整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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長崎駐屯地

 

 聴取は終わった。

 気分爽快! 活気溢れて! 駐屯地に向かうぞぉ~!

 

 そのために俺は警備府の外にある街を歩いているのだが、相変わらず賑わっている。

 

 直接経済を動かしているのは市民だが、その基本となるのが平和であり、俺たちがしている日常的な任務である。そんなのは当たり前で、通り過ぎる市民からは感謝の意を送られた事があるが、そのほとんどはやはり守られる事が当然だと思っている。

 税金を払っているんだから当たり前じゃん、なんてのは傲慢な考えである。俺も税金払ってるし、砲撃と爆撃の嵐が目の前に来たとして、それから命を救われるためだったら一億でも二億でも払うだろう……だから今「あ、税金泥棒」とホザイたクソザコは俺の前で頭を垂れろカス。

 

『きゃああ!! 時雨様ぁぁぁ!!!』

 

『白露様ぁぁぁ! 愛してるゥゥゥゥう!! お、股開いちゃうゥ!』

 

「「ど、どうも~……」」

 

 クソ、女子学生の麗しいお見脚がチラホラさせやがって……町中でも痴漢されたいのか? っておもうほどミニスカな女性がレ○プされずに歩いている。メキシコなんて即路地裏モノだぞ? 俺という司令官様が、貴様らおま○こに、権力ち○ぽのなんたるかを伝授させてやろうかァァァ!?

 

 と、傲慢な考えを持つ悪代官司令官もいるらしい。

 同僚から聞いた話だと、海軍基地の司令官してると、自分がそこの帝王にでもなったような錯覚に陥るのだとか。

 

「ほーらぁ! 早くしないと置いてくっぽい〜!」

 

「あまり走らないでね〜夕立! あっ、美味しそうなパン屋さん! ほら宍戸くん! あそこなんてどう? 連隊長さん? 好きそうじゃない!?」

 

「宍戸くんが僕たちのために外に出てくれて嬉しいなっ、荷物持ちは女子にとって必須だからねっ」

 

「ねぇ、俺、言ったよね? 俺、連隊長さんに持っていく折り菓子買いに行くだけだって、言ったよね? っていうか、今から会いに行くんだから折り菓子さっさと買って持っていくぞ」

 

「え~? いいじゃん別に。僕たちだって休暇使ってるんだからちょっとぐらい付き合ってくれても~! チラチラ?」

 

「は? 時雨テメェ何を指さしてんだ? 宝くじんなんて買わないに決まってるでしょ馬鹿かお前!? ロトは悪魔だ。絶対に買わない。俺の金をむしり取ったクソカス悪魔め、数十万がパーだぜ」

 

「「「買ったんだ……」」」

 

 哀れみの目を向ける白露、時雨、そして夕立ちゃんの三人は、今日の旅路のお供である。

 夕立ちゃんが大胆にもボディータッチをしてこちらに大きな果実をむにゅっとぶつけながらできたてコロッケをおねだり。

 多分自分の人生の中で最も妖艶でエッチな顔をしていると自覚しているような挑戦的な表情を浮かべながらビーフジャーキーを強請る白露さん。

 そして金を数万倍にするためにと金を使わせようとする時雨は、自分の金で買えと言っても「お財布忘れちゃったっ」とスカートの膨らみを見れば丸わかりの嘘をついてまで俺に買わせようとする。

 

 なるほど、これが帝王の気分か。

 

 帝王、絶対になりたくない。

 

 つか帝王とか覇者とか支配者とか……もっとそういう言葉に適任な人いるだろ。例えば大よど……いや、やめておこう。なんか殺される気がする。

 

 道行く人々から「きゃあああ!!!」とかけられる声と、「あ、しれいかんのオジちゃんだ!」と俺に近づく礼儀の成ってないクソガキ共と、ただでさえ妨害が多いのに「我々の物欲を満たせ(貢げ)」と自ら俺の障害になろうとする白露姉妹の三人を遮りながら、俺はやっとの思いで折り菓子を買って、陸軍連隊長のいる陸軍基地……正式名称、長崎陸軍駐屯地にたどり着く。

