、カズマさん!」

「おう、おはよう」

 

 目を紅く輝かせて挨拶してきた。

 そんなゆんゆんをジト目で見ながらめぐみんが。

 

「見ていてイラっとするので挨拶するくらいで興奮するのはやめてください。なんですか? カズマの顔を見ただけで発情しているんですか?」

「ち、違うわよ! ただ挨拶しただけでもちょっと恥ずかしくなっただけで……」

 

 そういう初々しい反応を見せられると俺も変な気分になってくる。

 

「人の男を横から奪っておいて、今さら純情ぶっても遅いですよ!」

「べべ、別に純情ぶってなんて……!」

「おいやめろ。純情なゆんゆんを追い詰めるのはやめろよ。言いたい事があるなら俺に言えばいいだろ」

「カズマさん……!」

 

 荒ぶるめぐみんから庇おうとする俺に、ゆんゆんが尊敬の眼差しを向けてきて。

 

「いいんですか? 言ってもいいんですか? ゆんゆんよりもカズマに言いたい事は十倍くらいありますけど、本当にいいんですか?」

「……それなら私もお前には言いたい事があるな」

「私も私も! もうちょっとお小遣いを上げてほしいんですけど!」

 

 ゆんゆんから俺へと矛先を変えためぐみんに、成り行きを見守っていたダクネスとアクアまでもが口々に言う。

 

「……朝飯を食べるのでちょっと待ってもらってもいいですか」

「カ、カズマさん……」

 

 アクアはともかく二人掛かりで責められるのは避けたい俺の言葉に、その場の全員が白い目を向けてきた。

 

 

 

 ――魔王討伐後にいろいろとあって、俺は今ゆんゆんと付き合っている。

 そんな俺の恋人ゆんゆんは、朝飯を食べ終えた俺におずおずと果物の詰め合わせを差しだしてきて。

 

「あ、あの……、これお土産です」

「ありがとう。……いや、ゆんゆんは一応俺と付き合ってるわけだし、わざわざお土産なんて持ってこなくても普通に遊びに来ていいんだぞ?」

「本当ですか? ありがとうございます。でも、その……、普通にと言われても、普通に遊びに行くような友達がいなかったのでどうすればいいのかよく分からなくて……。誘われてもいないのに急に押しかけたりして、迷惑に思われませんか?」

 

 何度も遊びに来ているというのに、不安そうにそんな事を言うゆんゆん。

 

「そ、それに……」

 

 口篭もるゆんゆんがチラチラとめぐみんの方を見る。

 

「私達の事なら気にしなくてもいいですよ。あなた達が付き合っている事についていろいろと言いたい事はありますが、さすがにゆんゆんが遊びに来る事にまで文句は言いませんよ」

「めぐみんがそう言うなら、私も特に文句はないな」

 

 テーブルで書き物をしていたダクネスが、めぐみんを気にしながらも微笑を浮かべ。

 

「私もゆんゆんはお土産を持ってきてくれるから毎日でも来てほしいわね」

「いや待て、お前それは土産を要求してるだろ」

 

 平常運行のアクアはともかく。

 

「み、皆さん、ありがとうございます……! 私、こんなに暖かく受け入れてもらえるのは初めてで……!」

 

 重い事を言いだしたゆんゆんが、目尻に涙まで浮かべ頭を下げる。

 と、そんなゆんゆんに。

 

「というか、あなた達は付き合い始めたはずなのに全然そんな感じがしませんね? カズマはこのところ引き篭もっていますし、ほとんど会ってもいないんじゃないですか? 二人は本当に付き合ってるんですか?」

「つ、付き合ってるから! 本当だから……! ……つ、付き合ってますよね?」

 

 めぐみんにツッコまれたゆんゆんが、さっきまでとは別の意味の涙を浮かべて訊いてくる。

 

「あ、当たり前だろ?」

 

 ……正直自分でもちょっと疑っていたとは言えない。

 付き合うようになってもゆんゆんはたまにしか屋敷に遊びに来ないし、出掛けても俺が他の奴らと話していると、ゆんゆんは遠慮してか話しかけてくる事がなく。

 なんというか、あんまり付き合っているという感じはしない。

 姿を見かけたら積極的に話しかけるようにしているが……。

 

「そんなんで付き合ってると言われてもちっとも説得力がありませんよ。というか、今のところゆんゆんよりも私やダクネスの方が恋人らしい事をしていると思います」

「!?」

 

 呆れたようなめぐみんの指摘にゆんゆんが驚愕の表情を浮かべ……。

 チラッと俺を見ると意を決したように声を上げた。

 

「カ、カズマさん……。わ、私と……私と一緒にお風呂に入ってください!」

「よし分かった。今から入るか」

 

 そんな俺達にめぐみんが。

 

「違います! 違いますよ! どうしてあなたは時々思いきりが良いんですか! カズマも乗り気にならないでください! 私が言っているのはデートっぽい事をしたらどうかという事ですよ。……どうして私がこんな事を言わないといけないのか分からないのですが、放っておくとあなた達は一生そのままでしょうからね。二人がきちんと付き合ってくれないと、私としてもカズマを寝取りにくいじゃないですか」

「ちょ!? 何言ってるの? ねえ何言ってるのめぐみん! させないからね! いくらめぐみんが相手でもこれだけは負けるつもりはないから!」

 

 めぐみんの爆弾発言にゆんゆんが目を紅く輝かせ抗議する。

 そんなゆんゆんにめぐみんは。

 

「仕方ないじゃないですか。ゆんゆんと付き合う事になっても、私はカズマの事が好きです。この男は意志が弱いのでちょっと誘えば簡単についてくるでしょうからね。ゆんゆんと付き合っているからといって諦める理由はありません」

「あるでしょ!? 友だ……ライバルの恋人を奪うとか、そういうのはどうかと思う!」

「いえ、紅魔族的には男を巡ってライバルと戦うというのはけっこうありじゃないですかね。それに、この男は相手が私でなくてもそのうち浮気しますよ。しかも自分は悪くないだの抵抗できなかっただけだのと言い訳するような、そんな男です。そもそもゆんゆんは私からカズマを寝取ったようなものなわけですし、相手が私の方が諦めが付くと思いませんか?」

「それは……、そ、それは……でも……!」

 

