今のご時世、映画館の足を運ぶのは新作推しアニメの劇場版を見に来たオタクか、適当な映画で建前上の関係を延長させようとするカップルか、親に連れて来られたクソガキぐらいである。
映画館の中は盛況では無さそうだが、カップルやグループで来ている人が多い。
『アケミは何にするゥ〜?』
『ハヤトが食べたいものならなんでもぉ〜。でも、アケミポップコーンがいいなぁ〜』
『うんうん、じゃあそれ食べよっか!』
なんでも、とはなんだったのか(笑)。
目の前にいるクソカップルはウザさの擬人化だが、今回はこういう知能レベルの低い奴らの真似事をしなきゃならない。古鷹と共に列に並び、じっくりと目の前にいる回収者待ちの粗大ゴミらを観察する。
『あ、ポップコーン、大きいので』
『かしこまりました。お味は何にしますか?』
『塩で』
『かしこまりました、少々お待ちください』
『あ、私そんな食べれないから』
『そうだよね! アケミぅわぁ〜少食ぅ〜? だもんね。おい店員、ミディアムにしろ』
『あとぉ〜わたしぃ〜キャラメルがいいぃ〜』
『はは、甘いもの好きだもな! 店員さァン、塩キャンセルで、キャラメル』
『は、はぁ……』
店員さん! は、はぁ……じゃなくてそこは、チッ、カス共が、だろ? お店のマニュアルに書いてないの?
「あぁいうのにならないようにしようね、古鷹」
「は、はい! もちろんです!」
少し声が大きかったのか、ヤンキー風チンピラクソカスが振り向いてきた。
「あ? もしかしておニィさン? 俺たちン事言ってる?」
当然俺は理性ある海軍軍人としての行動が求められている以上、高級士官としての礼節と責務を職務外でも行う。
「平和的に行きましょう」
「は? おい、あんま俺ン事舐めてると殺すよ?」
胸ぐらを掴んできた。
「あ、あなたっ……!」
心配そうな古鷹だが、当然ながら俺は理性ある海軍軍人及び高級士官としての礼節と責務を果たす。
「あぁ〜アンタ死んだわ。彼ってここらじゃ有名なヤンキーだったんだよね〜。あと、リクグン? に入って? なんか体育のセイセキ? 一位だったんだよね〜」
「そうそう、お前俺にケンカ売ったのが? 運のツキ? みたいな? 今からお前の顔面に突き、みたいな?」
拳を構えられた上、ビチクソ女も笑っているので、当然ながら理性ある海軍軍人及び高級士官としての礼節を──
「黙れクソガキィ──ッッッ!!」
「ガァ────ッッ!!! う、腕がァ……ッ!!」
「すまないねぇ今手加減したつもりだったんだけどネェ!? まずそこのクソ女なんでもとか言いながらちゃんと要求する所とか店員にタメ口聞くなとかオーダー変えまくるなとかそもそも割って入ってくるなとか色々あるけどね、典型的な環境型災害なんだよお前たち!? 何!? 神様にカス人間になれとでも言われてるのかなッ!? 折れても居ないのにそんな痛がるなんてリクグンはひ弱な人を採用したもんだねェ!?」
「な、なにコイツ……!?」
「言っとくけど俺は知らない女だったら平気で殴り殺すからなァ!? テメェもそのキャラメル尽くしの脳天モノホンのポップコーンみたく爆発されたくなかったらコイツが頭が犯されるトコロミテロォ──ッッ!!!」
「ひ、ひぃ!!」
「クッ……こ、こんなことしてただで済むと思うなよォ……! 俺の後ろには、陸軍と所属してたチーマーの仲間たちが居るんだぞォ……!」
「ウルセェ!! 陸軍相浦駐屯地連隊長とは陸軍長崎駐屯地連隊長経由で知り合いなんだよ既にッ!! あとチーマーだと舐めんなよこちとら既に鴨川で同じような奴ら潰してんだよ」
「な!? お、お前は……」
「俺の名前は宍戸、長崎警備府で司令官をしていた者だ。佐世保でこっちに来ることはあまりないと思うけど、時間があったら長崎警備府にいつ別れるかわからないような彼女さんも一緒に連れて遊びにきてね……オ前タチドノミチノコトコロスカラァ──ッッッ!!!」
「「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!!」」
クソガァ……あ。
「「「…………」」」
豪華に彩られた館内の客共がこちらを見ている。
が、特に咎められるような事はなかった反面、一応有名人として名を残している宍戸様に近ずこうとする者はいない。
畏怖と、スカッとニホンカイグンを同時に受けたから感謝しても近づきたくはないんだろう。
