これが夢だと分かるのは、既に何度も見ているからだ。
ガーリオンのコックピットで、テンペスト・ホーカーはただ無感動な顔を作り、モニターが映す光景を見やっていた。宇宙と大地がごちゃごちゃに入り混じった世界で、兵器と炎、人間と阿鼻叫喚が溢れている。宇宙側にあるのはぽっかりと浮いたコロニーと、それを包囲する無数の機影。コロニーは内側・外側からに関わらず無数の穴が空き、そこから普段着の、簡易メットすらも被れていない人々が溢れ出ていく。そして穴の一つに向けて兵器群が火砲を向けている。大地側には、かつては荘厳であった城の麓で、六体の機械仕掛けの悪魔が人間をオモチャにしていた。火に焼かれ、手足を毟られる人間たちは、いずれも顔が黒く塗りつぶされ、誰かは判別できない。
しかし、夢が深まるたびに、その似姿は徐々に記憶に残ったものに変わっていく。黒い顔には淡い金色に、服装はかつて自分が選んだものに、年齢は記憶に節々にある、幼少時や幼稚園、はたまた初めてのデートや結婚後の日々のものに。それが自らの意識の中で合致していくたびに、体が震えだす。
やがて、悪魔が大地にある影を全て潰すと、今度は目と鼻の先にある宇宙に目をやり、嬉々と向かっていた。同時、宇宙の中では、MAPW級のミサイルが一斉射され、コロニーを崩壊されていく。悪魔はそこに降り立ち、新たに溢れ出した人々を、さながら巣から逃げ出すアリのように踏み潰していく。
「もう、やめてくれ……」
震える声が、声を出せないと思い込んでいた喉から漏れ出た。悪魔の一体がそれに気づき、テンペストを見た。
なら、いっしょに遊ぼうぜ、同類
コックピット内に響く音と、モニターの景色が変わるのはまったく同じ。そして、自らが押したレバーは、自身の機体/悪魔の腕を振りかぶらせ、眼下で焔に苦しむ、女性2人に向けられた。
やめろ、と声を上げる間も無く、女性、いや、妻と娘に、己の拳が振り落とされ。
「ッッ……くそっ」
現実に復帰し、止まっていた呼吸を荒らしく再開する。命の危機と体が誤認して、右手が簡易寝台に置かれた精神安定の薬剤をとり、そのまま口の中へと放り込む。汗が吹き出した上半身を起き上がらせて、ペットボトルの水で薬を空っぽの胃の中へと流し込み、数度深呼吸を行う。思考と体が落ち着くのに、それだけで10分ほど時間を要した。それだけかかってしまう、またはその程度で済んでいる、と判断するには、相談できる相手がいなかった。
「PTSD……いや、今更か」
元教導隊、そして自身が今所属している組織の都合上、兵士のカウンセリングについても嗜んでいる。その上での自己評価は、戦場のトラウマを抱えた兵士そのものだ。妻子が死んだ時にすらそうはならなかったのに、だ。
そのような自分が今、あの日見た悪鬼羅刹の類の一部となって、彼女らの影を潰して回っている。そして潰すたびに、黒塗りの部分が増えていき、声も、顔も、潰れていく。
「……俺のやることは変わらん、そうだ。……っ、レイラとアンナのためにも、連邦を、いや地球人類を……」
座り込み、額を押さえる。一瞬、妻と子の名前が出てこなかった。悪夢を見過ぎたせいだ、と自分に言い聞かせてる。眠気はすっかり無くなってしまい、仕方なく起き上がって着替え、部屋を出る。仕事をしようにも集中できそうにない、そのために、既に歩き慣れてしまった施設内をただ歩く。
アフリカ某所、アースクレイドル。人類の種子を残すためのプロジェクト・アークの産物であり、今やDCの残党や拗れた野心を抱えた研究者の巣だ。ここで正気を保っているのは極僅かだろう。自分も、そこにはカウントされない。
気ままに動く足は、夢の残滓を探しているのか、あるフロアに向かっている。アードラー・コッホがメインで動く格納庫エリアの一角。今そこはアースクレイドルの中枢区画から伸びるケーブルが無数に這い、一つの"子宮"を囲っている。体はそこにある研究・観測室の部屋を開き、中へと入りこんでいた。
