運動会の数日前。
司令官から別の仕事を頼まれていると言われていたが、その詳細について説明を受ける形で突然執務室に呼び出しを食らった俺だが、内容を聞かされて呆れほうけていた。
「なるほど、つまりクーデターってことでいいですね?」
「飛躍しすぎだ……違う、艦船乗組員総意のもと決められた意義申し立てだ。良く見る労働組合との議論会のようなものだ」
運動会行こうとしたら、佐世保鎮守府で議論が行われるとかなんとか言われた。
うぜぇ。
斎藤司令官の言う艦船乗組員とは、従来の船であるイージス艦や護衛空母などの艦隊に所属する人たちである。
隣にいた時雨は「そんなに労働環境悪いの?」と当然の疑問を投げかけたが、首を横に振った親潮によると、議論の内容そのものは労働環境云々にはないらしい。
「かなり前から問題になっていたので宍戸は知っていると思うが、艦船とは端的に、金がかかるのは知っているな?」
「え、あ、はい。勤務したこともありますし、一つの街ぐらいデカイ海上の陸地を動かすのは、さぞお金がかかってるんだろうなーと我ながら思っていたりもしました。しかし調べれば、調べるほど金のかかり方が尋常ではない事が明らかになっていったのは記憶に新しいです。昔ならば納得はできたでしょうが、艦娘がいるので資金を使う価値に変化があるのも理解していますが」
建造にも、そして維持費にも莫大な予算が必要となる。現代の効率的な防衛の要は艦娘で、言い過ぎれば大飯食らいの役立たずを養ってるだけでもありがたいと思えと思っていた。実際にそれらの経費は削減されて、艦娘技術に投資されている軍事費は……と、ここで何かを察した。
「……ま、まさか、ソイツらの意見って……」
「察しの通り……直球な物言いはないが、彼らによると、もっと起用してほしいと言っているらしいんだ。我々の個人的な意見からすれば”黙れ老害”の一言で済むだろうが、生憎軍隊というものは、他のどんな組織よりも過去から受け継がれた誇りを大切にするものでな……」
「老害って、平均年齢が高いだけで別に爺ばかりってわけじゃ……まぁ言いたいことは分かります。一隻執っても船は船って良く言いますもんねアイツら。デカイのが問題なんだよと言い返したくなりますよまったく」
「まぁこの問題は世界各国で起こっている問題だ。英国では古い歴史を重んじて艦船の起用に成功しているが、それほど効果的ではないらしい。反面艦娘を積極的に起用したがる米国などは裏目に出ているな。米国軍というのは、歴史が短く装備更新をこれでもかと行うクセにやたらと伝統をかなり重大視する傾向にあるからな……挙げればキリがないが、この件もその一つだ」
「面倒くさそうな会議に出るんだね斎藤司令官……心中お察しします」
時雨すら同情を禁じ得ない様子で唸り声をあげる。
要はそういう事だろう、佐世保の右腕こと長崎警備府は、その会議に出席する義務を催促された。
「いや、私ではなく宍戸、お前に行ってほしいんだ」
「huh? 今なんて? 佐世保には運動会しに行くんですけど」
「分かってる、面倒くさいのは重々承知の上、私からの頼みだ。艦船乗組員……いわゆる艦船派と、我々艦娘派の因縁はかなり深い、だからこそ、お前に行って欲しいんだ」
「俺、運動会出るんですけど」
「お前はイージス艦に勤務した事があるんだろう? であれば経験量、知識量の面でも、議論力にも長けていれば、また相手を納得させるレベルの経歴を持っている。一番適任だと感じたんだ。それに、私は第二鎮守府と共に、沖縄への物資輸送任務、及び補給体制の確率化に務めなければならないのでな」
「運動会出るって言って言ってますよね」
親潮はため息をついていた。
全て終わった、というのは作戦中の戦闘云々が全て終わったというだけで、それからの事後処理と体制の維持が最も大変だって、それ一番大鯨さんに言われてるから。
気苦労の多い時期だが、親潮には司令を頑張って補佐してもらう必要がある。根気をつけるために、後で差し入れでもしておこうと思う。参謀部もかなり気合いが入っているので、それに付いていけるようにしないと警備府全体の効率が悪くなるからな。
「正確には貴様か私かが行くよう提督から促されてな」
「沖縄の件もまだ済んでいないというのに、蘇我総司令も気苦労が絶えないですね……各方面軍でもよく聞く話だと伺っています。説き伏せるのには苦労はしないでしょうが、運動会が俺の本題なので、そちら注力させて頂きますが、よろしいですか?」
「それで構わない、頼んだ。一応、提督直下の組織からの要望であるからして、正式に秘書艦を連れて行く必要があるとも聞いているが……」
副司令官の俺に秘書艦だと?
役職柄テメェの第二秘書艦みたいな立ち位置なのにか?
