このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』4、既読推奨。
 時系列は、6巻の後。


この偽りの正義に真実を!

「――本日もご協力ありがとうございました! サトウさんのお陰で捜査が進展しました!」

 

 屋敷の前にて。

 セナが俺へと深々とお辞儀をした。

 

「お、おう。……いやまあ、俺くらいの凄腕冒険者になると、このくらいはなんでもないんだけどな?」

 

 頭を掻いてそんな事を言う俺に、セナは微笑みんながら。

 

「サトウさんにはいつもお世話になってしまっていますね。……この街の他の冒険者も、サトウさんのような方であれば良かったのですが……」

「ええと、俺ばかりじゃなくてたまには他の奴らにも頼んでみたらどうだ? 不真面目そうに見えても意外と協力してくれるかもしれないぞ?」

「断られました」

「あっはい」

 

 光を失った目でポツリと言うセナに、俺はドン引きする。

 

「……この街で自分の頼みを聞いてくれる冒険者はサトウさんくらいです。いつも本当に助かっています! また何か頼んだ時にはよろしくお願いしますね!」

 

 なんの疑いもない真っ直ぐな瞳を向けられ、俺は愛想笑いを浮かべた。

 

 

 

 玄関でセナと別れた俺は、屋敷の広間に入るとソファーに飛びこみぐったりする。

 バニルを討伐し俺の疑いが晴れてからというもの、セナは俺の事を正義の味方であるかのように思いこみ、何かと面倒くさい話を持ちこんできた。

 そんなセナの頼みを、俺は断り切れずに受けてきたわけで……。

 

「……いい加減にセナをなんとかしようと思う」

 

 俺がソファーに寝そべりながらポツリと呟くと。

 

「なんとかすると言っても相手は国家権力です。カズマがやったとは分からないように、しっかり隠蔽してくださいね」

「お、おい。セナは自分の仕事を真面目にやっているだけだろう。いくら何かと手伝いを頼まれる事が気に食わないからと言って、手荒な真似をするのはどうなんだ?」

「ねえ待って? 国家権力相手におかしな事をしたら、また国家なんとか罪だとか言われて捕まるんじゃないかしら? 捕まるならひとりで捕まってちょうだい。私達まで巻きこまないでね」

 

 三人が口々にそんな事を言ってくる。

 

「いや、お前らは俺をなんだと思ってんの? 人を犯罪者予備軍みたいに言うのはやめろよ。あいつが仕事してるだけってのは俺だって分かってるよ。俺はただ、セナに正義の味方みたいに思われてるのをなんとかしようと思っただけだ」

 

 あの疑いのない真っ直ぐな目で頼まれると、拒否しようと思っているのについ引き受けてしまう。

 セナが俺の事を正義の味方みたいに思っているのは、俺がセナを誤魔化すために『モンスターに怯える街の人々を守る。これは、冒険者の義務ですから』などという心にもない事を口走ったせいだ。

 本当の俺が大した事ない奴だと知れば、もう頼み事をされなくなるはず。

 

「明日はダストと飲む約束がある。あいつの事だからどうせロクでもない事をするに決まってる。あいつと一緒になってバカな事をやっている俺の姿を見れば、セナも俺が大した人間じゃないって気づくはずだ!」

「お、お前……。それでいいのか……?」

 

 ダクネスがなんか言っていたが、俺の耳には届かなかった。

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 夕方になると、俺はダストと待ち合わせをしている酒場に向かった。

 セナの事はダクネスに頼み、俺の様子を二人で見ているように言ってある。

 酒場に向かう道中でも、俺から一定の距離を置いて尾行してくる二人を敵感知スキルで察知していた。

 俺が酒場に着いた時には、夕方だというのにすでにダストは酔っ払っていて。

 

「おうカズマ! 待ってたんだよ! 店主のおっさんが金持ってないなら酒を出さねえとか言いやがってよ! 今日はお前さんの奢りだろ? 好きなだけ飲んでいいんだよな? 金はこの凄腕冒険者のカズマさんが払うんだ! 分かったらとっとと酒持ってこいや!」

