魔法少女リリカルなのは~チートな主人公が頑張っている物語~   作:てりー

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第三十五話 急に知り合いに会うと何を話していいか困るときがある

前回のあらすじ

高町家を出ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い床に白い壁。窓の外に見える緑だけが、この空間にわずかな色を残している。

 

 だが、静かすぎた。

人気がない、というよりも、生活の痕跡だけが不自然に取り残されている。使われていた形跡は確かにあるのに、それが途中で途切れてしまったような、そんな違和感があった。

 

 ところどころに汚れや破損は見られるが、荒れ果てたという印象は薄く、むしろ、片付ける途中で放棄されたとでも言うべきか、妙に中途半端な状態で時間だけが止まっているように感じられる。

 

 ここは第七管理外世界に存在する実験施設。俺は親衛隊の任務として、この施設の調査および廃棄のために訪れていた。

 

 外観は古めかしい城そのものだが、一歩中に入れば景色は一変する。

白を基調とした研究設備が並び、無機質で機能性だけを追求した空間が広がっていた。外装の雰囲気は完全に消え失せており、後から内側だけを作り変えたことがはっきりとわかる構造だ。

おそらくは、目くらましと防衛を兼ねた外殻として城を利用し、中身は研究施設として徹底的に最適化したのだろう。

 

 ここに辿り着くまでにも手間がかかった。城全体に幻術が施されており、位置の特定が困難だったのだ。効力が弱まっていたからこそ発見できたが、もし万全の状態であれば、存在そのものに気づくことすら難しかったに違いない。

 

「隠す気満々、ってわけか」

 

 思わずそう呟きながら、足元のガラス片を避けて奥へと進む。

 

 実験室内は荒れ果てていた。割れたフラスコや転がった機材が無秩序に散乱しており、どこになにがあるのかもわからない状態だ。だが、その荒れ方がどうにも引っかかる。単に放棄されたというよりも、重要な部分だけを選んで壊したような、意図的な破壊の跡が目についた。

 

 証拠隠滅。そんな言葉が自然と浮かぶ。

 

「徹底してるな……」

 

 残っているものから情報を引き出されることを嫌ったのか、それとも見られては困る何かがあったのか。どちらにしても、まともな研究ではないことだけは間違いない。

 

 懐中電灯で室内を照らしながら進んでいると、壁の一角に見覚えのある紋様を見つけて足を止めた。

 

「……これは」

 

 何かの紋様を見つけた。これには見覚えがある、聖王教会の紋章だ。

 

 見間違えるはずがない。何度も目にしてきた形だ。だが、よく見ると細部がわずかに異なっている。意匠の違いか、時代による変化か、それとも別系統のものなのかは判断がつかないが、少なくとも無関係とは言えない。

 

 問題は、それが一つではないということだ。

調査を始めてから、すでに複数箇所で同様の紋章を確認している。偶然で片付けるには数が多すぎるし、配置の仕方にも意図を感じる。実験室の壁や装置の近くなど、明らかに関係者が使っていた位置に刻まれているのだ。

 

「あいつらの言うとおりか」

 

 小さく呟きながら、作戦会議の内容を思い返す。

 

 

 

「この施設の持ち主、そして今回のターゲットはケパ・レーニレッグという次元犯罪者だ」

 

 画面に映し出されたのは初老の男。どこにでもいそうな風貌だが、その経歴は決して穏やかなものではなかった。

 

「元は聖王教会所属の魔導研究者。ベルカ式魔法の研究を専門としていたが、十数年前、人造魔導師研究に手を出したことで破門されている」

 

 人造魔導師。子どもを素体にし、投薬や機械化によって後天的に魔導資質を引き上げる研究。

倫理的に完全にアウトだ。教会がこれを許すはずがないし、排除対象になるのも当然だろう。

 

「教会側は禁忌として即時排除。記録上も、ケパの研究はそこで断絶している」

 

 だが、と隊員はわずかに間を置いた。

 