 めぐみんの追及に半泣きになったゆんゆんが、チラチラと俺の方を見てくる。

 

「おいやめろ。勝手な憶測で俺を扱き下ろすのはやめろよ。ゆんゆんが信じたらどうすんだ」

「信じるも何も事実じゃないですか。私が紅魔族の試練で出掛けている間、ダクネスと何をやっていたか忘れたんですか?」

「……いや、ちょっと待ってくれ。あれはダクネスが無理やりやった事であって、俺はむしろ被害者だからな。責められる謂れはないと思う」

「この男ぬけぬけと!」

 

 言い訳する俺にダクネスが声を上げる中、めぐみんはゆんゆんへと説得を続ける。

 

「ほら見てください。この男はこういう男ですよ」

「カ、カズマさん……」

 

 おっとゆんゆんがゴミを見るような目を向けてきてますね。

 

「だってしょうがないじゃん。俺は最弱職の冒険者なんだぞ? 襲われたら抵抗できないのはしょうがないだろ」

「そういうところですよ。じゃあ例えば……考えたくもありませんけど、私が爆裂魔法を撃った後、何者かに抵抗できず襲われてもあなたは気にしてくれないんですか?」

「お前なんて事言うんだよ! やめろよ、縁起でもない事言うなよ! それはまた別の話じゃん! 女が男に襲われたら犯罪じゃん!」

「いつもは女相手でもドロップキックかませる男女平等主義者だとか言っているのはあなたじゃないですか。男が女に襲われるのも普通に犯罪だと思います」

「そ、それはそうかもしれないけど……」

 

 今はゆんゆんと付き合っているのだから、めぐみんがそんな目に遭ってたとしても俺がどうこういうのはおかしい……のか……?。

 ……いや、やっぱりそれはそういう話じゃないだろ。

 俺がちょっと想像しただけでも気分が悪くなっていると。

 

「い、一応言っておくが、私もお前以外の男に嬲られそうになったらきちんと抵抗するからな?」

 

 ダクネスが誇らしげにそんな事を……。

 

「いや、きちんと抵抗するってなんだよ。抵抗するのは当たり前だからな? お前が首を突っこんでくるとまた別の話になりそうだからちょっと黙ってろよ」

「……!?」

 

 俺のツッコミにダクネスがなぜかショックを受ける中、ゆんゆんが首を傾げながら。

 

「……この街の人達はめぐみんの頭のおかしさを知ってるから、めぐみんにいたずらするような奇特な人はカズマさんくらいだと思うんですけど」

 

 …………。

 

「あなたは相変わらず言う時は言いますね! 一応あなたのためにこんな話をしているのにそれはどうかと思いますよ!」

「ごごご、ごめんなさい! つい……!」

「まあいいですよ。とりあえず言いたい事は言ったので、私は爆裂散歩に行ってきますね」

 

 そう言って立ちあがっためぐみんに。

 

「このタイミングでかよ! ……お、俺も一緒に行こうか?」

 

 俺がそんな提案をすると、めぐみんは苦笑しながら。

 

「気持ちはすごく嬉しいですが、……本当にすごく嬉しいですが、あなた達はとっととデートでもなんでも行って、少しは恋人らしくしてください。……まったく! 本当に本当に、どうして私がこんな事を言わなければいけないんでしょうね!」

「そ、それなら私が一緒に……」

 

 俺と同じくめぐみんの例え話で不安になったのか、ダクネスが声を立ちあがりかけるも。

 

「いえ、今日は約束している子がいるので大丈夫ですよ。ダクネスが一緒だと拗ねるかもしれないので、私ひとりで行ってきますね」

 

 めぐみんはひとりで爆裂散歩へと出掛けていった。

 残された俺とゆんゆんを、アクアとダクネスがジッと見ていて……。

 …………。

 

「デ、デート……するか……?」

「……は、はい……!」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんが目を紅く輝かせうなずいた。

 

 

 *****

 

 

 追いだされるように屋敷を出てきた俺とゆんゆんは、とりあえず市街地に向かいながら。

 

「いきなりデートって言ってもなあ……」

「す、すいません! やっぱり私とデートなんてしても退屈なだけですよね! 今からでも帰りましょうか!」

「ち、違うから! 全然そんな事思ってないから帰ろうとしないでくれ!」

 

 出掛けてきたばかりなのに悲しい理由で帰ろうとするゆんゆんを、俺は苦笑し呼び止めた。

 

「俺もデートなんて初めてみたいなもんだし、どこに行ったらいいか分からなくてさ。ゆんゆんは行きたいところとかあるか?」

「えっ……」

 

 デートの定番と言えば遊園地や映画館なんかだろうが、このモンスターだらけの厳しい世界にそんな浮かれた施設があるはずもなく。

 急に行きたい場所を聞かれたゆんゆんは戸惑った様子で。

 

「あ、いや、そうだよな。悪かった、急に言われても思いつかないよな。とりあえずどこか適当な店にでも入って考えるか」

 

 そんなゆんゆんに俺がフォローの言葉を掛けると……。

 

「ち、違うんです。その……、いつか友達ができた時に行きたいお店リストがノート五冊分くらいありまして……。……ほ、本当に一緒に行ってくれるんですか?」

 

 …………。

 あんまり悲しい事を言われると泣きそうになるのでやめてほしい。

 

「あ、当たり前だろ。ほら、俺達って……こ、恋人同士なわけだしな。ゆんゆんが行きたいところなら俺も一緒に付き合うよ」

 

 いまだに恋人だのなんだのと口にするのはちょっと恥ずかしい。

 というか、完全に俺が爆発しろと思ってきたリア充みたいな会話なんですけど。

 

「本当ですか! そ、それじゃあずっと行きたかったけどひとりじゃ入りにくいお店があって……! あ、でもあっちのお店もいいなあ……」

 

 候補がたくさんあるせいで迷い始めるゆんゆん。

 

「そんなに急いで決めなくてもいいぞ。やっぱりどこか適当な店にでも……」

 

 ――と、そんな時。

 敵感知スキルに反応が……。

 

