整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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外国の方々が集まる由緒正しきティータイム

 

 警備府は静けさを欠いていた。

 多くの士官が忙しなく警備府を駆け巡り、規定の仕事を終わらせようと粉骨砕身を心がけていた。  

 艦娘や士官が、通り際に感じた違和感に、ついつい首を横に曲げる。100人いれば99がその美術的造形に眼を奪われるソレは、既に異様だと言われるここ長崎警備府に……いや、あるいは元々この国にはない独特の雰囲気が、警備府に新たな風を巻き起こしていた。

 

 廊下を颯爽と歩いている彼の横を通れば、女性のほどんどは振り向くであろう。知性的なスマイルに、白人特有の色白肌を持つ9頭身。金髪碧眼の美少女はしばしば日本人男性の憧れと揶揄されるが、それを転換させたような美青年に対して、女性士官らはうっとりと顔をほころばせていた。

 

「きゃああああああ!!! ギャアアアアアアアア!!! グアアアアアアグアウアウアウウアウアアア!!! あ、あの、サインいいですか!?」

 

「私……ですか? はは、いいですよ。しかし、なぜ私のサインを? ゲイノウジンになった覚えはありませんが……」

 

「そんなことはないです!! 超イケメンな海軍の外人モデルって有名ですよ!? 雑誌、全部持ってます! 感激です!!」

 

「ははっ、お世辞でも嬉しいです、ありがとうございます。嬉しい気持ちにさせてくれたお礼として、何かお礼ができればとおもったのですが……」

 

「お話出来ただけでも光栄ですぅ……あ、じゃ、じゃあサインをお願いします! 毎朝ペロペロイクイクしますのでっ!」

 

「さ、サインはまた今度にしておきましょう。そのようにされるのは、流石に恥ずかしい気持ちがこみ上げてきますので……でも、もしよろしければ、これを貴女たちに」

 

 女性士官二人の手を握るベリングハム少佐。

 握りしめた手元には紙切れがあった。それは、ベリングハム少佐を起用しているモデル事務所が勝手に作った名刺であり、裏には手書きのサインと、電話番号が印してある。

 女性士官の間で有名な”殺人イケメンスマイル”を放射して、彼女たちに投げキスをしながらその場を立ち去る。

 

「い、イケメン……あ、私のOMATA、いま大洪水……っ」

 

 

『クソ……あのイケメン野郎、またココに来たのかよ? また宍戸司令官に会いに来たとかか? アイツらデキてんじゃねぇのか?』

 

『いやそりゃねぇだろ、だってあんなに女にモテて、それでオンナ好きじゃねぇとか世の中狂ってるぜ? 男好きだとしてもバイだよきっと』

 

 そういう問題ではないような……と、心の中でツッコミ、腕時計に目を光らせながら歩くスピードを調整する。彼がいつも向かう先は宍戸大佐の居場所だが、今日は別件でこの警備府に足を踏み入れている。トモダチに会いに来きました、と言えば大抵は彼を通してくれるこの警備府のセキュリティー面を心配しながらも、通してくれるのは宍戸大佐の口利きあっての事だと理解していた。そう思うと、ケツは絞まる。

 

 途中、何度も女性士官や艦娘に声をかけられては止められ、いい加減に待ち合わせの時間を過ぎてしまうことに危機感を覚え始めた少佐は、少し小走りで目的地へと向かう。

 

 その目的地を閉ざす扉にノックをかけ、ドアノブに手をかけた。

 

「失礼、元気だったかなSaratoga? Bayも元気にやっているようで何よりだよ」

 

「お久しぶりですねBirmingham、今日は私のために来てくれてありがとうございます」

 

「Brimingham、コーヒーと紅茶あるけど、どっちがいい? あ、聞くまでもないって顔してる……」

 

 ガンビア・ベイは少佐のコップに紅茶を注いだ。

 エイジャックス・スペンサー・スコット・ベリングハム少佐はイギリス系アメリカ人の家庭であり、アメリカ育ちだが親の影響で英語が若干イギリス訛りである。そのため、アナポリスを通称とするアメリカ海軍兵学校では、その品格と立ち振舞いから、見た目だけでかなりの優等生に見られていたという。しかし嫉妬も買うハメとなり、彼のフルネームをイニシャルで略し、ASS(ケツ)、B{UTT(ケツ)}と陰で呼ばれていた事も彼は知っている。