 

 長崎、駐屯地。

 

「たどり着いちゃ……ったぁ!!!」

 

「ここが連隊長のハウスね……てか大きい! 僕たちの警備府みたいに大きい! 夕立、こういうところに住みたいね!」

 

「っぽい!」

 

「そんなご立派な基地に、白露、いっちばんちゃーく!」

 

「俺が先頭だから二番でしょ……」

 

「なんか言った?」

 

「なんでもないでしゅっ……あ、小官は宍戸龍城大佐であります。本日一時より、連隊長殿とのご面談を予定しているのですが……」

 

「ハ! 宍戸龍城大佐及び三名を、連隊長の所にご案内します!」

 

 門番的なヤツの一人から、案内役をそのへんの将校が受け継ぎ、敷地から建物に入っていく。

 内装は海軍と変わっていて、どちらかと言えば海軍兵学校とかの、職員室に近い場所っぽい感じがする。匂いは鉄分を抜いた海軍基地で一見代わり映えしないと思うが、つまりはとても汗臭い。臭い。

 こちらは警備府とは違って歴史的な建物であり、彫刻や肖像画のような伝統的な代物が所々出てきている。

 

 歩いている途中の夕立ちゃんは、少し不安げな表情で見上げてきながら、俺の裾をつまんできた。

 

「な、なんか緊張するっぽい……」

 

「怖い? なら……俺に抱きついてもいいんだぜ……?」

 

「「キモ……」」

 

 ボソっと呟かれた言葉には、白露さんと時雨の苛立ちが込められていた。

 いやぁ……俺、カッコつけるのマジ得意なんだけど、いつもキモって言われると流石に泣きたくなるわ。

 

「う、うん……えいっ!」

 

「「「え!?」」」

 

 夕立ちゃんは、俺の腕に思いっきり抱きついてきた。

 先程とは比べ物にならないほど強い圧力胸を押し付け、そして程よく露出した生脚が今にも絡みつきそうな勢いで密着してくる。上目遣いで見上げる夕立ちゃんは頭を肩に乗せ、顔の半分を俺の上腕に埋める。

 

「最高」

 

「は? 宍戸くんホントウザい」

 

「うざーい! 夕立がやってるんだから、お姉ちゃんがやる権利アリアリだよねっ? ふひひひっ!」

 

 そして白露さんも抱きついてきた。

 夕立ちゃんと比べると更に大きく、何処か包容力のある弾力が胸にみにゅっと俺の理性を揺さぶった。

 両手に花とは正にこの事。

 そして時雨はブツブツ文句を垂れながらも、名残惜しそうな表情を浮かべるが、独占されている両腕には既にスペースはない。

 

 案内役の人もこの俺様のハーレムを見て以降、舌打ちしながら執務室まで送り、ノックをして俺たちを執務室に入れた後、自分の持ち場へと戻っていく。

 

 駐屯地執務室。

 ハーレムを作っている事がそんなに腹立たしかったのか、案内役が出た後、曲がり角で壁に蹴りが入れられたような音がした。

 

 しかしそんなことは今は気にしていられない、今注目すべきは、目の前にふんぞり返りながら偉そうな顔で王座に鎮座する連隊長殿である。時雨たち三人も、敬礼して顔を引き締めた。

 ついでに、連隊長の隣りにいる女性将校に折り菓子を渡して、再度俺は敬礼してそれを下ろす。

 

 正確には折り菓子ではなく、エッグマ○クのパン無し百枚ちょっとだが、情報によると連隊長はこれが好きらしい。ただの円状に構成された卵焼きが好きとか……偏食家って正にこういうのを言うんだよなぁ……だからデブいんだよデブ大佐。

 

「態々お忙しい所をすいませんな、宍戸司令官。そちらは貴官の艦娘とお見受けいたしますが……」

 

 一人で来ると言ってきたので、戸惑っている連隊長は座り直す。

 