「そうじゃ、ゲイムシステムはレベル5でリミット、あのババアのオモチャにはそれで十分じゃ。イーグレットの坊主とネート博士にはコヤツのバイタルデータを定期通り……む、なんじゃテンペスト少佐」
不眠不休で働く元DC研究員たちに、同じく2徹目のハイテンションで指示を出し続けるアードラーが、目ざとくこちらを見つけた。用もないのに声を掛けるのは憚れていたが、でまかせの理由はすぐに口に出てきた。
「いや……調整、というより"孵化"はできそうなのか? 単騎である以上、プランは遂行できるかを、そもそも予定に間に合うのか確認したい」
「フン。指揮官特有の不安症というものか」
鼻を鳴らすアードラーの視線が、強化ガラス越しの"子宮"と、そしてその横にある専用モニターを見やる。
一定周期で脈動している"子宮"の全高は30m近く、その全てがマシンセルで構成され、新規製造されたものは上下のケーブルを通じてマシンセル中枢から提供され続けている。内部には、リクセント公国で回収した悪魔/リオンと、そのパイロットが入っているはず。しかし"子宮"内部を映すモニターには、かつてのリオンの姿はなく、鈍い銀色が生きているように蠢き、ガンカメラの"瞼"が閉じている、ということがわかる。モニター右上には857番と書かれ、その数字はテンペストがあの作戦後に知ったものでは、イーグレット・フェフから提供された"廃棄品"の赤ん坊だったはずだ。その廃棄品は、とある人物の依頼品を作成する中で、肉体形成に失敗した試作品だったそうだ。
元から生存を予定していなかったそれは、しかしあの国での戦いの最後の最後、ゼノリオンのマシンセルを"吸収"、アードラーによって回収された。そして回収されるや否や、今の銀の膜、いや"繭"を形成し、アースクレイドルへ到達してからは、中枢システムへ"異常な念動力"を持って干渉し、パイプとケーブルを自機に伸ばして今の子宮を作り出したのだ。
これには、アードラーはもとより、アギラとイーグレット、そして中枢システムを調整していたソフィア・ネートまでも何事かと様子見を見に来て、目を呆然と見開いたほどだ。
「他の狂人どもとも共有している観測データから、孵化はもうすぐじゃ。内部で形成されている機体データもモデリング上、ほぼ出来上がっている。外部干渉してイスルギ重工から提供されたアレや、ヴァルシオン改一機も丸々取り込んだ時は廃棄してやろうかと思ったが……」
繭ができたとき、アードラーは情報の独占のため、アースクレイドルにいる他の面々には隠そうとしていたようだ。だが中枢システムへの干渉という異常により、研究職と幹部クラスのほぼ全員にこの繭、そして"子宮"を知られてしまったため、仕方なくデータを共有し、結果としてその観測値はかなり正確になっている。加えて、連絡ツールにも干渉してアードラーたちに指示を出し、特機や特殊用途の兵器の実機までも取り込む始末だ。
管理していた兵器に命令されれば、本来腹を立てて廃棄しかねないのがアードラーだが、しかしこの現象自体の希少性に研究者としての欲が勝り、指示通りに子宮へ兵器/栄養を与えていた。
「子宮内に、オプションシステムが形成されている。ヴァルシオン由来のものはまだ半分程度じゃが、イスルギのアレは、本体とほぼ同時に出来上がる予定じゃ。ある意味、予定通りのプランでいけるじゃろう」
「わかった、ならそれでいい。それと……」
閉じられた機械の瞳を見上げる。怖気すら感じるそれに、夢の中の悪魔が重なりそうになり、頭を振る。それを認めてしまえば、自分が壊れてしまう。
だから、逃げる手段を考えた。
「これには、名前はないのか? ゲイザシステムの被験体857番と呼ぶには、些か外れ値が過ぎる」
「ああ、それはもう決めておる。テンザンのヤツが日本出身じゃからな、それに当てつける形じゃが……」
ゲイザシステムでは、人の名前として呼びにくいため、ゲーザ。