 

 俺の顔を見て嬉しそうな表情を浮かべたダストが、勝手な事を言って酒を注文する。

 ……俺は奢りだとも好きなだけ飲んでいいとも言っていないのだが。

 

「お、お前……。こんな時間から酔っ払ってるって事は、もっと早くから飲んでたのか? またリーンにどやされても知らないぞ」

「リーン? ぶはははは、あんな胸の薄い女知った事かよ! 俺達には素晴らしい喫茶店のお姉さんがついてるじゃねえか! ぶはははははは!」

 

 やたらとテンションの高いダストに戸惑った俺は、隣で飲んでいたキースに声を掛ける。

 

「……なあ、こいつなんかあったのか?」

「なんかあったというか、何もなかったというか……。リーンに男ができたみたいでな」

「ふーん」

 

 …………。

 

「えっ、それでこんなに酔っ払ってるのか? それって……」

 

 ダストはリーンの事が好きなのだろうか?

 金と女と酒さえ与えておけば満足していそうなこのチンピラに、恋心なんてもんがあったのか。

 

「さあな? よくわかんねーけどよ、飲みたい気分の時は飲むに限るだろ。って事で、俺の分もお前の奢りでいいよな? おーい店員さん、俺にも酒くれ!」

 

 ちゃっかりダストと同じ事を言い酒を注文するキース。

 

「……まあ酒代くらいなら構わんよ。すんませーん、俺にも酒ください!」

 

 

 

 ――俺達が楽しく飲み食いする中。

 俺にバレないようにこっそり酒場に入り隅の席に座った二人組が。

 

「……あ、あの、ダスティネス殿? これは一体……? 自分はまだ捜査の手伝いが残っているのですが……。例の盗賊団の件で……」

 

 ダクネスに連れられやってきたセナが、店内を見回しながらそんな事を言う。

 

「ああ、あの件か……。それはすまなかった。しかしセナには一度あの男の本性を見ておいてもらいたくてな」

「サトウさんの本性ですか? あのダストとかいうチンピラ冒険者と親しくしているのは自分も知っていましたが、他にも何か? そういえば、あっちのキースという冒険者もよく名前が挙がる要注意人物ですね。サトウさんはなぜあんな輩と……?」

 

 俺達の様子を観察しながら首を傾げるセナにダクネスは。

 

「そ、その……。あなたの前では正義の味方のように振舞っているが、あれがあの男の本性なんだ!」

 

 そんな二人の視線の先では、俺が酒を飲みながらダスト達とバカ騒ぎをしていて。

 

「はあ……。ええと、自分には楽しくお酒を飲んでいるようにしか見えないのですが……。確かにこの時間から酔っ払っているのはどうかと思いますが、たまには羽目を外したくなることもあるでしょうし、仕方ないのではありませんか?」

「あれっ? そ、そうだな……」

 

 

 

 ――潔癖そうだったセナの意外と柔軟な発言に、ダクネスが調子を狂わされる中。

 二人の会話に聞き耳を立てていた俺は。

 

「……なあ二人とも、いつものアレをやろうじゃないか」

 

 このままでは埒が明かないと、ダストとキースにそんな提案をする。

 

「あん? いつものってなんだよ?」

「うひゃひゃ、あっひゃっひゃっひゃ!」

 

 いつまでもハイテンションではいられないのか、ダストは目を据わらせ低い声で。

 キースは逆にテンションが振りきれてしまい笑うだけ。

 酒を奢ってやっているんだから、少しくらい話を合わせてくれてもいいと思う。

 ……まあ、酔っ払いなんてこんなもんだ。

 

「ほら、あそこにどう見ても初心者って感じの奴らがいるだろ? きっと初めてクエストを達成して浮かれて宴会でも開いてるんだろう。ここは先輩冒険者として、あいつらにガツンと言ってやろうじゃないか」

「おっ、いいねえ。ちょうどムシャクシャしてたんだ。ああいう浮かれた奴らを見てるとイラっとするよな! カズマも分かってきたじゃねーか!」

 

 最低な事を言うダストがふらつきながら立ちあがる。

 

「うひゃひゃ! 俺も俺も!」

 

 何が楽しいのか笑いながらキースも立ちあがって……。

 

 ……俺、こいつらと同類扱いされるの?

