京都府の舞鶴市は海面に沿っている。カモメの鳴き声と潮風なんかは正に海の街を彷彿とさせる。
影の薄い歴史を持つ八万規模の舞鶴は、日本が大規模な海軍を作った時に四大鎮守府として名を馳せ、日露戦争の時は殆どの船がここの舞鶴湾から出港した。
この舞鶴第二鎮守府は、日本海方面の海軍基地である。この鎮守府同様、『艦娘』と言う女性兵士の起用で劇的に変わった深海棲艦との戦線は、人類に『優勢』の二文字をもたらした。その艦娘が集う基地を鎮守府と呼び、提督と言う指導者の元で、国を守る事を義務付けられている。
従来の艦船に比べ遥かに出撃コストが安く、小回りが効き、そして何より強い。特に深海棲艦のような人形のバケモノに対しては効果的であり、イ級一隻に対していちいちイージスの出動、あるいはミサイルを撃たなくても良くなったのは、国にとっても海軍兵士にとっても負担が減る。
当然ながら、こういう新技術をサポートするためにはそれ専用のサポート集団が必要だ。それは妖精と呼ばれる謎の生物だけではなく、俺たちみたいな人間の手も借りなくてはならない。
それが俺たち『整備工作班』だ。
艤装、装備品のメンテナンス及び修理
、施設の点検、資材の運搬、改修改造、etc...
これらをほぼ全てを管理するのはとてもじゃないが妖精だけではできない。
妖精は、凄く細かい所を修復、細かい場所を掃除、個々の艦載機の搭乗等をしてくれて、必要な事には変わりないけど、やっぱり人間の手で作られた物を維持するには人間の手を使わなきゃいけない。
例を挙げれば……そうだ、ガン○ムだ。あのクソデカいモビルスーツを起動する為だけにせっせと走り回ってる作業員達がいないとそもそも戦えない。それなのにデカい顔してる操縦者や主要人物の描写しか映さない所なんて、正に今の艦娘と俺達に似ている。
そんなせっせと働く作業員の一人である俺、【宍戸龍城(ししど・たつき)】大尉は、30人以上を束ねる整備工作班の副班長をしている。
兵学校で習った事を理解してさえすれば後はマニュアル通り……と言う訳にもいかないけど、凄いプレッシャーを感じてるわけでもない。舞鶴に来て早三年、主席で兵大学卒業したお陰で大尉に昇進もしたし、普通に気楽で順調な人生を送ってると自負できる。
ー工房。
「……ゴシゴシッ、ビュ〜ン!ドカーン!ドドドドォ〜ン!」
「……艦載機を片手になにをやってるんだい宍戸くん?」
「ほら、よく昔小さいときにやっただろ?飛行機のおもちゃをズジャジャジャジャーン!って」
「僕はお人形さんを買ってもらってたから、そういう事はやらなかったかな?」
叫んだら山彦が返ってくるぐらい大きな工房。そこで同僚と二人きりで空母の艦載機を拭き続ける行為はどことなく、子供頃に作った飛行機のプラモデルを彷彿とさせる。
日本男児なら零戦が定番だが、みんなが同じものを持っていては面白くない。まぁB-29を選ぶやつは、多分愛国心が欠けているんだろうと子供ながらに思った事もあるけど。
因みに俺はスピッツファイアを推していた。理由は単純に、初めて買ってもらったやつだから愛着が芽生えた。
今ゴシゴシしてるやつも結構愛着がある。何故なら、これは俺が何度も何度も修理しているヤツだからな。
「時雨は人形か……人形って言うことは、ジーアイジョーとか?遊ぶときは悲壮系のストーリーを作りあげて死ぬシーンだけやるタイプかな?」
「ぼく女の子なんだけど?ぼくが男の子だって言いたいのかな?」
「だって僕っ子なんて今時流行らないだろ?キャラ付けも良い所だぞ時雨」
俺の頭上にレンチを叩き込もうとしている彼女は【時雨(しぐれ)】中尉。同じ頃に入隊した同期で、艦娘であるにも関わらず、俺達と同じ整備工作班の仕事をしている。
裏方をこなす理由は、多分戦わなくてもいいからだと思う。時雨を含め戦闘に直接出ない、工作艦明石や補給艦間宮のような艦娘は多く居る。
ツナギ姿の時雨は、三つ編みがトレードマークな美少女なのだが……正直、リアルで僕っ子とか少し引いたのが初印象だった。
「うぉ!危ねぇだろクソガァ!そんなモン振り回してんじゃねぇよ!」
「だったら僕みたいな美少女にそんな事言うもんじゃないよッ。次僕が男だとか言ったらガチで武器持ってくるから」
「武器って何だよ?時雨だけに、燐火円礫刀!とか?」
「……はッ?」
「な、なんだよ……あのフラフープクソカッコいいだろうがァ……」
「……正直、僕はローズウイップの方が好きかな」
艦娘になったからと言って戦う道しかないって訳ではなく、戦闘班を支援する目的で働いて俺達と同じように給料を貰う事が可能であり、中には清掃員のような役割で艦隊、ないしは鎮守府を支えている娘もいる。選択肢は多い。
「相変わらず姉さんと宍戸さんは仲がいいですねっ。村雨、ちょっと妬いちゃいますっ」