「そ、そ〜なんですね〜! お、親潮は、秘書艦として相応しい艦娘が、司令の補佐をするべきだと思います!」
親潮行きたいのか? クソ面倒な会議に。
というより、運動会を見たいんだろうけど、あいにく親潮は司令官の秘書艦という大事な仕事がある。
何より後日行う古鷹との計画がバレたら怒られそうだからあえてその事は言わないでおこう。だが一日開けるから一応斎藤司令官には電話で了承を得ておくか。
「そうだな。だけど補佐は艦娘じゃなくてもいいと思うし、親潮は斎藤司令の秘書艦で忙しい時期だからまず頼めないな」
「しょんぼり……」
そんなあざとい動作でわざとらしくしょんぼりしても、俺の股間が膣探索を始めるだけだぞ。
「……あ、ぼ、僕はちょっと忙しいかな! うん! 最近入ってきた新入りの艦娘に手ほどきをしないとだしね!」
時雨コイツ、当日一緒に行くくせに面倒くさそうだからって暗に断りやがって。
「元々頼むつもりはなかったけど、先立って断られるのもなんかムカつくなッ。新入りって陽炎や浜風たちの事? 昔一緒に戦ったんだから顔見知りだろうがァ!! もっと良い言い訳考えろ、そうしたら見逃してやる」
「おんなのコの日」
「張り倒すぞ」
「ひどい! 宍戸くんは生理中の女の子に対して過度なストレスを与えるのが仕事!? あ、これってもしかして、ハッシュタグ、パワハラ? 上官に報告してもいい?」
「おう、そこで執務に励みながら事の全貌を聞いていた上官に報告してもいいが、一週間前も同じ口実で俺に日用品パシらせてたよな? お前が忘れててもこのレシートは忘れてないぞ」
「こ、今回のは長いんだ!」
「まだ言うか貴様ァ! その翌日ピンピンして出撃も絶好調だった記録を、俺が知らぬとお思いかッ!? 艦娘一人ひとりの体調を気遣う事を半ば強要されている提督という職業の日本男児にとってなァ、実は全員の生理周期の把握は必須なのだよッッ!! 1,2を争うぐらい大事な事項なんだよッ!! 艦娘それぞれの性格も把握して『あ、今日から数日はこの子との会話を控えよう』とかしなきゃいけないんだぞッッ!!」
「「「え……?」」」
……え? ってなに? 司令官もまるで隕石落下を目撃したような顔してるが、知らないはずないよな? じゃないと要港部、警備府、鎮守府など、共同生活を要いられる場所でうまく立ち回れないもんな?
みんなやってる事じゃないの?
「き、き、き、キモォ──……!」
「……宍戸、少なくても私はやっていないぞ。そのようなプライベートな情報をどうやって仕入れるかも、私の至らぬ知恵では検討すら付けられない」
「し、司令……そ、それは流石に……ってことは、私のも……ひぃ!!」
本気で引かないでくれよ。
「は? 女の子は記念日を覚えてるの凄く喜ぶのに、なんで生理周期は引くの? ある意味『ハジメテデートシタヒ』とかよりずっと実用的な情報じゃない? 期間中はなるべく本人の気持ちになるよう努力して、できる限り優しくするとか、こういうのわりとガチで大事だから」
「え、斎藤司令がやってないみたいだけど、他に誰がやってるの? 結城くんとか?」
「アイツにとっては死活問題だから必要らしいけど、他には大鯨さんとか、後輩の月魔とか」
「キッッッッモ!! 月魔キッッッッモ!! 僕やっぱり変だと思ったんだよね! 宍戸くんと同じぐらいのタイミングでナプキン渡してきたし!」
「おい時雨、俺、大鯨さんの事も言及したよな? なぜ彼女には触れない? 女性だからいいとかありえないこと言うなよ?」
「だって大鯨さんといると、幼稚園の保母さんを彷彿とさせるんだ」
「時雨さん、それすっっっっっっっごく分かります! 司令が言っていたいわゆる、バブミ、ですよね!」
「俺がいつそんなくだらない情報を親潮にいつ言ったか是非聞かせてほしいが、分からないでもない。人妻感はないし若々しさがあるのに、どことなく”母”という単語が浮かんでくるんだ。斎藤准将もそうは思いませんか?」
「何故、保母のようだから生理周期に関する個人情報を知っているのは納得がいくのか理解に困るが……あぁ、分かるな……もし彼女の寵愛を受けれるのだとしたら、こんな感じになるだろうな」
……え? 今なんて言ったこの人? 寵愛?
え、ってか、妄想するの?
『ばぶ、ばぶ!』
『こらっ! 真くんまたパソコンをイジってえっちなサイトに行こうとしましたよね! だめですよ〜っ! めっ!』
『ち、ちがうよママー! 僕はただ海軍大学校戦術研究科の戦闘公式記録と戦術研究論文を見ようとしていただけなんだおー!』
『いいワケ無用ですっ! いっても聞かない子には、この大鯨がじきじきに、おしおきしちゃいますっ!』
『うわー! だめだおママー! そこは入るんじゃなくて出るところだおー!』
『もー、おしおきのときはしずかにっ! うるさいお口は、大鯨のぱふぱふでふさいじゃいますっ!』
『ゴッっゴフフッッフブブブッゴフッゴフッッガハァァ────ッ!!!』
おっぱいの降りが妙に生々しい。
「「「っ」」」
「すまない、司令官たるもの、このようなキモい言動を発するとは」
もうキモいとか通り越してんだよ。とんでもない性癖暴露しやがって、明日からどう接すればいいんだ。
「あと僭越、意見具申をお聞き頂ければ幸いですが、そろそろお辞めにならなければ、最悪司令官殿の親潮秘書艦が艦娘をお辞めになる可能性がありますので。 つかさっさと黙れェ!!」
「グアッ!!」
ここで頬を叩かなければ、退職願の上にペンを走らせる親潮はその手を止めなかっただろう。
「何のためにここに来たんだっけ……あぁそうだ、艦船派との対談と運動会についてだ。秘書役は誰でもよろしいのでしたら、適当に暇なのを探してきます。運動会の件についても、その日は休暇として頂ければ幸いです」
「あぁ、艦娘を選ぶ場合はくれぐれも生理周期の近い女性に気をつけるようにな」
「もうその話はやめてください」
そして俺は、新たに増えた派閥、通称”艦船派”と名乗る集団に関してのデータを集め始めながら、運動会に向けてのウォーミングアップを開始した。
俺にとって本題は古鷹の方だ。こんなクソしょうもない議論はさっさと終わらせなきゃいけない。