整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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舞鶴 何やってるんですかね?

 よくよく考えてみればそうそう変わる事なんてないけど、舞鶴鎮守府は相変わらず俺がいた時と同じだ。少し静かになった程度で、整備工作班、憲兵団、経理部とかの面々にも大した変化はないらしい。

 

 鈴熊も鎮守府のエースとして戦果を上げ続けており、夕張が整備工作班の副班長補佐を努めていて、月魔は教育係らしい。綾波ちゃんは専用の改二艤装の作成懸念されているらしいが、懸念って事はまだ当分先の話だ。綾波ちゃんも結構頑張っていて、順調に成果を上げているとのこと。

 旗艦の経験も結構したらしく、俺の知るメンバーは鎮守府での地位を現在絶賛上昇させてるのだ。提督が蘇我少将から他の誰かに変わったが、特別問題もないらしい。

 

 それはともかく、研修で次の面倒事……じゃなくて重要となるのが、舞鶴のOB勢である俺たちの存在だ。

 第一鎮守府のOBこと結城、第二鎮守府のOBこと俺、そして20連隊の元隊長こと斎藤中佐。

 現職の副班長や連隊長とその先代達との比較は、他の指揮官のタマゴ達にいい教育となるだろう!と言って斎藤中将が講話を指名してきたのだ。またもや面倒くさい役を押し付けてくれたな?と思うだろうが、事前に教えてもらっていた事なので今回はスムーズに話せる。

 

 陸軍さん達も講話に参加するが、相変わらずヤクザみたいな顔で睨めつけてくる。仲を取り持てって明確な指示は貰ってないけど、なるべく陸軍さんとはなるべく仲良くして欲しいとの事。

 

「整備工作班は全面的な艦娘のバックアップを主とし、資材を如何に効率よく使えるか、艦娘達の安全を確保する為にどう自分たちは貢献できるかを常としており、それを可能とする組織一体の連帯感に主眼を置きーー」

 

「高が整備班のくせに偉そうな事言ってんじゃねぇぞォ!」

 

「おい陸軍!幾ら目上だからって元副班長の悪口は許さねぇぞオイ!」

 

「まぁまぁ落ち着いて。あの艦爆を見てください、迷彩が若干削れているでしょう?」

 

 やばい纏まんねぇ。

 

 前職の話しをしようと思ってんだけどちっとも纏まらねぇ……クソ!これだから陸軍と空軍は。

 よし、ここは少し陸軍と空軍を褒めながら話そう。

 

「……国民の安全のため、自分たち海軍が全力でその任を全うできるのは陸軍の協力無しではありえない事なのです」

 

「「「え……」」」

 

「古来より陸で戦うべき生き物である我々にとって、陸軍とは日本軍の誉れであり主力、そして無くて成せぬものであります。今は深海棲艦と言う敵と渡り合うべく、国の未来を背負わせていただいている身ではありますが、民無くして国無しとあるように、緊急時の人命救済が覚束ない我々を支えてくれている陸軍は、紛れもなく主役と言ってもいいでしょう!」

 

「「「お、おう……」」」

 

 お、黙ったな。正論ぶちかましながらおだてておけば大抵は、お、おう、なんだイイヤツじゃんみたいな雰囲気に持っていける。

 俺の作戦計画能力は、A+に御座います。

 

「空軍は?」

 

「え?あ、うんと……この舞鶴を含み、海軍基地にはレーダー及び対空砲が存在しますが、敵を察知したからと言って何も出来なければ仏を作って魂入れず……深海棲艦の空母部隊であろうが、隣国からの侵入であろうが航空戦力の撃退を可能としなければ、誠に軍隊として成り立たなずーー」

 

「うんうん」

 

 急に振ってくるんじゃねぇよ。

 でも空軍の存在意義はありますよ?例えば国内旅客機で移動してる時に偶然深海棲艦が居たらヤバイもんね。前に一度だけ起こったことがあるから、空の事情には特に敏感にならないといけない。

 海外に行くにも旅客機は戦闘機の護衛付きなんだよね。輸送機もそうだし……アメリカのB-2も帰還時に深海棲艦が居て壊されたんだよね。俺はそれ聞いたとき、同重量の金と同等の価格の爆撃機がぶっ壊れた事より、パイロットが無傷で生還した事に驚いた。

 

 あ、旅客機って言えば。

 

 

 

 『お兄さん!これ見てください!』

 

 『ん?北海道で温泉旅行の旅、家族カップル社員旅行一人旅、誰でも楽しめる涼しく暖かい旅行……なんだこりゃ、涼しくて暖かいとかモロにオクシモロンじゃねぇか』

 

