整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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Bringing Work Home

 ”連合軍は敗北し、日本軍は勝利した。

 この一文はジョークのように思えるが、斜度を変えればそう見えてくるのもやぶさかではない。

 実際に多くの日本人は、”連合軍が損傷を与えた深海棲艦を尾撃して沖縄を取り返した”よりも、こちらの一文を信じる者も多いだろう。

 放棄されたが国土としては健在だったという、グレーゾーンにあった領土にはジャパンの国旗が掲げられ、国際社会では連合軍として参加した国は依然として批判的だが、それ以外は友好的な態度をとっている。特に旧サウジアラビア、現アラビア共和国の大統領はとても好意的なコメントを日本語で残している。

 「スゲーデース! オメデトウ! 今度、遊ビ、イクゥ!」

 

 しかし、何よりも驚かせたのが、公式記録では既に死亡が確定していた、元連合艦隊司令長官である永原元帥と以下の艦娘たちが帰ってきたことにある。失踪中の人間は、法律関係上の身分を確定させるために7年もの歳月を待つ必要があるが、過去に起きた深海棲艦による官僚襲撃事件を元にし、特別失踪として扱ったのが死亡の認定を加速させた。

 大本営からの発表は未だになく、安否とコトの全貌については、”元帥は深海棲艦と戦っている中、島を転々として沖縄の島群の一角で救出を待っていた”発表した以外は”現在調査中”との返答しか帰ってきていない。

 その一方で、現在入院中の蒲生海軍大将に関しても”現在調査中”と述べている。

 現在、九州に駐留するアメリカ太平洋艦隊総司令、ドグソドルジ元帥は”不本意ながら、事態の混乱を招き、今もそれを加速させていること、本当に申し訳ない”とコメントしている。方面軍の司令官が、正式に外交官を招いて会談を行う前にこのタイミングで訪問するのは非情に珍しいことだが、ドグソドルジ元帥の時代からは、人柄に似合った礼節として通っており……”

 

 

 

 海軍省、軍令部総長の部屋。

 

 前伺ったときと全く同じような表情なのに、今までにないほど怖いのは、多分、オーラ?

 

「……話は大体わかりました。加賀提督と蒲生大将の事はこちらで調べますが……元帥を正式に海軍へと復帰させて、沖縄駐留軍の司令官に任命しろと?」

 

「せ、僭越ながら、意見具申を申し立てるのは大変恐縮ではありますが、我々海軍にとって、現状、最も良い選択かと……」

 

 作戦を終了させた俺は、大本営への連絡と資料護送を斎藤司令から承った。長崎警備府の艦娘がつかの間の休息を堪能している頃、副司令たる俺が、しかもあんな大規模作戦のすぐ後に、なぜ軍令部に足を運んでいるのか? もちろんそれは、元帥と交わした約束にある。

 

「……分かっているとは思いますけど、元帥は我々の邪魔をする存在だという事は、あなたも知っているでしょう? それを知った上で生かして連れてくる上に、更に司令官職まで与えろと? ……たしか、北方の島々に行動が激化した深海棲艦が住み着いたので、そこの司令官に任命する方を探していたと、長官が言っていましたが……」

 

 その手には乗らないぞ大淀総長さんよォ……?

 

 パンパースを三枚重ねに履いている俺は無敵だぞ。

 

 ……蒸れるぜクソォ、ムーニーマンにしとけば良かったか……? もっと高いオムツあったけどアッチのほうが肌触りが良かったのかもしれない。セールで安売りしてたのを大人買いなんてするんじゃなかった。

 

「……戦略的、戦術的観点からしても、元帥の艦隊以上に沖縄を守れる提督はいません。彼自身もそれを望んでおり、平穏さえ取り戻せれば、元帥閣下も、艦娘たちも……どの道、大淀総長の邪魔立てはしないと言っています。”余計なちょっかいさえ出さなければ、沖縄を守ることに専念したいです”……とのことです。友情の証、そして行動の信頼を得た小官が、和解の重要性を説いた結果です」

 

「そのお言葉は信用に値するものだとお考えですか?」

 

 信用もなにも、個人的に話してみても、あの人が政治的にも軍事的にも大淀総長を阻害するような人には思えないし、そもそもただの行き違いなのでは? と、本人の前では言えないし、そこまで踏み入りたくない。

 

「信用、ですか……元帥はお疲れの様子でした。身分を隠して逃亡する生活は、尋問よりも厳しかったのでしょう。一重に、喧嘩をして、頭を冷やした……と言ったところです。不躾極まりない言動を発するのは大変心苦しく思いますが……そろそろ大淀総長も、頭をお冷やしになり、冷静に彼の利用価値を見定めてはいかがですか?」

 

「…………」

 

 凄い失礼だ。股のモノがまた暖かくなった。

 あの睥睨を直に浴びればパンパースのヌクモリティーが上昇するに決まってる。

 

 しかし、これは俺にとっての一世一代の大勝負と言ったところだ。海軍への、一種の反抗とも言っていい行為。

 