「はい。恥ずかしながら自分は人見知りの癖がありまして、大抵初めての場所に来るときは、家族絡みでの付き合いをしている彼女たちを連れ来ないと緊張してしまいまして……それに、この地を長きに渡り守り続けてきた陸軍駐屯地ともなれば、むしろ警備府総員を連れて研修でもさせたいと願っている所存です。先の災害での采配、並びに人員割は、私も教鞭を賜りたいと願うほどです」

 

「ハッハッハ! かの宍戸司令官にそう言われるとは光栄の至りでありますなぁ。まぁ、それでも警備府のお蔭で予定より一週間ほど時間を短縮できましたので、我々だけの功績であると揶揄されるのは、少しばかり顔を顰めてしまいますがな」

 

「ハハハ、当然のことをしたまでです」

 

「「「…………」」」

 

 暫く全員に妙な沈黙が漂う。

 この空気を掌握するのはどう考えても、連隊長が口実として俺を呼んだ「お礼をするため」という雰囲気には思えない。まるで何か企んでいるような雰囲気だが、それを裏付ける証拠もないままである。

 だけど待ってやる必要はない。

 

「……連隊長殿、俺がここに呼ばれた理由は、確か警備府が行った援助についての謝礼ですよね?」

 

「ん? あぁそうだったそうだった、貴官ら海軍との、これからの連携も兼ねてと思い……」

 

「その件はまた後ほどで構いませんが、それよりも少し重要な案件……ではなく、情報を提供するためにここに参ったのです。陸軍では、隠し財産を保有していると聞いたのですが、本当でしょうか?」

 

「……随分と直球だな?」

 

 目の色を変え、同時に時雨たちが立ち位置を変えた。

 

「その手の都市伝説は五万とあるのだが、それを探す企画をテレビ番組とでも話し合ったのか? まぁそうには見えないが……それで? その件を態々確認しに来ただけというわけではあるまいな? 確証があったとしても、それにより貴官らがここに来ること自体が、どれほど自分らの立場を危うくしているのかは言うまでもあるまい?」

 

「はい、実は……お、来たか」

 

 

 ーーーーー

 

 

 俺たちは、結城からの話を聞いて、その脚で連隊長がいる駐屯地に向かった。

 明石次官と俺に詳細を話す結城が発したのは、衝撃的な言葉だった。

 要約すれば、海軍保守派と海外勢と陸軍が、海軍に対しての経済的支配権を得ようとしており、その金の流動の一部を記録したデータを、この連隊長殿が管理しているらしい。

 海外勢とか陸軍はある程度発言権を有しておきたいと思うのは当然だが、海軍保守派は沖縄作戦を止めたいと思っているのだがらめちゃくちゃ面倒くさいし、身内なので反対派の区別がつかないのが難点だが……海軍保守派は既に虫の息だったはずなのに、まだそんな余力があるのかと思うと頭が痛い。

 しかし、この間連絡を取った蘇我提督は俺を励ましてくれた。

 

 『心配するな! もうそんな奴らのせいで危険な面倒事は起きない! 起きたとしても……この俺が、お前らを守ってやる……ッ』

 

 ちょ、ちょ、ちょ、その上腕二頭筋で俺を抱いて。

 

 

 

 だが、陸軍に関して言えば既に解決していたとなれば、陸軍隠し財産……通称、陸の資とは、なんとも呆気ない。

 解決していて、俺の仕事はまだ自分たちが勝ち組だと思っている連隊長の目を覚まさせるだけだと思っていたので、それを聞いた俺が街をウキウキしながら歩いていたのは言うまでもない。正に無双状態だった俺と時雨たちだが、やはり本人を前にすると緊張するモンだな……だけど、明石次官との側近達が来たとなっては、動揺するのは連隊長の方になるだろう。

 

「ノックせずに失礼します! 私は工作艦の明石です!」

 