 

 いくらセナの持ってくる面倒事から逃れるためとはいえ、人として越えてはいけないラインを越えようとしている気がする。

 しかし店の隅でセナがこちらを見ているし、今さらやめようと言うわけにも行かない。

 酔った勢いでやっちまった事にして、あの初心者パーティーには後でそれとなくフォローしておこう。

 

「なっ! サ、サトウさんが新米冒険者に絡んで……! し、しかも今、いつものアレと言いましたか? ダスティネス殿、サトウさんはいつもあのような事を……?」

 

 ――新米冒険者に絡みに行く俺達三人に、セナが愕然とした様子で。

 

「ち、違うんだ! いくらあいつがクズマだとかゲスマだとか呼ばれているとはいえ、あんな事は……、…………」

 

 そんなセナにダクネスが慌ててフォローするような事を……。

 …………。

 いや、フォローしてどうすんだよ。

 

「…………そ、そうだな。あの男はいつも大体あんな感じだ」

「う、嘘ですよね? あのサトウさんが……!」

 

 ……日頃セナが頼りにしているサトウさんとはどのサトウさんなのだろうか。

 

「だから言っただろう。あいつはあなたの前で正義の味方っぽい事を言っているだけで、裏ではあのような事を平気でやるクズなのだ!」

「そんな……!」

 

 おい、ちょっと待て。

 誰がそこまで言えっつった。

 

「どうしてダスティネス殿はあの男を止めないのですか!」

「えっ」

「同じパーティーの仲間なのでしょう? 私が国家転覆罪の疑いを掛けた時には、領主に直談判してまで助けようとしたほどの、そんな相手なのでしょう? 間違った事をしようとしていたら止めるのも仲間だと思います!」

「それは、その……。ええと、私とて何度も止めようとしたのだが……。あの男は私の言う事を聞き入れようとしなくてな」

「そんな……! ダスティネス殿ほどの方が言っても聞き入れなかったのですか?」

 

 ……どうしよう。

 チラッと横目で見た感じ、セナがすごい顔で俺をにらんでいるんですけど。

 いや、うろたえるな佐藤和真。

 最初からこうなる事が目的だったはず。

 素晴らしい冒険者だと褒め称えチヤホヤしてくれた相手ににらまれるくらい……けっこうキツいが、これくらい我慢しなくてどうする。

 俺が新米冒険者達のテーブルに近づくと……。

 

「おいおい、だから言ってんだろ? ここで俺達に酒を奢っといた方が長い目で見りゃあ得するんだよ。先輩冒険者の話ってのは聞いておいた方がいいぜ? クエストに出たら知らなかったじゃ済まないようなひどい目に遭う事もあるんだからな」

 

 妙に説得力のある言葉で語りかけるダストに、新米冒険者達は困った表情を浮かべ顔を見合わせている。

 どうしてこいつはこういう時にばかり無駄に口が回るんだろうか。

 一方、キースはというと。

 

「……そうだなあ。俺がこなしてきたクエストではこんな事があったな。いつもどおりの簡単なゴブリン退治だと思ったら、そのゴブリンの群れは五十匹以上もいてなあ……。普通はゴブリンなんて多くても十匹程度だろ? あの時はさすがの俺も死んだと思ったよ。どうやって生き延びたかって? それを聞きたけりゃ酒を奢ってくれや」

 

 そのクエスト、俺も知ってますね。

 ……あの時ゴブリンは五十匹もいなかったはずだが。

 大事なところをぼかしているせいで続きが気になるキースの話に、新米冒険者達はやはり困った表情を浮かべていて。

 俺もあいつらと同じ事をしないといけないんだろうか?