857番は、日本語の読み方で、ハガナとも。
「孵化した時、コヤツは……」
その名をマイク越しに聞き届けたナニモノかは、ゆっくりと瞼を開き出した。
新西暦187年5月AE日
決闘が終わった後、マサキはもう2日だけこちらに滞在することとなった。原因は私で、サイバスターの右腕を切断してしまったからだ。魔装機神の修理は地上でもできるようだが、最低でもPTAMをオーバーホールできる設備が必要なようで、事情を知る伊豆基地は地球の反対側で距離がありすぎるということから、必然的にここで行うこととなった。修理には、決闘の事前チェックにも参加し、機体構造の詳細を知れると奮起するアルウィック、それと意外にもユルゲン博士とドナ博士も乗り気だった。前者はプラーナや精霊技術のエネルギー流動周り、後者2人はラ・ギアス流の人型兵器の腕構造の解析と、かなり専門的な領域だ。マサキは地上人にサイバスターの詳細が知られると苦い顔をしていたが、今回の発端のことを考えてか、ため息をついて参加を許していた。
滞在期間が増えてしまったことについては、幾らビーコンの類がないことは調査でわかったとはいえ、みんなに余計な手間と心労をかけてしまったことも申し訳なかった。だが個人的には、切ってしまった右腕が、突然ワームホールが現れてどこかに飛んでいってしまうようなことにならなくて助かった。もしこれでシュロウガの誕生や別世界のラ・ギアスの戦争の原因になったとあれば、それこそ悔やみきれない。
サイバスターが結果的に2日続けてのメンテになった一方で、ゼノリオンはストラングウィックとジジ博士、それに整備員たちだけで診ることになった。損傷自体は軽微なので、最初は実機駆動での負荷状態の確認がなりそうかと思ったが、2つ問題があった。
1つはこの機体に施された魔術式の健全性の確認。ヴェルトール・イデアの発動、マシンセルとブラックホールエンジンのオーバードライブはmod2への改修で効率化され、シェースチの負荷も抑えつつ展開も行いやすくなっていたが、今回の戦闘ではサイバスターの魔法陣に干渉するという現象を起こした。シェースチが提案し、私自身の認識からも可能かと理解していたが、よくよく考えれば、ゼノリオンに使用されているラ・ギアスの技術系統はシュウ・シラカワのものをベースにした、いわばヴォルクルス教団系列だ。いくら根っこが同じラ・ギアスの魔法技術とはいえ、サイバスターの純粋な精霊魔法系列に干渉し、しかも同期による破壊まで起こすとは考えにくいし、できたとしても何かしらのトラブルが起きるのは明白だ。もちろん、あの"乱舞の太刀"が未完成も未完成、マサキ曰く思いつきでやったもののため完成度が低く、精霊術としても異常が起きていたのかもしれないが、理屈としては通らない、とは思う。自分自身がラ・ギアスの魔法技術に対してまともな知識を有しているわけでもないため、ただの推測だが、屁理屈を捏ねたくなるほどに違和感を覚えたのは事実だ。それゆえに、ストラングウィックが主体になってそれを診るのは当然だし、有難かった。
もう一つの問題はもっと物理的な問題で、排熱だ。装甲を厚くし、エネルギー流動もよくなったが、それが原因で関節部やバーニア、スラスター関係の排熱・伝導処理が甘くなっていたことが判明した。これでは初期のゼノリオンや、下手したらリオン"ロン"以下の稼働時間になってしまうかという危険性が発見され、主設計したストラングウィックは青ざめていた。サイバスターの構造解析は、この排熱問題の対策も練るためもあるらしい。今日だけでいえば、腰部スラスターと肩部に排熱口を作ることを考えているらしいが、そこまで簡単に解決できるかはまだわからないとのことだ。
そしてゼノリオンの調査・改修案もそうだが、シェースチの方にも影響は出ており、演習が終わった後、すぐに寝込んでしまった。幸いにも疲労による休眠とのことで、夜には復帰したが、やはり無茶ばかり掛けてしまい申し訳ない。
