整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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舞鶴参謀時代 料理大会、もしかして幽霊?

 

 

 天龍を補給担当として一時的にだが加えるのはもちろん抵抗を呼んだが、俺と、それを支持してくれた駆逐艦や旗艦たちの進言によって辛くも通り、天龍は新しくできた仲間たちと料理に励む。

 案外料理の腕前は悪くなく、遠征艦隊の旗艦としての突出した技量、そして燃料燃費の良さもさることながら、料理もできて面倒見もいい。

 結婚相手としてこれほどいい条件はない。

 

 現在舞鶴にいる第8師団の駐屯地の一つ。

 

 中には舞鶴にいた頃に見た顔ぶれが並んでいるが、積極性のある海軍に対して嫌な顔をする者も多い。しかし、俺たちは踏みとどまるわけにはいかない。

 陸軍師団はよりすぐりの補給担当が、その年月の全てをかけて作った料理を持ってきている。途中参加の海軍なんかに負けるかと気合が入ってるのはいいんだが、審査員として参加する俺や、審査員の人口の殆どを埋める空軍連中の他には、現在の俺の上司である副参謀長と、それに相対するかのように陸軍の副参謀長とその部下がいる。

 

 調理場から料理が運ばれてきて、テーブルに置かれるはずなんだが、その前に空軍からの審査員で最も階級が高い空軍大佐がみんなの前に出る。

 

「本日はお日柄もよく、当大会を審査するのに最適な日であると言えるでしょう」

 

「もう待ちきれないよ、早く出してくれ!」

 

 陸軍の副参謀長は屈託のない笑顔を浮かべてそう言った。

 

「それでは早速お料理ぃへと参らせていただきますが、その前に幾つか注意事項があります」

 

「「「ん?」」」

 

 俺を含めてだけど、全員はルールというか、審査基準や最低限度のマナーなどを話し合ったばかりなので、師団の参謀さんと、舞鶴の副参謀長と俺は頭にはてなマークを作った。

 

「当大会のことは一切他言無用でお願いします。次に、途中退場は一切認められておりません。たとえどのような料理が出てこようとも、全て……完食していただだきます。もし残した場合はペナルティとなりますので、そのつもりでお願いします。最後になりますが、先程も言いましたように、ここでのことは一切他言無用でお願いします。もしうっかり口を滑らせるようなことがあれば、その時は命に関わることになりますので、お願いいたします」

 

「分かったもう取りあえず待ちきれない早く出してくれぇ!」

 

「「「!?」」」

 

 師団の副参謀長は今日のために朝食を抜いてきたのかと思うぐらいせっかちだった。身体測定を受ける女子じゃないんだからさ。

 

 俺はうんうんと頷きながら、何故か身の危険を感じたので部屋を出ようとした。

 

 しかし、副参謀長に肩を掴まれた。

 

「待て宍戸、どこへ行こうというんだ? まだ料理は出されていないぞ?」

 

「ハッ、小官にはやはり荷が重く。失礼ながら身を引かせて頂きたく思います」

 

「何を言うんだ!? あの前線の龍がそのイキでどうする!?」

 

 そのクッソ恥ずかしい名前やめてもらえませんかねぇみんな見てるんでェ……前線艦隊と、俺のファーストネームから取り──前線の龍。

 クゥゥゥ! もう浸透してるので今更取り消せない。そんなダサい名前より、フロントラインドラゴンとかカッコイイ名前にしてほしかった。

 

「は、ハハハ! 海軍のヤツラァビビってやがるぜェ!? あは、アハハァァ!! で、でも今日は体調が悪いんでウチも帰って……」

 

「ん?お前さっき待ちきれないとか言ってなかったか?」

 

「そ、それは言葉のアヤってもんッス! 建前!」

 

 とは言っても元気に反論する姿では説得力に欠けるだろう。ザマァ見ろ。

 

「それでは入りましょう、全班ではありませんが、半数以上の料理は既に仕上がっていますので、きっと気に入ってもらえると思います」

 

 必死に出ようとしている俺の腕を、副参謀長は加齢臭の強い自分の身体と密着させて、拘束しながら部屋の中にはいる。クソ、なんで俺ばっかりこんなクソみたいな……いや、仮にも誉れ高き緊急出動隊である陸軍さんなんだ、野暮なモノは出さないだろう。普通に美味しければいいんだし、提督には海軍側の料理に高い評価を与えよと言われているが、俺は公平に行きたい。

