整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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デート大作戦!9

 夜のロマンチストが選ぶ場所と言えば必ず候補に上がるのが公園である。一組の男女……古鷹と宍戸大佐が大勢の尾行部隊を連れて入るが、それを阻む者も居た。

 二人の半径百数十メートルの所に、とある集団が跋扈していた。人気の少ない公園への出入りは、その規模から一般人でも阻止されていた。

 

「ほう……ベリングハム少佐、これはどういう事だ?」

 

「申し訳ありませんFadm.……元帥、貴方の頼みでも、ここを通すわけにはいかないのです」

 

 陽炎三姉妹とべリングハム少佐はドグソドルジ元帥の行く手を阻んでいた。加古、足柄、御手洗少尉、更には加賀提督とその護衛を合わせた大勢に立ち向かう形で、公園への道筋を断っている。

 

「俺の細胞がここにいるって知らせてる以上、マイサンはここにいると見て間違いねぇ。ただ会いに行くだけ。その絶好のチャンスが今あるのに、今まで協力的だったお前が何で阻む?」

 

「事情を知っているからです。彼と貴方を会わせるべきではないと、そう確信しているからです……Kagerouたちもそう思って、今私に協力してくれているんです」

 

「え、いや、別に個人の事情とかは知らないけど……でも、古鷹とのデートは邪魔させたくない! アメリカ軍の偉い人でも、二人の邪魔するんだったら容赦しない! 黒潮と不知火もそうだよね!」

 

「正直お偉いさんに歯向かうんは、ちょぉ〜っと抵抗あるけどなぁ? でも、うちらもこんぐらいはせーへんと、古鷹はんに協力した事にならへんし」

 

「司令と古鷹さんがここにいる理由は私達にあります。すべて上手く行くまでは見守る義務があると、不知火は思います」

 

 古鷹本人にとっては役得であった本心を知らない陽炎たちにとっては、

 

「クク──イイ仲間をモッタもんだな──加賀提督、この四人は強敵だぜ。ここを突破するには、護衛だけじゃ無理だ。力を合せて一緒に突破スルゾォ!」

 

「は? 何故私が協力しなければいけないのですか?」

 

「え……」

 

 加賀提督は呆れた顔をしながら部下と共に去っていく。もともと、赤城提督が待っている佐世保鎮守府に行く道が同じであっただけで、隣同士で歩いていた彼を疎ましく思っていたのが本音である。

 

「クソォこれだから艦娘はァ……! こうなったら……加古! 足柄! Slt.御手洗! この不届き者たちの相手をしろ!」

 

「え、やだ」

 

「え……」

 

 弾丸を腹に食らったような顔をする元帥。

 加古、足柄、そして少尉は陽炎たちの方に寝返る。

 

「個人的な事で悪いけど、姉ちゃんである古鷹のデートの邪魔はさせられない!」

 

「同じ個人的な事ならいいんじゃないかしら? この足柄も力を貸すわ! まぁ私だけじゃないけど」

 

「……え、俺もっすか? 俺としてはどうでもいいっていうか早く帰って砲術の研修に備えたいんですが……加古さんが上官に説明してくださるのでしたら協力もしますが……」

 

「心配御無用!」

 

「了解です」

 

「なるほど……俺の前に楯突くか……いいだろう、相手してやるッ──死ヌ気デカカッテコイッ!!」

 

「「「オラアアアアァ!!!」」」

 

 

 

 

 公園は噴水による月下光の反射で幻想的に彩られ、夜な夜なカップルたちのアオカンが目にできる絶好のデートスポット。

 公園の外には若干の騒がしさがあるが、愛し合う二人にとってそれは蚊の囀りのように聞こえた。至近距離にいても話し声は二人に届かないだろう。

 月も照れるような美男美女が手を繋いでいる。

 お互いの体温を感じ合うプラトニックさ。

 

 いい加減ウザさとキモさの二文字が隠れる時雨たちの脳を支配しつつある。イケメン少尉を消沈させる為、公園のど真ん中でキスをするという難題が残されていた二人。

 噴水を眺める為に設置されたベンチで古鷹は段々と慣れてきたのか、頭を肩に乗せた。この一日で詰められた距離を考えてみれば、古鷹にとっては役得であり、終盤はニコニコしていた……真後ろにいる四人の気配も気にせずに。

 

「これは完全に宍戸さんに惚れてる、夕立の恋愛センサーに狂いはない……少尉はどう思うっぽい?」

 

「見ててキツイです。疑問に思ったのですが、大佐は護衛を付けなくてもよろしいのですか? 普通彼ぐらいの地位にいれば兼任の秘書艦か、専任の護衛がいるはずだと思うのですが……」

