1年1組には違和感なく自分の居場所がある。
気楽に話せる友達がいる。
負けたくないライバルがいる。
支えあう親友がいる。
そして――好きな人がいる。
IS学園での日常が当たり前のものとなって数か月。
シャルロットは青春を謳歌していた。
「はぁ……」
大きなため息を吐くのもまた青春の一部であろう。寮の部屋に戻り、ベッドに腰かけたシャルロットは暗さとか重さといった類のものを口から漏らしている。
「どうした、シャルロット? 悩み事でもあるのか?」
IS学園の寮は基本的に二人部屋。客人を招いていないシャルロットの部屋にいるのは当然、同室のラウラに他ならない。普段ならシャルロットは彼女の相談にのる側なのだが、今日は立場が逆転していた。
「うーん……ちょっと先のことを考えちゃってさ」
「先のことか。何を悩む必要がある?」
「おおありに決まってるよ。IS学園を卒業した後、僕はどうなるんだろうなって」
VTシステムの暴走事件と時期が重なっていたこともあってか、どさくさに紛れて有耶無耶になっていた問題がある。
元々、シャルロットはシャルルという男としてIS学園に入学した。もちろんそれはシャルロットの意思ではなく、父親であるデュノア社長とフランスの政府の思惑があってのこと。今こうして普通の女子としてIS学園にいるのは父も国も望んだ事態ではない。
自分は裏切り者である。正体を現したシャルロットがフランスに送還されない理由は『IS学園はあらゆる国家に属さず、学園に在籍する生徒の自由を国家が侵すことができない』からとされている。どこまでが真実か定かではないが、シャルロットが裏切り者のままIS学園に居座っている事実は覆らない。
シャルロットの自由は保障されている。しかしそれはIS学園の生徒であるという条件があってのこと。卒業後、IS学園はシャルロットを守らないし守れない。
「シャルロットは強い。十分に国家代表になれる素質がある」
フォローのつもりだろうか。シャルロットの抱える問題から大きく的を外れた言葉はラウラなりの優しさでできていた。
一応、「ありがとう」とは返したものの実感が伴わない言葉には魂が宿らない。ラウラは空気を読めなくとも親友の感情には敏感だった。
「私は間違えたのか……?」
「ううん、間違ってはないよ」
気を使わせている。そう感じたシャルロットは話を逸らしにかかる。
「ねえ。ラウラはIS学園を卒業したら何をしてると思う?」
「私が、か?」
「うん」
ほぼ話が逸れてないあたり、シャルロットは本調子でない。
軽い質問のつもりだった。しかし、思いの外、ラウラは熟考する。
「あ、あまり深く考えなくていいよ」
「いや、それはないな。シャルロットが思い悩んでいることだろう? 私もよく考えなくては失礼だ」
ラウラなりの礼儀であるらしい。となればシャルロットも言い返すことはできず、黙ってラウラの結論を待つしかなくなった。
「ふむ……漠然と黒ウサギ隊に戻るのだろうと思っていたが、私が表舞台で名を上げてしまえば、単純な軍属でなく国家代表として祭り上げられる可能性もあったな」
「ラウラらしいね」
「何がだ?」
「自信家なところ。まだ会長に勝ったことがないのに国家代表として通じると思ってるんだね?」
「当たり前だ。2年後の私は今の私と比べるべくもなく強大な存在となっている。あの女にいつまでも後れを取っているわけなどない」
眩しかった。単純に戦闘の実力があるだけでなく、自己を肯定する精神の強さがラウラにはあった。
シャルロットはラウラの生い立ちを軽く聞いている。その境遇はIS学園の誰と比べても暗く残酷なものであるはずなのに、その瞳は未来を見据えて輝いていた。
羨ましい、と思えるのはラウラのことを遠い存在だと認識してしまったからだろう。
「シャルロットはどうなんだ?」
同じ質問を返されていると気づくのに若干の時間を要した。
「さっき答えなかったっけ?」
「直接は聞いていない。なんとなく、国家代表などといったわかりやすい道とは違うと察しているだけだ」
「それじゃダメ?」
「ダメだ」
有無を言わせぬ勢いが今のラウラにはある。完全に主導権はラウラ。観念したシャルロットは仕方なく自らの考えを吐き出そうとした。
おそらくはIS学園を卒業した自分に自由など何もないだろうということ。
国家代表どころか、シャルロット・デュノアが社会的に存在できるかどうかも怪しんでいる。
明るい未来が見えてこない。だから先のことを考えたくない。
「僕、は……」
言えなかった。不安が具体的なものだから、言ってしまえば形になるような気がした。
そればかりか、楽しい今という時間すらも奪ってしまいそうだった。
ラウラはシャルロットの言葉を待っている。親友に暗いだけの話をするのは気が引ける。かといって何も話さないのはそれはそれで後味が悪い。
「僕の将来……」
未来を将来と言い換える。日本語のニュアンスの違いだが、こうすることで見方が変わった。
不安な未来を想像するのでなく、将来の夢は何だろうかと考える。
ハッキリと言ってしまえば、今のシャルロットには将来の夢など存在しない。
あったとすれば子供の頃。
現実について無学極まりなかった頃のシャルロットには人並に将来の夢があったはずだ。
……子供の頃、憧れていたものは何だったっけ?
「そっか、“お嫁さん”だ」
思い出した。母と二人で過ごしていた子供の頃、自分が憧れていたものが何だったのかを。
他の子には当たり前にいる父親という存在。父親と母親、二人の親がいる。
シャルロットにはいない。正確には母の隣に父がいない。母はシャルロットに優しかったが、母を支えてくれる存在が誰もいなかったことをシャルロットは寂しいと感じていた。
少し後になって知った。母は『お嫁さんになれなかった』。愛人だった。母が一人で夜に泣いていた理由もわかった気がしたのだ。
温かい家庭が欲しかった。その夢の形がお嫁さん。
ああ、でもこれは夢だ。あくまで理想に過ぎない。もうそんなことも言ってられない現実を前にして、幼い日の遠すぎる夢を思い、涙した。
呆然と涙を垂れ流すシャルロットの頭が優しく撫でられる。
「すまない、シャルロット。私の嫁の席は一夏で埋まっている。私にはお前の夢を叶えられない」
本気で申し訳なさそうにそんなことを言い出すものだから、凹んでいたシャルロットも笑いを堪えきれなかった。
「ラウラ、それは違うよ」
「何? 私はまた間違えたのか?」
「でも、ありがとう。ラウラのおかげで大切なものを思い出すことができたよ」
これは嘘じゃない。まだ何も解決していないけれど、初心を思い出すことはできた。
お嫁さんになりたかった子供の頃の夢を恥ずかしいとは思わない。忘れていただけで、今もなおその夢は途切れていない。
遠い理想だからどうしたというのだ。元々、将来の夢などそんなもの。少しずつ、小さな一歩を刻んでいつか辿り着ける場所である。
不安があるのなら尚更受け身でいてはいけない。ラウラのように積極的に挑んでいかないと、欲しい未来に手が届かない。
「ちょっと出てくる」
「どこへ行くんだ?」
「一夏の部屋♪」
「待てっ! そういうことなら私も行くぞ!」
半ば強引にテンションを上げたシャルロットは急ぎ足で部屋を出て、廊下を駆けていき、ラウラもその後に続いている。
親友やライバルと過ごすこの生活はまだまだ続く。
そんなシャルロットの今の夢は、子供の頃と変わらず『お嫁さん』なのである。