 『でもでも!春雨、こういうみんなで行ける温泉旅行って、凄くあこがれます!』

 

 『外出は比較的自由な方だけど、旅行ってなるとなぁ……それに、最近は航空機代が高い上に危ないと来た。現地の人じゃないと難しいかも知れないよ?』

 

 『あ……そ、そうですよね……』

 

 あ、しまった、春雨ちゃんがしょんぼりしてる。俯いてて、犬の耳があれば垂れそうなぐらい残念そうな顔だ。

 そんな春雨ちゃんの頭を優しく撫でる

 

 『あっ……』

 

 『心配ないよ、いつかみんなで行ける日が来る。ん〜でも春雨ちゃんがお風呂に入ってたら覗き込んじゃうかも知れないね。俺は行けないかもな……』

 

 『そ、そんな事はありません!!私だったら、いつでもお兄さんに見せます!』

 

 『ハハハ、春雨ちゃんにそんなこと言われるなんて光栄だなぁ!でも女の子なんだから、身体は大事にしてな?』

 

 『はい、大事にします!』

 

 『って言っておきながらまた……ほら、よーしよしよしよし!』

 

 『んっ〜〜……おにいさぁ〜んっ!』

 

 『春雨ちゃん……』

 

 『おにいさん……!』

 

 『フンッ!』

 

 『痛ェ!時雨かオイ!?……って、村雨ちゃん?』

 

 『さっきから話しかけてたのに、村雨を放置ですか、そうですか、ふ〜ん』

 

 『あ、あの……村雨姉さん?』

 

 『ふぅ〜〜〜ん!』

 

 『その……村雨ー、さん?』

 

 『ふぅぅ〜〜〜〜〜んだ!』

 

 

 

 ー廊下。

 

 

 

「って事があったのを、講話中に思い出しながら国防や日本の安全について語っていた俺は、ちゃんと話せてただろうか?」

 

「ご立派な事をお話になられていたのかと思えば、頭の中ではそんな事を……変わっていませんのね、宍戸さんは」

 

「ニンゲンそんなすぐに変わっちゃダメでしょ〜!鈴谷はどういう立場に居ても変わらない宍戸っち、すごく好きだよ!」

 

「これほどストレートに好意をぶつけられるなんて、隅には置けないわね?ふふふっ」

 

「え、コーイ?え、あ、そ、その違うの!今のは色々と違うからぁ!」

 

 夕張に指摘された事に頬を赤らめて反応する鈴谷達と一緒に廊下を歩いていた。村雨ちゃんが話しかけてくれたってのに、それを無視した代償として暫く拗ねられたけど、それぐらいだったら寧ろ軽い方なんだよなぁ……拗ねてる顔可愛いかったしさ?

 次の研修場所での地理や歴史、そして何故そこにあるか等の重要性を予習した上、斎藤中将からも仲間との交流時間を貰ったので、鈴谷達と一緒に歩き回って様子を見ている所だ。

 

 俺はそこらへんで「も、もし俺様がて、提督になったらァ……ハァ、ハァ、こんな可愛い女の子に命令出来るんだァ……ブヒ」みたいな妄想しているうんこみたいな提督候補とは違い、舞鶴は俺が去ってもうまくやってるかをチェックして回ってるんだ。

 

 睦月たちも相変わらずにゃしーだし、金剛もバーニングラブだし、弥生はあの顔で怒ってないし。

 ゴーヤに会ったけど、ちゃんと遊ぶ事を覚えたらしい。休む、そして働く。このリズムがうまくできてるので結構労働効率上がったとも言っていた。

 あ、時雨たちの鎮守府にいる初月と照月の事も秋月に話さなきゃな。海軍軍人として焼肉の匂い嗅いで満足感に浸ろうと努力するのは明らかにおかしいから。秋月からもなんか言ってほしい。 

 

「あっちではなんかイイことあったー?シグシグたちと一緒にいるって聞いたけど……」

 

「色々あるぜ?白露さんって言う時雨たちの姉貴にも会ったし、あそこに居る海大の奴らがファンタスティックなディスカッションでコンバセーションのドッチボールしていたし……あ、合コンに行ったときの二股三股どんでん返し劇も楽しかったなぁ。東京ってどこっても飽きねぇのがいいよね」

 

「ひ、一言では表せない経験をなされたと……?」

 

「そゆこと。もう腹いっぱいだよ……ん?」

 