 

「宍戸くんだから大丈夫だよ、あぁ見えて普通に強いから」

 

「真後ろにいるのにも関わらず気づきもされないのはあまりよろしくない傾向かと……」

 

「それは……ほら、僕たちが護衛だからっ」

 

 他にも妹設定を続けるなら何故名字呼び、さん付けなのか問いただしたいところだが、近衛少尉は既に気付いていた。これは多分、自分を諦めさせるために仕組まれた演出であり、算段なのだと。

 誰かと付き合っている事よりも、ここまでして自分を否定されたのは彼の人生で初めての体験となり、覚悟を決めるように、息を大きく吸い込んだ。

 

「やはり、自分では足元にも及ばない、ということですか……いや、清々しい」

 

「え、ちょ!」

 

 茂みの中からこんにちわ、近衛少尉は時雨が牽制する前にベンチの横から出てくる。

 

「こ、近衛!? な、何故君がここに……」

 

「古鷹さん、お騒がせして申し訳ありませんでした……自分は、素直に身を引かせていただきます」

 

「こ、近衛さん……?」

 

 長いデートを満喫していた俺と古鷹。

 それ以上の事は言わず、突然出てきて、去っていった少尉。聞きたかった言葉をそのまま言ってくれたので、こちらとしては楽なんだが……アッサリとしてるな。そのためにここまでして計画立てたんだから、駄々こねられたらコッチが困るので、計画を立てた甲斐があったというもんだ。このまま大湊まで帰って二度と戻って来ないで。

 

「ご、ごめん宍戸くん、急に飛び出して行ったから……」

 

「いや、この結果を引き出すためにここまでやったんだから、これでオッケー……古鷹は、これで問題ないよね」

 

「は、はい! えっと……はい」

 

「よし! これで、このデート見せつけ作戦は成功に終わった。飯でも食って帰るか!」

 

「そうですねェッ」

 

「村雨まだ顔がブルドッグになってるっぽい……」

 

「誰がブルドッグ!? グギギギギッ……!」

 

 どちらかと言えば般若だけど……せっかくの天使のお顔があんな事に……。

 

「…………」

 

「……古鷹どうした? あ、なにか食べたいものでもある? 男女平等の俺様はおごらないのが主義なのに結果的に奢ってしまうイケメンムーブな俺は、古鷹がいる今、トクベツな奢りムーブしちゃうから」

 

「かわいい女の子に奢る事がイケメンムーブだと思ってるなら黙って奢った方が効果300%ぐらいあがると思う。あ、これつまり言うだけで効果激減って意味だからね? 人によってはマイナスムーブになっちゃうかもっ」

 

「俺よりボーナスもらってるかもしれないのに奢りムーブで喜ばない艦娘様降臨!? 俺に奢られて感謝しろ時雨」

 

「「グルルルルゥ!!!」」

 

「…………」

 

 イケメンが帰っても俯いたままの状態でいる古鷹。

 一言も発さず、かと言ってなにか言いたげな様子ではない。時雨とドンパチやっている隙に、古鷹はゆっくりとした手つきで、俺の腕を掴んだ。

 

「……古鷹?」

 

「っ!」

 

「あ、ちょ──」

 

 強引に引っ張られた。

 突然の移動で千鳥足になりながらも、古鷹が誘導する方向へと引き寄せられ、立ち止まったのは公園の中枢を意味する噴水。

 

「古鷹こんなところで何を──っ!」

 

「んっ……!」

 

 

「「「……え?」」」

 

 顔を勢い良く近づけた古鷹の柔らかい唇が、俺の頬に当たった。

 

 桃色の、甘い匂いがした。

 

 胸元に手を置かれ、何十秒間ーー現実時間では、5秒ほど固まってしまった身体が、変な体制のまま古鷹の体重を受け止めていた。

 

 唇が頬を離れ、これでもかというぐらい真っ赤になった火照り顔を俯かせたが、手は離してくれなかった。

 

「……デート作戦の、最後のキスシーン」

 

 近距離から聞こえる小声。

 

 古鷹は、上目遣いでこちらを見上げた。

 

「計画通りに終わり、ですねっ……えへへっ」

 

「ふ、古鷹……? こ、これはもうやらなくても良かったんじゃ……」

 

「……私の気持ちも、これで伝わればいいなっ」

 

 

 

「村雨しっかりするっぽいッ! 暗くて見えなかったかもしれないけど、アレほっぺたっぽい! マウスツーマウスじゃないっぽい!」

 

「だ、大丈夫よ夕立っ、少し貧血気味で……」

 

