整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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まだ慌てるような時間じゃない

 

 

 ホッホッホ……慌てることはないんじゃよぉ……みんな、お茶でも濁そうじゃないかぁ……親潮もぉ……大佐もぉ……サラトガさんも……落ち着けぇ……?

 

 いや、一番落ち着いていないのは俺かも知れない。

 

 俺は、自分の口で”作戦が失敗した”という一行未満の言葉をいち早く警備府のみんなに知らせるのを忘れていたほど、頭が動転していた。思い出したかのように俺は斎藤大佐に指示を出して、まずは警備府内、次に諸港に情報が伝達されているかを調べるように仕向けた。

 

 これは、かなりヤバイ状況にある。

 

「司令! て、敵駆逐艦隊が目の前にいるそうです! ど、どうしましょう……! 神風さんたちが……!」

 

「焦らずに、冷静に、いつもみたいに……落ち着いて単縦陣で迎え撃てば突破できる。目的は撤退だから、敵の艦隊にタックルするようにして全速前進。突き抜けたらそのまま真っ直ぐ行って連合艦隊の後ろについて……って伝えてくれ。周辺海域は安全が確保されているんだったら遠回りでも脱出ルートとして使う」

 

「宍戸、まだ撤退命令が出ていないんだが……」

 

「出すタイミングを伺ってるのか指揮系統が滞ってるのか、何れにせよ長崎警備府の艦娘だけはなんとしても轟沈させずに戻します。我々の艦隊を人命はこの際、軍令軍法を凌駕するものと考えてください」

 

「えっと、他の要港部の娘たちはどうしましょう……?」

 

「サラトガさん、俺は今自分の権限を逸脱した行動を取ってるんです。その最大限の逸脱でも、俺にできるのは斎藤大佐のお手伝い程度なんだ。まずは警備府の艦隊を全力で支援する。サラトガさん、本当に急で悪いけど、もしよければ大佐と一緒に諸港への連絡役を頼めないかな? 彼がすべての責任を背負うからさ」

 

「え」

 

「はい、わかりました!」

 

 執務室が一気に司令室へと変貌し、無数のボタンとモニターが本棚の横にある。それを操作する親潮の姿と、何故か司令席を俺に譲って補佐官的なポジションについて大本営兼諸海軍基地との連絡役に甘んじてる斎藤司令官様。警備府幹部を含めて、総力を上げて艦隊撤退へのサポートを独断専行する。

 

 佐世保鎮守府も撤退に賛成している様子だが、デカイ鎮守府なだけあって”撤退支援”以外に具体的指令が下っていない以上は、こちたで何とかするしかない。

 

 万が一、こういう時に備えた撤退訓練はしてある。斎藤大佐には感謝しなくちゃいけない。心配性なのか、ちょくちょく艦隊の様子を親潮と伺っていたら、偶然にもこの悲惨的な現状をいち早く掴むことができたのだから。不幸中の幸い。

 

 

 いやぁ……しっかし、作戦がこんな風に失敗するとは思わなかった。

 

 

 与論って場所で戦うはずだった深海棲艦の連合艦隊と交戦。

 予想以上の数は、それでも40隻程度だったらしいが、それ以降の情報が途絶えて今のところ詳細はつかめない。今起こった事だから仕方がないけど、少なくても大まかな情報は手に入れた。

 総司令官である蒲生提督と側近や副司令官が重傷を負い、多くの幹部の中には行方不明者までいるのは決定的な敗北であり、現在の状況を混乱に陥れる原因である。

 正に出鼻をくじかれたってところ?

 

 ホントどういうこと……?

 いやぁ、ホントに失敗するとは思わなかった。

 あの戦力だと下手な命令出さない限りまずあり得ないし、熟練の提督である総司令官が艦船に乗っていて、わざわざ敵の的になるはずがないと信じていたのに。

 

 でも、なんで失敗したかとか、その他の疑問は後でいくらでも追求できる。今は要因なんて考えていられないほど重要なことがある。中破している俺たちの艦隊を無事にその場から離脱させる。ダメコンを積んでない以上、大破まで追い込まれたら厄介だ。

 この手の指揮がうまい斎藤大佐じゃないけど、パニックになると更にポンコツになるからなこの人。

 これならうまく行きそうだけど、まだ油断は禁物だ。

 とりあえず乱戦となっている敵艦隊と味方大連合艦隊の後方まで離して、先に戦線離脱できるように仕向けた……というより手配した。

 

 俺ができるのはここまで。あとは総司令代理となるはずのーーそして何より、何故かクソ遠い海域にいる赤城提督への情報伝達及び総撤退命令を待っている。

 

「赤城提督より! 全艦隊、総撤退とのことです!」

 

「よし! さっさとみんなを撤退させろ! 阿久根要港部の艦隊と密集体制を取るように伝えてくれ。既にアッチの司令官には話をつけてある!」

 

「わ、分かりました!!」

 

 今回、俺と同じように前線で指揮を取っていた赤城提督もこの作戦に消極的であった理由は、この失敗を見越してということなのだろうか?