「……! お頭様、お兄様がこっちを見ました!」

「敵感知スキルで見つかったみたいですね。だから近づきすぎてはダメだと言ったでしょう」

「だって! だって! お二人があんなに楽しそうに話していて……! お頭様は何を話しているのか気にならないんですか!」

「どうせカズマがデートって言われてもどこに行けばいいか分からないなどと言いだして、ゆんゆんが友達ができたら行きたい店リストの話をしているだけでしょう。興奮しすぎて尾行対象に気づかれるなんて、盗賊団のナンバースリーとしてはどうかと思いますよ。もっと精進するように」

「はい! 頑張ります!」

 

 そちらの方を見ると、ちょっと離れた物陰からこちらを見ている二人組がいて。

 ……いや、頑張りますじゃないが。

 

「お前ら何をやってんの?」

 

 俺が声を掛けると、気づかれている事を察していたらしい二人は物陰から出てくる。

 

「おや、偶然ですね」

「偶然ですね!」

 

 現れたのはめぐみん……だけでなく……

 

「……!? どうしてめぐみんがここにいるのよ! イ、イリスちゃんまで……!」

 

 町娘のような服を身にまとったアイリスまでもが、めぐみんと一緒になって俺達を尾行してきていた。

 

「いや、お前は本当に何をやってるんだよ? 俺達にデートしろってけしかけるような事言っておいて、邪魔しに来るのはどうかと思う。しかもアイリスまで巻きこみやがってどういうつもりだよ?」

「ちょっと何を言っているのか分かりませんね。私達は偶然通りかかっただけで、あなた達のデートを邪魔する気なんかありませんよ」

「爆裂散歩に行ったお前がこんなところをうろうろしてるはずがないだろ。……いやちょっと待て。約束してた相手ってアイリスなの? お前、アイリスを爆裂散歩に誘ってんのかよ? 一国の王女相手に何やってんだ」

「ここにいるのは王女アイリスではなくて、王都のチリメンドンヤの孫娘イリスなので問題はありません。まあそんな事は今はいいじゃないですか。その……、ぶっちゃけ事情を話したらアイリスが来たいって言いだしたんですよ。私は一応止めたんですが、正直気になったんで止めきれず……。なんかすいません」

「お、おう……」

 

 めぐみんが気になったと言うのがちょっと嬉しい俺はダメなのだろうか。

 と、俺とめぐみんが気まずい空気になる中、ゆんゆんがアイリスに。

 

「あ、あの……、イリスちゃん。一緒に遊んでくれるのは嬉しいんだけど、今日だけは……、その……」

 

 口篭もるゆんゆんにアイリスは微笑んで。

 

「分かっています、ゆんゆんさん。今日はお兄様とデートだとお聞きしました。私もお二人の邪魔をするのは心苦しいのですけれど……恋愛というのは戦いだという話です! これは仕方がない事なんです!」

「えっ」

 

 直球な事を言いだしたアイリスに、ゆんゆんが助けを求めるようにこっちを見てくる。

 

「おいどうすんだ。アイリスがすごい事言いだしたんだけど」

「……二人はこれからどこへ向かうんですか? ひょっとすると偶然私達と目的地が同じかもしれませんが、私達の事は気にしなくていいですよ」

「ついてくるってか! バカ言ってないでアイリスを止めてくれよ! お前が余計な事教えるからこんな事になってんだぞ!」

「いいんですか? 大好きな兄の恋路を邪魔したい妹の健気な気持ちを、あなたは無下にできるんですか?」

「こいつ最低な事言いだしやがった! アイリスを盾にするのはダメだろ!」

 

 俺だって妹の願いは叶えてやりたいが、ここでじゃあ四人で行こうかなんて言ったらゆんゆんが泣くと思う。

 

「……い、いえ、私だってここまでするつもりは……。さすがにデートを邪魔するとゆんゆんが泣くでしょうし、ちょっとだけ様子を見て帰るつもりだったのですが……。正直言うと邪魔したい気持ちもあるので、つい……。ど、どうしましょうね、この状況」

「いや、どうしましょうねじゃないだろ。責任もってアイリスを連れ帰ってくれよ」

「そう言われても、私が言ってもあの子は聞かないと思いますよ。それに、私達は偶然同じところに行きたくなるだけですから、カズマに文句を言われる筋合いはないと思います」

「そんな偶然がそうそうあってたまるかよ。気にするに決まってんだろ」

「なんですか? この街はカズマの街なんですか? 私達がどこに行きたくなろうと、カズマに文句を言われる筋合いはないと思います」

 

 こいつ、開き直りやがった!

 

「じゃあもういいよ! 金ならいくらでもあるからな、十億くらい使って一日だけ街ごと貸し切りにしてやるよ! お前ら今日は外出禁止な!」

「ちょ!? どうしてそんなバカなお金の使い方を思いつくんですか! そんな無駄遣いはダメですよ!」

 

 俺のバカな発言に、非常識な爆裂狂のくせに常識的な金銭感覚を持つめぐみんが慌てる。

 ――と、そんな時。

 

「百億エリスです」

 

 俺達の話を聞いていたアイリスがポツリと言った。

 

「私がこの街を貸し切りにするので、今日は皆さん外出禁止です! お二人のデートは中止してください!」

「イ、イリスちゃんダメ! 国民の大事な税金をそんなバカな事に使ったら怒られる! 分かったから、今日はカズマさんの屋敷で過ごすから……!」

「ダメですよ! 私が悪かったですからこんな事で諦めないでください! イリスも一旦落ち着きましょう!」

 

 俺はなぜか宥める側に回っためぐみんに。

 

「おうちデートっていうのもあるけど」

「あなたはちょっと黙っていてください! これ以上あの子を追い詰めてどうするつもりですか!」

 

 

 *****

 

 

 アイリスの説得に失敗した俺達は、めぐみんがアイリスを止めている間に逃走スキルでその場を立ち去り、しばらく人気のない隠れ家的な店で時間をつぶしていた。

 二人は爆裂散歩に行くという話だから、時間を置けば街の外へと出掛けるはずだ。

 

「でも良かったんでしょうか? イリスちゃんを置いてきちゃって……」

 

 ここも友達ができたら行きたい店リストに載っていたらしく、嬉しそうに注文していたゆんゆんが表情を曇らせポツリと言う。

 

「ま、まあ仕方ないだろ。そりゃ俺だってアイリスから逃げるのは気が咎めるけど、今日はゆんゆんとデートなわけだし一緒にってわけにも行かないだろ?」

 