 イギリス家系に生まれたからと言ってコーヒーを否定するタイプではないが、少ならからず彼自身の血筋を誇りに思っている節があり、コーヒーと紅茶という二択では紅茶を選ばざるを得ない宿命を背負っている……というのが、彼の持論である。

 

「相変わらず紅茶がお好きなんですね……コーヒーも悪くはないのですよ?」

 

「確かにそうだね、でも好んで飲むのであれば断然、紅茶だ。この風味、この舌触り、この安心感……コーヒーも飲んだことはあるよ、でも紅茶がない環境であれば、水の次ぐらいの優先順位だ」

 

「BirminghamってSt**bucksとか行かないの? Mcd**aldsとかは? JapanのやつはFrickingおいしいよ! あのSakuraFrappはすごく美味しかった!」

 

「はははっ、良かったねBAY。でもね、BucksもMcd**aldsも、著名な企業のすべてはJEWsが世界を経済面で支配しようと作ったブランドだよ? そんなモノに口を付けたら口が汚れるよ」

 

「アメリカ生まれとは到底思えない発言ですね!? アンチセミティズムはイケないですよ? それに貴方のはただのコーヒー嫌いじゃないですか」

 

「違うんだSaratoga。だがどうにもコーヒーが泥水だと親から教えられて育った境遇から、少し膠着した概念を残ってしまっているのかも知れない。ほら、下痢になった時にでーー」

 

「その先は言わないで。やめてください。少なくてもSaraが飲んでいる時はやめてください」

 

「すまない、君も長旅で疲れている身だろうに……」

 

 少佐の旧友サラトガは、日本海軍へと派遣されているアメリカ艦娘だが、第一陣を率いる戦闘艦としてだけでなく、海軍士官として知識と教養を身につけるために、兵学校や技術学校も転々としている。

 士官と戦闘艦を両立させようとする艦娘は、基本的にデスクワークという比較的に安全で楽なデスクワークに傾き、前線から退くか、向いてなければ前線に出る事がほとんどである。しかし彼女のように士官と艦娘を積極的に両立させようとし、実際に成功している艦娘は珍しく、そのクチで有名な外国艦としてはオイゲン中佐ぐらいしかいない。

 

 現在は呉から佐世保へと移動してきた身だが、蒲生大将の元で行われている人事によって戦闘も勉強もできないことから、休学中の身であると自称せざるを得ない状況にいる。そのため佐世保第一鎮守府では居心地が悪く、今回少佐の手引きで警備府に身を寄せてきた身でもある。

 斎藤大佐には連絡を取っているが、宍戸大佐はサラトガがここにいるどころか、彼女の存在すら知らない。一応宍戸大佐からの口利きで警備府司令官である斎藤大佐への要望を通りやすくする魂胆だったが。

 

「ッ!? い、今のは……!?」

 

 外からは歓声、窓を見れば壁を蹴りながら空中で蹴り合いと殴り合いをする人影が過り、少佐は思わず立ち上がった。危うく落としそうになったコップを片手で支え、ゆっくりと窓に近づいた少佐の報告をサラトガ達は待っている。

 窓の下には多くの人が集まっており、その中心で格闘を繰り広げていたのは宍戸大佐と時雨であり、その横では春雨と斎藤大佐が参戦し、そこは正にバトルロワイヤルのスマッシュする兄弟たちのように熱い戦いが繰り広げられていた。

 

 そして戦いの結果は、時雨の勝利という形で終わりそうな展開を迎えていた。

 

「な、何がおこっているのですか? 」

 

「く、クレイジーだ……こんな場所でSMASH BR○THERSをするなんて、イカれている!! CPT.SHISHIDOにCOMMANDER SAITOが、まさか艦娘と戦うほどの個人戦闘能力を秘めていただなんて……!」