こう書いていてだが、彼女が乗ると無茶ばかりしている気がしてならない。私はどうなってもいいが、彼女は大事な存在なのだ、もっと大事にしなければ。正義の味方志望なのだから、それぐらいの分別もつけなければいけない。
正義の味方志望。
文字にして書くと羞恥心が出てくるが、しかしそう名乗り、そのあり方を口にしたのも自分だ。
仲間が、救いたい人が、笑っていられる未来がみたい。ツキナミすぎるし、正義の味方とは到底思えない答えだと思う。
それはそうと、マサキたちが馴染むのが妙に早い。孤児院出身なだけに、トニーとマリーの扱いも上手い。スェーミだけが少し距離を取っていたが、念動力者としての勘があるのだろうか。
あと、急にサッカーなんかに巻き込むな。反応に困る。
新西暦187年5月AF日
ついに、ついにネビーイームが動いた。だが、私が知るものと違う、どういうことだ。
落ち着け、日記でも慌てすぎだ。一旦、今日手に入れた情報を纏めよう。
まず、ミツコからの新規の依頼だ。内容はスピリット・オブ・マザーウィルの撃破。イスルギ重工がDC残党のバックにつき、アードラーは"原作"のどの媒体でもジュネーブを狙う以上、西ヨーロッパの最終防衛ラインの化身とも言えるSOMは排除しなければらならない。それを認識できていれば、そのお鉢が我々に回ってくるのも理解できる。
その任務を受けることを前提に、イスルギの補給用タンカーに乗ってカイルが到着し、改良型のVOBが納品された。今回のモデルは再突入ではなく推力とTEフィールド制御にのみ集中することで、大気圏・地軸・緯度経度にかかわらず超超音速を実現する。ある意味元の姿に忠実というのがカタログスペックを見た印象だ。ゼノリオンとのドッキングも問題ないとのそうだが、リオン系列ならばオプションで全機対応できるとのことで、クドリャフカやアーマリオンにも装着できるらしい。ただクドリャフカは自前の推進システムでVOBと同等以上の推力できるらしいのでいらないとのことだが。
その説明を受けていた矢先に、複数の情報が一斉に入った。
一つは、中東からインドに掛けて身を潜めていたバン・バ・チェン大佐が、配備されたばかりの2.5世代AFジェットを強奪したこと。
私の知る"原作"では都市蹂躙型として設計されたそれは、量産型の"都市防衛型"の第2.5世代AFとして誕生しており、大型レーザーソードとレーザーキャノン以外に、この世界のイクリプス同様、エネルギーシールドを搭載している。しかも複数機で同期すれば都市一つを丸々覆うほどの広域エネルギーシールドを展開できるようになっていた。チェン大佐は傘下の部隊や基地の防衛のためにこの機能が必要であり、イスルギ重工としてもユーザーの増加、およびミツコの考える後々の連邦軍のAF脱却の計画から、基地内で手引きがされた上での攻撃だったらしく、連邦軍・DC残党双方で被害は軽微だったようだ。
次にアースクレイドル。先日のリクセント皇国襲撃以降、アーマードモジュール関連や修理のためだろうAFの部品発注がイスルギ重工に続いていたが、それが止まったとのことだ。即ち、"原作"通りであるならば、ジュネーブ攻略戦が始まる可能性がある。媒体によってネビーイームの動きの前と後に分かれるが、どちらにしろアードラーの準備は終わったと見ていい。
最後にネビーイーム。ここが一番不可解だ。2回のESウェーブを照射後、周辺空域にフラワー/フーレを3隻ごとに展開したが、それきりとなっていた。私の知るパルマー、というよりこの時点のネビーイームであれば、内部のワープ装置やフーレ単体の機能で、各都市への襲撃を掛けていても可笑しくないのだ。それがまるで、何かを待つように艦隊の待機だけを行なっている。ユーゼスが倒れている以上、本来のネビーイームの役割である、念動力の資質を持った知的生命体の略奪・兵士化を行うのが目に見えているのに、それをしない。