 めぐみんやアイリスが俺とゆんゆんのデートを邪魔したがるのは正直ちょっと嬉しいが、俺の体はひとつしかないのだからこればっかりはしょうがない。

 そんな俺の言葉にゆんゆんは。

 

「え、えへへ……。……デートなんですね……」

 

 口元がニマニマするのを堪えようとするも、両目が紅く輝いていて。

 ……何この可愛い生き物。

 信じられるか? この子俺の彼女なんですけど。

 

「と、とにかく、置いてきた二人のためにも、今日は他の事は気にせずにパーッと遊ぶのがいいと思うんだよ。ゆんゆんは他にも行きたい店がいろいろあるんだろ? 今日はどこでも付き合うぞ」

「ありがとうございます! それなら……」

 

 

 

 ゆんゆんが行きたいと言ったのは、俺達がいつも飲み食いしている酒場よりも、ちょっと高級な感じがするレストラン。

 ランチの時間を過ぎているせいか、あまり客がいないレストランでは……。

 

「へいらっしゃい」

 

 すごく見覚えのある奴がウェイトレスの服を着て現れた。

 

「ア、アクアさん……?」

「いや、お前は何をやってんの? ひょっとして俺達を待ち構えてたのか?」

 

 めぐみんの事もあり疑う俺達にアクアは。

 

「そんなわけないじゃない。女神である私はめぐみん達みたいに暇じゃないので、カズマさんがデートしようが尾行なんかするわけないでしょう」

「だったらどうしてこんなところで働いてるんだよ?」

「それには聞くも涙語るも涙の長い長い物語があるの。そんなに聞きたいなら仕方ないから特別に話してあげてもいいわよ?」

 

 興味もないし今はゆんゆんとデート中だから聞きたくもないが、ここで聞いておかないと後でもっと面倒くさい事になるかもしれない。

 俺がチラッとゆんゆんの方を見ると。

 

「……あの、どうしてアクアさんはめぐみん達が私達を尾行してた事を知ってるんですか?」

 

 …………。

 

「カズマ達が出掛けた後、なんとなく出掛けたい気分になった私は出掛ける事にしたわ」

「おい、ゆんゆんの質問に答えろよ。どうしてめぐみん達の事を知ってるんだよ?」

 

 ゆんゆんの質問をスルーするアクアにすかさずツッコむも、アクアは気にせず話を続ける。

 

「それで見失っちゃったから、何か食べようと思ってここに入ったら、食べ終わってからお財布を忘れた事に気づいたの」

「お前見失ったっつったな? やっぱりお前も俺達を尾行してたんじゃないか。ていうか、大体分かったから続きはもういいぞ」

 

 俺が涙を誘う事もなく長くもなかった話を遮るも、アクアはやはり気にせず。

 

「そしたらお店の人に、食べた分を働いて返したら警察は呼ばないでやるって言われて……。私が皿洗いをやっていたら給仕の人が急に調子が悪くなってね? ヒールを掛けてあげたら良くなったんだけど、大事をとって家に帰してあげたわ。人手が足りなくなったから私がお皿を洗いながら給仕もやってあげてるってわけよ」

「え、えっと……、それはすごいですね、アクアさん」

「まあ、それほどでもあるわね」

 

 アクアを無視してメニューを見る俺の代わりに、ゆんゆんがアクアの相手をしている。

 

「……じゃあ、注文いいか?」

「はい喜んでー」

 

 ちょっといいレストランに入ったはずなのに、居酒屋に来たような気分なんですけど。

 

 

 

「――へいお待ち!」

 

 相変わらず居酒屋っぽいセリフとともにアクアが持ってきた料理は、さすがちょっといいレストランだけあって美味しそうで。

 

「へえ、美味そうだな」

 

 料理を見た俺の言葉に、俺にこの店を紹介したゆんゆんが嬉しそうに目を輝かせ……。

 

「そうなのよ。特にこの料理がとっても美味しいの!」

 

 料理を運んできたアクアが、そう言ってフォークを手にすると料理を口に運んだ。

 

「いや、お前は何をやってんの? ウェイトレスが客の料理食うってこの店はどうなってんだよ?」

「何よ、他にお客さんもいないんだし固い事言わないでよ。働いたらお腹が減ったのよ」

 

 そんな事を言いながら、さらに料理を食べようとするアクアの腕を掴む。

 いつもなら、しょうがねえなあーと寛大に流してもいいところだが、今日の俺はゆんゆんとデート中だ。

 めぐみん達に続けてこいつにまで邪魔されるのは困る。

 

「デート中だっつってんだろ。なんなの? お前も俺達のデートが気になってんの?」

「そんなわけないでしょう? カズマさんったら、ちょっとめぐみんやダクネスにチヤホヤされたからって調子に乗りすぎじゃないかしら? 私はただ、これから忙しくなるだろうから腹ごしらえをしたいだけなんですけど」

「べ、別に調子に乗ってねーよ! ……いやちょっと待て、なんでこれから忙しくなるんだ? もう昼飯時は過ぎてるし当分は暇なはずだろ」

 

 嫌な予感がした俺の質問にアクアはドヤ顔で。

 

「頑張って働いたらお店の人達も良くしてくれるし、私もお客さんを呼ぶためにもっと頑張ろうと思ったの」

 

 ……これはいけない。

 アクアがやる気を出した時はロクな事にならない。

 

「おいやめろ。いつもの消しちゃう芸はやめろよ。毎度毎度お前が何か消すたびに俺が弁償する羽目になるんだからな」

「カズマったら私をなんだと思っているの? 賢い私は学習したの。もう消しちゃう芸には頼らないわ。同じ芸ばかりじゃ飽きられちゃうしね」

 

 俺が消しちゃう芸を止めるのは飽きたからではないのだが。

 

「芸をするのはお客さんを呼ぶためだけど、お客さんを呼べるなら別に芸をしなくてもいいでしょう? だからセシリーに頼んでうちの子達を呼んでもらっているわ」

「お前なんて事してんだよ! この店になんの恨みがあるんだ! アクシズ教徒が大量にやってきたら営業どころじゃなくなるだろうが!」

「ねえ待って? うちの子達を問題児みたいに言うのはやめてほしいんですけど。どうしてどこのお店もアクシズ教徒をそんなに毛嫌いするの? 騒がしいだけで悪い子達じゃないから大目に見てほしいんですけど! ねえゆんゆん、アルカンレティアを何度も助けてくれたゆんゆんなら分かってくれるでしょう? ゆんゆんはセシリーとも仲良しだものね?」