「嫉妬なんかしなくても、呼ばれれば何時でも村雨ちゃんの部屋に行くよ」
「その時は僕が止めるね」
「ふふっ、二人が残業していると聞いたので、おにぎり持ってきちゃいました」
「「ありがとう村雨!」」
工房に食事を持ってきてくれた彼女が、清掃員の一人として鎮守府を支える【村雨(むらさめ)】ちゃん。時雨の妹で、胸がデカイ。そして見ての通り、出るとこ出て締まるところは締まってるーー男受けする事間違い無しな身体付き。
しかし思わせぶりぶりな態度を取っておきながら、ガードが固い事で知られている小悪魔系女子は、野郎共のアイドル的存在。
俺はそんな娘に、工房で残業してるってだけでおにぎりを持ってきてもらえる……たぶん姉の時雨が居るからだろうけど、俺にも持ってきてくれたって思うだけで明日頑張れる。
「それで……これは何をしているんですか?」
「艦載機を補充しているんだ。でもただ補充するだけじゃ妖精のモチベーション上がらないから、一つ一つ綺麗にしてるんだ」
「こ、これ全部ですか……?」
「そうだよ村雨ちゃん。妖精たちにどォ〜〜〜してもって頼まれたからさ。もうすぐ終わるけど」
ワリと大きい艦載機を見せて言う。
妖精たちが乗る艦載機は日々使われている痕跡が所々あり、傷や色の剥れ等は専用の洗浄機に入れても直らない。洗浄機より俺たちの手で綺麗にしてほしいと、妖精たっての願いを叶えるために時雨と二人で残業に乗り出したのだ。
本来なら妖精たちだけでもできるが、時計は夜の十時を回って、妖精たちにとってはお眠の時間だ。明日も空母を使う作戦がある分、無茶はさせたくない。
油臭い手を手拭いで軽く拭き、村雨ちゃんが作ってくれたおにぎりを頬張る。
「うん、おいしい!シャケと油と村雨ちゃんの手の味がする!」
「ちゃんと手を洗わないから油が混ざるんだよ。宍戸くんはホントそういうところ適当だねッ、本来なら村雨のおにぎりを食べる資格すらないのに」
「なんだとキサマ……ッ」
「ま、まぁまぁ……美味しいって言ってもらえて、なによりですっ」
天使とは村雨ちゃんの事だ。
時雨はボトルの水と油用のペーパーソープを使い丁寧に手を洗っている。きっちり三十秒洗ってから乾かし、「いただきます」を言ってから口に運ぶ。
「ん〜〜おいしいよ村雨!やっぱり僕の妹だね!」
「ふふっ、ありがとう時雨姉さん」
「やっぱりって何?顔が似てるところとか?」
「疲れた僕に濃い目の味付けをしてくれたことさ。昆布の塩が疲れた身体に効いて、村雨の気も利いてる……なんちゃってっ」
「は?」
上手いこと言ったつもりか。
「い、いや、今のは忘れてほしいかな……」
「え、なんで?恥ずかしがる事はないぞ。塩が効いて、気も利いてる……By.SIGURE」
「姉さんそれは……」
「〜〜〜っ!」
自分で言った言葉に悶えている時雨。まぁまぁと村雨ちゃんが宥め、俺は自分のを完食する。
そのすぐ後に村雨ちゃんが時雨におにぎりを食べさせているところを見て、とても羨ましいと思った。口をぐいぐい拭いてもらった所を見て、俺は何故自分の手を使って食べてしまったのかと後悔する。
「宍戸さんに時雨姉さん、もうフタフタマルマルでしょ?早めに切り上げた方が……」
「あぁそう言えばそうだね、じゃあ宍戸くん後は頼めるかな?」
「なんで俺が残りやる的な流れにしようとしてるの?あとちょっとなんだから俺とお前でさっさと済ませようぜ?」
「女の子はこれ以上働くとお肌に良くないんだ。頼れる男の子なら、僕の代わりを頼めるかと思ってっ……だめ、かな……っ?」
「上目遣いをしてもだめだぞ。それにこの男女平等社会に男も女もない」
「だからモテないんだよ」
「ハァ!?」
「「グルルッ……!」」
「お、落ち着いて二人共」
とはいえ、既に夜なのは確かだ。俺たちが磨いているのは補充用の艦載機であり、一度や二度空母が大破したぐらいじゃないと乗せてもらえない言わば野球の補欠。
残り10機程度は綺麗にしなくても大丈夫か。
「残りは磨かなくても大丈夫なんじゃね?かすり跡が少し残ってるだし、明日出撃するのかも分からないんだからほっといてもバレないバレない」
「え、いいんですか?」
「宍戸くんの言うとおりこれは日頃頑張ってくれている妖精さんたちへの感謝みたいなものだから必須じゃないんだ。多少汚くても問題なく動くし」
「そうだったの……じゃあもう上がれるんですねっ」
「そうだな。じゃあ上がるか……お疲れ〜ッス」
「お疲れさま〜」
「お疲れ様ですっ!」
大量にあった艦載機は格納庫へとしまい、掃除道具や塗料等を道具箱へと戻す。
手拭いで汗を拭き、時雨と村雨ちゃんを連れ工房を後にする。村雨ちゃんの胸が歩く度に揺れる様をチラ見するが、時雨の眼光で牽制される。いつの時代も、女子は男子の視線に敏感である。