整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

27 / 144
大戦時代の若かりし記憶

 

 祖国では色見桜が舞い散る前の季節、大戦の最中で思いにふける、あの若かりし時代。

 

 幾度の大戦を生き抜いた歴戦勇士は一瞬にしてその身を海に沈め、誉れ高き第一航空戦隊は愚直なまでに沈み落ちーーその瞬間から早くも自分の中で、この戦争の勝敗が決定づけられていた。

 大本営の発表では損害の事実を隠蔽している事は明らかであった。だが事実は変わらない、少なくとも大多数を占める航空隊が母なる海へと消えて行く様を目の当たりにした私にとって、あの現状が真実である。

 

『本日より駆逐艦時雨に配属された、宍戸龍源少尉であります。御国の為、この身を閣下に捧げる所存』

 

『応、共に怨敵を打ち砕こうッ!』

 

 何処を見渡しても大海原。

 港町で育った自分にとって造作もない。しかし船酔いをする余所者は多い。元々同胞達も御国の為にと、或いは金が無いので軍学校へ、はたまた最も出世が望める道を選びここに居る。様々な思惑を賭してここにいる。

 私自身はその三つ全てに当てはまる。御国のために学問へと身を投じ、どうせ徴兵されるならば保身と立身の為にと努力は惜しまなかった。

 

 国民皆兵から徴兵されし殆どは大陸へと赴き、海軍では不愉快ながらも各地の陸軍の輸送を担当し、幾度となく大国と交戦した。

 

 戦慄、恐怖、叫喚。

 雪の季はまだ先だぞ?そう言われても震えは止まらない。私が放った最初の弾道は見事に命中し、艦の司令塔を潰した。彼らにも家族はいるだろうに、その家族に顔向けできない姿で対面を果たす事となるのだろうか?

 撃沈された船から泳いでくる海兵が味方ならば救い、敵ならば殺す。

 

 双方が憎しみを露にし、日付を捲る度に不幸を増していく大戦の先には終わりが見えない。

 数ヶ月、一年……時が過ぎ去るのをただ祈る事しかできない、途方もなく遅い経過。

 

 甲板の片隅。

 日々を死神に頬ずりされながら、何時この命を落としてもおかしくない状況に、私はとうとう涙を零してしまう。

 男児としてあるまじきである。

 

 海へ落ち鮫に食われるか、病を患うか、飢饉で堕ちるか、砲弾で死ぬか、捕まって死ぬか……或いは、自決するか。実際に味方が、それ等すべての要因を背負い朽ち果てた姿を目の当たりにした私には、絶望しかなかった。

 絶望的な選択肢と、それ等を変えられない私の無力さと、明らかに不益な争いに興じる御国とその旗印への苛立ちーー泣くぐらいは許してほしい。

 

 頭上に輝く三千の夜空には、織姫と彦星が見ているのだろうか?二人は自国の成れを、どう見るのだろうか?

 

『綺麗な夜空だね』

 

『あ、な、何故女子がここに!?』

 

『いちゃだめなの?』

 

『あ、い、いいえ、そんな事は!』

 

 彼女は突然現れ、泣いていた私の隣を取っていた。軍へ行く過程で女性との交流は皆無に等しい男児にとって、視界に入っただけでも心臓が飛躍し、体中を電流が駆け抜ける感覚を覚える。

 それが、これほどまでに端正な顔立ちと華奢な身体付きをしているともなれば、世の男共は放っておかないだろう。膝上より高く、腿が露わとなる服装に艶やかさを感じ、地平線を見続ける事でしか視界を外す術を持たなかった。

 

『涙は止まった?』

 

『え、あ……』

 

 事実は酷である。しかし現実の過酷さを嘆いていた私が、劣情を掻き立てられたからと言うなんとも不純な理由で涙を止めた等と素直に認められず、答えを出さないまま再び俯く。恥ずかしさからか、頬も熱くなっていた。

 だが彼女は察してか、クスクスと笑っていた。その笑みの前では、彼女への疑問など些細な事に感じたのだから、真っ事不思議である。

 

『……名も無き牡丹さん、少し自分の愚痴を聞いてはくれませんか?』

 

『さっきまで泣いてた人が随分と臭いセリフを吐くね……でも、言わなくても分かるよ。でも、話してみて』

 

『自分は独り身であり、ここまで育ててくれた養父は病で没し、兄弟もいません。天涯孤独の身でありながら、故郷に家を残しながら次々と倒れていく同胞達に申し訳無さを感じているのです……私は、のうのうと生きていて良いのでしょうか?』

 

『いいんじゃない?』

 

『え、そんな短絡な……』

 

『君は真面目すぎると思うんだ。だからそうやってすぐに色んな事を真に受けちゃうんだ。だって戦争は、どうやっても止められないでしょ?地震と同じだよ』

 