「えっ! その……、そ、そうですね……」

 

 アクアに話を振られたゆんゆんが、目を泳がせながら曖昧にうなずく。

 

「おいやめろ。ゆんゆんの人の好さに付けこもうとするのはやめろよ。ゆんゆんの性格で本当の事を言えるはずないだろ」

「今はゆんゆんに訊いているんだからカズマさんは黙っていてもらえます? 心のきれいなアクシズ教徒の事は、心の汚れたカズマさんには分からないと思うの」

「残念でした。心のきれいなゆんゆんは俺の事が好きなんですー。アクシズ教徒の事なんか知らないし知りたくもないが、心が汚れてるのはそっちの方なんじゃないか? なあゆんゆん」

「えっ」

「はあー? 今さら心がきれいだとか言っても遅すぎるんですけど! カズマの心が汚れきっているのは確定的に明らかなんだから諦めなさいな! ねえゆんゆん」

「ええっ」

 

 俺とアクアの間に挟まれたゆんゆんが、双方から同意を求められオロオロしていた、そんな時。

 店の入り口が騒がしくなったと思うと集団が入ってきて。

 

「アクア様、参りましたよ!」

 

 その先頭にいたセシリーがアクアに向かって手を振る。

 

「へいらっしゃい! よくやってくれたわねセシリー。お礼に約束通り私の靴下を洗う権利をあげましょう。……ねえセシリー、本当にこんなのでいいの? なんならまだ履いてない靴下をあげてもいいわよ?」

「何をおっしゃいますアクア様! アクア様に奉仕できる事が私達の喜びなんですよ。そうですね皆さん」

「「「アクア様! アクア様!」」」

 

 店内に響き渡るアクア様コール。

 アクア以外のウェイトレス達がそれを見てドン引きしている。

 アクシズ教徒達は行儀良く席に着くと……。

 

「十四歳くらいの女の子のほっぺたと同じ柔らかさのお肉をください。……え、よく分からない? しょうがないわね。じゃあ十三歳くらいの女の子の太ももと同じ柔らかさのお肉でもいいですよ」

「支配人を呼んでくれ! ……あなたが支配人ですか? アクア様に清き労働の場を提供した栄誉を称え、あなたを勝手に名誉アクシズ教徒に認定します。これからもアクア様のために励むように。……どうしましたか? 泣くほど嬉しいんですか?」

「あっ、あんたエリス教徒だな! おいどうしてくれるんだ。いきなりエリス教徒が出てきたから驚いてコップを倒してしまったじゃないか。おっと、あんたの誠意はその程度ですか? ほら、もっとちゃんと頭を下げて! 襟の隙間からその薄い胸がよく見えるように!」

 

 …………。

 

「ゆんゆん、この店はもうダメだ」

「ええっ! このまま放っておくんですか!」

「だってしょうがないじゃん。俺にアクシズ教徒の相手をするのは無理だって。それにほら、今はデート中なんだから余計な事に首を突っこんでる場合じゃないだろ?」

「私とデ、デートしてる事を言い訳にするのはどうかと思います!」

 

 デートと口にするのが恥ずかしいのか、顔を赤らめながらも主張するゆんゆん。

 ……アクアだけでも手いっぱいなのに、どうして俺がアクシズ教徒の尻拭いまでしないといけないんだろうか。

 まあでも、このまま逃げるとまたゆんゆんにゴミを見るような目を向けられそうだ。

 デート中だしできれば格好つけたい。

 

「しょうがねえなあー!」

 

 俺は立ちあがりアクアに向けて手のひらを突きだすと。

 

「『スティール』!!」

 

 叫んだ俺の手の中にアクアが履いていた靴下が現れる。

 

「ああっ! アクア様になんて事を! いくらサトウさんといえど許しませんよ! アクア様の靴下なんて羨ましい!」

「ちょっと、いきなり何すんのよエロニート。靴下返しなさいよ! あんたこんな事しておいて自分の心がきれいだとか主張するつもり?」

 

 俺はそんな抗議の声を無視して。

 

「アクシズ教徒早食い大会! 料理を食って店を出るまでのタイムを競う! なお、席を立ったり騒いだりしたらその時点で失格とする! 優勝賞品はアクアの脱ぎたて靴下だ!」

「「「…………ッ!!」」」

 

 大声で告げた俺の言葉に、店員に絡んでいたアクシズ教徒達が慌てて料理を注文した。

 

 

 *****

 

 

 アクシズ教徒を追いだすためとはいえ店内で突発的におかしなイベントを催した俺達は、アクアとアクシズ教徒達とまとめてレストランから出禁を食らった。

 

「ゆんゆんまで巻きこんじまって悪いな。ずっと行きたかった店だったんだろ? なんなら俺が金に物言わせて店ごと買い取って、出禁をなかった事にさせるから……」

「い、いえ! 大丈夫ですから大金をそんなバカな事に使わないでください! カズマさんのおかげで一度だけですけどお店に入れたからいいんです。今日は本当にありがとうございました」

 

 慌てて俺を止めたゆんゆんが、嬉しそうに微笑みながらそんな事を……。

 …………。

 

「何言ってんの? 一応デートなのにあんなんで終わりなわけないだろ。ゆんゆんは他にも行きたい店があるんじゃないのか? 今日はいくらでも付き合うぞ」

「ええっ! いいんですか! 私なんかと一緒にいて、退屈じゃないですか……?」

「いや、大丈夫だから心配すんな。先に言っとくが気を遣ってるわけでもないからな」

「あ、ありがとうございます……! 実は他にも行きたかったところが……」

 

 俺達は通りに出ている屋台を冷かしながら、ゆんゆんが行きたいと言った大通り沿いの小物店へ向かって歩きだし……。

 

 買い食いしながら通りを歩いていると。

 

「さあ、いらさいいらさい! いつもはほとんど人が来ない小さな店舗でしか商品を売らない知る人ぞ知る魔道具店が、今日だけは特別に広場にて開店中! デート中のカップルにぴったりの魔道具を取り扱っているので見ていくが吉!」

