蒼穹のファフナー ~The Bequeath Of Memory~   作:鳳慧罵亜

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はじめましての人ははじめまして。
久しぶりの人は久しぶりです。

蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH ~まだ私は、ここにいる~ の続編がいよいよ始動します。

前回はなるべく3人称視点で書こうとしていたのですが、今回は1人称視点で書く事が多いと思います。

ですので、雰囲気とか結構変わるかもしれませんが、どうかお付き合いください。

EXODUSの物語において、レイ君が一体どういう選択をするのか―――それにより何が変わるのか。ご期待に添えるかはわかりませんが、頑張ってみたいと思います。

それでは、どうぞ。


平穏

――――あれから2年。変わらぬ平和な日々を過ごしていた。

 

皆1人1人、それぞれの道を歩み出し日々歩き続けている。皆で勝ち取った平和を噛み締めるように、1日1日を積み重ねて今を生きてきている。

 

変わらない日常に、それぞれの未来を思い描いて少しづつ、確かに進み続けているのだ。当たり前に続く平和を、いつまでも続くようにと祈りながら人々は今日を生きている。

 

それは尊いことで、どこまでも眩しいもの。かつて戦ったからこそわかる。この何一つ変わらない平穏な日常にこそ、何にも変えられない価値が有ることを知っている。

 

戦いの中で、消えた命があった。

 

仲間に後を託し、散った命があった。

 

巻き込まれただけの、無辜の命があった。

 

常に、誰かが勝ち取った平和を譲ってもらい、ここにいる。この平和は常に誰かの血に濡れたものであるが、だからこそ、その人の血で輝ける尊きものだと思うのだ。

 

でも、だからこそその平和が永遠ではないことを理解している。いつか、この平和が崩れ同時に新たな戦いの狼煙が上がる。

 

知っているんだ。今までもそうだったから、誰もが忘れても、忘れることはない。

 

けど、それは「いつ」になるかはわからない。近いだろうとは個人的に確信していたけれど、同時に今であってほしくはないとも思っていた。

だけど「それ」を確信している。だからこそ、その為に今やれることをやらなくてはならなかったんだ。

 

今か、次の世代か、次の次の世代か―――。

 

いずれ訪れる新たな戦い。その時戦う者たちのために、それは今ここにいる人かもしれないし、そうでないかもしれない。いずれその時は来る。だからこうして、出来る限りのことをするんだ。

 

この平和が、たとえ今日限りのものだとしても。

 

明日、再び戦いの幕が開かれるとしても。

 

その時のために、今出来うることをやっておこう。起こりうる戦いを少しでも早く、終わらせるために。

 

でもどうか、もう少しだけ―――。

 

この平和が、続きますようにと。

 

そう、願っていたんだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

竜宮島。

 

戦乱により日本が消滅した後、『平和』という文化を残すために建造された人工の島。

小さい島にふさわしく、昭和初期のような木造の日本家屋と緑豊かな自然が共存し、とても人工の産物とは思えないような一体感と景観を持っている。

 

かつての戦い、皆城総士がこの島へ帰ってきてから早2年。この島は勝ち取った平和の中で、穏やかな日常を刻んでいた。

 

海では漁を終えた小舟が港へと戻り、鳥の鳴き声が高らかに昼時を告げる。

家屋の並ぶ場では、強い日差しを避けるように、猫が日陰の中を歩いていた。

 

鈴村神社が建つ山間には、夏を意識させるように蝉の鳴き声が響き渡る。

そう、今は旧日本の暦で夏の真っ只中。学生たちは夏休みを満喫している頃合だ。

 

この島も今はやや南下しているだろう。経度で言えば、もうすぐ九州の軸線上に達するだろうか。などと言ってみたが、実際はどうかは判りません。

 

大まかな経路は知っているが、詳細な位置情報までは知る理由もなかった。そのあたりは羽佐間さんや、要さんあたりが知っているでしょうが。

 

さて、学校ではそろそろマラソンの地区対抗が近い。咲良も今まで以上に気合を入れて指導に励んでいると思いますが。でも、ここのところ台風の兆しもない。偽装鏡面にも映す雲がない以上、雲一つない青空と直射日光が指しているでしょう。

 

いずれ、咲良のスパルタから何人か脱落者が出てきて、剣司のいる保健室に運ばれるかもしれない。当の剣司はというと、おそらく寝てるでしょう。

 