 いや、今さら迷っている場合じゃない。

 俺は後で必ず新米冒険者達にはフォローを入れようと決意し――!

 

「よう、俺はサトウカズマってもんだ。聞いた事ないか? そう、数多の魔王軍幹部や大物賞金首と渡り合ったカズマさんとのは俺の事だ。おっ、顔色が変わったな? 最近は王都でも活躍したし、名前くらいは聞いた事があるだろ? 手に入れた賞金で大金持ちになって、今は街の郊外の屋敷に住んでいてな? ほとんど冒険者としては引退してるようなもんなんだが……。お前らみたいな新人を見てると、つい声を掛けたくなっちまう。どうだ? 俺がどうやって大金を得たか聞きたくないか? いや、酒を奢る必要なんてないさ。なんせ大金持ちのカズマさんだぞ? 自分の酒くらい自分で買える。でもまあ、もしも俺の話を聞いて役に立ちそうなら、お礼として奢ってくれても構わないからな? 金額じゃなくて気持ちの問題ってやつだ」

 

 ――そんな時。

 

「そこまでだ! 罪もない新米冒険者にたかるなど、貴様ら恥を知れ! 恐喝の現行犯で逮捕する!」

 

 ついに我慢しきれなくなったのか、椅子から立ちあがったセナが声を上げた。

 

 

 *****

 

 

「おいちょっと待て! あんなの冒険者の間じゃ軽い冗談みたいなもんじゃないか! それで逮捕だとか頭おかしいんじゃねーか!」

 

 警察署に連行された俺は、取調室で声を上げていた。

 セナの頭が硬いのは知っているが、さすがにあれくらいで逮捕される謂れはないはずだ。

 

「黙れ! 見損なったぞサトウカズマ! 自分は……、自分はあなたの事を素晴らしい冒険者だと、そう思って尊敬していたのに……」

 

 俺を怒鳴りつけるセナが、泣きそうな表情を浮かべ肩を落とす。

 ……どうしよう、ちょっとかわいそうな気も……。

 いや、俺は何も悪い事はしていないはずだ……さっきのカツアゲ以外は。

 

「それで、どうしてこんな事をした? 貴様は十分な資産を持っているはずだ」

 

 セナが報告書らしき紙に向かい、いつかと同じ冷酷な表情でそんな事を……。

 …………。

 

 ……あっ。

 

 嘘を感知する魔道具があるこの部屋では嘘をつく事ができない。

 だからと言って、セナの頼み事に付き合うのが面倒くさくて、大した人間じゃないと思われたかったなんて言うわけにも……。

 そんな事を面と向かって言えるくらいなら、最初から頼まれても断っている。

 クソ、たかがカツアゲの事情聴取に嘘を感知する魔道具まで持ちだしてくるってどうなんだよ? これって貴重な魔道具じゃなかったのか?

 

「……こ、これには事情が……」

 

 目を逸らして言う俺に、セナは嘘を感知する魔道具をジッと見て……。

 

 …………。

 

 魔道具は鳴らない。

 その事に力を得たように、セナはテーブルに身を乗りだし。

 

「何か事情があるんですね? サトウさんほどの人が、あんなバカな事をするはずがないと思っていました! その事情とはなんですか? 自分には話せない事なんですか?」

「ええと、それはだな……」

 

 ……どうしよう。

 本当にどうしようこの状況。

 確かな事を何も言えなくなった俺が考えこんでいると……。

 取調室のドアが開かれ、慌てた様子の警察官が入ってきた。

 

「セナさん! 大変です!」

「なんですか? 今は取り調べ中なので後にしてほしいのですが……」

 

 困惑するセナに、その警察官は何事かを耳打ちする。

 

「えっ! 本当ですか? そんな事が……」

「そうなんです。それで……」

 

 ヒソヒソと何かを囁き合いながら、二人はなぜかチラチラと俺を見てくる。

 ……な、なんだよ? 何があったんだよ?