そのような彼らの目的を考えると、楽観視すれば、まだ時期ではないと判断したか。しかしそれでは艦隊を外側に出している理由がわからない。であれば、単純にできない理由ができたか。
だが、その理由だけがよくわからない。
新西暦187年5月AG日
今日は戻ってこれそうにないので、出撃前だが先に書いておく。
スピリット・オブ・マザーウィルが、突如ワープしたフーレの部隊に襲われた。そしてそれは、SOMだけではなく、世界中のアームズフォートが狙われた。事態を飲み込む前にミツコから要請があり、予定していた撃破ではなく、救援へと変更された。ヨーロッパの各方面に展開する第二世代AF、それこそランドクラブ級も襲われ、駐機していた連邦軍基地も結果的に襲われている状況なのだ。おそらくはハガネとヒリュウ改もアジア方面に展開しているAFの援護に向かい、こちらにはこれないはずだ。
幸いなことに、ゼノリオンmod2の改修が間に合ったこと、そして出立前のマサキが参戦してくれることになった。リューネやアイビス、スレイも一緒に来てくれる。もちろんリョウトもだ。ここまで心強い味方はいない。
不安は消えない、それでもいかなくては。
全員搭乗したな、それでは簡易ながらブリーフィングを開始する。進行は、依頼者であるイスルギ重工の代行として、私、カイル・ビーンが行う。
依頼内容はミツコ・イスルギ副社長が仰られた通り、アームズフォート、スピリット・オブ・マザーウィルの救援だ。
現在、マザーウィルの周囲には3隻のエアロゲイターのフラワー……そこのテンザン・ナカジマ曰く、戦闘母艦フーレが攻撃を行なっている。元々は6隻いたが、マザーウィルの反撃で2隻は撃破できたようだ。しかし1隻の突貫で瓦解し、文字通り花の子房のようになってしまっている。マザーウィルからの通信は生きているが、長くは持たないだろう。
事態は急を要する。1分でも惜しい状況だ、そのために、強襲用に準備していたVOBをそのまま使用する。
VOBを装着するのはゼノリオンとアーマリオン。クドリャフカにはリューネ・ゾルダーク嬢のヴァルシオーネを懸架していただく。また、協力者であるマサキ・アンドーのサイバスターは巡航形態で帯同してもらう。5機は出立後、このまままっすぐ南下し、ホーエ・タウアーン公園に展開しているSOMと合流、そのままエアロゲイターを撃破してくれ。伊400は残りの物資を搬入後、東フリージア諸島にて待機してくれ。
救援作戦後は陸路を通ってスイスのイスルギ重工の兵器基地に移動し、そのまま大陸横断鉄道でオランダまで抜け、伊400と合流する。ただしこれはうまくいったケースで、その場でSOM、いや連邦軍に攻撃されるようなことがあればその場で散開し、イタリア方面とスイス方面、そしてクドリャフカの推力を頼り直接北へと撤退してほしい。
敵戦力はモニターできている限り、バグスが500機以上、スパイダーが250機以上。フーレに搭載されているという人型兵器の姿はないが、数で押されているのは事実だ。
幸い、今回はMAPW持ちが参戦してくれた。戦場に突入するまでは、ゼノリオンとアーマリオンはサイバスターとヴァルシオーネを全力で守ってくれ、突入後すぐにそれぞれのMAPWを発動し、SOMの直営機の安全確保後、すぐに直上のフーレを撃墜してくれ。
無茶を言っていると思うが、頼んだぞ。
『不安、ですか?』
VOB用のジョイントを取り付けられ、種子島の時同様に臨時で建てられた専用の発射台で発進準備を整えていくゼノリオンの中、シェースチが心の内に訪ねてくる。コクピットでのブリーフィング画面が終わった矢先のため少々面食らったが、それでも回答は決まっていた。
「ああ、明らかに動きが"原作"と違う。アームズフォートは基地機能も持っているが、収集対象とするなら連邦基地を直接叩く方がいい。牽制としてで、同時襲撃だったらまだわかるんだが……」
『……そう、ですね。ですけど、今回は今までと違って、貴方と私、リョウトだけではないですよ?』
