臨時休暇をもらえる嬉しさから、奇行は普段より更にエスカレートする。
休暇中の無敵。
ここ九州では初お披露目となる、入学一年目のイキリ大学生並みのテンションで佐世保鎮守府を訪れ、佐世保第一鎮守府提督の側近である副官殿に、精一杯の手間と時間をかけた手紙を渡す。
「ハッピィィィィニューイヤァァァァ!!!」
「あ、明けましておめでとうございます。宍戸司令官殿、亥年だからと言って猪の真似など……それよりも、例の件の書類は、出せますか?」
「出そうと思えば」
「では、お願いします」
「で、出ますよ多分……ジョボジョボジョボボボ! ブッチッパッ!! はいこれ渡した。あぁもう出ないです……」
「きたない」
警備府中庭。
「わーい! まてまて~!」
「あははっ! 捕まえてくださ~い司令かーん! あはははっ!」
「司令、私はこっちよ! 捕まえてごらんなさ~い!」
「お、朝風~そんなに鬼になりたいのォ~? じゃぁあ、俺ぇ、本気ぃだしちゃおうかなァ~!? グッヘヘッへへ!!! 待て待て鬼さん俺さん勃起ぃ~!」
「「「きゃー! いやぁああーッ!!!」」」
「「「…………」」」
宍戸大佐は暫くの休暇を楽しんでいた。追いかけ回されている神風たち、それを見て微笑んでいる涼月、彼女とお茶を楽しむ兵士たちは、和気あいあいとして蒼天の下で、一時の安楽をエンジョイしている。
それぞれが警備府に舞い降りる日光を満喫しながら談笑や遊びに従事している姿を見ると、それほど状況は悪いようには見えないだろう。
同じくしてオイゲン中佐は蒲生提督に促され、休暇届を出すと共に柱島に一度帰省すると言って警備府を出た。
外人枠として捉えられているガンビア・ベイには音沙汰はないものの、少なくてもベリングハム少佐、彼の周りにいる有能な士官たち、更にはダンディー班長までもが作戦と関わりのない主計部補佐、謹慎、または左遷を受けた事実と、その中にも複数の日本人が含まれていた事は、知れ渡っていない。
理論はおかしいんだが、それ以上にあの佐世保の司令長官の行動は不自然だ。
これはきっと何かの陰謀だ。俺を外したもの、外国人とかそんな理由だけじゃない。必ずなにか他の理由がある……そう思考を巡らせているのに、今こうして神風のような大正ロマンの塊と戯れる宍戸大佐の姿を見て、一番心を痛めているのは、長崎警備府に司令官として着任した斎藤大佐である。
「クソ……なんだあの醜態は!? アレは私が知っているヤツじゃないぞ!? あ、いや、よく考えればそうでもないか……いや、しかしなぜ私がヤツの後釜としてここに連れてこられたんだ? 一体なぜ人事部はこんな暴挙に? アレと交代させられるような状況とは? 何か壮大な陰謀には違いない。だが何故私が作戦に参加させられるんだ? いったい私は誰だ?」
「お、落ち着いてください兄さん……」
宍戸大佐の後釜として着任した斎藤大佐は荒れている。
妹である親潮の前では毅然としている彼が、平気で愚痴と意味不明な自問自答を連発するさまを見ても、その表情に余裕がないのが分かる。
大佐は勉強とデスクワークにこそ真価を発揮するものの、艦隊指揮をする立場としてはあまり評判が良くない。作戦が失敗することは少なく常に理論的だが、艦隊指揮や艦隊運用において、現場で即決するべき判断や、直接的な戦闘における戦術面での実力を出せないでいる。それは、常に変わり続ける戦況の中での対応力を求められる事に慣れていない……言わばマニュアル人間のような性質である。
それに負い目を感じているフシがあるが、自分ができないことを容易にこなす人物が、今はなぜか和服姿の少女を追いかけ回している所を見ると、非常にぶん殴りたくなるらしい。
斎藤大佐の秘書艦をする親潮も、今の宍戸大佐の醜態を看過できていない。親潮は未だに、彼との過去の出来事を引きずっている。だがらこそ、20年ほど精神退化した彼の奇行は見るに堪えないと思っている。
今でも囁かれている……これは、宍戸司令官の”黄金期”であると。あるいは、業務から開放された”無双状態”であると。
何れにしても、開放感という名のバフを全身で味わう彼を止められる者はいない。
「村雨、君はどう思うんだ? 彼のあのような姿を見てどう思うだ? 私が立派に秘書艦を勤めた人物だと胸を張って言い切れるのか?」
「はい! だって、あんなに楽しそうなんですよ? 宍戸さんはやっぱりあぁじゃないと……私も仲間に入れてほしいですっ、入ってもいいですかー!」
『『『いいおー!』』』
「村雨くん流石に君が……って、行ってしまった。クソ……」
「どうしたんですか兄さん? 村雨さんの仕事はもう終わってるので、遊びたいと仰るのであれば、遊ばせてあげてもいいのかとおもうんですけど」
「いや、流石にあの短く扇情的なスカートで鬼ごっこに参加するなど……不純すぎるだろう? 女性ならば、あの大正ロマンのようにロングスカートを履くべきだと私は予予だな……」
「え、スカートの丈がアレぐらいじゃないと駄目って……つまり、親潮のこともそういう風に見てたんですか?」
「なぁ!? い、いや、そういうわけでは……」
「不潔です。気持ちが悪いです」
「────ッ」
食堂。
さっき大佐が泡吹いてたけど、どうしたんだろ?