「と、その付添の結城司令官様ですよぉ~……あれ、誰も聞いてないっつーか驚いてない? 五十鈴ちゃん、オレっち影薄い? まぁ今回はそれでもいいんだけど」

 

「どうでもいいでしょそんな事。ていうか、なんで私までこんな所に……っていうか、すごい面子ね」

 

「「「っ!?」」」

 

 ゾロゾロと入ってきたのは、明石次官を始めとする側近の護衛隊数人、そして結城司令官と……イスズとか呼ばれた彼の秘書艦である。秘書艦が爆乳だとは聞いていたが、こりゃ……エロいな。

 結城の人脈は俺よりも広いと思う。それは陸軍の門を顔パス……或いは何らかの手を使ってスムーズに入ってきたその手腕だろう。何れにせよ、こんな人数で入ってくるなんて非常識だと俺も思う。というか、何これ、完全にクーデター起こす時に占拠される司令室の図じゃん。

 執務室の中心にいる俺の立ち位置的に、俺が主犯? うそぉん……時雨が珍しく俺の腕を掴んできた。そして白露さんと夕立ちゃんは抱き合ってる。俺の護衛すると威張っていた艦娘たちも、この非常事態には唖然とするばかり、ということか。

 

「何奴!? って、工作艦……聞いたことがないな? なんだ貴様は? 宍戸司令官の旗下の艦娘かなにかか?」

 

 あの……それ聞く前にちゃんと思い出す努力とか……してくれませんかねぇ……?

 一応俺たちの上司なんで……正確には上司の上司なんで……その……改めてこの人を紹介するのって面倒くさいっていうか……まぁいいや、教えてやるよ情弱者ッ、キリッ。

 

「ご存知でいらっしゃらない!? ここにおわす方は、海軍省所属、海軍次官明石中将であらせられますッ!! 更に言えば、海軍省軍需局局長を兼任為さっており、日本統合造船の社長も兼任している、言わばスーパー艦娘ですよ!? 知らないはずないでしょう!? アホですか!? この今世紀最大の大傑作! 大艦娘とはーー」

 

「あ、あの……もういいですから……」

 

 明石次官は顔を半分隠しながら恥ずかしがっている。

 この人、本当にあの大淀総長の友達なのか?

 

 いずれにしても、連隊長は驚きを隠せていない様子で、目が飛び出るぐらい見開いていて、そして隣の女性将校は隣の部屋に逃げようとしている……が、警備隊に止められる。

 

「な、なぜ……あの、次官閣下がここに……!?」

 

「はい、実は陸の資の件について、色々とお話をしてもらって、調べさせてもらったんですけど……」

 

「ゆ、結城司令官……貴様かァ……!」

 

「す、スンマセン。あ、でも日和見主義者ってワケじゃなくて、元々海軍派なんでオレっち! あ、でも洗いざらい話したのは結果的に良かったかもしれませんよ!? 感謝ほしいッスねぇ!?」

 

「陸の資と呼ばれている海軍関連事業の株は、既に我々もデータとして持っています」

 

「……なんだ……と……!?」

 

 明石次官の部下……正確には、海軍サイバー防衛軍という海軍大臣直轄の部隊が既に情報を補足していた事にある。

 所有権を直接陸軍が保有していない以上、金の行き先をデータ上で観測していれば、操作は容易だというが、俺はハッカーではないないのでメカニズムは知らない。

 実際に、いくつかは海軍の管理下に置かれ始めており、更に言えば陸軍関連の会社の株を保有しているのは海外勢だけではなく、逆に日本海軍、そして空軍が保持しているらしい。まぁ陸軍がやってるなら海軍も……と言わんばかりだが、比率は断然に桁違いである。

 海軍のサイバー軍その金の動きを察知した時、告発ではなく、逆に水面下で奪取を図ろうとするなんてマジ大淀。陰謀と謀略の交差に巻き込まれ、流されないように俺はあえて平然を装う。

 

