魔法使いが通う学園、グリモア。霧の魔物に最も効くとされている魔法を扱うことの出来る彼ら、彼女らはクエストでそれほど強力な魔物ではないという条件こそつくが実際に魔物と戦うなど魔法を扱うことの出来ない一般人とは違った生活を余儀なくされている。
 しかしそんな生徒達にも日常はある。このストーリーは生徒の一人、冬樹イヴの日常を覗いたものである。

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冬樹イヴの日常

 昼休みを告げる鐘の音が学校中に響き渡り、彼女のいる教室は喧騒に包まれた。

 

「……はぁ」

 

 彼女……冬樹(ふゆき)イヴはそっとため息を吐きながらノートを閉じる。昼休みになったというのに彼女に話しかけようとする者はいなかった。

 

(騒がしいわね。早く静かにならないかしら……)

 

 この学園、グリモアでは昼ご飯を食堂で済ませる者が多い。ほとんどの生徒達は例に漏れず食堂へ向かっていき、教室に静寂が訪れた。しかしイヴは食堂へと向かわず、代わりに弁当を取り出して食事を済ませようとしていた。

 

(これでやっと落ち着けるわね)

 

 孤独を好むイヴは一言も言葉を発することなく、ただ黙々と用意した弁当を食べ終えた。

 

「次はこの本ね……」

 

 弁当をしまい終えたイヴが取り出したのはカバンの中にある複数の本の内の一つ。読書を趣味とする彼女だったが、その本は趣味として読むものではなかった。

 

「……エリートの道を進むためには1秒たりとも止まってはいられないわ」

 

 そう呟くとイヴはその本を読み始める。速読を特技とする彼女が本を読み終えるのにそう時間はかからなかった。

 

「次」

 

 イヴは昼休みの間に数冊の本を読み続けた。昼休みの終了5分前の鐘の音が耳に届いたところで顔を上げ、読書を終える。そして本をカバンにしまおうとした時、違和感に気が付いた。

 

「ミルクティー……」

 

 彼女が好む飲料であるミルクティーがカバンの中、先ほどしまった弁当箱の上に置かれていた。

 

「一体誰が?」

 

 イヴは周りを見回すもそれは無意味だと思った。この教室に彼女がミルクティーを好むことを知るものはいない。

 

「……確かに喉は乾いているけれど、誰が置いたか分からないものを飲むわけにはいかないわ」

 

 イヴはミルクティーをカバンの奥に入れると、水筒を取り出し喉を潤した。帰ってくる生徒によって騒がしくなる教室にため息をつきながら、彼女は早く授業が始まってほしいと望むのだった。

 

 時は経ち、放課後。彼女は図書室に向かっていた。

 

「おや。冬樹じゃねーですか」

 

「……委員長」

 

 図書室に向かう途中の廊下で風紀委員長の水無月風子(みなづきふうこ)に話しかけられ、足を止めた。

 

「今から見回りに行くんですが……よかったら一緒にどーです?」

 

「遠慮しておきます。用事がありますので」

 

「あんたさんはもう少し風紀委員っぽさを出した方がいーと思いますよ」

 

「……いつぞやの助言ですか。あなたは私に委員会に所属しているだけでいいと言いました。ですから必要ありません」

 

 イヴはそう言い放つと、再び図書室に歩を進めた。

 

「やれやれ。ま、冬樹も以前と比べると変わってきてるんですがね。本人が気づいてるかどーか……」

 

 逆方向に向かって行くイヴを見届けると風子はふぅ、と軽く息を吐き見回りに向かうのだった。

 

「あっ。こ、こんにちは……」

 

「……こんにちは」

 

 受付にいる図書委員の霧塚萌木(きりづかもえぎ)に挨拶し、イヴはいつも座っている席に向かっていった。

 

(この前の試験の復習をしようかしら……)

 

「萌木ー! 遊びに来たぞー!」

 

「り、里菜(りな)ちゃん。図書室だから静かに……」

 

「……」

 

「ちひろちゃん。この前入荷した本のラベルは何色にしたの?」

 

「ハートピンク色ですぅ!」

 

「は、ハートピンク色!? えーと……ピンク色だよね?」

 

「ピンク色じゃ可愛くないじゃないですかぁ。ハートピンク色です!」

 

「……」

 