 

「え、あ、あれが……シシード!? ……なんですか? あ、いいえ、噂には聞いていますが、流石に中庭であのように艦娘と組み手を交わすような人だとは……え、しかもお隣のは基地司令官ですか? え、嘘ですよね?」

 

「No, its true」

 

 ガンビア・ベイも窓に近づき様子を見たが、あまりの激しさに目を見開いたまま固まってしまった。二人の様子を見て間違いないと確信しているが、サラトガは周囲を圧巻するこの戦闘を目の前にして、未だに半信半疑な気持ちが立ち込めている。

 

「あぁ……! CPT.SHISHIDOがあんなカタチに!!! この私が助けに行かなくては……!」

 

「え? 流石にあの中に飛んで入るのは少し気が引けますので、Saraは関わらない事をおすすめします……」

 

「なにを言っているんだいSARATOGA!? 確かにあんなのはCAPTAINにとって甘噛程度なのかも知れないが……!」

 

「あ、あれで甘噛……?」

 

 一度離した目線を再び窓に向けると、空中コンボ三発目で浮遊する宍戸大佐を目の当たりにし、サラトガは思わず口を塞いだ。数々の戦場を潜り抜け、アメリカ海軍でも一流とも言われた正規空母サラトガをしても、あのような訓練は見たことがない。これが世界に胸を張れる日本の海軍力の源か……と、驚きは次第に納得の感情へと変化していった。

 

 (※訓練ではありません)

 

「あの中に入るとかマジムリ……ねぇ、お茶、続けない? 少し綺麗な世界に浸りたい……」

 

「そうだね、やめておこうか。CPT.SHISHIDOならなんとかなると信用していますし、ね」

 

「え、そんなに早く諦めていいんですか? え、どういうことですか? アレが例のシシードなんですか?」

 

 思わずF○CKEN CRAZY ASS SHIT……と口に出しそうになったSARATOTGAは、二人と共に席に着き、一度自分が見たものの整理を付けようと試みる。ベリングハム少佐は奮い立っていた体を椅子に戻し、飲みかけの紅茶に口を付け、アメリ艦娘たちも同様に”休暇”を楽しんだ。

 ガンビア・ベイのコーヒーは冷めていたので、一気に飲み干し、再度淹れなおして飲んだら、今度は熱いと舌を出した。それを見て微笑ましそうに、少佐とサラトガは笑った。

 

 うふふっと天女のような微笑みを見せるサラトガの笑顔は妖艶さを含んだ色気を感じさせるナニかを持っており、このスマイルで何人もの日本人男性を虜にしてきた。彼女の外見的評価は後に宍戸大佐をして”このさぁ……あどけなさのある顔と髪型なのに胸デッカ、今ふわってロングスカートが捲れた時に見えたガーターストッキングとかただの性癖じゃん”と称されたほど麗しい女性がここに来たのは、比較的気を楽にできる場所だから……という、安直な理由からではない。

 

「まぁ確かにクレイジーに思う所はあると思う。しかし、現状では彼以上に信頼できる男♂はいない。私の目利きに間違いはない。だから信用してもいいと思うよ。そして多分、彼はバイだ」

 

「最後のどうでもいい情報以外、感謝しますBirmingham。しかし、あれがあのシシードですか。噂を知る彼と照らし合わせても……うーん……元気な方のようですが、あの方にどう説明したらいいのか……」

 

「ん? 言っておくが彼は渡さないぞ」

 

「なぜそうなるのですか……いいえ、先々で聞く彼の噂は屈折が激しくて、どういう人物なのか気になっていたのですが……」

 

「やっぱり気になっているんじゃないか……ッ!」

 

「そ、そういうわけではありません! ただ、勇猛、勇敢、勇士の三勇を持つ海軍軍人の誇りであると聞いたり、はたまた女性には紳士的ですが男の人には容赦がないとか、中間管理職の天才とか、いやそんな事ない提督として威厳を持っていないとか、下ネタを常習的に嗜んでいるとか、艦娘に悪事を働く変態糞司令官であるとか、実はホモだから男に容赦がないのは自分の理性を抑えるためだとか! とにかく内容が一致しないんですよッ!! 気になっちゃうじゃないですか!!」