「よし、古鷹は何食べる?」
「あ、えっと……では、アイスクリームで……」
クソ、古鷹のテンションが下がってる。
裏では夕立ちゃんたちが聞いている以上、臭いセリフを連発し続けなきゃいけない。が、このままじゃレパートリーが少なくなってしまう。映画館に歩くまでの道のりですでに使い果たしてしまった以上、ラブラブカップルの極意をあのバカ共から拝借しなきゃいけない。
「ウンウン、古鷹は甘いもの好きだもんね、全く俺の嫁は可愛いなぁ〜」
「これは気色悪い」
「でも古鷹凄く喜んでるっぽい! これはもう決まったっぽい?」
「クソ……俺もアレぐらいの事なら幾らでも言えるのに……ッ! あんな初な古鷹さんを言いくるめるなんてェ……! 正直に聞きますけど、宍戸大佐は
「そう見えてるだけで中身は心臓バックバクだと思うよ、あと君に言われたくないな」
「俺はヤリチンではないです!」
「
「ははは、照れますね」
「今のどこに照れる要素あったの? イケメンって君の事言ってるわけじゃないから。あと宍戸くんに今の発言チクったら君殺されるから気をつけようねっ」
「す、すいません!!」
ーーーーーー
──完璧なまでの理想の男・宍戸大佐との出会いは彼女らの人生を大きく狂わせてしまった。淫欲の谷間に墜ちていく駆逐艦春雨、第二艦隊旗艦白露、警備府秘書艦親潮、ルームメイト月魔……せめぎあう欲望と理性のはざまを最高のモデルで描ききった、長崎警備府。
出撃中、宍戸の事を想った春雨。
尾行しようとしたが、俊足で逃げられた。
自然と足が向かったのは、大佐の部屋だった。
ベッドの中に潜り込み、枕を勢いよく吸い込む。
「……すぅ~……!」
「あれ、司令の部屋に電気がついてる? 外回りに行ったはずじゃ……は、春雨さん!? 何をしてるんですか!?」
「すいません!」
日々ボディーガードもこなす秘書艦仕事の親潮は自然と身体が動いていた。
うつ伏せの春雨に馬乗りとなり、瞬時に拘束状態に入った。
「じっとしてください春雨さん! 何が目的ですか!? お金ですか!? 仮面ライダーですか!?」
「すいませんっ!」
「すいませんじゃ済まないですよこれ!? 白露さんに通報してやりますからね春雨さん!」
「すいません!」
たまたま部屋の前を通ってただけだが、部屋があまりにも騒がしく、自分の名前を呼ばれて入ってきた白露は勢いよくドアを閉めた。
「白露だ!! 何が目的だ!? モノか!? 金か!?」
「ちぇーん──」
「部屋に異常はない!?」
「今の所ないですけど春雨さん、布団の上でぇンヌ枕抱えて……多分変態だと思うんですけど……」
「じゃあ白露、権限ないけど地区憲兵隊のところまで連れてくね! 立て!」
「大丈夫ですか一人で?」
「立て! 外に出ろ!」
部屋の外に連行される春雨。
俯いたまま前を進む春雨は当然手錠も縄も付けられておらず、並行して歩く春雨のお姉さんこと白露は、一瞬で妹の考えている事を理解できた。流石は長女と大佐や司令官に言わしめさせただけの事はある。
「お金目的で入ったんじゃないんだ?」
「……こくっ」
「じゃあ、一体何のために入ったの? って、いまさらだよねっ……こんなことが職場にバレたらまずいでしょ?」
「……こくっ」
春雨は一応頷いたが、ここが既に職場だと言うことと、多分バレてもあまり影響がないだろうと思っていたが、彼女へのツッコミは控えた。ちゃんと腕を組めていない白露の不器用さも気になっていたが、かなり真面目なトーンで話しているので、これも抑えた。
「お姉ちゃんの言うこと聞く?」
「はい……」
「よし、ミニカーやるから白露についてきて!」
春雨を引っ張りながら東郷Uターンのごとく旋回した白露、春雨艦隊は、大佐の部屋に戻る。
「はぁ! はぁ! 司令の布団! 司令のベッドぉ! ゲッホゲッホ……な、なんですかあなた達!?」
「おらぁ春雨押さえろぉ~!!」
「なにするんですか流行らせコラ!」
「シメサバァ! 抵抗しても無駄です!」
「ドロヘドロ! あなたたち、あなたたち二人に勝てるわけないでしょ!(敗北宣言) 流行らせこら! 流行らせこら!」
大佐のベッドの上でじゃれ合っている三人。
ルームメイト月魔は彼の上で寝ており、有給休暇を自室での勉強に有効活用していた彼は、シビレを切らして二段ベッドから飛び降りてきた。
「だ、誰ですかあなたは!?」
「月魔です、流石にベッドを揺らされるのは邪魔だと思いましたッッ」