 というのが今回の陸軍事件の真相だ。俺は明石次官からこれを聞いて、斎藤長官流石すぎてマジ俺の伊達男上官だわ、一生ついていく事に决めた。というより多分、他にも多方面で何かしら海軍の力を確立しているんだから、もし親潮とケッコンしていたら……いや、そういうのは流石に道徳的な問題で駄目だろう。

 

 まぁ要は、海外はともかく陸軍に関して心配する必要はなかったということで、俺も拍子抜けすると共に面倒くさい事が起きないで良かったと清々していたところだ。

 保守派も陸軍とその情報を共有していたと思えば、彼らの危険についても消されるだろうけど、まだ海外からの圧力が掛かっている。しかし、敵を一つに絞れて明確にできただけでも有り難いと思いつつ、一旦この場で安堵の息を吐く。

 

 連隊長はその真相を聞いて腰が抜けたのか、椅子に項垂れながら、二段腹どころか太りすぎて風船状になった腹を突き出してる。

 剃り落としてない毛が汚ねぇ。

 でも、軍人名家に生まれたとはいえ、彼の実力は決して無能ではなく、明石次官というトップネームと、仮にも秘密を共有していた結城も居ることで、信憑性を理性的な考えのもと、明石次官の言葉ですべてを察したような表情を浮かべた。

 

「そうか……私が守り続けた……受け継いだモノが……」

 

 相手の気持ちになれば痛感するほど同情することもできる。

 俺には権力とかを保持するだけなら、その人生をかけれるような執着性を作る事はできないが、彼は元陸軍元帥の従兄弟らしく、うまく行けば彼も未来の陸軍元帥になり得る可能性もある。彼が受け継いだのは、長い間に渡って陸軍全体が家族一丸となって保持してきた資産であるようにも感じた節もあるのかもしれない。

 

 しかし驚いたのが、その陸軍の財産があのチンケなコンビニの地下にあるなんて……そして、俺があそこにいたとき、襲ったのが深海棲艦教だったなんて……物理的な遺産も含まれているため、完全に陸軍を負かした事にはならないが、場所と、財産の存在と、鍵がなんか教育に悪そうな形をしている事も海軍の一部上層部が知っていたとなれば……海軍を敵に回すなと、陸軍には警告したい。こういう陰謀的な何かが起こると、たびたび大淀総長を思い出すから、彼女が何らかの形で絡んでいる可能性もゼロじゃありませんねぇ……人材の宝庫、海軍。

 今なら入隊した記念に那珂さんの握手券が貰える!

 

 とアホな事を考えている間に、俺は連隊長に近づいていた。

 

 多分外では、連隊長の側近みたいな人たちも居るのだろうが、それも明石次官の警備隊に牽制されているっぽい。

 

 時雨たちも帰りに何を奢らせようかと思考を巡らせているようだ。おう、考えろ考えろ。俺もう金ないぞ。

 

「……連隊長殿、顔をお上げください。俺たちは何も、連隊長殿の仕事を貶める為に来たわけじゃないんです。陸軍と今後も友好的な関係を築こうとするために、ここに態々脚を運んだのです。陸軍の隠し財産が、既に我々に見通されている事を知っていることだけを知らせるのであればメールでもできました。それを自分も含めて、あえてこの場まで脚を運んだ結城司令官や明石次官の事を考えれば、海軍そのものとしてはともかく、我々にとっては不利でしかありません」

 

「…………」

 

「俺は……正直に言うと、連隊長殿を尊敬しています。これは本心であっても建前ではなく、陸軍という組織の為に尽力するお姿を見て、同階級の者でも到底敵わないほどの使命感、そして忠誠心を持つ軍人を、自分は他に知りません。有能というだけでなく、有能でありつつ、祖国を憂い、組織を愛す大佐の心意気に……ここにいる一同が、感嘆の思いで、今日ここに馳せ参じたのです」

 

 え、なんのこと話してるっぽい? とか、私そんな事思ってないんだけど。とか、オシッコ行きたいんだけど、とか小声で言ってる奴ら少し黙れ。

 

「……しかし、私は結局守れなかったというわけじゃないか」

 