「実際には、研究は続いていた」

 

 室内の空気がわずかに張り詰める。

 

「破門後もケパは独自に研究を継続。裏社会に潜り、実験体の確保を行いながら規模を拡大していった。現在では違法魔導師の中でも厄介な部類に入る」

 

 そこで、画面が切り替わる。

 

 表示されたのは、過去の拠点から回収された断片的なデータと、いくつかの施設記録。そして、その中に紛れるように存在していた紋章だった。

 

「興味深いのはここだ」

 

 隊員の指が、ある箇所を叩く。

 

「この施設、および過去の拠点から、聖王教会の紋章が複数確認されている。破門されたはずの人間の研究拠点に、だ」

 

 ざわ、と小さく空気が揺れた。

 

「もちろん、単なる残存物の可能性もある。だが――」

 

 そこで言葉を切り、周囲を見回す。

 

「完全に無関係と言い切るには、数が多すぎる」

 

 教会は本当に切り捨てたのか、それとも――。

そこまでは言わない。だが、言外の含みは十分だった。

 

「さらに問題がある」

 

 再び画面が切り替わる。

 

「実験体の調達ルートの一部に、管理局員の関与が確認された。当該職員はすでに処分済みだが、関連記録が残っている可能性がある」

 

 管理局、教会、そしてケパ。本来ならば交わるはずのない点が、一つの線として繋がり始めている。

 

「以上を踏まえ、今回の任務は二つ。研究拠点の調査、及び完全消滅だ。記録、設備、すべて例外なく処理する」

 

 隊員は淡々と言い切った。

 

「優秀な管理局員や教会の犬共に嗅ぎつかれる前に、痕跡は消す。いいな」

 

 短く区切られた説明だが、残された情報は十分だった。

 ――教会が関わっている可能性。

 ――管理局も一枚噛んでいる事実。

 ――そして、その中心にいるケパという男。

 

 なのはの件が嫌でも頭をよぎった。あの時の光景が、頭の奥で鮮明に蘇る。

 

(……無関係とは思えない。)

 

 確証はない。ただのこじつけかもしれない。

 けれど、禁忌の研究、教会の痕跡、裏で繋がる管理局。

ここまで揃っていて、完全に無関係だと言い切れるほど、俺は楽観的じゃなかった。

 

 胸の奥に、嫌な予感だけが残る。

 

「要はどぶさらいとごみ処理ってことだな。いつも通りくだらない」

 

 吐き捨てた言葉とは裏腹に、思考は止まらなかった。

 

 

 

 作戦会議を思い出しながら捜索を進めていくが、やはり生きているデータはほとんど残っていなかった。破壊の仕方を見る限り、時間がなかった割には念入りに処理されているようで、痕跡を辿るのも一苦労だ。

 

「なにか光ったか?」

 

視界の端でかすかに緑色の光が見えた気がした。そのあたりを入念に探索すると、画面が壊されたデバイスが、かすかにだが点滅していた。

 

(なにかデータが残っているかもしれない)

 

 一縷の望みに賭けてデータを吸い出す。読み込みは不安定だったが、どうにか全体のダウンロードを確認できた。

 

 本来ならこれで終わりだ。回収して提出すればいい。

だが――。

 

(……使えるかもしれないな)

 

 逡巡は一瞬だった。

 

 今回の任務は調査と消滅。だが、違法魔導師の研究データはそれ自体が情報の塊だ。俺自身の調査に繋がる可能性もある以上、見過ごす理由はない。

 

(虎穴に入らずんば虎子を得ず、か)

 

 周囲に誰もいないことを確認しながら、自分用にデータをコピーする。

危ない橋だという自覚はある。だが、手がかりがあるなら掴まない理由はない。

 

 デバイスを元の位置に戻し、何事もなかったかのように部屋を後にした。

 

 

 

 その後も捜索を続けたが、目立った成果はなかった。

 