「どうかしましたか兄貴?」

 

「いや、あっちから少し声がしなかったか?」

 

 廊下を歩く途中で聞こえたのは、微かだが聞こえる音高い囀り。

 

 休憩室から聞こえる。あそこの部屋はかなり大きくて、小さな更衣室ぐらいのスペースが確保されている。通常はあんま使わないけど、今は生徒達がいるのでそいつらが寛ぐ場所として提供しているのかも知れない。

 話し声って感じじゃない、少し違和感を覚えた程度だけど……こりゃ聞き耳立てるしかないな。

 

「え、ちょ、宍戸っち何やってるの?休憩室のドアに聞き耳立てるとかキモいんだけど」

 

「素直にお入りなればよろしいのに……」

 

「おキツネ様の幻覚に誑かされる訳には行かないからさ、偵察は戦略の基本でしょ?」

 

「う、う~ん……あまりそう言うのに詳しいタイプじゃないけれど、ドアに耳を当ててどうにかなるのもなのかしら……?」

 

 夕張さん、なるんですよ。

 俺だってSOA(そんなオカルトありえません)派だけど、また班長が班長じゃなくて課長になってるみたいなオチがあったら困るから突撃は控えてんだよ。

 分かってくれよ……同性愛は本人たちさえ良くてこっちに被害なかったらいい派の俺は、できるだけ穏便にコトを済ませたいんだよ。

 

 だが、そんな俺でもこれは予想していなかった。

 

『んっ……んあっ!そ、そこはぁ……!』

 

『大鯨、ちょっと弱すぎるかも……そんな所も大鯨らしいし、可愛いけどっ。秋津洲のテクニック、堪能したかも?』

 

『はいっ……はいっ……!だ、だからぁもう……!あぁん!』

 

「…………」

 

 なに、

 

 やってん、

 

 ですかね、

 

 あなた達は?

 

 俺、

 

 聞こえ、

 

 ちゃい、

 

 ましたよ(歓喜)?

 

 え、まさか秋津洲さんと大鯨さんは……えっと、その、そういう関係って事っすか?

 え、いや、その……女同士ってのも、いいもんですね。

 

『あれ?抵抗するかも?あーダメ、そんな事させないかも……大鯨は、秋津洲の手の中で回されるかも!』

 

『はぁう!!あ、そ、そんなぁ……!た、大鯨……そんな事されたらぁ……!』

 

『ほーら、これで……と・ど・め・か・もっ』

 

『くじらさんになっちゃいますぅぅぅ!!!』

 

「大鯨さんはもうクジラですよッ!?」

 

「「「え……?」」」

 

 勢い良く開けてしまったドアの先には、秋津洲さんと大鯨さんがくんずほぐれつ……いや、普通にチェスしてただけでした。

 二人を囲む十数人の野郎共も、突然開けられた事に驚いている様子だった。オイゲンさんはいないな……トイレか?

 

「いきなりどうしたかも宍戸さん?あ!まさか大鯨の可愛い声に釣られて入ってきちゃったかも〜?」

 

「え?そりゃそうだよ?」

 

「ひ、否定してくれないんですかぁ……?」

 

「あんな男の劣情を掻き立てるような声をして、てっきりマッサージでもしてるのかと思えば……まさかチェスだとは。いやぁ〜世の中分からないもんですな!いやいや、マッサージだったら俺も参加したいとかそんな事思ってませんから」

 

「宍戸っち最低」

 

「ゲスですわね」

 

「酷いです宍戸さん!女性だったら誰でもいいんですかぁ!?」

 

「流石の兄貴でも誰でもいいのはちょっと……」

 

「おい月魔、テメェの方がよっぽど酷いからな?」

 

 ストーカー野郎のとんでも発言はともかく、チェスの台を見てわかった。秋津洲さんの圧勝で終わってる。

 秋津洲さんの後手の黒が10駒残ってて、大鯨さんが王様一人と言うなんとも情けない結果である。その数字を盤を見ればわかるけど、なぶり殺しに遭ったのは言わずもがな。

 これが無双系のゲームだったら総大将一人で戦況ひっくり返せるのに……残念だったな。

 

「秋津洲さんすげーッス!陸軍へ来ませんか!?」

 

「なに勝手に誘ってるんですか?秋津洲大尉、空軍はあなたのような人材を歓迎しますよ?」

 

「あははっ、秋津洲は艦娘だから遠慮するかも!」

 