「いいえ、察知はしているものの、それをどうこうするには至っていませんし、コントロールを完全に掌握していると言えば嘘になります……ですよね、明石次官?」

 

「はい! セキュリティーは流石にすごいですけど……んっ」

 

 実はもう全部破っちゃいましたー、と口に出しそうになったのか、口を塞ぐ明石次官。

 

「……で、何がお望みかな? 海軍省ナンバー2の明石中将閣下、長崎警備府の宍戸大佐、そして結城少佐がここに居るのは、貴様の言ったとおり、ただメールで済ませられる要件に態々足を運んだわけではあるまいな? 私の勘が腐っていなければ、なにか他の思惑があると見たが……」

 

「連隊長殿には、海軍……いいえ、日本軍そのものを一丸とするための架け橋になってほしいのです」

 

「というと?」

 

「いくら我々が陸と海とで争っていても、それは外の勢力からすれば共食いの図にしか見えないのです。わざわざ漁夫の利を得る機会をお与えにならなくても良いでしょう? 双方が協力すれば、漁師を威圧することは可能だと、小官は思います」

 

「……つまりは海外資本の流入を防ぐために協力しろということか? そんな事が可能なのか?」

 

「それほど大層なものではなく、協定のようなものです。軍資金の取扱を、自分たち以外の組織を排他し、お互いの権利を強めるために使うのではなく、陸海空が協力し合う方針で進めていきたいと思っております。そうですね……少なくても、海外資本が抜けても転ばない程度には持ち直したいと思っています。過去の伝統と、それに基づいた陸軍と海軍の半ば感情的な亀裂は、国全体にとって有害であっても有益にはなりません。貴方ほどの軍人ならば、この意味を理解するのに苦労はしないと思います」

 

「ふむ……」

 

 連隊長は鎮座する椅子に寄りかかりながら、一分程度熟考した。

 彼の姿を見て海軍勢の艦娘たちは、時間が経つに連れて段々と顔の表情を歪ませていった。

 俺もあと数回ほど言葉をかけたが、連隊長はそれに返答する様子を見せず、口を開いた時には、既に溜息を漏らしていた。

 

「ハァ……まさかこれほど海軍に勢力を確立されていたとは思いもしなかった。脅されていると被害者顔をさせてもらば、この場は協力する、としか言えない。お前たちに協力体制を円滑にする方法があるのかという点は気になるが……」

 

「何れ我々の組織は統合軍として結合されるでしょう。しかし、それまでに我々の連携がグダグダであれば手遅れになります。ですので、少なくても海軍へのサポタージュは御勘弁を」

 

「フム……だが、もしも陸軍が損を被るような算段があるのだとしたら、我々と貴様らとでの関係修復は更に厳しいものになるだろう。これは脅しではなく警告だ。私の後釜など、いくらでもいる。だからな」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 まるで親に結婚を認められた女性のように頭を勢いよく下げる明石次官を見て、彼も動揺している様子だ。しかしその人柄が功を奏したのか、少しだけ連隊長の表情が和らいだ様子だ。

 まだ政治的、経済的な計画や算段は決まっていないものの、この挨拶は歴史に残らないが、残されるべき瞬間であることに間違いはない。

 

 と、色々と綺麗事を述べながら本音を隠していたが、本心という名の汚い事をいうと、世論的にもこの場でも主導権を握ってるのは俺達だからコイツら陸軍に選択権はない。

 

「ハァ……言の礼節を損なうようで悪いが、クソ、なんて日だ……まぁ、一朝一夕で叶ったモノでもあるまい……私が、甘かったと言う事か……クソ! 寄越せェ!」

 

 そう言いつつ、女性将校からエッグをを取り上げて食べやがった。

 

「俺も食べていいですか?」

 

「勝手にしろォ! クソ……どこから漏れていたんだ? どうしてこうなった?」

 

 自問自答を繰り返す連隊長。

 海軍サイバー部隊は、どこからか情報を察知したのではなく、もう陸軍空軍がそういう隠し財産の存在があることを想定した上で行動していたのだが、その事に気付くのはもう少し後になるだろう。

