「すいません」
現実逃避をしていた俺に「そんな場合じゃねぇだろ!」と目を覚まさせてくれたみんなの無線は脳を揺さぶるほどうるさかった。
現実を見るために周囲の状況を頭で整理する。
島の裏側に不時着している佐世保艦隊の中には着底寸前の艦娘もいる中、柱島艦隊も中破と大破が大多数だ。それを護衛していた阿久根艦隊もかなり損傷を負っている。連れてきた艦隊は24隻、司令艦船の周りには時雨と村雨ちゃんがいる。
柱島艦隊が相当頑張ったらしく、お陰で敵艦隊にも相応のダメージが与えられてる様子だが……肝心の親玉として登場した旗艦らしき深海棲艦は、余裕そうな表情を浮かべている。
『フフフ──次カラ次エトヤッテクルッ──』
一瞬だけ、瞳を奪われる。
その美しさからか、既視感からか、あるいは幻想的な”何か”があるのか。
人工的に作られた美しさは数多くあれど、人生の中で……いや、人類ですら見た者は数少ないだろう、異種的造形。
世界中で多くの伝承を残す、人魚。
人魚、それは美しい。
それは時に人の心を奪い、海の底へと誘ってきた。
時には嵐を呼び、時には災いを呼ぶ。
伝承の多くは、その歌声を賛美し、その姿を美麗であると讃えてきた。
『艦隊総員、戦闘態勢に入ったわ!』
飛鷹を含めた軽空母群は既に艦載機を展開し始めていた。
『宍戸くん、指示して』
「よし、アレはさっさと消さないとな。艦載機を飛ばせッ!」
俺はそう思わなかった。
みんなは聞こえていなかったようだが、脳に直接響くような、無線越しだが綺麗な笑い声。美しいかもしれない、知っているかもしれない、だが俺は、本能的にこいつらが嫌いだと自分に言い聞かせている。
俺は遠くにいる人形の存在に対して、とてつもない嫌悪感を抱く。
あれが深海棲艦だから、なんて単純な理由からではない。
本能的、遺伝子に刻まれた何かが、俺に咆哮する。
異物、反物質、俺の目の前に在ってはならない。
真っ黒な空と、真っ黒な雨、禍々しい、早く元に戻さなきゃ。
ーー深海棲艦ーー
戦艦棲姫
先手は我々が請け負った。
この戦いの目的はアレを沈めることじゃない。
秋津洲さんたちの撤退を援護する事だ。
夜のため、整工班と持ってきた夜戦装備は夜偵、探照灯、更には照明弾を綾波ちゃんに持たせている。夜戦と言ったら初霜と時雨だが、照明弾の扱いに関しては彼女のほうが適任だと思った。
艦載機を飛ばした先は、残り10隻ほどに減った深海棲艦の群れ。何時も通りに戦っていればすぐの終わる。
深海棲艦は旗艦を守る習性があるから、狙い撃ちは相当に困難である。
鈴谷たちの艦載機は防空で半数ほど撃ち落ちされるが。
「先手必勝って、宍戸さんに教えてもらったっぽい!」
「攻撃よ攻撃!」
夕立ちゃんの艦隊6隻が一気に突っ込んで、両翼には更に二艦隊を配置する戦闘フォーメーションである。一気に突っ込んでいく仲間とそれを支援する形で陣形を組んでいるが、とても陣形とはいえない。
しかも夜、そして敵がこちらより少数であることを限定とした体制なので局地的すぎるが、今なら使用できる。これぞ練習の成果であり、俺たちの連帯のおかげだと言える。
『ク──イキナリカ──!』
必殺技は温存しておいても埒が明かないのは長年の経験で知っている。演習のような、見世物としても解釈できる戦闘をより魅せたいと思った時以外は、最初から封殺する勢いと思考を忘れない。
一気に放射する魚雷は彼女……ではなく、深海棲艦の親玉に命中したが、浸水も沈没もさせなかった様子だ。
「鶴翼陣形を作って一点集中砲火しろ」という命令は撃沈を確認できなくてもやれと命令を下しており、艦載機での攻撃を実行しろと言ってある。
所謂、行動の隙を与えない構図を実現させようとしている。
無敵と最強と密かに呼ばれているオイゲンさんの柱島艦隊と秋津洲指揮官。この二人がやられたレベルの艦隊に対して、考えなくても、あの歪すぎる化物じみた艤装と統率力から、当然恐怖を抱く。
戸惑いの表情が所々溢れているのはみんなの顔を見て理解でき、それをうまく利用する、あるいはやるべき事を諭すのも、提督としての役目だと思っている。
あの深海棲艦にはあくまで、いつもに通り戦うように心がける必要がある。
だが、
『ッ! 黒潮大破!』
『黒潮さん大丈夫ですかッ!?』
『へ、平気へいき! で、でも横脇掠っただけやで!?』
弾道の残像が見えた瞬間、黒潮の艤装が破壊される。
その深海棲艦は、艤装と本体が完全に分離しているが、その艤装は忠実に彼女に尽くしているような素振りを見せている。揺れる船の上で見る双眼鏡の中にある世界。
他のイ級などの深海棲艦は同様に、当然のように、そして主を守るかのように盾となったのだ。
それは正に、姫のように。
「あの深海棲艦に攻撃させるなッ!! 攻撃は最大の防御だ! 敵旗艦は随伴艦に守られるのであればそれも良し! 旗艦に対して一点集中砲火を浴びせろッ!」
『旗風小破!!』
「クッソつえぇ! オイゲンさんに秋津洲さんの艦隊はどこ!? 戦える艦娘いたら来て!? コイツまじ強いんだけどッッッ!!!」
『秋津洲自身は戦闘力皆無だからだめかも!』
は?
