整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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デート大作戦!8

 

 長崎警備府執務室。

 

 部屋に不法侵入した親潮と春雨は白露によって連行され、二人の異常性愛事件の処理を懇願した。

 

「ご苦労だった白露少佐。確かにこれは解決すべき事案であり、警備府司令官の範囲で処罰をしなければいけないのは誰の目から見れも明らかだ」

 

「き、聞いてください司令! 親潮が司令の部屋に侵入したのは春雨さんが司令のベッドをクンカクンカしていたからであって、それがなければ入らなかったです!」

 

「でも親潮もやってたよね?」

 

「うぅ……た、たしかにそうですけどぉ……! し、司令ならわかってくれますよね!? 司令のお部屋に入ったのはそういう目的じゃありません!」

 

「その前に司令というのは私の事を指してるのか宍戸の事を指してるのかどっちなんだ。いい加減に決めてくれないと私の方がバグりそうだぞ」

 

「じゃあ今からは宍戸司令を龍城さんと呼ぶ事にします!」

 

「ならんッ! 婚約していない男女が下の名前で呼ぶなど破廉恥極まりないッ! たとえ海軍大臣が許しても私が許さん」

 

「感性古すぎ……」

 

「何か言ったか白露少佐?」

 

「なんでもなーい!」

 

 腕を白露級の椀力で拘束されている親潮は結局、宍戸司令と呼び名を改める事を警備府司令官の前で誓い、改めて事実確認を行う事にした。

 経緯はすべて白露が話してくれた。ここにいない月魔も当事者だが、そもそも事件というにはあまりにも馬鹿馬鹿しいと思っていた斎藤司令官は面倒くさかったので呼ばなかった。白露の代わりに憲兵としての資格を持っていた月魔を召喚するべきなのは百も承知だが、目の前にある書類を終わらせる為にさっさと済ませたいのが本音である。

 というより、秘書艦の親潮がいないと困るのだ。

 

「今回は不問にするが、宍戸の部屋に入るときは彼がいる時にしなさい」

 

「「はッ!」」

 

 この程度で済むのは警備府全員がお祭り騒ぎの見知り同士だからである。例えば巨大な佐世保、あるいはそれ以外の四大鎮守府という、巨大さ故に各々のコントロールの効かない場所ならば、この事件は正式に憲兵隊から事情聴取を受け、海軍省法務局へ書類が送られ法的措置を取られるのがオチである。そこから発せられる様々な問題は、基地の威厳、秩序、風情を損なうだけでなく、場合によっては上官が責任問題を追求される可能性もある。

 穏便に済ませる場合は、当事者に何らかの処罰を与えるのがセオリーだが、何れにせよこういう処置は顔と事情を知られているから”次は気をつけろよ”の注意一言で済ませられる。

 

「彼は入出を頑なに拒否しているわけでもないが、あそこは月魔くんの部屋でもあるのだから、もう少し自重を心がけてほしい」

 

「「すいません……」」

 

「そういえば宍戸くんってドコにいるの? 用事とか言ってたけど……」

 

「あぁ、彼なら佐世保にいる。たしか古鷹秘書艦と会う約束があるとか……」

 

「「「なんですって!?」」」

 

 デートの件を知った三人は見開いた目で司令官に差し迫る。

 

「ど、どこですか!? あ、いや、古鷹さんなら佐世保鎮守府にいるはずだからそのへん……で、でもおかしいですッ!! なぜ宍戸司令は私達にそのことを知らせなかったんですか!?」

 

「そうやって感情高ぶらせ、阻止される可能性があったからではないか?」

 

「阻止なんてしませんッッ!! 秘書艦より大事な要件ができるだけですッッ!!」

 

「お兄さんが……デート……ッッ」

 

「いや、会う約束があると行っただけでデートとは言っていないが……」

 

「甘いよ斎藤司令官くん! 男と女が会う約束……それ=アイビキ! 現代社会では常識だよ!」

 

「そうなのか……しかし宍戸の動向より業務を優先してもらいたい。特に白露少佐、佐官になった以上は指揮の勉強や佐官としての基礎教養、知識ぐらいは付けておけと宍戸からも言われているだろう?」

 

「ちゃ、ちゃんとしてるよ〜! でもね、勉強って頭イタイイタイするんだよね! だから宍戸くんの部屋に入って昔の書類とかちょこ〜っとコピペしたりすると、すごく勉強になるんだよコレが!」

 