からかうように囁くシェースチの言葉通り、モニター越しに周囲を見れば、隣接した発射台には、同じく専用ジョイントを取り付けられたアーマリオンが今か今かとその時を待っている。発射台の下にある発着場にも、推進剤の補給用パイプを取り外されたクドリャフカと、それに跨るヴァルシオーネ、そして右腕の調子を確かめるようにぐるぐると回すサイバスターがいた。本来のハガネとかでも、このほどよい緊張感があるんだろうか、と思った矢先、通信が入る。画面に写ったのは、マサキにクロ・シロだ。
『なに辛気臭い顔をしてんだよ、もっと胸を張れ胸を』
『そうそう、ウチの親父だって、不安な時こそ大胆不敵に笑っていたわよ。ま、だいたい私とのゲームに負けそうな時だったけどね』
『はっ? ビアン総帥が? リューネ、様。さすがにそれはその、赤裸々では…』
『リューネでいいわよ、スレイ。というかこういう機会がなきゃ、同年代とバカ親父のバカなとこなんて話せないもの』
『い、いいのかなぁ、そういうの』
『アタシ、ノーコメントで。それよりスレイ、アタシが今回メインでいいの?』
『ああ、悔しいが、VOBと同等の推力での空戦機動はお前に分がある。シミュレーションでも、そこの妖精のお墨付きもある』
『まぁ、マサキよりキレイに飛ぶのニャンて珍しいからね』
『というかマサキの場合、本当に風の精霊に好かれてるのか怪しいぐらい荒々しい飛び方するニャ、今からでもアイビスが変わってくれニャイ?』
『オイコラシロクロ、主人を裏切るファミリアがどこにいやがるっ』
モニターに現れる電子の窓の中、この場に集まってくれた主人公/ヒーローたちが、こちらの弱気など知らぬとばかりにじゃれ合っている。あまりの勢いに目を何度か瞬かせてしまったが、自然と声が漏れた。
「はは、何か、いいな」
『嬉しそうですね』
「いや、別に悲劇のヒーローとか出来る気はしないけどさ……それでも、ずっとこうやって出撃するのも、いいなって」
『いい、傾向じゃないですか?』
「……何か、不安なことでもあるか? 声が少し暗いっていうか」
『別に、別に、なんでもないです』
『こら、そこの2人。2人きりで話すな』
『そうそう、どうせなら、テンザンが全員に声かけたらどう? 円陣みたいにさ』
「ホッ? いやアイビス、それはいくらなんでも体育会系すぎるってーの」
生来の人懐こさに陰りが見えないアイビスの提案に、さすがにゴネようとするが、そこからまたモニターに枠ができた。今度はスェーミの顔が一杯に広がったと思った矢先に、子供の両脇を抱えて横にどけたユルゲン博士が通信機に口を掛けた。
『悪いけど、そろそろ出発時間でね。やるなら手短にしてくれないかい。それにテンザン君も、偶にはそいういうのもいいだろ』
「そうはいっても、いや……」
ゼノリオンのステータスを見れば、いつの間にか専用ジョイントに、13門のブースターからなるVOB本体が取り付けられ、機体脚部に電磁カタパルトのシャトルが走ってきていた。伊400と、この基地の整備員たちが足はやに機体から離れていくと、レールに電磁力形成のための冷気が満ち、大気の温度差から白い糸となって登り始めた。
本当に、出撃直前だ。ヘルメットをしていなければ頭を掻いていただろう。声がけなど、"テンザン・ナカジマ"のキャラではない。それでも、彼らは"俺/私"だからこそ、求めている。
それは、不幸なのか、幸運なのか、はたまた破滅の前触れか、ただの気まぐれなのか。
ただ、応えたい、というのは律儀なだけなのか、バカなのか。
「……みんな、急な戦いに付き合ってくれてありがとう。だから、月並みだけどな……死ぬなよ」
彼らは、"原作"がそうであるのと、そして彼ら自身の腕と機体から、死ぬようなことはないと確信している。それでも口に出たのは、本当にありふれた、感謝と発破掛けだけだ。
『当たり前だろ』
『なめんじゃないわよ』
『頑張るよ!』