 今回の勝負はなるべく材料の種類を絞っての料理がテーマなので、普通のテーマであるよりも断然と勝機があることは舞鶴でも話題となっていた。

 部屋に入ると、早速鼻腔を刺激してきたのは漂う夕食の香り。

 アロマとはまた別の、人間の本能的な欲を燻るスパイスの連打が成す、脳への訴えが俺を喜ばせた。

 

 そう、このおいしさはDNAに素早く届く。

 

 空軍や陸軍の奴らは慣れているのか、まったく表情を変えずに入っていき、早速食べ始めながらマイ箸と、メモ帳やライティングボードを出し始める。

 ビュッフェ式に並べられた料理はシンプルながらも、どれも美味しそうで海軍の料理とは若干異なっているのか、新鮮味があった。ビュッフェみたいだからといって好きに手を付けていいわけではなく、話し合いながら班の番号が書かれてあるネームプレートを凝視して、本格的な審査を始める空軍連中。

 

 俺も一口適当なのを副参謀長と食べる。

 爆発的な自然の風味を引き出す煮付けが口全体にフレグランスを広げる。

 ……が、正直もう少し濃い味付けにしたらもっと良かったと思う。それさえあれば、と思うほど惜しいと思うほど、この料理は美味しい。

 口に出しても、美味しいとしか表現する方法はないだろう。逆にパンチがないとも取れるが、テーマがテーマなので、それほど無理強いはできない。

 

「なんだ、美味しいじゃないか! なぁ宍戸!?」

 

「はい、そうですね」

 

 副参謀長はいったい何が出てくると思ってたんですかねぇ……流石はこんな大会を開いているだけあるな陸軍さん、この人たちを異動させられるんだったら、権限使って補給班を鎮守府に呼び出したいわ。

 

 ある程度歩き回り、全員が味見を終えたあと、追加で入ってきた複数の皿が既存の皿と取り替えられる。

 運んできたのはどうやら料理を作っていた部隊の人たちらしく、その中には異様な存在感を放つ天龍もいた。

 

「よっ、結構うまく出来てるじゃん」

 

「ま、まぁな! オレたちにかかればこんなモノだ! うん!」

 

 若干引っかかる部分はあったものの、仲間とも仲良くやれている様子だし、天龍の飛び入り参加をあまり気にする必要はなかったようだ。

 海軍唯一の参加者である天龍の艦隊の肝心な料理はなんとリゾット……のようなもの。

 トマトソースを主体とした混ぜ合わせご飯と、一見インパクトに欠けるが、使用している調味料などはかなり少ないはずだ。そのうえ旨いともなれば申し分ない。

 個人的には天龍が鎮守府のみんなと一緒にうまくやれているかどうかの方が気がかりだったので、勝敗なんてどうでもいい。

 

 天龍が最後にお皿の上に岩塩をかけた。

 

「……よし」

 

 適当すぎる。

 

 空軍の連中はこぞって海軍側の料理を試してみたかったらしく、出された瞬間、一斉にそのリゾットモドキに寄り集まる。

 俺たちも口を付けた。

 

「「「……これは」」」

 

 美味しいが、実直な感想を言わせてもらうと、

 

 普通。

 

「は、ハハッハァ!! 所詮は海軍の料理ィィ! 海クセぇ料理が大地の恵みを授かったァ俺ら陸軍にぃ、勝てるワキャネェェダロォ!? アアアアアハハッハハ!!!」

 

「その世紀末みたいな喋り方どうにかならないの? 流石陸軍」

 

「「グルルルルルル!!!」」

 

「やめないか、みっともないぞ」

 

「すいませン」

 

 

 

 料理大会は終了し、そのすべて物色したあとでやる事は分かるよな? 審査の時間だ。

 

 といっても俺達はそれぞれの料理に点数と感想を書いて、提出するだけで発表は後日となる。偏った感想を避ける為の空軍であり、念密に審査を下すのは彼らの栄養士である。精算して結果を公表するのは当然だが、その他に理由を上げれば、海軍がいると喧嘩になって会場壊れるからである。

 結果は陸軍チャンネルで発表される予定だが、海軍の人たちが暴徒と化して乗り込んだりしないか心配すぎる。

 