『し、ししーど、さん……? ユーちゃんと……Z1と……Z3なら……行ける、よっ』
誰?
「艦種what!?」
『え、えーっと……せ、潜水かんと……くちくかん』
「じゃあ潜水艦は下からこんにちわしてあのマックロクロスケな女の形した深海棲艦直撃攻撃してねッ!?!? くちくかんの子は、俺の護衛について!」
『お、女の人の形……? う、うん、分かった……!』
クソ……早く倒さなきゃ……!
「綾波ちゃんとガンビアベイ! 連携攻撃の準備しろ!」
「「は、はい!」」
綾波ちゃんの周りをガンビアが操作する艦載機が旋回して、火力特化の主砲と魚雷を近距離まで詰めて雷撃するペア技。
一人だけ立ち回りがバーサーカーだが、遊撃部隊でもない旗艦の夕立ちゃんも少しアレだし練度的にできるはず。こちらの艦隊に気を取られている隙を狙って放った攻撃だ。果たして成るか……おぉ! 駆逐艦一隻、撃破!
『食ラエ──!!』
「ホッホォー今の砲弾当たると思ったの? え、当たると思った? 横角度15度ぐらい外してたぞ可哀想にねぇ!?」
『クッ──陣形ヲサイヘンセイ──!』
「あーだめだめ、再編成できてない。生憎お前の練度はコッチの艦隊より低いらしいなァ!? 基礎的な性能が強いだけで経験が足りてないのか? それとも連戦疲れ? どちらにしてもお前たちは詰んだな」
『ナンダト──! 何度モ湧イテクル虫ガァ──!!』
「ブーメランッスよ姫様ァ!? 深海棲艦は量産する自分たちの艦隊の生態を自らご理解いただけてないとォ!? 傑作デスナァ!!」
「し、宍戸、さん?」
敵の砲弾はデカイ。
俺の艦船は当たれば即死モノだ。だから必死に当たらないように逃げまくってる。それだけに専念していれば、あとは勝手にみんなが攻撃してくれる。
クソ、疲弊しているはずなのに、なんて強い艦隊だ。
深海棲艦のクソ共、あの艦隊を分裂させて各個撃破に乗り出すべきか……?
「第一戦隊は全門をあちらの艦隊に向けて発射しろッ!! 距離を保って動きを合わせろ!! 早とちりで近づこうとするなよ!? アレはロマンチックな言葉をかけてハリウッド映画みたいに戦いやめるタイプでも、ボリウッド映画みたいにダンスを一緒に踊ってくれるようなタイプでもないんだからな!」
「深海棲艦って全部そうだと思う白露! こんなのワリに合わないよぉ~!」
「あの邪悪な生き物をこの世から削除できれば幸いだが、完全S勝利はみんなが怪我なしで初めて成る!! 分かったな!? 絶対に、アレにだけは近づくなよ?! 綾波ちゃんがやったからこれ以上の奇襲は難しい!」
敵艦隊は数字だけなら壊滅まで追い込んでいるが、それでも親玉はまだ健在だ。
オタサーの姫かってぐらい下僕共に守られてるあの深海棲艦を倒さなきゃいけない。その一心で俺は必死に指揮を取って戦闘効率の昇華に努めているが、それでもアレはデカイ主砲を放ってくる。
『クッ──コザカシイ──!』
「お前みたいなバケモノには小賢しい戦い方で削るのが一番効果的ナンダヨォ!!」
「え、どうしたの宍戸っち……!? っていうか、もう鈴谷たち艦載機ないんだけど!」
「艦載機がある艦は偵察機でも出して混乱させてやれ! 完全にゼロになった軽空母は艦隊の後方に下がれッ!」
単縦陣から横縦陣へと変更し、連帯した横移動で直撃は防いでいるが、強力な主砲を放ってくるアレには決定的な一撃を与える必要がある。
かと言って、あの個体の近くに突喊させるわけにはいかない。それこそ死ぬことになる。
秋津洲さんたちが駐留する島からは離せた。
その数十秒後には撤退を開始したらしい彼女たちの艦隊を、目視で確認する暇はなかったが、無事を祈りつつ深海棲艦への攻撃を繰り返し続けた。