 ──元帥を海軍に復帰させ、大淀総長を味方に付けるという、難題であり、複雑であり、俺以上に改善をしようと努力できるものは、現状居ない。斎藤長官も総長とグルかも知れないけど、こうなった以上は文句言ってられない。

 問題の重大さを理解し、問題の存在すら知らない者が殆どの窮地に立たされている俺は、ハッキリと、そして明確に、元帥を革新派へと転身させる説得を行った。

 元帥にとしては所謂思想の捻じ曲げだが、革新派が海軍内部の派閥闘争に、不戦勝のような形で勝ってしまった過去を思えば、現流に身を任せるのが最善でありーー俺と、斎藤准将が、責任を持って大淀総長を説得すると言い包めた結果、彼は了承してくれた。

 なので、残る問題は総長だけだ。

 

「小官は、我々革新派へと転身なさる様に促しました。あのように政争を繰り返した間柄、非常に信じられない事だとは思いますが、元帥も、そして配下の艦娘らも、これを承諾して下さいました……しかし、これは大淀総長の庇護下にある事を前提としております。軍令部総長の一存で、海軍の未来が決まると言っても過言ではありません」

 

「…………」

 

 あの軍令部の長が悩んでいるぞ。

 要は、元帥の存在を認知しろと言っているのだが、頼む、仲直りしてくれェ!

 海軍がバラバラになるか、一丸となって、新たなスタート──強くてニューゲームとなるかのどちらかなんだ!

 

 よし、そろそろトドメの一撃だ。

 

「元帥にその提案をしたのは、すべて小官です」

 

「知ってます」

 

「が、正確には言えば伝令に過ぎません……明石次官が、元帥とその艦隊が沖縄居てくれれば資材のやりくりがうまいから絶対に沖縄を守らせてください! と妙案を承った次第で、どうしても仲直りして欲しいと……」

 

「アカシタ……ではなく、明石次官が? 何故あなたに……?」

 

「それは直接お二人に話される方が懸命でしょう。元帥閣下の本心も含めて」

 

「二人……? え」

 

 総長ノ部屋にノックもせずに入って来れる人って明石次官ぐらいしかいないよね。彼女の後に続いたのは永原元帥と、秘書艦と自称していた大和さん。

 

「な……ど、どういう、事ですかこれは……?」

 

「どういう事じゃないよ大淀! 聞きましたよ永原さん達が襲撃事件には関与していないって!」

 

「え……」

 

 呆然とするのも無理はない。

 俺が連れてきた明石次官には内密に、彼が官僚襲撃事件の首謀者である事を打ち明けていたらしく、俺と元帥が誤解を説いたんだ。

 誤解じゃないけど、誤解という事にしておこう、そしてすべてを穏便に済ませようと言ってるんだ。

 

「ひ、久しぶりだね大淀くん……も、もしよければ、海軍に復帰したいんだけど……」

 

「大和に永原ァ……」

 

「い、色々君とはあったけど……私は助けられた恩はキッチリ返す方なんだ。お互いのためにも、そしてこの海軍の為にも、協力し合いたいなって思って」

 

「……ッ」

 

 これが本当の睨むって言うんだぞ、写真に撮って教科書に収めたい。

 

「大淀! 誤解だったんだからもう大丈夫なんだよ? 大本営の資材がなくなってたり、国家転覆の容疑とか、そういうのには一切加担してないって話してくれたから、永原さんは悪くないんだよ!」

 

「お互い、勘違いでいざこざを生んでしまったのは否めません。しかし、提督も私も、今は仲直りをするべき時だと考えました。この大和、提督はもちろん、今後は大淀さんと明石さんに従うと心に決めました」

 

「クッ……大和さん……明石たん……ッ!」

 

 海軍省内の一室で、重い沈黙と言葉を交互に挟みながら総長の決断を待っている時間は非常に長く感じた。

 

 なかなか掴まらない明石次官と元帥の仲を先に取り持ち、快く全てに承諾してくれた明石次官と共に、最終決戦の場である総長ノ部屋で決着を付けさせる。

 やはり頼れるのは明石次官しかいないと思った俺が最後に放つ最終兵器。何かと話す機会も多かったのが幸いして顔も覚えてもらっていたから本当によかった。

 

 これが、全てを丸く収める方法。

 

 元帥を沖縄司令官にさせて、仲直りさせて、沖縄奪還という作戦に成功する。

 

 大まかな現状だけなら、これでカタが付くだろうが、

 今後のマイクロマネジメントに関しても、斎藤准将……そして、頼れる俺の上司こと蘇我提督や、情報通の結城ーーそして色々と疑惑は残るが、赤城提督にも助力を申し込み、元帥復帰で発生する諸問題の解決をすれば、風化までの道のりをスムーズに進められるはずだ。

 

 このビッグネーム達の中核を占める俺。海軍は、今や俺の計画の手中の中ということだァ……!

 

「……これも宍戸大佐の一考ですかッ?」

 

「僭越ながら、明石次官との会談を元帥同伴のもと、させて頂いた次第で……」

 

「……なんでテメェミてぇな半端モンが明石たんと話したンだよオラァッ!!?」

 

 フッ……そんな怖い顔で脅しても無駄ですよ?