まぁいいや、俺にとってはもうどうでもいいこと。
斎藤大佐は新たにこの警備府に着任し、親潮が秘書艦となっている。
俺は爺さんの実家しかない上に、戻りたくないという強い思いからこの警備府に留まり、今ではあんなことがあったというのに、おこがましくも佐世保鎮守府に入り浸って参謀長さんとか赤城提督と話したりしている。
俺が習わなかった部分の勉学についてのご指導を受けている他、長崎にある退役軍人施設などに赴いては、現場での処世術や、勉強では到底及ばない体験談なんかを取り入れている。上は戦術学や国際学から、下は軍曹の目を盗んでズル休みするライフハックなど、様々な情報が飛び交う俺の脳内は、一時の発散を求めるようになる。
そんな時に神風たちみたいな可愛い駆逐艦と追いかけっ子をしたり、涼月をじっと見つめて赤面させたり、お酒はまったく飲めない俺だが一応宴会みたいになってる飛鷹と隼鷹のパーティーに参加させていただいたりと、かなり充実した毎日を送っている。
たまに幼児退行してるとか言われるけど、逆に幼児退行できないようなヤツが提督になんてなれるわけないだろ!
人生とは、常に臨機応変を求められるものなのだ。それは固っ苦しい軍隊でも同じ!
「んん~! ごはんウマー! 白露のが、いっちばーん美味しいと思うんだけど、異存はない?」
「「「ないでーす」」」
俺は国際学についてまとめられたノートと万年筆を片手に、白露さん、時雨の他に、鈴熊や初霜たちと休憩をとっている。勉学、人脈構成、遊び……この3つが俺の人生を支配している今、俺に敵う者は誰も居ない。
何時も通りのコミュ力を駆使して神風たちと仲良くなれた俺は、帰ってきたらカルタをしようって、みんなで决めてるんだぁ~!
あ、それ死亡フラグ?
「異存なーし、ついでに気力もなーし! お姉ちゃんに構わない子はお仕置きだって、子供の頃から教えてるのにー。うん、これはお仕置きが必要みたいだね!」
「白露さんやめてください。それより俺にあーんして」
「もう宍戸くんったら甘えん坊っ! はい、あーんっ……どう?」
「うん! しらつゆおねえちゃんのたべものおいしいよぉ~! ばぶぅ!」
「いいこだね! よしよしっ、いいこいいこ」
白露さんに抱きつき、その胸の感触を頭上で堪能した。
案外まんざらでもなさそうな顔……いや、むしろ母のような微笑みを浮かべ俺の頭を抱える白露さん。母性の塊やで? 普段あんなにいっちばーん、いっちばーん言っとるくせに。白露さん、作戦中も、いっちばーん! って使うんだぜ? 作戦詳報でも一番上に、いっちばーん凄い戦果上げたよね!? って書くし。
「うわぁ……宍戸っち気持ち悪すぎ。てかなんで白露なの? 鈴谷の膝でいいじゃん!!」
「いいの?」
「う……う、うん! もちろん! さーカモン!」
「ヒャッハァァァァ!! スズヤはエッチだなァァァ!?」
「きゃあああああ!!!」
ルパンダイブで飛びかかった俺の顔面に鈴谷のキレイな脚が俺の腹部に直撃する。
「ハァ……宍戸くん頭大丈夫じゃないのは何時ものことだけど、それよりどう思う? 別に悪い司令かじゃないんだけど、提督育成プログラムに参加した人なのに、あまり円滑に作戦が進んでないような……」
「時雨、一応俺の先輩であり同僚であり同期なんだからそうやってイジメるのはやめてさしあげろ。あれでもいいところはある。マニュアル通りに従うのはいいし、勉強は俺よりもうまいし、正直言って非の打ち所がないイケメン提督だぞ?」
「人間って縛りから開放されると奔放になったり寛容になったりするいい例だね宍戸くんの現状は。僕も休暇取ろうかな~……チラ、チラ?」
「それ俺にじゃなくて人事部か司令官に言え。今この警備府預かってるのは斎藤大佐だろ」