だが、俺が指揮する艦隊だけでどうするか……もちろん、逃げるしかない。だけどここで逃げても追ってきそうな感じがするし、かといって追ってこなくても後々面倒な事になりそうだし……だが、あくまで俺は秋津洲さんたちの様子を見に来ただけであり、それだけの装備しか整えていないのが現状だ。
ここで倒せないのは致し方ないけど、せめて最後の一撃ぐらいは食らわせてやろう。
『クッ──フフフッ! モウ貴様ラニハ武器ガナイダロウ、分カッテイルゾ──!』
「え、すいません全然分かってないですね。よーし俺の合図で敵艦に集中砲火を浴びせろ!! そうすれば尻尾巻いて逃げる!! はい行くぞー! 3、2、1。発射ァアァっァァアァァ──!!!」
船が揺れるレベルの衝動が波打ち、それぞれが放った主砲と酸素魚雷は深海棲艦の方に向かう。
当たったか? 正解は半分半分である。
姫の一部が爆発したように思えたが、やはり撃破には及んでいない。
しかし一撃は与えた、ここからは理想的な撤退戦を……
「し、宍戸さん! 敵艦隊の後方から何か来ます!」
「ハ!?」
双眼鏡のピントを遠くの方へと合わせる。
村雨ちゃんが言った通り、黒ずくめの大規模艦隊が見えた。
艦種も確認できず、数も不明の大艦隊が迫っている。言われなくても分かる増援の報告。
それを聞いたみんなは、流石にヤバい、って顔をしているのがガラス越しで分かる。無線でも敵情報の確認を急ぐと言っているが、情報よりも防衛体制を敷くことに尽力してほしいとみんなに通告した。
艦隊のみんなは未知数、未確認の敵に対して既に体力と装備を消耗している。こんな状態で来られたら秋津洲さんたちを救出するどころの話じゃなくなる。
「宍戸くん、もしものときは僕がなんとかするから……」
「だめだぞ時雨ッ!! いくらお前がラッキーガールだからって、危険な事をしてなんとかなるわけじゃないッ! みんなで生還するッ!! 俺は人間ッ!! 人が人のために犠牲となる行為はあの深海棲艦とかいう動物と同じだッ!!」
「宍戸さん……」
とはいえ、深海棲艦の増援は本当にまずい。
こういう時、普通の人だったらどうするだろう?
もちろん、自分を犠牲にするに決まってる。
全艦隊に撤退命令を出して、ちゃんと逃げれるように俺の艦船が囮になれば……そうすれば、助かる可能性が高くなるかもしれない。
時雨に言った手前、乖離した思考だが、やるときはやる。
と思った瞬間。
『──ナ!? キ、キサマラハ────ッ!!!』
「て、敵旗艦に主砲が命中ッ!!」
深海棲艦の姫様が後ろから攻撃を受けた。
数十秒後にそう判明する前は、後方の艤装が爆発したように視認していた。
先程まで驚異として捉えていた一隻の深海棲艦が、一発、また一発と、こちらの砲弾が着弾したような様子もなく、自爆のように……あるいは、裏切りを受けたかのように、後方から来た艦隊の弾頭を受ける。
『主砲……発射!』
『ク、クソォ──ナ、ンデ──』
謎の艦隊から発せられた巨大な弾頭がクリティカルヒットした。動体視力が鋭くなっていた故に確認できたが、そうでなければ二箇所がタイムラグで爆発したような光景が見れただろう。
その後、追い打ちのように数発が命中し、敵旗艦に大爆発を起こした。下から魚雷を発射したユー511という外国艦が当ててくれたおかげで、スムーズな追い打ちが深海棲艦に炸裂したのだ。
跡形もなく海に立ち込める痕跡の煙、そして乗っている司令艦船の横を掠めた弾丸のような破片が、その凄惨さを物語る。
みんなに怪我がないかを双眼鏡で確認したあと、支援してくれた艦隊を確認する。
『な、なんですか……あれ?』
艦隊のみんなの無線が混雑し、あちらへの無線も周波数が中々合わず、双方共に聞こえなかったが、艦娘たちは心を同じくするように、戦闘態勢を整える。
が、鈴谷と熊野の残り少なく、損傷していた偵察機が艦隊の存在を確認した。
「し、宍戸っち! あ、あれ!」
「分かってる!」
俺たちは白旗を揚げた。