 

 もう出すモン全部パンパースに出しましたから。

 

「大淀総長……この永原は、このときより、あなたの下で采配を振るう所存です。力不足の目立つ私ですが、少しでも閣下のお役に立てるならば本望です」

 

 頭を下げた元帥と大和さん。

 

「フゥゥゥウ──分かりました。しかし私は海軍の人事権を持っているわけでも、行方不明者が生存していた時の法律上の関係を修復する立場にもありません。こういうことは海軍省の長である海軍大臣に話されてはいかがですか?」

 

 元帥を殺そうと躍起になってた人が何を言うんですかね。大淀総長には話さなきゃ俺の苦労が台無しになるんだよ全部。

 

 それにあの人忙しいんですよねぇ今。

 アメリカとの会談に出席するからとかで直接会えないし多分メールは見ないし……一応、明石次官経由で人事局局長には話しを付けてあるし、元帥たちに関しての資料の構想ぐらいは考えてくれるだろう。

 

「大淀、いい加減に永原さん許してあげよう? ねっ? あとで一緒にごはん食べに」

 

「許します、というか最初から許してましたから」

 

 嘘付け100人ぐらい殺せる眼光振りまいてたくせに。

 事実上これで、元帥の身柄は一応だが保護されたということだ。油断は禁物で、まだまだ仕事は残されているが、内部でもっとも脅威である彼女が、敵じゃなくなる。この意味合いはとても大きい。

 

 俺のお腹が四次元空間ぐらい捻れて時空雷雲に飲まれることも無い。

 

「そ、それでは、小官はこれで、失礼いたします。突然の来訪にもかかわらず、貴重な時間をくださり、ありがとうございます」

 

「いいえ、こちらこそ聞きたい事があったので、わざわざ足を運んでくださりありがとうございます。永原元帥をここに連れてきて頂いたことも、感謝します、流石はあの宍戸大佐ですね」

 

 初めて本気で褒めてもらえたような気がした。

 

 うれションものだが、あいにく膀胱は空っぽだぜ。

 

「かの大淀総長にお褒めいただくなど……五臓六腑に染み渡る至りです。思い返せば、大淀総長からそのお言葉をいただくために、鉛のように鈍っていた体を粉骨していたように思えます」

 

「嫌いじゃないですよ、その言葉」

 

「「フフフ……」」

 

 不敵に笑う二人の策士……かっこうぃ!!

 

「……そういえば宍戸大佐、作戦前にも色々と柱島泊地や赤城提督の件で、各所に連絡を入れていたと聞きました……特に、赤城提督の部下を説き伏せてくれたのはありがたいですが、何故そのような事をしたのですか?」

 

「は、はい?」

 

 突然の質問だが、そういえば聞きたいことがあるって言ってたな。なんのことか分からないと三者三様に首を傾げたが、大淀総長は多分、佐世保鎮守府の赤城派との対談の事を言ってるんだろう。

 

「私が口に出さずとも、我々の状況、意向を察知し、最善の行動を尽くす……素晴らしいと思います」

 

「き、今日はヤケにお褒め下さいますね……小官に、また何か任務をお与えになる前兆とお見受けしてよろしいのでしょうか?」

 

「いいえ、それほど赤城提督たちの部下は厄介だったと言うことです。しかし、何故参謀長らを説き伏せたんですか? 私以外の誰かから命令でもされましたか?」

 

「め、命令はされておりません。大淀総長、海軍大臣に忠誠を誓う小官自らの意思により、保守派の牽制をするべく、僭越ながら行動に移させていただきました」

 

 嘘をついた。本当は、荒木大佐を含めた士官たちと一部の艦娘が迷惑メールみたいに奴らからボイコットやサポタージュのお誘いを受けていたから直談判しに行っただけなのにね。

 

 参謀長を含めた、自ら赤城派と名乗っていた人たちがいたんだけど「沖縄への領土拡大なんて望んでない!」と抜かすもんだから「既に実行段階の作戦でイッパイ人死んだら赤城提督悲しむでしょッ!!」

 と言い返して、更には「お前たち自分たちが作戦外されたからっていい気になってんじゃねぇぞオラァ! こちとらお前たちが出ないもんだから前線に出なくちゃ行けないんだぞォ!」と強い罵声と共に、赤城提督は連戦でかなりお疲れだから少しは休ませてやれ、と締めて部屋を出ていったっきり、あの人たちには会っていない。

 佐世保第一鎮守府の参謀長、副司令官に任せたので、ソっちで何とかしてくれたんだろう。それに加えて艦船派や荒木連合艦隊司令長官も革新派に加わったと曖昧な所だが嘘をついてやった。そのせいで赤城派の内部で喧嘩になったらしいが、作戦中の封殺には成功した。

 

 フザケてるぜ、自分たちがあんな面倒くさい作戦に参加しなかった事を涙してありがため。

 

「ふふふ、そうですか……あとそれから宍戸大佐、オムツは変えたほうがいいですよ」

 

「自分の事は……自分が一番分かってますよ」

 

「「フフフ……」」

 

「……宍戸大佐は普段からオムツを履いてるんですか?」

 

「断じて違います明石次官」

 

 


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