 階段を降りて地下に出ると、小規模な広間に出る。机と椅子、棚が置かれているだけの簡素な空間だ。生活感はあるが、やはり証拠になりそうなものは綺麗に消されている。

 

「ここは食卓、いや、集会所か?」

 

 用途が読めない。研究とは直接関係のない空間のはずだが、それでも何か意味があったはずだ。

そう考えながら先に進もうとした、その時だった。

 

「そこの白い服の人、止まってください」

 

 聞き覚えのある声が、背後から響き、一瞬、思考が止まった。

 

「こちらは時空管理局局員、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官です」

 

 場違いなほどに澄んだ声が響いた。

 

 こんな場所で、こんな声を聞くはずがない。

聞き慣れているはずなのに、ここで聞くにはあまりにも不自然で、現実感がなかった。

 

 ゆっくりと振りかえると、そこにいたのは――間違いようもなく、フェイトだった。

 

 黒のバリアジャケットに身を包み、背後には四つのフォトンスフィア。

金色の髪が静かに揺れ、その瞳はまっすぐこちらを射抜いている。

 

 一瞬、誰かが見せた幻覚かと思った。

だが、見慣れない警戒と敵意をはらんだ目がこれが現実であると伝えてきた。

 

「抵抗しなければ何もしません。こちらで何をしていたんですか?」

 

 事務的な声音。そこには、かつて自分に向けられていた柔らかさは一切含まれていない。

その現実を認めたくなくて。見られたくなくて。気がつけば、俺は背を向けていた。

 

 逃げるように、一歩を踏み出す。

 

「逃しません。フォトンランサー!」

 

 躊躇いのない詠唱。次の瞬間、4つの光が弾けた。

 

 槍のような魔力弾は四肢を狙って飛び出してきた。牽制だが威力は申し分ない。並の相手ならば一撃で無力化できるだろう。

 

 だが、フェイトの魔力弾はこれまで何百回も見てきている。軌道、速度、威力、全て想定内だ。俺は両足を狙ってきた魔力弾をジャンプで避けながら、両肩口を狙った魔力弾を折り畳み式の短剣で叩き落とす。

奇襲時用ににただの短剣を用意しておいて助かった。バビロンから取り出す姿を見せたら俺だとバレてしまう。

 

「短剣型のデバイス? でも、魔力光が見えない。もう一度!」

 

 再度、フェイトが魔力弾を撃ってきた。今度は顔と身体をめがけて飛んでくる。先ほどと違い微妙に時間差をつけた攻撃となっており、俺が避ける位置に予め当たるように撃ってきた、なかなかいやらしい弾だ。だが、この程度ならまだ対応できる。

 

「バルディッシュ!」

〔Sonic Move〕

 

 声が出ないように気をつけながら魔力弾を叩き落とすと、黒い影が間接視野に入ってくる。フェイトが高速移動で間近に迫ってきたようだ。

この連携はなかなかにマズい、いつのまにかバルディッシュは鎌の形をしており、近接攻撃で動きを止めにかかってきていた。

この短剣程度では攻撃を受け止めきれない、かといってバビロンを展開したら正体がバレる。

どうする? と自問自答した瞬間。

 

【どうした? トラブルか?】

 

 戦闘音が響いたのか、念話で別の親衛隊員が俺に話しかけてきた。

目の前には、いままさに鎌を振り下ろさんとするフェイト、脳内には親衛隊員の声が響いている。これ以上返答が長引いたら何が起きたのか確認しに来るだろう。

 

 このままじゃ、あいつが巻き込まれる――だったら、もういい。

 

「あぁくそ、仕方ない。フェイト、俺だ、剣介だ」

「えっ、ケンスケ……?」

 

 短剣を放り投げて白い仮面を脱ぎ捨ててフェイトに顔を見せながら正体を明かすと、驚きの声とともに、フェイトの動きが一瞬止まった。

その隙に、親衛隊員にコンタクトを図る。

 