何せ、昨日も遅くまで医療関係の本を読み耽っていたのだ。資料集めを手伝っていた僕も今は少し眠いですね。彼は咲良さんが倒れて以来、ずっと医療の道を考えていたそうですが、人は変わるものですね。あの時からは想像もできない成長です。

 

ところで、剣司と咲良の関係は順風満帆だと知っていますか?もしかしたら、僕らが先を越されることになるかもしれません。尤も、そんなことは認めませんけど。

 

さて、夏休みに差し掛かり、島でも数少ない駄菓子屋を営んでいる西尾家では、我らが後輩の西尾家長女、里奈さんが店番をしているはずです。多分、あくまで予想だけど、暑い暑いとボヤきつつ、祖母に「アルヴィスで働きたーい」とでも言っているかもしれませんね。

 

今頃TVには、広登君が出演している番組が、チャンネルすべてを埋め尽くしているハズ。彼が「アイドルになりたい」という夢を、形は少し違えども立派に叶えてしまった事には驚いたものです。

 

 

 

Alvis.ファフナーブルグ「機体開発室」と書かれた部屋に。彼は居た。

1人でいるには広すぎる一室で、1台のコンピュータを操作している少年。コンソールを叩いては指を止め、そうかと思えばまた叩く。

 

それに応じる様に、彼が睨んでいるモニターに表示されているグラフは、波打つように変動し、停止しては変動するを繰り返していた。そして時折深く息をついて、打ってきた内容を消してまた打ち直す。彼はこの動作を延々、繰り返し行っているのだ。時折、中断して唸ったり大きなため息が聞こえたりもするが大筋は変わらない。

 

時間にしておよそ9時間ほど、日が昇る前からずっと繰り返している。

 

「―――だめだ」

 

何度繰り返したかわからない作業、それが漸く止まり彼は今までとは全く別の動作を行った。

 

座っているキャスター付きの椅子を机から後ろに流しながら、彼は大きく伸びをした。その表情には明らかに疲労の色が浮かんでいる。そして、不可解そうに眉を顰めた。

 

表示されている中、画面中央のグラフが動いているが、左から右へ数値と線が上昇はしているが、安定せず一瞬グラフの底辺近くまで落ち込んだり、逆にグラフを突き抜けるなど、そこだけは素人が見ても一目で異常であると判断できる様であった。

 

「アクセラレータの出力が安定しない。このままだと、下手をすれば起動動作時点で暴走してしまう……何が問題なんでしょう?」

 

下げたキャスターを戻し、顳かみを抑えながらモニターを見やる。表示されているのはある機体の設計図面。そして、様々なグラフや数字の羅列。

 

素人には訳がわからない表示面を一部一部見落としがないようにゆっくりと上から順に目で沿っていく。

 

だが、注意深く観察してもなお、不良部分は見当たらない。結局、原因が分からずじまいで5分が経過した。再び椅子の背もたれにもたれかかり、天を仰ぐ。

 

「未だ実験段階以前のシミュレート段階で躓くなんて、モルドヴァ基地以来ですよ……」

 

思い出すのは9年前。メカニック見習いとして恩師のもとにいたときである。そのときは何をやってもシミュレートで機体を暴走、爆発させていたものだと懐かしく感じた。そして、深くため息を吐く。

 

「はあ……こんな時こそ、貴方から助言なりを賜りたいですね……洋治さん」

 

天井を見上げながら、そう呟いた。今は亡き師父に思いを馳せるが、答えは帰ってくることはない。一言で言えば、彼は少し焦っているのだ。

 

2年前からずっと行っている機体の設計図面が、未だに完成しない。もっと詳細を言えば、本体そのものは既に完成している。が、肝心の「切り札」に相当する機構が未だ不完全なのだから。

 

それもそのはず。なにせ、その機構は未だ誰も立証したことがなく、誰も考えつかなかった彼自身の正真オリジナルの物で、今まで島のファフナーの設計者である人物や関係者に相談しても、これといって進展することはなかった。

 

だが、完成すればその力は強力無比。現在の島の主力であるノートゥング・モデルを遥かに上回る性能を発揮することができるのだ。

 

彼の見込みでも、リミッターの掛かったマークザインにある程度肉薄する。それほどの力を持っている文字通りの「切り札」足り得るもの。

 

その機体は『エインヘルアル・モデル』

かつて、彼の先達が至った「一人でも多くの兵を救う」でもなく、「一体でも多くの敵を倒す」でもない。

 

