トーナメント戦で親友である轟の呪縛を解き放ったのが己では無かった事に悔しさやもどかしさを感じる金木。大人である彼が仕方ないと諦めようとする所に現れた不穏な影と彼を拒絶する育ての母。
そのような状況でばったり出会った轟によって自分でも誰かに影響を与えられると淡い自信が芽生えた所に、雄英に乗り込んできた内回収に成功した脳無が金木の本当の両親によって造られた存在だという事実が明かされ、彼は両親と"再会"を果たす。
そんな金木の事情などお構いなしに、初めての職場体験が始まろうとしていた。
元々は個性の似ている常闇君と一緒に職場体験に行くはずだったんです。三位決定戦で戦った確執とかがちょっぴりみたいな設定とかがあってずっと前から決まって居たんですが、常闇君がホークスに取られてしまった……。なんでそんなことするの…(答:原作だから)と、言う訳で、一人寂しく職場体験です。金木君はプロのソロプレイヤーだから大丈夫、強く生きて。
確か三人まで指名できるし、ホークスは金木君を指名したりしたのでしょうか?分かりませんが。
34話 先達の騎士
車窓の景色を眺めつつ自分だったらどんなルートで走るのが早いか立ち並ぶビルに己の姿を投影するのにも飽きた頃、どうしても浮かぶのは母の事だった。雄英に入ってからは色々な出来事があって考える暇もなかったのだが、やはり久々に会ったからだろうか。考えないように気を付けるという事は既に考えてしまってると同じなのだろう。
母が
――私にはもう、貴方だけなのに――
――大丈夫。私のこと、大好きでしょう?――
――ねえ、
ぞわ、と泡立つ肌を逆なでするように温い風が足に纏わり、世界が広がったような喧騒が心を現在に引き戻した。
冷たい鉄の箱から熱い外に逃げ出して、凍り付いた肺を溶かすように夏の生臭い様な空気を吸い込んだ。
「……来たか。待って居たぞ」
今日からお世話になる事務所の入り口に腕を組んで寄りかかり立っていたのは全身黒ずくめの男。
初日にして不安しかないと思ってしまうのは、僕が失礼なんだろうか?
「付いて来い」
僕が胸の内に微かな不安を燻らせているなんて知ったことではないと言った様子で、彼は背を向けて足音も立てずすっさすっさ歩いて行ってしまう。
此方を確認せずに歩き去る背中に、このまま僕がここから動かなかったらどんな反応をするのか少し気になったが勿論行動に移す訳もなく大人しく従う。
「さて…名前は?」
「え?ええと、金木です。金木研」
「…そうか」
少し戸惑う気配を感じてこちらも困惑する。確かに名乗ったが、何かおかしかっただろうか…。耳には多少の自信があるし、質問を聞き間違えたという事は無いだろう。だとすると、求めていた答えと違った?でも他に名前なんて…あ。
「あ、すみません。琲世です、僕のヒーローネーム」
「そうか。俺は知っての通り、
「はあ」
いまいちどんな反応を返すのが正解なのか分かりにくい。しかし特にリアクションに期待もしていなかったのか、僕の曖昧極まる返答にも満足そうに長い黒髪で半分隠れた顔が少し柔らかくなった。
悪い、人ではないんだろうなって事は理解する。
「ハイセくん…いや、あえてハイセと呼ばせてもらおう」
「えぇ…構いませんけど」
此方も真っ黒な社長椅子に腰かけた暗黒騎士さん……の前に手持無沙汰で立つ僕にも椅子を勧めた彼に、ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
「あの、会ったばかりで質問するのも不躾かと思いますが、どうして僕を指名してくださったんでしょうか。貴方は身体に纏わせた影で身体能力を上げて武器で戦うんですよね?僕とは、」
「ふっ、やはり気になるか」
「……」
「あ、いや、えー…んん゛っ!我々力持つ者には闇の誘惑が常に付き纏う。俺にもそんな経験があった…しかし力と闇は表裏一体。切り離せる物ではない。俺はお前に自分と同じ匂いを感じ取り、若者が更なる深淵を覗き込まんとするのを――」
掻き上げた前髪の向こうには別に醜い古傷がある訳でもなく、少し神経質そうで陰のある端正な半顔が露わになった。色が変わるってだけで片目を隠していた僕が言えた事じゃないが、
視界の妨げになるだけでは無いだろうか。
それに、仮にもヒーローが闇と表裏一体でいいのだろうか。じゃなくて、ええっと、つまりだ。
複雑なようで単純なようで重要なようでそうでもない話を聞き流しつつ要約すると。
「キャラが…似ていると思ったからって事ですか?」
「……そうとも言うかもしれないな」
これは……。
緑谷君のヒーロー知識を信じて(勿論自分でも調べたが)実力があるようだからここに来たが、不安は募るばかりだ。だが何となく接し方は分かってきた気がする。
それに、事務所を見る限り広いわけでは無いが新しい建物だし内装も(全体的に黒やシルバーと言った暗いイメージの色だが)綺麗で整っている。性格は神経質そうで小心といった印象だが、以外にも若くして実力のあるヒーローなのかもしれない。
知名度に関しては本人が陰で活躍する現状に満足そうなので、無くて当然なのか。
「さて、取りあえずここで過ごす君の大まかな役割を伝えよう」
多少柔らかくなった口調に無理をしていたんだなと思わなくはないが、わざわざ口に出して話の腰を折りたくないので真面目な表情で顎を引くに止めた。
彼の話を要約すると、サイドキックのように彼に付いてサポートをするのが仕事らしい。
「そう言えば、この事務所にサイドキックは」
「俺の理解者は少ないからね」
「なるほど、居ないんですね」
「ウグ、そ、それで…他に何か質問は?」
問われてそうだなと頬を擦る。
「そう言えば、貴方は武器を使って戦うんでしたよね。宜しければ武器の扱いをご教授下さると嬉しいです」
「……」
僕の願いにうつむき何かを考えるそぶりを見せた彼に難しい願いだっただろうかと固唾をのむ。あくまで教えを乞う立場なのだからと遜った言葉を選んだつもりだったが、やはり彼もプロヒーローである。己の技をそう簡単に他人に明かす事を嫌うだろうし、何より忙し―――。
「ふふ、ご教授か…後輩に教える……」
大丈夫そうだ。
だが僕は本当に大丈夫だろうか。つまり、この事務所で得るものがあるかどうかと言う話だが。
暗黒騎士くんが中二病なのは常闇君と一緒の事務所に行った設定の名残です。二人で世界観を作り上げて少し居心地の悪い思いをする金木君、という話を途中まで書いていたのですが、前書きにも書いた通りホークスの所に行く事で今後どのようにストーリーに関係していくか予想が付かないので全部消して書き直しました。元々あったシーンや会話がほとんどなくなったのでお待たせした上に短くなってすみません。章のプロローグ的なあれです。