 俺はカツアゲ以外は何もおかしな事はしていないはずだ。

 やがて警察官が退室すると。

 

「サトウさん、あなたがカツアゲした新米冒険者ですが……、彼らは新米冒険者ではありませんでした」

 

 セナが唐突にそんな事を……。

 

 ……?

 

「我々はこのところ、このアクセルの街を拠点にした盗賊団を追っていました。その盗賊団は狡猾で、恥ずかしながらこの警察署も被害に遭っていまして……。そして奴らが奪ったと思しき品物が、あの新米冒険者達の……いえ、新米冒険者を装っていた者たちの荷物の中から見つかったそうです。どうやら新米冒険者を装う事で街の情報を手に入れ、その情報をもとに盗みに入る場所を決めていたようです」

 

 ……なるほど。

 新人ならいろいろな事を質問しても不自然ではないし、冒険者も口が軽くなる。

 あいつらが嬉しそうに酒を飲んでいたのは、クエストを達成したからではなくて盗みが成功したからだったらしい。

 ダストやキースの話に困ったような表情を浮かべていたのは、冒険者になるつもりはなかったからだろうか。

 

「サトウさんは、彼らの正体に気づいていたのですね」

「えっ」

 

 嬉しそうなセナにそんな事を言われ俺は声を上げる。

 まずい。

 こんな風に期待に満ちた目で見られると……。

 

「……ま、まあ、パッと見た感じでは新米冒険者にしか見えなかったけどな」

「その程度の偽装はサトウさんにとっては簡単に見破れると! さすがです!」

「……俺くらいになると、安楽少女は見た目がかわいいだけで実は有害なモンスターだって事も分かっちまうからな」

「やはり私の目に狂いはなかったようです! サトウさんは素晴らしい冒険者です!」

「まあ、その……。……そうだな、王都でも銀髪盗賊団をアルダープって奴の屋敷から追い払ったし、王城での騒ぎの時も誰にも気づかれないところで活躍したしな」

 

 何ひとつ嘘をついていない俺に、セナはますます瞳を輝かせ。

 

「それで、これから彼らの証言をもとに盗賊団のアジトに突入する予定なのです。サトウさんにも同行してもらえないでしょうか? あの銀髪盗賊団とも渡り合ったというサトウさんに協力していただけると心強いのですが……」

 

 

 *****

 

 

 ――夜。

 街外れの倉庫街に十数人の警察官が集まっていた。

 

「それでは、これより盗賊団のアジトに突入します。奴らは新米冒険者として情報収集していた事から、冒険者のスキルを使う可能性があるので注意してください。ですがこちらにも頼りになる助っ人をお呼びしました。ダスティネス卿と、凄腕冒険者のサトウカズマさんです!」

 

 キラキラした目を俺に向けながらセナが言うが……。

 普段の俺の行いを知っている警察の皆さんは、俺を見て微妙そうな表情を浮かべ、ダクネスにいいんですかと言うような視線をチラチラと送っている。

 街中だからか鎧を着ていないダクネスが、俺をチラッと見てから警官達に向き直り。

 

「その……。今日はよろしく頼む」

「冒険者のサトウカズマです。よろしく」

 

 ……どうしてこうなった?

 セナの手伝いをするのが嫌でダストを巻きみカツアゲ紛いの事までやったのに、その結果もっと面倒な事に巻きこまれている。

 俺の幸運のステータスが高いって話はなんだったんだ?