鈴谷や親潮などは、休暇を取りたいと言っていた艦娘たちは多く、一緒に休暇届けを出そうとしていたんだが、ただでさえ着任したばかりの鈴谷達にその権限はなく、あったとしても有給か体調不良を訴えてズル休みする程度だ。
しかも有給となれば申請に一ヶ月以上かかると言われているので、そう簡単に通るような代物じゃない。
だが俺のはかなり早い段階で申請が通った。流石は佐世保の司令長官殿だ、実に用意周到である。この作戦は全体から見れば気にならないレベルの細かい人事の調整にも見えるが、柱島泊地や俺の謹慎はいい影響を与えないのは事実だ。
つか大淀軍令部総長はなんでこの作戦の人事に賛同しているのか分からねぇ……いや、黙認だけど、事実上は賛同に近い。まぁあの人のことだから、なにか陰謀があるんだろうけど、それを見極められるほど俺は政治合戦に参加しているわけじゃない。
しかし他人事で悪いが、そのことも含めて俺の知ったことではない。
俺は今や、人類が保有する自然的かつ当然の権利である休暇を、これまでにないほど満喫している。24時間365日体制から抜け出せた俺は、利己主義的にこの状況を全力で楽しむ方針にした。
と言いつつ論文や研究も怠らない。
勉強や上官からの教授も、海軍士官たるもの常に勤勉であれという兵学校時代の洗脳から来ているものであり、それに従う事こそが賢い人間のすることである。
軍事学も履修して、通信で博士号でも取ろうかと画策しているんだが……海軍大学校時代の論文そのまま使えないかな?
まぁそれは冗談だけど、レポート作って適当に送るか……海軍大学校の戦略研究科とか。教授や上官とのコネクションはまだ続いているからワンチャン行けるかも?
「初霜、ちゃんと食べないと大きくなれないぞ?」
「失礼ね! 私はもう大人よ!……まぁ、そう見られない事が多いんだけどね。白露や村雨が羨ましいわ」
初霜は自分の胸を見下ろしている。
確かロッカーの中でスニーキングミッションみたいなことしてた時はスポーツブラっぽかった。それはそれで素敵だと思う……いや、センシティブな事にはなるべく関わらないようにしよう。
「えっへへ~ん! それほどでもぉ~!」
「え、僕は?」
「時雨、お前さ……いや、別に小さいってわけじゃないんだけどさ。その、村雨ちゃんとか? 白露さんとか? 比べる対象がそもそも違うっていうか……」
「なるほど、宍戸くんの言う通り胸ってのは大きさじゃなくて形と色ってことなんだね! だからいつも僕とお話する時、僕のおっぱいばっかりジロジロ見てるんだねっ!」
「なぬ? お主、まことか? とんだ変態じゃのう……」
「初春、変態って言葉の意味知ってる? 変わってるてことなんだよ? つまり、俺は、漢として、まったく、正常なの。だから、変態じゃないの。あと時雨お前、誰が胸ばっかり見てるだ犯すぞ貴様」
「僕に勝てると思ってるの? 艦娘様に歯向かうとどうなるか、身をもって知るべきだと思う。あ、でも何回も教えてあげてるのに、一分後には忘れてる宍戸くんには学習は無理かもねっ」
「「グルルルルルルルルッ!!!」」
ROUND 1、READY FIGHT!!
DING!
「微笑ましいな。若葉も、初霜とこんな風になりたいものだ」
「え!? こ、これは流石にちょっと無理かも……」
「初春さん達の教育上よくありませんのに、レディーの前で闘牛のように争うなど言語道断ですわ……」
「子日たちは陸上訓練でもこれぐらいしてるから大丈夫だよー!」
「この程度はじゃれ合いだ……」
「しかし見ていて面白いのじゃが、流石に警備府の品格が落ちるのはのう……妾たちの提督として、威厳を持ってほしいものじゃ」
「そうね、提督そのへんで……って、もうボロ雑巾じゃない」
WINNER SIGURE!