『地震と戦争は……大いに異なるとは思います』

 

 戦争は予知できる、仕掛ける側ならば勃発も自在に操作できる。だが止められない点では、彼女に軍配が上がるだろう。

 

『もっと気楽に考えないと、こんなこと耐えられないよ?ほら、この戦争終わらせて早く遊郭にでも行きたい!みたいな』

 

『気楽……』

 

『そうそう。海上の任務を終わらせて、ちゃっちゃと街とかで綺麗な人と出会って、家族を作りたい!とかね』

 

『海軍軍人として毎日女性を目的に出歩くなどと、そんな滅茶苦茶な』

 

『この世の中がめちゃくちゃなんだから、それぐらい気楽でもいいんじゃないかな?それに、海軍が嫌ならやめちゃえばいいし』

 

『…………』

 

 滅茶苦茶な世の中には、滅茶苦茶な人間……まぁ、これほど可憐な女性が居るのならば、いつか出会うその女性と添い遂げる目標を生きる糧とするのも、悪くはないのだろう。

 生きる、か。先程まで生死への意義を唱えていた者がこれほど容易く説得されるなど……まだまだ子供なのだろうか、私は。

 

『それとも海軍を続けて、提督になる?それぐらい偉くなれば、戦争をなるべく早く終わらせる事ができると思うけど?』

 

『盆暗の私として、それは流石に恐れ多い……それに内閣の人員とて、戦の行く末を見据えているでしょうが、止める事は叶いません。この国は一度大きな敗北を経て、初めて改革の必要性が理解されるでしょう』

 

『それじゃあ、次の世代に託すしかないんだ……』

 

『そうなります。まぁ欲を言えば、私の子孫辺りにその役目が回ってきたらば感無量と言うところでしょう』

 

『お子さんが提督になるってこと?随分大きく出たね……でも、大成する男にはいい奥さんがいないとダメなんだよ?』

 

『参考までに好みをお聞きしても?』

 

『え、僕の?……うんとね、浮気しない誠実さを持ってて、一緒に居ると楽しくて、時々結構頼りになって、安心感を与えてくれて、なんだかんだで仲間思いな、素直な人がいいな』

 

『範囲は広そうで、実はかなり限定されていますね?』

 

『僕には縁のない話だけどね』

 

 そんな事はないと言いたい気持ちは、謙遜や自虐から来ていないーー言わば、本当に縁のないのだと訴えるような彼女の顔を見て引っ込んだ。

 

 ……でもそうか、未来か。この日々、この瞬間は絶望の限りであろうとも、その先に見える太平の世は、いつか必ず訪れる。

 そこで御国を守り、仲間を守り……そして愛すべき人々を守れる漢を、育てる者が必要となってくるだろう。

 次世代へと繋ぐ大和の魂。

 二度と悲劇を起こさせない堅き志。

 

 この私も、それに尽力するべきなのだろう。島国である日ノ本を、真に守れる提督となるその人を。

 

 しかし先ずは、乗り越えてみようではないか。まだ戦の果ては暗雲だが、人一倍気張ろう……気楽にな。

 

『……自分の言葉を聞いて頂き、ありがとうございました。あ、所で貴女のお名前をまだ聞いていませんでしたね……って、あれ?あの娘はどこへ……?』

 

『おい何処だ宍戸!もう交代時間は過ぎてるぞ!それとも俺の代わりに一徹したいのか!?』

 

『あ、申し訳ありませんッ!』

 

 気づけば隣には誰もいなかった。

 今思えば俄然、私の方が可笑しかったのだろう。

 勤務中の甲板の上……増しては女子学生程であり、あれほど麗しい容姿を持った少女がここ居るなどあり得なかったからだ。

 国外にいる私の言葉が通じ、駆逐艦の上で突然現れ、異様な服装を身に纏って……どれを取っても、狸に化かされたのではないかと仲間は信じて疑わなかった。

 ハッキリとした白昼夢を見たのだと説かれ、私は現実へと身を戻していった。

 

 しかし記憶は正直である。辛く、または悲しく、鬱憤を溜め込む日々を送るたびに蘇るは……あの気楽の一言。

 気楽に……現状、酒を浴びるように飲めない私にできる事は、気楽に身構え道楽的に考える事だった。

 祖国に生きて帰ったら遊郭にでも行こう。いい女が居たら買ってやろう。海軍の経験を活かして貿易などに手を差し伸べては如何だろうか。

 戦争とその後を軍人としてあるまじき態度で見ていた私は決していい顔はされなかったが、後悔はしていない。

 

 このような天涯孤独の唐変木はその信条を抱え、最終的には生き残ったのだからな。

 

 故郷に帰り、色々な事も始め、経験しーー生涯妻とする人も見つけ、激動の荒波を征きながらも、導く立場にある者は決して悲劇を起こしてはならない大切さを教えながら、この国を支える若人共の行く末を老て見届ける事とした。