彼の思想が色濃く出た「1秒でも長く戦い続ける」という彼自身が願った理想形がこの機体だった。

 

(ノートゥング)』では及ばず、かと言って『救世主(ザルヴァートル)』では人の身には遠すぎる。故に『永遠の戦士(エインヘリアル)』。戦わなければ何も勝ち取れないと知り、守るために勝ち、勝つために戦う。そう決意した、彼の答えの形である。

 

最も、未だ製造の目処すら立たない今の状態では例えどのような思想があろうとも、無用の長物に成り下がるだけ。彼は何とかして形に仕上げたいが、彼は見えない壁に突き当たっていた。

 

「―――ん?ああ、もうこんな時間ですか」

 

ふと、モニターのデジタル時計を見やると、時刻はもうすぐ9:00に差し掛かろうとしている。気が付けば9時間もの間、モニターと睨めっこしていたことになる。無論、ここまで一睡もしていなかった。どうりで眠気がするわけだ。

 

昨日の夜に剣司の資料探しを手伝い、そのままブルグでこの作業を始めてしまったのだった。そして、メカニックとしての質の悪い病気―――「1度始めてしまうと止め時がわからなくなりズルズルと気が付けば徹夜してしまう病」が発症していたらしい。

 

これは本当にイケナイ病気だ。何せ下手をすると「おれはコンソールを打っていた筈なのに、いつのまにか床に倒れていた。な、何を言っているのかわからな―――」なんて事が本当に起こりかねない。

 

ファフナーのパイロットだった時は自身のメンタルやポテンシャルの維持にも充分気をつけていたというのに、メカニックに集中することとなった今ではすっかり自身の体調に関しては無頓着になり始めていた。これはいけないなあ、実にいけない。

 

彼女が心配するだろうし、かけるわけにはいかない。何よりそうなったら僕自身が申し訳ない気持ちで頭を壁に叩きつけたくなってしまう。

 

そういえば、今日は喫茶店の手伝いを頼まれていることを思い出す。彼らだけでも大丈夫だろうが、週末は手伝いに来てくれと頼まれている以上反故にするわけにも行かないから、手伝いに行かなくては。

 

随分と遅くなるがランチタイムが過ぎれば喫茶店で仮眠を取るのも悪くはないだろう。

 

手早く現在のデータを保存して、コンピュータを落とし、足早に部屋を後にした。部屋を出るとき、一瞬だけ部屋の中のあるものを見て。

 

彼が見たものは、コンピュータの隣に立てかけてあるひとつの写真。

 

昔、彼が故郷にいた頃の、1人の少女と映った写真だった。

 

 

――――

 

 

竜宮島、アルヴィス職員の連絡船で移動する。普段漁師の方々が使う船と比べてこちらのエンジンの方が性能が高く速い。

 

この船の船長とはちょっとした顔見知りだ。なので普段は指定時間でなければ出ない船をこうして動かしてもらっている。ここの船長も喫茶店の常連ですし、ね。

 

この船ならば、40分ほどで慶樹島から本島へ到着する。前方に見える竜宮島本島。もう少し進めば波止場と港が見えてくるはずだ。港に到着したら一度自宅に戻り、事前に仕込みをしてあった品々を原付に載せて運ぶ。ランチタイムには相当な量が必要だから今回も荷物用のボックスに頼る事になる。

 

量が量だけに喫茶店に到着するのは少し遅れるが、ランチの準備には間に合うだろう。

 

波を切り裂くように進む船に揺られながら、今日のランチタイムについて考えを巡らせていく。

 

アイリッシュシチューにクリスプ、ソーダブレッドもいいですね。スコーンは切らしていましたっけ。

 

「よお坊主、今日は何作ってくれるんだい?」

 

「―――そうですね。ダブリンコドルとチップブティなんて如何でしょう?」

 

不意に、船長から声がかかり、その声を聞いた時点で思いついたメニューで決定。

 

ダブリンコドルとはジャガイモとベーコン、ソーセージ等を用いた煮込み料理。チップブティはフライドポテトを挟んだサンドウィッチのことだ。

 

「うーん……坊主の作る料理はいつも名前だけじゃ分からんな!」

 

「そうでしょうね」

 

等と、笑いながら船を操縦する船長に、肩をすくめてみせた。

 

 