「ストーカーそっち抑えてください! 三人に勝てるわけないでしょ!」
「馬鹿野郎あなた私は勝ちますよあなたッ!!(秘書艦無双)」
ーーーーーーーー
「みたいなことがあったんだよねぇ〜佐世保鎮守府の総司令さんと初めて通信したトキ。いや、いきなりプロレスが始まってるから何事かと思った。あんなに驚いたの深海棲艦出現以来かも知れないぜ」
「そうなんですか……」
隣同士に座る、アメリカ元帥のドグソドルジ提督、そして大湊から佐世保まで直接出向いてきた加賀提督。
ドグソドルジ元帥にとっては二度目の密会を行うようなものだが、計画された会合ではない。
加賀提督は諸問題の解決と第二次沖縄奪還により激化した海軍全体の動きに対応していた。彼女が指導する保守派は、永原少将を利用した目論見が大淀総長にバレた事で弱みを握られている状態であり、動きを封じられている間に派閥そのものが揺らいでいた。
名目上は「沖縄を管理下に置く佐世保鎮守府の視察、及び佐世保総司令との面会」だったが、赤城提督に会いに来たのが本音の七割ほど占めている。普段は現役時代を思わせる改造された青白の弓道着と、提督用常装を組み合わせたような制服を着ているが、町中を歩くときは一般人のようにカーディガンとロングスカートという私服を着こなす。
アメリカ元帥に偶然遭遇し、ノリで誘われたのは計算外だったが、彼女の本音としては話をしてみたかった相手だったので、いい意味で想定を裏切ってくれたと感じている。
二人の立場上の問題から、各々の側近やボディーガードが合わさって、若干居心地が悪くなっているが、元帥は意気揚々とコーヒーに口を付けた。
「保守派って、やばいんだっけ? ミス加賀が頭目だったって聞いたんだけど」
「その話はこういう所でしないほうが懸命だと思います」
「ははは、確かにそうだね。でも立場的にヤバイんでしょ? 俺と手組まない? 組んだほうがいいと思うよ?」
「お誘いに利点を見いだせないわ」
「俺、アメリカ海軍元帥、偉い、ユダヤ協会と政治界とコネある。そんな俺が持ちかければだいたい乗るし俺だったら乗るね。行く? イク? はい! 交渉成立ゥ〜」
「勢いには押されません……貴方の目的は何ですか? 単刀直入に言います、貴方は別にアメリカの為に辣腕を振るいに成られているわけではないのでしょう?」
「え、そう思っちゃう? 俺が利己主義のOur Americaを崇拝しないカスみたいな?」
軽くあしらうドグソドルジ元帥だったが、加賀提督はどうにもこの質問を投げかけずには居られなかった。彼女は前線勤務から提督になった艦娘提督であり、相応の経験を積んでいる。
「度々見える瞳の紅い光……隠そうとしても無駄です」
「ずいぶんとロマンチックな事言うね加賀ちゃん」
「人間が出せるものじゃありません……最後まで言わないと駄目ですか?」
「ハァ──ハハハ! ナルホド、流石ハ加賀提督!」
「まだあなたがたの正体については理解しかねている所ですが……人類を、内部から支配しようとしているのですか?」
「とんでもない! 所詮は個々の判断を持つ動物なんだよ。だから普通に攻撃されるし、はぐれは淘汰される、人類と同じさ。少なくても俺は、自分は100%人間だと思ってるね。生まれも育ちもコーラを飲んで育ってきた。正直に言うと船の上って気持ち悪くなる」
彼が言うことに嘘偽りがないのは目を見て理解した。しかし安堵は、彼個人への疑念を振り払うまでには至らなかった。護衛からすれば
「合衆国大統領も俺には夢じゃないんだよなぁ〜軍人だし出身も合衆国だし。人種問題はともかくとして、大企業のバックアップがあればなんとかなる!」
「軍のコネクションではなく?」
「政府より企業が偉いのが民主国、企業より政府が偉いのが独裁。民主かつ政府直下の軍隊ってのは下の下なんだよ。日本は知らないけど、教養のある軍人が政治家や企業重役に転身する人が多いのは確かでしょ? もっと媚びてもいいのよ、うっふぅ〜ん」
「気持ちが悪いです」
加賀提督の立場を考えれば彼との人脈も悪くはないが、彼をどうにも好きにはなれなかったのは、多分性格からだろう。あり得ないぐらいにフランクであり、部下たちには好評がある人柄だが、対等の人間として話すならば、少なくても最初の内は節度を求めるのは大人として当然である。これならば宍戸提督のほうがよほど好感が持てると……ドデカいスクリーンを見上げて思っていた。