「……面白くない」

 

 

ーーーーー

 

 

 一旦帰る素振りを見せた近衛少尉。

 あのように潔く引き下がれるような人間は存在しない。

 彼は少なくても、古鷹と大佐の関係性を確認したいと思い、髪を引っ張られるように立ち止まっただけなのだが……結果的に古鷹の行動が、本当の意味でトドメを刺してしまった。会話を聞き取れない距離にいたのも要因だが、キスシーンがとても印象的に残ってしまった。

 

「……演出だの何だのと自己完結して出てしまったけど、やっぱり彼女の心は……クソッ、俺の恋路は、どうしてこうもうまく行かないのか」

 

 不貞腐れながら数十分程度、近場のコンビニに寄り、テーブルにのたれかかる。

 

 だがすぐに出て、適当な道を歩きながらスマホで明日のスケジュールを確認していたが、今日を休日にした分の仕事が、マネージャーからミッシリと綴られていた。自分の人生には、恋以外にあるのだと、今の気持ちだけでも抑えるように、近場にあった石を未練と共に蹴り飛ばした。

 

 しかし、飛んだ石が向かった先には人がいた。

 幸い当たらなかったが、ボクシングポーズを構える彼は石よりも目の前の敵を見下ろしていた。

 

「いいよ、来いよ」

 

 余裕を見せる元帥に、べリングハム少佐は引きつった顔を見せた。

 

「クッ……私でさえも、貴方には届かないという事ですか……!」

 

 少佐率いる陽炎軍団は激闘の末、護衛は倒したが、ドグソドルジ元帥一人には及ばなかった。戦闘能力で言えば最も長けている足柄でさえ膝をつけてしまう中、一行は窮地に立たされていた。

 多勢に無勢状態の元帥だが、優勢に立っているのは明らかであり、膝をつく集団の中には同期の御手洗少尉の姿もあった。独特な倫理観を持つ彼だが友人に関しては人一倍気をかける性格であり、体が勝手に動く……かに思えた。

 

「フフフ──貴様ラには、我ノ足元ニモ及バナイトイウコトヲ、そのカラダニモット教エ込コミ……ん? この気配! まさか──」

 

「フンッ!!」

 

「ギャアアアアア──!!?」」」

 

 ドグソドルジ元帥は後頭部にハンマーパンチを受けて倒れ込む。唐突に倒れ込んだ事に驚愕するが、その感情は間もなく救援への感謝へと変わる。

 

「「「宍戸さん!?」」」

 

「何やってんだお前たち……」

 

 宍戸大佐は殴った手を痛々しそうに振っていた。

 すぐに彼へと詰めかけたべリングハム少佐と足柄。

 

「だ、大丈夫なの? アメリカ軍のお偉いさんを殴ったりしたら国際問題になるんじゃ……」

 

「大丈夫ですよ足柄さん、俺が殴ったって言えばいいですし、一部始終を記録してたんですから、どちらが悪いかは明らかです。コレの監視、ありがとうございました」

 

 足柄は宍戸大佐から内部調査を頼まれていた。元帥に同行していたのも、動向を監視するために行っていた。何かあれば牽制も頼んだのだが、予想以上の戦闘力に苦戦してしまった事に、足柄は不甲斐なさを感じていた。

 

「流石ですCaptain。窮地を救っていただきありがとうございました」

 

「いや、この公園の近くにいたって事は俺に接触する可能性が高かったってことだ。それを止めてくれたんだろうから、礼を言うのはコッチだ……けど、なんでここにいるかはちゃんと説明してくれるだろうな?」

 

「は、はい! もちろんです! 気になって後をつけていました」

 

「貴様素直に言ったら怒らないとでも思ってるのかオラァ!! 陽炎たちもその口だね、匂いでわかるよッ!?」

 

「なんで匂いで分かるのよ……あ、いや、ごめんなさい、確かに軽率な行動だと思う」

 

「まぁ来るなとは言ってないし、それにコレの粛清にも尽力してくれたみたいだしな、むしろ助かったよ」

 

「じゃあなんで怒鳴ったし」

 

「ごめん、丁度時雨たちと古鷹の口論から抜けだして来たところだからテンションがね……」

 

「古鷹が!? あたしも参加する!」

 

 加古は勢いよく艦船派の士官を引っ張って行った。

 

「作戦は失敗したのですか?」

 

「いや、成功したからというかなんというか……まぁ、別に問題ないからいいだろそんなこと。それより帰ろうぜ。俺たちの警備府に」

 

「「「…………」」」

 

 公園にいる古鷹たちに目を向けたみんな。

 