 多分容姿だけでも誘われそうなのに、この強さ。提督育成プログラムにて発揮されている戦略眼は見事なもので、大鯨さんもそれ相応の戦術眼を持っている。指導の能力も抜群(ついでにスタイルも抜群)で、今から提督になってもおかしくないほど優れた能力の持ち主である。

 

 これほど凄い人たちなんだ、艦娘としても凄く有能なんだろう。

 

「宍戸さんもやって見るかも?」

 

「え、あ、いや俺は別に……」

 

「試してみなよ宍戸っち!宍戸っちのカッコイイ所見てみたい!」

 

「え、でもなぁ」

 

「もし勝ったら……鈴谷の甲板ニーソ、好きなだけ触らせてあげてもいいよん?」

 

「し、ししし仕方ねぇなぁ!!まったく、今日は特別なんだからなァ!」

 

「このニヤけ顔が私の上司だったなんて思いたくないわ」

 

 酷い言われようだ。俺はただ建前っていう自分の本心をひた隠しにする失礼すぎる文化を取り除いているだけなのに。

 

「おいマジでやるのか?俺たちだって勝てなかったのに……」

 

「ここにいる陸海空は全滅しました」

 

「え……それマジ?」

 

 野郎ども全員が頷く。

 強いとは言え、それほど勝ち続けるのは流石に限界が近いはず……って事は、勝機は俺にも十分あるって事なんだろう。勝っても負けてもデメリットはないだろうし。

 

 ……それにしても秋津洲さんが、屈強なオトコ達を10人抜き!うわ、なんかエロ。

 

「でもなぁ……チェスってちょっと苦手なんだよなぁ……」

 

「宍戸さんならできます!綾波が保証します!」

 

「その度胸は何処から来るんだ」

 

「兄貴は頭がいい!できますって!」

 

「う、う~ん……」

 

 チェスは正直あまり好きじゃない。将棋は取った駒を使えるから戦略性が上がるが、チェスでは使えない。

 これを現実世界に例えると、捕虜として取った人材に相応な職を与えて再び戦場に出せる一方、チェスは捕らえたままにするーー事実上殺したも同然だ。

 

 まぁ現実路線で行くと、好きな場所にリスポーンさせられるなんてありえないから、再利用する点についてはそもそも現実的じゃないので気持ちも分かるが。

 

「秋津洲はインターバルが短いほうがいいタイプかも!つまり待つのは嫌いなほうかも!やるんだったらやる、やらないんだったらやらない!これが海軍軍人としてあるべき姿かも!」

 

「よく言った、秋津洲大尉は有望だね」

 

「「「さ、斎藤中将!?」」」

 

 突然入ってきやがった中年男性はナイスミドル斎藤中将。それに続いて息子斎藤中佐の他にスケベ結城、オイゲンダンケ、エトセトラエトセトラ……なんてこった、急に人数増えすぎ。まるでファストフード店に客が突然いっぺんに来る謎現象みたいな。

 

「学年次席の秋津洲大尉と三位の宍戸大尉の対決か……これは、どうなるか見者だな。宍戸大尉、私に倒されるまで負けは許さないぞ」

 

「おぉ!学年一位に言われるなんて誉れだぜ宍戸!こりゃ名勝負になりそうだゼェ!」

 

「え、宍戸っちって学年三位だったの!?スゴイスゴイ!!」

 

 なに勝手に盛り上げてんだテメェら!?俺は普通に勝負して買っても負けてもって感じで終わらせたかったのに、なんか負けられない対決的なみたいになってる。

 特に斎藤中将の手前、この勝敗へのプレッシャーはかなり重くのしかかってる。

 

「盛り上がって来たかも!宍戸さんの実力……どれほどの物か見たいかも!」

 

「え、あ、いや俺はそんなに……」

 

「確かに興味があるね。この私自らが見出した人材にどれだけの実力が備わっているか……信じてはいるのだが、実際に一度、この目でそれを見てみたいと思うのは我儘かな?」

 

「ち、中将……」

 

「もちろん私のメガネが曇っているなんて事はないよ?週に一度の点検は欠かさないからね」

 

 HAHAHA!会場に笑いが渦巻いてますねぇ……こりゃ、本気で行くしかないのか。

 

「これほどの観客の前でやるなんて初めてかも!いつも本気だけど、脳のウォーミングアップが済んだ秋津洲は更にパワー出していくかも!」

 

「お手柔らかにお願いします」

 

 テーブルに並べられた駒、それを見守る観客、そして勝敗の行方に釘付けられる緊張感、そしてこの雰囲気……それら全てが合わさった時、負けられない戦いが幕を開ける。

 


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