 

 それよりも問題なのって、陸軍が潰しに行ってる深海棲艦教なんだよなぁ。

 なんであのバイブみたいなカギを手に入れていたのかとか、完全に謎だからな……あとで明石次官に彼らの事を話しておこう。

 

「分かりました……それでは、盃というほどでもないですが、ここは皆さんでこれを食べて、友愛を誓いましょうか。そこで隠れている陸軍の将校さんたちも、そして警備隊の人たちもだ……いや、食べろ。俺一応、連隊長と同じ階級だからお前たちの上官だし、食べろ、命令」

 

「「「は?」」」

「「「俺達もッスか……」」」

 

 俺の発言に驚く人と、俺の発言に理解を示さない人の二種類が、俺を凝視した。

 

 ほとぼりを冷ます方法は2つある。

 時間の経過か、ここで有効な、何らかの方法で話題を逸らす方法だ。

 

 明石次官や結城からは強引にでもにこやかな雰囲気で去りたいとお願いされており、結城からは特に、この連隊長はエッグを食べて居るときと、執務ックスをしているときだけが幸せだと言うので、みんなで食べる雰囲気を作る。

 

 センシティブな事情には慎重を要するが、時として多少なりとも強引に……これで一件落着、という大団円的な雰囲気を完全に作り出すにはまだ少し時間がかかりそうだが、ここで一旦の休息を入れる事は大いに意味がある。

 考える時間、ゆっくり話す時間、そのすべてが設けられる。これで海軍の力が更に増すが、陸軍の力も増やすことで更に軍全体を強化できる。

 

 そして驚いたのが、予想以上に陸軍将校が隠れていた事だ。

 

 多分結城と明石次官に援軍要請出さなかったら、細マッチョな筋肉質な男たちに捕らえられて今頃俺と時雨たちは……いや、時雨たちは別にいいさ、艦娘だし、強いし。でも俺は? 流石に十数人が俺を拘束したら? 俺のケツが殺人現場みたいになるぞ。

 

 ソースは自前で持ってきた。

 これを餌に友愛の証としてみんなで乾杯の音頭を取るのはもちろん俺。こういう強引に仲良し的な雰囲気に持っていくヤツがいないと、性格のバラツキと個々の温度差を利用して仲良くなるって方法ができなくなるから、誰かが調子のいいバカをやらないといけない。これも実は将軍になる為のマナー講座で出たりしたんだが、人間心理学の話は置いておこう。

 普通こういうのは結城の役目だが、一応裏切り者として連隊長の脳裏に刻まれるだろうからやりにくいんだろう。部屋の一番端に秘書艦とジッと身を潜めている。

 

「それでは、陸軍と海軍の未来に、カンパーイ!」

 

「「「か、かんぱーいっ……?」」」

 

 ……さっさと食え貴様ら。

 

 どうでもいい事だけど、みんな同じものを食べる時で別々のソース付けてるの見ると、なんかみんな個性があって面白いな~と思ったりすることがある。

 時雨は醤油、白露さんと夕立ちゃんはブルドッグ、結城と秘書艦ちゃんは塩、明石次官と連隊長はケチャップなど、様々なバリエーションがある。

 

 もちろん俺はこれだ。

 

「……うわ、何やってるの宍戸くん!?」

 

「は? どうした時雨? あぁーまさか俺が卵食う時のソースのコンビネーション見て驚いているんだろ? いや、驚くほどでもないか、これやるの常識だよなぁ?」

 

「「「え……?」」」

 

 みんなが俺を見てる。まるで化物を見たような表情で。

 

「マヨネーズと醤油、それにからしだと……? 貴様、正気か?」

 

「え、な、なんですか連隊長? 俺、全然変なことしてませんよね? マヨ醤油アンドからし……みんなやるよなぁ!?」

 

「宍戸くんキモイ」

 

「流石にそれは……あははっ。やばい、白露それ見て吐きそうなんだけど」

 