 時折聞こえてくる会話を聞き流しながら、イヴは勉強を進めていく。

 

「……これは」

 

 そんな彼女の手が止まったのはあるテストを復習しようとした時だった。

 

「……霧塚さん。少しいいかしら。教えて欲しいことがあるのだけれど」

 

「え? あ、はい! 何でしょうか?」

 

 常々勉学に励む彼女だったが通常授業の中に唯一苦手とする科目があった。その科目とは……

 

「このテストのことなのだけれど」

 

「国語……ですか?」

 

 萌木はイヴが国語に関する相談をしたことに戸惑った。図書委員である彼女はイヴがよく本を借りていることを知っており、そんなイヴが国語に関する相談をするのは彼女にとって意外だったからだ。

 

「ええ。国語は非論理的だから苦手なの」

 

「非論理的……。分かります! 国語には論理だけでは語れないものがありますよね!」

 

「…………」

 

 イヴは普段寡黙な萌木が突如興奮して大声をあげたことで驚き、目を大きく見開いた。

 

「あっ! ご、ごめんなさい……」

 

「い、いえ……。それでこの部分なのだけれど」

 

「これは物語文を読んだ上で質問に答える問題ですね。……す、すごい。全問正解じゃないですか」

 

「事前の予習で転校生さんに協力を仰ぎ、答えを理解しましたから。しかしこの箇所が納得出来ないのです」

 

 そう言ってイヴが指し示したのは彼女が書いた答え。前半に彼女の意見が、後半に問題の答えが書いてあり、後ろの答えには丸がつき点数上は満点となっていたが前半の意見の部分にはバツがつけられていた。

 

「【捉え方で複数の答えが存在するものを、1つの答えとして書くことができません。破綻しています】……ですか」

 

「元となる物語を改めて読みましたがやはり私の意見は変わらなかった」

 

 そう言ってイヴが取り出したのは昼に読んでいた本の内の一冊だった。

 

「私にはどうしても個人の裁量で答えが変わるものに成否を当てはめることに意味があるようには思えません。よく小説を読む霧塚さんならそれに対して明確な答えを持っているかと思って」

 

「明確な答え……」

 

 イヴの問いに萌木は戸惑いをみせながらも、頭の中で自分の答えをはじき出した。

 

「そうですね……。私は捉え方が複数あるからこそ読者1人1人が答えを出すことに意味があると思います」

 

「……どういうことですか?」

 

 イヴは萌木の答えを純粋に疑問に思い、その答えの真意を聞いた。

 

「例えばこの問題は【『僕』は『彼女』に会えたのだろうか?】となってますがこの文章中に会える、または会えないと明確に分かるような箇所はありませんよね」

 

「ええ。書かれていないものをどう答えればいいのか、理解に苦しみました」

 

「文章には彼らが歩んだ物語、そして物語の中で揺れ動いた感情などキーとなるものが示されています。特にこの物語は感情の変化が細かく記されているので、それらを元に彼らが起こすであろう行動を予測することが可能ですね」

 

「……しかしそれでは捉え方が複数存在するため、それに成否を当てはめるのは無意味なのでは?」

 

「確かに答えは1つではないため、それに成否を当てはめることは出来ないと思います。ですがここでの成否の基準は答え自体にはないと思います」

 

「……? 答え以外で成否をどうやって……」

 

「想像力だと思います。元となる文章から想像力を働かせ、展開した答えが理解できるものならばたとえ筆者が想定した答えと異なっていても、その人が導いた答えは決して間違いではない。いえ、それも正解なんだと思います」

 

「あ……」

 

 イヴは自分が書いた答えに目を落とした。そこには転校生が教え、イヴが理解した回答が記されていた。

 

(私は転校生さんの想像力を暗に認めていた……ということですか)

 

「答えは1つとは限らない。だから文学は面白いんです! 特にこの作品は人によって答えが分かれやすく、想像力を刺激するような作品になっていてですね! この本は絶版本で手に入れるのは苦労したんですが、何としても直に読みたくて手に入れたんです! ……あっ」

 

 萌木は身を乗り出し詰め寄るようにイヴに近づいてしまったことに気付き、動きを止めた。

 

(あ、ああ……やっちゃった。どうして文学のことになるといつも暴走しちゃうんだろう……)

 

 慌ててイヴから離れた萌木の頰がみるみる紅潮していく。

 