「それにしてもこの映画いつ始まるの? ソナタみたいな映画だよね? 俺の隣で恋愛映画見るなんて……イケない子だ。近場にホテル街あったっけ?」
「はいッ?」
「ごめんなんでもない」
映画館の中は混んでいなかったので、当然ながら席は空き放題であり、座れる場所は数多だった。
一番真ん中に座るのがベストかと思われたが、そこも数多のカップルたちに占領されていたことと、古鷹が右側の列の後ろを所望したのでそちらにした。
アイスクリーム二人分とカップル用クソダサハート型ストロー付きXXLジュースなるものを買ったが、肘掛けの穴に入らない。デザインした奴はアホであり、これはレビューに星1を付けてSNSに載せないといけない事案である。
後方に時雨達の艦影確認、行動に入る。
「古鷹が恋愛映画好きなんて、少し残念だな」
「え、なんでですか?」
「俺たちより恋愛してるカップル、いる?」
「わ、わたしたちは! も、もももう熟年夫婦の粋だから……! た、たまにはこういうのもいいかな~って!」
「ははは、そうか……じゃ、学生みたいにプラトニックに、手、繋ごっか?」
「は、はいっ……んっ!」
ふふふ、柔らかくてあったかいお手てだな、食べちゃいたいぜ。コイビトらしい事をする度に顔まっかっかにする古鷹のほっぺも食べたいぜ。
と言うのはコイビトらしい台詞だろうか?
実は恋愛映画を片手で数える程しか見てない俺はゲームやアニメの知識を使って会話している以上、リアルな恋人的な会話ができないのがネックである。
誰かのプライベートな会話を録音するわけにも行かず、かとその場にいればそういう会話が聞けるとも限らない以上、多少ドラマチックな映画でもこういうところからも学べる。
人生とは勉強の連続なんだ。
イチャラブカップルがど真ん中に座ってるのにキスしまくりのエロ漫画かよ展開繰り広げてる。
アッチの老若男女チームは多分家族だろうが、入る場所を間違えたとかで高齢の婆を出口まで誘導し始めた。
最前列から中央手前までダイアモンド式に席を占領する団体客はなんだろう? 制作スタッフか何かが興行収入貢献のためにでも来てるのか? あるいはVIPの護衛? 何れにしても禍々しさを感じるから近づきたくはない。
だいたい流行だった映画いつまでも流すなんてあまりいい傾向じゃない。地方の映画館だからって東京都市部の流行が遅れて流れ着いたようなラインナップは流石に勘弁してほしいぜ。最近国内の映画があまり作られなかったのも要因だけど、近年客足の伸びが悪いから仕方がないけど、それでも映画業界は頑張ってほしい。インターネットで違法に見るのも良くない。
待ち時間の間にCMが流れてるが、これも映画館の収入の一環を担ってる事を忘れてはならない。だからちゃんと見てやるんだ。チョコレートのCMなのに濃厚な恋人シーンが流れるのには少し気が引けたが、これも教訓を得るチャンスだと思い、カップルを演じる男優の行動を真似して古鷹の肩を抱いた。
「あっ……あ、あなた?」
「嫌だったら、いつでも拒絶してもいいんだよ?」
「……っ」
なされるがまま、頭を俺の肩に預けてきた古鷹の頭からシャンプーの匂いがした。磯臭ェ俺にこんな密着するなんてイケない子だ。古鷹も恥ずかしながらもリラックスした表情を浮かべてる。お互いの温もりを感じながら有限の時を使い愛を確かめ合う。正に恋人だな。
海軍軍人としての節度をわきまえてる俺は、人生イキって公然とキスを始める畜生レベルの人間ではない。股間の正直さに耐えながら、柔らかい古鷹を、映画が終わるまで抱き続けた。
夕立は目の前にいるカップルの行動に対して放つ黄色い声をあげ損ねた。隣にいる村雨の指がコップを原型を留めないレベルでミシミシと丸め始めたからである。
「こわいこわい、村雨落ち着くっぽい」
「え、落ち着くってどういうこと?」
「その開いた瞳孔なんとかして閉じろって言ってるんだよ夕立は。気持ちは分かるよ? あのまま映画過ごす気? いくらなんでもやりすぎじゃないの?」
「時雨大尉、恋人ならアレぐらいは当然かと……」
「近衛少尉くん、君にツッコミ入れる権利を与えた覚えはないと思うけど」
「酷い……」
「冗談じょうだん、でもアレ見てどう思う?」
「クッ……! 俺なら公然キスぐらいはしてあげられるのに……!」
「古鷹が望んでる事を察してあげられない時点で負けてるんだよね君……」