 

 ――露店が並ぶ広場にて。

 何もかも見通していそうな仮面の男が、敷物に商品を広げ呼びこみをしていた。

 

「……道を変えようか」

「そ、そうですね! 私、あっちにも行きたいお店があるんですよ!」

 

 すかさず逃げようとした俺達が方向転換すると。

 

「バニルさん、言われていた魔道具を持ってきましたよ……あっ!」

 

 ちょうど後ろから近づいてきていたウィズとぶつかった。

 屋台で買ったジュースがこぼれ、ウィズの胸元に掛かって……。

 

 …………ほう。

 

「カ、カズマさん……」

 

 服が透けたウィズの胸元に視線を吸い寄せられた俺に、ゆんゆんがポツリと呟く。

 

「ち、違う! これは、その…………、……悪かったなウィズ、今ピュリフィケーション掛けてやるから」

「気にしないでくださいカズマさん。ちゃんと前を見ていなかった私も悪いんですから」

 

 言い訳を諦め頭を下げる俺に、ウィズがにこやかに微笑んだ時。

 

「おっと、そこを行く若い二人よ! 汝らに耳寄りな商品を紹介しようではないか! こちらは浮気性な彼の視線を釘付けにする魔道具……」

 

 バニルのそんな言葉に、ゆんゆんが露店の方へと歩きだした。

 あの悪魔!

 

「お前ふざけんなよ! どこまで人を見通してるんだよ! あと俺は別に浮気性なんかじゃないからな。根も葉もない言いがかりを付けるのはやめろよ」

 

 クリエイト・ウォーターとピュリフィケーションでウィズの服の染みを処理した俺は、ゆんゆんに商品を勧めていたバニルに文句を付ける。

 

「汝、爆裂娘からぼっち娘に乗り換えた優柔不断な男よ。我輩の言葉が偽りであるなどと、根も葉もない言いがかりを付けるのはやめてもらおう。さあ、悪い男に引っかかる事に定評のある紅魔のチョロ娘よ、こちらの商品はいかがか?」

「そ、そんな定評はありませんから! というか、バニルさんも悪い男のひとりだと思うんですけど……」

「性別のない悪魔である我輩にそんな事を言われても」

 

 そんな事を言いながらバニルが出してきた商品は。

 

「こちらは装備すると異性の視線を惹きつける首飾りである。値段は少し高いが、これさえあればデートの相手が胸の大きい女性に目を奪われる事もあるまいて」

「買います」

 

 バニルの売り文句にゆんゆんが即答する。

 

「いや、ちょっと待て。それって俺以外の男の視線も惹きつけるって事だぞ? いろんな奴にジロジロ見られる事になるけどいいのか?」

「そ、それは……。でも……」

 

 迷いを見せるゆんゆんはチラッとウィズを見る。

 濡れた胸元を隠しているウィズは、そんなゆんゆんに首を傾げて……。

 

「か、買います……!」

 

 ゆんゆんが財布を取りだそうとする中、ウィズが横からバニルに。

 

「あの、バニルさん。ここで商売をしていたら儲かるって言ってましたけど、ひょっとしてカズマさんとゆんゆんさんに魔道具を売りつけるつもりだったんですか? お二人はデート中みたいですし、邪魔をするのはどうかと思いますよ」

「汝が発注した欠陥魔道具が売れようとしているのだ、邪魔をするでないわお節介店主め!」

「おいちょっと待て、やっぱりそれって欠陥魔道具なんじゃねーか。買う前にどういう効果があるのかちゃんと教えろよ!」

「この魔道具は異性の視線を引き寄せる代わりに、同性の視線を遠ざける効果がある。異性の友人が少ないぼっち娘が使えば、友と呼べる人間はあのチンピラ男ひとりに……」

 

 嫌そうに告げたバニルの言葉に、ゆんゆんが出そうとしていた財布をしまった。

 

「ええい、汝が余計な事を言わなければ売れたものを! では、こちらの商品はいかがか?」

 

 忌々しそうにウィズをにらんだバニルが、気を取り直し新たな商品を取りだす。

 

「……それは?」

「匂いを嗅ぐといい雰囲気になる芳香剤である。作るものさえ作ってしまえば、いかに優柔不断なその男といえど浮気を思いとどまる事請け合い」

 

 ……!? そ、それって……

 

「か、買います!」

 

 …………!!

 

「毎度! ではこちらが材料である」

「……? 材料……?」

 

 芳香剤とともに木片を手渡されたゆんゆんが首を傾げる。

 

「うむ。こちらは特殊な魔力が宿った木材で、これでペアリングを作ると相手のいる場所が分かるという優れものである。本来ならば別料金を取るところであるが、我が親友であるぼっち娘のために我輩からの心付けである。さあ、苦手な者でも工作したいという雰囲気になってしまうこの芳香剤を焚き、この場で指輪を作るが吉!」

「えっと、指輪ですか……?」

 

 思わずといった感じで木片を受け取ったゆんゆんは、

 

「お互いの居場所が分かるペアリングを作れば、そこのハーレム男も浮気を思いとどまるだろうて。……おっと、大人しい顔して意外とむっつりなエロ娘よ。何を作ろうと思っていたのか知らぬが、我輩が提供するのはこの指輪だけである」

「!!!!????」

 

 勘違いしていた事に気づき顔を真っ赤にした。

 

「フハハハハハ! その羞恥の悪感情、美味である! 礼を言うぞ紅魔のエロ娘よ!」

「ちちち、ちがー! 違います! 違いますから!」

 

 顔を赤くし目を紅く輝かせて否定するゆんゆんに俺は。

 

「俺はゆんゆんが意外とむっつりでも一向に構わんよ」

 

 

 *****

 

 

 ――ゆんゆんをからかいまくったバニルがウィズに退治されるのを見届けた俺達は、主に精神的な疲労を癒すために適当な店に入る事にした。

 その店は、昼間はカフェだが夜になると酒も出すらしく。

 俺達が店に入っていくと。

 

「あっ」

 

 そこにはしまったという顔をしたダクネスとクリスの姿が……。

 

「ク、クリスさんまで……」

 

 散々デートを邪魔されてきたゆんゆんが、そんな二人を見てちょっと泣きそうな表情を浮かべる。

 