「それ完全に犬の餌よ」

 

 夕立ちゃんがっぽいを外した瞬間だった。

 

「明石次官、五十鈴ちゃん、普通卵には塩だよなぁ?」

 

「五十鈴は普段なにもかけないし、別にかけてもいいのだけれど……あれはちょっと……流石提督のお友達ね、キモいわ」

 

「き、キモいは流石に言い過ぎだと思いますけど……まぁ、ちょっとそれは……」

 

「宍戸くん、和と洋の融合とか言うつもりだろうけど、正直”混ぜるな危険”だと思う。グロい」

 

 

 

 ……ひどい。

 おれの、今世紀最大の発明だと思ってたのを……否定された……俺の……おれ人生を……っ!!

 

 

「う、うぅ──ッ!!!」

 

「あ、宍戸くんどこに行くの!?」

 

 俺は連隊長の執務室を、両手で顔を隠しながら出ていった。

 途中で何人かとぶつかったと思うんだが、外に出るまでどんなルートを通ったか覚えていない。

 何より傷ついたのが、俺が出ていったのに誰も追いかけてきてくれないことだった……時雨でも誰でもいいから、おれのことを、おいかけてきてほしかったっ……!

 

 

 

 

 

 

 と、面倒くさい女みたいな事を言いに行く為に戻ることもできず、俺は駐屯地の外から300m程度離れた路上まで来て、また泣いた。道行く人が俺を幼児退行した大人だと思っているようだが、そんな事はどうでもいい、マヨ醤油からしをバカにした奴らに俺自らが天誅を加えてやるッ。

 

「ぶええええええん!!! ぐええええええん!!!」

 

「ど、どうしたのかね君? 何か困りごとかね? まさか迷子とか……」

 

「ひぐっ……うん、僕ね? マヨ醤油がらしが大好きなの。それをね? 来世まで祟れるレベルで侮辱した野郎どもがいてね? 海軍でも陸軍でもいいから復讐してやりたいと思ったの……」 

 

「そ、それは難儀な……ま、まぁいいではないか。私もマヨ醤油は好きだぞ? ……からしは入れぬが」

 

「ほ、本当ですか!? ……って、あれ? 貴方は……が、蒲生提督!?」

 

「そういう君は宍戸司令官じゃないか!? ど、どうしてここに……?」

 

「長崎にいるはずの自分より、佐世保にいるはずの司令長官殿とでは、どちらかといえば、それはこちらの台詞だと思いますが……」

 

 とりあえず跪いている俺に手を差し伸べたのは、佐世保第一鎮守府の司令長官を努めている蒲生提督だった。この人とはかなりメールでのやり取りも個人的にしており、一般的な司令官や提督たちと比べても話しやすさは俺が群を抜いている、と個人的に思う。

 

 沖縄作戦を海外士官や外国艦なしでやろうか言ってたレイシストな作戦にしようとしていたことでも、一部上級士官の間では有名である。まぁこれは秘密裏に行われている人事的な事で、俺の発言権は、この事を知っている提督たちの中でも最下級なので、懐柔を行って司令長官との関係を良くしても俺の発言権が最上位に行くわけじゃない。

 陸軍の資本の次はこれか……問題山積みすぎる。

 いっそこのと全部斎藤長官に投げてみようか、あの人なら全部できるだろ。

 

「あーまぁそうだな……私用で来ている……といえばいいのだろうか? 君に、用があったんだ」

 

「……え?」

 

「実は……私としても君のような有力な提督に心苦しい願いなのだが、頼み、というよりも脅迫に近い命令になってしまうのだが、聞き入れてくれることを願っている」

 

「な、なんでしょうか、それは?」

 

 俺は、ゴクリと息を呑んだ。

 

 

 

「きんしん、してはもらえないだろうか?」

 

 

 

 近親……だと……!?

 

 

 俺の近親って、爺さんだから、つまり、そういうこと……?

 

 ヴォエェェェ───ッ!!!

 

 

 


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