【仕掛けられていたトラップが作動しただけだ、問題ない。調査を継続しよう】

【了解した】

 

 隊員の方もなんとかなったが、まだやるべきことは残っている。

 

「あ、え? ケンスケ!? ひゃぅ!?」

 

 フェイトを抱き着くように抱えて、壁際まで連れていき、しゃがむ。ここは先ほど弾き落とした魔力弾の影響で瓦礫の山が出来上がっている。ここならば隊員が念のため見に来たとしても、瓦礫が邪魔して多少の時間稼ぎはできるはずだ。

この一連の作業にかかった時間は30秒もないだろう、だが、ここ最近で最も長い30秒だった。

 

 安堵のため息を漏らしながら顔を下に向けると、そこには顔を真っ赤にして固まっているフェイトがいた。

 

「あ、あの、ケンスケ、そろそろ離してもらえると……」

「あぁ、すまない、降ろすから、そのまましゃがんで瓦礫から出ないように。そして、ここからは念話で頼む」

 

 矢継ぎ早に伝えてフェイトを降ろすと、俺の焦りから何かがあることを察してくれたようで、フェイトの顔色も元に戻り仕事モードに切り替わった。

俺はそのまま瓦礫の外に出て、周りを見渡せる位置に立つ。もしも誰かが来たとしても、それですぐにわかるはずだ。

 

【それで、フェイトはなんでこんなところにいるんだ?】

【執務官の調査任務なんだ。1年くらい前に地上本部でケンスケと会ったの覚えてる? 詳しいことは言えないけれど、その任務の続きで追っている犯罪者がいて、そのアジトがここにあるって情報を得たから潜入捜査をしていたんだ。

突入してみたらもう撤収済みだから証拠は見つからなさそうだけれど、何か繋がるものがないかなって調べてたんだ。ケンスケこそ何をしていたの? こんなところにいるなんて思ってもみなかったけれども】

 

脳内に響く声を聞いて合点がいった。

突然現れたフェイトに驚いたが、親衛隊員が言っていた優秀な管理局員はフェイトのことだったようだ。

 

こんなタイミングでかち合うとは運がない。いや、他の隊員に見つかる前に気がついたのは運が良かったのだろうか。

 

【俺も似たようなもんだ。ここがそいつが廃棄した施設だから、なんかしらの手掛かりがないか調べろって任務だ。だが、フェイトも調査しているとは聞いていなかった】

 

【そうだね、私も知らなかった……ケンスケはどの部隊に所属しているの? もしかしたらその人と話せれば協力できるかも】

【あー、地上本部付きなんだがなかなか複雑でな。っと、そんな話をしている場合じゃなかった。話は変わるがフェイト、一刻も早くここから脱出してくれ】

 

 話題が俺に向けられかけたので本題に戻す。ここにもいつ親衛隊員が来るかわからない、早くしなければ取り返しのつかないことになるだろう。

 

【ごめん、私も任務だからそれはできない】

【お願いだ、フェイト。何も言わずに、誰にも見つからないようここから立ち去ってくれ】

【ケンスケ……?】

【勝手なのはわかってる。だけど、ここは俺を信用して立ち去ってくれないか? どうしても必要なことなんだ】

 

 急な話題の転換に驚きつつも断るフェイトに、畳みかけるように再度立ち去るよう伝える。彼女にはここの危険性が伝わらないだろうが、それでも立ち去らさせねばならない。どんなに強引でも、ここは押しの一手だ。

 

【……理由を聞かせてほしいな】

【それは言えない】

【ケンスケ、それじゃ私も帰れないよ。なんでそんなに焦ってるのか理由を聞かせて】

【フェイト……頼むよ】

 

 絞り出した言葉は自分が想像した以上に情けない声だった。

念話から伝わってきたフェイトの声音には強い意志が込められており、簡単には引かないと暗に語っていた。俺は彼女を帰らせなければいけないが説得材料もない、そうなると彼女にお願いするしかないのだが、こんな声になるのは自分でも予想外だった。