 

「確かにクソみたいな司令官だって、ここに来る前は何度か聞いてファ○キンオドオドしてたことあるけど、実際は優しい人だと思うし……噂ってやっぱり信用できないね」

 

「ははは、ベイは今でもオドオドしているんじゃないか。でもCPT.がナイスマンで本当にファ○キンゴッド・ブレスだよ」

 

 (※この空間の公用語は英語なので、談笑はすべて英語で行われている)

 

「あのナイスマンを通せば、君はここで悠々自適に過ごせると思うし、もしかしたら学校見学にも助力してくれるかもしれない」

 

「そこまでしてもらうのは、少し申し訳ないと思います。彼も一応は学業に専念している時期ですし」

 

「ん、そうだったのか? しかし、彼のような良き先輩がいてくれるだけでも心は軽くなるだろう。君はよく頼りにされるタイプだが、頼りにできる人物が隣にいる事ほど安心できることはないぞ」

 

「そう、ですね……」

 

 サラトガの言葉に少し濁りを感じつつも、三人は再び飲み物へと口を付ける。

 本日の主目的である宍戸大佐への手引きは済んだ所で、士官と二人の艦娘はお互いのこれまでに体験してきた事を話題に華を咲かせていた。

 母語で話し合うのは親しみやすさを生み、それが相槌の連鎖を加速させる。やはり生まれや言語というのは、意識せずとも差を生んでしまうと改めて認識したサラトガ。

 個人的な事からニュースに取り上げられた話題まで様々な情報と感想が時系列順に交わされ、そののちに必然と辿り着いたのは、現在最も大きな出来事として挙げられる沖縄作戦の事だった。

 

「Okinawaの作戦は成功する……そう耳にする事が多いのですが、実際はどうなのでしょうか……? Sara個人の感情としては、被害さえなければ、どんな風に傾いてもいい思っているのですが……」

 

「私は成功すると思うよ」

 

「あ、わたしもそう思う! うん、だってあんなにいっぱい艦娘がいたんだもん……うぅ……なんか思い出したら気持ち悪くなってきたぁ……私人混み苦手なのに今の提督が見学のために行けって言うからぁ……」

 

「いい経験ですので、提督の判断は悪くはないと思いますよ? でも今の提督、ですか……本当にシシードはここの提督ではないのですか? 司令官は彼であると未だに言う人が多いので……」

 

「影響力が強いのは確かだね。ここに居残り続けている事実も、インフルエンスを膨張させている要因になっているのかもしれない。あの能力、カリスマ、空気を我が物にし、他人の考え方も変えてしまいそうな彼……い、いけない、考え始めたら私の股間からアドレナリン分泌物が吹き出しそうだ……っ」

 

「だ、大丈夫!? ま、まさか病気なんじゃ……!?」

 

「大丈夫ですよBAY。いいえ、大丈夫ではないのだけれど、少なくても身体的な病気じゃないのは確かですっ」

 

「そ、そう……?」

 

 体を三節昆のようにクネクネ振り回す彼を見れば、少佐をモデル雑誌の中でしか知らないような人の誰もが、そのギャップに驚愕し、幻滅した感情を抱くだろうと、二人は思っていた。あと頼むから紅茶もちながらそんな風に仰がれて気色悪いダンスをするフライガイズ風船人形みたいな動きやめろ、とも思っていた。

 少佐を押しのけ窓際に近づき、サラトガは宍戸大佐を見つめながら思いにふける。

 

「……あれが、あの方の……ですか」

 

「SARA? どうしたの?」

 

「んんっ、なんでもないですっ。さ、コーヒーを楽しみましょうっ。あ、BAY、よろしければそこで寝転がっているBERMINGHAMを起こしていただけないでしょうか?」

 

「あぁいぎぞうッッッいぎぎぎぎいぎぎうううぅぅぅうっぶりりゅりゅりゅりゅ」

 

「ゼッタイやだ。マジムリッ。っていうかキモい……」

 

 


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