 神風達は中破しているが、敵さえ出現しなければまだまだ大丈夫だ。

 親潮も斎藤大佐も、彼女たちの無事を祈っている。

 

 親潮が、俺たちの艦隊を含めて、俺が知っている中では轟沈者はいないが、出向いていた司令官や艦娘は少なからず重軽傷を負っているのは確かだ。

 安全海域に突入しました! という言葉は一段落の合図だった。俺たち四人は安堵のため息をつき、それと同時に執務室の扉を破り開いた時雨たちが、目を見開いて俺を見つめていた。

 

「し、宍戸くん!? どうなってるの!?」

 

「鈴谷たち出撃したほうがいいよね!? 早く助けに行かなきゃッ!!!」

 

「いや、神風たちはもう大丈夫だそう。既に出撃してる艦隊をアッチの救援に向かわせたから、あとは警備府まで戻せば一件落着だ」

 

「そ、そうなんだ……よかった……」

 

 時雨たちを含めた、駆けつけてくれた鈴谷たちも床に膝をつく。それでも不安げな表情を拭えない時雨たち。通常警備任務で出撃していた艦隊を神風たちの護衛として急遽目的変更を加えるように命令して、次に色々と警備府内の連中に指令を加える。

 

「じゃあ最後に整工班、艦隊が帰還するからその準備をしてくれ。念の為に次の出撃整備と、高速修復枠を作るようにしてくれ」

 

『分かりました!!』

 

 何時も通り元気のいい三日月の声を最後に基地内通信を切り、親潮へまだまだ油断してはならないと注意を促す。

 命令と各艦隊と人員の行動記録の処理を参謀部に願い出て、その他は斎藤大佐がなんとかしてくれる。艦隊の任務目的変更内容はもちろん、作戦に参加していた艦隊の援護と出迎えのためであると書いてもらって、後で鎮守府参謀長に伝えて承諾を得よう。これらを先にする事で後の面倒くさい書類上の問題を無くす。

 

 撤退の指示は正しかった。

 休日中の人もいきなり叩き起こしちゃったみたいで、みんなには申し訳ないけど、これが仕事だから仕方がないよね……クソ、俺も休暇返上して正式に復帰しなきゃいけなくなったね。それに、どうしてこうなったか洗いざらい説明してもらうからな佐世保鎮守府の責任者共。

 

「助かったぞ宍戸。そしてすまない、突然巻き込んでしまって。任務に専念できる立場ではないだろうに……突然のこと故、気が動転していたのかもしれない」

 

「いいえ、むしろラッキーだったかも知れません。こんな状況で昼寝なんてしてたら絶対に後悔していましたし、何より大佐に根掘り葉掘り聞く手間が省けましたよ……じゃあ、時雨たちは警備府近海で緊急防衛態勢を取ってくれ。旗艦は鈴谷で頼む」

 

「う、うん! 鈴谷、いっくよー!!」

 

「では私も司令官として迎え……」

 

「あのさぁ……こんな状況で、警備府司令官が、司令室から出ていくとか、不在とか、シャレにならないんで、ここに居てもらってもイイっすか? 司令官代行として俺が迎えに行きますから」

 

「あ、あぁ分かった……」

 

 それぐらいの常識を理解していない斎藤大佐じゃないし、既に状況そのものが常識の度を超えてるから無理もない。

 

 そして鈴谷たちと入れ替わるように、ドンッ! と司令室の扉を叩き開けた連隊長がドサドサと入ってくる。

 

「おい宍戸大佐、何故電話を切ったまま出ない!? 急用だと言っただろう!?」

 

「あ、すいません、ちょっと指揮するのに忙しくて」

 

「貴様は謹慎している身だろう!?……まぁいい、それでだ、人払いはできるか? 少し他言されては困る内容でな……」

 

 デブ連隊長が周りを見渡した。

 

「……えぇ~、ここにいるみんなは俺の信頼に値する人たちなので、情報漏れの心配は無用かと」

 

「し、司令に信頼され……つ、つまり実質はし、司令の身内……! つ、つまり私は……お、お、およ、お嫁さん……っ!」

 

「なんだ……何だかんだ言って、やはり最後に勝つのは我々の一族ということだな? ハハハ、それにしてもツンデレとは、食えないヤツだな貴様は! アハハハハ!」

 

 親潮が頬に手を添えて喜んでいる。

 体をくねらせながら「あ、そこだめですっ……!」と呟いているので、妄想の世界にプラグインしてしまったか……大佐も同様……いやさ、どうなったらそうなるの……まぁいいや(諦め)。

 

「で、では手短に話すぞ。あの蒲生提督とやらは知ってるな?」

 

「はい」

 

「彼は──」

 

 

 


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