 

【ケンスケ……どうしても言えないの?】

【……すまない】

【わかった。ケンスケが言うことだもん。何かしら理由があるんだよね】

 

仕方がない、という思いもあるだろう。しかし、それを感じさせない優しい声で了承してくれた。

 

【……ありがとう。フェイトなら大丈夫だと思うが、俺と同じ格好をしたやつが数名うろついている。全部で4名だが、俺が知らないところで増員されてるかもしれないから気を付けて。絶対に見つからないようにしてほしい】

 

 そんなフェイトに安堵しながらこちらの戦力をフェイトに話す。彼らに見つかってしまったら間違いなく良くない結果になる。その確信があるから、フェイトには出来るだけ早く、安全に逃げ切ってもらわねばならない。

 

【ここから離れた場所で一度俺が騒ぎを起こす。それで他の奴らを呼び寄せるので、その隙に逃げてくれ。集まったかどうかは後々知らせるから】

【了解。知らせは念話でいいのかな?】

【あぁ、それで連絡する。】

 

 あとは逃げるだけだ……それだけのはずなのに、妙に息苦しい。

 

【あ、そういえば】

【? どうしたの?】

【最近ちゃんと飯食ってるか? なんか軽かったぞ】

【もう、ケンスケったら……こんな時にそれ?】

 

 呆れたような声。それでも、ほんの少しだけ空気が緩む。

 

【はは……悪い。ちょっと、緊張してるみたいだ】

 

 自分でも驚くくらい、情けない言葉だった。

 

【……そっか】

 

 フェイトの声が、少しだけ柔らかくなる。

 

【じゃあ、ここでお別れだ。絶対に、誰にも見つからないように帰るんだぞ】

【うん。その代わり、後でちゃんと理由、聞かせてね】

 

【……あぁ】

 

 短く返したその一言が、やけに重く感じた。

 

 

 

「フェイトは無事に逃げ切れたかな」

 

 フェイトと別れてから、小一時間がたった。特に念話も大きな物音も聞こえなかったため見つからずに逃げ切れたと思うが……。

 

 フェイトに見つかったことと危ない橋を渡ったことは心を掻き乱したようで、未だに鼓動は早鐘をうっていた。

 

 ポケットから錠剤を一粒取り出して飲む。これで冷たい氷を頭から被るように落ち着けるはずだ。

 

 少しの間、壁にもたれかかって目を閉じ、薬が効くのを待っていると、唐突に念話が聞こえてきた。

 

「施設内に隠し階段を発見。トラップにより一名重傷。全員集まるように」

 

 フェイトとは関係がなさそうな内容にホッとしたいが、なかなか剣呑な内容だ。急ぎ向かうことにしよう。

 

 念話で指定された場所に到着すると、実験棚が横にずらされた跡と、ポッカリと口を開けた空間があった。灯りがつかないため、各自それぞれ光る魔法を使って周りを見渡しているようだ。

残念ながら魔法は使えないため、バビロンからヘッドライトを取り出して頭に取り付け、先を進むことにした。

 

 階段を降りると新たな実験施設があり、そこはさながら中世の錬金術実験室とでもいえば良いのだろうか、木のテーブルにフラスコや試験管、銅の実験器具などが置いてある古めかしい造りとなっていた。

 

 おそるおそる中に入ると、カシュッという小さな空気音とともに矢が飛んできたので叩き落す。矢じりには何かが塗られているが、たぶん毒だろう。この実験室にたどり着く道中には様々な罠が仕掛けられている。念話で聞こえてきた重症者は、先ほどのような魔法感知できない質量兵器を利用した罠にかかったようで、残念ながら助からなかった。

 

「おい、こっちの部屋に何かあるぞ」

 

 奥に向かった一人が痕跡を発見したようだ。急いで隣の部屋に向かうとそこは小部屋だが物はほとんど置いておらず、端っこに小さな木のテーブルがあるのみの部屋だった。

 