港に到着した後、自宅で準備を済ませ喫茶店に向かう。

 

比較的海岸に近い住宅地に建っているその店は、随分と特徴的な佇まいをしている。

店の中を見通せる大窓や出入り口のドア、その直上に存在する自動車のライトとバンパー部分と、製作者の趣味が見え隠れするこの店こそ、洋食兼喫茶『楽園』。

 

柵のところに黒板の立て看板が有り、白いチョークで「準備中」と書かれている。さらに店の前にちょっとした階段が有るのだが、その下に用水路が流れており、この時期夜になると蛍が飛んでくるのがなかなかに綺麗なんです。

 

店の脇に原付を停めて、ボックスを肩に下げる。かなり重いがそこは仕方ない。「よっと」と思わず声に出たのは別に年をとったからではないと思う。

 

「こんにちは」

 

店のドアを開けると、風鈴の「カラーン」と乾いた金属独特の音色が店内に響く。当然店内に客入りはなく、厨房に2人ほど慌ただしく作業をしていた。

 

1人は僕よりも背が高く、トントントンと包丁を扱う音が聞こえてくる。音の感覚からするとキャベツの千切りでもしているところでしょうか。

 

もう1人は寸胴で煮込み作業を行っている。軽く匂いを嗅ぐと、じゃがいもと……人参の匂いが微かに臭ってきた。十中八九、名物料理のカレーを作っているところだ。左側の背が高い彼は真壁一騎。島のファフナー部隊元パイロット。現存している唯2機のザルヴァートル・モデル「マークザイン」に搭乗できる唯一の人間だ。

 

いやだった(・・・)、が正しい表現か。今はもうパイロットを引退している。

 

そしてもう1人は西尾暉。現役のファフナーパイロットで、搭乗機体はノートゥング・モデル『マークツェーン』。中距離支援型の機体で主に拠点からの狙撃支援を担当している。

 

4年前までは、彼は失語症だったらしい。初めてファフナーに乗ったときに治ったそうだ。僕はそのあたりのことはよく知らないけれど、そのせいもあってか、意外にお喋りなところがある。

 

「遅いぞレイ。ランチまでもう時間ないぞ」

 

「こんにちはレイ先輩。いつものところにお願いします」

 

「すいません。何分こっちも忙しい身ですから」

 

入店に気がついた2人は此方を一瞥すると、また忙しそうに作業に戻る。こうしてはいられない。此方も作業を始めなければ、と思いながら僕―――レイ・ベルリオーズは厨房に入り、ボックスを開ける。

 

中には蓋の固定された鍋に、アルミホイルで包まれた籠が2つ。内の鍋を取り出すと、一騎に当たらないように気をつけながら暉の隣まで運ぶ。

 

暉の鍋の隣に置いて、火を弱火でかけると、次に下の用具入れから比較的底の浅い丸鍋を取り出して、此方も火にかける。

 

「ああ暉君。その鍋沸騰しだしたら火を止めて蓋を開けてください」

 

「はい。わかりました」

 

「っと、一騎。揚げ物用の油ってこちらでいいんでしたっけ?」

 

「ああ。そこの3番目のポリタンクだ」

 

一騎に一言お礼を言い、彼の言葉通りの場所にあった半透明のポリタンクを取り出すと、火にかけた丸鍋に油を入れていき、油が6分目まで入ったところで、ポリタンクを元の場所にしまう。そして、火を強火にして今度は籠を包むアルミを解いていく。

 

入っていたのは2種類のパンで、1つは全粒分入りの食パンに、もう一つは全体的に白濁色の目立つパンだった。白濁色のパンはソーダブレットと言う、僕の故郷アイルランドではメジャーなパンだが日本、特にここ竜宮島では馴染みは全くと言っていいほどにない。

 

僕も郷愁に駆られ自分で作り始めるまではこの島で食べたことはなかった。

 

記憶に残っている味と、僅かに覚えていた作り方だけでここまで再現するのは難しかったが、この2年の間で限りなく故郷の味に近づけたと思う。

 

郷愁とは、僕もあの時から変わった所もあるものだと、試行錯誤の途中で苦笑したのを覚えている。

 

そもそも、僕がここでこんなこと(喫茶店の手伝い)をしているのは2年前、この島にある少年が帰ってきたことがあった。その日の夜にパーティを開いたのですが、そこで作った料理が皆さんにうけたらしく、溝口恭介さんの一声、「おめえさんもここで働けよぉ」で、ひと悶着あったものの最終的に忙しい時にヘルプで入る、という形で落ち着いたためである。