「ボロ雑巾とは失敬な、この警備府の初代司令官であるぞ」
「うあ! び、びっくりした……いきなり立ち上がらないで!」
仰向け状態から腕を使わずに起き上がる動作。普段使わない筋肉を使うため、起き上がる為に多少ビクつきながらも勢い良く、そして何より早くヌメっとした動きになる。やっている本人が言うのもアレだが、ハッキリ言って気持ちが悪い。
兵学校時代に流行ったんだよなぁ……時雨もやってたし。
女性陣は、夜中の怪談で盛り上がる女子のようにキャー! とか、キモー! など共鳴している。
「初霜たちって確か宍戸くんと知り合いだったよね?」
「ねえさん達とは会ってないけど、要港部から鎮守府に一時配属された時に、ちょっとお世話になったの……」
「「「お世話……?」」」
初霜が少し頬を赤らめながら発した言葉は艦娘たちの目を歪ませた。睥睨が向かう先はもちろんこの俺である。
「は? また俺何かやっちゃいましたぁ……? 初霜はお世話って言っただけなんだよなぁ……それで何かいやらしい事を想像した人は、精神の根本がスケベドクソエロマ○コである可能性が114514%。これじゃあ左遷されたあのイケメンホモ外人の方がよっぽど健全って事になる可能性が微レ存……?」
「いや、さっき神風たちを追いかけ回してた事も含めて、僕たちが目を離したら何するか分からないから警戒してるんだよ? あと今のセリフ録音して鴨川のゲイ三人衆に送ったからっ」
「はははっ、時雨? お前は俺をメキシコシティーの路地裏で転がってる変死体みたいにしてぇのか?」
「もしそうだとしたら、どうするの?」
「抜きな時雨……ッ、どっちが素早いか試してみようぜ、というやつだぜ」
「いいよっ、でも相手は僕じゃなくて彼ね」
「Cpt.Shishido、勝負です♂」
ROUND 1、 F○CK!
「おい待てぃ、何故貴様がここにいる!? そして何だそのフランクフルトは!? 明らかにレギュラーサイズじゃないアメリカ生まれのホットドッグ!? 休暇中だからって軍法会議に持ち込めないワケじゃないんだぞ!?」
「で、でもぉ、司令官はもうお尻に異物を入れられるのに慣れたんじゃ……」
「誰がそんなコト言ったの綾波ちゃん?」
申し訳なさそうに時雨を見る綾波ちゃん。
俺から視線を外す時雨。
さらに俺から視線を外すみんな。
楽しそうにクソデカソーセージを振り回すべリングハム少佐。
助けを求めてもう一度助けてシグナルを送る俺。
見捨てるみんな。
「大丈夫よ宍戸さん。それただのソーセージだから」
「夕張、お前も加担しているのか……?」
「知らなかったのよ少佐がその……そ、そういう人だって! あ、でもその辺で売ってるお肉と変わらないから。ほら、あむっ」
「「あああああああああ!!!!!」」
男には痛い一撃だ。目の前で卑猥な造形をしたデザートイーグルが容赦なく齧られ、中身が露出してしまったその惨たらしい姿を見るのは、漢として耐えられない。ホモもノーマルものた打ち回る。
(※ただのソーセージです)
「危うく逝きそうになったぜ。話を戻そう。なんで少佐がここに!? たしか主計部じゃなかったの!?」
「仕事がないんです……というより、私も休暇を頂いたので、することがないんです」
「誰コイツ警備府内に入れたの?」
「え、少佐さんは顔パスでいいんじゃないの?」
「いいわけないやろ規律考えろ」
それかせめて海外艦とかいう、全身スケベエロスの塊みたいなの一緒に連れてこい。じゃないとむさ苦しくなるし、このイケメンとカンケイ♂を持ってるなんて噂された日にはレ○プマンになってでも自分がノーマルだって証明してやる。
男とウワサなんてまっぴら御免被りンのスケベイ。
「まー別にいいんじゃない? 鈴谷たちも気にしないし」
「楽しければ何でもいいですわっ」
何でもよくない。
時雨たちと初春たちは、初霜と俺の出会い話に夢中なっている。クソ、味方がいない……だと……? 綾波ちゃんとべリングハム少佐の魔の手から救ってくれる人はいないのか……?
「あの、大丈夫なのかしら? 提督があの少佐さんに迫られているように見えるのだけれど……」
「ん? あぁ大丈夫大丈夫。宍戸くんあぁいうの好きだから」
「そ、そうなの? たしかに、本当に嫌なら跳ね除けるはずよね……つまりは、そ、そういうぷ、ぷぷぷプレイねっ!?」
初霜の閃いたような笑顔が視界から消え、目の前にはイケメン外人一色となった。
男と一緒にいるだけでそんな言われるなんて、この世の中全部ホモじゃん。ホモ・サピエンスじゃん。
食堂という人目に付きやすい公然とした場所で壁ドンされた俺の状況は、半ば同人誌だった。
「Cpt.Shishido……」
いや……! おれ……汚されちゃう……!
壁ドンされたのは舞鶴以来かもしれない。