そんながらんどうの部屋で、ひときわ目を引くのは大きな絵が描かれた床だ。その絵は、大きな八芒星を中心とした魔法陣だった。八芒星の中や外には大小様々な円と文様が描かれている。色は焦げ茶色で、何か絵具のようなもので描かれているようだ。

 

「魔法陣のようだが、見たことがない」

「形状はミッド式だが、書かれている文様はベルカ式に似ている。床に書かれている理由が不明だが、何かの召喚陣なのか……?」

 

 思い思いの考えを口にしながら悩む隊員を横目に、俺も顎に手を当てて考えていた。魔法世界での魔法陣は、主に魔法を使う際に自動で描かれるものだ。隊員が口にしたような召喚陣だとしても、召還時に自動で展開されるため、わざわざ地面に書く必要がない。

 

 ならば、他に思い当たるのは魔術だ。Fate世界にあるような魔術がこの世界に存在するため、魔法陣があってもおかしくない。だが、これも残念なことに俺に魔術の知識がないためさっぱりわからない。なんとなく見たことある気がするのだが、こちらの世界でも様々な魔法陣を見ているため、それと混ざってしまいお手上げ状態だった。

 

「お前は見たことあるか?」

「いや、俺もわからない。とりあえず写真を撮っておこう」

 

 話を振られたため思った通りの言葉を返す。これ以上考えても仕方ないので写真だけ撮影したのであった。

その後はこの部屋を含めて他にも探索したが何も見つからず、館ごと燃やし尽くしてからこの場を去るのだった。

 

 

 

 夜、自宅のチャイムが鳴った。玄関の前にいたのは予想通りフェイトだった。硬い表情をした彼女を招き入れてソファに座らせる。何か飲むかと聞いたが、何もいらないというので2人分のお茶を淹れ、ソファの前にあるテーブルに置き、俺もソファの下に座った。

フェイトが上で、俺が下。目を合わせられないのは俺自身が後ろめたいと感じているからだろう。

 

「……あそこからは誰にも見つからず逃げられたか?」

「うん、無事に。サーチャーみたいな探索魔法も警戒してたけど、近くにはなかったと思う」

「そうか、安心した」

 

 お互い無言の気まずい時間が流れたため、俺から会話を切り出した。

フェイトの反応もやはりと言うべきか固い。これまでの関係が嘘のように重い空気に包まれていた。

 

「さて、フェイトが聞きたいのは何で俺があの場にいたのか、そして、なぜあの場から帰らせたのか、だよな」

 

 改めてフェイトに向き直って声をかけると、彼女は真顔で頷いた。彼女にとっても仕事を邪魔されたのだ、並大抵の理由では引かないだろう。

 

「まずは、あそこから帰ってくれてありがとう。そして、仕事の邪魔をしてごめん。このとおりだ」

「そんな、頭を上げて」

 

 頭を下げた俺にフェイトは慌てているようだ。だが、ただのわがままを聞いてもらったのだ、それ相応の感謝と謝罪をしなければ気が済まない。

 

「俺があそこにいた理由なんだが、それは話した通りだ。あそこから帰らせた理由は……すまないが、言えない」

「そう言うと思った。ケンスケ、最近学校で見てもいつも疲れていそうだし、人を寄せ付けない雰囲気があるから。今日のことも関係してる?」

 

 言われてみたはじめて気がついた。そうか、そんな雰囲気が出ていたのか。

 

「――関係してないって言ったら嘘になる。けど、全部じゃない、皆には関係ないよ」

「そんな――悲しいこと言わないで。ケンスケとは友達だもん。友達が頑張ってるなら私だって助けになりたい、違うかな?」

 

 フェイトの瞳が俺を見つめていた。その真っ直ぐな眼差しは今の俺には少々、いや、かなり痛い。素直な善意が胸を射抜き、心を貫く。そんな思いが弱音を引き出させた。

 