 結果を見て天龍が泣くような事態になってみろ、駐屯地が海軍によって武力制圧されるぞ。

 

 とワイワイ話しながら輸送車の中で補給班との交流を深めていく。 

 

「良かったぞ天龍、あとみんなもよくやってくれたな! すげーうまかったぞ!」

 

「へ、へへっ、そ、そうか? でもオレは何もしてないし……」

 

「謙遜しないでください天龍さん! 俺たち一生天龍さんについていくッス!」

 

 告白みたいなセリフ、ロマンチックやん。

 

「それ龍田さんもついてくるってことだぞ」

 

「「「あ、やっぱいいッス」」」 

 

「なんでだよ!? 龍田はイイヤツなのに……」

 

 イイヤツと怖い奴は兼任できるって知ってた?

 天龍にエッチな事しようとしたら絶対に殺されるじゃん。

 

「「「アハハっ!」」」

 

 だがみんな笑ってる、みんな笑顔で家に帰る。

 

 笑い合い、勝利と共闘を分かち合い、共に人生と言う名の青春を謳歌した皆となら、これからも鎮守府を盛り上げていけるだろう。

 

 と、俺は心の底から思っていた。

 

 

 

 

 

 

 と、いかにも海軍同士で仲間割れする展開かと思いきや、そのような惨事は起きなかったし、起きるわけがない。仲のいい海軍士官同士でいがみ合うほど、俺たちは落ちちゃいない。

 

 え、海軍派閥争いだって? 

 

 派閥争いなんて無かった、いいね?

 

 

 

 数日後の舞鶴第一鎮守府の出撃所。

 

「なんだって俺たちの船にテメェら見てぇな陸クセェ阿呆ども乗せなきゃいけねぇんだアァ!?」

 

「ほお~、炊事競技大会で負けたからってそんな吠え面かかれてもなァ……?」

 

「お、平気で逆鱗に触れる陸軍将校さんマジリスペクトっすわ~あははは! よしシバくぞお前らァ!!!」

 

「やってみろや海潜りしかできねぇワカメちゃん共がよぉ!? ワカメちゃんがカツオに勝てると思ってンのかアァ!?」

 

 出撃所にてもめている数人の集団と、もう一方の集団は人数的に互角だが、ここは海軍基地である鎮守府なので、原則的にコッチが優勢か。

 

 一難去って、また一難。

 

 天龍周りでしていた俺のフォローも少しは甲斐があったのか、補給班との交流を口切りに、その後も順調に組織へと馴染んでいく。

 

 一匹狼から、慕われる先輩になるまでは大した成果だが、それ以上に天龍自身の頑張りが身を結んだ結果だった。

 仲良くなったと思った次がこれだよ。

 

 陸海の茶番が最早定番となっているこの頃、いがみ合っている理由は試験段階中の輸送船に陸軍を乗せたくないと、海軍側から突っかかったからである。フィジカルコンバットはまだ無いものの、いつ第二次舞鶴陸海対戦が起きても不思議じゃない。

 第一次陸海対戦(剣道)に参加した身としては、あの惨劇を止めたいと思うのは必定。頃合いを見て止めるつもりだが、今回は完全に私的な感情で乗せたくないと言い張っているこちら側が悪い事は遠目で見ても明らかだ。

 

 実は俺、さっき軍需部に書類渡しに行ったんだけど、この新型輸送船の試験の立ち会いを頼まれたんだよなぁ……こういう事態を想定して、未然に防ぐ為に俺に頼んだんだろうけど、既に手遅れとはたまげたなぁ。

 新型兵器の周知と用途の説明のために近くの要港部や警備府からも来るから、本家舞鶴が醜態を晒すのはNG。

 

「ここの天龍サンを誰だと思ってンだオラァ!? 陸クセぇクソカスも一撃轟沈拳! 飛翔の龍、天龍様だぞオラァ!!」

 

「フ、怖いか?」

 

 颯爽と後ろからやってきた天龍。その異名どこで拾ってきたの?