「高等学校の宿題じゃないんだぞ。まったく……まぁ確かに、先人から知恵を借りるのは良いことだが、この調子だと鈴谷少佐も気になるな……」

 

「鈴谷はやる時は意外と勉強熱心だから大丈夫だよ!」

 

「正直に言えば意外だが、失礼に当たるので心に留めておこう」

 

「言葉に出してる時点で失礼です」

 

「とにかくッッ!!! お兄さんがこの春雨を置いてデートなんて許されざる所業ですッッ!! 今にでも最速で到着する為に出撃をするのもやぶさかじゃないですけど春雨は成長しました! この際は、時雨姉さんたちの動向を探るためにお兄さんのパソコンを開かせてもらいます!!」

 

 華奢な少女の姿は一変、毘沙門天と化す。

 

「ま、待て春雨少尉! 先程部屋に入る事について気をつけるようにと言ったばかりではないか! 多少の素行には目を瞑るが、目の前で宣言されたとなっては止めなければならないだろう!?」

 

「お兄さんが没にした国際防衛理念と連邦体制の意義についての論文を司令官にあげますから!」

 

「じゃあ仕方ないな、私も部屋に付いていくとしよう」

 

「兄さん!? い、いいえ司令何を言ってるんですか!? 自分の欲に動かされて業務を放棄するなんて、それでも司令官ですか!?」

 

「親潮、お前には言われたくない。あとこれは立派な業務だ。司令官直々に部屋の抜き打ち検査をする事は度々あるだろうに……」

 

 書類管理は既に終えているので、斎藤司令官が残す所は人事部が提出予定の休暇願いの書類だけだが、滞ているらしいので事実上の小休止である。

 落ちぶれた司令官は部下に仕事を押し付けて、小休止を休暇にする場合がある。正式な休暇ではない為、仕事をしているようにして一日中エロサイト巡りをする、言わば窓際社員のような現象が起こっていた時期がある。

 斎藤司令官はもう仕事を終わらせている。空いた時間でも先の仕事や兵員に至るまでの問題、状況の把握に努めている。一度ぐらい自分の欲を出して、しかも海軍関連の事であるから、宍戸大佐の部屋に出入りする彼を見た人々が彼を咎めることは無かった。

 

「というわけで宍戸くんの部屋に着いたよ!」

 

「な、なんですか白露さん!? 春雨さんと親潮さんを司令官の所に連れてったんじゃないんですか!?」

 

「邪魔をしてすまない月魔くん、話が変わったんだ……春雨少尉、資料は私のアドレスに送っておいてくれ」

 

「はい!」

 

 今度は堂々と侵入した団体が先に目を付けたのは宍戸大佐の使い古されたノートパソコン。パスワードは緊急時に他人が開けるようにと時雨や一部の信頼できる部下に教えているため、容易に中身を開くことができた。

 春雨は最初、論文ドキュメントをコピペして斎藤司令へ警備府内通信を使って送り、秘蔵フォルダーの中を調べた後、メールアカウントの中にある文章を調べていた。

 

 斎藤司令官は最初、何故デートしている事がバレたら宍戸の部屋に行くのか疑問であったが、その答えは開かれた文章列を見て察しがついた。

 

「これは……」

 

「そうです! お兄さんがデートに行くとき、必ず計画をデータ共有型のドキュメントに記しておくんです!」

 

 過去の計画書類の中には村雨とのデートの際、行く場所、行ってはならない場所、使う金額の上限、各々に合わせたマナーや好き嫌いなどが書いてあった。名前の横に書かれた優日や劣日などの造語は多分、生理周期の優劣を意味しているんだろうと斎藤司令は察した。

 中には時雨と出かける際に必要ものや、民間、海軍関連に分けた緊急時の対処方法、お見合い時のマナーの一覧表などが事細かに書かれており、物事に対する用意周到が垣間見えていた。それだけならいいのだが、備考欄に書かれた、さしずめ論文のような文章の数々は四人を引かせるのに十分だった。

 

 当然ながら最新のフォルダー内にはデートプラン表がある。名前は書かれていなかったが、古鷹とのデートだと確信した面々は、そこに書かれていた内容に驚いていた。

 

「”My Sweet Honey”……? き、ききき……」

 

「まさかここまで用意してるとは……」

 

 臭いセリフ集。ド直球なネーミングの下に書かれた備考欄の言葉の数々は口が裂けても言えないような恥ずかしいものばかりだった。

 