「フェイト、もし――、もし俺が悪いことをしてたらどうする?」

 

フェイトから顔を背け、背中を向けつつ聞いてみた。

 

 それは……と呟きながらフェイトの動きが少し止まる。

本当に良いのか、やめたほうが良かったのでは、後悔するがもう遅い。不安に押しつぶされそうになるがフェイトの答えを待つしかない。

 

「ケンスケがどんなことをしてるかわからないけれど、悪いことは良くない……と、思う」

 

柔らかな、されどぎこちない声が背中に届いた。ためらいながら、言葉を選びながら伝えようとしてくれている。

 

「けれど、私も似たような経験があるから。悪いことだってわかってるけれど、やめなきゃいけないって思うけれど、それでも止まれない。違う、かな?」

「……うん」

「悪いことはやめてほしいなって思うけど、ケンスケがすることには意味があるって思うから、もしケンスケが辛いなら寄り添いたい、私も分かち合いたい、そばで支えたい。だって――。だって、ケンスケは私にとって大事な……ううん、それ以上の人だから」

「フェイト……」

「ふふっ、なんでそんなにびっくりしてるの」

 

 声が近づき耳の近くで聞こえたかと思うと、背中に温もりを感じた。

シャンプーなのかボディソープなのか、甘い香りが鼻をくすぐる。

透き通るような金砂の髪が首筋を撫でていく。

背中から感じる彼女の体温は暖かく、凍てついた心を溶かすようだった。

 

 抵抗しようと思えばできた。けれど――しなかった。

 

 それがとても気持ちよく、泣きそうになるほど暖かかった。

張り詰めていたものがほどけていく。壊れかけていた何かが、ゆっくりと繋ぎ直されていく気がする。

 

 このままでいいんじゃないか。

一瞬、本気でそう思った。何もかも投げ出して、この温もりに縋ってしまえばいい。

 

 そうすれば、きっともう苦しまなくて済む。けれど――それは許されない。

だからこそ、俺はそっとフェイトの手をどけた。

 

「ダメ……だったかな?」

 

悲しそうなフェイトの声が胸を刺す。

けど、まだ、ダメだ。これに甘えたら戻れなくなる。あんなことをしてるのにこの暖かさに委ねてはいけない。知ってはいけない。今の俺にはもったいなさすぎる。

 

せめてもの誠意として、向き合って、できるだけ笑顔で気持ちを伝えることにした。

 

「ありがとうフェイト、すごく嬉しい。嬉しいから、気持ちだけ受け取らせてくれ」

「……それはズルいよ。けど、そんな顔で言われたら何も言えなくなる」

 

俺はどんな顔をしているだろう。どんな顔ができているのだろう。俺を見るフェイトは悲しそうな、辛そうな顔をしてるけど、自分で自分の顔はわからない。

 

「私は、なのはもはやてもケンスケも、地球で出会った皆が大事な人だから。それだけは忘れないで」

「あぁ、ありがとう。忘れないようにする」

 

 そういうと、フェイトは荷物をまとめて出ていった。帰り際の顔は泣きそうだった。こんな顔をさせたいわけじゃないのに、俺の大事な人たちには笑顔でいてほしいのにままならない。

 

 玄関の音が、やけに大きく響いた。

 

 心が砕けそうになった。

 

 今すぐフェイトを呼び戻したくなり、それはダメだとその場で肩を抱きながらうずくまる。まだダメだ、まだ折れちゃいけない。まだ石神剣介は何もなし得ていないのだから。

 

 頑張れ、頑張れ。自分を鼓舞して(のろって)心を奮い立たせる。

それだけが、今の俺の存在意義なのだから――。

 




次回は来週末頃に更新予定です。

もし良ければ感想をいただけると嬉しいです。
嬉しいお言葉も批判も全て執筆意欲につながりますので、よろしくお願いいたします。

それでは、また次回もよろしくお願いいたします。

次回
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