『なんでキスしたんですか!? 簡潔に説明してください!』

 

『で、でも最後までやらないといけないって思ったので……』

 

『そういう行動が男を勘違いさせるんだよ古鷹っ、別に怒ってないけどねッ』

 

『ま、まぁまぁ二人とも落ち着くっぽい! 古鷹も別に損してないし、宍戸さんも鼻の下伸ばして喜んでたし、万事オッケーっぽい!』

 

『『良くないッッ!!』』

 

 

「「「…………」」」

 

 古鷹たちの会話はこちらから聞こえるような距離で話されてなかったが、戻ってきた加古が「宍戸さんが古鷹にベロチューしたんだって!」と膨張を甚だしい報告を入れてくる。

 

「……帰ろうか、我が家へ」

 

 事情を説明しながら帰投する俺たちの艦隊は、今日も平和に、そして楽しく、お祭り気分が抜けないまま、夜を越すのだった。

 

 

 

 

 

 

 とは簡単に行かないのがこの世の常である。

 

 警備府の一室。

 

「さて宍戸くんここで問題です、なんで白露は怒ってるのでしょうか?」

 

「怒ると老けますよ、いだだだだだイタイイタイッッ!! 何するんですか!? っていうか、なんで拘束されてるんです!? 親潮! 春雨ちゃん! 理由を知っているのなら無知な俺にお聞かせ願えない!?」

 

「ふんっ、知りません! 私達に内緒でデートに行くような人には特に!」

 

「フフフ──」

 

 恐怖である。

 

 帰ってきて早々に尋問を受けることになった俺は、両手を縛られて拘束されている。

 理由は親潮が述べた通り。

 これが作戦だった事は当然ながら考慮に入れてもらうべきだが、それを話さなかった事に対して怒ってる以上、俺からは何も言えない。

 村雨ちゃんはへそを曲げ、時雨は面白そうに笑い、夕立ちゃんはそもそも関わりたくないから早々に退場してしまった。

 

「ごめん……言わなかったのは悪いとおもってる。でも言ったら任務放棄して来そうじゃん。陽炎たちにも待機命令してたのに破りやがったじゃん。そういうところだぞ」

 

「放棄しませんって! 親潮たちをなんだと思ってるんですか!? だいたい、デートが古鷹さんを助けるためだったとしても一言ぐらい声をかけてくれるのが筋じゃないんですか!? 司令には言っておいて私に言わないなんて……代わりに、私もデートを要求します」

 

「な、なに言ってるの!? 白露もデート行きたーい!」

 

「春雨ちゃん、この人たち止めてくれたらデート行ってあげるよ」

 

「了解ですっ!」

 

 

 

 

 殺気の波動に目覚めた春雨ちゃんは白露さんたちを追いかけ回し、その後鈴谷たちが参入してバトルロワイヤルになった事は言うまでもない。

 

 その後パソコンの中にあったファイルが三人に改ざんされていた事を知ると俺が優位に立つ。斎藤司令もそれに参加していたことを知ると俺は謝礼として艦船派を懐柔する手助けを頼み、なおかつ月魔の他に、白露さんと鈴谷、そして異動が決定した初霜の提督科への編入を推薦させる。

 

 

 

 

 アメリカに旅立つ前に大まかな仕事を処理し

 

 俺を取り合う天使たちに見送られ

 

 この身を

 

 アメリカに旅立たせた

 

 愛しい人たちを残して。

 

 

 数十年後

 

 白い一軒家。

 

 テーブルを介して子供と対になるダンディイケメンが、どうでもいい昔話にふけっていた。

 

「というのがね、むかーし、パパがアメリカに行く前にあった事なんだ。帰ってきてからもね、沖縄とかフィリピンとか色々な所に行って、その都度、女を無意識に落としまくった記憶があるよ。もちろん、今はお母さん一筋だぞ? でもなぁ……いやぁ〜あの時はモテたモテモテモテまくリングの俺様って感じでさ! まぁ、今もモテまくってるんだけどね。ハハハ!」

 

「……ねぇ、まま」

 

「どうしたの?」

 

「この人だれ?」

 

「っ……」

 

 男は絶句する。

 

「この人はね、お父さんだよ」

 

「ちょっと顔覚えてない……」

 

「っ……し、仕事ばっかでめったに帰ってこれないのは悪いと思ってるけどな? で、ででででも、パパだってこれでも国家の重役として……」

 

「ふんっ」

 

 そっぽ向かれる。

 

「……っ!」

 

「ちょ、あなた!」

 

 涙を流しながら、自分の家を飛び出した。

 

 

 

 

 


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