 状況に合わせた、実用的な臭いセリフをネットや周囲の部下から掻き集めていた彼は、デートの最中に度々スマホを開いていた。

 共有フォルダーの中にあるセリフは、多分今なお使われているんだろう。忘れた時に開いてセリフを見る作業をリアルタイムで繰り返しているのは、横にある使用済みのチェックマークを見て理解した。

 「これはキモい」ここにいる全員の総意だった。

 

「春雨少尉、これを消すつもりか?」

 

「いいえ! 改変するんです! お兄さんが理由もなくこんな汚いセリフを用意してるとは思えないですけど、流石にきも過ぎます!」

 

「なるほど、宍戸の名誉を守るためか。出来た部下を持ったな宍戸……いや、確かにこのようなセリフを数ページ分用意しているなど後世の恥となる事案だが……親潮はどう思う?」

 

「宍戸司令がこんなに周到にデートを……お見合いの時だって、私にこんな台詞言ってくれなかったのに……やっぱり古鷹さんの方がいいんですかぁじれぇぇぇぇぇ!!!」

 

「聞くべき人を間違えたな、白露少佐はどう思う?」

 

「キモいの一言だね、これは事案じゃなくて事件」

 

「そうだな、早急に対処しよう。しかしどうするつもりだ? 恥をかかせないために改変するのはいいが、美化させるわけでもあるまい」

 

「改変じゃなくて改悪するの」

 

 

 

 夕方の時間帯。運動会の後ということで、後日激痛に襲われないようにと古鷹がデートスポットに示したのは、鎮守府近場のカフェ。近所に構える小さな店だが、静かすぎて逆に死んでいるとまで言わせるカフェは事前情報により得た憩いの場所である。

 こんな小さな店の中では確実にバレるはずだと少尉は指摘したが、宍戸と古鷹はラブラブになると周りが見えなくなる、と強引に店内へと誘われる。地獄耳でなくても聞こえる店内で、二人は一番角の席をとった。

 

『あ、あなたっ、一位、おめでとうございます!』

 

『あぁ……誰かさんが応援してくれたからかなっ。この金メダルをもらったもの、全部その人に捧げるためだった……そう思ってたら、勝手に一位を取ってた』

 

『そうなんですか? ……あ! そ、その誰かさんも……あなたのお役にたてて、嬉しいなって、おもってるはずですっ』

 

『そう? でも、やっぱりこんな金メダルじゃ、俺満足できないよ……』

 

『え!? だ、だって、佐世保鎮守府を挙げた大きな運動会だったんですよ!? それなのに……』

 

『違うんだ古鷹、俺もう、大きすぎる金メダル貰ってたからさ、感覚が肥えてるんだと思う……俺の感覚を狂わせた、人生で一番の金メダル……』

 

 古鷹の手を握り、見つめる。

 

『古鷹っていう、俺の、人生の金メダル……』

 

『あっ……』

 

 

「……ッ!」

 

 時雨は「キッッッッッッッッッモ!」と口の中で爆発しそうだった。

 夕立は村雨の貧乏ゆすりを止めるために、彼女の足の上に自分のを置き、ガイアの目覚めを鎮めていた。

 せっかく佐世保まで来て演出まで完璧にこなした少尉は今までの努力を踏みいじられたように抜けた顔をしていた。

 

「……あの〜、ご注文はなにになさ」

 

「ブッ!! ……こ、コーヒーで」

 

「フラッペっぽい!」

 

「アーモンドミルクグラノラフラペチーノオネガイシマスッ」

 

「お、俺もコーヒーで……」

 

 

『そういえば頼んでなかったね、古鷹といると、時間まで忘れちゃうな、ははは、時間泥棒な古鷹っ』

 

『す、すいません……』

 

『うん、許す。でも時間泥棒古鷹はその分、自分の時間を俺に尽くしてくれるから、好き。これって、エデンの法則じゃない? 学会行けちゃうかもね、俺』

 

『ふふふっ、学会に行ったら、あ、あなたといる時間が少なくなっちゃいますねっ……』

 

『いや、そうはならないね。なぜなら、発表は二人でするからだよっ。これは、二人の研究なんだから。時の神クロノスでも、俺たちを引き裂けない……おっと、また立証しちゃった。愛の神アプロディーテーも、俺たちにだけ愛の力を分け与えるなんて、世の中不公平だねっ』

 

 