 

そんなことをジャガイモをスティック状に切りながら考えてたら、横から一騎が顔を出してきた。

 

「ん?じゃがいもをスティックにして何を作るんだ?」

 

どうやら、フライドポテトを知らないらしい。無理もない。この島にファストフード店なんて存在しないし、誰もわざわざ作ろうとは思わないだろう。などと、ちょっとした文化圏のギャップを感じつつ、「ああ、これはですね」と口を開いた。

 

「これはフライドポテトと言いまして、このようにスティック状に切ったジャガイモを油で揚げる料理ですよ。今の竜宮島にはありませんけど、昔はこういったファストフードと言う料理を安価で提供するチェーン店が日本に限らず世界中に沢山あったんですよ?」

 

「へぇ……簡単そうだけど、おいしいのか?」

 

ジャガイモを切り終え、油に投入するのを見ながら一騎が訪ねてくる。顔が興味深そうに鍋に向いているにも関わらず、千切りを続行する手腕は見事としか言う他ない。僕にはあんな真似はできません。というより千切りなんてしたこと今も昔もありません。

 

「ええ、そのまま軽く塩やケチャップ等を振っても良いですし、僕の故郷ではパンに挟んで主食とすることも多かったです」

 

「そうなのか」

 

多量の気泡を吹き出しながら100℃を優に超える油に揚げられていくジャガイモ。溺れ、もがいているようにも見えなくもないそれらを綺麗な黄金色に変わったものから逐次救出、クッキングペーパーの上に晒す。こうして余分な油を取り除いて仕上がったそれは、僕の記憶にもよく似た良い仕上がりになっていた。

 

揚がった直後の香ばしい香りが鼻をくすぐるそれを1本程、熱さに気をつけながらつまんで口に入れる。外側はパリッと、中はホクホクとした実に美味しいフライドポテトの完成と相成った。

 

それらに塩を振り掛け、食パンに挟む。そして軽くラップで包み、10分程馴染ませれば完成となる。

 

「では、表に今日のメニューを書いてきますね?」

 

「ああ」

 

一騎の返事を聞きながらドアを開け、外に出る。と、丁度こちらより年下と思わしき少年がバイクから降りていたところだ。

 

「こんにちは御門君。今日もご苦労様です」

 

彼の名前は御門零央。菓子店「御門や」を営んでいる父親の一人息子。母親が病死して現在は父子家庭ではあるが、父親によく似たまっすぐな少年だ。

 

「こんにちはレイ先輩。今日は手伝いですか?」

 

「ええ、今日の特別メニューは初めて出すやつですよ」

 

そう言いながら、店内に入っていく彼を見送り、黒板にチョークでメニューを書き出していく。筆記体で「Special Menu」と書いているので英語がある程度以上人読める人以外になんて書いてあるかわからないと思うけど、今に始まったことではないと思う。その下に、ランチセット「ダブリンコンドル&チップブティ」とカタカナで書いていく。

 

ちょうど書き終わったところで、人の気配を感じたのでそちらを向くと、1人の青年が立っていた。

 

背中まで届く長い茶髪を先端に近いところで纏め、最近掛け始めた眼鏡も相まって生真面目な雰囲気を漂わせる男性。

 

服装は焦げ茶色のややぴっちりした長袖に黒いズボンという姿の青年は彼も良く知っている人物だった。

 

「こんにちは総士君。研究はもう終わりですか?」

 

「ああ。ところでまだ準備中か?」

 

「ええ、ですが貴方なら一騎も歓迎すると思いますよ?僕も歓迎します」

 

と、軽く微笑んでみせたが、彼は軽く首を振る。

 

「お前は単に人手が増えるのが嬉しいだけだろう」

 

「そうとも言いますね」

 

そう言って立ち上がる。メニューは書き終わったので、「お先に」と言って店内に戻る。中では一騎が零央が持ってきたデザートのケーキを興味深そうに見ていた。さて、ここでちょっとした噂の種をご覧頂こうと思います。その噂とは?一騎に声をかければ解るかと思いますが。

 

「一騎。お客さんですよ」

 

「ん?」

 

そう言って一歩右側にずれる。

 

するとどうでしょう。ちょうど店内に入ってきた総士君が一騎の目に入ってきます。すると彼の反応は―――

 