『全力で飛ぶから、安心して着いてきて!』
『プロジェクトTDが始まってすらいないのだ、死ぬ気はない』
ごくありふれた言葉に返ってくるのも、ありふれた掛け声。死亡フラグなどという茶化しも陳腐になる声の羅列。それでも彼らが言えば、百人力だ。
『……笑ってますよ、テンザンさん』
「うるせっての」
本当は少し泣いているのを、笑っているとだけ茶化すに留めてくれたシェースチに感謝しつつ、最終チェックを行う。
VOB接続オールグリーン、各部アクチュエーター・伝導系正常。弾倉・マシンセル・バッテリー全て充実。メインエンジン、およびBHエンジンも平均値でドライブ。念動フィールドおよびT・ドットアレイによる衝角形成準備完了。
『班員の退避、電磁カタパルトのチャージ完了。ゼノリオン、発進どうぞっ』
『うーああーーー!!」
重い声と、甲高い少女の声が響くと共に、機体が一瞬沈み込む。同時に、ゼノリオンの背部で、VOBの点火が始まった。
「ゼノリオン。テンザン・ナカジマ、シェースチ、出るっての!!」
『行きます!』
シャトルにより、機体が前方へと引っ張られる。それに重心を預けつつ、腰部スラスターを補助に徐々に浮かび始め、両椀をまっすぐに突き出した。可視化できるほどのフィールドが前面に展開され、それが空気抵抗と重力という地球の軛を一時、ゼノリオンから解放しようとした。
そして加速をしながらついにカタパルトから離れると、空と大地の間にゼノリオンが放り出される。
VOB、第一次点火、開始。テスラドライブでは防ぎきれないGがテンザンとシェースチを襲い、一瞬で変わり始める海と山々の景色が、ゼノリオンが亜音速を超えたことを教えてくれる。そう思った矢先、バイパーコーンが前面フィールドを駆け抜け、超音速まで到達したこと計器も示した。
『2回目、ですけど、やっぱりキツイ、ですね』
下手なパイロットスーツよりも頑丈で、耐Gに優れる専用装置の中で、シェースチの悲鳴が念話となって届く。頑張れよと、念話越しに返しながら、自分の後にすぐ出撃し、追随する3機の位置を確認する。
後方には同じVOB装備のアーマリオン、リョウトのバイタルデータから、加速によるGに只管耐えているようだ。右斜め前にはクドリャフカとヴァルシオーネ。こちらは元々超超音速機であることと、特殊な特機故か、この速度の中でも安定して飛んでいる。そして頭上にはサイバード形態となったサイバスター、こちらも風の魔装機神の名が示す通り、ロールすら行う余裕もある。マサキ特有の方向音痴が出ないか不安だったが、そこは単純に着いてくるということで発動していないようだった。
僚機が問題ないことを確認しつつ、残りの距離を確認する。元々直線距離にしておそよ2,490km。今回の試作2号機・3号機のVOBによる加速が、この世界の空力特性およびテスラドライブの恩恵を受け、音速の4倍まで出せていることを考えれば、20分から30分ほどで接敵するはずだ。
「けど、マザーウィルといや、あの砲撃なんだが……それは、ないよな?」
前世の記憶、マザーウィルとの"原作"における戦闘では、VOBによる超高速の接近を要する理由となった、1対3門、合計6門による長射程大口径実体弾砲の超超長距離射撃。この世界ではAFギガベースの元となり、大気圏突入を行っている宇宙統合軍のカプセルを文字通り薙ぎ倒した実績を持つ高精度と、狙われたらたまったものではない代物だ。水平飛行である以上、ギガベースの時のような曲芸防御は、3、4回しか持たない。"原作"の時のような頻度で狙撃されれば、ひとたまりもないだろう。
とはいえ、今回は救援である以上、その可能性はない。
『っ、みんな避けて!』
『マザーウィルから高熱源反応、砲撃が来るっ!』
その可能性を嘲笑うように、"原作"をなぞるような3連続砲撃が迫る。4機は瞬時に散関、2秒後、中央を3つの超音速弾頭が突き抜け、風圧がVOBで加速する機体を揺らし、レッドアラートが遅れてコクピット内で響き出した。