 天龍が仲良くなってるのはいい事なんだけど、反面で陸軍との溝がモーゼの海割りの如くバッサリと別れている。

 

「ハァ!? 天龍だってよォオマエラ!? ドラゴンちゃんどうしたんでちゅか〜?」

 

「え、何その眼帯? かわいいでちゅね〜」

 

「おいおい、よく見たらエロい体してんじゃねぇかよ!」

 

「う……」

 

 流石の天龍もやりチン的な雰囲気のチャラ男達に囲まれれば乙女のように怖気づいてしまう。一切顔を変えていないように見えてヘルプサインをこちらに送ってきている。

 

 輸送船に関しての陸海同士の揉め事は過去にもあったが、過去から学ばない以前に俺の目の前で喧嘩起こされるのはたまったモンじゃない。立会人を任された以上は任務を全うする。

 

 止めよう、海軍の為にもーーそして何より、天龍に突っかかる事で龍田サンというリーサルウェポンが飛んできて恐怖から絶望の底へと落とされる事を知らない愚かな陸軍諸君の為に。

 

 その思いを胸に前へと踏み出した俺よりも、先に歪み合っている集団へと歩み寄ったのは、小さな艦娘だった。

 

「申し訳ありませんでした! 我々が失礼な事を言ってしまったのなら、一時の失言ですので! この場は……どうかお願いします!」

 

「お、おい初霜」

 

「黙ってて!」

 

 天龍から初霜と呼ばれた艦娘の剣幕で、双方が黙り込む。しかしそれで立ち止まるような陸軍じゃない。

 

「お、この娘も可愛いじゃん。ソッチが悪いと思うんだったら、誠意っての? 見せてもらわなくちゃねぇ?」

 

「そうそう! 例えば初霜ちゃん、だっけ? 君のパンツ見せてくれるとか」

 

「「「ハァ!?」」」

 

 流石の海軍兵士諸君もこれにはブチギレる。天龍は今にも腰に添えた剣を振りかざしそうな勢いであり、初霜も要求を受け入れそうな雰囲気だったので、ようやく俺が登場する。

 

「あのぉ〜、もうそろそろ時間押してるんで、そのへんで手打ちにしてもらえませんかね?」

 

「「「宍戸中佐!」」」

 

「は? テメェ何言って……って、え? 宍戸……? おい、まさかあの人って……」

 

「ま、間違いねぇ……艦娘と己の肉体だけで海上を切り抜けたあの前線のりゅ」

 

「そうそうそうそう! その小っ恥ずかしい名前のヤツ! あ、口に出さなくてもいいからね? 俺あの名前気に入ってないから絶対に口に出すなよ」

 

 時間が押してきたのは事実であり、他の要港部や鎮守府にいる艦隊も続々と集まってきている。それは出撃所を埋める勢いで入ってきており、その中心でギャーギャー騒いでいる俺たちに視線が集まる。

 

「って事は、元連隊長の斎藤大佐の同期……?」

 

「それマ? あの陸軍裏切った奴の同期とか……」

 

「は? 斎藤連隊長は理想の隊長だろうがァ!?」

 

 ……よし、形はどうであれ、海軍への敵意は逸らせた。天龍や他の艦娘たちにも今のうちに彼らから退散させて、彼らの連隊長と整工班班長が来るまで待つ必要がある。その間に仲間割れを仲裁すれば、すべてが上手く行く。万事解決ってやつだ。

 

 輸送船の試験をさ、難しくしないでほしいってのが俺の本音。その意を汲み取ってくれなかったので、こいつらを黙らせる方法として使ったのが、脅しである。

 陸海空同性愛掲示板というディープな場所へのアクセスをゲイの紳士方から手にしてしまった俺は、何に使うのかとずっと迷っていた。まさか「いい加減やめねぇと、テメェらの名前使って、エイズになりてぇ! って掲示板に書き込むぞ」と囁くのがこれほど効果があるとは思いもよらなかった。

 

 俺の説得もあり、退散して整列する陸軍を見届けたあと俺が探したのは、あの勇猛で可愛らしいバンダナの艦娘だが、既にみんなと同じように整列している様子だ。

 

 諌めようとしてくれてありがとうと、後でお礼を言っておこう。そう思って食事に誘おうとしたんだが、試験が終わった後、数分ほど彼女の姿を探し回ったんだが、初霜はどこにもいなかった。

 

 ……もしかして、幽霊?

 大昔に、アクシデントで大破着底して終戦してしまった駆逐艦の彷徨える舞鶴の亡霊説。

 

 俺、スピリチュアルなモノは大ッキライなんだけど。

 

 


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