「総士。早いな」

 

発せられた声は、何時になく穏やかで優しいものだった。

 

そう、これが噂の種―――「一騎と総士がデキている」疑惑である。聞きましたか?一騎の総士と呼ぶときのあの「はあと」が付きそうなほどに優しい声色を。そんなだからいろんな人に勘違いされるんですよ。

 

4年前のある事件の時も、「総士を返せ!」「総士いいいいいい!!」等と約1分の間に11回も彼の名前を呼ぶほどに仲がいいというかなんというか……これはもはや「総士病」という新手の病気ではないかと。

 

症状は主に何かと「総士」が気になり、仲が良くなる。「総士」が連れ去られると上の通り「総士いいい!!」と大声で連呼するとかですかね。ああ恐ろしい病だ。感染症ではないことが唯一の救いですかね。

 

「午前の研究が終わってな。まだ準備中のようだ、出直そう」

 

中の様子を伺う総士だが、一騎は柔らかに微笑んで答える。

 

「入れよ。賄いでいいだろ?」

 

「―――ああ、すまない」

 

このやりとりだけで一部の女性たちは歓喜物ですね。そう思いながらも面白いのでそのことは決して口にはしない彼なのだ。

 

 

因みに―――余談ではあるが、一騎、総士、暉。この3人にはある共通項がある。

それは「1人の女性に想いを寄せているor寄せられている」という点だ。その対象は遠見真矢、どこか蕩ける様な甘い声の持ち主で、現在は戦闘機のパイロットの訓練を積んでいる。

優しく、人の考えていることが解る、というレベルに洞察力が良い女性で、僕も彼女には友人として好感を持っている。

 

さて、その遠見真矢はというと、一騎に想いを寄せており、総士と暉に想いを寄せられているという現実がある。

 

つまり―――

 

 

       皆城総士?←―┐

          ↓    |

        遠見真矢→真壁一騎

          ↑     

         西尾暉

 

 

という三角関係ならぬ、通称「恋のクロスドッグ(4機連携隊形)」という状態なわけです。

 

昼ドラを遥かに超えるズブズブのドロドロの関係ですね。喧嘩沙汰にならない限り見てる分には非常に面白いので、どうかこのまま更にドロドロに嵌って行っていただきたいものです。

 

――――

 

ランチタイム。忙しくなるこの時間帯では厨房にいた一騎や暉も給仕を行っている。一番最初の客は島で銭湯「竜宮城」兼漫画作家を営んでいる小楯保及びアシスタントの

イアン・カンプの2人。次いで先ほど僕を乗せてくれた船の船長さん。他には学生及び西尾姉弟や堂馬広登等がここで食事を取っていた。

 

昼時に入店してくる人たちの半分がこの店の名物『一騎カレー』。彼、一騎が手ずから作ったカレーが絶品だと、何処かの何方かが島中に広めてしまったために現在はこのように昼時に食べにやって来る人が多いのだ。

 

そしてもう半分が、僕が作るアイルランドの郷土料理。スープはともかく、ソーダブレッド等は島では僕以外に作れる人がおらず、またしても何処かの何方かが島中に広げてしまったためにこうして週末に作りに来ているのだ。そのためか、週末は何時にもまして人入りが多くさばくのも大変なのですが、今に始まったことではないので割愛させていただきます。

 

そして、やや時間を置いた時辺り―――人が少なくなったのを見計らうように彼女達が入店してくるのだった。

 

――――

 

カラン、と入店を告げる風鈴がなり、振り返るレイ。入店してきた人達を見た途端、疲れた表情でテーブルを拭いていた先程までとは打って変わって優しそうな微笑みを浮かべた。

 

やや明るめの赤い髪をした女性と、その後ろにいる茶髪の女性。年齢的には2人は親子くらいの差であろうか。赤髪の女性は店内を見渡して口を開いた。

 

「まだランチはやっているか?」

 

「ええ、勿論。さ、どうぞ掛けてください」

 

今までの客に対する接し方と比べると、えこ贔屓とでもいうレベルで優しく、丁寧な接客を見せるレイに一騎と暉は苦笑を浮かべるしかない。いや先程も丁寧な接客ではあったが、忙しいこともあってかどこか感情が薄い、昔の彼のような無機質な接し方であった。

 