「待って! 大体何があったのかは知ってるし疑われるのも仕方ないけど、あたし達がここにいるのは本当に偶然だから! 二人の事を邪魔する気はこれっぽっちもないから!」

「……そうなんですか?」

 

 疑り深くなっているゆんゆんにクリスは。

 

「そうなんだよ。あたしも今日、カズマ君の屋敷に遊びに行ってね? そしたら、めぐみんはやっちまった感じで落ちこんでるし、アクアさんはたくさん働いたってやりきった顔をしていて、……事情を聞いたらカズマ君とゆんゆんがデートしてるって言うじゃんか。それで、ダクネスが飲みたい気分だって言うからここに来たんだよ。二人を待ち伏せしてたわけじゃないから安心してね?」

「そ、そうだったんですね! すいませんクリスさん、私ったらとんでもない勘違いを! そうですよね。そんな、誰も彼もがデ、デートの邪魔をしてくるなんて……! 皆が私なんかの事を気にしているなんて、そんな事あるはずないですよね!」

「ゆんゆん? 落ち着いてゆんゆん。邪魔されて困ってるのか喜んでるのか分かんなくなってるから!」

 

 そんなやりとりをする二人の横で、俺は酒を飲んでいるダクネスに。

 

「お前がこんな時間から酒を飲んでるなんて珍しいな」

 

 今は昼と言うには遅く夕方と言うにはまだ早いくらいの時間帯。

 夜は酒を出すこの店では、この時間から酒を売っているらしいが……。

 

「私にだって、こんな時間から酒を飲みたい気分の事もある」

 

 グラスを手にしたダクネスが、少し気まずそうに目を逸らす。

 

「……ほーん? 俺がゆんゆんとデートしてるのが気になったのか?」

「そ、そうだ! 分かっているなら私の事は放っておいてくれ。こんなところにいないでゆんゆんの相手をしてやれ」

「お、おう……」

 

 直球で返され俺が何も言えなくなっていると、クリスがやってきて。

 

「ほらダクネス! あっちで飲もう! あたしも付き合うからさ!」

「ああ、すまないなクリス……」

 

 二人が店の隅へと移動するのを、俺達は気まずく見送った。

 

「き、気を遣ってもらっちゃいましたね……」

 

 ……アクアはともかく、ダクネスまで気にしてくれているのがちょっと嬉しい俺はダメなのだろうか。

 

 

 

 デート中という事もあって、この時間から酒を飲む気にはならなかった俺とゆんゆんはお茶を頼む事にした。

 

「はふぅ……。なんだか落ち着きますね」

 

 注文したお茶を口にしたゆんゆんがホッと息をつく。

 

「せっかくのデートなのに何かと邪魔する奴らがいたからなあ……」

 

 俺が悪いわけではないのだが、大体俺絡みだったのでちょっと申し訳なく思っていると。

 ゆんゆんがクスクスと笑いながら。

 

「カズマさんの周りはいつも賑やかでいいですね」

「そうか? 賑やかっていうか、騒がしいだけだと思うけどな」

「私の周りには誰もいなかったので、あんなにいろんな人に構ってもらえたのは少しだけ嬉しかったです」

 

 笑顔のゆんゆんがそんな事を……。

 …………。

 

「や、やめろよ。聞いてるだけで悲しい気持ちになるからそういう事言うのはやめろよ。あいつらもゆんゆんの事は友人だと思っているはずだ。……というか、ゆんゆんは友人を作ろうと思えば簡単に作れるんじゃないか? これまでは俺が口出しする事でもないと思って何も言わなかったけど、……今はほら、恋人同士なわけだろ? ゆんゆんの交友関係にも少しくらいなら口出ししてもいいかと思ってさ」

 

 いや、恋人だからといって交友関係にまで口を出すってなんだよとは俺も思うが。

 ゆんゆんは放っておくと友人ができない事をずっと悩んでいそうだから、ついつい口を出したくなってしまう。

 

「本当ですか! 詳しく! 詳しく教えてください! この街に来たばかりの時に先生にいろいろと教わったんですけど、あの時の先生よりも友達がたくさんいるカズマさんの方が参考になると思うんです!」

 

 今日一番食いついてきたゆんゆんにちょっと引きながらも俺は。

 

「えっと、ゆんゆんは気づいてないかもしれないけど……」

 

 と、俺が話し始めようとした時。

 

「今日という今日は勘弁ならん! そこへ直れ! ぶっ殺してやる!」

「ぶははははは! いいんですか! そんなはしたない言葉遣いしていいんですかララティーナお嬢様! 不器用なお前の攻撃なんざ当たるわけねえだろうがよおおおおおお!」

 

 店の隅の方で騒ぎが……。

 というか、ダクネスが酔っ払ったダストに絡まれ、虫の居所が悪いのかいつになくマジギレしていた。

 

「ダ、ダクネス、一旦落ち着こうか! そのチンピラはどうなってもいいけど、お店に迷惑を掛けるのはダメだよ!」

 

 クリスが荒ぶるダクネスを宥めようとしているが……。

 

「おっ? 俺がどうなってもいいとか喧嘩売ってんのか? カズマがやったみたいにパンツ剥いで泣かしてやんぞ貧乳盗賊が!」

「――『バインド』!」

 

 ダストに煽られ拘束スキルを使った。

 

「やっちゃえダクネス! これならダクネスの攻撃でも当たるよ!」

 

 ……どうしよう。

 ダクネス達があのテーブルに移動する原因を作ったのは俺達みたいなもんだし、これも俺達のせいなんだろうか?

 俺があの見た事もないくらいキレてるダクネスを止めないといけないのか?