 

 悲劇は、起こしてはならない。

 

 次世代を担う我が子らよ、駆けよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー自室。

 

「って感じの映画みたいな設定だったら許してやるけど、銀座を歩いてみたいから金よこせって言ってきたんだよ。あのクソジジイ次会ったら挨拶の前に張り倒すぜ」

 

「妄想しすぎ」

 

「いや、流石にしすぎってレベルじゃなかったですよっ!村雨ちょっと見てみたいと思っちゃったじゃないですかぁ!私映画監督さんに売り込んできます!」

 

「ごめんね村雨ちゃん。でもこれ映画監督に売り込んでも実現はしないと思う」

 

「はいお兄さん!お兄さんのハンカチです!」

 

「お、ありがとう春雨ちゃん!あれ?でもこれ洗ってある……洗ってくれたの?」

 

「あ、はい!春雨がお兄さんのために、一生懸命洗いましたっ!」

 

「ありがとうなぁ〜春雨ちゃ〜ん!ヨォーシヨシヨシ」

 

「えへへっ〜」

 

 本当に嬉しそうに目を細めてくれるな春雨ちゃんは。

 

 その後、春雨ちゃんが実際に自分の手で洗っていた事が判明したのだ。てっきり洗濯物に入れたのかと思った。

 

「あと、これも忘れないでくださいね?」

 

「忘れるわけないだろ村雨ちゃん。手作りのお守りは日本の伝統文化であり、村雨ちゃんや春雨ちゃんみたいな美少女が作ったともなれば何でもできそう。何れはこれを持って、世界征服しちゃうかもな」 

 

「僕達は世界征服に尽力したとして世界中に恨まれそう……」

 

「逆だ逆!崇高な俺様に尽力した崇高な存在として名を残すのだ!」

 

 時雨達が作ってくれたのは手作りのお守りで、言葉は無病息災。旅の安全を祈りたいって作ってくれた特注品は、今俺の胸ポケットの中にしまわれた。

 

 旅……そう、俺はこれから全国を旅するツアーに送られるのだ。全国の日本軍基地を回って、そこにある数々の陸海空将校達との交流を経て一人前となるのだ!

 東京の海軍大学校とも一緒に回って色々な施設、組織、人員とそれぞれの職業を見て軍隊の全体像を改めて認識し、現状を見て、理解するのが今回の目的である。

 

 子供が大人に求めるように下の者から、上級将校なんだったら軍隊の事はなんでも知ってなきゃ可笑しいだろと言われないように、俺は危険が沢山伴う研修を行うのだ。

 危険な理由はな、途中で陸軍大学校の将校達とも鉢合わせするので、そこでどんなサプライズが待っているのか分からないのだ。

 

 最近設立したと聞く空軍大学校の人達と比べても、陸大の方が圧倒的に好戦的な人が多そう(※あくまで個人的な意見です)。

 長旅の研修が終わればいよいよ待ちに待った本番、現役の提督の下で働いてサポート及びその仕事内容を伺うのだ。

 なるべくだったら村雨ちゃん達の近場が良いな〜……って、そこまでは決められないか。まぁ研修がまた帰ってこれるだろうから、あまり気にする事もないんだろうけど。

 

 ……よし、あとは洗濯物から服とか畳んで終わりだな。

 移動するときはあっちが用意する服を着るのが常識だけど、俺たちは学生だからそれぐらいは優遇されて当然だ。他人が来た服を着るなんて御免蒙る。

 

「結城大尉、宍戸大尉、私の方は準備が整った」

 

「俺ッチも準備万端だ!ほら見てくれよこのコンドームの数!もうなんも困る事ねぇわ」

 

「そう言えば昇進おめでとう結城。だけどお前明日どこへ向かうか知ってる?石油王ツラして銀座を歩き回るわけじゃないんだぞ?」

 

「は?コンドームの事?お前はもう少しコンドームの利便性に気付くべきだぞ……コンパクトにバナナを入れる事もできるし、固いビンの蓋を開けたり、小さな電子機器を水から守ったり、傷口を塞ぐために巻く緊急用の包帯としても活用できる……ドヤァ?」

 

「凄いね結城くん!コンドームに関しては君の右に出る人はいないね!」

 

「フッフッフ……まぁこれぐらい、オフコースだよ時雨チュワァン!今日から俺の事をコンドーム博士って呼んでくれたまえェ!!」

 

 コンドームの豆知識を女子の前で披露するとんでもない失態を犯しただけでなく、自分をコンドーム博士と呼べなんて罰ゲームを自ら提案するのか……首を自分で締めに行く男とはこの事である。

 

「それで、みんなは先ずはどこへ行くんだっけ?」 

 

「えーっとな、まずは……」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。