「……ありがとうございます。おかげで国語への苦手意識が少し薄れました」

 

 そんな萌木の様子を気にすることなく、イヴは素直に礼を伝えた。

 

「え? あ、はい! どういたしまして……」

 

「それとこの本、返却期間を延長してもかまわないかしら?」

 

「大丈夫です。でも既に読まれたんじゃ……?」

 

 萌木の疑問に一瞬イヴは言葉に詰まりながらも、微笑を浮かべながら彼女は答えた。

 

「転校生さんに教えられた答えではなく、私の答えを見つけようと思ったので」

 

「なるほど……! いいことだと思います!」

 

(今度おすすめの本を紹介してみようかな。冬樹さん読んでくれるといいな……)

 

 イヴは疑問に納得したことで集中力が増し、その後日が暮れるまで勉強を続けた。

 

 図書室が閉館時間を迎え、イヴは自室に戻ろうとしていた。途中で購買を通りかかった時、聞き覚えのある声が彼女の耳に入った。

 

「ももー! チョコ残ってる!?」

 

「あ、ツクちゃん。今日も精鋭部隊の訓練お疲れ様! はい。チョコ取っておいたよ」

 

(あれは……守谷(もりや)さん。こんな時間まで精鋭部隊の訓練をしているのね……)

 

 精鋭部隊の訓練でくたくたに疲れた様子の守谷月詠(もりやつくよ)が購買店MOMOYAを経営している桃世(ももせ)ももからチョコを買っていた。

 

「美味しい……! この一瞬のために生きてるといっても過言じゃないわね!」

 

「ツクちゃん最近遅くまで訓練してるけど大丈夫? 疲れ溜まってない?」

 

「大丈夫よ。なんたってツクは戦える軍師になるんだから! こんなことで疲れていられないわ!」

 

 心配するももに対して月詠は胸を張り、疲れていないことをアピールした。

 

(この前の事件で彼女と入れ替わった時、体に途方もない重さを感じた。あの難儀な体で精鋭部隊の厳しい訓練を受けて疲れないはずはないわ)

 

「そうだ。これ新発売のミルクティーなんだけど飲んでみる?」

 

 そう言ってももが取り出したのはイヴにとって見覚えのあるミルクティーだった。

 

(あのミルクティーは……)

 

「美味しそうね。買うわ!」

 

「あ、お金は大丈夫。これは私からツクちゃんへのプレゼントだから」

 

「え? わ、悪いわよそんなの。そのミルクティー売り物でしょ?」

 

「これはまだ新発売だから知名度が低くくてあまり売れてないんだ。このままじゃ在庫があふれちゃうからツクちゃんが貰ってくれると嬉しいな」

 

「もも……そういうことなら貰うわ。でも! その代わりツクがこのミルクティーを宣伝しておいてあげる! 売れ切れちゃうくらい人気にしてあげるからね!」

 

「ツクちゃん……」

 

(私より守谷さんと親しい桃世さんが疲労に気付かなかったはずはない。在庫云々は建前で本当は少しでも疲れを癒して欲しかった……。疲れを……癒す?)

 

 イヴはカバンに目をやった。正確にはカバンの中に入っているミルクティーに。

 

(私は最近特にオーバーペースで勉強して、多少体に疲れが溜まっている自覚はある。もしこれが疲れを癒すという目的で入れられたなら、そんなことをするのは……)

 

 そこまでイヴが考えると彼女の脳裏に仲違いしてしまった妹、冬樹ノエルの姿がよぎった。その瞬間、彼女は確かに嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「……っ!」

 

 イヴは辺りを見回し、今の表情を他人に見られなかったか探った。イヴにとって幸運なことに月詠とももは談笑に夢中でこちらに気づいている様子はなかった。イヴはやや駆け足で購買の横を通り抜け、帰路に着いた。

 

「ふう……喉が渇いたわね」

 

 イヴは足を止め、カバンの中を手探りで探した。水筒が手に当たったのを感じたがそれを横によけ、奥にしまっていたミルクティーを取り出した。

 

「ミルクティーに入っている糖分は頭の回転を速くしてくれる。……それだけよ」

 

 誰かに言い訳するように呟きながら、彼女はミルクティーを飲んだ。

 

「……美味しい」

 

 そう言うとイヴは再び歩きだし、自室へと戻っていくのだった。


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