 

「カズマさん……!」

 

 今日の出来事を賑やかで嬉しかったと言っていたゆんゆんが、何かを期待するように目を紅く輝かせ俺を見ていて……。

 

「しょうがねえなあー!」

 

 

 *****

 

 

 ――夕方。

 騒がしい一日を終えた俺達は、屋敷へと帰っているところだ。

 

「……今日はなんか悪かったな。せっかくのデートなのに、俺のせいでおかしな騒ぎに巻きこんじまったとこもあったし……」

 

 俺は苦笑しながらゆんゆんに謝る。

 めぐみんはともかく、アクアやダクネスの騒ぎに巻きこまれたのは俺のせいみたいなところがある。

 

「いえ、今日は本当に楽しかったです! ずっと夢だったお店巡りもできましたし……。それにカズマさんの近くにいると、なんだか私にも友達が増えたような気がして……」

 

 ゆんゆんがはにかみながらそんな事を……。

 …………。

 

「いや、今日絡んできた奴らは俺だけじゃなくてゆんゆんの友達でもあるだろ」

「そ、そんな! だってアクアさんやダクネスさんにはまだちゃんとお友達になってくださいって言えてないし、友達料金も払っていないのに……!」

「何それ怖い」

 

 この子は時々重い事を言いだすなあ……。

 

「まあ、今日は初めてのデートって事で皆が大騒ぎしてただけかもしれないしな。次はもっとゆっくりできるんじゃないか? ゆんゆんの行きたい店ノートはたくさんあるんだろ? その店を全部回っていけば、一回くらいはまともなデートができるはずだ」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんが驚愕の表情を浮かべ。

 

「いいんですか! その、今日は夢みたいに楽しかったですけど……、カズマさんはいつもと同じ感じで大変そうでしたし……。本当に、また私とデートしてくれるんですか?」

 

 真っ赤に輝かせた両目の端に涙まで浮かべたゆんゆんが、上目遣いで俺を見る。

 

「あ、当たり前だろ。ほら、俺達って恋人同士なわけだしな? というか、俺の近くにいたら毎日こんなんだぞ。そのうち嫌になるだろうから覚悟しとけよ」

「は、はい……!」

 

 照れ隠しでちょっとぶっきらぼうに言った俺の言葉に、ゆんゆんが嬉しそうにうなずいた。

 

 ――と、そんな時。

 

「あっ……」

 

 近づいてきた誰かが声を上げた。

 そちらを見ると、買い物袋を提げためぐみんの姿が……。

 

「おや、偶然ですね」

 

 めぐみんはちょっと気まずそうにそんな事を言う。

 

「もおおおおお! めぐみんってば、またなの? カズマさんの事が気になるのはしょうがないけど、何度も邪魔するのは紅魔族的にどうかと思う!」

 

 何度もデートを邪魔されてきたゆんゆんが、意外と溜めこんでいたのか珍しく責めるような事を口にする。

 

「ち、違いますよ! 今度は本当に偶然です! 夕ごはんの材料を買ってきただけですよ! というか、帰り道が同じなのですから鉢合わせするのはしょうがないじゃないですか。私は先に行きますから、二人はゆっくり帰ってくればいいですよ!」

 

 ゆんゆんに責められためぐみんが、逆ギレ気味に言うと速足で歩きだした。

 

「あ……」

 

 そんなめぐみんの背中に、ゆんゆんが手を伸ばそうとして……。

 結局呼び止める事はせずにその手を下ろす。

 

「ど、どうしましょうカズマさん! 私、めぐみんに勘違いでひどい事を! めぐみんに嫌われたら私……もう……、もう……!」

 

 半泣きで縋りついてくるゆんゆんに俺は。

 

「まあ落ち着けって。さっきの事もあるし勘違いは仕方ないだろ。後で謝れば許してくれるはずだ」

 

 めぐみんはあれでゆんゆん大好きだし、喧嘩っ早い割に大物なところがある。

 俺が宥めてもしばらくオロオロしていたゆんゆんは。

 

「……なんだか変な感じです。ちょっと前までの私だったら、めぐみんにあんな事言えなかっただろうなあ……」

 

 めぐみんが去っていった方向を見つめ、しんみりした口調でそんな事を言う。

 

「めぐみんは私にとって、ライバルで……、と、友達で……、ずっと私の前を歩いているような憧れの人で……。私は一度も勝てた事がなくて……」

「……えっと、一応俺の取り合いではゆんゆんの勝ちって事でいいんじゃないか?」

 

 自分でもどうかと思いながらも俺がそう言うと。

 

「違うんです! カズマさんとの事は……。あ、いえ、めぐみんに勝ちたいとは今でも思ってますけど……、カズマさんとの事ではめぐみんに勝ちたいんじゃなくて……」

 

 ゆんゆんは両目を真っ赤に輝かせながら。

 

「私は……。私は、カズマさんの一番になりたいんです……!」

 

 俺の手を握って……。

 

 …………!?

 

 ゆんゆんの指が俺の指に絡みついてくる。

 これはアレだ、いわゆる恋人つなぎってやつだ。

 ゆんゆんの顔を見ると、恥ずかしいのか俯いて俺から目を逸らしていて。

 

「ダ、ダメですか……?」

「……ダメじゃないです」

 

 俺がそう言うと、ゆんゆんが俺の隣に並び体を寄せてきて……。

 

「あ、あの、ゆんゆんさん。その……、当たってるんですけど」

 

 いつもなら黙っているところだが、積極的なゆんゆんに動揺した俺がそんな事を口走ると。

 

「当ててるんです。い、嫌ですか?」

「……嫌じゃないです」

 

 なんだコレ。

 ゆんゆんがすごくグイグイ来るんですけど。

 そういえばめぐみんが以前、ゆんゆんはいざという時の思いきりが良いと言っていた。

 

「いつか……、いつかめぐみんだけじゃなくて、ダクネスさんよりもイリスちゃんよりも、カズマさんに好きになってもらえるように頑張りますから!」

 

 俺の腕にぎゅっと胸を押しつけながら、ゆんゆんが笑顔で宣言して――!

 

 ――と、そんな時。

 敵感知スキルに反応があり俺が背後を振り返ると。

 

「ダメだよイリス! それ以上近づくと敵感知スキルの範囲に入っちゃうよ!」

「で、ですが、お二人が何を話しているのか気になって……! こんな街中であんなにくっついて何を話しているんですか!」

「お、落ち着いてくださいアイリス様。気になるのは分かりますが、デートの邪魔をしてはいけませんよ」

 

 ダクネスとクリス、それにアイリスが物陰からこちらを見ていて。

 ……さっきめぐみんも言っていたように、ここは帰り道だから仕方ないのだろうが。

 

「俺の近くにいたら毎日こんなんだけど大丈夫か?」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんが両手で顔を覆いその場にうずくまった。

 


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