『おい、救援のハズだろ、なんで俺たち撃たれるんだ!?』
『私に聞かないでよ、AFは親父の管轄外なんだよ!』
『2撃目、来るよ!』
「くそっっ! シェースチッ!」
『はいっ!』
VOBの第二次加速を早め、軌道がよれたアーマリオンの前に出る。フィールドへさらに重力偏向の効果を加え、瞬く間に着弾する2発を斜めに受け流す。衝撃と共にアラートが増え、機内をさらに赤く染める。
『っ、テンザン君! ダメだ、僕が自力でっ』
「マザーウィルを舐めるな! 最初機のAFのクセに、最強格の座を譲らねぇヤツだぞ! 気合いで回避して惑わし続けるしかねぇ!」
『っ、了解!』
再度、ブレイク。サイバスターを狙った3発は彼方へ飛び抜けるが、続けざまにきた4度目を、強引なロール機動ですり抜ける。
何故撃ってきた、ギリギリの回避を続けながらその思考を続ける。浮かぶのは2つだ。
一つは、SOMの乗組員が、連邦の融和派であり、エアロゲイターに呼応したこと。しかし直前まで戦闘を行なっていたという事実が、それを否定する。
もう一つは、エアロゲイターがSOMを乗っ取ること、現実的だが、同時に非現実的だ。エアロゲイターにはヴィレッタ・バディムを代表にバルシェムという工作・陸戦要員ともいうべき人造人間がいる。それによりSOMを制圧すれば理論上可能だが、エアロゲイターの特性上、機体の性質を解明しても、他惑星の兵器を使うのは滅多にいない。それこそバルシェムが潜入先で使うのであれば話は別だが、直前の大規模戦闘の後にわざわざバルシェムを投入して制圧するのは、らしくない。
だからこそ、謎だった。
『なんだ、重力異常検知っ!? 攻撃が来るぞ!』
そして、その謎はさらに混乱を呼び込む。
それは、リング状の黒い重力の檻だ。それがSOMの砲撃の最中、突如同じ方向から放たれ、進行方向の前で圧縮、自壊すると共に重力異常を発生させ、4機を震わせた。その一撃は、外部推力の塊であるVOBには殊更よく通り、異常を起こした推進器から火が上がり始めた。
『VOB異常発生、3次加速できません!』
「くそっ、こんなとこで、再現すんのかっ!」
『こっちもダメだ! マサキ、アイビスさん、スレイさん、リューネさん、先に行ってください!』
『っ、わかった! とにかくこの砲撃と、妙な攻撃を止めるぞ!』
直撃を免れた2機が加速。一方で、ゼノリオンとアーマリオンはVOBの一部を切り離し、推力の落ちた状態で飛び続ける。重力の輪は、先行する2機へ、3発ずつの砲弾はこちらへと向き、間一髪の回避をさらに強いてくる。
その攻撃の網が、果たして何度超えたかと毒づいた矢先、その報が届く。
『マザーウィル、見えたよ!』
『なんだ、あのケンタウロスもどきはっ!?』
「ケンタウロス……っ、データリンク、画像をこっちにもくれ!」
咄嗟に声が出て、それに答える形でスレイから情報が届いた。メインモニターの角に写し出したその姿に、呼吸が止まりかける。
それは、SOMに突き刺さったフーレが、さながら花を咲かせるように上部構造を開き、その内から現れる花弁の如く、悠然と立っていた。白のカラーに、人形の上半身と、異形の下半身。脚部はフーレを踏みつけ、そして左腕はSOMの連装砲の添えたそれは、まっすぐにこちらを見据えていた。
"テンザン・ナカジマ"は、それに遭遇することはないはずだ。なぜなら、原作は同じでも、出典となる作品が違うのだから。
そして、それはこの"原作"には決して登場しないはずの機体のはずだからだ。
「アンティ、ノラ……」
アンティノラ。かつてユーゼス・ゴッツォが大いなる地獄を生み出すために作り出した試作兵器。そして、ユーゼス/アルテウルが倒れている以上、表舞台に出てこないはずの、エアロゲイターの特機。
その双眸が、未だ地平の彼方にいるはずのゼノリオンを見ていた。
(このSS、誰かの夢から始まるの多過ぎへん…?)