 

「サトウさん、どうですか? 何か気づいた事はありますか?」

 

 期待に満ちた目を俺に向けるセナが、アドバイスを求めてくる。

 俺がダクネスを見ると、ダクネスもうなずいていて。

 

「……ええと、敵感知スキルに反応があるな。あの倉庫の中にいるのは十人くらいだ。こっちを警戒している感じじゃないし俺達には気づいていないと思う。この人数差だと接戦になりかねないし、奇襲しちまった方がいいんじゃないか」

 

 俺の言葉にセナだけでなく警察官達も、おお……と感心したような声を上げる。

 

「裏口の方が人数が少なそうだな。俺とダクネスがそっちから回って騒ぎを起こすから、残りは表で待ち伏せして、慌てて逃げてきたところを捕まえてくれ。……それでいいか?」

 

 大勢の人間に指示を出す俺に、ちょっと驚いた表情を浮かべていたダクネスは。

 

「あ、ああ。皆、今の作戦に異議はないか?」

「はい! 問題ありません!」

 

 そんなやりとりの後、警察官達にてきぱきと指示を出していく。

 

「では、待ち伏せ部隊はあそこに。……ここは最終防衛ラインとし、セナもここに待機していてくれ」

「わ、分かりました」

 

 そもそも現場担当ではないはずのセナが、緊張した様子でうなずく。

 そんなセナと警察官達と別れ、俺とダクネスは倉庫の裏手へと回って――!

 

「クソ、どうして俺がこんな目に……!」

「お、おい、不満なのは分かるが今は真面目にやってくれ! ここで盗賊団を取り逃がしては市民が不安になる!」

 

 二人きりになった途端に不満を漏らす俺に、ダクネスがそんな事を言ってくる。

 

「分かってるよ。王城にも潜入した凄腕冒険者のカズマさんだぞ? お前の方こそ派手に物音立てたりするなよ?」

「わ、分かっている! お前は私をなんだと思っているんだ!」

 

 そう言ったダクネスが、直後に道端に落ちていた木片を踏んでバキッと音を立てた。

 

「…………ッ!?」

「たまにアクア並にドジで不器用なクルセイダーだと思ってる」

「ちちち、ちがー! 今のはお前に気を取られて……! というか、最近お前達は私の扱いが雑になっている! さすがにアクアほどドジではないはずだ!」

 

 そんなダクネスの声に、裏口のドアが勢いよく開けられ。

 

「おい、そこに誰かいやがるのか!」

 

 倉庫の中から現れた柄の悪そうな顔の男が声を上げた。

 

「何か言い訳はあるかアクネス」

「わ、悪かった! すいませんでした! ア、アクネスはやめてください……!」

「お前ら何もんだ!」

 

 俺は誰何してくる男に応えず。

 

「『バインド』――!」

 

 拘束スキルを使い男をその場に転がすと、ダクネスが男を跨いで倉庫の中へと駆けこむ。

 入ってすぐの部屋で酒を飲んでいたらしい数人の男達は、物音に気づき立ちあがっていて。

 

「な、なんだお前らは? 俺達はただ酒を飲んでいるだけで……」

「貴様らの仲間はすでに捕まえた。新米冒険者の振りをして情報収集していたという手口も分かっている。大人しく投降しろ。投降するなら危害は加えない」

 

 歩くだけで音を立てる鎧も大剣もなく、町娘の格好でそんな事を言うダクネスに、男達が首を傾げる。

 

「女とひょろそうな男の二人で、どうやって俺達に危害を加えるって?」

「……ええと」

 

 せっかく決め台詞を口にしたのに聞き返されたダクネスが情けない表情を浮かべる中。

 

「『ファイアーボール』!」

 

 男のひとりが不意打ちで放った魔法の火球がダクネスを直撃した。

 

「へっ! 何者かは知らないが、新米とはいえ冒険者のスキルを持っている俺達がお前らなんかに負けるかよ! 行くぞお前ら! こいつらを強行突破……して……?」

 

 と、威勢よく言いかけた男の声が小さくなっていく。

 そんな男の視線の先では、火球が生んだ薄い煙が晴れ……。

 そこには、傷どころか煤のひとつも付いていない、まったく無事なダクネスの姿が。

 

「なっ……!」

 

 驚愕する男に、ダクネスはつまらなそうに息を吐き。

 