「離して、宍戸さんの言う通りアレは周りを不幸にする、村雨が保証するわ、だから、村雨の、ちょっといい教育ッ、付けてくるわッッッ」

 

「落ち着いて村雨! 大丈夫! 大丈夫だから!」

 

 

 ハァ……時雨たちが暴れているが、俺たちは他人などアウト・オブ・眼中を貫くカップルを演じなければいけない。古鷹は可愛らしい笑顔でデートを楽しんでいる。あのイケメンを諦めさせるという当初の目的を忘れているぐらいだが、度々放ち続ける気持ち悪いセリフにも機転の効いた言葉で返してくれるから助かる。

 

 そろそろ記憶容量が限界に達したので、スマホを開いてセリフの一覧表に目を通す。最初、言葉を放つ事を意識していたが、途中で作業的になり淡々とした感じで喋っているが、コレが逆に自然さを生む。

 アドリブを含めてセリフを放っていたが、それだけでは限界があるので用意させてもらった。普遍的に何も起こらない上、観察材料も少ないカフェでは用意した文章だけが頼りだ。

 

 ドラマの俳優とかも、特に感情を入れずに、ただどんな人物を自分が演じているかを理解しつつ、淡々と演技するのだろうか。セリフに対しては特に感情を持たないまま、怒ったり笑ったりしてるのかな……と思いつつ、時間を見ているフリをして作業的にセリフを読み上げるため、テーブル上にセリフ集を開いたままカンペ読みする。

 

 こういう計算されたセリフって女子は喜ぶもんなのかな……後で時雨たちに聞いてみよう。

 

「愛の神様アプロディーテって言えば、神話見てると分かるけど倫理観に乏しい男の愛という名のセクロスに飢えたクソビッチだよね」

 

「え」

 

『『『え』』』

 

「他のイケメン野郎と寝まくるチ○ポ大好きマ○コで近親ともヤるという今だったら法律という名のオリュンポスに裁かれるよね」

 

 ……どうしたんだ古鷹? 返事してくれないぞ。

 

「あと陰茎から生まれた神もいるらしいじゃん。ソイツの子供の頃あだ名絶対チ○ポでしょ」

 

「っ」

 

 古鷹、なんでそんな顔で俺を見るんだ……まるで俺が変な事言ってるみたいじゃないか。

 

「俺の硬化二重一刀(おぶつ)が火を吹くぜー、宍戸司令なんでデートなんかに言ってるんですかなんで言ってくれなかったんですか……宍戸この論文誤字があるぞ、古鷹さん! 俺は視姦よりアオカンのほうが好きですぜーヒャッハー! 兄貴! ここにあるセリフはもう使えません! 春雨さんたちが妨害してーーお兄さん帰ったら説明してもらえるんですよねッ? ちょ、待ってくださいまだ司令に書きたいことがだだだだだぐぐぎぎぎかかかかかああああうううしししぎじふくききき……」

 

「あ、あなた……?」

 

 ……はは、なるほど、そういうことか。

 

 俺のパソソンの中にあった共有ファイルがハックされている。多分俺の部屋に侵入したんだろう。

 

 クソォ!! 邪魔しやがって!! 帰ったら誰がボスか、分からせてやるゥ!!

 

「ふぅ~、美味しかった……古鷹、飲み終えてないの?」

 

 スマホを閉じたあと、何事もなかったかのように戻るが、完全なるアドリブで乗り切らなきゃいけないのは厳しい。考えろ俺、今までの教訓の全てを古鷹にぶつけるんだ。

 

「すいません、私ってば、いつも飲むのが遅くて……」

 

「いやいや、そこは”どういたしまして”だよ?」

 

「え?」

 

「古鷹が飲むところ眺められる……多分俺の中のクロノスが、そのために時間を早めたんだと思うな、ハハハ、粋な事をする神様たちだなっ」

 

「え?」

 

 

 飲んでいたコーヒーが対になる少尉の顔に拭き掛かりそうな勢いを何とか唇の筋力で止めた時雨は「聞き返されてるじゃん!」と今にもツッコミを入れそうだった。

 レベルが低いのか高いのか判別できないようなセリフを吐きまくる宍戸。夕立もいい加減に笑いそうになっている状況であり、これ以上のぶっ飛び発言がない事を祈るしかなかった……が、幸いにもお互いを見つめ合う、手が触れ合うなどの行動が目立つだけで、目を背けていればギリギリ爆笑を耐えられるようなモノばかりだった。

 

 


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