所が、赤髪の彼女―――狭間カノンとその母である狭間容子の2人に対しは、いわば魚が水を得たような生き生きとしたものに変わっている。厨房の方で、暉と一騎が「相変わらずだな」「今日も絶好調ですね」等とヒソヒソと話し合っているのも無理はないことだろう。

 

男なら誰だって、好きな子(・・・・)には格好つけたがるものなのだから。

 

「では、2人とも注文はいつもので変わりませんか?」

 

「ああ」

 

「よろしくね?」

 

丁寧にお辞儀をして見せるレイ。格好つけているとは言っても、ここで調子に乗って厨房の2人に指示を出したりすることはせず、普段と変わらず「メロンフロートとアイスティー、ミルク1つお願いします」と変わらぬ調子で告げる。

 

2人への対応と一瞬で劇的に変化してみせる彼に対し一騎は「はいはい」と笑ってグラスを取り出す。レイも慌ただし訳でなく、程よく素早く厨房に入りグラスを受け取るとメロンフロートとアイスティーを注いでいく。余談だがこのアイスティーは、レイがこの店で作り置きしているものである。

 

そして、メロンソーダの上にバニラアイスを載せたレイは一騎に軽く目配せすると、一騎は軽く頷いて棚から四角い缶を取り出した。レイは「有難うございます」と一言礼を言ったあとで、缶の中のものを取り出す。

 

そして、コースターを3つ(・・)用意して、カノン達の元へ向かう。

 

「お待たせしました。容子さんはアイスティーとミルクです」

 

と、給仕らしく小慣れた動作でコースターとグラスを置く。容子がありがとうと言うとレイは軽くお辞儀をし、カノンの方へ向き直る。

 

「カノンはメロンフロートと―――」

 

そう言って置いたメロンフロートの隣に3つ目のコースターを載せる。カノンからはレイ手が被さり見えないが、飲み物ではないことは確かだ。はたして、その正体はというと。

 

「はい、これ」

 

彼がコースターから手を離すと、彼女の目に映ったのは飴玉だ。3つのリボン包みが施された飴はそれぞれオレンジ、黄色、黄緑と鮮やかな彩りがなされている。

 

「な、なんだ。頼んでないぞ」

 

「ええ、サービスです」

 

そう言うと、レイは笑顔を作って言った。20歳に近づいても変わらぬどこか中性的な顔は普通に笑顔を作るだけで女性を赤面されること請け負いな破壊力を持つ。ある日、罰ゲームで彼が女装をした時の笑顔などは最たるもので、女性陣はもちろん、剣司や一騎達男性陣も思わず赤面してしまうことがあったそうだ。

 

「いつも来ていただいているようですし、ね。好きでしょう?」

 

そう言って、一度厨房に戻るレイ。カノンは思わず顔を軽く伏せてしまった。自分の顔、特に頬が熱くなるのを感じる。きっと自身の髪色の様に染まってしまっていると考えると、とても彼と顔を合わせていられなかった。

 

彼の言葉「好きでしょう?」その一言に彼女は一瞬2つの意味を感じ取ってしまっていた。一つは単純に飴が「好きでしょう?」という言葉通りの意味。そしてもう一つは―――

 

「き、嫌いでは……ない」

 

なんとか口からこぼれた声は小さく、またタイミングも遅かったため、厨房に戻った彼には聞こえることはなかっただろう。

 

だが彼、レイも内心はそれどころではなかった。厨房に戻る彼もまた、頬を赤くしていたのだから。その理由はカノンと同じで、自分の発言に2つの意味を感じてしまったからだ。

 

足取りは軽やかに、しかし内心では慌ただしく鼓動も心なしか早まりながら一騎達の所に向かう。

 

「へ、変に思われませんでしたかね?」

 

「?何が?」

 

「レイ先輩……流石です……」

 

レイが心配そうに2人に尋ねる。一騎はよくわからないといった感じで首をかしげ、暉は何が流石だったのか、レイの行動に関心すらしていた。

 

そして、レイは2人に聞いたことに若干の後悔を覚えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――これは、レイ・ベルリオーズの、記憶です。

 




感想、意見、評価、お待ちしています


新章開幕!1万時超え!!

レイ君も前作と比べても変わってきてますね。主に愉悦してるところとか。
前作見ている人はしてると思うのでいいますけど、今作ではレイ君は島に残る形です。

うん、構想も完成したし、あとはうまく書けるかどうかだけが不安だな……

これからもよろしくお願いします。
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