「……ん。今さら新米冒険者の魔法などで傷が付くはずもないか。まったく、久々の攻撃魔法に期待したというのに……」

「お前今期待したっつったか」

「言ってない」

 

 俺達がそんなバカなやりとりをしている間にも、男達は逃げようとしていて。

 しかし、ダクネスが出入口に立っているせいで逃げられない。

 

「『バインド』!」

「「「…………!?」」」

 

 俺が隙を突き拘束スキルを使うと、男達は驚愕の表情を浮かべた。

 

「お前らだけが冒険者だと思うなよ? 数多の魔王軍幹部と大物賞金首と渡り合った凄腕冒険者のサトウさんだ! おら、捕まりたい奴から前へ出ろ!」

 

 そんな俺の言葉に。

 

「サトウカズマ……? サトウカズマだと!」

「おい逃げろ! 戦おうとするな! 魔王軍の幹部や大物賞金首の討伐に貢献したっていう凄腕冒険者だ!」

「畜生! どうしてそんな大物がこんなところにいるんだよ!」

「えっ……」

 

 ダクネスの頑丈さを見せつけられた時より慌てだす男達に、俺の方が困惑する。

 

 いや、何コレ……?

 

 ひょっとして、こいつらは冒険者として情報収集しながらもきちんと活動していなかったために、俺の名前と功績を知っていても大した冒険者ではない事までは知らないのだろうか?

 この街の住人や冒険者だったら、相手が俺だと知れば反撃してくるところだ。

 俺の登場に驚き隙だらけの男達を、ダクネスがひとりずつ絞めていき。

 騒ぎに気づいた表側の男達が逃げだすも、そいつらも表で待ち構えていた警察官達に捕まえられ……。

 

 ――逮捕劇があっという間に終わると。

 

「……ふう、今回は私も活躍した気がするな」

「物音立てて足引っ張ってたからトントンじゃないか?」

 

 満足そうに息をつくダクネスを俺がひと言で黙らせていると。

 

「ご協力ありがとうございました! 今回もサトウさんのお陰で事件を解決できました!」

 

 セナがいつものように……いや、いつも以上に目を輝かせ俺にお礼を言ってくる。

 周りではまだ警察官が慌ただしく倉庫を調べているが、現場担当ではないセナにはあまり仕事がないのかもしれない。

 そんな警察官達も、セナと同じように俺に尊敬の目を向けてきていて……。

 

 …………。

 

 ……これだけ尊敬されると正直悪い気はしない。

 俺は数多の魔王軍幹部や大物賞金首と渡り合ってきた凄腕の冒険者。

 これまでのように、せっかく活躍したのに借金を背負わされるだとか、冤罪を掛けられた上に牢屋に入れられるだとか、そっちの方がおかしかったんだ。

 そうだよ! これが正しいチート転生者ってやつだ!

 悪人には恐れられ、周りの人達にはさすがですねカズマさんって言われるんだ!

 

「お、おう。……いやまあ、俺くらいの凄腕冒険者になると、このくらいはなんでもないんだけどな?」

 

 いい気分になった俺が、調子に乗ってそんな事を口にした時。

 

 ――チリーン。

 

 倉庫のどこかから、そんな聞き慣れた音が聞こえた。

 

「「「…………」」」

 

 音がしたところを警察官のひとりが調べると、出てきたのは嘘を感知する魔道具。

 その警察官は言いにくそうに。

 

「……ええと、我が署も盗難の被害に遭っていまして。盗まれたのは預かっていた現金や貴金属類、それに珍しいこの魔道具も……」

 

 …………。

 

「あの、サトウさん。失礼ですがいくつか質問してもいいですか?」

 

 魔道具を手にしたセナが、言葉は丁寧だがいつかのような冷酷な表情でそう言った。

 




・王国検察官セナの転落シリーズ(時系列順)
『この事件解決に協力を!』
『この偽りの正義に真実を!』←今ココ
『この美味しい話に用心を!』

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